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2011.10.31

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 必死に目をそらしてきたのですが、今回の更新のためにカレンダーをチェックしていると否応なしに飛び込んでくる事実…今年も残すところあと二ヶ月じゃないですか! やだー!
 ヤダヤダ言いつつ、しかし11月はこのブログ的にはなかなか豊作なのです。…というわけで、11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、10月とは異なり、かなり充実した印象の文庫小説。

 ざっと見ただけでも、本当に月刊ペースの高橋由太「ぽんぽこ もののけ江戸語り ちょんまげ、ちょうだい」、あっという間にシリーズ第4弾の瀬川貴次「鬼舞 見習い陰陽師と試練の刻」、この作者なのに主人公は女性!?(おい)の如月天音「咲姫、ゆきます! 夢見る平安京」、そして11月は新作二つの鳴海丈「ご存じ 大岡越前」「娘同心七変化 緋牡丹地獄」…

 と、大作! というわけではないですが、個人的には嬉しい作品ばかりです。

 また、文庫化・復刊の方では、毎月連続刊行が続く上田秀人「将軍家見聞役 元八郎」シリーズの他、宮本昌孝の名作「剣豪将軍義輝」が新装版で登場します。
 その他、これで完結、衝撃のラストに驚け! の三田村信行「風の陰陽師」4、単行本では「ガールズ・ストーリー」が冠されていたあさのあつこ「おいち不思議がたり」なども…
 もう一つ、パラレルワールドの江戸を舞台としたファンタジーですが、香月日輪の「大江戸妖怪かわら版」も必見です。

 そして、小説ではありませんが、山田風太郎関連で注目のアイテムが二つ――徳間文庫からは、名著「人間臨終図鑑」の新装版が刊行されるの加え、角川文庫からは「山田風太郎全仕事」が刊行されますので、ファンは要チェックでしょう。

 あ、あと一部で話題の「ギャルバサラ」のノベライゼーションも刊行。映画はちょっと、という方も、本なら大丈夫…?


 さて、漫画の方はといえば、なんと言っても久々登場の阿部川キネコ「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」5ですが…えっ完結!?

 気を取り直して、個人的に嬉しいのは今野直樹「廓ノ幻」の単行本化(そのまま出ないかと思ったので…)。
 その他こちらでチェックしているものとしては河合孝典「石影妖漫画譚」5、宮永龍「伊達人間」3…

 あとは中国ものでは中道裕大「月の蛇」6、西洋ものでは森田崇「アバンチュリエ」2に期待です。
 おっと、小竹田貴弘の「怪異いかさま博覧亭」は新装版残り3巻一気に刊行です。


 その他、映像作品では「魔界転生」「柳生一族の陰謀」(ともにもちろん深作版)、「十三人の刺客」(もちろん工藤版)の再版が気になるところ。
 しかし、やはり一番は「孫文の義士団」でしょう。…「ボディガード&アサシンズ」とカタカナ副題がくっついてきましたが(英題ではありますけどね)

 ゲームの方では、何だかんだでまだまだ元気な戦国BASARAシリーズの最新作「戦国BASARA3宴」が登場。ついに松永さんがプレイヤーキャラに!!
 そしてまさかの続編が決定した「俺の屍を越えてゆけ」のリメイク版も、やはりプレイせざるをえないでしょう。


 最後に、時代もの外では、久々登場、ブライアン・ラムレイ「タイタス・クロウサーガ 幻夢の時計(仮)」がやはり気になるところです。既にホラーとか伝奇というレベルを超えてしまった感がありますが…



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2011.10.30

「UN-GO」 第03話「覆面屋敷」

 7年前、強制捜査の最中に爆死した人工知能研究者・佐々駒守。常に覆面で顔を隠していた駒守には、同様に顔を隠す養子の風守がいた。その風守が、奇怪な焼死を遂げた。駒守の呪いが囁かれる中、梨江の依頼で新十郎は佐々家を訪れる。海勝は駒守の妻・糸路と弟の木々彦の犯行と推理するが、風守には意外な秘密があった…

 さて「UN-GO」第3話は、原案の第9話「覆面屋敷」と第5話「万引一家」をベースとしたエピソード。
 第2話では、原案を大胆に解体して本作ならではの物語を見せてくれましたが、今回は人物配置など、かなり原案(「覆面屋敷」の方)に近いものがあります。

 ここで毎度のことですが「覆面屋敷」との人物配置を比較してみると…(「万引一家」については後述いたします)

(本作/原案の順)
佐々風守(佐々家の養子で後嗣。覆面姿)/多久風守(佐々本家の後嗣。覆面姿で座敷牢に暮らす)
佐々駒守(人工知能の研究者。故人。覆面姿)/多久駒守(風守らの祖父で多久家の重鎮。存命。覆面姿)
佐々糸路(駒守の妻)/多久糸路(駒守の子の後妻)
佐々木々彦(風守らの叔父。佐々家を実質的に支える)/多久木々彦(風守らの叔父。分家の道楽息子)
佐々光子(風守の異母妹)/多久光子(風守の異母妹)
佐々文彦(風守の異母弟)/多久文彦(風守の異母弟)
多久英信(風守の住み込みの主治医)/英信(佐々家の菩提寺の子。風守の学友)

 というわけで、佐々家と多久家の違いこそあれ、かなり近い配置であることがわかります。
(ちなみに多久ではなく佐々となったのは、同じ「安吾捕物帖」を原作としたTV時代劇「新十郎捕物帖・快刀乱麻」の脚本家である佐々木守を念頭に置いたものではないかと)

 もちろん、人工知能RAI――このネーミングは、「万引一家」で大きな意味を持つ病名からでしょう――の存在は本作ならではのものですが、名家の覆面の跡取りが焼死体となって発見される、という事件の内容はそのまま。
 大きく異なるのは、原案では事件の時まで存命であった駒守が、本作では7年前に爆死しているということですが――


 と、ここで一旦事件から離れ、新十郎サイドに目を転じると、ここ初めて彼の生活…というか住処らしきものが描かれることとなります。
 かつての「戦争」で荒廃し、おそらくは復興が放棄された新宿の立ち入り制限区域。その、倒壊したビル群に住み着いた人々の中に、新十郎と因果も暮らしているようであります。

 そして、この地区を訪れた梨江の回想の形で、かつての「戦争」の一端が描かれることとなりますが――南新宿のビル群がテロで崩壊し、道路を戦車が走る姿には、個人的に見慣れた風景であるだけに、非現実感と現実感が入り交じった不思議な印象を受けた次第です。

 それにしても、(月刊ドラマ掲載の脚本を見た限りでは)第2話の歌舞伎町でマニア連がこちらがわの現在とほとんど変わらぬ生態を見せているすぐ近くで、この惨状とは…と一瞬思いましたが、なんのことはない、3月以降の現実の姿もあまり変わらないですね…


閑話休題、事件の方に戻ると、今回は、ラストで風守に関するあまりに意外な(?)事実が明かされ、次回に続く、となります。
一見、これで事件は解決されたようにも見えますが、そうではないのは言うまでもないお話。事件の犯人と犯行方法はもちろんのこと、
・殺されたのは誰なのか?
・何故いま事件が起きたのか?
・7年前の事件と関係はあるのか?
・そもそもRAIのどこが新情報拡散防止法違反なのか?
などなど、謎はまだ幾つも残っています。

 どうやら、原案の「万引一家」の方は、舞台や登場人物ではなく、この辺りの真相に関係してきそうですが…(それ故、「万引一家」の内容には第4話の感想で触れたいと思います)
 正直に言って、原案読者でも今回の謎はかなりの強敵。泉さん(というより原案の虎さん)の気持ちがよくわかる気がいたしますが…さて。


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2011.10.29

「青嵐の譜」 嵐の前に立つ希望

 嵐の次の日、二郎と宗三郎は、小舟で漂着した少女・麗花を見つけた。二郎の家で育てられることとなった麗花だが、元軍の来襲が三人の運命を大きく変える。元軍への復讐に燃える宗三郎、旅芸人の一座に加わる麗花、そして数奇な運命の末に元軍の一人となった二郎。彼らの運命の交わる先にあるものは…

 戦国のバンド小説と言うべき「桃山ビート・トライブ」でデビューした天野純希の第二作は、一転、元寇を背景に、壱岐で育った三人の男女の運命の流転を描いた歴史小説であります。

 商人の息子ながら絵を好み、宋で絵を学ぶことを夢見る二郎。宋人の女郎の子として生まれながら武家の養子となり、出世を夢見る宗三郎。そして、高麗の武官の庶子として生まれながらも、政争で父を失い、日本に漂着して二郎の妹として育てられた麗花――

 それぞれ生まれも身分も異なりながらも兄妹のように育った三人の運命は、元軍の襲来により、大きく狂わされていきます。

 言うまでもなく日本史上の一大事件である元寇。その元寇を描いた物語は、もちろん数多く存在しますが、しかしそれらは基本的に武家の視点、マクロな視点から描かれたものでありました。
 しかし本作は、実際に元寇の被害を被った壱岐や対馬の庶民、地方武士たちの視点――いやそれだけでなく、否応なしに戦いに巻き込まれた日本以外の人々の視点からも、元寇という巨大な嵐の姿――いや、時代・歴史の巨大なうねりが描かれていくのです。

 そう、本作は、単に元寇を描いたものではありません。元寇を引き金に浮かび上がった理不尽と不幸――民族・職業による差別、権力者のエゴにより翻弄される人々、被害者が被害を与える側に回る連鎖、等々――その数々を、本作は描くのです。

 元寇そのものは、もちろんこの時代に特有のものであったとしても、それが生み出したもの、そしてそれを生み出したものは、いつの時代にも大なり小なり存在する、こうした理不尽であり、そしてそれは寄り集まって、、個人の力を以てしてはどうにもできない、時代・歴史の巨大なうねりとして現れることになります。

 本作において物語の二郎・宗三郎・麗花の三人の運命が変わる時に吹き荒れる嵐――それは、この巨大なうねりの象徴にほかなりません。

 それでは、人間という存在は、巨大な力の前に全く無力なのでしょうか? そうかもしれない、しかし決してそれだけではないと、本作は語ります。
 その象徴として描かれるのは、音楽――麗花の笛の音色がもたらすそれは、人間の持つ美しい部分の象徴であり、そして人間と人間はわかり合うことが出来るという、希望の象徴でもあります。

 冒頭に述べた作者のデビュー作は、音楽とそれを奏でる者を前面に押し出し、その時代に対する反抗精神を描いた作品でした。
 本作には、そのような明確な反抗精神は見られません。しかし、その代わりに、人の世に、深く静かに潜み、人の心を支えていく、そんな音楽の力が描かれることとなります。

 歴史が、時代が、そして人間が生み出す悲劇を描きながらも、決して悲しみだけに終わらないものを描く――
 青いかもしれません。甘いかもしれません。それでも私は、この作品と作者の態度を、こよなく愛するものであります。


「青嵐の譜」(天野純希 集英社) Amazon
青嵐の譜


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 「桃山ビート・トライブ」 うますぎるのが玉に瑕?

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2011.10.28

「剣豪将軍義輝」 爽快、剣豪将軍の青春期

 征夷大将軍・足利義輝は、初陣の際の出来事をきっかけに、武芸を修めることを心に誓う。混沌とした状況の下、京から落ち延びることとなった義輝は、霞新十郎を名乗り、廻国修行を行った末に奥義に開眼する。再び京に戻った義輝は、戦乱の世を終わらせるため、将軍親政の体制樹立を目指すが、その前に松永弾正が立ち塞がるのだった。

 来月に文庫の新装版が刊行される「剣豪将軍義輝」は、宮本昌孝のキャリアにとって決定的なターニングポイントとなった作品であります。
 ヒロイックファンタジー「失われしものタリオン」でデビューし、「もしかして時代劇」「旗本花咲男」と時代小説志向を見せてきた作者の名前が、この作品で、一躍時代小説ファンの脳裏に刻み込まれることとなったのですから――

 本作の主人公である足利義輝は、優れた政治手腕を発揮し、当時地に落ちていた将軍の権威回復を図りながらも、それを疎んじた松永久秀と三好三人衆に攻められ、若くして命を落とした悲運の将軍であります。
 その義輝が、塚原卜伝から一の太刀の伝授を受けるほどの剣技の持ち主であり、、その最期においても、幾本もの刀を畳に突き立て、刃こぼれするたびに取り替えて寄せ手を迎え討ったという逸話を持っていることは、剣豪ファンの方であればご存じでしょう。

 本作は、そんな義輝を、青雲の志を抱いた颯爽たる青年、そして秘剣一の太刀を修めた剣豪として、見事に再生してみせた作品なのです。

 将軍ですら京を追われ、その命を危うくする混沌とした室町時代末期。
 そんな時代を舞台に、本作は、義輝や彼をとりまく善魔入り乱れた様々な登場人物の姿を、虚実とりまぜた(中巻では、義輝が変名で廻国修行に出てしまうのですから!)波瀾万丈の物語として描き出します。

 戦乱あり決闘あり、友情あり恋あり――厚めの文庫本で全3巻というボリュームは、決して少ないものではありませんが、いざ読み始めれば、まさに一読巻を置くあたわざるとは本作のための言葉…というのも大袈裟でないほどの面白さなのです。


 しかし、上に述べたように、義輝は、史実では悲劇的な最期を遂げた人物ではあります。史実に従う限り、本作の結末もまた、悲劇とならざるを得ないのですが――
 それでもこの作品が読後感が湿っぽくならず、それどころか、むしろ爽快ですらあるのは、本作における義輝が、壮大な夢に生き、叶わぬまでもその夢に向かって己の生を全うした若者として、その青春の姿を瑞々しく描いた点にあると言えます。

 作者には、『ふたり道三』『風魔』『陣借り平助』など、戦国時代を舞台とした作品が少なくありませんが、そのいずれも、本作に通じる爽やかな読後感を持っています。
 それは、どの作品も、人の命が塵芥のように失われる時代において、それでもなお、己の命を全うしようとする青春の輝きに満ちているからに他なりません。

 その意味で、作者の作品は、時代小説にして青春小説であり――そして、彼らのそれとは比べものにならないにせよ、悩みと苦しみが尽きない我々にとって、何より元気を与えてくれるのであります。


 このブログでは既に取り上げてしまいましたが、本作には外伝集である「将軍の星 義輝異聞」、そして義輝の遺児・海王が活躍する続編「海王」が発表されています。
 おそらくは作者にとって最も愛着のあるキャラクターであろう義輝像が、どのように影響を与えているか、こちらも合わせてご覧いただければと思います。


「剣豪将軍義輝」(宮本昌孝 徳間書店 全2巻ほか) 上巻 /下巻


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 「海王」上巻 海王の往くべき道は
 「海王」下巻 神に残された者たち

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2011.10.27

「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語

 唐々煙の明治伝奇アクション「曇天に笑う」の第2巻であります。
 巨大な監獄・獄門処が湖上にそびえる琵琶湖周辺を舞台に、獄門処への橋渡し役兼逃亡者捕縛を生業とする曇神社の三兄弟――天火、空丸、宙太郎の物語も、いよいよ本題に入ってきたという印象です。

