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2012.01.31

「書生葛木信二郎の日常」第2巻 大正時代を舞台とする理由

 大正時代の帝都東京を舞台に、小説家を目指す青年・葛木信二郎が、自分以外の住人全てが妖怪の下宿屋・黒髭荘で出会う事件の数々を描いた「書生葛木信二郎の日常 黒髭荘奇譚」の第2巻であります。

 妖怪を視る力を持つ故か、ごく平凡な(日常生活を送っていても妖怪に出会ってしまう進二郎。その怪難(?)ぶりは、この第2巻でも相変わらずです。

 それだけではなく、冒頭のエピソードでは、生き別れの兄・悌一郎が登場。これがまた、スペック的には信二郎の上位互換のうえに茶目っ気も異常にある困った人物であります。
 さらに後のエピソードでは、その悌一郎とニアミス状態で許嫁の美女・操緒も上京。信二郎とも幼なじみで、彼にとっても密かにあこがれの人なのですが、しかしその正体は…と、いかにも本作らしいややこしいシチュエーションが展開されることになります。
(にしてもこの兄弟、なんだかんだで二人ともケモナー…)

 それにしても第1巻同様、やはり今回も女性陣は人間・人外含めて魅力的なキャラクター揃い。
 新登場の恋に恋する脳天気な少女妖怪・煙羅や、今回はちょっとゲスト陣に押され気味の管理人の尋さんも、実に可愛らしく、(第1巻の感想でも述べましたが)あまり絵的なものに興味のない私も素直に感心であります。
 特に、操緒さんはその正体がまた反則的で…


 と、それはさておき、実はこの巻で特に印象に残ったのは、以前の事件で信二郎と知り合った少女・華子が、新しい人形を手に入れて以来不思議な夢を見るようになった「君に至る夢」というエピソードであります。

 夢の中での華子は、軍人の恋人・喜一を持つ病弱な少女・妙子であり、その夢を見続けるうちに、いつしか華子の精神は妙子のそれに入れ替わっていきます。
 実は華子が手に入れた人形は、かつて妙子が手にしていたもの。華子が追体験することとなった妙子の人生の中では、喜一は日露戦争に出征し…とくれば、この先の展開は容易に予想ができるように思えるのですが、しかし、この先の一ひねりがなかなかよろしいのです。

 私は第1巻の感想で、本作が大正時代を舞台とする必然性が乏しい、ということに触れました。折角ユニークな時代を舞台としつつも、この時代でなければならない、というものが感じられないのが、何とも勿体なく感じられました。

 しかしこのエピソードにおいては、この物語がこの時代(明治でも昭和でもなく、この時期)でなければならない理由が――変化球気味ではありますが――きちんと用意されているのが、嬉しいのです。


 第1巻に比べると、連続もの的要素も増してきた本作。謎だった黒髭荘の家主の正体もいよいよ明かされるようで、キャラクターや絵柄のみならず、物語面の魅力にも、期待できそうな予感です。

「書生葛木信二郎の日常」第2巻(倉田三ノ路 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
書生葛木信二郎の日常 2 (サンデーGXコミックス)


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2012.01.30

「常住戦陣!! ムシブギョー」第4巻 さじ加減を誤った熱血

 巨大蟲の群れから江戸を守るために日夜戦う蟲奉行所こと新中町奉行所の同心たちを描く「常住戦陣!! ムシブギョー」の第4巻です。

 蟲奉行所市中見廻り組同心のエースにして謎の集団・蟲狩の一員・無涯と超巨大昆虫・益荒王兜との対決も冒頭であっさり決着。
 この巻の大半で描かれるのは、その蟲狩の一員にして蟲奉行所と敵対する蟲を操る少女・蜜月の暗躍と、主人公・月島仁兵衛との対決(?)であります。

 蟲奉行所のトップである謎の存在・蟲奉行。蟲奉行の命を狙う蟲狩の一員として、蟲奉行が謎の儀式・御籠りを行う場所の秘密を探らんとした蜜月は、仁兵衛をターゲットとして暗躍を開始します。
 しかし、色仕掛けで仁兵衛を篭絡しようとしても超朴念仁の彼に通じるわけもなく、また色気という点では彼女以上のお春も現れて、業を煮やした蜜月はお春を誘拐、彼女を人質に、仁兵衛を呼び出すという展開に。

 そしてここでの戦いがこの巻の色々な意味でのクライマックスとなります。

 巨大蟻地獄によって造り出された、町一つが落ち込んだ巨大地下空洞の中で、周囲の蟲の襲撃を躱しつつ、崩れ落ちてくる建物の残骸を上りながら脱出、というのは、本作ならではのアクション設計。
 ヒロイン救出、蟲との戦闘、通常とは異なる縦方向に展開していく戦いのステージと、ややこしい要素をいくつも絡めて展開していくアクションには大いに感心させられたのですが…

 しかし、はっきり言ってしまえば、仁兵衛とお春のキャラクター描写がどうにもこうにも。
 何やら暗く重い過去を持ち、そのために歪んだ人格となったらしい蜜月に対し、どこまでも前向きで互いを思いやる仁兵衛とお春――という対比を意識しているはずなのですが、主役カップルが良く言って天然、悪く言えば何も考えていない状態なので、カタルシスも何もない。

 ここは笑わそうとしているのか燃やそうとしているのか、何とも真意を捉えかねるシーンとしか言いようがありません。

 元々仁兵衛というキャラクターは、無印の「ムシブギョー」の頃から、その真っ直ぐな熱血ぶりが多分にギャグの要素を含む造形で、それが強みでもあり弱みでもあったかと思いますが、そのさじ加減を誤ったのでは…という印象が、今回は強く残りました。

 物語の方は、第3巻でほのめかされた驚天動地の世界観の秘密に続き、蟲奉行と蟲狩の敵対関係、蟲奉行の謎めいた行動、そしてついに登場した他の見廻り組の存在と、物語を盛り上げる要素が次々と登場。
 そしてそれを受けてのこの巻ラストでの大事件発生と、物語は大いに盛り上がっているのですが、しかしそれに乗って動くキャラクター、というか、主人公がどうにもすっきりしないのが、残念でなりません。

 無印に比べ、本作では主人公の戦う理由、逃げられない理由をよりはっきりとする設定付けがなされており、期待していたのですが…
 この巻のラストの苦境を踏まえて、仁兵衛がどのような動きを見せるのか。まずはそこに注目させていただきましょう。

「常住戦陣!! ムシブギョー」第4巻(福田宏 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
常住戦陣!!ムシブギョー 4 (少年サンデーコミックス)


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2012.01.29

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 先日新年を迎えたと思えば、もう2月は目の前に。2月は日にちが少ないので発売点数も少ない…ということはなく、それなりに充実していてホッとした2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 文庫時代小説については、今年も活躍間違いなしの上田秀人の「闕所物奉行 裏帳合」シリーズ第6弾「奉行始末」が、何となくラストっぽい雰囲気のタイトルでやはり気になるところ。
 また、これまで捕物帳メインのイメージがあった千野隆司がバリバリの時代伝奇を書いた「戸隠秘宝の砦」も楽しみです。

 そして何よりも、左近殿の活躍再び! ということで築山桂の「左近 浪華の事件帳」シリーズ第2弾「闇の射手(仮)」は、何を置いてもチェックしたいところです。

 その他、おかしな妖怪退治のエキスパートが活躍する佐々木裕一「もののけ侍伝々」の第2弾「蜘蛛女」や、早くも第3巻登場の浅生楽「桃の侍、金剛のパトリオット」も注目。
 また、解説本としては多田克己の妖怪概説本「幻想世界の住人たち 日本編」の文庫化も気になります。初版が1990年というのはいささかショックですが…

 また、文庫以外では、なんと言っても仁木英之の「くるすの残光」の続編「月の聖槍」がやはり一押し。よかった、続きが読めて…


 漫画の方では、(昨年末にこのブログでも原作を紹介しました)宮部みゆきの「あやし」を皇なつきが漫画化した「あやし お江戸ふしぎ噺」に注目。収録作品は「梅の雨降る」「女の首」「時雨鬼」「灰神楽」「蜆塚」とのことですが、皇なつきの美麗な絵があの世界をどのように描き出すのか――気になるところです。(「影牢」がなくてちょっと安心…)

 また、シリーズものの最新刊としては、碧也ぴんく「天下一!!」第4巻、梶川卓郎&西村ミツルの「信長のシェフ」第3巻、河合孝典の「石影妖漫画譚」第6巻が要チェック。
 文庫化の方では、「るろうに剣心」第3,4巻、「あずみ」第3,4巻、「殷周伝説」第3巻と、快調に巻が重ねられる模様です。
(にしても、るろ剣の新作――というより「エンバーミング」がどうなるのか、大いに気になるところですね)


 DVDの方で気になるのは「赤胴鈴之助」のDVD-BOXですが…あと、個人的に苦い記憶のある中央電視台の「水滸伝」のDVD-BOXの廉価版が二種類同時に出るのがちょっと複雑な気分ではあります(ダイジェスト版を今から見る人いるのかなあ…)



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2012.01.28

「楊令伝 七 驍騰の章」 生を全うすることの意味

 文庫版「楊令伝」も、気がつけば早いものでもう折り返し地点。この第7巻では、ついに梁山泊と宋国軍――童貫との最終決戦が開始されることとなります。

 北での遼国との戦い、南での方臘との戦い――いずれも、梁山泊と浅からぬ縁を持っていた二つの勢力の戦いに辛うじて勝利したものの、ほぼ限界にまで追いつめられた宋という国家。
 その軍をほとんど一人で背負う童貫は、己の生涯最後の戦いの相手と思い定めた梁山泊、そして楊令を倒すため――

 梁山泊、そして楊令は、長かった雌伏の時から立ち上がり、悲願である宋国打倒の最後の障害、そして何よりも、かつて一度は梁山泊を滅ぼした怨敵である童貫ただ一人を倒すため、決戦に挑むこととなります。

 しかし、梁山泊と宋国軍、楊令と童貫は、これまで幾度となく干戈を交え、お互いの手の内を良く知った相手同士。戦力を見ても、量の面では宋側が遙かに上回るものの、質の面では新たな力を迎えた梁山泊は、勝るとも劣らない状況にあります。

 そんな状況下で展開されるのは、作中でもしばしば言及される通り、相手の出方の読み合いとなります。

 己の所在を伏せて岳飛の軍に加わり、最前線に出て梁山泊の力を確かめる童貫。
 自ら寡勢を率いて宋国の大軍の中に突入し、これを抜いてみせた楊令。
 戦いの常識から考えれば無謀とも無茶とも言える二人ですが、戦いの状況は、そんな意表を突いた行動も必要とするものとなっているのであります。


 さて、ここでいわゆる「無双」をしてみせた楊令ですが、実は本書においてはもう一度、彼が似たような行動を取る場面があります。
 しかし、形としては似たように見えても、その意味合いはそれぞれ全く異なっています。

 最初のそれが梁山泊の頭領としての楊令が行ったものとすれば、二度目のそれは、個人としての楊令が行ったもの――楊令という人間の二つの側面が、その中に表れているのであります。


 前の巻の感想でも触れたかと思いますが、楊令は、前の巻辺りからようやく人間味…というよりむしろ心の内を見せ始めました。

「水滸伝」という長大な前作があるとはいえ、全体の三分の一までタイトルロールの内面が描かれてこなかったというのには、正直なところ不満と不安を感じていた面はあります
(そして恐らくその不満と不安は、作中で梁山泊の面々もまた、感じていたものなのでしょう)

 もちろんそれにはそれなりの理由があったわけですが、そこから解き放たれた楊令が、ようやく一個の人間としてその顔を見せてくれたことに、ホッとしたような、どこか寂しいような…そんな気もいたします。


 さて、この第7巻において、「楊令伝」に入ってから、梁山泊に初の犠牲者が出ます。

 冷静に読んでみれば、(下世話な言い方をすれば)死亡フラグは立ちまくっていたのですが、しかしそれをその時まで全く感じさせないのは――全ての登場人物に平等に死が訪れる作品であり、フラグなど関係ないとはいえ――作者の筆の力というものでしょう。

 これまで長きに渡ってきて梁山泊を支えてきた彼の最期には、読者としても、ある種の悲しみを感じます。
 しかしそれ以上に、最後の最後まで己の為すべきことを貫き、そして次の世代に繋いでみせたその姿に、憧れに似た想いを抱いた――というのは、これは私が老けただけなのかもしれませんが、しかし、それも正直な感想であります。

 この巻において語られる「志」というものの在り方を思えば、彼もまた、その志を貫いてみせた――すなわち、己の生を全うしたのでしょう。

 もちろん、生を全うする、そのやり方は様々であり、その多様性は、これまでも北方水滸伝の魅力の一つであるように感じます。
 しかし、明確に次の世代が登場し、活躍を始めた本作において、生を全うするということに、また別の意味が加わった、というよりよりはっきりと感じられるようになった印象があります。

 その姿を見届けるのが恐ろしいような――そして申し訳ないことですが――楽しみなような、そんな想いが、こちらにはあるのです。

「楊令伝 七 驍騰の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 7 驍騰の章 (集英社文庫)


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 「楊令伝 一 玄旗の章」とある水滸伝マニアの想い
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 「楊令伝 三 盤紆の章」 ネガとしての梁山泊
 「楊令伝 四 雷霆の章」 受け継がれていくもの、変わらないもの
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2012.01.27

「逃亡者おりん2」第02話 母のない子と子のないおりんと

 美濃に向けて中山道を行くおりんは、自分を付けてくる若侍・望月誠之助の存在を知る。一度は追い払うおりんだが、誠之助が捨て子の赤ん坊を拾ったことで、ともにもらい乳のために村を訪ねる。が、そこに剣草の刺客・石榴が出現。実は赤ん坊の両親は、剣草を抜けようとして石榴に殺されていたのだ。そうとは知らぬおりんは、誠之助が気絶した間に石榴と激闘を繰り広げ、これを倒した。赤子を山寺に託し、おりんは旅を続ける。

冒頭いきなり登場するのは、剣草を抜けようとする榎と椿のカップル(服装は普通)。赤ん坊が生まれたことで人としての情が生まれた二人ですが、その前に立ち塞がるのは剣草の刺客・石榴。
 その鎖鎌術のデモンストレーション的に榎は殺され、それを知った椿も自ら命を絶ちます。密かに赤ん坊を隠して…

 さて、旅を続けてこの地・板橋近くまで来たおりんさんが川で体を拭いている(今回のプチお色気シーン)うちに、その荷物を漁ろうとした誠之助。
 しかし速攻でばれた上におりんに竜胆(短刀)を突きつけられ、びびりまくって逃げていってしまうのでした。

 旅を続けるおりんは、あの赤ん坊の泣き声を聞き、後ろ髪を引かれる思いになりながらもやむなくこれをスルー。しかし、その後を追ってきた誠之助が、見捨てることもできず赤ん坊を拾うことになります。
 一旦は通り過ぎたものの、やはり戻ってきたおりんの前に現れたのは石榴。念書を渡せと迫る石榴の鎖分銅を食らって崖から落ちた彼女に対し、石榴はさらにクナイの雨を降らせますが、おりんは辛うじて逃げ延びるのでした。

 一方、もらい乳をしようと奔走するも全く相手にされず途方に暮れていた誠之助。追いついたおりんは、おむつを干していた家に行くよう促します。
 そこで美濃八幡藩士という自分の身分を明かし、茂吉のことを問い詰める誠之助ですがおりんはこれをスルー。ただ、赤ん坊の姿にかつて引き離された自分の子供のことを思い出すのでした。

 …と、ここでおりんさんが死神っぷりを発揮。もらい乳した家のおばさんが石榴に殺され、赤ん坊は人質に。おりんと誠之助によって辛うじて赤ん坊は助けられたものの、誠之助は頭を打って気絶してしまいます。

 彼を無視して、おりんから念書を奪おうとする石榴。おりんは物干し竿に鎖分銅を絡めさせて応戦します。
 今度は鎌を投げつけてきたのをかわし、逆に鎖鎌を投げつけるおりん。石榴がそれをはじき返し、地に刺さった鎖鎌に落ちる影の姿は――レオタード姿のおりん!

