「信玄の軍配者」 勘助、人として起つ!
かつて足利学校に学んだ山本勘助こと四郎左は、放浪の末に駿河の今川家で彼に恨みを持つ者に捕らわれ、六年間の軟禁生活を送っていた。そこで甲斐から追放された武田信虎と出会った四郎左は、成り行きから甲斐に向かい、武田晴信と対面する。一世一代の大芝居で晴信の軍配者となった四郎左だが…
富樫倫太郎をブレイクさせた歴史小説「信玄の軍配者」の続編であります。
タイトルからわかるように、今回物語の中心となるのは、武田信玄(晴信)に仕えた伝説の軍配者・山本勘助。
山本勘助という人物は、時に実在を疑われるほど謎の多い存在ではありますが、しかしそれだけに、創作者にとっては、扱い甲斐があると言えるでしょう。
前作をご覧になった方はご存じかと思いますが、このシリーズの勘助は、非常にユニークなキャラクターです。
実は本作の勘助は、勘助であって勘助でない存在なのであります。彼の正体は、かつて山本家に仕えていた男・四郎左。幼い頃に流行病で親兄弟全てを失い、自らも醜い容貌となった彼は、家財を奪われて下人に身を落とすことになります。
それでも不屈の精神で生き抜いてきた四郎左は、山本家の勘助が足利学校に向かうのに下人として同行するのですが…そこで勘助が野盗に命を奪われたことから、四郎左は勘助の名を借り、足利学校で学び始めるのでした。
もちろん、それがバレずにすむ訳もなく、四郎左は学校で得た二人の親友・小太郎と冬之助に見送られ、放浪の旅に出るのですが――
という展開を受けての本作ですが、前作から時は流れて約20年後。小太郎は既に北条家の大軍配者となったにもかかわらず、四郎左は職なし…どころか、かつての山本家のことを知る者に捕らわれて、軟禁状態。
もう四十路となっても芽が出ずのたうち回る四郎左の姿には、何とも身につまされるものがありますが、それはさておき…
しかしそこで彼の運命の一大転機が訪れます。甲斐から追放された武田信虎と出会った彼は、こともあろうに、武田晴信暗殺の命を押しつけられてしまうのでありました。
なるほど、この時期に信虎が今川家の客分となっていたのは事実ですが、ここで二人が出会うことで歴史が動き出すというのは、実に面白いアイディアではありませんか。
そして紆余曲折を経て、ようやく軍配者としての四郎左の人生が始まるのですが――彼の目を通して描かれる、主君・晴信像がまた面白い。
晴信(信玄)もまた、作品によって描き方の振れ幅の大きな人物であります。衆に優れた大人物として描かれることもあれば、奸悪な梟雄として描かれることも少なくない晴信ですが…本作ではもちろん(?)前者。
その容貌から人に疎まれ、苦難の半生を歩んできた四郎左。その果てにすっかり偏屈な性格となってしまった彼を信服させたのは、晴信もまた、父に疎まれ命を狙われながらも生き延びてきた――それ故、人の悲しみ・苦しみがわかる人物であったからにほかなりません。
もちろん、晴信とて完全無欠ではありません。彼もまた、若さ故に迷い、悩む人物であります。
言うまでもなく、四郎左も、いや、彼らの周囲の人々もまた…
本作は、戦国大名と軍配者という、戦国の英雄たちを主人公とした血脇肉踊る歴史小説であります。
しかし、本作…いや本シリーズが、普段そうした小説を読まない層にまで広く受け入れられたのは、単にそうした側面の魅力だけではないでしょう。
本シリーズの魅力は彼らもまた一人の弱い人間であり、そしてそんな人々が友情、愛情等々で結びつくことによって、真に実りある人生を送ることが可能になることを、描き出しているからにほかなりません。
甘いと言えば甘いのかもしれませんが、しかしそれを体現するのが、世の辛酸を舐め尽くした四郎左という点で、本作はそれなり以上の味わいを持つことに成功しています。
さて、小太郎が早雲、勘助が信玄とくれば、残る冬之助は…というわけで、シリーズ最終巻は「謙信の軍配者」。
もしや…と思ってきた冬之助が、あの姓に代わり、ちょっと伝奇的にも面白く、こちらの方もやはり見逃せないところです。
「信玄の軍配者」(富樫倫太郎 中央公論新社) Amazon
| 固定リンク
コメント