 …というよりも、第1巻の時点で本編が第1話のみ、あとはビフォアストーリーという破格な構成だったこともあって、ようやく第2巻に入って、本作がどういう物語なのかわかった、というのが正直な印象。

 そもそもこの物語がどこに向かっているのか、そしてその中で三兄弟がどのような役割を果たすのか?
 それがこの巻でようやくわかったように思います。

 逃亡した元長州の人斬りを追い、ただ一人対峙する空丸。天火に頼るまいと必死に戦うも、腕前の差は歴然で、その命は風前の灯火となってしまいます。
 そこに助っ人に入ったのは、神社の居候の青年・白子。凄まじい戦闘力を持つ彼の正体は、何と…

 そしてようやく神社に駆けつけた天火の前に現れるは軍服に身を包んだ、しかし明らかにただ者ではない集団。
 彼らこそは時の右大臣・岩倉具視直属部隊“犲”、そしてかつて天火が所属していた部隊でありました。

 第1巻に収録された600年前の物語「泡沫に笑う」と、ここで示された情報を合わせることにより、物語の向かう先が見えてきます。
 300年に一度復活し、この世に災いを振りまく怪物・オロチ。
 復活の際には、自らを宿らせる器を必要とするオロチですが、しかし厄介なのは、その器が、オロチに敵対する者たちの中に、顕現することであります。

 つまり、本来であればオロチと戦う同志の中に、その敵に力を与える者が入り交じっているということですが――さて、この明治の世でその候補者に含まれているのは、“犲”のメンバーと、そして曇神社の三兄弟。
 なるほど、誰が敵で誰が味方かわからないところに、バトルが発生する余地があるのか――と思いきや、それはものの見事にひっくり返されるのですが、それはさておき。


 物語の大枠は見えてきたものの、もちろんまだ先はわからないことだらけ。
 「獄門処に入る科人はある物を持って来るべし」という謎の掟が支配するという獄門処と、そこに潜む者に、どのような秘密があるのか。
 600年前の因縁を抱いて生きる者に救いはあるのか。
 そして、オロチの器と、自分たちの宿命と、三兄弟はどのように対峙することとなるのか。

 画力筆力は言うことなし、キャラも物語も魅力的とくれば、あとはひたすら、作者が見せてくれる世界を楽しむほかありますまい。
 気が早いですが、次の巻にも期待しているところであります。

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 「曇天に笑う」第1巻

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2011.10.26

「快傑ライオン丸」 第52話「早射ち六連発 怪人ゴンラッド」

 ゴンラッドの挑戦を受けた獅子丸は苦戦しながら一度は退ける。旅を続ける四人だが、小助がさらわれ、救出に向かった獅子丸たちは、洞窟に追い込まれてしまう。煙攻めにあいながらも反対側から脱出した獅子丸たちは、ダブル変身でゴンラッドと対決。忍法陽炎霞に苦しみながらも、二人の呼吸を合わせた攻撃がゴンラッドを打ち破るのだった。

 残り三話となった今回は、獅子丸とゴンラッドとの決闘から始まります。
 馬に乗って首にはマフラー、体には弾薬を巻いて手にはライフルと、完全に西部劇ルックのゴンラッドですが、何にせよ、ライフルに正面から立ち向かう獅子丸は無茶…と思ったら結構戦えてるからスゴい。

 地面に潜った状態から変身、ジャンプの連続でゴンラッドをかわし――顔だけ五分身!?
 あまりに意外な展開に驚いたゴンラッドは一つずつ撃っていきますが、残り一つのところで弾切れになり…と、そこで再び飛び出したライオン丸は接近戦に。バックルを取り外したゴンラッドに、ライオン丸もバックルを外してぶつけ合ったら爆発…

 いきなりハイスパートな戦いに驚きましたが、ゴンラッドはこれで一時撤退。これは文字通り序の口にすぎません。

 さて、この決闘は獅子丸が独断専行してしまったようですが、それでむくれる小助を、錠之介が爽やかになだめるというシーンには、錠之介もすっかり仲間になったのだなと嬉しくなります。
 その後も、小助と錠之介が二人で狩りに出かけるのですが、小助と話しながら朗らかに笑う錠之介の姿には、あるいは彼の本当の姿はこちらなのでは、と感じさせられます。
 しかしその後、獅子丸と沙織、錠之介と小助が二手に分かれたときに、襲われて小助をさらわれてしまうのはいただけませんが…

 一方、獅子丸たちの方にはドクロ仮面(無印)が出現、何やら穴が三つある変な筒を持ち出してきたので、これも銃かと思いきや、どうも磁石だったようで、刀を奪い取られてしまいます。
 武器を奪われ、ドクロ忍者に囲まれてしまった獅子丸と沙織ですが、どうするかと思いきや、背中合わせになって獅子丸が背中に沙織を乗せ、かがんだ獅子丸の背を支点に沙織が大回転、キックを食らわせるという、仲良し度的にも沙織さんの太股的にも素晴らしい技が炸裂であります。
(が、その直後、鉤縄を取り出したらまた筒に吸い寄せられて、人質にされてしまうあたりやっぱり沙織さんです)

 そこに駆けつけた錠之介も、象牙の槍を奪われかけるのですが、その力を逆用して投げた槍は、筒を貫いてドクロ仮面(無印)を倒すのでした。

 さて、逃げるドクロ忍者を追いかけた三人は、縛られた小助を見つけるのですが、ゴンラッドは何故か小助を解放、三色のドクロ忍者の大群を差し向けますが、四人の敵ではありません。
 それならばと乱射してくるゴンラッドのライフルも、錠之介のマントがガッチリがガード(この辺りのチームワークが楽しい)するのですが、今度は榴弾らしき銃弾を持ち出すゴンラッド。

 さすがにこれはたまらんと、小助の爆弾で岩山に穴を開け、そこに逃げ込む四人ですが、ゴンラッドは逆に穴の入り口を爆破して塞いでしまいます。
 さらに四人を燻しだそうとするゴンラッドに対し、入り口の反対側を爆破して…ってかなり無茶ですが、脱出する四人。が、今度は脱出した側にゴンラッドが!

 しかし四人は、岩で造ったとおぼしい盾で銃撃をガード。さらに、それぞれの武器を束ねて造った槍でドクロ忍者を一掃(というか向こうから勝手に突っ込んできた感じですが)、いよいよ決戦の時です。

 まず獅子丸が変身! そして錠之介も変身! 待望の獅子と虎のダブル変身、ライオン丸とタイガージョーが、仲間となって夢の揃い踏みであります。

 さすがに二人を相手にしてはライフルは分が悪いか、刀を持ち出すゴンラッド。飛び道具に頼っていただけに刀は苦手…と思いきや刀を持たせてもゴンラッドは強い!
 短距離テレポート術である忍法陽炎霞みで自在に攻撃をかわす上に、ライオン飛行斬り、タイガー隼斬りを連続で受け止めるという、とんでもない強豪ぶりを発揮です。

 しかし、この二人が組めば怖いものはありません。呼吸を合わせた挟み撃ちで陽炎霞みを封じ、たまらず宙に飛んだゴンラッドを、隼斬りと飛行返しが斬る!
 ぴったり合った二人の呼吸が強敵を撃破したのでした。


 お話的には正直なところ穴埋め感の強いエピソードではありますが、しかし、獅子丸側とゴンラッド側の、あの手この手を繰り出しての攻防戦はそれなりに面白く(何だかスマートではない場面も多かったですが)、何よりもライオン&タイガーダブル変身という、シリーズ屈指の見せ場はやはり燃えます。

 ようやく力を合わせること素晴らしさを学んだ錠之介。いよいよゴースンとの決戦は目前であります。


今回のゴースン怪人
ゴンラッド

 ウインチェスターライフルを得意とするゴースン怪人。短距離テレポートの忍法陽炎霞みを用い、刀も得意とする。
 獅子丸一行を執拗に付け狙ったが、呼吸を合わせたライオン丸とタイガージョーの連続必殺技の前に倒れる。


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2011.10.25

「楊令伝 四 雷霆の章」 受け継がれていくもの、変わらないもの

 早いものでもう第4巻。もうすぐ全体の1/3に達する「楊令伝」であります。
 北の遼と南の方臘、両面に敵を得た宋禁軍は二面作戦を展開、全く様相を異にするその戦いの火蓋がいよいよ切って落とされます。

 楊令ら梁山泊軍と金国軍の手により遼の首都にまで追いつめられた遼国軍。しかし、遼の切り札と言うべき三人の武人が率いる遼国軍は精強の一言であり、本人が不在にせよ、童貫に鍛え上げられた禁軍を苦戦させるほどの力を発揮します。

 宋と遼の戦いが、これまで描かれてきた戦いの延長線上にあるとすれば、一方、宋と方臘軍の戦いは、全く異質なものであります。
 数十万にも及ぶ信徒を動員した方臘は、その教義である度人――この世に生きることは苦しみであり、相手を殺してやることが功徳となる――の教えによって、宋国軍を迎え撃ちます。
 軍人でも賊徒でもなく、ただ「度人」と呟きながら前進してくる信徒の群れ――個々の戦闘力は低くとも、しかし湧き出るように現れ、ただ前進してくる相手との戦いは、戦闘ではなくもはや虐殺というレベルにならざるを得ませんが、それに耐えられるほど、人の、攻め手の心は強くありません。

 自分の信徒を殺させることで、相手の兵の心を殺す。さしもの童貫も、この異常な戦法に打つ手なしか…と思いきや、ここで、その手があったか! と言いたくなるような戦法を持ち出してくる辺り、いやはやさすがは童貫であります。


 さて、各陣営が激しい戦いを繰り返すのと平行して、世代交代が進んでいく様が描かれていくことになります。
 既に前作「水滸伝」に登場した人物の多くが命を落とした一方で、彼らの子供の世代が、あるいは彼らの戦いを見てきた世代が、戦いに加わり、そして成長していくのです。

 この巻では、史進と花栄の息子・花飛麟に関係が比較的重点を置いて描かれますが、しかし考えてみれば、タイトルロールである楊令自身が――その能力が破格な故忘れがちですが――ネクストジェネレーションであるわけであります。
 彼ら次なる世代が、いやそれどころか、岳飛のように、さらに次なる世代の成長が、本作の眼目の一つと考えても間違いはありますまい。

 水滸伝の原典は、時間の経過というものが比較的感じにくい物語ではありますが、しかし言うまでもなく、時間は容赦なく流れ、いかなる英雄豪傑も年をとります。
 この「楊令伝」においては、この時間の経過を真っ正面から描きつつ、その中で受け継がれていくもの、変わらないものを描き出そうとしているように感じられるのです。
(にしても、あの公孫勝にも後継者的な存在が現れるとは…)

 そして、育つ者があれば、去る者もまたいるのは必然。この巻では、子午山で王進とともに好漢たちを育ててきた王母が、息を引き取ることになります。

 考えてみれば、「水滸伝」の冒頭から登場していた王母。生に傷つき、自らの行く道に迷った者を優しく見守ってきた彼女の存在は――我々にとっても――決して小さなものではありません。

 私が北方「水滸伝」で初めて泣かされたのは、鮑旭が王母に字を教わる件だったのですが、この巻でそれがリフレインされたのには、またもや目が潤みました。


 それにしても、まだまだ続く南北の戦い。もちろん、少しずつ戦況は動きつつありますが、しかしまだまだ物語の先行きは不透明です。

 個人的には、もはや完全に方臘に心酔した呉用の行く末が一番気になるのですが――この経験が、彼にとって吉と出る凶と出るか、方臘の反乱の行く末も含めてやはり気になるのです。


 それにしても、方臘が活躍する一方で王慶は…いや、原典でもまあ、今一つな人でしたが。

「楊令伝 四 雷霆の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 4 雷霆の章 (集英社文庫)


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2011.10.24

「いかさま博覧亭」第1巻 博覧亭、いよいよ新装開店!

 私が強く押している時代漫画の一つである「いかさま博覧亭」の、待ちに待った単行本第1巻が刊行されました。
 「怪異いかさま博覧亭」として「Comic REX」誌に連載された作品の続編――というか、掲載誌を「電撃コミックジャパン」に改めての続きであります。

 本当に掲載誌を変えてタイトルをちょっと変えた(いきなり第一話の冒頭からそれをネタにするというのも実にヒドイ(褒め言葉)だけで、舞台設定も登場人物も、話のノリも、「怪異いかさま博覧亭」から全く変わらず。
 世界最大の歓楽街であったお江戸両国の流行らない見世物小屋「博覧亭」を舞台に、博覧亭の若旦那、若白髪の妖怪馬鹿・榊を中心とする、ちょっとおかしな人間――あと妖怪や付喪神たち――の引き起こす大騒ぎを描いた良質の時代コメディであります。

 この第1巻に収められているのは、博覧亭に眠っていた生き人形と幽霊騒動や、変わり牡丹灯籠と猫又さらいの珍騒動、黄泉に通じる壺とくノ一・八手の過去など、今回もやはり楽しいエピソードばかり。
 今まですっかり忘れていた(本当に!)八手が、故郷を何者かに滅ぼされて、一人江戸に逃れてきたくノ一であるという設定を踏まえた、この巻一の長編エピソードも興味深いのですが、個人的にやられた! と思ったのは、第二話の変わり牡丹灯籠と猫又さらいであります。

 今は亡き博覧亭の親方のおかげで、江戸有数の猫又スポットとなった寺から、次々と猫又が何者かに攫われているという事件と、蓮花の知り合いの絵師・よっちゃんが、どうやら幽霊らしい存在に取り憑かれて、夜毎睦言を囁いている(しかもその幽霊が増えていく!?)という牡丹灯籠めいた事件…
 この二つが意外な(?)ところで結びつくのも楽しいですし、その動機も個人的には大いに頷けるのですが、それはさておき、実はよっちゃんは――という、本作にしては珍しいオチがついたのには、嬉しい不意打ちを食らわされた気分であります。

 さらに、このエピソードでは、両国に怪異の存在が許される土壌、一種のアジールを作ろうとしている榊の姿が、久々に描き出されていて、単なるお笑い活劇ではない本作ならではの味を見せてもらえたのも、また嬉しいのです。


 コミックスの広告でも扱いが一番大きかったり、ようやくその面白さが正当に評価されてきた感のある本作。
 これからも、この面白さ、暖かさにいつまでも触れていられることを楽しみにしているところです。


「いかさま博覧亭」第1巻(小竹田貴弘 アスキー・メディアワークス 電撃ジャパンコミックス) Amazon
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2011.10.23

「安政五年の大脱走」 人の尊厳を目指しての脱出

 安政五年、津和野藩の美しき姫・美雪と藩士たち51人が、突如井伊直弼の配下により絖神岳山頂に幽閉された。姫を見初め、拒絶された直弼が、姫を翻意させるために捕らえたのだ。厳重な警備に峻厳な地形と脱出不可能かに見える状況の下、男たちは自分たちの、そして姫の自由のため、脱走に命を賭ける!