 前回のように豪快な変身ではありませんが、文字通り影のある今回の登場シーンも、実におりんさんらしくてよろしい。決め台詞その1「竜胆が、泣いている…」とともに戦闘開始です。
 …が、真っ向からの勝負ではやはり不利。宙を飛んだところに鎖分銅を足に絡められ、おりんは地面に引きずり倒されてしまいます。しかしむしろこの体制はチャンス! 決め台詞その2「手鎖、御免!」で武器を持った石榴の手を刺しておいて、竜胆の一突きで石榴を倒すのでした。
 そして決め台詞その3「剣草また一輪…散らしました」――

 気絶した誠之助から赤ん坊を抱き取り、山寺に預けて、再び一人旅路を行くおりん。そして誠之助もまた、彼女を追って…次の新月まで、あと15日。


 というわけで、第1話ほどのテンションではさすがにないものの、様々な要素を手際よく盛り込んだ印象の今回。からもの凄いテンションで始まった「逃亡者おりん2」ですが、第2話もなかなか快調。
 両親を失った赤ん坊を軸に、おりんの過去と、非常に人の良い誠之助のキャラクター紹介を絡めたストーリーはなかなかうまくまとまっていたと思います(結局、おりんは赤ん坊の素性を知らないまま、というのが良いのです)。

 そしてラストには、参ノ刺客・蘇芳が登場。EDに合わせて流れる大衆演劇調PV(?)で、次回への期待も高まります。


今回の剣草
石榴

 剣草弐ノ刺客で力自慢の巨漢。鎖鎌を自在に操り、またクナイを雨のように投げつける技を得意とする。
 剣草を抜けようとした榎・椿を殺害、さらにやってきたおりんを待ち伏せるが、死闘の末に倒された。おりんの知らなかった念書のことをべらべら喋ってしまう辺り、頭は悪そうだ。


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 「逃亡者おりん2」第01話 おりん!! 新たなる旅立ち

関連サイト
 公式サイト

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2012.01.26

「大奥騒乱 伊賀者同心手控え」 伊賀者が見た権力の魔

 田沼意次追い落としのため、大奥の取り込みを狙う松平定信。御広敷伊賀者の御厨一兵は、定信と対立する大奥表使い・大島の命を受け、手足として働くことを余儀なくされる。そんな中、反田沼側の上臈の部屋子が家治の子を孕んだという情報が流れ、事態は一気に緊迫の度合いを増すことに…

 上田秀人が「問題小説」誌に連載していた大奥を舞台とした忍者ものであります。

 大奥といえば、言うまでもなく将軍の正室や側室、そして彼女たちに使える多くの女性が住まう女の城。
 そして彼女たちにとって、栄達の最たるものは、将軍の子を産むこと――と、将軍の血を巡る暗闘が繰り広げられることとなります。

 時は十代将軍家治の頃。田沼意次から疎まれ、白河藩へ養子に出された松平定信が、権力の中枢に返り咲くために大奥を手中に収めんとしたことが、そもそもの発端。
 居丈高に自らに与するよう迫る定信に対して、田沼派が大勢を占める大奥はこれを拒みますが、定信は配下の御庭番を使い、裏側から様々に揺さぶりをかけてきます。

 これに対し、大奥表使い(幕府との折衝を任務とする大奥の役職)の大島は、自分たちの手足となる存在を求めるのですが…運悪く、目をつけられてしまったのが、大奥を守る御広敷伊賀者の御厨一兵。
 成功すれば旗本になれるという条件で、毎日手当もつくとはいえ、任務は命懸けの上、大島からの命令は理不尽なものばかり。しかしこれを拒めば、自分の家が危うい。

 徐々にのっぴきならない状況に追い込まれつつも、必死に任務をこなす一兵ですが、反田沼派の上臈・滝川の部屋子・すわが、家治の子を孕んだことから、周囲の状況はさらに混沌としたものとなっていきます。
 次の将軍位を、幕府の、そして大奥の権力の座を巡り、二転三転する状況の中で苦闘する一兵の選択は…


 という本作の内容、すなわち、徳川幕府の権力の座――その頂点たる将軍位と、それを後ろ盾とする幕閣たちの暗闘は、ある意味上田作品の定番ではあります。(ちなみに、時代的には「奥右筆秘帳」シリーズの少し前にあたります)
 しかし、本作がユニークなのは、その暗闘を、一介の伊賀者の視点から描く点にあると言えるでしょう。

 作者のファンであればよくご存じかと思いますが、上田作品において、伊賀者は基本的に敵役…というよりも、むしろ使い捨ての戦闘員的扱いがほとんど。
 権力者の走狗として己の意志を持たず、あるいは自らの地位のためだけに戦う、厳しく言えば卑小な存在として描かれているのです。 本作における一兵と、その周囲の伊賀者たちも、基本的なスタンスはこれと変わるものではありません。

 …が、しかし走狗には走狗なりの悩みも望みもあります。いや、彼らは犬ではなく、人間なのです。
 それなのに、理不尽な命令でさんざんこき使われた挙げ句、犬どころか道具扱いで放り出されてはたまったものではありません。
 一兵は、そんな、何とも哀しくも切ない立場にいるのであり…そしてそれは、現代に生きる我々にとっても、全くの他人事というわけではない、とは今更言うまでもないでしょう。


 そして、人間として扱われぬのは、伊賀者たちだけではありません。

 本作の後半は、すわが孕んだ家治の子を中心に展開していきます。
 将軍家に仕える者にとっては、何よりも尊ぶべき将軍の子。しかし、権力欲に狂った者たちは、自らの権のために、生まれ出るまでのその命までも、道具として弄ばんとするのです。

 本作のクライマックスは、そんな思惑が様々に入り交じり、ある意味ひどく皮肉な、そしてあまりにおぞましい企てと繋がっていくのですが――
 そこに痛烈に描かれているのは、人間を人間として扱わぬ権力というもの恐ろしさであり、それこそが上田作品に通底する、権力の魔というものの正体なのでしょう。

 その姿を描くのに、そのある意味最大の被害者である伊賀者の一兵を以てするというのは、むしろ必然なのかもしれません。

 権力の魔に対したとき、人は如何に生きるべきか――上田作品を読んだ時に胸に残るこの想いが、これまで以上に痛烈に感じられた次第です。

「大奥騒乱 伊賀者同心手控え」(上田秀人 徳間書店) Amazon
大奥騒乱 伊賀者同心手控え

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2012.01.25

「妖術武芸帳」 第10話「怪異魔神呪」

 茶店で、酒代の代わりに襖絵を描く旅絵師と出会った覚禅。それは襖絵を使った幻術を操る白面道士だった。楓と二人、内膳の行列をつける誠之介は、現れた毘沙道人を追うが、その前に道士が立ちふさがる。道士の分形の法を楓の協力で破った誠之介だが、楓が傷を負い、破れ寺に逃れる。合流した覚禅に楓を任せ、道士を迎え撃った誠之介は、苦戦しながらも道士の術を見破り、斬るのだった。

 気がつけば残すところ四話ですが、今回はかなりシンプルな攻防戦がメインのお話。
 四賢八僧随一の腕を誇る(と自称する)白面道士と誠之介の対決であります。

 冒頭、山上で座禅を組む毘沙道人を包む怪しの霧。その中から襲い来る中国風の武人たち――と、それは道士の仕業。不敵にも師たる道人に腕試しを仕掛けた道士は、わずかニヶ月の間に九人の同志が一介の兵法者に倒されたことを憤っていたのでした。

 さて、誠之介と楓に置いていかれた覚禅は、茶店で一休みしようとしますが、そこにいたのは、金を使い果たしてしまったという旅絵師。酒代代わりに、襖絵を描く絵師を面白がって、覚禅は判定役を買って出ます。
 と、巧みに川の絵を描いた絵師が絵に霧を吹きかけると、川は現実のものに! ようやく相手が妖術師ということに気づいた覚禅は、絵に逃げ込んだ絵師を追いかけますが、気がつけば、襖絵もろとも二人は消え、覚禅は川に転落していたのでした。
 この絵師こそが白面道士…道士は覚禅に配下をけしかけて、自分は姿を消します。

 一方、楓とともに大住内膳の行列をつける誠之介を襲う道人配下。これを蹴散らした誠之介は、山中に逃げていく道人を追いますが、その前に現れたのは道士。

 道士は二人、四人とどんどん自分の数を増やす分形の法で二人を押し包み、大いに苦しめます。
 ここで地面に落ちる影に気づいた誠之介、火のついた棒手裏剣を樹に次々と打ち付ける楓のフォローを得て本体を見破ります(この破り方は定番ですが、舞台は真昼間だったのでちょっと引っかかるものが…)。
 道士を撃退したものの、楓は傷を追い、誠之介は破れ寺に逃れることとなります。

 一方、配下を一人残して片付けた覚禅は、あえて逃した配下をつけて行った先で、道士が寺を襲撃することを知ります。
 床下から寺に入り込んだ覚禅ですが、誠之介は、自分が残るので、楓を連れて逃げろと告げます。
 ここで、滅多なことでくたばる男ではない、とその言葉の通りにさっさと退散する覚禅(と楓)は、いかにも忍びらしいドライさとも見えますが、ここはむしろ、誠之介を信じる心の表れと取るべきでしょうか。

 さて、襲ってきた配下を片付けた誠之介の前に現れたのは、道士の描いた襖絵。斬るたびに襖絵は増え、さらに怪しい霧に取り巻かれた誠之介に、あの中国風の武人たちが襲いかかります。

 と、ここで冷静さを取り戻した誠之介は、パッと天井に飛び上がり、眼下の状況を一望します。
 その彼の目に映ったのは、自分を取り囲んでいた、四方に立てられた襖と、その脇でせっせと襖絵を描く道士(この道士の姿がちょっと可笑しい)。
 術破れたと見て逃げ出そうとする道士ですが、身を隠した襖もろとも、誠之介に斬られるのでした。

 ラスト、ようやくうるさい連中から逃れたかと安心している内膳の前に、嫌がらせチックに現れてニヤリと笑を見せる誠之介と覚禅の姿がなかなか愉快なのでした。

 冒頭に述べたとおり、シンプルな妖術師との対決といった回ですが、強敵との対決は、無条件に盛り上がるものがあったかと思います。


今回の妖術師
白面道士

 その名の通り、半面を白く塗った不敵な男。襖絵に書いた景色を現実のものに変えたり、霧の中から中国風の武人の幻影を見せる。さらにどんどん分身していく分形の法や空中浮遊など、様々な術を操る。
 多くの仲間を倒した誠之介を倒すため、次々と攻撃を仕掛けるが、襖絵の妖術を見破られ、一刀の下に倒された。


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 「妖術武芸帳」 放映リスト&キャラクター紹介

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2012.01.24

「平清盛 運命の武士王」 清盛にとっての異界

 昨日述べたように、大河ドラマの波及効果で、児童文学の分野でもちょっとしたブームとなっている「平清盛」「平家物語」もの。
 本作「平清盛 運命の武士王」もその一つですが、しかし個人的には気になる作品なのです。

 その理由は、作者が小沢章友である点であります。
 最近は児童文学での活動が目立つ作者ですが、その作品の中で大きなウェイトを占めるのは平安もの。それを考えれば、作者が清盛ものを書かないわけがないと思っておりました。

 さて、本書はその作者が、清盛の一生を描いた人物伝。
 その誕生から死までを、清盛自身に密接に関わる出来事は当然のこと、鳥羽僧正や藤原成通等、同時代の人物や事件を含めて手際よく配置し、整然とまとめた作品であります。
 本作の副題となっている「武士王」とは、白河院の子として王族の血を引き、平忠盛の子として平家の頭領となった、清盛の特異な立ち位置を説明したワード。
 本作の清盛は、その武士王として、麒麟が白い雲の上に現れるような理想の政を目指し、その手段として、海に開かれた貿易立国を求めた人物として描かれます。

 もちろん、この種の人物伝の特徴として、主人公のポジティブな面が強調されがちな内容ではありますが、その清盛の一種の理想家としての側面(リアリストとしての側面も同時にきちんと描かれるのですが)が、周囲との軋轢を生み、彼の夢が破綻していく様もきちんと描かれています。

