「幕末時そば伝」 恐るべき三題噺
時は幕末、動乱の時代。安泰であったはずの徳川幕府の屋台骨が揺らいだ陰には、ある男たちの姿があった。熊さん八っつあん与太郎…粗忽長屋の面々が、気付かぬうちに歴史を揺るがす!?
鯨統一郎と言えば、ミステリや歴史もののジャンルで色々とユニーク…という言葉では収まらない作品を発表している作家ですが、本作はその中でも色々な意味で極めつきに「ひどい」作品であります。
以前「異譚・千早振る」のタイトルで刊行されていた作品の文庫化である本作は、改題されてぐっとわかりやすくなったように、落語をモチーフとした連作短編集です。
収録作品のタイトルを見れば、「異譚・粗忽長屋」「異譚・千早振る」「異譚・湯屋番」「異譚・長屋の花見」「異譚・まんじゅう怖い」「異譚・道具屋」「異譚・目黒のさんま」「異譚・時そば」と、落語に少しでも興味のある方であればよくご存じのものばかり。 内容の方も、題材となった落語の内容を、ほとんどそのままなぞっているのですが…
ですが、本作のとんでもないところは、その落語の内容が、幕末秘史に繋がっていく…というより、落語に登場する熊さん八っつあんたちの行動が、実は歴史を大きく揺り動かしていた、というその趣向であります。
井伊直弼の大老就任、和宮降嫁、大政奉還etc.…もしあの時、この道を選んでいなかったら、今の歴史はなかった(かもしれない)という歴史の分岐点に、いずれも粗忽長屋の面々が絡み、歴史の進む道に影響を与えていたんだよ! と、まあそういう内容なのであります。
こう書くと、作者が得意とする歴史ミステリのように見えますが、しかし、上記のとおり、各エピソードの内容は、ほとんど元の落語のまま。
実に本作は、最初に提示される幕末史の裏側の動きが、いかに予定通りのオチに繋がるか、それを楽しむ作品なのであります。
その繋げ方というのが、また本当に強引で強引で…おもわず「それはない」と突っ込みたくなるようなものばかりなのですが、しかしここまでぬけぬけとやられると、もう笑うしかありません。
(ちなみに、解説の有栖川有栖と全く同じところで私も噴き出しました。あれは本当にない)
ある意味本作は、史実と、裏面史と、落語とを結びつけて一つの物語を作り上げてみせた、三題噺と言えるのかも知れません。
そしてそこに、維新だ回天だと言ったところで、歴史の流れを決めるのは、こんな毎日を呑気に暮らしているフツーの人間だったりするんですよ、という作者の皮肉な態度を見る――のは、さすがにうがちすぎかもしれませんが。
収録作のうち、冒頭の三編は幕末ネタではないというのが個人的には大いに残念ですし、何よりも、あまりにあっけらかんと馬鹿馬鹿しい(仕方ないんですが。落語ですから)内容に、真面目な人は真剣に怒り出すかもしれませんが――
その意味では読む人間を選ぶ内容ではありますが、しかし何だか嫌いになれない、そんな作品であります。
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