「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…
密命を帯びて潜入してきたくノ一だった妻・織江と、姿を消した彼女の想いを信じて追い続ける追う夫・彦馬――すれ違う二人の姿を描いてきた時代ロマンス活劇「妻は、くノ一」も、いよいよこの第10巻で完結であります。
舞台が江戸を離れ、長崎に向かう中で繰り広げられる最後の戦いの行方は…
織江とはすれ違いを繰り返し出会えぬまま、松浦静山の命で、開国の使者として密かにオランダに向かうこととなった彦馬。
幽霊船に偽装した船で、静山とともに長崎に向かう彦馬を、一人織江は追いかけるのですが――しかし、その彼女をまた追う者たちもいます。
なんと、鳥居の奸計により織江に興味を抱いた将軍家斉の配下の、武芸の達人四人衆が織江を、彦馬を追い、さらに、織江に執着を抱き続ける御庭番頭・川村が彼らと合流――
ここに来て、織江と彦馬、そして静山は、最後の、最強の敵を迎えることとなるのであります。
そして、辛うじて船旅を終えてたどり着いた彦馬が、海外への門である長崎から、オランダに向かおうとしたまさにその時、最後の戦いが繰り広げられることとなります。
織江が、静山が、雁二郎が――これまでの戦いで傷ついた体に鞭打っての戦いは、まさに決戦、いや血戦。
幸せは犠牲なしに得ることはできないのであれば、どれほどの犠牲を払っても必ず幸せになってみせる/してみせる! との決意の下に繰り広げられる大乱戦は、この長かった物語のラストを飾るに相応しい死闘であります。
そしてその戦いの果て、彦馬と織江の運命がどうなるのか…それをここで詳細に語るのは野暮というものでしょう。
しかし、ベタと言わば言え、甘々と言わば言え――これまで物語を追ってきた者が、望んできたものがここにある、とだけは言っても良いかとは思います。
そしてまた――個人的に何よりも嬉しかったのは、第1巻の最後でこちらの度肝を抜いてくれた静山のあの宣言に、この第10巻の最後の最後で、見事な伝奇的アンサーが示されていたこととであります。
そうか、そう来たか! と思わず膝を打つと同時に、静山の、皆の努力が決して無駄にならなかったことを想い、思わず胸が熱くなったことです。
思えばこの10巻までの道のりは――物語の内側だけでなく、一つの作品として見ても――決して平坦なものではなかったと言えるでしょう。
意味ありげに登場したキャラクターが、ほとんど動かずに終わったり(静山の娘のことでありますが、しかし彼女は、次のシリーズの主人公になるとのこと)、今回終盤での静山と雁二郎の扱いに見られるような展開の粗い部分があったりと、残念な部分もまま見受けられます。
しかしそれでもなお、この結末を読めば、全て許せる、全て愛せると感じ…
ごめんなさい、嘘を書きました。結末を読む前から、本シリーズが大好きな作品であることに、変わりはありません。
1巻に4、5話収録のライトなミステリ調連作というのは、風野作品――いや、文庫書き下ろし時代小説に定番のパターンではあります。
しかしその中で、縦糸に彦馬を探偵役としたミステリものを、横糸に織江のくノ一としてのアクションものを配置することにより、マンネリズムを回避しているのは、大いに評価するべきでしょう。
そして、そこに風野作品の持ち味であるユーモアとペーソスに満ちた人物・情景描写と、思わぬところから飛び出してくる伝奇風味が合わさるのですから、またたまらない。
作者の作品として、まず代表作の一つと読んで間違いはありますまいと…今は心より思う次第であります。
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