 個人的には、本作の対象年齢である小学生の時分には、この辺りの歴史は色々と入り組んでいて苦手だったのですが、本作はその辺りも極めてわかりやすく整理しているのは好印象。
 清盛の出生にも繋がる忠盛灯籠(白河院に、雨の夜に現れた怪人を討つよう命じられた忠盛がこれを取り押さえてみれば、灯籠に火を入れようとした老人だった)や、源三位頼政の鵺退治など、子供の興味を引きそうなエピソードを巧みに盛り込んでいるのも楽しいところです。


 と、それだけであれば、如何にこの作者の作品とはいえ、私が本作をこのブログで取り上げることはありません。それでも取り上げたのは、本作の一種の狂言回しとして、土御門家の陰陽師が登場するためであります。

 土御門家で陰陽師といえば、安倍晴明の子孫が戦国時代に名乗った土御門家を当然連想しますが、小沢作品における土御門家は、都の丑寅の方角の深い深い森に住まう陰陽・天文博士の家柄。
 作者の平安ものの代表作「夢魔の森」をはじめとして、「闇の大納言」「曼陀羅華」といった平安幻想もので活躍する陰陽師たちを生み出した一門であります。

 本作に登場するのは、その子孫・土御門竜明。清盛がまだ少年の頃、広沢の池で共に足のある白い蛇を見て以来、数は多くないものの、彼の人生に幾度か顔を見せ、彼に強い印象を与える人物として描かれるのです。

 当然ながら、これは一種のファンサービスとしての側面があるのでしょう。
 しかし強く印象に残るのは、竜明が清盛に対して、藤原成通の蹴鞠を通じて、名人の境地というものを語る場面であります。
 あたかも己と鞠が一体となったように、鞠を蹴るともなく蹴る成通の境地。それは、物事への執着を超え、自らが求めたものを、その極みにおいて自ら手放すことを可能とするものであったのですが――

 竜明が清盛に求めたその境地に、ついに清盛は達することができなかったことは、歴史が証明するとおりです。
 だとすれば、あるいは、半ば異界に住まう土御門の陰陽師は、清盛にとっての異界――彼が歩めたかもしれない道、また別の人生の可能性を象徴する存在だったのかもしれません。


 これはもちろん、ファン(それもタチが悪い)の勝手な深読みに過ぎません。
 それでもなお、このような読みを可能としてくれるだけのものを、本作は持っているのです。

「平清盛 運命の武士王」(小沢章友 講談社青い鳥文庫) Amazon
平清盛 ―運命の武士王― 歴史英雄伝 (講談社青い鳥文庫)

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2012.01.23

「平家物語 平清盛 親衛隊長は12歳!」 少年清盛冒険記

 12歳の平清盛は、父・忠盛に呼ばれて京に上ってすぐに、兵衛隊の隊長に命じられてしまう。近衛隊隊長の藤原頼長と張り合いつつ、親友の西行とともに頭角を現していく清盛。しかし、御所から、草薙剣が奪われるという大事件が発生、清盛は父の名誉を守るため、剣の行方を追うのだが…

 今年のNHK大河ドラマ「平清盛」は、番組自体も楽しみですが、個人的に注目しているのは、これに合わせて出版される、清盛やその時代を題材とした書籍であります。
 今年は題材的にも扱いやすいということか、児童書においても、早くもかなりの点数が刊行されています。
 この「平家物語 平清盛 親衛隊長は12歳!」もその一つにして、おそらくは最もユニークな作品の一つであります。

 物語の始まりは、12歳の清盛が父に呼ばれて京に上った場面から始まります。
 突然、自分の実の父が白河法王であったことを知らされた上、従五位下左兵衛佐、兵衛隊の隊長の任に付くことになります。

 もちろん12歳の清盛に隊長が務まるはずもなく、部下たちからは黙殺される上に、同年代の近衛隊隊長・藤原頼長とは喧嘩ばかり。
 いいところを見せようと、年の近い西行とともに奮闘する清盛は、やがて草薙剣強奪事件の謎を追うこととなるのですが…


 と、歴史に詳しい(というほどでなくとも)色々と首を傾げるところがある本作。用語の使い方や史実との関わりなど、突っ込み出していたらきりがありませんが、ここは、史実をベースとした冒険活劇と受け止めるべきでしょう。

 そのように視点を定めると、本作は歴史の人物像や人物関係を――特にその後の史実をうまく先取りしつつ――なかなか面白くアレンジしていると言えます。

 例えばキャラ設定でいえば、いいところのボンボンですが性格が悪く、和歌は下手くその頼長や、美形で和歌の天才だけれどもお調子者の西行など、メインキャラなどは、ああなるほどと思わされるアレンジ。(ちなみに本作の西行とは、もちろん佐藤義清のことですが、本作では幼い頃に寺に預けられたことがあり、その時の名の西行を気に入って渾名に使っているという設定)。
 脇役ではありますが源義朝も顔を出しますし、終盤に登場する悪役も、ニヤリとできる人物であります。

 田舎から出てきたばかりで、京のことも、大人の世界(政の世界)のこともよく知らない少年清盛の目を通して、当時の社会情勢・政治情勢をわかりやすくまとめているのも、対象読者を考えれば、うまい配慮と言えるでしょう。
(個人的には、藤原氏の没落を見た清盛が「おごれる人も久しからず」という感慨を抱く場面が気に入っております)


 もちろん、そのように見ても、さすがにこれは無理があるのでは…という部分も、(特に終盤に)多くあります。
 これを何も知らない子供が読んで、そのまま信じこんだらちょっとまずいのではないかなあ、という気もいたしますが…
(しかし、12歳の清盛をきちんと12歳として描いているのは好感が持てるのですが)

 とはいえ、清盛という、正直なところちょっと悪役めいたイメージのある人物を使って、肩のこらない少年冒険小説を描くという試みは面白く、歴史に興味を持ってもらう第一歩としては悪くないのでは、と個人的には思います。
 まだまだ清盛の人生は波乱に富んでいるのですから、この先の物語もまだまだいけるのでは…とも感じたところです。

「平家物語 平清盛 親衛隊長は12歳!」(那須田淳 角川つばさ文庫) Amazon
平家物語 平清盛 親衛隊長は12歳! (角川つばさ文庫)

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2012.01.22

「ジェイ・ノベル」2012年2月号 山風と柴錬から荒山へ…?

 あの「徳川家康 トクチョンカガン」の主人公が再び登場、という荒山徹の新作が連載開始ということで手に取った今月の「ジェイ・ノベル」誌。
 しかし巻頭に掲載されていたのは、山田風太郎と柴田錬三郎――思わず目を疑った俺得ぶりであります。

 もちろん、山風と柴練という二大伝奇作家が、いま雑誌の巻頭を飾るのは理由があります。
 これは「実業之日本社文芸出版100年企画「心に響く百年の名作」」の一環。その第8弾として、この両大家が取り上げられたのです。
 そして作品のチョイスと解説は細谷正充氏。これ以上はない納得の人選ではありませんか。

 さて、掲載されているのは、山風の方が「開化の忍者」と「紋次郎の職業」であります。
 「開化の忍者」は、明治初頭の横浜を舞台に、英国人商人の門番の職を得た元・伊賀者三人が、自分たちが慕ってきた娘をその商人の暴戻から救うため奮闘するという作品。
 最後の忍法帖として知られる作品で、作者お得意のシチュエーションとオチのため、目新しさはありませんが、忍法帖と明治ものの架け橋として興味深い作品です。
 もう一作品の「紋次郎の職業」は、現代を舞台とした艶笑もの、今で言うホストの男の皮肉な運命を描く作品ですが、解説にもあるように、冒頭の作者による日本人観がなかなか面白い作品であります。

 かたや、柴練は連作「おらんだ左近」の第1話「海賊土産」が掲載されています。
 オランダ医術と無敵の剣を武器にした自称・おらんだ左近、実は尾張大納言の実子が、市井で様々な冒険に挑む「おらんだ左近」の登場編ですが、これだけで読んでも実によくできた作品。
 作者の代表作の一つであり、あまり意外なチョイスではない…という印象を最初は受けましたが、と認識していましたが、今では絶版ということで納得であります。

 さて、作品自体ももちろん面白いのですが、前述の細谷氏の解説がまた興味深い。
 この両大家と実業之日本社の関わりを述べた部分はもちろんのこと、最後に語られる山風と柴練の意外な共通点がなかなか面白いのです。
 (伝奇)時代小説家としてほぼ同時代に活躍しながら、不思議と並べて評されることの少ない両者が、それぞれ作品にある存在を登場させていた…というのは、いささか牽強付会の気味もありますが、しかしその存在が時代小説離れしたものだけに、不思議な説得力があるのです。


 さて、そもそも私が「ジェイ・ノベル」の今月号を手に取るきっかけとなった荒山徹の新作の方ですが、こちらのタイトルは「禿鷹の要塞」。
 「徳川家康 トクチョンカガン」の主人公たる朝鮮僧・一厳こと元信を再び主人公に据えた作品です。

 この第1話の背景となっているのは、かの文禄の役の終盤に行われた碧蹄館の戦い。漢城を奪還せんとする明国軍と、宇喜多・小早川勢らそれぞれ四万以上の大軍が激突した大合戦です。
 この合戦に加わり、李氏朝鮮の廃仏策を改めさせんとした僧兵の一人が一厳…なのですが、何故か彼は遊軍という名目で置いてけぼりにされ、腐る毎日。
 しかし碧蹄館の戦いが大敗に終わり、ようやくやる気を出した一厳は、総勢わずか四人の軍隊として立ち上がって…という内容であります。

 「徳川家康 トクチョンカガン」では、日本軍に捕らえられた一厳が…という内容なので、本作はそのビフォアストーリーと言うべきなのでしょう。
 まだまだ先の展開はわかりませんが、第1回を見た限りでは、おそらく小西行長を向こうに回して、一厳たちがアリステア・マクリーンばりの活劇を繰り広げるのでは…と想像できるのですが、さて。

 行長の麾下にどこかで聞いたようなおなじみのあの人物がいたり、ちょっとこちらが引くような時事ネタが放り込まれていたりと、相変わらずの荒山節ですが、冷静に考えれば作者久々の朝鮮ものということで、今後に期待であります。


 それにしても、この21世紀に山田風太郎と柴田錬三郎が小説誌の巻頭を飾り、しかもそのすぐ後に荒山徹の最新作が載るとは…
 まったく月並みな表現で恐縮ですが、まさしく「事実は小説より奇なり」と言うべきでしょうか。

「ジェイ・ノベル」2012年2月号(実業之日本社) Amazon
月刊 J-novel (ジェイ・ノベル) 2012年 02月号 [雑誌]


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2012.01.21

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ

 ちょっと不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、その相棒で元・猫仙人の猫又・ニタのコンビを狂言回しとしたお江戸ファンタジー「猫絵十兵衛 御伽草紙」の約9ヶ月ぶりの新刊、第5巻の登場であります。

 今回収録されているのは以下の全6話――

 猫面を被って念仏を唱えるおかしな物乞いたちを描く「にゃんまみ陀仏」
 またもや迷子となったトラ助が思わぬ侠気を見せる「トラ助の花見」
 孤独なご隠居と猫又の酒を交えての交流「酒友猫」
 引きこもり気味の若旦那と姿なき猫の物語「いない猫」
 因業な老女が猫たちのお白州に立たされる「猫のお白州」
 化け猫を演じる女形の一夜の不思議な体験「猫芝居」

 実のところ、「にゃんまみ陀仏」「猫のお白州」「猫芝居」は、本作が掲載されている「ねこぱんち」誌の作者単独増刊に収録されており、その意味では、個人的にはあまり新鮮さはなかったのですが、それでも何度読んでも良いものは良いのは当たり前のこと。

 猫好き、時代もの好きでおまけに涙もろい人間としては、相変わらずストライクゾーンど真ん中の内容で、今回もニヤニヤしたりうるっとさせられたりと、存分に楽しませていただきました。

 そんな中で特に印象に残ったのは、本作のマスコット的存在(?)の子猫のトラ助の活躍を描いた「トラ助の花見」でしょうか。
 トラ助が迷子になって…という導入部自体は、以前のエピソードにもありましたが、今回はそこに不実な男に泣く辰巳芸者を絡めたお話。

 いかにも普通の子猫らしく桜と戯れる(この辺りの猫描写には本当に感心)トラ助と、悲しみに沈みながらも羽織芸者らしい気っ風を見せるヒロインの対比が面白く、そしてそれがトラ助の活躍へと展開していくあたりは本作の面目躍如。
 猫のドラマと人のドラマが結びついて、一つの物語を織りなすのが本作ですが、その一つの典型と言ってよいかと思います。


 今回は十兵衛やニタ自身の物語が収録されていないのが個人的にはちょっと寂しくはありますが、作品としては完全に安定飛行に入り、全く危なげのない本作。
 このままいつまでも、心地よい猫と人の世界を見せていただきたいものです。

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草紙 5巻 (ねこぱんちコミックス)

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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻

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2012.01.20

「逃亡者おりん2」第01話 おりん!! 新たなる旅立ち

 吉原大火の濡れ衣を着せられたおりんは、女衒に捕らわれていたが、同じ境遇の娘・おみねと共に逃亡する。自分をかばって深手を負ったおみねのいまわの際の言葉に従い、谷中に向かったおりんは、茂吉という男と出会う。しかしそこに現れた剣草の刺客・擬宝珠に茂吉は斬られてしまう。辛くも擬宝珠を倒したおりんは、茂吉から多くの人の命がかかっているという書状を託される。美濃に向かい、おりんの新たなる旅が始まった…

 図らずも民放最後の連続TV時代劇になりかねないという運命を背負わされてスタートした「逃亡者おりん2」。
 しかし蓋を開けてみれば(半ば予想通り)、むしろ特撮ヒーロー時代劇の復活とも言うべき内容で、私は大喜びであります。

 先日放映された「最終章」で、敵も味方も全て失い、自らもお尋ね者となったおりんの、その後の運命は――と思いきや、いきなり薬漬けで女郎にされている(女衒に捕らわれている)というハード過ぎる展開。
 いやはや、深夜に放送時間が移ったことで色々とあるかと思いましたが、あまりにもあまりにもの扱い。しかも過程をすっ飛ばして(台詞で説明されるのみ)いきなり結果で示される超展開であります。

