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2012.02.29

「新・影狩り」第1巻 やつらが血の臭いに乗って帰ってきた!

 江戸時代、幕府は、諸大名の落ち度を暴き取り潰すため、公儀隠密「影」たちを送り込んだ。それに対する諸藩の自衛手段は、「影」を殲滅し、口を封じることのみであり、そのために雇われる者は「影狩り」と呼ばれた。十兵衛・月光・日光――やつらが血の臭いに乗って帰ってきた!

 さいとう・たかをが時代劇画の世界でも大活躍していることは今更言うまでもありませんが、その代表作の一つが、「影狩り」であります。
 財政難に苦しむ徳川幕府が、諸藩を取り潰し、領地を没収するために送り込む「影」と総称される公儀隠密たち。
 そして「影」と対決し、これを殲滅するために大名側に雇われる十兵衛・月光・日光の三人の浪人、人呼んで「影狩り」。

 この両者の死闘を描く「影狩り」(以下「原典」)については、このブログでもいずれきちんと紹介するつもりであったのですが、その前に本作がリメイクされ「新・影狩り」として復活したのには、いささか驚かされるとともに、大いに嬉しく思いました。
 というのも、本作の作画を担当するのは岡村賢二。時代アクションものを描かせれば、職人芸的巧さを見せる作家の手により、原典は見事に復活したと言えるのですから…

 本作の主人公である影狩り三人衆――知勇に優れ豪剣の使い手である十兵衛、寡黙で冷静な月光、陽気で女好きな豪傑の日光。
 この三人は、原典ではいかにもさいとう・たかをらしいビジュアルなのですが、本作ではそれを踏まえつつも、完全に岡村賢二のキャラクターとして消化し、借り物ではない自分のものとして動かしているのが嬉しい。
 特に剣戟シーンは、三人のキャラクターがそのまま現れたアクションが素晴らしく、少なくともこの点では原典を上回っていると言っても過言ではないのではと感じます。


 さて、原典の魅力は、主人公を従来の時代ものに多かった隠密側ではなく、これに対する存在として設定したこともさることながら、そしてこの「影」vs「影狩り」というある意味単純な基本構造の上で、バリエーション豊かな物語を展開させてみせた点にあると言えます。
 もちろんその点は、本作において健在であることは言うまでもありません。

 この第1巻には4つのエピソードが収録されていますが、その内容を見ても、本作がバラエティに富んだ内容を許容することがよくわかります。
 日光の影狩り参入と草(土地に根付いた隠密)の悲劇を描いた「影狩り参上」、江戸への献上品を守る旅と消えた死体の山の謎「虐殺の峠」、城修築の認可状を狙う伊賀の怪忍者との対決編「忍鴉」、幕府転覆を狙う軍学者と手を組んだ十兵衛の恩師との悲壮な対決「我執の剣」――

 剣と忍術、剣と剣の激しい戦いあり、姿なき「影」の行方を追う謎解きあり、そしてその戦いの陰の哀しい人の情あり…
 この第1巻を読んだだけでも、「影狩り」がどのような作品であるか、ご理解いただけるのではないかと思います。
 そしてその面白さに、作者の画力が大いに作用していることもまた、言うまでもありません。


 個性的なキャラクターと様々な物語を許容する設定が、名手の筆と結びついた時、何が生まれるか…
 この先も末永く、影狩り三人衆の新たなる活躍を読めることを期待します。


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新・影狩り 1 (SPコミックス)

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2012.02.28

「えどたん」 探偵の目で江戸を見る

 推理小説ファンの高校生・天道未来は、落雷とともに230年前の江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこで殺人事件に巻き込まれた未来は、自分の先祖で南町奉行所の同心・天道今一とともに事件解決に奔走することとなる。それ以来、未来は次々と難事件に巻き込まれることに…

 タイムスリップもののサブジャンルと言いましょうか、「現代人がタイムスリップして、現代の科学や知識を利用して活躍する」作品群があります。
 おそらくその元祖は、マーク・トゥエインの「アーサー王宮廷のヤンキー」辺りではないかと思いますが、我が国の時代ものにも、もちろんそうした作品が決して少なくない数存在するのです。