 書く作品一作ごとにジャンルを変えているのではないか、と言いたくなってしまうエンターテイメント職人・五十嵐貴久にとっては、時代小説も活動ジャンルの一つであります。
 現時点ではわずか二作と数は少ないのですが、しかしどちらもなかなかの快作。その一作、作者の初時代小説が本作「安政五年の大脱走」です。

 前藩主の法要の帰り、突如として井伊直弼の懐刀・長野主膳に捕らえられた美雪姫と津和野藩士51人(正確にはうち1人は巻き添えを食って捕らわれた御用商人)。
 全く身に覚えのない将軍暗殺未遂という罪状で彼らが連行されたのは、人里離れ、ほとんど垂直に切り立った絖神岳山頂でした。

 峻厳な自然と、厳重な警備の下、刀を奪われた津和野藩士たちは、それでも自由を求め、地下に穴を掘るという奇策で、脱出を計画するのですが――


 と、タイトルの時点でおわかりかと思いますが、本作は、ジョン・スタージェスの名作「大脱走」のオマージュとして執筆された作品であります。

 事実、脱出不可能と思われる場に収容された男たちの必死の脱走劇という骨格はもちろんのこと、脱出手段が地下にトンネルを掘る点、その作業音の擬装のために合唱する点など、本作には、様々な部分に「大脱走」を踏まえたシチュエーションを見ることができます。
 もちろん、元ネタそのままでなく、如何に時代小説として換骨奪胎するか、というのも見所の一つですが(トンネル掘りを指揮する者の身分など、思わず納得)、しかし、この作品が、単に「大脱走」を幕末に移し替えただけのものではないことは、言うまでもないでしょう。

 本作を「大脱走」と明確に分かつもの。それは、そもそも彼らが捕らわれることとなった理由、脱出しようという理由にあります。
 実は井伊直弼は不遇だった青年時代の想い人の娘である美雪に一方的に懸想、側室に迎えようとしたのですが、姫がこれを拒絶。長野主膳の入れ知恵で暴走した直弼は、それならばと藩士の命を盾に姫を翻意させるため、彼らを捕らえたのであります。

 ここで、彼らが脱走する理由は、単に自分たちが自由になるというためだけのものではなくなります。
 主家の姫君を――ここで姫と設定することで、武士道精神のみならず騎士道精神的なものもも感じさせるのが心憎い――権力者の暴戻から救い出すためにも、彼らは脱走しなくてはならないのです。

 いわば、自分のみならず、尊敬するもの、守るべきもの、己より弱きもの――そうした存在の、尊厳を守るための試みなのであります。

 彼らのその想いとそれを実現するための行動は、舞台となる幕末という時代にある程度規定されるものではあります。しかしながら、それ以上に、現代の我々の胸にも当然のこととして理解できる、現代に通じるものとなっているのです。

 まさにこの点で、本作は「大脱走」と明確に異なる、そして本作ならではの魅力を獲得していると言えるでしょう。

 ラストのどんでん返しはいささか乱暴ではありますし、結末も大甘ではあります。
 しかしそれでも私が本作を大いに愛するのは、まさにこの、痛快な時代エンターテイメントを描きつつも、その中に、人間として決して忘れてはならないものを忍ばせてみせる、その点にあるのです。


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2011.10.22

「UN-GO」 第02話「無情のうた」

 無認可タクシーが謎の女に頼まれ、ある屋敷で引き取ったトランク。そのトランクの中には、屋敷の主・長田久子の死体が入っていた。トランクを預けたのは男だったが、海勝はこれを複数犯に見せかけた犯行と推理、久子の愛人・荒巻が容疑者となる。一方、久子の娘・安の元を訪れた新十郎は、久子が何者かに脅迫され、毎月金を届けていたと聞かされる。久子と会っていたのは、アイドルグループ・夜長姫3+1の元メンバーだった…

 さて「明治開化 安吾捕物帳」原案の「UN-GO」第2話は、原案第4話「ああ無情」をベースとした「無情のうた」ですが…
 いやはや、第2話にしてここまでハードルを上げてどうするのだろう、とこちらが心配になるほどの見事な内容。感想を書くのがある意味辛い…

 閑話休題、今回も本作と原案の登場人物を対比してみましょう(本作/原案の順)

長田久子(投資家)/ヒサ(中橋英太郎の妾)
長田安(久子の娘)/長田ヤス(中橋家の女中。中橋の前妻の連れ子)
荒巻敏司(飲食店経営者。久子の愛人)/荒巻敏司(医学生。ヒサの愛人)
小山田新(裏ソフト販売業者)/小山田新作(梅沢一座の座附作者。ヒサのストーカー)
梅澤夢乃(夜長姫)/梅沢夢之助(梅沢一座の女芸人。荒巻の愛人で中橋の元妾)
常実公美(夜長姫)/常見キミエ(看護婦。荒巻の元愛人)
中橋澄香(夜長姫)/スミ(中橋の元愛人の娘。後の梅沢夢之助)
中橋英太郎(中橋澄香の兄)/中橋英太郎(実業家)

 原案側をご覧いただけば何となく察せられると思いますが、ちょい役だった英太郎が、原案では物語の中心にいるなど、相当人物配置には違いが見られます。

 事件の内容も、久子の死体がトランクから発見されるという発端(ちなみに予告で因果がネタにしていたモーロー車夫は、強盗や強姦もやりかねない連中のことで、本作の無認可タクシー運転手は、まだおとなしいですね)自体は共通ですが、その背景事情は、もはや別物と言ってよいほど異なります。

 原案では、実業家・中橋英太郎と妾のヒサを中心としたドロドロの人間関係を縦糸に、渡米した芸人一座の辿った悲惨な運命を横糸とした物語。
 一方、本作は、戦意昂揚アイドル「夜長姫3+1」を巡る悲劇であり、なるほど、原作ではなく原案とクレジットされているのもうなずける内容です。


 さて、その本作の内容ですが…冒頭に述べたとおり、これが実に素晴らしい。

 メンバーの一人がデビュー直前にテロの犠牲となったという戦意昂揚アイドル「夜長姫3+1」。
 しかし戦後には、新情報拡散防止法なる法律により、一転、放送・視聴・データ所持etc.諸々禁止…完全なタブーとなってしまった彼女たちの存在が、今回の事件の全ての発端となります。
(それにしても戦意昂揚アイドル、という冷静に考えれば非日常的な存在が、しかしアニメを見ている我々にとって全く違和感ない存在に感じられるのが恐ろしい)

 この夜長姫を巡る因縁自体は、正直なところ早い段階で察せられるのですが、それでは何故、今になって犯行が行われなければならなかったか、など、冒頭から全く隙のない構成で伏線が張られ、それが一気に吹き出す、終盤の犯人の告白シーンは、まさに圧巻と言うほかありません。

 特に犯人があの歌を一人歌い始めたシーンからは、途中の声の歪みも含めてその歌に込められた無限の想い――哀しみ、恨み、悔恨、喜び、希望etc.全てが入り交じったもの――がビビッドに伝わってきて、胸が締め付けられるような感覚を否応なしに味あわせられました。

 そして犯人に下される、「罰」の内容が、また凄まじい。
 事件の真相を隠蔽することが、そのまま、犯人が事件を通じて訴えたかったことをそのまま封殺し、未来への希望すら奪う――犯人の想いを考えれば、残酷というのも愚かではありませんか。

 こうして見ると、今回も、前回同様、「あの戦争」の「犠牲者」だったわけですが、しかし今回の犯人の動機の方が、ある意味等身大であるだけ、より鮮明に、そして何よりも、他人事でないものとして伝わってくるように感じられます。
 確かにこの事件は、本作の作品世界でなければ起こりえないものであるでしょう。しかし、そこで踏みにじられたものは、現代の我々一人一人が、それぞれの形で胸に抱くものであります。
 放送開始前に、私は、原案が明治の戦後を通じて現代(昭和)の戦後を描いたとすれば、本作は近未来の戦後を通じて何を描くのか? と感じましたが――ちと早すぎるかもしれませんが――その一端が見えたようにも感じられます。


 さて、少し前に希望すら奪われたと書きましたが、しかし、決して絶望のみでは終わらないことが、ラストで、いかにも「今」っぽい形で、そして今回の内容を考えればこれ以上はない見事な形で描かれます。
 それを甘いというのは簡単ですが、しかしこれも人の世の「現実」だよ、と私は信じたいと思うのです。


 ちなみに、作中でほのめかされる安の出自に注目すると、内容にまた少し違った色彩が加わるような気もしますが…それは個々人の感じ方でありましょう。

 も一つ蛇足ですが、夜長姫はもちろん安吾の短編「夜長姫と耳男」のヒロイン(ヤンデレ好きは必読)から、終盤の新十郎の言葉は、安吾のエッセイ「余はベンメイす」がベースとなっています。
 新十郎の言葉が作中では浮いて聞こえる面がありますが、このエッセイが、たとえ世間の誹りを受けようとも、作者の信じる芸術を貫くことの宣言という側面を持つことを考えれば、頷けるものがあるのではないでしょうか。



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2011.10.21

「ドリフターズ」第2巻 異世界の国盗り、始まる

 何処とも知れぬ異世界で死闘を繰り広げる死んだはずの偉人たち――平野耕太の意欲作「ドリフターズ」の、待ちに待った第2巻が発売されました。
 巨大な敵に立ち向かうための覇道を歩み出した「漂流者」(ドリフターズ)の行く末は――

 関ヶ原の戦での死闘から一転、異世界に迷い込んだ島津豊久。そこで同様に迷い込んできた織田信長、那須与一と出会った豊久は、成り行きから、人間に搾取されるエルフの村を救うことになります。

 あたかも西洋ファンタジーのようなこの世界においては、彼のように異世界から迷い込んだ者たちが、他にも幾人も存在するのですが――しかし、彼らはその性格を大きく異にする二つのグループに分かれます。

 一つは、豊久同様、生身の人間としてこの世界にやってきた「漂流者」。
 もう一つは、生前とはうって変わった魔人の如き異能を持ち、生者への怨念をたぎらせた「廃棄物」。

 今、この世界の人間たちを滅するため大規模な侵攻を始めた黒王なる存在に率いられた廃棄物たちに立ち向かえるのは、漂流者のみ。かくて、豊久たちの戦いが始まる…

 と言いたいところですが、オークの大軍勢やドラゴンを率いた廃棄物に挑むには、豊久たちが如何に強者であろうとも無謀の極み。
 戦うためにまず必要なのは、戦力、軍隊! というわけで、豊久は――というより信長は――エルフを率いて、国盗りの戦いに乗り出すことになるのであります。

 第1巻が、漂流者と廃棄物、両者の顔見せ的な色彩が強く、いまだ豊久らとは会ってもいないものの、様々な漂流者たちの存在が描かれたのに対し、この第2巻では、ほとんど豊久・信長・与一のトリオの活躍のみが描かれることとなります。

 信長曰く戦闘民族の血を発揮し、一軍の将として戦場を駆ける豊久、その軍師格として実に楽しげに戦いを支配する信長、かつての主が得意としたようなゲリラ戦術を見せる与一…
 場所と相手は本来のそれとは異なっても、その持てる能力をフルに発揮して行われる彼らの戦いは、彼らの伝説からイメージされるほどは決して綺麗ではない、いやむしろ汚いとすら言えるものではありますが、それだからこそ、こちらに響くものもあります。

 そしてまた、単なる格好良さにとどまらないドラマがあるのもまた、本作の、いやヒラコー作品の魅力。
 知らず知らずのうちに、豊久に自分の息子・信忠の姿を見る信長と、それを明確に拒絶しながらも、逆に信長に父性を感じてしまう豊久のくだりなど、実にいい。
 マイペースに見える与一も、かつての主・義経に愛憎複雑な想いを抱いているようにも感じられ――そして当の義経が、今は黒王側に居るという皮肉――彼らの戦いが殺伐としたものであるほど、その彼らの人間くささが、グッと来るのであります。


 尤も――これは多分に言いがかり的ではありますが――「ヘルシング」でもそうであったように、この辺りの人物配置やドラマ描写が綺麗にまとまりすぎている、作者の意図がはっきり見えてしまう辺りには、好悪が分かれるかも知れませんが…


 閑話休題、いよいよこの世界で最大の帝国(その創始者が、あのチョビ髭のおじさんらしい、というのがまた面白い)相手に、国の切り取りを仕掛けた漂流者三人。
 この巻のラストでは、彼らの真の敵である廃棄物の一番手、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レイが出現、豊久と与一相手に異能バトルを展開と、いよいよ盛り上がるばかりであります。

 果たしてこの物語がどこに向かっているのか、それはまだまだ全くわかりませんが、この盛り上がりに身を任せて、漂流者たちの大暴れにひたすら胸躍らせるのが、正しいと申せましょう。


 それにしても…無花果云々という言葉を発した黒王の正体は、やはりあの方なのでしょうね。

「ドリフターズ」第2巻(平野耕太 少年画報社YKコミックス) Amazon
ドリフターズ 2巻 (ヤングキングコミックス)


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2011.10.20

「秘伝 元禄血風の陣」 呪怨の魔人、江戸に蠢く

 子を人に殺された狗神と、親に売られた半陰陽の少年、その怨と呪が結びつき、一人の魔人・隆光が生まれた。将軍綱吉の寵愛を得た隆光は、己の胤を綱吉の寵姫に植え付け、さらに江戸を、人の世を蹂躙すべく奇怪な呪法を巡らせる。それを察知した水戸光圀は、熊野に潜む八咫烏を呼び寄せんとするが…

 柳蒼二郎の伝奇時代バイオレンス三部作の第一弾、2004年にトクマノベルスの新伝奇レーベルの一つとして刊行された「元禄魔伝 八咫鴉」を改題し、2008年に徳間文庫から「秘伝 元禄血風の陣」です。

 五代将軍徳川綱吉とその母・桂昌院に取り入り、希代の悪法として知られる生類憐みの令に深く関わったとして(尤も、現在は否定されているようですが)悪名高い護持院隆光。
 綱吉と生類憐みの令については、しばしば伝奇ものの題材となっておりますが、この隆光も様々な形で――あるいは妖術使い、あるいは傀儡等々――伝奇ものに登場する人物であります。

 しかし、本作の隆光像は、その中でおそらくは最も強烈かつ特異ものでありましょう。
 せっかく授かった子を人に殺され、狂気に陥った狗神。異形の体故に親に疎まれ、寺に売られて慰みものとされた半陰陽の子。
 子を失った親と、親に捨てられた子と――この人の世に強烈な怨みと呪いを抱いた二つの存在が偶然出会い、混じり合わさった末に生まれた魔人、それこそが本作の隆光なのです。

 その美貌と奸智、そして奇怪な呪力によって将軍の寵愛を受けるまでに成り上がった隆光は、将軍側室のお牧の方に自分の胤を仕込み、その子を外王としてこの世に君臨させんと企みます。
 そして、その障害となる天海僧正の結界を砕くため、江戸の五色不動に奇怪な狗五芒を仕掛け、穢そうとするのですが…

 この第一弾は、いわばプロローグ的な内容。魔人・隆光の誕生と、そのおぞましい正体と陰謀が、開幕以来延々と描かれることとなります。
 殺人と淫楽を好む隆光とその配下の描写は、正直なところ、80年代後半の超伝奇バイオレンスブームの頃の作品を思い出させるもので、この辺りは好悪がはっきりと分かれるかと思われます。
(このカラーは、作者の作品には元々備わっているものではありますが…)