 もはや逃亡する気力すら失ったおりんですが、彼女と共に捕らわれた娘・おみねは、おりんに助けを求めます。それでもやる気を出さないおりんですが、二人で売られていこうとするその隙に、おみねが逃亡を試みたことから、ようやく戦うことになります。
 しかしおりんさんの死神オーラは相変わらず健在、おみねは用心棒のボウガンからおりんを庇って撃たれ、死の間際に、谷中の常念寺で彼女を待つ茂吉という男に、「次の新月まで」という言葉を託すのでした。

 さて、逃亡したおみねとおりんを追うのは、彼女たちを買おうとした謎の武士。女衒たちを皆殺しにし、配下とともに夜の街を行くその姿は、牛若丸を彷彿とさせる髷に水干という怪人――彼こそは、謎の集団・剣草の壱之刺客・擬宝珠!
 おみねの言葉通り茂吉と出会ったおりんでに襲いかかる擬宝珠によって茂吉は斬られ、徒手空拳のおりんも追い詰められていくのですが…

 と、ここでまとっていた女郎の衣装を擬宝珠に投げつけるおりん。
 ま、まさか…と思ったらそのまさか! 次の瞬間、現れたのは、あの、レオタード姿の戦闘スタイルであります!
 もちろん、寺に着くまでに、どこかに隠しておいた衣装をまとっておいたという理屈付けはできますが、しかし、そんなものは抜きで、レオタードキター! とここは盛り上がるべきでしょう。

 しかし、敵は伊賀の抜け忍だという剣草(おりんさんが剣草という集団の存在と素性を知っているというのが、いかにも裏稼業の人らしくていい)、薙刀を自在に操るその技の前におりんは追い詰められ、地に倒れたところを踏みつけられてしまいます。
 勝ち誇った擬宝珠、しかしこの位置は…と思っていたら、やっぱり来ました
「手鎖、御免!」
 いやはや、来るぞ来るぞという期待を裏切らず、出るべきものが出るカタルシス。
 「剣草一輪、散らしました…」という新たな決め台詞も心憎いほど決まっております。

 さて、いまわの際の茂吉から、隠しておいた念書を美濃に届けて欲しいと頼まれるおりん。多くの人の命がかかっているその念書に記されたものとは。
 同じく念書を探しているようでありながら、完全に出遅れて先を越された謎の青年武士・望月誠之助(今回は顔見せ)との関係も気になりますが…

 一方、剣草たちもその幾人かが顔を見せ、敵は逃亡者おりんであることを確認。次回の刺客も自分の存在をアピールして、そのままなだれ込んだエンディングに流れるのは、妙にノリのいい主題歌。「新月の晩まであと16日」とテロップまで出て、ものすごいテンションで第1話は終わります。

 いやはや、深夜の30分番組となったことが完全にプラスに働いて、異様にスピーディーでテンションの高い物語となった「逃亡者おりん2」。もちろんこれから毎週、本ブログで取り上げていくつもりです。


今回の剣草
擬宝珠

 時代錯誤な髷と水干姿の剣草壱ノ刺客。薙刀を獲物とし、ブーメランのように投げつけることも可能。尊敬する人物は源頼朝。
 念書を求めておみねを追い、茂吉を殺すが、おりんの正体を知らず、至近距離から手鎖の一撃をくらって散る。


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 「逃亡者おりん 最終章」 おりんらしさ横溢、しかし…

関連サイト
 公式サイト

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2012.01.19

「戦国妖狐」第8巻 戦国を舞台とする理由

 前の巻から第二部に突入、主人公が交代し、新しい物語が展開されることとなった「戦国妖狐」の最新巻、第8巻であります。
 ついに歴史上の、実在の人物が登場しましたが、その名は…

 成り行きから、親のような兄のような存在の浪人・真介と旅に出ることとなった少年・千夜。
 彼の正体は、断怪衆により作り出された霊力改造人間、その身に千の闇(かたわら)を宿した恐るべき存在なのですが――しかし今の彼は、その力を厭い、人として生きる道を探して、さすらうこととなります。

 前の巻では、第一部のラストから第二部までに何があったのか、意図的にぼかされておりましたが、この巻の冒頭では、第一部のヒロインとも言うべき妖狐のたまが登場。
 第一部のその後の物語――たまは何をしていたのか、一度は封印された千夜は何故目覚めたのか、真介は何故彼とともに居るのかが語られることとなります。

 しかし、極端なことを言ってしまえばそれは過去の物語。
 今このときに生きる千夜にとっては、自分の力を如何に捨て去るか、が最重要命題であります。
 そして、彼の前に、そのヒントになるかもしれないものを提示する、提示できる人間が現れます。それも実在の、有名人が――

 その名は足利義輝、第十三代室町幕府将軍。
 義輝といえば剣豪将軍、塚原卜伝や上泉伊勢守といった剣聖に剣を学び、奥義を修めたと言われる人物ですが、本作の義輝像は、それを踏まえつつも、さらに豪快ともすっ飛んでいるとも言うべき怪人…いや快人であります。

 そして、闇も人も分け隔てなく接する義輝の言葉は、千夜、そして真介に、彼らとはまた異なる人間観・闇観とも言えるものを提示します。
 自分を人から遠ざける戦いをもたらす闇の力を厭う千夜に、戦うのは人も変わらないと、そして千夜は闇の力を持った人に過ぎないと、…


 なるほど、義輝の言葉は当たり前のものではあります。
 しかしそこに、常人が言う以上の説得力があるのは、彼が、戦国の世を生き抜いてきた将軍であり、そして自らも剣をとっては無類の力を持つ存在である故でしょう。

 本作の舞台は、言うまでもなく戦国時代――人の生と死が、戦いの中で消費される時代であります。
 そんな、一種の極限状況であるからこそ、人として生きるとは何か、ということが描けるのではないか。そしてそれこそが、本作が戦国時代を舞台とする理由であり必然性ではないか…

 個人的にそう考えてきたところですが、それが、本作に登場した初の実在の人物によって、ある意味裏付けられたように感じた次第です。


 さて、この巻は色々な意味で義輝のインパクトに食われた感もありますが、しかし物語は、時の流れは止まることなく動いていきます。
 史実によれば、義輝は松永久秀に討たれることとなりますが、その時は目前に迫っており――そして動きの中に、千夜や真介も巻き込まれていくのですから。

 千夜の記憶の行方、神を狂わせていく謎の存在、まだまだ謎も問題も山ほどありますが――第二部に突入して、早くも最初のクライマックスに突入した印象、いよいよ盛り上がってきました。

「戦国妖狐」(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐 8 (BLADE COMICS)


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 「戦国妖狐」第3巻 現実の痛みを踏み越えて
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 「戦国妖狐」第7巻

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2012.01.18

「妖術武芸帳」 第09話「怪異幽玄鏡」

 行列を襲撃して尾張藩家老をさらった覚禅。しかし家老は幽界道士が化けたものであり、覚禅の仲間の隠し目付たちは全員殺されてしまう。さらに道士は覚禅から地図を預けられた楓を誘拐。楓を姉と慕う闇童子は地図を取り返すが、裏切りを見破られて崖から転落、誠之介のもとに辿り着いて息を引き取る。怒りの誠之介は道士と対決、仙女と闇童子の形見の鏡で妖術を打ち破り道士を倒す。誠之介らは仙女と闇童子を懇ろに弔うのだった。

 「妖術武芸帳」も後半戦、前回登場した尾張側についた諸藩を記した地図の争奪戦が繰り広げられることとなるのですが…

 冒頭、街道を行く尾張藩江戸家老・大住内膳の行列に、暴れ馬で殴り込む覚禅。そのまま内膳を駕籠から拉致し、江戸からやって来た増援の隠し目付たちに引き渡します。
 しかし、道人は追おうとする藩士たちを押しとどめてしまいます。

 その頃、誠之介は、前回ラストで道人たちに捨てゴマにされ、あわや焼け死にするところだった闇童子を見舞っておりました。
 童子の姉である羽化仙女の霊を弔うには、お前が真人間になることだという誠之介に対し、自分は独りぼっちだと答える童子。それに対し、楓は自分が姉になっても良いと、さらに誠之介も兄になろうと答えます(覚禅が聞いたら激怒しそうな気もする…)。

 さて、駕籠の中身を確認しに動く誠之介ですが、駕籠の中から出てきたのはさらわれたはずの家老。そこに現れた道人は、配下をけしかけて誠之介を足止めしようとします。

 その頃、覚禅は楓のもとに戻り、誠之介にも渡すなと言い残して、地図の半分を渡すのですが…一方、童子も、新しい姉さんになった楓に、仙女の形見の鏡を渡すのでした。

 そんな中、お堂の中に内膳を閉じ込め見張っていた隠し目付たちの周囲が急に暗くなり、辺りに響き渡る怪しの声。
 お堂の中に飛び込んでみれば、家老の姿はなく、背後の扉が鏡と化し、その中に映っていたのは家老に化けていた幽界道士――鏡に眩まされ、目付たちは次々と斬り捨てられてしまうのでした。

 さらにお堂にやってきた覚禅も術にかかり、鏡の中で苦しむ目付たちに近寄っていくのですが…そこを押しとどめたのは、ようやく駆けつけた誠之介。気がついてみればそこは急流の流れる岸辺、その周囲には目付たちの死体も転がるのでした。

 一方、宿で闇童子の世話をする楓が盥を覗き込むと、中に道士の顔が…水の中から突き出た腕が、楓の首を締め付けます。
 そこに戻ってきた誠之介と覚禅ですが、しかし部屋はもぬけの殻。覚禅は闇童子の手引きだと噛み付くのですが、誠之介はそこに残された鏡を見つけるのでありました。

 さて、アジトの船小屋に楓を連れ込む道士。その後をつけていた童子は、地図は自分に渡せという道人のお達しと偽り、地図を取り返すことに成功します。しかし、誠之介のもとに戻ろうとする童子の前に道士が出現、崖に追い詰められた童子は、地図もろとも転落してしまうのでした。

 宿で一人童子を待っていた誠之介の前に辿り着く童子。しかしただでさえ深傷を負っていた彼は、地図を誠之介に差し出すと、そのまま息絶えるのでした。これでおいらを味方だと信じてくれるかいと呟いて…

 さあ、誠之介の怒るまいことか! 一人船小屋に現れた誠之介は、真正面から配下をぶった斬り、小屋の中へ。しかしそこは蛻の殻、目の前で閉じた扉が鏡と化し、中には楓を抱えた道士が…道士の術にかかったように鏡に近づく誠之介ですが、しかし次の瞬間、仙女と童子の形見の鏡を突きつけます!

 合わせ鏡の中で術が破れ、現実に戻った誠之介と道士。しかし楓は文字通り道士の手中に…しかしそこに駆けつけた覚禅が道士の注意を逸らし、楓を取り戻します。
 ようやく童子の無実を知った覚禅は、配下は俺に任せて小僧の仇を取れと心憎い振る舞い。もはや術の破れた道士に勝ち目はなく、誠之介の一刀の前に破れるのでした。

 薄幸の姉弟の墓を作り、弔う誠之介・覚禅・楓…悲しみに浸る三人ですが、しかし戦いはまだ続くのであります。


今回の妖術師
幽界道士

 鏡を用いた術を使う道士。建物の扉を鏡に変え、その中で相手を待ち受けるように見せかけて襲いかかる。
 尾張藩家老の身代わりとして覚禅に捕らわれ、かえって隠し目付を一掃。楓の持つ地図の片割れを奪おうとするが、闇童子の裏切りに遭い、間接的に彼を殺したことから、怒りの誠之介の前に敗れる。


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2012.01.17

「海遊記 義浄西征伝」 ファンタジーの中で仏道を問う

 唐の時代、真の仏法を求める僧・義浄は、海路天竺を目指して旅立つ。ペルシャ船に乗り込み、一躍旅立った義浄だが、彼らを、おかしな海賊一味が執拗に追いかける。さらに彼の前に立ち塞がる、仏陀の生まれ変わりを自称する怪人、哀しい女妖、そして謎の大海賊…果たして義浄の旅の行方やいかに。

 仁木英之と言えば、中国歴史もの、中国ファンタジーを中心に大活躍中ですが、本作「海遊記 義浄西征伝」も、その系譜に連なる作品であります。

 本作の主人公は、中国は唐代の実在の仏教者・義浄。中国に正しい仏教をもたらすため、一人、危険を冒して天竺(インド)に向かい、多大な成果をもたらした高僧です。

 …と、唐代に中国から天竺に向かった高僧と言えば、まず思い浮かぶのは玄奘三蔵ですが、義浄が天竺に向かったのは、それに遅れること約四半世紀後のこと。
 そして最大の違いは、玄奘が陸路を用いたのに対し、義浄は海路を用いたことであります。なるほど、海遊記。

 さて、本作はその義浄の海の旅を描いた作品ですが、もちろん作者が描く以上、一癖も二癖もあるエンターテイメントに仕上がっているのは言うまでもありません。
 何よりも面白いのは、主人公たる義浄のキャラクター造形でしょう。

 「顔の上にある全てのものが幅をきかせ、その存在を主張している」「遠くから見れば、顔が衣を着て立ち上がっているようにも見える」と描写されるように、およそ格好良さとは無縁の外見ですが、内面はさらに個性的。
 途方もなく頑固で、自説をどこまでも曲げない偏屈な人物かと思えば、ひとたび自分に非があればスッパリと認めて頭を下げる。世俗のことには一切興味がない代わりに、仏道に対しては全身全霊を込めて打ち込む。
 直情径行と言いましょうか、仏道一直線、とにかく熱い仏教馬鹿と言うべき人物で、敵に回せばおそろしく鬱陶しいが、端で見ている分には実に痛快な、怪人物、いや怪人物なのです。

 万難を排して、ついに天竺への第一歩を踏み出した義浄は、お調子者の弟子・善行、天竺に向かうペルシャ船の船長・フェルドゥーンなど、ともに旅する人間を時に呆れさせ、時に振り回しつつ旅を続けて行くのですが、そんな義浄の旅が、ただですむわけがありません。


 海の声を聞き、海賊たちに「姫」と祭り上げられる少女。目の前の相手に自在に幻覚を見せる自称・仏陀の生まれ変わり。そして海賊たちを恐怖で支配し、途方もなく巨大な城砦船に依る海賊王…様々な障害の数々が、彼の前に立ち塞がることとなるのです。


 そしてこれらの障害は、その多くが超自然的な色彩を帯びています。それは、もちろん、作者お得意の中国ファンタジーを描くため、という理由はあるでしょう。
 しかしそれ以上の意味、必然性があるように、私は感じられました。