 本作「えどたん」も、そんな作品の一つ。偶然(?)、江戸時代にタイムスリップしてしまった推理小説ファンの高校生が、江戸の探偵――すなわち「えどたん」として活躍するオムニバス・アドベンチャーゲームです。

 わけもわからぬままに安永7(1778)年の江戸に現れてしまった主人公・天道未来。
 ところが彼の目の前には殺された岡っ引きの死体が転がり、彼はいきなり捕らえられる羽目になってしまいます。
 しかも彼を捕らえたのは、ご先祖に当たる常町回り同心・天道今一。何とか事件を解決し、濡れ衣を晴らした未来は、今一の家に転がり込んで、時に好奇心から、時に正義感から、様々な事件に挑んでいくことになる…

 というのが本作の基本設定であります。
 ごくごく普通の現代の高校生である未来の武器になるのは、推理小説仕込みの推理術と、自分と一緒に江戸時代にやってきたアイテム(警察の鑑識官である父に荷物を届けに行く途中でタイムスリップしたという設定)。
 「未来の科学で捜査」というわけで指紋やルミノール反応を駆使して、江戸時代であれば迷宮入りな事件のカラクリを解き明かしていく…というのが本作の魅力の一つと言えるでしょう。

 しかしそれ以上に楽しいのは、江戸時代の知識は学校の授業で教わる程度しかない――すなわち、文化・風俗・社会制度等についてはほとんど知らない――未来が、事件の捜査の中で様々な江戸時代のナマに触れていく部分であります。
 奉行所のような治安維持体制、芝居小屋といった娯楽、庶民と武家の様々な違い等々…時代ものファンであればお馴染みの知識ばかりですが、しかし主人公のような、そしておそらくプレイヤーの大多数にとっては、ほとんど異世界に近い江戸時代に関する知識。
 本作では、これらを、大げさにいえば主人公の目を通じて追体験することができるわけです(この辺り、否応なしに目の前の事物を精査しなければいけない探偵もの、というジャンルは実に適していると感じます)

 そもそも、現代人が過去にタイムスリップする作品の肝は、現代人が現代の知識を使って過去で大活躍する点だけではなく、現代人が過去の事物に直接触れることによるカルチャーギャップ(そしてそれによる成長と相互理解)にあるのではないでしょうか。
 本作もその基本に忠実に、現代(未来)と過去の出会いから生じる、双方向の作用を描いているのであります。


 実のところ、時代ものとしてそれほど深いところまで突っ込んでいるわけではなく、謎解きとしてもかなり簡単な部類に入ります(今時このトリックはないだろう、と突っ込みたくなるようなものもありましたし…もっとも、作中でもスタッフからも同様に突っ込まれているのですが)。
 もともと携帯電話向けのゲームだったためか、ゲーム的にも、ほとんどコマンド総当たりでクリアできるものであります(更にいえば、UIもそれほど良いとは言えません)。

 それでも本作を最後まで楽しくプレイできたのは、さすがこのメーカーらしい、ツボを押さえた個性的なキャラクターたちの描写・設定と物語展開があることはもちろんであります(特に終盤、実は主人公の存在が…となる辺りは、実に面白い)。
 しかしそれ以上に個人的に嬉しかったのは、上に述べたようなタイムスリップものの基本をきちんと押さえた、丁寧な作品であったからにほかなりません。


 時代ものやミステリのマニアにはどうかと思いますが、それらに興味のある方が気軽に触れる分には、実に楽しい作品…
 こういう作品があっても、もちろん良いと思います。

 ちなみに本作は続編が発表されており、先日完結したばかり。
 私が本作をプレイしたiOS版の続編はまだのようですが、発売されれば、もちろんプレイするつもりです。

「えどたん」(カプコン iOS用ソフトほか)


