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2011.09.26

「帝都幻談」上巻 江戸を覆う北の怨念

 天保11年、幽冥界研究を行っていた平田篤胤は、江戸に見たこともないような妖怪が出現したことを知る。一方、北町奉行・遠山景元は、稲生武太夫を名乗る怪しい講釈師が、世間を騒がす講釈を行っていることを知る。やがて蝦夷地に収斂していく二つの流れは、恐るべき怨念の姿を明らかにするのだった!

 伝奇小説の金字塔とも言うべき「帝都物語」については、再読の上、いずれきちんとこのブログでも取り上げたいと考えているところですが、その前に、時系列的に最も古い時代を描いた本作から語るべきでしょう。
 丁度本年文庫化された「帝都幻談」、帝都が生まれる数十年前、江戸時代を舞台に、江戸破壊を目論む怨念と、その存在を知った人々との死闘を描く一大時代伝奇であります。

 この上巻で描かれるのは天保11年――天保の改革が始まる直前の時代。
 江戸城では水野忠邦ら改革派と、大御所家斉を戴く西の丸派が対立し、江戸の町では目付時代の鳥居耀蔵が暗躍していたころ…江戸の町で次々と奇怪な事件が起こります。

 江戸で捕らえられた蝦夷地の海獣、「アヤカシ」「ツキノイ」と鳴く奇怪な妖怪の出現、蝦夷地からの奇怪な怨念の襲来を語る講釈師(その名も「稲生武太夫」!)…
 一見、それぞれ何の繋がりがないようでいて、「蝦夷地」という共通項を持つ怪事件の数々。
 この謎に、武と文、官と民を代表する二人の人物――遠山景元と平田篤胤が挑むこととなります。

 遠山景元、通称金四郎は、今更言うまでもない有名人、北町奉行として庶民の側に立った人物であり、本作で(も)憎々しげに登場する鳥居耀蔵と対峙して、江戸を守るために奔走することになります。
(しかし彼と物語の中心となる蝦夷地とは、彼の父の代から因縁を持つのですが…)

 そしてもう一人、平田篤胤は、これはいかにもこの物語に相応しい人物であります。
 独自の復古神道を体系化して、後の尊皇攘夷の思想的柱となり、国学の四大人の一人と呼ばれる…ですが、しかしその経歴を見れば、学者というよりもオカルティストとしての側面が強く感じられます。

 その最たるものが、天狗小僧寅吉の研究――天狗にさらわれて異界を見聞し、帰還したという寅吉を養子に迎え入れて起居を共にし、異界の様子を聞き出して記録、出版するなど、今の目で見ればかなり奇っ怪な研究であります(その寅吉も本作に登場し、異界との繋がりを示す重要な役割を果たすこととなります)。

 いずれにせよ、奇怪な妖怪と怨念が跳梁するこの物語において、一種の科学的態度を持ってそれを分析する人物として、篤胤以上に適した人物はおりますまい。

 そして彼らが挑む怨念を操る者たちこそは、稲生武太夫を名乗る怪老人――江戸時代の怪奇事件に興味を持つ方であれば、今更言うまでもないでしょう、一月にわたり妖怪変化の来訪をしのぎ、日本魔族の一方の長である山本五郎右衛門を感じ入らせたという剛の者であります。
 しかし武太夫は、物語の時点から見てもかなり以前の人物。いかに老人といえども、この時代に存命のわけがない。それでは――というのも、物語の重要な柱の一つ。

 さらに日本の歴史の陰の怨念を抱く人物はもう一人…鳥居耀蔵配下として暗躍する怪人・加藤重兵衛。
 「帝都」を破壊すると言えば加藤――この時点では、あの加藤保憲との関係はわかりませんが、その長い顔に長身痩躯、冷たい目に冷笑的な口元、手甲(手袋ではないのがうまい)にはドーマンセーマンの紋とくれば、まさにあの魔人が江戸時代に出現した、と捉えても良いのでしょう。

 しかし本作で江戸に跳梁する魔は、この加藤の心胆を寒からしめるほど強大な存在。
 さらに、江戸城内の権力闘争までもが絡み、ほとんど絶望的な状況の中、景元と篤胤は、江戸を守るための死闘に身を投じることとなります。

 これは個人的な印象ではありますが、年代記的側面を持つ「帝都物語」に比して、本作はかなりエンターテイメント色を強めているやに感じられます。
 二人の主人公が、二人の大敵に立ち向かうクライマックスの決戦はその最たるものですが――
 特に景元の切り札は、一歩間違えれば(いやほとんどすれすれで)ネタになりかねないものではあるのですが、荒俣作品独特の熱気で、おお! と盛り上がること請け合いであります。


 さて、本作は上下巻構成となっておりますが、初出時は、この上巻までが雑誌に連載され、下巻部分は書き下ろしとなっています。
 そのためもあってか、この上巻だけでも物語はひとまずの結末を見るのですが…

 しかし、江戸を狙う怨念は、これで消え去ったわけではありません。
 まだ上巻で解き明かされずに残った謎――それは、下巻で語られることになりましょう。

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帝都幻談〈上〉 (文春文庫)

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