 しかしながら、本作は物語のスケールも、往年の超伝奇ものを彷彿とさせるものであります。

 人の世を闇に包まんとする隆光一派に抗するのは、水戸光圀の要請を受けた熊野に潜む超人集団・八咫烏の美少女巫女五人と、帝の子として生まれながらも、身分を隠して熊野で育てられた青年・皇那智。
 いわば邪悪と汚穢の化身・隆光に対し、善と清浄の化身とも言えるヒーロー・ヒロインを配置し、壮絶な魔戦を展開させるというのは、オールドファッションではありますが、しかしやはり心躍るものがあります。

 あまりにも敵側の勢力が強すぎて、果たしてここから如何にしてこの世を救うのか…と、読んでいるこちらが途方に暮れそうな展開ではありますが、それはまさに作者の狙い通り、というところでしょう。

 残る第2巻、第3巻も、近日中に紹介せねばなりますまい。

「秘伝 元禄血風の陣」(柳蒼二郎 徳間文庫) Amazon
秘伝 元禄血風の陣 (徳間文庫)

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2011.10.19

「快傑ライオン丸」 第51話「最後の八人衆 怪人アブター」

 最後の八人衆・アブターの襲撃を受け、深傷を負って逃れた錠之介。偶然錠之介を見つけた獅子丸一行は、彼を連れて逃れ、手当をするが、居場所を発見されてしまう。錠之介と沙織・小助を逃すために単身残ってアブターと戦おうとする獅子丸。錠之介は、戦いの際に見破ったアブターの弱点を告げ、獅子丸はその言葉から強敵アブターを倒すことができた。ついに四人は打倒ゴースンに向けて歩み出すのだった。

 残すところ、今回を入れてわずか四話、ついにゴースン八人衆も最後の一人であります。
 その八人衆・アブターが、ドクロ仮面(無印)とチェス(!)をしているところに飛び込んできた錠之介。
 ドクロ仮面(無印)はあっという間に倒されますが、アブターはチェスの駒を投げつけて錠之介をあしらった上で、タイガージョーに変身させる余裕を見せます。

 タイガージョーの太刀を炎に包んで驚かせたり、ジャイアントロボチックに撃ち出す爪ミサイルの連発でタイガージョーを翻弄するアブター。
 斬り合いの最中、至近距離からの爪ミサイルをくらったタイガージョーは崖下に転落、川に潜って辛うじて逃れるのですが…

 一方、ナレーションで「旅立ってから早一年の歳月が」と言われた獅子丸たち三人は、楽しげに川辺で魚を焼いて食事の支度。
 小助が、錠之介は仲間がいなくてかわいそうだ、というのは、これまでの展開を見ていると、よく頷けます。

 そんな中、水を飲みに川に行った獅子丸は、錠之介を見つけて慌てて担ぎ上げます(また担がれる錠之介…)。
 一方、沙織と小助を見つけたアブターは、獅子丸の行方を吐かせるため、魚を炎に包んで脅しをかけるのですが、それはそれで便利な能力だなあ。

 三人を逃して単身アブターと戦うライオン丸は、軽快にジャンプしまくるアブターに苦戦。マントに身を包んで地の下(?)に逃れるという忍法でその場を逃れたものの、傷を負ってしまいます。
 逃げ込んだ洞窟で手当を受け、ようやく意識は取り戻した錠之介に対し、俺もやられた、と笑顔で語る獅子丸は、完璧に友達に対する態度であります。

 さて、一命は取り留めたものの錠之介の傷は深く戦闘不能。そんな中、居場所をドクロ忍者に嗅ぎつけられ、獅子丸は再び三人を逃して、アブターに挑もうとします。
 アブターの弱点を掴んだ、とはったりを言う獅子丸ですが、しかし驚くべきことに、錠之介は本当にアブターの弱点を掴んでおりました。
 深い踏み込みで剣を振るうアブター。それは脅威でもありますが、実は片目が見えない不安定さからだ、というのです。
(ここで、自分も片目だからわかる、という錠之介の説得力!)
 沙織・小助と共に去る錠之介ですが、もう獅子丸とは目と目で語りあってる感が…

 さて、弱点さえわかってしまえば怖いものはありません。数度の剣戟の末、右目が見えないことを見破ったライオン丸は、相手の死角へ、死角へと身を置くクレバーな動きでアブターを圧倒。
 アブターが得意とする(と思われる)空中戦も飛行返しで制し、最後の力で突っ込んできたのも、冷静に突きで返して完勝であります。

 ついに仲間に加わった錠之介。最後の戦いに向けて四人は歩み始めるのでした。


 冒頭の戦いでは、また錠之介がかませに…と暗い気分になった今回ですが、その敗北が無駄にならず、錠之介の助言が獅子丸を救うという展開が心憎い今回。最後の八人衆は今ひとつ目立てませんでしたが…

 もはやナレーションも言うとおり、「獅子丸と錠之介には、もはや言葉はいらない」状態になった二人が、いよいよゴースンに挑むことになります。


今回のゴースン怪人
アブター

 刀を仕込んだ伸縮式の槍と、無限に再生する爪ミサイルを武器とする最後の八人衆。発火能力も持つ。
 タイガージョーを圧倒して瀕死の重傷を負わせるが、片目が見えないという弱点を見破られ、それを伝えられたライオン丸に敗れ去った。


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2011.10.18

「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?

 戦国時代で目覚めた記憶喪失の青年・ケンが、ただ一つ覚えていた現代の料理のテクニックで信長に仕え、様々な難事を解決していく極めてユニークな戦国グルメ漫画「信長のシェフ」、待望の第2巻であります。

 第1巻では、ケンがわけのわからないまま戦国時代でそのシェフとしての手腕を発揮し、信長に認められていく姿が描かれた、いわば導入部でしたが、今回はそんな彼が本格的に「信長のシェフ」として活躍する姿が描かれていくこととなります。

 北畠具教との戦いを終わらせる料理、足利義昭を挑発しつつ足下に抑えるための料理、正月の酒宴で危難に陥った秀吉を救うための料理、義昭に朝倉討伐を認めさせるための料理――
 料理で人助け、料理でトラブル解決というのは、これはもうグルメ漫画の定番中の定番ではありますが、本作は舞台が舞台であります。

 時あたかも信長がいよいよ天下に覇を――すなわち天下布武を――唱え始めた頃、当然ながら数々の難敵が信長の前に現れるのに対し、ケンの料理が状況打開の切り札となるのですから面白い。
 まさに歴史を動かす料理と言うべきでしょうか、内容的には相当に真面目、タイトルから受ける印象ほど「飛んだ」内容ではないのですが、しかしそのスケールは、グルメ漫画でも屈指と申せましょう。

 そして、本作が面白いのは、歴史ものとしての味が、単なる添え物に終わっていない点であります。
 本作の信長は、目的達成のためであれば、極めて合理的な態度で臨む一種のマキャベリストとして描かれており、その天下布武も、決して武力で押すだけのものではありません。

 こうした信長像は、決して珍しいものではないでしょう。
 しかしながら、本作では、料理/食事という一見戦とは無関係な、しかしその戦を行う人間の存在の根幹に関わる行為をフィルターにすることにより、信長という武将のユニークさを浮かび上がらせることに成功していると感じます。

 特にこの第2巻の冒頭で描かれた、北畠具教との和睦(実質は具教の降伏)を巡るエピソードなど、人間の心理面にまで踏み込んだ信長の戦略が実に面白く、こういう料理の使い方があったか! と舌を巻いた次第です。


 「信長のシェフ」として生きる決意をいよいよ強くしたケン――まだまだ信長の天下布武は前途多難ではありますが、それはとりもなおさず、ケンの料理の腕が存分に振るわれる余地があるということでもあります。
 ユニークなグルメ漫画として、そして一風変わった信長伝として…いよいよこの先の展開が楽しみであります。


 ただし、ピンチの時に現代の記憶がフラッシュバックして打開策を見つけるというのは、これは定番パターンではありますが、少しずるいなあ、と思わなくもありませんが…

「信長のシェフ」第2巻(梶川卓郎&西村ミツル 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 2 (芳文社コミックス)


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2011.10.17

「お髷番承り候 血族の澱」 支配者の孤独、支える者の苦闘

 次代の将軍位を巡る、徳川綱吉と徳川綱重の争いは続く。両家が互いを襲撃するに至り、事態を憂いた徳川家綱は、お髷番・深室賢治郎を密使として両家に差し向け、ある言葉を伝える。しかしそれが逆効果となり、両家の争いはさらなる流血の惨事に繋がってしまう。果たして争いの連鎖の行方は…

 第四代将軍・徳川家綱の幼馴染みであり、唯一信を置く股肱の臣であるお髷番・深室賢治郎が、将軍位を巡る幕府内の争いの中で奮闘する「お髷番承り候」シリーズも順調に巻を重ね、第3巻「血族の澱」が刊行されました。

 家綱の次の将軍位を巡り激しく争う甲府徳川家の綱重と館林徳川家の綱吉。共に三代将軍綱吉の血を継ぎながらも、長幼の順で将軍位を逃した者と、その下に仕える者の権力の渇望は留まることなく、静かに、しかし着実に、江戸を騒がしていくこととなります。

 前巻では、それが綱重側による綱吉の行列襲撃として噴出しましたが、この巻ではその報復として綱吉側が綱重の屋敷を襲撃。
 もはやテロとテロの応酬という事態に、家綱は賢治郎を使者に、綱吉と綱重のみにある言葉を伝えることとなります。

 しかし、一見妙手と見えたこの手段も、疑心暗鬼に陥った両家の家臣の暴走を招き、今度は家綱の治世に泥を塗らんとする新たなテロを招くこととなります。
 さらに、使者に立ったことで周囲の注目を様々に集めてしまった賢治郎も、色々な意味で狙われる立場となり、家綱・賢治郎主従は、思わぬ苦境に立たされることとなります。


 将軍位の継承を巡る、幕府内、徳川家内の暗闘というのは上田作品の定番パターンではありますが、本作はそれを、まだ若き将軍と、その側近という視点から描くことに、最大の特徴があることは、シリーズ読者であればよくご存じでしょう。

 ある意味、最も安定した地位、安全な位置のように見えて、しかし、それを維持していくには多大な困難が伴う――そんな彼らの姿を描くことで、本シリーズは、一種の権力論、統治者論ともなっているのが、なかなかにユニークです。

 特に本作においては、家綱が良かれとして行った行為が、その後多大な波紋を呼び、賢治郎の身も危険に晒すこととなるのですが、それに対する、家綱の後見役とも言うべき、阿部豊後守・松平伊豆守ら老臣たちの、厳しい言葉が、ある意味見所と言えるでしょう。
 支配者の孤独は、これまで上田作品でも様々に描かれてきたところではありますが、しかしあくまでも力ある者の余裕とも見えなくもなかったそれを、本作は、若き主従の姿を通すことで、より生々しく描き出していると言えるかもしれません。


 しかしながら本作は、純粋な時代エンターテイメントとして見た場合にはいささかおとなしいと言いますか――シリーズものの転章、的な位置づけに見えてしまうのが何とも残念ではあります。
 ラストで明かされる家綱の二人の弟への言葉の内容や、あまりにも乱暴な、しかしこの時代を考えればあり得ぬものではない両家のテロの手段など、目を引く要素はあるのですが、しかし全体の印象でいえば、実に地味、盛り上がりに欠けたと言わざるを得ません。

 本作の結末では、あの人物が再び蠢動を開始し、いよいよ荒れ模様となることが予想される血族の争い。
 こんな表現も何ですが、その争いが大きくなればなるほど、本シリーズもより興趣に富んだものになるのかもしれません。


 ちなみに、これまでも出番が多いというわけではないものの、印象的なシーンの多かった賢治郎の(現時点では形の上の)妻・三弥は、本作でも活躍。
 ある意味深室家最大のピンチを、鮮やかに収めてみせる姿は強く印象に残ります。

 最近の上田作品は、ヒロイン像もなかなか魅力的に感じられるのですが、彼女もその一人であることは、間違いありません。

「お髷番承り候 血族の澱」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候 三 血族の澱 (徳間文庫)


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2011.10.16

「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり クロスケ、恋をする」 人と、人でいられなくなった人と

 江戸に謎の白い灰が降るとともに、奇怪な病が大流行し、妖怪改方も刀弥一人を残して全員倒れてしまう。折しも、誤解から飛び出し、不思議な森で出会った少女・お美津に恋してしまう雷獣クロスケ。しかしお美津こそが、病の源である疫病神だった。江戸の町を救うためには疫病神を倒さなくてはならないが、果たしてクロスケの想いは…

 二ヶ月連続刊行の「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり」、サブタイトルは「クロスケ、恋をする」。

 大きな揺れと共に降ってきた白い灰――何故か妖怪亡霊改方同心・冬坂刀弥にしか見えぬそれが、今回の事件の幕開け。灰が降るたびに江戸に謎の病人が増え、刀弥の上司である夜ノ介や刀弥の許嫁の統子、さらには宿敵である妖剣士・善鬼までも病に倒れてしまいます。

 そんな中、誤解から統子に嫌われたと思い込んで飛び出した雷獣クロスケは不思議な森に一人暮らす少女・お美津と出会い、彼女に恋してしまうのですが、豈図らんや、彼女こそは江戸に病を流行らせる文字通りの疫病神。
 江戸を病から救うため、刀弥が、善鬼が、妖怪たちが疫病神に立ち向かう中、クロスケの選択は…


 と、前作ではサブタイトルになりながらもほとんど出オチ状態だったクロスケが、今回はキッチリ物語の中心となるのですが…
 しかし、物語の裏の、いや真の主人公は、お美津であると言っても良いでしょう。

 江戸に出稼ぎに行き、伝染病になって帰ってきた許嫁を懸命に看病するも、彼は亡くなり、さらに周囲の人々も次々と病に倒れ、ただ一人生き残ってしまったお美津。
 いつの間にか老いることも、人の食べ物を食べることもなくなった――すなわち、人でなくなった彼女は、人恋しいという想いを抱きながらも、近づけばその者が病に倒れるという宿命を背負いながら、一人永きにわたって生きてきたのです。

 たとえ本人には悪意はなくとも、周囲の人々に災いをもたらし、それ故に人々に石持て追われる…果たしてそんな彼女を刀弥は斬ることができるのか、そんな彼女をクロスケは守ることができるのか?
 表紙などを見た限りでは、ユーモラスで楽しげな(あるいは軽い)印象を受ける本作ですが、しかし、その描くところは、どこまでも重く、切ないものがあるのです。


 そして、お美津に見られる、「人でいられなくなった人」の哀しみは、本作のみならず、この「雷獣クロスケ」シリーズを通して――そしてオサキの「もののけ本所深川事件帖」シリーズにおいても――ほぼ共通して描かれるモチーフであることに気付きます。

 人でありながらも、(自ら望まぬままに)人外の存在となり、それ故に疎まれる者たち――そんな彼/彼女たちの存在は、特に妖怪たちが半ば公然と人間たちと共存している本シリーズにおいては、いささか矛盾して見えるかもしれません。
 しかし、現実の世界においても、人が同じ人を差別していることを考えれば、そして人間は自らと共通点を持つ者こそ、より憎しみを抱くことを考えれば、むしろこれは十分にあり得る――いささか極端な形でこそあれ、現実のある部分を切り取ったものであると感じられるというのは、うがった見方でしょうか。