 義浄の前に現れる障害は、どれほど超自然的なものであろうとも、そこには必ず人の意志が、想いが関わっています。
 それは、人の欲望であり、あるいは人の願いであり、この現実世界で――それが非現実的な形で現れるのはいささか皮肉かもしれませんが――生きていく上で、人の中に生じたものなのです。
 言い換えれば、本作で描かれる超自然現象は、人の想いと現実の軋轢が形となったもの…人の世の苦しみを変えたい、逃れたいという願いが噴出したものなのです。

 そしてその前にあって、実は義浄は、ほとんど無力でしかありません。
 仏道を追求する想いはどれだけ強くとも、その想いが物理的な力を――ましてや超自然的な力を――持つものではないのです。

 それでは、義浄は人の世の苦しみに対して無力なのでしょうか?
 その答えは、是とも否とも言えます。

 確かに、本作における義浄には、この世で苦しむ人のために、直接現実を変える力、問題を解決する力はありません。
 しかし、むしろそれゆえにこそ、全ての人を救う手段である正しき仏法を求めて、彼ははるばる苦難の旅に出たのです。

 そして、その仏道に向けた義浄の想い、無力だからこそどこまでも強く熱い想いこそが、周囲の人々の想いを動かし、様々な障害を乗り越える――現実を変える原動力となるのです。

 そう、本作は、ファンタジーの形式を取りつつも、人の世の苦しみを乗り越えることを志して、愚直なまでに仏法を希求する僧の姿を描いた、ユニークな仏道小説なのであります。


 物語として一つの結末を迎えるものの、本作において描かれる義浄の旅は文字通り道半ば。
 この先の彼の旅を、快僧のたどり着くところを、その求める仏道の姿を、作者の筆で見てみたい――心から願う次第です。

「海遊記 義浄西征伝」(仁木英之 文藝春秋) Amazon
海遊記―義浄西征伝

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2012.01.16

「山風短 第四幕 忍者枯葉塔九郎」 原作に忠実ながら…

 駆け落ちしてきた妻・お圭を疎ましく感じ、彼女を捨てようと画策する浪人・筧隼人。そんな彼の前に現れた奇怪な男・枯葉塔九郎は、仕官を賭けた御前試合で彼を勝たせる代わりに、お圭を売れと持ちかける。体を斬られても繋がる塔九郎の忍法により、首尾良く仕官した隼人だが…

 せがわまさきが山田風太郎の短編を漫画化する「山風短」第四幕は、三人の男女を巡る奇怪な物語「忍者枯葉塔九郎」であります。

 奥州から鳥取まで駆け落ちしてきた筧隼人とお圭夫婦。旅の最中に己の才への自信を打ち砕かれた上、主家を捨てて得たお圭まで疎ましくなり始めて自棄になった隼人は、お圭を捨てることを考え始めます。
 鳥取藩主の御前試合に出場するために金が必要という名目で、お圭を遊女屋に売り払おうとする隼人の前に現れたのが、忍者枯葉塔九郎を名乗る奇怪な男であります。

 その男、原作の描写を引用すれば「顔は、蒼いというよりむらさきを呈し、眼は糸のようにほそく、鼻は、ないといった方がいいほどひくくて、巨大な唇は厚ぼったく、ベトベトとぬれていた」という奇怪な人物。
 お圭を自分に譲れば金を払おう、それだけでなく、御前試合で勝たせてやろう――そんな塔九郎の誘いに、隼人は乗ります。

 刀で斬られても死なず、即座に繋がる体を持つ塔九郎とのいわば八百長試合に勝利して仕官の口を得た隼人。何を思ったか、試合で「死んだ」塔九郎を甦らせたお圭。そのお圭を連れて同行二人の旅に出た塔九郎――

 それから数年、郡代に出世した隼人の前に、お圭と塔九郎が現れた時、隼人の運命は狂っていくこととなります。


 正直なところ、原作の初読時には、あまり強い印象を受けなかったこの「忍者枯葉塔九郎」。
 しかし今回、改めて「山風短」として読み直してみれば、三人の男女にビジュアルが与えられたことにより、その内容がより強く印象に残るようになったように感じます。

 男らしい才気を感じさせながらもどこか人間的な弱さを感じさせる隼人。前半の堅さとと後半の妖艶な姿の変化に驚かされるお圭。
 そして何より、不気味さと愛嬌をともに湛えた、上に引用した原作の描写そのままの姿をビジュアライズしてみせた枯葉塔九郎――
(試みに絵だけ見せても、山風マニアであれば名前を当てることができるほど、イメージ通りの描写であります)
 前半と後半で姿を変える隼人とお圭、その一方で全く変わらぬ塔九郎、三人の姿は、そのまま彼らの人生の有り様を示すようで、何とも興味深いのです。

 ちなみに、今回本作を読んだ際に、個人的に隼人に感情移入してしまったのには、我ながら驚きました。
 誰でも大なり小なり持つ若き日の過ち。
 功成り遂げた後、その過去の過ちそのものが自分に突きつけられた時、人はそれにどう対するべきなのか…

 もちろん、隼人のそれはあまりに大きな、人として全く恥ずべきものではあって、全く同情できるものではありません。
 しかしそれでもなお、解き放たれたかのようなその後のお圭の姿を見れば、彼に対して、哀れさと、一種共感混じりの恐怖を感じてしまった次第です。


 そんな本作ではありますが、実は一つの――あまりにも贅沢なもので恐縮ですが――不満があります。
 それはあまりにも本作が原作に忠実であること、であります。

 もちろん、それ自体は大いに賞賛されるべきものではあります。しかし、これまでの作者による山風作品の漫画化が、忠実な中にもそれなりのアレンジを加えていたのに比べれば、いささか物足りなく感じてしまったのが、正直なところなのです。


 この「山風短」は、本作で一端幕とのこと。その幕がいつか再び開くのか、別の山風作品が描かれるのか、はたまた全く別の作品を見せてくれるのか――

 いずれにしても、新たなるせがわ作品との出会いを楽しみにしたいところです。

「山風短 第四幕 忍者枯葉塔九郎」(せがわまさき&山田風太郎 講談社KCDX) Amazon
山風短(4)忍者枯葉塔九郎 (KCデラックス)


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2012.01.15

「逃亡者おりん 最終章」 おりんらしさ横溢、しかし…

 根岸で平和な暮らしを送っていたおりんは、浪人に襲われていた記憶喪失の娘・お菊を助ける。吉原にお菊を匿うおりんだが、浪人たちは吉原を襲撃、お菊を日光に連れ去る。お菊の知る東照宮に秘められた家康の秘密を手に入れ、幕府を倒そうとする浪人たち。その中には、かつておりんとともに戦った弥十郎の姿があった。そして弥十郎の前に、同じ秘密を狙う手鎖人が現れるが…

 タイミング的に最後の民放連続TV時代劇となりかねないことから、一躍脚光を浴びることとなった(?)「逃亡者おりん2」。
 その放送開始を前に、TVスペシャル「逃亡者おりん 最終章」が放送されました。

 2の前に最終章というのもややこしいですが、これは1の最終章という意味でしょう。
 TVシリーズから約5年、前回のスペシャルからは約3年を経て、おりんと暗殺集団「手鎖人」たちとの死闘がついに終幕を迎えることとなります。

 宿敵・植村道悦を倒して、今は組紐職人として根岸の里に暮らすおりんが、浪人たちに襲われていた娘を助けたのが、今回の発端。
 記憶を失っていた娘にお菊と名付け、匿うおりんですが、お菊が実は日光東照宮に隠されているという、徳川幕府を揺るがしかねない大秘密を知っていたことから、おりんはまたもや死闘の世界に巻き込まれることとなります。

 時あたかも田沼時代、賄賂政治の横行に政治は腐敗し、幕府への不満が高まる中、倒幕を志し、その切り札を知る者としてお菊を狙う浪人たち。その中にはかつてのおりんとともに道悦たちと戦った倉沢弥十郎の姿が…

 さらに手鎖人も、道悦を幽閉し、その権力を奪った謎の怪人・宇月斎率いる主流派と、あくまでも道悦を救いだそうとする少数派に分裂。
 おりん、弥十郎と浪人軍団、手鎖人たちと、様々な人間の思惑が、日光東照宮で入り乱れることになるのですが――そこには非情極まりない陰謀が!


 というあらすじのこのスペシャルですが、とにかくスピーディな展開に驚かされます。
 オープニングからして、道悦がいきなり何者かに捕らわれた上、鉄仮面状態で幽閉されるという驚愕の展開。
 その後も、良く言えばテンポのいい、悪く言えば超展開のストーリー展開に目を白黒…正直なところ、あまりの展開の早さに、見ている途中で「今日は1時間なんだっけ!?」と番組表を見直したほどです。

 内容の方も、説明もなしにやっぱり生きていた道悦様をはじめとする、おなじみのキャラクターに、あの危険極まりないBGM、突拍子もないCGに別の意味でハラハラさせられる殺陣と、久しぶりであってもやはり「おりん」は「おりん」でありました。


 しかし、その一方で、本作においては、おなじみのキャラクターたちが時代の流れの中でもがき、そして倒れていく姿が、容赦なく描かれていくこととなります。

 なるほど「最終章」の言葉に偽りはなかったか――と、少々呆然とさせられるとともに、そんな中でもただ一人生き延び、これからもさすらい続けて行かなければならないおりんの姿に、TV時代劇の現状を見た思いがした…
 というのはもちろん嘘で、そんな感傷を吹き飛ばすような「おりん」らしさ横溢の内容を、素直に楽しませていただきました。
(何しろ、道悦様の姿を見ていると、どのキャラも後で平然と生き返ってきそうなので困る)


 そしていよいよ始まる2は、敵キャラクターなど、これまでにも増して大変なことになりそうで、こちらも毎週チェックせねば、と楽しみにしているところなのであります。


関連サイト
 公式サイト

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2012.01.14

「腕 駿河城御前試合」第2巻 残酷の中の悲しみ

 「コミック乱ツインズ 戦国武将列伝」誌に連載中の「駿河城御前試合」のコミカライズされている「腕 駿河城御前試合」の第2巻が発売されました。
 森秀樹による漫画化はいよいよ好調、原作を少しずつ離れ、独自の世界に踏み込みつつあります。

 「駿河城御前試合」は、言うまでもなく南條範夫の連作時代小説。江戸時代初期、駿河城主・徳川忠長が己の前で行わせた十番の真剣勝負を描いた、残酷剣豪小説であります。

 この第2巻に収録されたのは、第四番勝負から第六番勝負まで、「飛竜剣敗れたり」「忍び風車」「被虐の受太刀」の三番勝負。
 ここでは一番ずつ取り上げて紹介することとしましょう。

「飛竜剣敗れたり」
 最初に収められたのは、奇怪な二刀流・未来知新流の開祖たる倨傲の剣士・黒江剛太郎の生涯を中心に描いた一編であります。
 我欲のため、恩人たちを次々とその毒牙にかけた末、無敵の極意・飛竜剣を会得した黒江。その二刀流は、同じ二刀流である宮本武蔵が恐れたという二階堂流の剣士・片岡京之介を打ち破ることで、頂点を極めたかに見えるのですが…

 と、原作読者であれば、ここで驚かれるかもしれません。片岡京之介は、原作での黒江の対戦相手なのですから。
 ではだれが黒江と御前試合を戦ったのか? …物語展開を考えればなるほど、と思う相手ではあるのですが、この手があったか! と再び驚かされます。

 力に溺れたものが、より巨大な力に打ち砕かれる――それも一種の残酷と見るべきでありましょうか。


「忍び風車」
 忠長に謀反の動きありとして駿河城下に潜入した幾人もの忍びたち。そのうちの二人、津上国之介と児島宗蔵が、数奇な運命の果てに御前試合で雌雄を決せんとする姿が描かれることとなります。

 己の使命に悩んだ末に、忍びを捨て、一人の人間として生きんとした津上。忍びとしての自分を過信し、エゴを暴走させた児島――
 本来であれば同じ任務を受けながら、全く道を違えた二人の姿は、封建体制下の残酷さの象徴と言うべきでしょうか。

 本編の原作での題名は「風車十字打ち」。それを「忍び風車」と改題したのは、忍びたちが、同じ運命の風に翻弄される羽根のようなものと解するべきでしょうか。

 実は原作では、冒頭と結末に幕閣が密議を凝らす姿が描かれているのですが、それをあえて削ったことで、より忍びの哀れさが強調された感があります。


「被虐の受太刀」
 ある意味「駿河城御前試合」最大の問題作、美貌の男女に己の身を傷つけられることで絶妙の快感を得る超弩級の変態剣士・座波間左衛門の数奇な運命を描く一編であります。

 幼少の時分から己の呪われた性情に悩みながらも、いざ美形と出会えば、斬られずにはいられない…
 このように書けば、まだ悲劇的な色彩が感じられますが、森秀樹の精緻な筆が描くそれは、あまりにも醜く、おぞましく、滑稽で、そして残酷なものであります。

 座波のキャラクターの強烈さゆえか、この作品は、この巻に収録された他の二編に比べればほぼ原作に忠実な内容ではあります。
 しかし大きく異なるのは、御前試合で座波と対峙する磯田きぬの設定です。

 原作では座波に懸想された末に夫を殺され、その仇討ちのために御前試合で彼に挑む(そしてそれこそが彼の狙いなのですが)きぬ。
 それに対し、こちらでは座波のために両親が死んだきぬが、かつて慕った座波を討つため、放浪の末、御前試合に臨むことになります。

 座波の変態性情を知らぬきぬにとって、座波はかつて兄のように慕った美しく優しかった存在。その一方で、座波のために顔に醜い傷を負ったきぬにとっては、座波との対決のみが己の存在理由の全て…

 あるいは己の唯一の理解者になるかもしれなかった存在同士が、刃を向けあう悲劇――どこまでも残酷な世界を描きながらも、そこに一片の悲しみを漂わせるのは、「腕」ならではと言うべきでしょうか。


 気がつけば御前試合も後半戦。果たしてこの先、どのような人の世の残酷が描かれることとなるのか?
 既に掲載誌の最新話ではとんでもない展開となっているところ、どう転んでもただで済むはずがないのですが…

「腕 駿河城御前試合」第2巻(森秀樹&南條範夫 リイド社SPコミックス) Amazon
腕~駿河城御前試合 2 (SPコミックス)


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 「腕 駿河城御前試合」第1巻 残酷の中に心を描く

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2012.01.13

「戦国BASARA3 宴」 帰ってきたお祭り騒ぎ!