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2012.02.27

「逃亡者おりん2」第06話 猛牛ファイト! おりんvs刺草

 剣草・刺草が毒を入れた井戸水を飲んでしまい、近くの村で手当を受ける誠之助。しかし村では他にも多くの者が同様の症状で苦しんでいた。自分たちの巻き添えを受けた村人を助けようとするおりんだが、回復した誠之助は一人旅立ってしまう。村を捨てた青年・松吉と同道する誠之助を襲う刺草。誠之助(実は衣服を入れ替えた松吉)を庇った松吉の父は倒れ、怒りに燃えるおりんは刺草を倒すが、おりんと誠之助に次の危機が…

 特撮/ネタ時代劇枠の「逃亡者おりん2」紹介、第6話であります。
 前回ラスト、取り戻した念書に記された「残月」という文字に驚きを隠せない誠之助。果たしてその言葉の意味は…というのは置いておいて、今回は何とも言い難いドタバタ騒動が展開されることに…

 険しい峠を越え、茶屋で水を飲もうとする誠之助。彼に水を手渡したのは、スキンヘッドの片言マッチョ、剣草陸ノ刺客・刺草――もちろん(?)水の中には毒が入っているのですが、おりんに邪魔されて、自分が毒を浴びて苦しむことに。挙げ句、振り回した鉄棒で茶屋を破壊してしてしまい、その隙に二人に逃げられてしまうのでした。

 しかし、逃げた先の村で誠之助が飲んだ井戸の水にも毒が…その毒は彼のみならず、村人たちも苦しめ、村は腹下しと発熱で苦しむ病人だらけになっていたのでした。
(にしても、浴びたら白煙が上がり、飲んだら腹を下すとは謎の毒。さすがは伊賀の忍びでも毒薬を得意とする剣草…か?)

 一人、皆を手当する老人・嘉平を手伝う降りんですが、刺草が井戸のみならず沢の水に毒薬を流すという古典的悪の組織的暴挙に出たことで、いよいよ状況は悪化。
 おりんの探してきた薬草で誠之助は回復したものの、自分たちのとばっちりで苦しむ村人たちを放ってはおけず、おりんは嘉平を助けて残ろうとします。

 しかしここで誠之助はおりんを振り切り、一人旅路を急ぐことに…いやもう一人、嘉平の息子・松吉は、ド田舎の上に病人だらけとなった村を見捨てて、無理矢理誠之助と同行するのでした。
 いや同行するだけでなく、一宿一飯の恩義と言いつのって、誠之助と服を交換してもらう松吉ですが…

 もうおわかりですね? おかげで誠之助と間違えられて刺草に襲われることとなります。そして刺草の手裏剣が彼に迫ったとき――身を挺して彼を救ったのは、なんと嘉平。
 誠之助を庇ったつもりが、結果的に息子を救うこととなったのを皮肉と言うべきか、救いと見るべきか…嘉平は松吉の腕の中で息絶えるのでした。

 ここで怒りを爆発させたおりんさんは、刺草が腰に巻いていた裏地が赤い布を奪い去って…何故か闘牛モード! 熊に育てられた割には行動が牛になった刺草は、頭から突っ込んでいって岩に激突した上、得物の金棒を誠之助に隠されてしまう始末。

 そして赤マントをブンブンと振り回す中でおりんは戦闘スタイルに変身! …が、しかし竜胆を素手であっさり受け止められ、肉弾戦では大苦戦。大技・投げっぱなしタイガースープレックスで地面に叩きつけられたおりんですが、しかし投げた後にブリッジして馬鹿笑いしている刺草の口に手鎖御免!
 それでも平気で歩き出したと思いきや、痛い、と言って刺草は死ぬのでした。もうやだこの人…

 自らの浅はかさから父を喪い、悲しみに沈む松吉。そして誠之助も自分の非を悟り、己の無力さを認め、ついにおりんに助力を求めるのでした。
 そして旅立つ二人に対し、いきなり巨大な岩が転がってきたところで次回に続く――新月の晩まであと7日。


 …と、もう刺草のどうしようもないキャラに振り回されっぱなしの今回。やることなすことベタな刺草の言動には、さすがの私もただただ唖然としました。
 誠之助と服を取り替えた時点で死亡フラグが立ったと思った松吉が生き残り、嘉平の方が…というひねりには、ちょっと「おっ」と思わされましたが、その直後に闘牛とは…
 だんだん自分が何を見ているのかわからなくなってくる、そんな回でした。