 そして、その「現実」に直面した時、どのように思い、行動するか…それによって、刀弥と善鬼の道は分かれるのであろうと、そう感じるのです。


 正直なところ、本作の魅力の一つである豊富なキャラクターの存在が――すなわちキャラクター小説としての性格が――こうした側面をわかりにくくしているとは感じます。
 キャラクター性とドラマ性と、その両輪が釣り合った時、本シリーズは大化けするのではないか…そんな想いを、希望を、本作から感じました。

「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり クロスケ、恋をする」(高橋由太 徳間文庫) Amazon
大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり クロスケ、恋をする (徳間文庫)


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2011.10.15

「UN-GO」 第01話「舞踏会の殺人」

 「終戦」後の日本の復興特需の中、不正疑惑により逮捕間近の加納グループ社長・加納信実が自宅で盛大なパーティーを開くこととなった。父であるメディア王・海勝麟六の名代として出席した梨江は、そこで「敗戦探偵」の異名を持つ結城新十郎と助手の因果に出会う。そして、信実が自らの無罪を主張する演説を始めんとした時、彼の背中にナイフが…

 坂口安吾の「明治開化 安吾捕物帖」を原案とする「UN-GO」の放送が今週から始まりました。
 本来であれば近未来を舞台とした本作はこのブログの守備範囲外ですが、原案がこの作品であれば話は別…と、既に何回か取り上げており、第1話も試写会の感想で触れているのですが、やはり実際の放送を踏まえて――そしてこのブログ的な観点から原案に触れつつ――紹介するとしましょう。


 さて、この第1話「舞踏会の殺人」は、原案でも第1話である「舞踏会殺人事件」がベースとなったエピソード。
 舞台設定や人物配置、事件の内容などは当然ながら(?)原案を踏まえたものとなっていますが、まず最初に、人物配置を比較して見れば――
 本作/原案(カッコ内は職業)
結城新十郎(探偵)/結城新十郎(探偵)
因果(探偵助手?)/花廼屋因果(戯作者)
虎山泉(検事)/泉山虎之介(剣術使い)
海勝麟六(メディア王)/勝海舟(隠居政治家)
海勝梨江(海勝の娘)/加納梨江(加納の娘)
加納信実(商社会長)/加納五兵衛(政商)
加納敦子(加納の妻)/加納アツ子(加納の妻)
速水星玄(警察官)/速水星玄(警視総監)
小野一刀(議員)/上泉善鬼(総理大臣)
神田政彦(銀行家)/神田正彦(政商)
と、基本的に原案を踏襲していることがわかります。

 しかしながら(これもある意味当然ながら)事件の背景事情は、大きく異なることとなります。原案の方の加納は、政府の国産製鉄所を巡り、時の総理と結んで建設を進めようとする人物であるのに対し、本作の加納は、終戦後の復興特需に関する不正疑惑で逮捕寸前という姿が描かれます。

 原案の方は、明治の政治家と政商の癒着に仮託して、第二次大戦直後の疑獄事件(執筆年代的に昭和電工事件辺りでしょうか)をモデルにして舞台・人物を設定したものと思われますが、こちらの加納には、上り調子の印象を受けます。
 その一方で、本作の加納は、検察・警察にマークされ逮捕寸前の、明らかに斜陽の人物。この辺りの事情が犯行の動機に繋がってくる辺りは実にうまいものだと感じますが、この加納像の違いは、原案と本作と、どちらも「戦後」を舞台としつつも、その先の未来に対する希望の有無に起因するように感じる…というのは、うがった見方でしょうか。

 そしてこの世界観、「戦後」に対する視線は、何よりも、犯行の背景・動機が全て明かされた後の、犯人の叫びに現れているように感じられるのであります。
(個人的には「みんな戦争が悪い」とストレートに口に出して言ってしまうのには違和感を感じましたが、おそらくその印象も込みで言わせているのでありましょう。もちろん最後に触れるように安吾のあの文章にもかけているのではありますが…)

 さすがに30分弱で舞台背景と登場人物の紹介、事件の発生から解決までを描くのはいささか駆け足の印象もなくはありませんが、本作の特異性・独自性を、この犯人の叫びの中に乗せて宣言してみせるのは、さすが…と感心いたしました。

 そしてもう一つ感心したのは、新十郎が解明した事件の真相が、海勝麟六の「配慮」により包み隠され、結局は表に出ることなく、手柄は麟六の方に行ってしまう点であります。
 こうした構図は、社会派ミステリでは決して珍しいものではありません。しかしながら、原案の方では、勝海舟が虎之介からの情報で推理し、一度は解明した事件を、新十郎の推理がひっくり返し、真相が明かされるのがパターンとなっており、この辺りの構図の逆転は、原案読者には特に面白く感じられるのではないでしょうか。

 なるほど、「敗戦探偵」とはこれにもかけてのことか、とニヤリとさせられました。


 そしてもう一つ――ラストの会話が、安吾の「堕落論」をベースにしたものであることはあまりにも明確ではありましょう。
 しかし単に今回の内容に当てはめて引用するだけでなく、新十郎と梨江の会話として再構築してみせたこの会話からは、同時に、これまでも虚構の中に人間の現実の生の在り方を見つめ、その厳しさと小さな希望を描き出してきた、いかにも會川昇らしい視点をも提示してみせたと――そう感じられた次第です。



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2011.10.14

「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む

 秦の時代、港町・琅邪には、始皇帝の命を受けて不老不死の研究を進める徐福の研究所・徐福塾があった。町の大商人・西王から、鬼に盗まれた家宝の璧を探してほしいとの依頼を受け、徐福塾の巫医・残虎らはその探索に当たるが、しかしそれは琅邪で続発する怪事件の始まりに過ぎなかった…

 時代伝奇アジテーターを自称している私ですが、「時代伝奇」の対象とするところは、日本に限ることもなければ、いわゆる「時代もの」というジャンルに限ることもありません。武侠ものなど中国ものは大好きですし、過去の時代を舞台としたミステリも大好物であります。
 そんなわけで、丸山天寿という作家には以前から大いに興味を持っていたのですが、ようやくその第一作「琅邪の鬼」を読むことが出来ました。

 この「琅邪の鬼」の大きな魅力は、何と言っても探偵役が徐福(の弟子たち)である点でしょう。
 徐福といえば、古代を舞台とした(もしくは古代に絡む)伝奇ものではある意味常連キャラクター。始皇帝の命を受け、不老不死を求めて海の向こうの三神山に向かい、帰らなかった…という徐福は、その一つ・蓬莱が日本という説もあって、実に興味をそそられる人物です。

 本作の徐福は、まだその船出を行う前、そのための船を建造しているという段階。幻の神仙の島を望む港町・琅邪に、造船所と研究所を設け、不老不死の研究を行っているという状態であります。
 本作で探偵役となって活躍するのは、その研究所・徐福塾に集まった者たち。医術、易占、方術、房中術、剣術――様々な異能を持ったスペシャリストたちが、その力を活かして活躍することとなります。
 なるほど、方術や巫術というと、非科学的なものを感じさせますが、舞台はそれらと医学・科学が未分化であった時代。そんな時代にあって、彼らは超一級の技術者にして合理的思考の持ち主であり…探偵役にはうってつけであります。

 しかし、本作の面白さは、そんな設定やキャラクターのみのものではもちろんありません。本作で描かれる謎の数々は、まさにこれぞミステリと言うべき、奇想天外・空前絶後なものばかりなのですから――

 さすがにその内容を詳細に触れるのは躊躇われますので、本の帯等で紹介されている事件を列挙すれば、
「甦って走る死体」
「美少女の怪死」
「連続する不可解な自死」
「一夜にして消失する屋敷」
「棺の中で成長する美女」
いやはや、見るだけでテンションが上がるではありませんか。

 琅邪を二分する大商人・西王家で、「鬼」が家宝の璧を盗んだという些細な(?)事件から始まり、あれよあれよという間に怪事件は連続。
 果たしてこれはミステリなのだろうか、合理的に全て説明がつけられるのだろうか…などと、思わず心配してしまうほどの破天荒な内容です。

 この辺りは、舞台やキャラクターと密接に結びつきますが、「鬼」――日本のいわゆる鬼とは異なり、むしろ幽霊や死人を指すこの存在が、本当に現れ、事件を起こしても不思議ではない(実際、徐福の弟子の中には、人の残留思念を読むことが出来る者も登場するのですから)とこちらに思わせる物語となっているのが、実にうまい、としか言いようがありません。

 そしてその謎の数々が、見事なまでに合理的に解き明かされていく終盤は、まさに快刀乱麻、なるほど、あの部分がここに繋がったか! と、ほとんど無駄のない構成に大いに唸らされるのですが、さらにそこに武侠チックな大剣戟も加わるのですからたまりません。
 この辺りのジャンル横断的なエンターテイメント性は、いかにもメフィスト賞受賞作的だな、と感じます。


 しかし、何よりも本作の見事な点は、物語を構成するほとんど全ての要素が、この時代、この舞台であることに必然性を持つという点でありましょう。

 世界は秘密でできている、という言葉を地で行くような物語に込められた秘密と謎の数々…確かにいささか強引な点や、無理がある部分もありますが、しかしそれらは皆、この時代、この地でなければ成立し得なかったものであり、その意味で本作は非常に「フェア」な作品であり、見事な時代ミステリ、伝奇ミステリであると感じます。

 そして何よりも、本作の名探偵役の正体たるや――
 これはもう、あまりのはまりように、ただただ感心するばかり。是非実際にご覧になって、ひっくり返っていただきたいものです。


 個人的には、終盤に明かされるある人物の正体、本作の謎にも絡むそれが、あまりにもやりすぎというか、無理がありすぎる点が、個人的には大いに気になったところではあります。
(尤も、この設定にもそれなりの必要性はあるのですが…)

 とはいえ、それも許容範囲のものではあります。
 何よりも、これがデビュー作ということを考えれば、まさに後世恐るべしと申せましょう。シリーズの続編も、必ず読まなくてはなりますまい。

「琅邪の鬼」(丸山天寿 講談社ノベルス) Amazon
琅邪の鬼 (講談社ノベルス)

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2011.10.13

「秘剣柳生十兵衛」 帰ってきた柳生無頼剣!

 江戸・尾張を舞台とした常夜衆との死闘から二年、柳生十兵衛は一人各地で常夜衆との暗闘を続けていた。そんな中、常夜衆に襲われていた少女・るなを助けた十兵衛は、いきがかりから宮本武蔵、謎の女・ときと共に旅することとなる。その前に現れる常夜衆玄武と青龍。果たして常夜衆の真の企みとは…

 何だか当たり障りのないタイトルですが、本作はリイド社SPコミックから全2巻で刊行された「柳生無頼剣 鬼神の太刀」の続編。
 「コミック乱ツインズ」誌には、「柳生無頼剣 闇狩の太刀」のタイトルで連載されていた作品であります。

 幕府転覆を企む謎の一党・常夜衆との死闘の果て、幹部の白虎を倒してひとまずは敵の陰謀を阻んだ十兵衛。
 それから二年、一人孤独に常夜衆残党を討つ旅を続けていた十兵衛が、新たに巻き込まれた事件が、本作では描かれます。

 常夜衆に狙われる少女・るなを偶然助けた十兵衛は、るなに付き添う三味線弾きの旅芸人・ときや、強敵を求めて強引に十兵衛に同行する宮本武蔵(物知り)とともに、常夜衆との死闘を繰り広げることとなります。

 十兵衛の前に立ち塞がるのは、無敵の肉体を誇る玄武、そして幻術と配下の騎士団を操る青龍、二人の幹部。
 彼らとの戦いの中、常夜衆の驚くべき正体と、その巨大な陰謀の正体が、暴かれていくこととなります。

 前作も、非常にスピーディーな物語展開の中で、異形の敵との剣術バトルが展開される伝奇活劇ですが、本作もスピード感と伝奇度は、前作に勝るとも劣らぬ充実度。

 玄武と青龍、タイプの異なる二人の強敵(おや、白虎に玄武・青龍と来たら…?)を擁する常夜衆に挑む十兵衛たちの戦いは、十兵衛とはまた異なる剣を操る武蔵の登場もあって――もっとも、本作の武蔵はかませ犬度が異常に高いのですが――盛り上がります。
 また、敵の秘密兵器や、常夜衆の始祖の正体などの伝奇パートも、バタフライ・エフェクトまで飛び出してきて、なかなかに賑やかで、最後まで楽しませてくれました。

 しかし残念なのは、物語開始時には、死闘の連続にかなり荒んでいた――頑是無いるなを囮に使って常夜衆をおびき寄せようとするなど――十兵衛が、その人間性を徐々に回復させていくというドラマ部分が、今ひとつはっきりしていない点で…
 連載が始まった際、「おっ、これは一体どうするのかな?」と思ったこの要素が、物語が進むにつれて自然に解消した(ように見える)のは、何とも勿体ない印象があります。


 とはいえ、それよりももっと残念なのは、本作が「柳生無頼剣 鬼神の太刀」の続編であることが、ほとんど全くアナウンスされていない点であります。
 連載作品が単行本化されないことすらある中で、改題した上にコンビニコミックとはいえ、こうして一冊にまとまったのは、非常にありがたいことなのですが、しかし、例えばtwitterの公式アカウントで教えてくれても良かったのでは…と感じました(最近はコンビニコミックも紐が掛かっていることも多いですし)。

 最近では少なくなった真っ向正面からの時代伝奇アクション漫画であっただけに、この扱いは正直なところ残念なのです。

「秘剣柳生十兵衛」(岡村賢二&太田ぐいや リイド社SPコミックスSPポケットワイド)


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2011.10.12

「快傑ライオン丸」 第50話「ライオン丸を吊るせ!! 怪人ジュウカク」

 吾作とあけみの父子に出会った獅子丸一行。そこに襲いかかったジュウカクを撃退するライオン丸だが、小助がジュウカクの角の毒に倒れてしまう。吾作父子の案内で解毒の木の実を取りに向かう獅子丸だが、そこで吾作を人質に取られ、ジュウカクに捕らわれてしまう。勝ち誇るジュウカクに獅子丸が縛り首にされんとした時、沙織たちが駆けつけ、獅子丸を救出。ライオン丸はジュウカクを激闘の末に倒すのだった。

 タケノコ掘りをしている吾作とあけみ父子に出会った小助が、目を輝かせて自分も掘り出した…と思ったら爆発!
 タケノコに見えたのは、地に潜っていたジュウカクの角でした、というえらくシュールなアバンから始まる今回。

 ジュウカクはライオン丸と軽く手合わせしてあっさり引き下がったと思いきや、その晩吾作の小屋に泊まった小助は高熱を出して人事不省になってしまいます。
 実はジュウカクの角には猛毒が、その解毒のためには天神山になる木の実が必要…というわけで、獅子丸は吾作とあけみを道案内に、沙織と小助を残して山に向かいます。

