「腕 駿河城御前試合」第2巻 残酷の中の悲しみ
「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝」誌に連載中の「駿河城御前試合」のコミカライズされている「腕 駿河城御前試合」の第2巻が発売されました。
森秀樹による漫画化はいよいよ好調、原作を少しずつ離れ、独自の世界に踏み込みつつあります。
「駿河城御前試合」は、言うまでもなく南條範夫の連作時代小説。江戸時代初期、駿河城主・徳川忠長が己の前で行わせた十番の真剣勝負を描いた、残酷剣豪小説であります。
この第2巻に収録されたのは、第四番勝負から第六番勝負まで、「飛竜剣敗れたり」「忍び風車」「被虐の受太刀」の三番勝負。
ここでは一番ずつ取り上げて紹介することとしましょう。
「飛竜剣敗れたり」
最初に収められたのは、奇怪な二刀流・未来知新流の開祖たる倨傲の剣士・黒江剛太郎の生涯を中心に描いた一編であります。
我欲のため、恩人たちを次々とその毒牙にかけた末、無敵の極意・飛竜剣を会得した黒江。その二刀流は、同じ二刀流である宮本武蔵が恐れたという二階堂流の剣士・片岡京之介を打ち破ることで、頂点を極めたかに見えるのですが…
と、原作読者であれば、ここで驚かれるかもしれません。片岡京之介は、原作での黒江の対戦相手なのですから。
ではだれが黒江と御前試合を戦ったのか? …物語展開を考えればなるほど、と思う相手ではあるのですが、この手があったか! と再び驚かされます。
力に溺れたものが、より巨大な力に打ち砕かれる――それも一種の残酷と見るべきでありましょうか。
「忍び風車」
忠長に謀反の動きありとして駿河城下に潜入した幾人もの忍びたち。そのうちの二人、津上国之介と児島宗蔵が、数奇な運命の果てに御前試合で雌雄を決せんとする姿が描かれることとなります。
己の使命に悩んだ末に、忍びを捨て、一人の人間として生きんとした津上。忍びとしての自分を過信し、エゴを暴走させた児島――
本来であれば同じ任務を受けながら、全く道を違えた二人の姿は、封建体制下の残酷さの象徴と言うべきでしょうか。
本編の原作での題名は「風車十字打ち」。それを「忍び風車」と改題したのは、忍びたちが、同じ運命の風に翻弄される羽根のようなものと解するべきでしょうか。
実は原作では、冒頭と結末に幕閣が密議を凝らす姿が描かれているのですが、それをあえて削ったことで、より忍びの哀れさが強調された感があります。
「被虐の受太刀」
ある意味「駿河城御前試合」最大の問題作、美貌の男女に己の身を傷つけられることで絶妙の快感を得る超弩級の変態剣士・座波間左衛門の数奇な運命を描く一編であります。
幼少の時分から己の呪われた性情に悩みながらも、いざ美形と出会えば、斬られずにはいられない…
このように書けば、まだ悲劇的な色彩が感じられますが、森秀樹の精緻な筆が描くそれは、あまりにも醜く、おぞましく、滑稽で、そして残酷なものであります。
座波のキャラクターの強烈さゆえか、この作品は、この巻に収録された他の二編に比べればほぼ原作に忠実な内容ではあります。
しかし大きく異なるのは、御前試合で座波と対峙する磯田きぬの設定です。
原作では座波に懸想された末に夫を殺され、その仇討ちのために御前試合で彼に挑む(そしてそれこそが彼の狙いなのですが)きぬ。
それに対し、こちらでは座波のために両親が死んだきぬが、かつて慕った座波を討つため、放浪の末、御前試合に臨むことになります。
座波の変態性情を知らぬきぬにとって、座波はかつて兄のように慕った美しく優しかった存在。その一方で、座波のために顔に醜い傷を負ったきぬにとっては、座波との対決のみが己の存在理由の全て…
あるいは己の唯一の理解者になるかもしれなかった存在同士が、刃を向けあう悲劇――どこまでも残酷な世界を描きながらも、そこに一片の悲しみを漂わせるのは、「腕」ならではと言うべきでしょうか。
気がつけば御前試合も後半戦。果たしてこの先、どのような人の世の残酷が描かれることとなるのか?
既に掲載誌の最新話ではとんでもない展開となっているところ、どう転んでもただで済むはずがないのですが…
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