今回の剣草
刺草

 怪力を誇る陸ノ刺客。刃も通さぬ肌と巨大な鉄棒を武器とするが、頭は悪い。
 毒を井戸や沢に流しておりんや誠之助のみならず村人を苦しめたが、しばしば自爆。怒りのおりんの闘牛ファイトで鉄棒を喪ったが、素手の戦いでは圧倒した。しかしおりんを投げた後のブリッジの体勢で馬鹿笑いしていた口の中に手鎖御免されて死亡。


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2012.02.26

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 気がつけば寒い冬も終わりに向かい、あっという間に春はもう目の前。あれから一年、本当にあっという間のことでした…ありがたいことに、来月もたくさんの時代伝奇ものが待っていてくれます。
 というわけで、2012年3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 3月の小説(文庫)は、シリーズものの最新巻が中心の印象。

 堂々と伝奇時代小説を謳って2月から連続刊行がスタートした千野隆司「戸隠秘宝の砦 2 気比の長祭り」、いよいよシリーズ完結? の高橋由太「ちょんまげ錬金術師 ぽんぽこ もののけ江戸語り」、二度あることは三度ある、嬉しい再会の小松エメル「花守り鬼 一鬼夜行」、快調シリーズの最新巻の瀬川貴次「鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り」…硬軟取り混ぜて楽しみな作品ばかりであります。

 そして復刊の方では、先々月に新装版が刊行された「剣豪将軍義輝」の外伝集である宮本昌孝「将軍の星 義輝異聞」がまず目に止まりますが、忘れてはいけないのは角川文庫の山田風太郎コレクションで登場の「柳生忍法帖」。私が個人的に最も愛する作品であります。これを読まずして柳生十兵衛を語るなかれ! というのは決して過言ではありません。

 また、日本以外を舞台とした作品では、銀牌侠三度見参の秋梨惟喬「もろこし桃花幻」、今度はギリシアファンタジーの仁木英之「魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船(仮)」に注目でしょう。


 そして漫画の方も、やはりシリーズものの最新巻が中心です。

 現在続編も連載中のながてゆか「蝶獣戯譚」の新装版全2巻(前作が出るということは、当然続編もちゃんと単行本されるんですよね?)、四コマギャグの皮を被った本格派の重野なおき「信長の忍び」5、明治時代の琵琶湖を舞台とした伝奇活劇である唐々煙「曇天に笑う」3、何故かショタっ子近藤勇が活躍する森田滋「新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ」2…どれも個性的で、フレッシュな作品ばかりであります。
 ちなみに「信長の忍び」と同時に「戦国雀王のぶながさん」も単行本化。タイトルを見れば内容は一目瞭然(?)だと思いますが、そういう作品であります。こちらも楽しみ。

 楽しみといえば、早くも第4弾となる「お江戸ねこぱんち」が登場します。「ねこぱんち」誌の作家陣による時代猫アンソロジーコミック、猫好きで時代もの好きには見逃せません。

 そしてこちらも日本以外を舞台とした作品としては、ついに最終巻の中道裕大「月の蛇 水滸伝異聞」7、いよいよあの探偵が登場して盛り上がる森田崇「アバンチュリエ」3は読まなくては。

 また、文庫化では、「るろうに剣心」「あずみ」「殷周伝説」と大河シリーズが順調に巻を重ねております。


 映像作品の方では、先日放送されたばかりの「必殺仕事人2012」が、「必殺仕事人2010」とカップリングで登場。
 また、アニメの方では、実写版公開も間近となってきた「るろうに剣心」の新京都編 前編が発売であります。