 年末の大作ラッシュもあって今頃恐縮ですが、ここしばらく少しずつ「戦国BASARA3 宴」をプレイしておりました。
 簡単に言ってしまえば、「戦国BASARA2」に対する「2英雄外伝」的な位置づけの、「3」の拡張版タイトルであります。

 というわけで、「3宴」の前に「3」が当然あるわけで、私ももちろんプレイしていたのですが――個人的には(あくまで個人的には)、あまりノれなかった、というのが正直なところでありました。

 「2」までは、設定あってストーリーなし…と言っては言い過ぎかもしれませんが、史実をディフォルメした設定を持つ戦国武将たちが好きにぶつかり合う、言ってみれば「スーパー戦国武将大戦」といった感覚。
 それが、史実とのギャップをいい具合に緩和した、一種のお祭り騒ぎとして魅力に感じられたのです。

 一方「3」は、これまで以上にストーリーに――言い換えれば史実、というか作中の歴史に――重点を置いた作品。関ヶ原の戦を舞台に、東軍と西軍の武将それぞれが激突する「3」は、中心となるストーリーがあるだけに盛り上がることは間違いありません。
 しかし、「2」までに登場した武将のうち、結構な人数が削除(ストーリー上死亡扱いなど)されたりプレイヤーが操作できないNPC扱いになっていたり…と、お祭り騒ぎを楽しみたい私のような人間には、いささか残念な内容ではあったのです。

 …と、そんな中に登場したのが、本作「3宴」。
 松永久秀、片倉小十郎、猿飛佐助、小早川秀秋、天海、最上義光、立花宗茂、大友宗麟と、8名のキャラクターにストーリーモードが追加。
 そのほかにも(前作ではストーリーモードに統合された扱いだった)天下統一モードで、全作NPCだった12名(松永を除く上記メンバー+)上杉謙信、かすが、前田利家、まつ、北条氏政)+松永久秀と武田信玄が使えるようになっています。

 結局、秀吉や半兵衛、濃姫に蘭丸ら、ストーリー上死亡したキャラの参戦はありませんでしたが(これはまあ仕方がない)メンバー的には、これでまず完全版と言ったところでしょうか。
 特に天下統一モードは、ストーリー性こそほとんどありませんが、日本全国を舞台にして、この賑やかな面々が国盗り合戦を繰り広げるという内容。まさしくタイトル通りに「宴」――お祭り騒ぎが復活した印象で、嬉しいところであります。


 …そして、それ以上に個人的に何より嬉しいのは――これは完璧にキャラファンの視点ですが――松永久秀のプレイヤーキャラ化であります。

 本作の久秀は、独特の美学のみを基準に動く一種の怪人。
 その言動は、常人からすれば完全に悪とも狂気とも取れるものではありますが、しかし完全に突き詰めてしまったその姿は――藤原啓治の声も相まって!――どこか魅力的ですらあります。
 史実からの過剰なディフォルメがごく普通のBASARAシリーズにあっては、むしろ地味な部類(でもまあ、攻撃技で周囲を爆破しまくるのが、実に本シリーズらしい)にはいるのですが、しかし、それがまた逆に印象に残るのであります。

 もちろん、史実では関ヶ原の時点では既に亡くなっている人物ではありますが、本作では生きていたという設定。
 おそらくは「死んだ」際に失った平蜘蛛の代わりとなる宝を求めて戦場をさまよい、政宗も幸村も三成も家康も信長も、すべて自分の獲物として狩ろうとするそのストーリーモードは、もちろん一種の外伝ゆえに許されるものでしょう。

 しかし、その無茶苦茶ぶりが、本シリーズらしく、また本人らしい…
 と、ここまで読めばおわかりかと思いますが、私は(本シリーズの)久秀ファン。本作を「3」以上に気に入ったのも、もちろん上記の通り、お祭り騒ぎが復活した点はあるのですが、それに勝るとも劣らず、久秀プレイヤーキャラ化の点にあります。
(そんな私でも、久秀が一番大きく場所を取っているパッケージは、本当にこれで大丈夫か不安になったりもしますが)


 と、まんまと売り手の思惑にはまった感もあり、その辺りは忸怩たるものがあるのですが、まずはお祭り騒ぎとキャラという、シリーズの魅力を値段分は楽しむことができたということで…

「戦国BASARA3 宴」(カプコン Wii用ソフトほか) Amazon
戦国BASARA3 宴

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2012.01.12

「千里伝 時輪の轍」 時との対峙、史実との対峙

 武宮に修行に出た千里は、ある日不思議な少女・空翼と出会い、匿うことになる。一方、各地では失踪した人々が年老いて発見される怪事が頻発、バソンも姿を消してしまう。一連の事件の背後には、時と空の繋がりが解かれ、時が暴走していることを知った千里は、仲間たちと時を求めて旅立つのだが。

 先日刊行されたシリーズ第1弾の文庫版も快調と聞く「千里伝」の第2弾「時輪の轍」であります。

 舞台は唐代の中国、主人公は後に武人として知られることとなる高ベンこと千里。
 遙か昔、この天地の形を定めた五嶽真形図の力を発揮する三つの器の一つという宿命を背負った彼は、前作において同じ器である武術僧・絶海と、吐蕃の狩人・バソンとともに冒険を繰り広げ、ひとまず天地に平穏を取り戻すことに成功します。

 本作は、その際に武術の深奥・不射の射の境地に達した千里ですが、しかし冒険が終わってみれば武術の腕は元に戻り、丹霞洞麻姑山の武宮に修行に出されて…という設定で始まります。

 人と“人”の間に生まれたためか、齢二十歳を超えながら、五歳児の外見しかもたない千里ですが、外見に似合わぬ根性曲がり。武宮でもさっそく子分を集めていっぱしの親分気取りなのですが…
 そんな中、山中で空翼という不思議な少女と出会った千里。武宮の主であり、強力な仙人である麻姑ですら気配の掴めぬ彼女を、千里は内緒で匿うこととなります。

 時を同じくして、各地で、人々が突然失踪したと思えば、考えられないほど年老いて発見されるなど、常識では考えられぬ異変が発生。千里の一の子分である鄭紀昌がその犠牲者となってしまいます。

 事件の背後にあるものが「時」であることを知った千里は、同じく失踪したバソンを探す絶海、時の牢獄を自力でブチ破ってきたバソン、さらにはかつて宿敵として激突した“人”の王子・玄冥とともに、失われた時を求めて再び冒険の旅に出ることになるのですが――


 さて、前作の最大の魅力は、史実を題材・背景にしつつも、文字通り天地を揺るがす壮大なファンタジーを描いてみせた点にあるかと思いますが、その点は、本作でも健在であります。

 前作のお話が、天地を形作る、言い換えれば天地を創り変える力を持つ五嶽真形図の争奪戦だっただけに、本作でそれを超える物語が描けるのか…と、読む前には気になってはいたのですが、蓋を開けてみれば、それは全くの杞憂。
 何しろ、今回のテーマは、創り出された天地に欠けてはならぬ「時」と「空」、時間と空間を巡る――というより、時間(伝奇者にはたまらぬ、意志を持った時間!)との対決なのですから、これは前作に勝るとも劣らぬ大冒険であることは間違いありません。

 そして、その時との対峙、という展開そのものが、千里に関する史実の描写に不可分に結びついていくのが、また面白い。

 前作においては、千里のその後の事績――高ベンとして歴史に残された彼の足跡は、ほとんど語られておりませんでした。
 もちろん、彼の少年時代を描いた作品である以上、それはある意味当然のことではあります。
 しかし本作においては、そこを見事に飛び越えて、千里の、高ベンの後半生が語られていくこととなります。

 それは、史実をなぞりつつも、それを巧みに膨らませ、しかし本シリーズの読者にとっては、胸をかきむしられるような、彼の姿であります。
 考えてみれば、可能性としては十分にあり得る内容でありながら、考えたくなかった、あえて目を逸らしてきたものを、こういう形でぶつけてきたのには、少々どころではなく驚かされたのですが――

 しかしそれすらも軽々と(もちろんそれなり以上の痛みとともに)踏み越え、一つの希望を提示してみせる、作者の豪腕ぶりには、それどころではなく驚かされました。
 なるほど、史実との対峙、という意味においても、本作は時との対峙を描く物語でありました。


 ただ少々残念なのは、前作の物語を経て、千里をはじめとする登場人物たちがそれなりに成長したことで、何だかずいぶん物わかりが良くなったように見えてしまう点であります。
 前作である意味不快ですらあった――そしてそれはもちろん作者の計算の上なのですが――千里をはじめとして、一種尖ったキャラが丸くなってしまったことに、寂しさを覚えるのは、わがままというものでしょうか。
(それこそが前作のテーマであった点を考えれば、ある意味仕方がないことではあります)

 もっともこれは、新たな千里の成長物語ともいうべき、彼の初恋において、その相手役が今一つ魅力的に感じられなかった点に起因するのかもしれませんが…


 しかし、物語が一件落着したようでいてまだ謎が残るように、キャラクターの成長――それは悩み迷うことと同義でもあります――もまだ終わることはありません。
 シリーズ第3弾では、本作の端々で迷いを見せていたあの人物が大変なことになってしまうようですが…さて、そちらも早くよまなくてはなりますまい。

「千里伝 時輪の轍」(仁木英之 講談社) Amazon
千里伝 時輪の轍


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2012.01.11

「妖術武芸帳」 第08話「怪異鬼火鞭」

 傷を癒すために箱根に向かう誠之介だが、そこには尾張藩江戸家老も滞在していた。家老の周囲を探っていた楓は、一味から抜けようとした闇童子が鬼火道士に鞭打たれるのを目撃、誠之介は闇童子を助け出す。闇童子から毘沙道人と道士たちが集まる寺のことを教わった誠之介は本堂に潜入するが、全ては闇童子の罠だった。誠之介は道士の火の妖術を破り、道人から尾張に与した諸藩を記した地図の半分を奪い取るのだった。

 「妖術武芸帳」第8話は、前回に続き、今回も波乱含みのエピソードであります。

 前回ラストの対決で毘沙道人に深傷を負わされた誠之介は、右腕がまだ効かない状態で、楓と共に箱根の湯治場に向かいます。と、その道中に襲いかかるのは、姉を誠之介に殺されたと思い込んだ闇童子。
 これを軽々と退けて真の仇は道人だと教えても闇童子が聞くわけもなく、姿をくらましてしまいます。

 それはさておき、覚禅と合流した二人は、江戸から追ってきた尾張藩江戸家老・大住内膳も本陣に留まっていることを知ります。
 ここで初めて楓さんが忍者ルックを披露、内膳の部屋の床下に忍びますが、そこに現れたのは鬼火道士。道士は、一両日中に各地の大名の懐柔に向かった同志たちから報告があるだろうと語り、去って行くのですが…

 その後をつけた楓が目撃したのは、縛られ、木から吊り下げられた闇童子。どうやら誠之介の言葉を信じるに至った彼は、一味から抜けようとしたものの、脱退を許さぬ道士に捕らわれてしまったのでした。
 ビシビシと鞭打たれる童子を見かねた楓から報告を受けた誠之介は、芝居の可能を疑う覚禅には構わず、単身助けに向かいます。
 木に吊り下げられた童子を下ろそうとした誠之介に襲いかかる道士。しかしそこに駆けつけた覚禅が豪快に一撃、二人を相手に不利と見た道士は、鞭の先に炎を灯し、それを振り回す中に紛れて姿をくらます婆羅門妖法・火風土煙で姿をくらますのでした。

 さて、童子を江戸に逃がす誠之介に、未だ童子を信じられない覚禅は渋い顔ですが、宿に戻ってきたら童子が飯を食っているという超展開。童子は恩返しのために道人の潜む寺に案内するというのですが…

 そこに各地に行っていた四賢八僧の生き残り6人(…今まで羽化仙女を含めて7人が倒されているので数が)が集まると聞き、まず覚禅は闇童子と本堂に潜入します。
 そこでは、果たして道人と道士たちが、尾張に荷担する大名を記した日本地図を真ん中に密議の最中。
 と、ここで明かされる道人の恐るべき野望――清の尖兵というのは表向きの姿、真の狙いは日本と清を戦わせて疲弊させ、その隙に全てを我が物にすることだったのです。

 さて、それを知った誠之介は、件の地図が隠されているという道人の地図を奪うため、自分がおとりとなって本堂に乗り込むのですが…しかし、潜入してみればそこはもぬけの殻、鬼火道士が彼の前に立ち塞がります。
 一方、寺の外では闇童子が姿をくらますと同時に、覚禅に襲いかかる道人配下…
 闇童子が裏切ったとは真っ赤な偽り、やはり覚禅が疑った通り全ては罠だったのです。
 鞭の先から幾つもの炎の輪を飛ばす道士の妖術・火炎法に苦しめられる誠之介。
 しかし妖術の源が周囲の蝋燭の炎のゆらめきにあると見破った誠之介は、蝋燭の火を全て消し、術を破ることに成功します。
 そして左手一本ながら、道士を斬り伏せた(利き腕を使っていないのに倒される道士…)誠之介は、その場に現れた道人の杖に斬りつけ、その半分を手にするのでした。

 西国大名の多くが、と驚いて地図を手に走り去る覚禅。果たして二人は道人の陰謀を阻むことができるのでしょうか…


 と、闇童子を巡るドラマ、道人の真の狙い、尾張と道人に与した大名を記した地図(出ました、伊上勝名物の争奪戦!)と、これからの展開に影響しそうな様々な要素が登場、後半戦に突入したところからお話は盛り上がります。

 しかし覚禅は毎回敵の罠を見抜いているのに、誠之介のおかげで損な役回りばかり…


今回の妖術師
鬼火道士

 逆立った赤毛と赤い手をあしらった衣装の道士。手にした鞭の先に炎を灯し、それを振り回す中に紛れて姿をくらます火風土煙、鞭の先から幾つもの火の輪を飛ばし、相手の動きを封じる火炎法と、火の妖術を操る。
 裏切ったと見せかけた闇童子とともに誠之介たちを罠にかけるが、誠之介に火炎法の種を見破られ、一刀の下に斬られた。


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2012.01.10

「たつめ神龍記」第1巻 後白河院を護るは少女と神龍!