 そこであっさり木の実を発見、と思いきや、それを予測してか待ち伏せていたジュウカクに吾作は捕らわれ、獅子丸は彼の命を助けるために太刀を差しだし、自分も捕らわれてしまうのでした。
 かつてゴースンに村を踏みつぶされ、自分たち以外の家族を失ったというあけみ。彼女にこれ以上悲しい思いをさせないというためでしょうか――いや、相手が誰であっても獅子丸は同じことをするでしょう。獅子丸が言うとおり、命の価値に上下はないのですから。

 かくて、捕らわれの身になった獅子丸を前に、ジュウカクは鼻高々。獅子丸が変身する前に捕らえた自分の頭の良さを自慢するジュウカクに、獅子丸は、お前はただ卑怯なだけだと返します。…ごもっとも。
 しかし手も足も出せないのは同じ、散々ボコられた末、獅子丸は縛り首にされることになったのでした。

 …と、悪役が調子に乗って長々と引っ張っていればロクなことにならないのは言うまでもありません。あけみが持ち帰った木の実で小助は回復、沙織と小助は急ぎ救出に向かいます。

 そして縛り首の瞬間、駆け込んできたヒカリ丸が獅子丸を受け止め、沙織と小助が太刀を奪還。二人をつけてきた錠之介の小柄スローのフォローも入り、獅子丸はライオン丸に変身します。
(ちなみに錠之介の出番は今回これだけ…獅子丸たちと全く言葉も交わさなかったのは、前回のことがやはり気まずかったのかしら)

 さて、卑怯な奴は肉弾戦では弱いのが定番ですが、ジュウカクは普通に強い。得物の矛を弾き飛ばされても、第二の得物のヌンチャクで接近戦、離れてはヌンチャクの先端から銃撃――そして超接近戦ではヌンチャクの紐で首締めと次から次へと繰り出してきます。
 さらに、ヌンチャクの紐を斬られて徒手になったと思いきや、今度はゴースン忍法角落とし(という名前の角で頭突き)まで連発。ビジュアル的には微妙な技ですが、角に猛毒があることを思えば、地味に脅威な技です。

 それをかわしながらのライオン飛行返しを繰り出せば、追いかけての対空頭突き! ライオン丸ももろに食らったか、と思いきや、角を「心」の字の胴丸が受け止め――卑劣なジュウカクの攻撃を、獅子丸の正義の心が受け止めた、と思うべきでしょうか――見事にライオン丸が勝利するのでした。

 母の形見のお守りを小助に託すあけみと吾作に別れを告げ、獅子丸たちは再び旅立つのでした。


 …と、クライマックスの一騎打ちはそれなりに面白いのですが、内容自体は特に見るべきところもない、ごく普通のお話という印象の今回。
 今回を入れてあと五回という時期で、こういうお話を入れてくるのには驚かされますが…


今回のゴースン怪人
ジュウカク

 一つ目に一本角を持つゴースン八人衆の一人。三つ叉の矛と、矛の刃が変形するヌンチャクを武器とする。ヌンチャクの先端からは銃撃が可能。また、猛毒の一本角による頭突きであるゴースン忍法角落としを使う。
 小助を毒で倒し、解毒薬を探しにきた獅子丸を、人質を取って捕らえ、頭の良さを自慢した。が、縛り首にしようとした獅子丸を沙織たちに救出され、変身したライオン丸と激闘の末に破れる。


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2011.10.11

「桃の侍、金剛のパトリオット 2」 運命に挑む、ということ

 とある事件がきっかけで、孫文の秘書・宋慶齢と知り合った俊介とモモ。モモは、宿敵・袁世凱を倒すため、彼女を仲立ちに孫文に接近していくが、俊介はそれを疑問を抱く。そんな中、五族協和を目指す蘭芳は、慶齢に近づき、孫文と山県有朋を結ばせようとするが、その背後には、恐るべき敵の罠が…

 1914年の東京を舞台に、天機を知る力を持つ青年・宇佐美俊介と、この世の金属を自在に操る金剛力を持つ中国人少女・モモこと香桃が、この世を混乱に陥れんとする「獣」の魔手に挑む「桃の侍、金剛のパトリオット」の第2巻が発売されました。

 今回、俊介とモモの前に現れるのは、孫文とその秘書・宋慶齢(「宋家の三姉妹」の一人)であります。

 蜂起に失敗して日本に亡命してきたとはいえ、中国本土における力は、無視できないものがある孫文。仮にその孫文と、魔神の力を持つ子を産むというモモが結ばれれば、ある意味理想的なカップルではあります。
 さらに、俊介の仲間とはいえ、満州族の立場から五族協和を進めんとする蘭芳、そして対外強硬派を抑えるのに苦慮する山県有朋の思惑が複雑に絡み合うのですが…

 ここで蚊帳の外に置かれかねないのは、主人公たる俊介の存在です。

 彼には天機を読む力があるとはいえ、金属元素を自在に操るモモや、相手の持つ欲望を増幅して心を操ることができる蘭芳に比べれば、地味な能力であります。
 それ以上に、彼は一介の書生。歴史上に名を残す人物たちに比べれば、存在感では数段劣りかねません。

 そんな中で、俊介が事態に埋没してしまえば、単なる歴史小説もどきになってしまいますし、逆に、無理矢理俊介とモモにクローズアップしたセカイ系アプローチを取ったら、それは作品のダイナミズムを殺すことになるでしょう。


 ――しかし、結論を先に言えば、本作はその難しい舵取りに、一応の成功を収めていると言えます。
 日本と大陸を巡る、複雑かつ巨大な政治・軍事の動き。しかし、本作でついに登場する俊介たちの宿敵「獣」の正体は、それを遙かに上回るスケールと力を持つ、まさに神話的存在です。
 国家の力や歴史の流れ、そして天然自然の具現たる神といった圧倒的な存在を前にして、人に何が出来るか? 本作のクライマックスで俊介に、いや我々に投げかけられるのは、そんな問いであります。

 一人の人間は、確かに無力であります。しかし、その無力に絶望していれば、そのまま何も変わらない。圧倒的な力を目前にしても、たとえごく小さな一歩だとしても、足を前に踏み出すことができる者――その者の意志にこそ、無限の可能性が宿る。
 運命を読む力を持ち、そしてそれをさらに一歩進めた力に目覚めた俊介の姿を通して、本作が描き出すもの――それこそが、この問いへの答えに他なりません。

 もちろんこれは、あくまでも理想論ではあります。
 それでもなお、本作で見せたこの答えが、それなりの説得力を持って受け止められるのは、結論に至るまでの舞台作りと、そこへの俊介たち登場人物の追い込み方のうまさ、そして何よりも、個人が歴史と、神々と対峙することを可能にすらする伝奇小説という形式で描かれたからに他ならないでしょう。


 「獣」の正体が壮大すぎて、返って伝奇ものとしての(あの人物が!? という現実解釈の)面白さが薄れた面は大きいかもしれません。前作にあった「パトリオット」に向ける眼差しが、本作には――少なくとも前作ほどは――感じられない、という点もあるでしょう。

 それでもなお、前作で示された、歴史のうねりの前に立つ人の、人の心の姿を、さらに突き詰めて描いてみせた本作は、続編として正しい姿であり、そして、過去の時代を描きつつも、今という時代に相応しい内容の作品であると、そう感じられるのです。

「桃の侍、金剛のパトリオット 2」(浅生楽 メディアワークス文庫) Amazon
桃の侍、金剛のパトリオット〈2〉 (メディアワークス文庫)


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2011.10.10

「陣借り平助」第1巻 戦国バイオレンス人情活劇見参

 今月にはシリーズ第3弾「陣星、翔ける」が刊行されるなど、すっかり宮本昌孝の代表作となった感のある「陣借り平助」。
 その「陣借り平助」を、「ナポレオン 獅子の時代」の長谷川哲也が漫画化した、その第1巻が発売されました。

 時は戦国時代、足利義輝にその武勇を賞されたほどの豪傑・魔羅賀平助。特定の主君に仕えず、戦場では必ず寡兵・劣勢の陣に加わる彼を、人は「陣借り平助」と呼んだ――

 原作「陣借り平助」は、このような基本設定で、各地を流浪する平助が様々な戦国武将に出会い、様々な合戦で活躍する様を描いた作品ですが、この漫画版も、基本的にこの原作の忠実な漫画化であります。

 この第1巻に収録されているのは、以下の全3話です。
 桶狭間の戦で織田軍に加わった平助が思わぬキューピッド役を演じる「陣借り平助」。
 子・長政に比べてパッとしない浅井久政を支えて野良田の戦で活躍する「隠居の虎」。 風魔小太郎の罠で無一物になってしまった平助が、思わぬ縁で北条綱成の娘と恋に落ち、長尾景虎と激突する「勝鬨姫の鎗」
 この3編は掲載順は原作通り、内容もほぼ原作のままであります。

 しかし実際に読んでみると、「宮本昌孝の作品(の漫画化)」というよりは、「長谷川哲也の漫画」にしか見えないのを、何と評すべきか。

 とにかく、登場人物が、絵柄が、「濃い」の一言。
 長谷川哲也なのですから濃いのは当たり前、とファンに取ってみれば不思議なことではないかもしれません。
 しかし、爽やかな印象の作品が多い――もちろん、本作の原作もその例外ではありませんが――宮本昌孝の原作が、内容はそのまま、ここまで男臭さを煮詰めたような印象の、戦国バイオレンス人情活劇ともいうべき作品となるとは、むしろ痛快ですらあります。

 その一端は、歴史上の人物の特徴を踏まえつつ、カリカチュア寸前までビジュアライズしてみせたキャラクターデザインに見て取れます。
 例えば上杉謙信の濃い髭、浅井長政の肥満体…肖像画や記録に残る武将たちの特徴を、これでもか! とばかりに盛り込んでキャラ立てするというのは、おそらくは「ナポレオン」で学んだ手法ではないかと思います。
 そしてそれは本作でも遺憾なく発揮され、一度見たら忘れない――それでいて、決して無茶苦茶ではない――登場人物たちの姿が、見事に活写されているのです。


 正直なところ、「一夢庵風流記」リスペクトの色彩の強い「陣借り平助」を、その「一夢庵風流記」を漫画化した原哲夫の影響を強く受けた長谷川哲也が描く聞いた時には、色々と考えさせられたものです。

 しかしこうして実際の作品を見れば、それが杞憂であり、下種の勘繰りに過ぎなかったことがよくわかります。

 内容は同じでもテイストは異なり…しかし、そこに通底するものはやはり変わらない。
 原作ファンにも、長谷川哲也ファンにとっても、一読の価値ある作品です。

「陣借り平助」第1巻(長谷川哲也&宮本昌孝 リイド社SPコミック) Amazon
陣借り平助 1 (SPコミックス)


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2011.10.09

「楊令伝 三 盤紆の章」 ネガとしての梁山泊

 北方謙三「楊令伝」の第3巻は、いよいよ本編突入といった趣。
 各勢力も出揃ってついに二つの大規模な戦いが始まり、そして梁山泊が復活の烽火を上げることとなります。

 宋国打倒に向けて、静かに、着実に力を蓄えてきた旧梁山泊の面々。
 北では、幻王を名乗る楊令が遼との激突を繰り返し、南では太湖は洞庭山を拠点として、兵と物資を蓄え、来るべき時に備えます。
 また、江南で圧倒的なカリスマを誇る教祖・方臘の懐に潜り込んだ呉用は、方臘を利用して宋国の力を削がんと図ります。

 そして、ついに南北で本格的な戦いが始まることとなります。
 宋国皇帝代々の悲願である北部の燕雲十六州奪還を餌に、対遼同盟を宋と結んだ金は、遼に対して攻撃を開始。
 楊令と梁山泊軍は李応の遺した攻城部隊を繰り出して遼を圧倒、同盟を盾に宋禁軍を引っ張り出すことに成功します。

 一方、方臘は呉用も予想だにしなかった周到さと果断さを見せ、一気に江南を占拠。
 信徒の中に正規軍を潜り込ませた神出鬼没の戦法と、相手を殺すことが相手にとって功徳になるという「度人」の教えにより、宋国軍に物理的にも精神的にも多大なダメージを与え、こちらにも宋禁軍を――しかも、梁山泊最強の敵であった童貫を――引っ張りだすこととなります。

 第2巻の感想にも書きましたが、梁山泊・宋禁軍・青蓮寺・金・遼・方臘軍と、様々な勢力が入り乱れるこの「楊令伝」。
 これまで各勢力の間で高まってきた圧力がついに爆発したわけですが、梁山泊はその中で中心にいない――というか、うまく本格的な戦いから身を躱しているのが面白い。

 北方水滸伝においては、(後半では阿骨打との関わりはありましたが)ほとんど真っ向から単独で宋に立ち向かっていた梁山泊ですが、様々な勢力を利用して宋の力を削ぐというのは、これはこれで、また違った緊迫感があります。

 そんな中、一人で重責を背負う形となったのが、方臘の下に潜入した呉用ですが――
 北方水滸伝では頭でっかちで現場組から散々な評判だった(それがまた魅力…というか個性なのですが)呉用が、ほとんど自分の力のみで方臘軍の中で信頼を勝ち取っていく姿は、元々好きなキャラだっただけに、応援したくなるのです。

 そして、その呉用が任務のためとはいえ上に戴くこととなる方臘のキャラクターもやはり面白い。
 自分自身の国盗りの野望を隠そうともせず、そして自らの信徒を完全に捨て駒として扱いながらも、しかし決して単なる悪役ではなく、憎々しさも感じられないというのは、やはり彼も一個の大人物と言うべきでしょう。
 呉用が段々本気で方臘に入れ込んでいくのも、頷けるものがあります。

 そしてこの方臘像から感じるのは、やはり彼とその軍が、もう一つの梁山泊、ネガとしての梁山泊として描かれていることであります。

 片や「志」、片や「信仰」を原動力に置き、そしてその構成員をどのように扱うか、という点に、両者は大きな違いを持つことは間違いありません。
 しかし、構成員の想いが一つの方向に束ねられ、それを最大の力として宋国打倒を狙う点では、両者は共通していると言えるでしょう。

 これは熱心なファンには怒られるかと思いますが、北方水滸伝の梁山泊が持つイデオロギー性に、何とはなしに馴染めないものを感じていた私にとって、方臘の存在は、梁山泊に極めて近いものにすら感じられるのです。
(そしてそれが、呉用を引き付けたのだろうとも)

 しかしもちろん、仮に近いものであっても、両者には決定的な違いがあるはず。
 この巻のラストでついに楊令が頭領の座につき、再び「替天行道」の旗の下に復活した「梁山泊」――彼らのこれからの戦いが、それを教えてくれるでしょう。


 そして馴染めないといえば、背負ってきた情念から解放されて、いきなり明るくなってしまった武松。
 いや、明るいのはまだいいのですが、アタッチメント交換を自慢したり、似合わない渾名をつけて喜んでるのはさすがにどうかと…

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楊令伝 3 盤紆の章 (集英社文庫)


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2011.10.08

「はなたちばな亭恋鞘当」 恋のドタバタパワーアップ

 めでたく新年を迎えた神田蝋燭町、手習い小屋・たちばな堂は今日も賑やか…ですが、師匠のお久と幼なじみの金一の関係はなかなか進展せず。そんなところに突然帰ってきたお久の母・お咲をはじめとして、二人と白犬クマの回りには、次々と怪人物・珍事件が…周囲を巻き込む大騒動の行方は!?