 そして武侠方面では「小李飛刀」のDVD-BOXが個人的に気になるところ…


 最後にゲームでは、時代ものとかそういう枠を軽く飛び越えた異次元アイテムとして、やはり「ポケモン+ノブナガの野望」が気になるところですが…



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2012.02.25

「不思議絵師 蓮十 江戸異聞譚」 不思議絵が動かす情愛

 文化文政の頃、江戸で売り出し中の美貌の浮世絵師・蓮十には、描いたものが動き出すという秘密があった。何かと世話を焼きたがる地本問屋のお嬢さん・小夜や、悪友でライバルの歌川国芳らとともに、蓮十は次々と不思議な事件に巻き込まれることとなるのだった。

 これは偶然ではないと思いますが、私のかなり偏った読書傾向から考えても、(浮世)絵師を主人公にした作品は、決して少なくないように思えます。
 それは、彼ら絵師という存在を描くことが、いわゆる職人ものとしての側面と、美術品ものとしての側面の両方を持つという点から来ているのかもしれません。
 が、それ以上に、「絵」というものが我々にとって直感的にわかりやすく、そして身近な存在である――浮世絵は当時の立派な大衆文化であります――ことによるのではないでしょうか。

 と、それはさておくとして、本作「不思議絵師 蓮十」もそんな作品の一つ。作者のかたやま和華は、少女小説がメインですが、デビュー作は時代ライトノベル「楓の剣!」であり、その意味では原点回帰という印象がなくもありません。

 さて、本作の主人公・石蕗蓮十は、女性と見紛うばかりの美貌の青年にして、売り出し中の浮世絵師であります。
 早くも美人画で評判を得ている彼の秘密は、その筆で描いたものに、命が吹き込まれてしまうこと。
 それが望んでのことならばまだしも、望まなくとも作品が勝手に動き出してしまうのだから厄介なお話。そんなわけで、彼は意図的に自分の絵にほころびを作ることで、画竜点睛を欠かしめているのですが、それがまた不思議な魅力と評判になっているというのですから面白いものです。

 本作は、そんな蓮十と彼の作品が巻き込まれた不思議な事件を描く連作短編集。
 先妻の死絵が抜け出して夫や子を苦しめるという謎に迫る第一話。蓮十と彼の悪友兼ライバルの歌川国芳の絵比べが意外な騒動を巻き起こす第二話。そして般若の入れ墨を入れた纏持ちの周囲に出没する般若面の火付けを追う第三話。

 正直なところ、第一話の時点では蓮十のキャラクターが見えてこないのと、真相に意外性が全くないことで、印象は今ひとつだったのですが、第二話で一気に面白くなった印象があります。

 何よりも、蓮十と「宿敵」と書いて「とも」と読む、な間柄の若き日の歌川国芳がいい。
 猫好き女好きで自信過剰、勇み肌だが人の良いところもある好漢というキャラクター造形そのものも楽しいのですが、彼の存在を一種の鏡にして、蓮十のキャラクターもまた、よりはっきりと見えてきます。
 そんな二人が、料亭の襖絵を舞台に絵比べを繰り広げるというシチュエーションに蓮十の特殊能力が加わったことで起こる大騒動が――あ、なるほどといいたくなるようなオチも含めて――また微笑ましくも楽しいのです。

 そして続く第三話では、連続放火事件の背後に潜む、複雑な人の想いが招く意外な展開が強く印象に残ります。


 死絵・襖絵・入れ墨の下絵と、それぞれのエピソードに登場するのは、媒体は様々でありますが、いずれも蓮十の作品。そしてそのその作品の力に、人の情念が結びついた時、そこに事件が生じることになります。

 面白いのは、この情念の大半を占める男女の情愛というものに、蓮十が全く疎い――というより知らないことであります。
 実は蓮十は、幼い頃に実の母に売られ、葭町(ここがどういう場所かは作中でも直接描かれていないのでここでは伏せます)で過ごしてきたという過去を持つ人物。

 偽りの情愛が支配する世界で生きてきたことが、彼から真実の情愛の存在を遠ざけていたというのは皮肉ですが(そしてそれがラブコメ展開に繋がっていくのもうまい)、そんな彼の中のほころびが、ある意味事件の引き金となっているとも言えるのです。

 その意味では、本作で彼が自分の絵にまつわる事件を解決していくことは、彼がその背後にある情愛の存在を知ることでもあります。

 本作においては、そんな彼の人間性回復の過程は、まだ未だしといった印象。
 この先、彼が絵師として、人間としてどのように成長していくのか…一巻で終わりではもったいない作品であります。


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不思議絵師 蓮十―江戸異聞譚 (メディアワークス文庫)

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2012.02.24

「逃亡者おりん2」第05話 はだか鎖かたびらがおりんを襲う!

