「紅蜘蛛 奥羽草紙 花の章」
熊鷹と白い子犬を供に、北へ向かう脱藩浪人・楠岡平馬は、風変わりな医師・山本善三と道連れになる。最上川近くの森で男に襲われていた娘・おちかを救った二人だが、おちかは、付近で続発する首なし殺人の関与を疑われていた。そして、平馬たちの前に、人を喰らう巨大な紅蜘蛛が現れる…
熊鷹のハヤテと白い子犬のおユキを供に、北へ旅する鹿毛色の髪の浪人・楠岡平馬が、旅の途中で出会う人々との触れ合い、そして奇怪な妖との戦いを描く「奥羽草紙」シリーズの第二作が本作「紅蜘蛛」であります。
ひたすら北へ北へ向かう平馬に、強引に同行してきたおかしな医師・善三。
ずうずうしい善三に振り回されながらも旅を続ける平馬は、土地の庄屋の息子に襲われていたおちかを救うことになります。
おちかの美しさに、たちまち骨抜きになった平馬と善三ですが、その直後に彼らが目撃したのは、首から上をなにものかに喰われた男の死体――
実は、近隣ではこのような無惨な死体が次々と見つかり、それがいずれも、ある理由から村八分にされていたおちかを、ことさらに迫害していた人間。
そのため、下手人として疑われるおちかを守らんと、俄然張り切る平馬は、豈図らんや、その巨大な紅蜘蛛の怪と死闘を繰り広げる羽目となるのですが…
と、本作は、前作「乙女虫」同様、自分の目的を持って孤独な北紀行を続けるはずの主人公が、ゲストヒロインとの関わりから奇怪な怪物との死闘に巻き込まれ、その背後に潜む悲劇を暴き出すという構造。
一連の惨劇の真犯人である巨大な紅蜘蛛の怪の存在は、物語冒頭から明確に描かれているのですが、さて、それでは紅蜘蛛とはなにものなのか、人々を襲うことに理由があるのか――
事件が進んでいくにつれ、その真実が明かされていく本作は、言うなれば、妖怪(むしろ怪獣?)人情時代小説と言えるかもしれません。
先に述べたように、この構造はおそらくシリーズ共通のものであり、前作もこれは同様であります。
しかし前作では平馬の物語とゲストヒロインの物語、そして妖怪の物語、それぞれの結びつきが今一つ弱かったのに対し、本作はそのそれぞれが密接に結びつき、一つの大きな物語をきちんと構成している点で、より完成度が高まっていると言えましょう。
(もっとも、大事な目的がある割りに、ヒロインに目尻を下げて大事に巻き込まれる平馬はどうかと思いますが…特に今回のような物語の場合は、彼の陽性のキャラクターが一種の救いとなっているとは感じます)
また、ヒロインのほか、登場するキャラクターも、おかしな旅医師・善三が、紀行家・博物学者の菅江真澄の弟子という設定だったり、前作から平馬の追っ手として顔を出している佐川官兵衛が、銭形警部的な味わいを出していたりと、個性的かつ、時代ものとしてのひねりがあって楽しいのです。
さらに、ある意味本作の最大の特徴である、平馬の頼もしい(?)相棒たち――熊鷹のハヤテと白い子犬のおユキも、それぞれ格好いい担当と可愛い担当という趣があって、物語に華を添えておりますし、そして何より、彼らに向けられる平馬の優しい眼差しが、寒々しく重苦しい物語の中で、何よりのぬくもりとして感じられるのです。
ややもすれば、人の感情の負の側面が強く出た、陰惨な物語となりかねぬところを、ぎりぎりのところで踏みとどまった感のある物語に対しては、双方向に好みが分かれるかと思います。
また、内容的にも、単行本書き下ろしでやるにはあまりそぐわないのでは…と個人的には感じます。
そうした点を踏まえてもなお、私のような人間にはやはり魅力的に見えるのが本作であり、本シリーズなのですが――
さて、本作の意外な引きを受けて、果たして物語がいかなる結末を迎えるのか、それも近々紹介したいと思う次第です。
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