 手習い小屋の鬼師匠・お久と、蝋燭問屋の手代・金一、そして不思議な白いタ…いや犬・クマの、二人と一匹の周囲で起こる騒動を描いた「はなたちばな亭恋空事」の続編が早くも登場であります。

 神田蝋燭町の蝋燭問屋・橘屋の離れで手習い小屋を開くお久は、美人なのに女の子らしいことには一切興味のない朴念仁で、始終子供たちを叱っている鬼師匠。
 そして橘屋で働くお久の幼なじみ・金一は、お久にぞっこんながら素直になれないイケメン(ただし背が低いのが玉に瑕)。

 そんな友達以上、恋人までは道遠しの二人の前にある日現れたのは、目の回りが隈取りしたように黒い白い子犬のクマ――
 実はこのクマ、どうやら犬ではなく、何と人語を喋る狸らしいのですが、それを知るのは金一ばかり。
 まさかクマが呼び寄せているわけではありますまいが、以来二人と一匹の周囲ではおかしな事件ばかり…というのが本シリーズの基本設定であります。

 その基本設定は変わらないのですが、しかし大幅に前作からパワーアップしたように感じられる本作、まず新顔の登場人物が面白い。
 特に、前作では顔を出さなかったお久の母・お咲が今回初登場。六年前に夫とお久を置いて姿を消したと思いきや、何をしていたものか、ふらりと帰ってきて…という展開なのですが、この人がまた、お久の母親とも思えない女子力が服を着て歩いているような人物。
 何とも煮え切らないお久と金一の間に火を付けようといううちはまだしも、自ら新しい恋を探して…と、見た目は超美人なだけに、本当に困ったお人であります。

 さらに、お久の前に現れたもう一人の「金ちゃん」も立派な(?)怪人物。桜のいれずみを入れた、自称「遊び人」と言ったらもう、我々にとっては頭隠して尻隠さずのようなものですが、とってつけたような珍妙な侍言葉(冷静に考えれば、ここ変なのですが勢いに押されて納得してしまうマジック)で無駄にキャラの立ったお方であります。

 そんな新顔に負けずと、お久の父と橘屋の番頭も、秘められた過去を持ちだして大乱闘を繰り広げるわ、数少ない常識人に見えた金一も妙な秘密を持っているわ、クマも前作以上にお久さんに惚れ込むわと、みんな好き放題大暴れ、最後はまたもや町内を、いや×××を巻き込んでの大騒動となってしまうのでありました。

 しかし、パワーアップしているのはそうした点だけではありません。

 本シリーズの最大の特長が、その落語調の文体にあることは、前作の読者であればよくご存じでしょう。
 地の文の語り口、そして登場人物のやりとりは、まさに落語のそれであるのですが…

 本作では、それがさらにパワーアップして、むしろナンセンス・コメディ漫画や、時代劇コメディ・ドラマ的な――誤解を招く表現かもしれませんが、より今っぽい――テンポの良さを感じさせてくれるのです。

 ポンポンとノリツッコミのように(それ漫才)言葉が飛び交う会話のリズムや、現実にはちょっとあり得ないようで、しかしお話の中では不思議と納得してしまうナンセンスな展開などは、まさに落語的ではあるのですが…しかしそこに留まるのではなく、より作者なりに洗練させたものが、本作には感じられます。

 これこそは、今振り返ってみれば、内容の賑やかさの割に、どちらかといえばおとなしめの印象もあった前作に比して、本作が最も進歩した点ではありますまいか?
 失礼ながら、これまで読んだ作者の作品の中で、本作は、もっとものびのびと書いているようにすら感じられました。


 周囲に振り回されてなかなか関係が進展しないお久と金一には悪いのですが、この勢いで、これからもずっとと楽しませていただきたいものであります。

「はなたちばな亭恋鞘当」(澤見彰 角川文庫) Amazon
はなたちばな亭恋鞘当 (角川文庫)


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2011.10.07

「武蔵三十六番勝負 5 空之巻 死闘! 大坂の陣」 死と再生の武蔵

 徳川と豊臣の決戦が間近であることを知った宮本武蔵。この15年間、自分に対し次々と刺客を送ってきた家康を倒すため、武蔵は大坂夏の陣の激戦の中に歩を進める。しかし徳川の手勢のみならず、仲間の仇を討たんとする真田十勇士が、そして想像を絶する怪物が彼の前に立ちふさがる。

 死にたがりの武蔵が、徳川家康を、真田十勇士を、天下全てを敵に回し、孤独な死闘の旅を続ける宮本武蔵異聞「武蔵三十六番勝負」が、ついにこの第5巻で完結であります。

 幼い頃に己を虐待してきた実父を殺し、その罪の意識から、常に死に場所を、自分を殺してくれる者を求めてきた武蔵。
 関ヶ原の戦で徳川家康と、ついで真田昌幸・幸村父子と因縁を持つこととなった武蔵は、その両者から――正確には真田方は十勇士から――敵視され、次から次へと刺客の襲撃を受けることとなります。

 そんな武蔵の15年間は、本来であれば彼が求めて止まぬはずの死の危険と常に隣り合わせでありながら、しかし、皮肉にも彼のその強さが、彼を容易に死なせないというジレンマの連続。
 そんな中で己の内面を少しずつ変化してきた武蔵は、全ての因縁を断ち切るため、大坂夏の陣に向かうこととなります。


 武蔵が、大坂の陣に豊臣方で参戦していたというのは有名なお話ですが、本作はそれをアレンジして、大坂夏の陣最後の乱戦の中、ただただ家康の本陣に向かってのみ足を進める武蔵の姿が描かれます。

 もちろん、周囲がそれを黙って見ているわけがありません。佐助が、才蔵が、清海と伊佐入道が、柳生兵庫が、百地三太夫(!)が、服部半蔵が――豊臣方も徳川方もなく、ただただ、武蔵を殺すために殺到することになるのです。
(そしてもう一体、合体○○○というとんでもない、とんでもなさすぎる敵が武蔵の前に立ち塞がるのですが…)

 ほとんど冒頭からラストまで、この強敵たちとの戦いで一冊押し切ってしまった、そのパワーには圧倒されます。まさに武蔵の戦いは――いやこの作品そのものが、死闘と呼ぶに相応しい。

 その果てに辿り着く結末は、ある意味予定調和(というにはとんでもない展開)ではありますが、しかし、ここまで来たら、こう終わるしかなかったと――荒ぶる武蔵を鎮めるには、もはやこうするしかなかったと言っても良いのではないでしょうか。


 限りなく広い三途の川をさまよい続けた果てに――その最中に執拗に絡んでくるのが真田の手の者というのは平仄が合います――その旅をひとまず終えた武蔵。

 思えば、己を殺す者、己を殺す価値のある者を求める武蔵の旅は、同時に、幼い頃から自分自身にはないものと思いこんできた己の価値を求める旅でありました。
 そしてそれを再生と言うのであれば、彼の旅は、それまでの自分を一度殺し、生まれ変わるためのものだと言えるでしょう。

 死にたがりの武蔵、求道とは最も縁遠い武蔵を通じて描かれたもの、それは「生きる」という、シンプルで、それでいて実に重い――そして吉川武蔵という巨峰に共通する――ものだった…
 というのは、多分に荒削りな部分も目立った本シリーズには美しすぎるまとめかもしれませんが、しかし、この異形の武蔵譚全5巻を読み終えての、正直な気持ちではあります。

「武蔵三十六番勝負 5 空之巻 死闘! 大坂の陣」(楠木誠一郎 角川文庫) Amazon
武蔵三十六番勝負(五)  空之巻 ‐‐死闘!大坂の陣 (角川文庫)


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2011.10.06

「カミヨミ」第14巻 一気呵成のクライマックス!

 日輪と月輪――二つの神剣の太古から続く戦いもついに最終章。砕けた日輪草薙の行方は、帝都を虎視眈々と窺う菊理の次の手は、そしてそれに対する天馬と零武隊の反撃は…まさに最初から最後までクライマックスの第14巻であります。

 神剣同士の激突の果てに砕けた日輪草薙。神剣を復活させることができるのは、太古にこの剣を鍛えた天目一箇の者の末裔・八俣のみであり、そしてそれを可能とするのは、聖地・高尾山のみ。
 かくて八俣と飛天坊は高尾山に向かったものの、今なお闇に包まれた帝都では、次なる怪事が――

 という展開を受けて始まったこの第14巻ですが、これがもう一気呵成というべきもの。
 各地で霊の声が聞こえなくなるという、いわば霊的ブラックアウトの発生という冒頭部からしてゾクゾクさせられますが、その後も、将門の首塚を守る咲かずの桔梗と天馬・帝月の対峙、次々と発生する大量の神隠し、高尾に進撃する謎の巨大な妖魔、それを撃滅すべく追撃する闇の御用列車…と、ただただ胸躍らせる展開の連続であります。

 元々ミステリ色が強いこともあってか、元々じっくりとした展開がメインだった本作ですが、最終章に突入してからは、かなり――おそらくは意図的に――展開を早めている印象があります。
 そのため、冷静になって読み返してみると個々の展開自体はかなりあっさりしている(特に巨大妖魔の扱いや八俣の神剣再生など)ことに気付きます。

 しかし、クライマックスに突入し、いよいよ最終決戦というこの局面、敵も味方も総力を結集する中では、ディテールを犠牲にしてもスピード感を優先するのは、明らかに正しい展開であると感じます。


 そしてこの巻のラストにおいて、太古からの因縁の一つが、ついに美しく昇華するのですが…

 しかしそれとて、最終決戦の先触れに過ぎないのが嬉しくも恐ろしい。
 状況を静観していた菊理がついに動き出し、何やらまたしても恐るべき事態が、という絶好のヒキで次の巻へ、というのは色々な意味でたまりません。

 出たばかりなのに早く次の巻を! というのは我が儘にもほどがありますが、それが今の正直な気持ちなのであります。

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2011.10.05

「快傑ライオン丸」 第49話「恐るべき屠殺人 怪人ジャムラ」

 ゴースンの怒りを買い、三年間岩の中に閉じこめられていたジャムラ。ゴースンの命で解き放たれたジャムラは、タイガージョーを圧倒、完全に生殺与奪を握るが、散々あざ笑った末に見逃してしまう。屈辱に燃える錠之介は獅子丸に襲いかかるが、小助の機転でその場は収まる。ジャムラは次に沙織をさらって獅子丸をおびき出す。ジャムラの力に圧倒されるライオン丸だが、錠之助の助けにチャンスを掴み、ジャムラを破るのだった。

 今回のゴースン八人衆・ジャムラは、その凶暴さ・傲慢さからゴースンの怒りを買い、三年の間岩の中に閉じこめられていた…という設定から察せられるように、孫悟空モチーフの怪人であります。
(あれ、八忍衆勢ぞろいシーンは…?)

 にしても、本当に人の言うことを聞かない奴が多いゴースン怪人ですが、ジャムラも、ゴースンからの解放の命を伝えにきたドクロ頭を振り回しまくり。
 近くに錠之介が現れたことを知り、ようやく立ち上がるジャムラですが…しかし、さすがに強い!

 先に三日月型の刃がついた八節棍を武器にして、タイガージョーをなぶるように打ち据え、ジャンプからの攻撃も、足に棍を絡めて引きずり落としてしまいます。
 ついには象牙の槍を奪い取り、それをタイガージョーの喉元に突きつけるのですが…
 ジャムラはタイガージョーを野良猫呼ばわりした挙げ句、見逃してやるのでした。

 もちろんこのような屈辱を我慢できる錠之介ではありません。折悪しく、そこに獅子丸が通りかかり、親しげに声をかけたことから錠之介の怒りが爆発!
 変身して、初登場した頃のように遮二無二突っかかってくる錠之介に、やむなく獅子丸も変身して相手をする羽目に…

 実はこれはジャムラの計算したこと。錠之介の性格からして、屈辱を与えて見逃してやれば、怒り狂ったその牙は獅子丸に向かうだろうと…単純粗暴なように見えて、恐ろしい奴であります。

 火薬玉を放り込むという小助の豪快な手段で引き離された二人ですが、怒ったジャムラは沙織と小助を誘拐してしまいます。
 と、思いきや、小助は服を脱ぎ捨てての空蝉の術で脱出。これだ! 沙織さんも早くこの手で!

 というわけにももちろんいかず、沙織救出に向かう獅子丸。ようやく冷静さを取り戻した錠之介は獅子丸から顔を背け――視聴者の方に顔を向け――ジャムラの強さを警告するのですが、その目には悔し涙が…
 と、錠之介は泣いていたねと身も蓋もないことを言う小助に、「錠之介は偉い。男は自分が負けたことを人には話したくないものだ」とフォローする獅子丸。いや、どちらも男です。

 さて、指定された場所に向かった獅子丸ですが、ジャムラはやはり強い!
 八節棍に仕込まれた爆弾や、体の毛を抜いて吹いたところに瞬間移動(分身ではないですが孫悟空ですなあ)と、様々な技でライオン丸を圧倒します。

 たまらずジャンプしたところに八節棍を絡められて引きずり落とされ、タイガージョーと同じパターンになってしまいます。
(ここで、また見逃すのではないかと心配したら、うるさいとジャムラに斬られてしまったドクロ頭は災難というしか…その前にはドクロ忍者たちも邪魔だと叩き斬られていて、いやはや本当に恐ろしい奴です)

 と、そこに現れた錠之介にジャムラの気がそらされた隙にライオン丸は形勢逆転。
 ジャムラの八節棍を弾き飛ばし、小助が見つけだしたスペアの八節棍をジャムラに絡めてライオン飛行返し! ジャムラは大爆発するのでした。
(文章にするとわかりにくい展開ですが、映像ではさらにわかりにくい…)

 戦い終わり、一人去っていく錠之介。
ナレーションでは錠之介との友情は失われた、と言っていますが、この二人の友情は今までもこんなもんだった気がしますが…


 ジェンマ同様、怪人との攻防戦のみのシンプルなエピソードでしたが、あまり乗れなかったのは、錠之介にいいところがなかったためでしょうか。
 これは言うまい言うまいと思ってきたのですが、抜忍になってからの(≒獅子丸と共闘してからの)錠之介は、何だかかませ犬度が高いような…

 ライバルが味方になった途端に弱くなるというのはよくあるパターンですが、タイガージョーばかりはそうあって欲しくないものです。


今回のゴースン怪人
ジャムラ

 凶暴・傲慢でゴースンに三年の間岩に閉じこめられていた猿の怪人。三日月型の刃がつき、柄には爆薬が仕掛けられた八節棍を武器とする。自分の毛を抜いて飛ばしたところに瞬間移動も可能。
 凄まじい強さでタイガージョーを圧倒、わざと見逃して獅子丸と反目させるなど、硬軟取り混ぜて獅子丸を苦しめたが、一瞬の隙を突かれ、ライオン飛行返しに破れる。


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2011.10.04

「黄金夢幻城殺人事件」 虚構と現実を貫くもの

 姿を消した恋人・夕蝉姫を追う少年剣士・雪太郎は、何かに誘われるように、奇怪な妖術を操る“鋸岳の異人”が支配する黄金夢幻城を目指す。一方、少年探偵・七星スバルは、怪人どくろ男爵を追って、黄金夢幻城へ向かう。いくつもの物語、そして現実と虚構が入り乱れる先にスバルを待つものは…