 源平合戦の頃、後白河法皇の御座所を次々と襲う奇怪な妖怪たち。陰陽師たちも敵わぬ妖怪に一人立ち向かうのは、陰陽頭の孫娘で、己の体から神龍を呼び出す少女・たつめだった。源義経とともに、院を狙う妖怪たちと戦いを繰り広げるたつめだが、彼女の出生にはある秘密が…

 朝日新聞出版のwebコミック「H&F倶楽部」に連載中の平安伝奇アクションの第1巻であります。
 朝日新聞出版で漫画というのもちょっと違和感があるかもしれませんが、今は亡き朝日ソノラマからの流れでしょう。H&Fも、「ホラー&ファンタジー」の意であります。

 それはさておき、本作の舞台となっているのは平安時代末期、源平合戦の頃――源義仲が、入京したものの源義経らに討たれた直後の時期の物語であります。

 当時の最高権力者というべき後白河法皇を襲う妖怪たち――あるものは人の中に潜み、またあるものは御座所の建物と一体化して襲い来る妖怪たちに、陰陽寮の陰陽師たちも苦戦を強いられます。
 そんな中、ただ一人で次々と妖怪を粉砕していく者こそ、本作の主人公・たつめ――時の陰陽頭を祖父に持ち、その体から現れる不思議な神龍を武器とも相棒ともして戦う乙女であります。

 本作は、そのたつめが次々と妖怪と対決する、一種のゴーストハントものですが、彼女の相手役(?)として登場するのが、かの源義経というのが、ちょっと面白い。
 上で述べた通り、本作は義経が義仲を討った直後の時期が舞台なわけですが、史実ではこの後、義経は後白河法皇から平氏追討の宣旨を受けることとなります。
 本作での義経は、まさにこの宣旨を求めて後白河法皇のもとを訪れた際に妖怪騒動に巻き込まれ、たつめと出会うことになるのであります。

 我々が良く知るように、義経はこの後激動の人生を歩むことになるのですが、そこに本作での物語が、たつめの存在がどう絡むことになるのか…それは今後のお楽しみということでしょう。

 また、個人的には、それ以上に気になるのは後白河法皇の存在です。
 本作では、たつめが守るべき存在として(そして何よりも彼女の××として)影の主役とでも言いたいような存在ですが、しかし、史実では一筋縄ではいかない、というより大変に政治的な人物であります。

 おそらくは主人公カップルの今後の運命は、この人物が握ることになるのだと思われますが…果たして彼の負の部分が表れた時――そしてそれは、後白河法皇が妖怪たちに狙われる理由と繋がるのだと想像しますが――たつめはどのような行動を取るのか?

 法皇を狙う御前なる存在が操る謎の黒い龍の正体、いやそもそもたつめが操る神龍の正体ともども、注目したいと思います。
 正直なところ、絵的には地味なところがあるだけに、その辺りの展開で、ぐいぐいと引っ張っていただきたいものです。

「たつめ神龍記」第1巻(はしもと榊 朝日新聞出版朝日コミックス) Amazon
たつめ神龍記 (朝日コミックス) (あさひコミックス)

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2012.01.09

「帝都月光伝 Memory of the Clock」 婦人記者、怪異に挑む!?

 弱小出版社の編集記者・御山さくらは、人気作家・祀月令徒の邸宅を訪れた帰りに、奇怪な男に襲われる。そこに現れ彼女を救ったのは、白銀の剣を振るう令徒だった。折しも、横恋慕の末に死んだ男が幽鬼と化し、相手をさらうという噂が流れる中、さくらと令徒は、噂の背後の鬼に挑むことに…

 角川ホラー文庫は、硬軟様々な作品が刊行されるなかなかユニークなレーベルですが、本作「帝都月光伝 Memory of the Clock」も、その中の一冊であります。

 時代はおそらく大正か昭和初期――東京が帝都と呼ばれたころ。弱小出版社・東景社の若手編集記者・御山さくらが、取材の帰り道に、見たことのない通りに迷い込んだことから、物語は始まります。

 通りの骨董屋で見かけ、心惹かれて手にした壊れた懐中時計。
 原稿を取りに行った先で出会った、自動人形(!)にかしずかれた美青年作家・祀月令徒。
 そしてその帰りに、時計をよこせと襲いかかってきた異形の男と、男から彼女を救うべく白銀の剣を手に現れた令徒――

 まるで非在の通りに足を踏み入れたことが引き金となったかのように、彼女の周囲に、奇妙な人物が現れ、奇怪な事件が次々と起きることになります。

 そして全ての糸は、帝都で続発する、未婚女性の神隠し事件――横恋慕していた男が自殺し、その幽鬼が被害者の元に夜な夜な現れるうちに、被害者自らも消えてしまうという、不気味な噂も流れる、その事件へと繋がっていくことになるのであります。


 冒頭で、様々な作品が刊行されるレーベルと述べましたが、本作はガチガチのホラーというよりは、ホラー色のある伝奇アクションものと言うべきでしょうか。

 奇怪な事件に巻き込まれた婦人記者の奮闘を縦糸に、月神に仕える一族の末裔と妖魔との死闘を横糸に展開される物語は、伝奇ものとしてはそれほど珍しいものではないかもしれません。
 しかし、一連の事件の背後に潜む謎解きがなかなか面白く(令徒の一族の得体の知れなさが、ミスリーディングに繋がっていくのがうまい)、そして主人公の活躍のさせ方もうまく、この路線が好きな向きにとっては楽しめる作品となっていると感じます。
(令徒の設定や、さくらとの絡み方を見ていると、ターゲットはビーンズ文庫の読者的層を狙っているようにも感じられますが…)


 ただ、個人的に非常に残念なのは、本作をこの時代で展開する必然性が、やや乏しく見える点であります。
 主人公が洋装の婦人記者として好奇の目に晒され苦労する点や、何より、本作の背後にある、女性が自由に恋愛することが難しかった点などは確かにあるのでしょう。
 しかしその辺りを扱うのであれば、より切り込んだ描き方があったのではないか…そう感じます。

 本作はシリーズものを意識しているようですので、より時代性に絡めた続編を読むことができれば…令徒たちの出自など、伝奇的にも非常に面白く、登場するキャラクターたちも好感が持てるだけに、尚更感じるのです。


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2012.01.08

「海賊伯」第1巻 現実世界に少年海賊の夢は躍る

 時は大航海時代、世界の果てを目指す少年・アルは、とある港町での事件で出会ったイギリス女王エリザベス一世から、伯爵位を与えられる。その領土は、イングランドの全海域――海に愛され、海を愛する海賊伯の冒険が、いま始まる!

 「女性向けの少年漫画雑誌」という非常にユニークで興味深いコンセプトの「コミックジーン」誌。
 その連載作品の中で、個人的に最も注目しているのが、本作「海賊伯」であります。

 舞台となる時代は16世紀後半――大航海時代。イングランドのとある港町に漂着した少年・アルが海賊の疑いをかけられ、謎の美女・リーザの機転で救われるところから物語は始まります。地位を笠に着て町で悪行三昧の男爵相手に活劇を繰り広げるうちに、信頼を深める二人。そしてリーザは、アルに驚くべき正体を明かします。
 彼女こそはイングランド女王エリザベス一世…そしてアルことアルバート・ドレイクに、伯爵位を与えるリーザ。その領土はイングランドの全領海――ここに誕生した若き海賊伯アルの冒険が、本作では描かれることとなるのであります。

 …ここでアルの本名を見て、ピンとくる方もいらっしゃることでしょう。大航海時代、イギリス、海賊、ドレイク――そう、大海賊フランシス・ドレイクです。
 フランシス・ドレイクは、16世紀後半に実在した海賊にしてイギリス海軍提督。そして世界で二番目、イギリス人では最初に世界一周を成し遂げた人物。スペイン船やスペイン領を中心に襲撃し、金銀財宝を略奪した彼は、何と当時のイングランドの国庫歳入よりも多い金額を、エリザベス一世に献上したという、豪快とも痛快とも言うべき逸話を持つ、本物の大海賊であります。

 そして本作の主人公・アルは、そのフランシス・ドレイクの、血の繋がらない息子という設定なのです。


 海賊を主人公とした漫画は、決して少なくはありません。
 そんな中で本作ならではの特徴と言えば、現実の大航海時代を舞台に、エリザベス一世やフランシス・ドレイクといった実在の人物を配置している点でしょうか。

 もちろん、本作はあくまでもアルという主人公を中心とした冒険活劇。アルや仲間たちの持つ、常人離れした能力を発揮する不思議な刺青の力をはじめとして、ファンタジー的な要素は多分にあります。
 しかし、アレンジされているとはいえ、史実という確固とした背景を得たことで、そのファンタジーの部分とのせめぎ合いが、より面白さを見せてくれると…と、そう期待できると、本作の端々から感じられるのです。


 この第1巻はまだまだアルをはじめとするキャラクターや舞台設定の紹介編という印象が強く、まだまだ物語がどこに向かっていくのかは見えません。
 厳しいことを言えば、まだまだ主人公の行動に具体的な目標が見えないため「夢を夢見ている」という印象はあります。

 それでもなお、本作の先を見てみたいという気持ちになるのは、主人公の持つ純粋な夢や希望といった想い――未知の世界を恐れず、突き進んでいく想いが、大航海時代という舞台、少年主人公という要素と相まって、胸に響いてくるからではないかではないか…そう感じます。

 おそらくは物語はアルの謎めいた出自を中心に動いていくのではないかと感じますが、果たしてそこに何があるのか。
 痛快な冒険活劇を期待したいと思います。


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2012.01.07

「BRAVE10S」 新展開、試練の十番勝負!?

 本日からTVアニメも放映される「BRAVE10」が、掲載誌を移行しての第2シリーズ「BRAVE10S(スパイラル)」の第1巻が刊行されました。
 新展開早々、ずいぶん賑やかな展開で、なかなかに快調な滑り出しであります。

 紆余曲折はあったものの、真田幸村の下に十勇士が集結、イザナミノミコトの力を秘めた少女・伊佐那海を巡る戦いも一段落して、まずは静けさを取り戻した幸村――というより才蔵周辺。
 しかし災いと争いの種は、思わぬところからやってきます。

 それは、真田信幸――そう、幸村の兄であります。

 言うまでもなく信幸(関ヶ原前なのでまだ信之ではありません)は、徳川方。対して、その父・昌幸と幸村は反徳川方…
 そんなお前らに父祖伝来の地である上田は任せておけない! とばかりに、上田城に乗り込んできたのであります。

 ちなみに本作の信幸さんは、奔放無頼の幸村とは好対照の、見るからに生真面目几帳面な性格。しかしそれだけではなく、あの鎌之介を取りひしぐだけの力も持つ人物として描かれていて、なかなかに本作らしいアレンジがほどこされた造形であります。
 個人的には信幸は好きな武将ですが、本作においてはこれまでその存在を完璧に忘れていただけに、ここでの登場は、嬉しい驚きです。

 閑話休題、売り言葉に買い言葉、幸村は自分たちの力が決して兄に劣るものではなく、上田の地を守るに不足はないことを示すため、自らの守り人十名――言うまでもなく十勇士――と、信幸方の十名の、十番勝負を開くことになります。名付けて、上田城十番勝負…

 いやはや、忍者ものに○番勝負は定番、こちらとしても大好物ですが、この相手で、この理由でというのが、いかにもこの作品らしいとしか言いようがありません。
 …が、この十番勝負には(ある意味)裏があります。
 時あたかも関ヶ原の戦直前、直江兼続が徳川家康に直江状を叩きつけた頃。この時期に、徳川方と反徳川方が武術比べを行えば、その結果は、両勢力の士気に、ひいては勢力分布にまで影響を与えかねないのであります。

 かくて、兄弟喧嘩(?)から始まった十番勝負は、天下の趨勢に影響を与えかねぬものとなるのですが――


 さて、この第1巻では三番勝負までが描かれるのですが、信幸方の一番手、二番手の正体がまたとんでもない。
 確かに信幸側ということではアリなのですが、しかしあなたたちが出てきますか、という面子で、何とも不意打ちを受けたような気分であります。

 そんな強敵を相手に、一番手・清海、二番手・アナは苦戦を強いられるのですが、三番手は静かなる男・海野六郎。
 これまで直接戦うことは少ないキャラクターですが、彼もまた、因縁の相手を得て死闘を繰り広げることとなります。

 そして十番勝負が加熱する一方で、その背後では何やら不穏な動きがあるのも気になるところ。
 十番勝負の行方も気になりますが、しかしそもそも勝負が無事終わるのか――そして少々気が早いかもしれませんが、この戦いの先にあるであろう、関ヶ原の戦に、この先才蔵たち十勇士がどのように関わっていくことになるのか。

 開始早々、気になることだらけの新シリーズなのであります。

「BRAVE10S」第1巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
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2012.01.06

「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」第5巻 二人の想いの行方に

 毎回書いておりますが、前の巻が出てからずいぶんと待たされた「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」待望の第5巻が発売されました。
 …が、何ということでしょう、本作がこれが最終巻。あまりにも口惜しいことであります。

 第4巻のラストで、畠山義継の暴走により人質とされた父・輝宗を、自らの命令で義継もろとも射殺することを余儀なくされた政宗。
 深い悲しみと怒りを胸に、政宗は畠山氏の二本松城攻めを開始しますが、その機に佐竹義重をはじめとする反伊達連合軍が挙兵、一転、政宗は窮地に陥ることとなります。

 というわけで、第5巻の前半は、この伊達軍vs反伊達連合軍の死闘、いわゆる人取橋の戦いが描かれることとなります。
 鬼義重こと佐竹義重と、その子・義宣(いかにも勇猛な義重と、異常にクールな義宣と、この二人のキャラ造形がまたうまい)を中心とした敵軍の勢力は、伊達軍の4倍以上。
 ほとんど背水の陣の伊達軍も、政宗を中心に伊達成実、原田宗時、鬼庭左月・綱元父子ら本作でもお馴染みの面々が奮戦、死闘を繰り広げるのですが…

