「召抱 奥右筆秘帳」 文と武のクライマックス!
立花家に婿入りすることとなった衛悟。しかし完全に併右衛門と決別した松平定信は、併右衛門抹殺の障害となる衛悟を取り除くため、旗本として新規召し抱えすることを画策する。幕府転覆を狙う寛永寺お山衆と結びついた定信は、併右衛門のみならず、意外な人物に恐るべき暗殺の刃を向けるのだが…
二桁の大台も目前となった「奥右筆秘帳」シリーズ、第9弾のタイトルは「召抱」。
召抱、すなわち召し抱えと言えば、言うまでもなく家来として人を雇うことですが、それがこの物語にどのような意味を持つのか…と思いきや、これが実に意外な形で関わってくることとなります。
将軍位、そして幕府の実権を巡る壮絶な暗闘の中で、一度は庇護を求めた松平定信と決別することとなった立花併右衛門。
しかし、老中の政策すら左右する奥右筆組頭、しかも幕政の闇を知ってしまった併右衛門を、定信が黙って見逃すはずがありません。
政治的な抹殺は困難、ならば実力行使で…と考えても、最強の楯にして遂に併右衛門の義理の息子となる衛悟の存在があります。
ならば…という奇策こそが、その召し抱えであります。
既に徳川幕府が樹立されて約二百年、人も家も飽和状態となった幕府において絶えてなかった新規召し抱え。衛悟が婿入りする前に、新規召し抱えで別家を立てさせてしまえば…
いやはや、単純といえば単純、無茶といえば無茶。しかしそれだけに、「文」のエキスパートたる併右衛門の目をかいくぐる奇策として、成果を挙げることとなります。
しかし、ここまでの展開であれば、ある意味前作同様の「文」の戦い、それも前作よりも直接的な危機の度合いは低いわけで、その点ではいささか意外にすら感じられたのですが――
もちろん、その印象は良い意味で裏切られることとなります。
一度は奪われた権力の座に返り咲くため、もはやなりふり構わなくなった定信。幕府転覆を狙う朝廷の尖兵たる寛永寺の影の戦力・お山衆と結んだことから彼の妄執は暴走し、その刃は、あってはならない方向に向かうのです。
…いやはや、この物語が始まった時のことを考えれば隔世の感がありますが、それにしてもこの展開は、すさまじい皮肉であります。
これまで本シリーズに限らず、権力の魔というものをほぼ一貫して描いてきた作者ですが、それは、本作である意味頂点を迎えたと言えるかもしれません。
そしてクライマックスで描かれるのは、シリーズ史上最大とも感じられる大血戦。
本シリーズは「文」のみでも「武」のみでもなく、「文」「武」それぞれの世界で、そしてその両者が絡み合ったところでの戦いが描かれるのが最大の特徴であることは、今更言うまでもありませんが、きっちりとこうして「武」の面も描かれて、大満足であります。
(そしてその中で、併右衛門の衛悟への信頼感が最大限の讃辞として語られるのが、我がことのように嬉しく感じられるのです)
そしてその果てに描かれるのは、おそらくは最後の戦いの、宣戦布告とも言うべき言葉。
行き着くところまで行ってしまった戦いが、果たしてどこに落着するのか。そしてその中で、我らが併右衛門と衛悟がどのような役割を果たすのか?
いよいよシリーズ全体のクライマックスも目前であります。
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