「鬼やらい 一鬼夜行」下巻 鬼一人人間一人、夜を行く
一連の怪事件の背後にいたのは、喜蔵の友となった青年・多聞――その正体は妖怪・百目鬼だった。店から多聞に買い取られた付喪神たちを取り戻すため、喜蔵は小春とともに「もののけ道」をくぐり、多聞の屋敷に乗り込む。そこで彼らが見たものは、多聞が次々と作り出す幻の数々だった…
「一鬼夜行」の続編「鬼やらい」の下巻であります。
前作から半年、厄介な妖怪を追ってきたという小鬼・小春と再会した骨董屋の店主・喜蔵。
小春に付き合ってその妖怪を追いかけて町に出たものの、行く先々で聞くのは、女好きだが気弱な妖怪の話ばかり…
実は一連の事件の陰に、無数の目を持つ妖怪・百目鬼が存在しており、しかもその百目鬼が、人間界では多聞と名乗り、喜蔵の新たな友となっていたことを知った喜蔵は、複雑な想いを抱くのですが…
というところで、下巻の物語は多聞に半ば強引に買い取られた付喪神・硯の精の身の上を喜蔵が小春から聞かされるところから始まります。
喜蔵がどれだけ嫌がろうとも恐ろしい顔をしようとも、素直になれない彼の身を案じて口やかましく説教してきた硯の精。
しかし、彼がそのように振る舞うこととなった哀しい物語を聞いた時…喜蔵の中で、何かが少しずつ変わります。
多聞の元に乗り込むという小春に強引についていくこととなった喜蔵は、「もののけ道」を通って多聞の屋敷に乗り込むのですが――そこで奇怪な罠にかかり、引き離された二人がそれぞれ見たものは、どこまでが幻で、どこからが現ともつかない、不思議なヴィジョンの数々。
果たしてそれは、多聞が過去に経験したことなのか、それとも全くの絵空事なのか? まるで二人を弄ぶこと自体が目的のような多聞の狙いは…
力という点では(物理的な力ばかりではなく、迫力も含めて)おさおさ他者にひけを取らない小春と喜蔵の凸凹コンビ。
しかし百目鬼は、単純なぶつかり合いでどうこうできる者ではなく、二人は――そして読者であるこちらも――さんざん振り回されることとなります。
結局物語は、終始このペースで展開し、そして終わることになるため、不満がなくはありません。
しかし、それでも何とはなしに納得できてしまう部分が大きいのは、百目鬼との対決と平行して描かれるもう一つの、ある意味もっと重要な物語が描かれ、一つの結末を見るからであります。
それは言うまでもなく、喜蔵の心の成長――半生の不幸から、己の心を固くよろい、肉親にすら素直になれなかった、そんな喜蔵が、長い孤独から一歩を踏み出すまでが、本作では丹念に描かれます。
人が他人と接する時、そこには何らかの心の動きが生じます。
それは必ずしも、彼にとって、そして相手にとっても幸福な、心地よいものばかりではなく、そして世知辛い現世においては、その逆の場合の方がずいぶんと多い…などということは、ここで述べるまでもなく、誰もが良く知っていることでしょう。
しかし、それを恐れて己の殻に閉じこもっていて、どうなるのか?
それを喜蔵に教えたのは、そんな忖度などお構いなしに踏み込んでくる小春であり、口うるさい硯の精であり、無私の情を注ぐ深雪であり――そしてまた、人を遙かに超える力を持ちながらも、何故か人に寄り添うことを望むようにも見える百目鬼でありましょう。
もちろん、人の変化というものは、ただ一度で終わるものではありませんし、そしてただ一度で全ての問題が解決するわけでもありません。
本作の、どこかあっさりした、それでいて曖昧模糊とした結末は、あるいはそんなことの現れなのかもしれません。
そうであるならば、喜蔵と小春、そして彼らを取り巻く人と妖怪の物語も、また続くべきでしょう。
その再会の時が、早く訪れることを祈って――
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コメント
「一鬼夜行」のファンです。それなのに今回…不満です。不満ですが、心がザワついて仕方ありません。会うは別れの始まり、ならば…サヨナラだけが人生、ならば…何故出会ってしまうのだろう…綾子と喜蔵が一緒になり、深雪と3人で暮らしてる処に鬼なんて辞めた小春が俺も交ぜろと4人で暮らす続編を楽しみにしています。みんな一緒が良いです。別れは辛いです。
投稿: イカ墨小僧 | 2011.10.12 18:18
イカ墨小僧様:
今回の別れはちょっとあっさりしていたのは、確かに残念でしたね。
それでも二度あることは…というわけで、三度の凸凹コンビの冒険を今は楽しみに待つとしましょう。
投稿: 三田主水 | 2011.10.14 23:45