「楊令伝 一 玄旗の章」とある水滸伝マニアの想い
この6月から北方謙三の「水滸伝」の続編「楊令伝」文庫版が刊行開始となりました。
実は私はこの「楊令伝」は、雑誌で飛び飛びに追いつつも、通してきちんと読むのは文庫化されてから、と決めていたのですが、いよいよこれでこの大作の詳細に触れることができることとなります。
と、「楊令伝」の第1巻「玄旗の章」について触れる前に、一水滸伝マニアとして、この「楊令伝」、いや北方水滸伝をどのように私が見てきたか、語らせていただきたいと思います。
今では日本で書かれた「水滸伝」の代表格のような扱いにすら感じられる北方水滸伝ですが、原典ファンの間には、強いアレルギーを持つ方も少なくないのはご存じでしょうか。
私はそこまで極端ではなく、むしろ、原典の持つある側面、ある可能性を極限まで広げて描いてみせたものとして、大いに評価しております。
しかし、あれが「水滸伝」と思われてもちょっと困る、何よりも、好漢がある意味真面目すぎるのはちょっと…というのも、正直な気持ちではあります。
(一番困るのは、ネットで水滸伝語ってる方が、原典と北方版、どっちのことなのか一目でわからないことなのですが…とこれは余談)
さて、その北方水滸伝の続編たる「楊令伝」に対しては、さらに複雑な気持ちがありました。
もちろん、あの結末から、どのような形で物語が続いていくのか、生き延びた好漢たちは、どのようにその後の生を戦っていくのか――これは大いに楽しみなところであります。
しかし、前作には原典という一応の箍があったのに対し、それがほぼなくなった本作が果たして「水滸伝」と言えるのか、そして何よりも作者の「オレ好漢」の代表格である楊令が主人公というのが…
作品そのものが完結して、さらに文庫化されるまで、手をつけるのを待ってきたというのには、こういう気持ちがあります。
さて、自分語りはここまでにして、「楊令伝」の開幕であります。
「水滸伝」のラストで宋江は死に、梁山泊は壊滅――完敗とも言える結末を迎えてから三年。宋国はいよいよ腐敗が進み、そして北の国境では遼と金の戦いが本格化する中、梁山泊の残党たちがそれぞれの戦いを続ける姿から、物語は始まります。
呼延灼が、史進が、張清が軍を率い、公孫勝が致死軍を動かす。燕青は塩の道を継ぎ、李俊は南に新天地を求め、武松は放浪を続ける。
呉用が、宣賛が、戴宗が、張横が、顧大嫂が孫二娘が扈三娘が…苛烈な残党狩りを逃れながらも、それぞれに生き、それぞれに戦いを続けるのですが――
しかし、個々の力は戻りつつあっても、それだけでは足りない。「替天行道」の志を具現化し、新たな国を創り出すために必要な存在、全ての力をまとめる頭領が。
この第1巻では、梁山泊の残党たちの再起に向けた活動とともに、唯一、宋江亡き後の頭領となる可能性のある者である楊令を追う彼らの姿が描かれることとなります。
北方「水滸伝」は、一言で表すならば、「志」の物語であったと感じます。
古い国を打倒し、新しい国を創り出す――社会化された人間が持ち得る最大の志を持った者たちが、生き、死んでいく…そんな物語であったと、今更ながらに感じるのです。
しかし、志を持った者が死んだとき、その志はどうなるのか。あるいは、志を果たせなかった者は、その後どうなるのか…
その問いかけは、もしかすると、如何に志を果たすべきか、ということよりも、遙かに魅力的であり、かつ意味のあるものなのではないかと、私はこの第1巻を読んで、今更ながらに感じました。
そしてそれは、「水滸伝」よりもある意味、この「楊令伝」の方が魅力的なのではないか――そう想いを抱いたのと同じ意味でもあります。
その想いが果たして正しいものであるか否か、この物語をこれから読み進めることで確認するといたしましょう。
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コメント
はじめましてお邪魔します
「新感線」と「吉原御免状」を検索して流れ着きました
実際北方謙三で水滸伝知って、北方水滸伝こそが本命!みたいなこと言ってる人たちは、メディアでも結構いますね~
自分は北方水滸伝を、原作のエピソードを踏襲しながら独自のアレンジがしてあるのを楽しんでいたのですが、楊令伝はただの時代小説として読んでます
水滸伝でもちらほらあった、「国とはなにか」「何が国をつくるのか」という問題にたいして、志以外の回答も見えてきている感じです
普通に読み物として先に期待ですね~
投稿: 金目 | 2011.08.11 01:44
金目様:
はじめまして。楽しんでいただけたら幸いです。
北方水滸については本文に書いた通りですが、これで水滸伝の知名度が上がってくれれば…というのも正直な気持ちです。そこから原典に当たってくれればよいのですが…
楊令伝については、確かにおっしゃる側面も強いですね。軍事的な意味での最強の敵との戦いは、中盤で終わっていますから…何はともあれ、今後に期待いたしましょう。
投稿: 三田主水 | 2011.08.13 22:02