(以下の文章には、本書の内容に関する大きなネタバレが含まれているため、未見の方はご注意ください)

 このブログで紹介するに相応しく、あるいは相応しくない――今日はそんな不思議な一冊、「黄金夢幻城殺人事件」をご紹介いたしましょう。

 本書の何が不思議かといえば、その収録作。まず以下にその収録作品名を挙げてみれば、それは一目瞭然であります。
「黄金夢幻城」
「中途採用捜査官:忙しすぎた死者」
「ドアの向こうに殺人が」
「北元大秘記 日本貢使、胡党の獄に遭うこと」
「燦めく物語の街で」
「黄金夢幻城殺人事件」
「「黄金夢幻城殺人事件」殺人事件」

 …本書の第二作目、三作目は現代を舞台とした短編ミステリ、四作目は明代初頭を舞台とした歴史(伝奇)もの、五作目はショートショート集。
 「黄金夢幻城」の語を冠した残り三作は置いておくにしても、これでは単なる短編集にしか見えないではないか…そう仰る方もいるかも知れません。

 しかし、本書の著者は芦辺拓、本格ミステリに、そして先達たちの作り上げてきた物語に並々ならぬ愛に満ちた作品をこれまで送り出してきた名手・妙手であり…半ば当然のことながら、そこに何の仕掛けもこだわりもないわけがないのであります。

 これからご覧になる方の興趣を削がぬ程度にそれを明かせば、本書の第一作目「黄金夢幻城」において、黄金夢幻城と自らの因縁を知った少年名探偵・七星スバルが、その城を目指し、様々な物語世界を通り抜けていくというのが本作の構成。
 第二作目から五作目は(正確には四作目は別ですが)スバルが通り抜けたその物語世界という設定なのです。

 そしてスバルの黄金夢幻城を巡る冒険が、過去の物語、劇中劇として描かれるのが戯曲「黄金夢幻城殺人事件」、さらに、「黄金夢幻城殺人事件」が上演された劇場で起きた殺人事件を描くのがラストの「「黄金夢幻城殺人事件」殺人事件」であります。

 元々、「黄金夢幻城殺人事件」は、劇団あぁルナティックシアターにより、「現実」に上演された舞台の戯曲。しかし戯曲の中身はもちろん(?)「虚構」であり、そのまた劇中劇である「黄金夢幻城」は、「虚構」の中の「虚構」とも申せましょう。
 そして「「黄金夢幻城殺人事件」殺人事件」は、劇団の構成員も登場する「現実」の中の「虚構」であって…いや、実にややこしい。

 身も蓋もないことを言えば、本書は上で述べたとおり、確かに、(冒頭とラストを除けば)単行本未収録の作品を集めた短編集ではあります。
 しかしそれをよしとはせず、「黄金夢幻城」を巡る「虚構」と「現実」を、外なる構造として配置することにより、本書は一冊それ自体が、虚実入り乱れた「物語」の迷宮として生まれ変わったのです。

 しかし、そんな複雑怪奇な世界の中にあっても、ミステリとしての姿勢は決して揺るがないのが、実に嬉しい。
 本書の大トリである「「黄金夢幻城殺人事件」殺人事件」の、そのまた結末――虚実が入り乱れ、融合する瞬間に描かれるのは、どれほど不可思議な世界、現実離れした物語が描かれようとも、謎はあくまでも論理によって解かれるべしという、その宣言なのです。

 作者は、「物語」という形式、そして自らが「物語」作家であることに強い意識と拘りを持つことは、ファンであればよくご存じでしょう。
 
 ほとんど離れ業に近い形で「虚構」と「現実」を操って一つの巨大な「物語」を形作り、その中で本格ミステリへの、いや懐かしき時代伝奇や探偵ものへの愛を謳ってみせた本書は、一種の異形でありながら…いやそれだからこそ、「虚構」と「現実」を繋ぐもの、「物語」にかける作者の想いを強く感じ取ることができる、愛すべき一冊なのであります。

「黄金夢幻城殺人事件」(芦辺拓 原書房) Amazon
黄金夢幻城殺人事件

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2011.10.03

「髑髏城の七人」(2011) 再生から継承の髑髏城

 関東髑髏党を率い、関東に覇を唱える仮面の怪人・天魔王。その色町・無界の里に現れた浪人・捨之介は、髑髏城の秘密を知るため、天魔王に追われる少女・沙霧と出会う。狭霧を、無界の里を守るため戦う捨之介と仲間たち。しかし、捨之介自身にも、天魔王との因縁があった。寄る辺なき七人の男女の戦いが、今始まろうとしていた…

(以下の文章には、今回の、及び過去の「髑髏城の七人」の大きなネタバレが含まれているため、未見の方はご注意ください)

 劇団☆新感線の代表作にして、7年に一度復活する伝説の舞台「髑髏城の七人」が、2004年の上演から7年の今年、帰ってきました。

 個人的なお話で恐縮ですが、7年前に上演された「髑髏城の七人 アカドクロ」は、私にとって初の新感線生観劇。
 以来、新感線にどっぷりはまった…のみならず、当時、(伝奇)時代劇はもうダメ(今風に言えばオワコン)なのではないか、と悲嘆に暮れていた自分を大いに勇気づけてくれた…まことに大げさで恐縮ですが、そんな思い出の作品なのです。

 さて、それから7年後の髑髏城ですが――設定や大まかなストーリー展開は、一点を除いてほぼそのまま。
 その意味では、全く心配のない舞台なのですが、まず気になったのが、メインキャストが大幅に若返った点であります。
 これはまあ、初演から21年(!)ということなど考えれば、仕方ない面は確かにあるのですが、しかしもう一つ、大いに気になった点があります。

 それは、捨之介と天魔王が、別キャストになったこと――
 これまでのドクロは、捨之介と天魔王が同一キャストというのが、ある意味最大の特徴であり、内容の方も、もちろんそれを前提としたものでありました。
 それを放棄するメリットもわからなくもありませんが、しかし、それでは作品が骨抜きになりはしないか?

 一見、その懸念は当たってしまったように感じました。何しろ、捨之介と天魔王が若い。いや、役者が若いのではなく、キャラとして若いのです。

 まず捨之介で言えば、キャラが軽すぎる。いや、捨之介という人物は、もともと軽いのですが、その中に、どこか重さ…とは言わないまでも、厚み、裏付けを持った人物でありました(古田新太が演じてたからとか言わない)。
 しかし小栗旬の捨之介は、少なくとも第一幕の姿を見れば、そんな人間としての厚みをあまり感じさせないキャラ、に感じさせられました。

 一方の天魔王の方はさらに違和感が大きく、それまでの迫力やカリスマ性はどこへやら、むしろ本作随一のギャグキャラへと変貌しており、森山未來は確かに良い役者だけれども…と、悪い意味で驚かされました。


 しかし、何の計算も思想もなく、このような設定に、演出にするはずがない――そこで思い至ったのは、やはり本作の、これまでのドクロとの設定の違い、織田信長と二人の関係性の違いでした。

 これまでのドクロにおいては、捨之介と天魔王は、共に信長の影武者であったという設定。
 それが、信長が命を落とし、天魔王がその信長の化身、後継者を任じて覇道に向かったのを、捨之介が止めるというのが、構図でありました。

 それに対して本作においては、捨之介と天魔王(そして蘭兵衛)は、ともに信長の下にあって、天下統一を夢見ていたという設定となっています。
 そして信長を喪った天魔王は、自らが信長たらんことを欲し、その前に捨之介が立ちふさがる、という構図なのです。

 いわば、これまでのドクロが、信長として「再起」せんとする者とそれを阻もうとする者の戦いであったとすれば、本作は、信長を「継承」せんとする者とそれを阻もうとする者の戦い――そう言えるのではないでしょうか。

 だとすれば、捨之介と天魔王の軽さ、厳しく言えば空虚さも納得がいきます。
 彼らは、天と仰いだ――主君とも、指導者とも、先輩とも言える存在を喪失し、それ故生まれた空っぽの自分を埋めようとしているのですから…

 そう考えれば、この二人の人物の――いや、振り返ってみれば、皆どこか未熟なものを抱えた他の登場人物も――人物造形も、納得できるものがあります。
(ちなみに、これまでのドクロでは今一つ納得いかなかった蘭兵衛の後半の行動も、今回はかなり胸に落ちるものがありました)

 さらに言えば、結末において、これまでのドクロにおける捨之介は、いわば自分の分身を殺すことによって自分自身の「再起」の道をもなくしたのに対し、本作においては、「継承」することを「捨」てたことで逆に自分自身として生きる道を手にしたと解釈できるのも、実に興味深いものがあります。


 こうして考えてみると、本作が、本作の結末が作り手側にとってのドクロへの一つの回答とも感じられるのですが、しかしその作中の正否がどうであれ、「継承」を掲げたものは、受け継がれていく必要があるでしょう。

 別人となった捨之介と天魔王の扱いも、まだまだ洗練される必要が――終盤の展開は、いかに改変されたとはいえ、明らかに二人同一キャストの方が腑に落ちるものがあります――あるでしょう。

 何よりも、また7年後まで、時代劇に対して希望を持ち続けていられるように――次のドクロにも期待させていただこうと思います。


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2011.10.02

作り物の街にて「UN-GO」第1話特別先行試写会を見る

 今日は、この10月からノイタミナ枠で放映される「UN-GO」第1話特別先行試写会に参加するという幸運に恵まれました。
 おいおい、何で近未来探偵アニメの話をこのブログで、とおっしゃる向きもあるかもしれませんが、本作の原案は坂口安吾の「明治開化安吾捕物帖」。時代ミステリなのであります(その辺りはこちらをご覧ください)

 さて、ミステリものなので、内容についてはネタバレ抜きで、という重い枷をつけられての感想ですが――

 この第1話は、「安吾捕物帖」第1話「舞踏会殺人事件」をベースにした内容…
 なのですが、何しろ内容はミステリ。わずか30分以内で、キャラクター・舞台設定の紹介と、きちんと起承転結を(そして原案の内容を)踏まえたお話の展開ができるのかしら、前後編でもないと苦しいのでは? などと思いましたが、いささか駆け足ながら、きっちりと手堅く、そのいずれも見せてくれました。

 しかし、単純に原案を近未来に移しただけ、というのではなく、事件の概要・骨格はそのまま使いつつ、しかしそこに全く別の意味を与えて新たな物語を作ってみせるという離れ業。
 この辺り、スタッフの顔ぶれを見ればいかにも、という作りなのですが、こういうやり方は大好物であります。

 原案読者に対して言えば、そちらでお馴染みの、主人公・結城新十郎と、勝海舟(本作では海舟に当たるキャラ、ですが)の、二人の名探偵の関係が、本作では、さらに一ひねりくわわったものとなっているのが楽しい。
 こうした構造は、ミステリものではまま見かけるように思いますが、しかしそれを本作でやったところに、ニヤリとさせられるのです。

 もう一つ、いかにも今のマンガっぽいというか、ミステリでそれ反則、的能力の持ち主が登場するのが、原案との大きな相違点なのですが――
 しかしこの使いどころがなかなかうまい、というよりも、それを通じて描かれるものこそが、本作のキモというべき内容で、この使い方であれば納得であります。

 さて、そんな展開の末に、物語終盤でババババっと飛び出す台詞の内容と描き方には、これはたぶん賛否分かれるでしょう。
 しかしながら、この生臭さ・青臭さも、ここは一種の味、むしろ作り手的には狙いどころと思った方が良さそうです。
(個人的には「あれ、この台詞をわざわざ言わせるかな?」的な部分もあったのですが、これも意図して言わせたものでありましょう)

 …それにしても、本作の最大の特徴であろう、近未来の戦争後の日本(チラッと語られる、その「戦争」の内容にも納得)の姿が、今の、いやこれからの日本にオーバーラップしてしまったのは(企画時期的に)偶然の部分が大きいのでしょうが、やはり驚かされます。

 偶然と言えば、この試写会がフジテレビがあるのは台場――
 戦争に備えて生み出された地に築かれた、極めて生活感に乏しい作り物の街で、本作が上映されるというのは(しかも天気は作品のイメージに似合う曇り)、なにやら出来過ぎにすら感じられます。


 閑話休題、OPもEDも申し分なし、ちょっぴり心配だった勝地涼の新十郎も違和感なく、第2話以降も楽しみにして良さそうであります。


 もう一つ、11月に劇場公開される第0話の予告編が最後に流れたのですが、そこのミステリファン、安吾ファンにはびっくりの情報が――こう来たか! と大いにテンションが上がった次第です。


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2011.10.01

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ようやく残暑も終わり、すっかり秋の気配の10月ですが…夏の暑さに疲れたのか、時代伝奇アイテムの方は、(特に小説は)かなり寂しい状況。読書の秋だというのに――と落ち込んでいても仕方ないのですがやっぱりちょっと残念な10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と、冒頭に述べてしまいましたが、どうにも寂しい文庫小説。
 新作の方で楽しみなのは、同じ徳間での「三田村元八郎」シリーズ新装版刊行も続く上田秀人の「お髷番承り候 3 秘謀の刃(仮)」と、ほとんど毎月刊行…どころかシリーズ二ヶ月連続刊行の高橋由太「大江戸あやかし犯科帳 雷獣びりびり クロスケ、恋をする」と言ったところ。
 文庫化の方では、夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」が角川文庫から刊行開始ですが、この作品、昨年徳間文庫で文庫化されたばかりなのですね…不思議。

 後は、風野真知雄の新作が「大奥同心」「大江戸落語百景」と二作品刊行ですが、タイトルから見た限りでは伝奇要素はなさそうですね。


 と、すっかり暗くなりましたが、漫画の方はなかなかの豊作。新登場では、なんと言っても小竹田貴弘「いかさま博覧亭」1が一押し。「Comic REX」で「怪異いかさま博覧亭」のタイトルで連載されていたものが、「電撃コミックジャパン」に移籍して新装開店したものですが、待ちに待った単行本第1巻の刊行であります(ちなみに「怪異…」の方も同じレーベルで新装版が刊行されるので、未読の方はぜひ!)
 その他の新登場では森田滋「新撰組秘闘 ウルフ×ウルヴズ」、木村直巳「戦国風魔伝 乱破」、松下朋未「幕末料理侍 すずしろのボン」と、なかなかバラエティに富んだ作品が顔を見せてくれます。

 また、続巻では、いよいよ最終章も佳境に入った沙村広明「無限の住人」28、意外な取り合わせに一部で話題となった(?)西村ミツル「信長のシェフ」2、第1巻が実質1話のみ収録だったのでいよいよ全貌がわかるか?の唐々煙「曇天に笑う」2、その他スクエニガンガン系からは浅岡しゅく「御指名武将真田幸村 かげろひ KAGEROI」4と、七海慎吾「戦國ストレイズ」9も登場です。

 そして復刊の方では、横山光輝先生の名作「血笑鴉」が小学館から完全版で刊行(すみません、見落としておりましたが、9月に第1巻が発売されてます)。
 横光主人公にしては珍しい生臭い奴ですがどこか憎めない血笑鴉、いややっぱりしぶとい生命力であります。



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