「おいち不思議がたり」 彼女が謎に挑む理由
深川の長屋で医師の父を手伝いながら忙しい毎日を送るおいち。彼女には、この世に想いを遺して死んだ者の姿を視るなど、不思議な力があった。ある晩、おいちの夢に現れた必死の形相で助けを求める娘。それは奇しくも、叔母が持ってきたおいちの縁談相手と因縁があった…
児童文学や青春小説で活躍するあさのあつこは、また同時に少なくない時代小説を執筆しています。
その一つである本作は、以前「ガールズ・ストーリー おいち不思議がたり」の題名で刊行された作品の文庫化であります。
主人公・おいちは、貧乏医師の父・松庵の手伝いをして暮らす16歳の少女。
母を早くに亡くし、父一人娘一人で暮らす彼女を心配して、おせっかい焼きな叔母が何くれとなく顔を出すのですが、彼女は娘らしい生活にはほとんど興味を持たず、父の手伝いで人を助けること夢中の毎日を送っております。
そんな彼女の秘密は、怪我や病気で担ぎ込まれる者の姿を予知できたり、死んだ者の魂と言葉を交わしたりできるという能力。
その能力のために、叔母が持ってきた見合い先の薬種問屋にまつわる謎に巻き込まれることになって…というのが、本作の物語であります。
正直なところ――多くの方も感じているようなのであまり言いたくはないのですが――霊感を持つ思春期の少女が怪事件に巻き込まれる時代小説、というスタイルは、どこかで聞いたような気もいたします。
しかし本作においては、は、ヒロインを医者の娘としたことが工夫であり、最大の特色でしょう。
父の手伝いで様々な患者と接するおいち。それはすなわち、様々な生と死を見つめてきたことと同義であり、彼女にとって、死者であれ生者であれ、救いを求める者は同じ存在。
いや、生の重みを知っているからこそ、死者の声に耳を傾け、その想いを叶える――それが生者の命を救うのであればなおさら――ことに彼女が必死になるのは、むしろ必然であり、読んでいて大いに頷けるものがあります。
この世にあり得ざるものの存在が見え、声が聴こえるというのは、もちろん人並み外れた能力ではありますが、しかしそれが即ち、謎に挑み、真実を問いかける理由にはなりますまい。
そこに一つの必然性を与え、そしてそこに思春期の少女の、未来に迷いつつも少しずつ踏み出していく心を描いた本作は、なかなかに読み応えある作品であったと思います。
しかし、結末のある人物の告白を読んで、本作の元のタイトルである「ガールズ・ストーリー」の「ガールズ」は"girls'"の意かと思いましたが、さすがにそれは深み読みのしすぎだったようですね。
「おいち不思議がたり」(あさのあつこ PHP文芸文庫) Amazon
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