 しかし、その中でぎくしゃくとした関係となっていたのが、政宗・小十郎主従。お互いが、相手に輝宗の死を負担に感じさせまいと思えば思うほど、二人の心がすれ違い、ついには、政宗が己の眼帯を突き返すことに…
 本作においては、政宗の眼帯は、小十郎が政宗の大望に対する終生の忠誠の証として捧げたもの。これを外し、小十郎に返すということは、二人の間に決定的な溝が生じたことにほかなりません。
 果たして、二人の想いの行方は――

 と、本作の巧みさに唸らされるのは、この政宗と小十郎の気持ちのすれ違いと、人取橋の戦いの行方が絶妙に絡み合い、クライマックスにおいて一つの頂点を迎えることであります。

 本作の最大の特徴は、言うまでもなく、政宗が女性であること。
 本作における政宗は性格的にやんちゃ坊主、小十郎は徹底的なカタブツという設定ゆえ、二人の間にロマンスは…? という印象ではありましたが、ここでこう来たか! と、思い切り驚いたり、ニヤニヤさせられたり、であります。


 冒頭に述べたとおり、本作は残念ながらこの第5巻で完結。
 内容的には、政宗が東北の大半を制するに至った摺上原の戦いまでが描かれることとなり、これはこれで正しい判断と感じますが、それ以上に、女政宗の想いの行方を、このような形で整理してみせたことに、納得させられました。

 もっとも、まだまだ政宗の生涯は続きます。本作ならではの解釈を見たいエピソードも、山のようにあります(特に、小次郎の死の真相と、五郎八姫の父親が誰かは知りたかった!)。
 その意味では大いに複雑な心境ではありますが――しかし、少しでも多くの戦国ファンに読んでいただきたい、実に面白い作品であることは間違いないと、再確認した次第です。

「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」第5巻(阿部川キネコ 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
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2012.01.05

「妖術武芸帳」 放映リスト&キャラクター紹介

 誰得な特撮時代劇ヒーロー各話レビュー第五弾「妖術武芸帳」の放映リストとキャラクター紹介であります。 放映リストから、各話レビューに飛べます。

「そも妖術とは心の技 深く沈むれば万人その掌中にあり 無にせんか天をよみ 風をかぎ地の音を聞く 森羅万象己が意のまま げに 恐るべし恐るべし」


<放映リスト>

話数 放送日 サブタイトル 登場妖術師 監督 脚本
01 1969/3/16 怪異妖法師 千里ノ眼道士 外山徹 伊上勝
02 1969/3/23 怪異みず地獄 洪乱道士 外山徹 伊上勝
03 1969/3/23 怪異おぼろ雪崩 夢幻道士 外山徹 伊上勝
04 1969/3/23 怪異まわし笛 八双道士 外山徹 伊上勝
05 1969/3/23 怪異昇天仙女 羽化仙女 外山徹 伊上勝
06 1969/3/23 怪異人枯し 水旱道士 外山徹 伊上勝
07 1969/3/23 怪異風摩屋敷 玄鬼道士 外山徹 伊上勝
08 1969/3/23 怪異鬼火鞭 鬼火道士 外山徹 伊上勝
09 1969/3/23 怪異幽玄鏡 幽玄道士 外山徹 伊上勝
10 1969/3/23 怪異魔神呪 白面道士 外山徹 伊上勝
11 1969/3/23 怪異かすみ駕籠 霞道士 林伸憲 伊上勝
12 1969/3/23 怪異冥界夢 冥界道士 林伸憲 伊上勝
13 1969/3/23 怪異人影殺 毘沙道人 外山徹 伊上勝


<登場キャラクター>(カッコ内はキャスト)

鬼堂誠之介(佐々木功)
 香たき殿の懐刀で、毘沙道人の陰謀に立ち向かう青年剣士。神変抜刀流の剣の使い手であり、冷静沈着かつ正義感の強い好漢。奇怪な幻覚を生み出す妖術に対し、科学的知識に基づく物理現象により立ち向かう。五歳の時に日本を離れ、以来、アジア諸国を渡り歩いた国際人でもある。


覚禅(藤岡重慶)
 法師に身をやつした大目付配下の隠し目付。少林寺拳法と夢想流棒術の達人。目的を同じくする誠之介と協力するが、負けず嫌いで、誠之介の力を認めつつも何かと憎まれ口を叩く。豪快かつ短気な性格が災いして、敵の妖術に陥ることもしばしば。

(楓ミツヨ)
 覚禅の妹。忍びの術を心得ており、潜入や戦闘などで兄を助けて活動する。

香たき殿(たきは「火+主」)(月形龍之介)
 八代将軍・吉宗から現将軍・家治に至るまで、三代に仕えた幕府影の実力者。将軍に香道を指南しつつ、その相談に乗っているらしい。誠之介の後見役であり、毘沙道人との戦いに誠之介を送り込む。

毘沙道人(原健策)
 清国からやってきた奇怪な妖術使い。掛け軸の水墨画から抜け出して現れる、首を落とされても新しい首を生やす等、様々な妖術を操る。尾張大納言を将軍に据えると称して尾張藩に接近するが、その真の目的は日本侵略であり、配下の四賢八僧を操って様々な陰謀を巡らせる。

四賢八僧
 毘沙道人配下の十二人の妖術師。それぞれが奇怪な婆羅門妖法の使い手であり、道人を助けて暗躍する。紅一点の羽化仙女以外、全員○○道士と名乗る。

道人配下
 四賢八僧の配下のいわゆる戦闘員。戦闘シーンになるとどこからともなく現れる。一般人に化けて襲いかかることも多い。



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2012.01.04

作品集成更新

 このブログ・サイトで扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年の8月から12月までのデータを収録しています。
 もっと早く更新したかったのですが、グズグズしているうちにずいぶんと間が開いてしまいました。まだまだ穴だらけではありますが、何かのご参考になれば幸いです。
 ちなみに今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2012.01.03

「劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園全員出動! の段」 子供から大人まで、の大傑作!

 忍術学園の夏休みの宿題が、手違いで入れ替わり、6年生用の「オーマガトキ城主のふんどしをとれ」という宿題を当てられた喜三太が行方不明となった。喜三太救出のため、タソガレドキ城と合戦中のオーマガトキ城に向かう忍術学園の面々だが、合戦の背後には意外な陰謀が隠されていて…

 昨日、「忍たま乱太郎」の劇場版アニメ「忍術学園全員出動! の段」がTV放送されました。
 実はこの作品については、尊敬する大先輩から「時代劇ファンなら絶対観なさい」と言われていたのですが、劇場ではさすがに観れず、DVDソフトを買ったのに今まで何となく観ていなかったのですが…
 いやはや、今回ようやく観て、心の底から自分の不明を恥じました。大傑作の名にふさわしい、素晴らしい作品であります。

 忍術学園の夏休み、生徒の一人一人に別々に出された宿題が、事務の手違いで滅茶苦茶な組み合わせになってしまったのが、今回のお話の発端。それだけであれば笑い話ですが、何しろ舞台はエリート忍者を養成するための忍術学園。6年生用の「オーマガトキ城主のふんどしをとれ」という宿題が、1年生の喜三太に当たってしまったことで、一転、大事件に発展することに…

 何しろオーマガトキはタソガレドキとの合戦の真っ最中。果たして行方不明となった喜三太を探すため、学園長の発案で喜三太救出チームが出動することとなります。
 一方、そのオーマガトキ領内の園田村が、合戦でオーマガトキが敗れた際の安全を保障する、タソガレドキ側の庇いの制札を巡って助けを求めてきたことから、事件は意外な方向に展開していくことになるのですが――

 さて、ここで登場する制札とは、簡単に言ってしまえば、戦国時代に土地の領主などが領内の村などに発出した保護の証書――戦の際の略奪の禁令等を定めた文書のこと。
 普通の(?)時代劇でもなかなかお目にかかることができないようなこの制札が、ここで登場するとは…と驚かされました。

 本作は、基本はナンセンスコメディとして現代語がバシバシと使われるのですが、しかしそんな中で、この制札のような概念や、言葉遣いなど、意外なところで、時代ものとしてきっちりとした考証がなされている、その混交ぶりが実に楽しいのです。

 そしてそれが考証のための考証ではなく、制札の存在が、物語の根幹に関わってくるある陰謀に結びついていたり、また、主題歌の替え歌に乗せた楽しいミュージカルシーンの中で、おそらくは世界で最もわかりやすい石火矢講座を行ったりと、様々な形で本作ならではの必然性を持って描かれるのに、唸らされた次第です。

 そしてもう一つ唸らされたのは、本作の後半、園田村を守る忍術学園・佐武衆連合軍と、攻めるタソガレドキ軍の大決戦――これがまた、様々なギャグを織り交ぜつつも、手に汗握る攻防戦となっているのが心憎い――の中で、主人公たる乱太郎が、武器を手にして戦わないという点であります。

 元々、乱太郎は保健委員会に所属している設定があり、戦の際も後方で負傷者の治療に当たるのは、ある意味当たり前ではあります。
 しかし、本作においては、乱太郎は、味方のみならず、傷ついた者であれば、敵であろうと平等に治療しようとするのです。それが保健委員の務めと信じて――

 もちろんそれは、いかにも子供らしい一途さ(頑固さと言ってもいいかもしれません)の現れであり、それ以上の意味を見いだすべきものではないかもしれません。
 それでもなお、そんな乱太郎の指針となる伊作先輩と敵方の忍び頭の関係――それは、本作でもかなりのウエイトをもって描かれるのですが――を見れば、そこに一つの理想を見出すのはむしろ自然なのではないか、と感じてしまうのであります。
(ちなみに本作の先輩や先生たちの、忍たまたちの無邪気さを時に優しく、時に呆れながらフォローする姿が実に気持ち良いのです)


 もちろんこれらはあくまでも隠し味、あまり前面に出てくると鼻につくところを、絶妙のさじ加減でバランスを取っているのは、さすがというほかありますまい。
 色々と理屈をこね回しましたが、やはり本作の基本はあくまでもナンセンスコメディ。理屈抜きに見ても、猛烈に楽しいのは言うまでもない話であります。
(砲丸バレーの件など、腹を抱えて大笑いさせていただきました)。


 子供から大人まで楽しめる作品とは、まさに本作のこと。
 これまで見ていなかったのは不覚というも愚かですが、新年早々素晴らしいものを見せていただいた――そんな気持ちなのであります。


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2012.01.02

「姫は、三十一」 姫さま、新年早々謎に挑む

 平戸藩の松浦静山の娘・静湖は、不運が続いて31歳になるまで独り身。大晦日に「来年はもの凄いモテ年になる」と占われた彼女は、新年を期に短歌を始めようと参加するが、そこで屋根の上に死体が発見される。謎解きに乗り出した彼女の前に、次々と素敵な男性が現れるのだが…

 昨年大団円を迎えた「妻は、くノ一」シリーズのスピンオフとして開始が予告されていた「姫は、三十一」シリーズが開幕いたしました。

 主人公は、「妻は」にも登場した松浦静山の娘・静湖姫。「妻は」の方では、立ち位置的にヒロインのライバルか!? という第一印象だったのですが、あまりに主人公の身持ちが堅かったため(?)あっという間にフェードアウトした可哀想なキャラであります。

 この静湖姫、美形であるのに加え才気煥発、しかも名門松浦家の姫で、本来であれば引く手あまたのはずが、縁談が立ち上がるたびに、相手が不幸な目に遭うという不運が続き、行き遅れてしまったというお方。
 心惹かれた雙星彦馬は、くノ一織江と手に手を取って濤の彼方に消えてしまい、大晦日に行きつけのおかま飲み屋で飲んだくれていたところに、「来年は三十八万四千年に一度のモテ年」と占われる場面から、物語は始まります。

 今年は三十一歳だから、と新しい趣味として三十一文字、すなわち短歌を始める姫ですが、歌会が行われる旗本屋敷の屋根に死体が発見されたことから、彼女の好奇心に火がつきます。
 彦馬のように謎を解いて、あわよくばそれを仕事に(彼女は、人間は自分で働かないとダメになるという信念の持ち主なのであります)、と考えた姫は謎解きに乗り出すことに。

 しかも、江戸では今回のように、屋根の上や川で死体が目撃され、しかもそれがどこかへ消えてしまうという事件が頻発。姫は、父の書いた「甲子夜話」の記述から、事件の背後にある神の存在を推理するのですが…


 と、内容的には、作者お得意の、ユニークなキャラクターたちが次々と登場する、ライトな時代ミステリという印象。
 主人公からしてかなり破格のキャラクターですが、生真面目な時代ものファンは顔をしかめるかもしれませんが(その辺りに最初からエクスキューズを用意しているのもある意味すごい)まずは肩の力を抜いて理屈抜きで楽しめる作品であります。

 姫があまりに彦馬彦馬言うのが気になるという部分は正直なところありますし、そこに「妻は」人気を当て込んだ計算も透けて見えるのですが――そして我々読者もそれに乗りたがっているのですが――それでもやはり面白いものは面白い。
 事件の引き金となった人々のある行動も、突飛ではあるのですが何だか不思議な説得力があり、謎は謎でも、人の心の中の謎を描いたものとして評価できます。

 あとは姫にどれだけ感情移入できるかですが――都合六人登場するタイプの違う男性陣にクラクラくる辺り、一歩間違えれば単なる困った人ですが、そうは感じさせないのはさすがと言うべきでしょうか。
 この辺りは、女性読者の意見をうかがってみたいところですが…


 何はともあれ、シリーズはスタートしました。まだまだ先行きは見えませんが、しかし決して読んで損はない、そんなシリーズになる予感がいたします。
(個人的には伝奇要素が少ないのが残念ですが、姫の警護役の秘剣の正体がちょっと面白いので、これはこれで)

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姫は、三十一 (角川文庫)


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2012.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 昨年は皆さんにとってどんな一年だったでしょうか。
 僕にとっては公私に渡り色々なことがあった一年でした。楽しいこと、悲しいこと、幸せなこと、大変なこと…色々でした。

 そんな中でもこのブログの更新を一日も欠かさずにこれたのは、幸いというほかありません。

 本年も一日も欠かすことなく、伝奇時代劇(時に伝奇や時代が抜けることがありますが、そこはご勘弁下さい)の楽しさを、皆さんに紹介していければと思います。

 今後とも、どうぞよろしくお願いします。


 三田主水 拝

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