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2011.08.04

「はなたちばな亭恋空事」 落語的世界という理想郷

 神田蝋燭町の蝋燭問屋・橘屋の離れで手習い小屋・たちばな堂を営むお久は、器量はすこぶる良いが自覚なしの変わり者。そんな彼女の所に幼なじみで橘屋の手代・金一が連れてきたのは、奇妙な柄の犬(?)クマだった。それ以来、橘屋の周囲では、おかしな出来事が次々と起こるようになって…

 このブログ的には「奥羽草紙」の作者である澤見彰が、角川書店の携帯小説サイト「小説屋sari-sari」で「はたちばな亭らぷそでぃ」の題で連載、単行本化された作品が、このたび「はなたちばな亭恋空事」と改題されて文庫化されました。

 携帯小説というと、身構える向きもあるかと思いますが、本作においては心配ご無用。かなりのスピードで読み進めることのできるテンポの良さは、なるほどという気もしますが、しかし内容の方もしっかりとした、もののけ時代コメディの快作であります。

 江戸の手習い小屋・たちばな堂を舞台に繰り広げられるコミカルな騒動を描いた本作の主人公は、たちばな堂で師匠を務めるお久と、そのお久の幼なじみで、たちばな堂の家主である橘屋の手代・金一。
 器量好しだがそれに無頓着で、生真面目で寺子屋一筋のお久と、そんなお久にぞっこんだけど素直になれない純情江戸っ子・金一と――そんな微笑ましい二人のあれやこれやが楽しくも暖かく描かれる…

 だけであったら、このブログが取り上げるわけはございません。
 この二人の間に挟まる犬(?)のクマが、本作のキモ、といいますか、本作をひっかき回すのであります。

 もこもこした毛の色は白いが、目の周りは黒、その黒が隈取りしたみたいだからクマ…と安直に名前をつけたのは金一。
 雪の日に凍えていたのを拾ったのはいいものの、店では飼えなくて彼がお久のところに持ち込んだことから、たちばな堂のマスコット的存在になるのですが、もちろん(?)これがただ者なわけはありません。

 クマがたちばな堂に来てからというもの、たちばな堂をはじめ、町のあちこちに白い狸の置物が出没するなど、小さな、しかしおかしな出来事が頻発。
 実はクマの正体は白犬ではなく白狸、しかも人語を解するどころか、人語を喋る化けタヌキなのでありました。

 そんなわけで、ただでさえ賑やかなたちばな堂と橘屋、お久と金一の周囲は、人とあやかし入り乱れて、ますます大騒ぎ、ということに相成ります。


 もちろん、こうした趣向の時代ものは、最近では珍しくありません。そんな中で本作が独自性を見せるのは、その文体…と全体のテンポであります。

 本作の地の文、そして登場人物の会話のノリは、落語のそれ。
(言われてみれば、「たちばな堂」が題名では「たちばな亭」となっている時点でそれとなく示されているのですね)

 作者がかなりの落語ファンということはもちろんあるのでしょう。
 しかしそれ以上に、ユーモラスで暖かく、そして時にナンセンスな本作の世界観は、そうしたものを本来的に全て含有し、許容する落語のそれにぴったりはまります。

 本作と落語のそんな親和性は、ラストに収められたエピソード「十五夜政談」に最もよく現れていると言えるでしょう。
 人間もタヌキも関係なく皆揃って――もちろんそれは両者が単純に等しいという意味ではないのですが――笑顔で月を見上げる、その姿は、落語的世界観ならではこその、一種の理想郷のようにすら感じられるのです。


 文庫版の解説によれば、本作はシリーズ化が決定したとのこと。まだまだ見たいもの、描かれるべきものは様々にある作品だけに、これは嬉しい知らせです。
 末永く、お久と金一とクマの賑やかな騒動を見ていきたいものであります。

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