 誠之助から念書を奪った剣草を追うおりんは、途中で曰くありげな夫婦者と出会い同行することになる。川留めとなった千曲川の渡しに着いたおりんは、切支丹を探す宿改めに遭うが、件の夫婦がその対象と知り、誠之助とともに切支丹を装って逃げ出す。その隙に逃れた夫婦者だが、変装して宿に紛れていた剣草・紫苑に殺害されてしまう。夫婦のいまわの際の言葉から敵の正体を知ったおりんは紫苑を倒し、念書を奪い返すのだった。

 今週の特撮&ネタ時代劇枠「逃亡者おりん2」、遅れましたが第5話であります。
 誠之助が毒に倒れ、そして衝撃の姿を見せる剣草・紫苑! ともの凄い引きだった前回ラストですが…

 誠之助の手当をして去ったおりんは、途中で大胆に脱ぎ捨てられた老婆の扮装を見つけ、敵が変装の使い手であることを知ります。

 その後、旅の夫婦者・譲吉とお由と出会い、足を痛めたお由のために薬草を集めてやったおりんは、廃屋で雨宿りをしていたところに、再び彼らと出会います。
 おりんとの再会を素直に喜ぶ二人に対し、変装する敵のこともあり心から信じることができないおりん。木曾まで旅の道連れになってくれないかという二人を一度は振りきって出ていくのですが…

 さて、おりんたちの行く先にある千曲川の渡しは、二日前から川止め。それは同時に、密書を奪った紫苑も先に行けずに足止めを食らっていることでもあります。
 しかし、その間に宿改めでもあれば、お尋ね者のおりんは厄介なことになります。そんなこともあり、結局おりんは二人と行動を共にするのでした。

 さて、宿で誠之助と再会したおりん。命を救ってくれたことの礼と、密告の詫びを言う誠之助に、おりんは念書を奪い返すまで共同戦線を張ることになります。しかし誠之助は新月と密書との関係を知らなかった様子…
 と、そこにやって来る宿改め。しかし対象はおりんではなく、木曾山中のキリシタンの里に向かう夫婦者――言うまでもなく彼らであります。
 そしてお由が踏み絵を躊躇う姿を見過ごせなくなったおりんは、誠之助を巻き添えにして、夫婦者のふりをしてその場から逃亡するのでした。

 しかし譲吉とお由も神の愛を信じる切支丹。おりんに迷惑はかけられないと自首しようとするのですが――そこに現れたのは、宿にいた(そして時折あからさまに怪しい表情を見せていた)薬屋。彼は、今おりんと誠之助が捕まってくれた方がありがたいと、無残にも二人を刺し殺すのでありました。

 戻ってきて倒れた二人の姿を見つけたおりんは、譲吉の今際の際の「薬屋に気をつけろ」の言葉を確かに聞くのでした――

 そして解除となった川止め。何事もなかったように歩を進める薬屋こと紫苑の前に現れたのはもちろんおりんであります。
 一瞬の交錯の後、戦闘スタイルに変身していたおりんですが、紫苑の方も――出た、素肌鎖帷子! 深夜番組とはいえ、乳首を隠さぬ危険過ぎるスタイル!

 しかしこの紫苑、あからさまに変態的な外見とは裏腹に相当強い。アヒャヒャと笑いながら振り回す青竜刀の前に、難攻不落のおりんの肌も傷を付けられることとなります。
 ついに膝をついたおりんに振り下ろされる青竜刀。しかしその刃が肩パットに当たって逸れた隙に(初めて役に立った?)、刃を蹴っておりんは宙に。着地しながらの手鎖御免!

 さしもの紫苑ももんどり打って倒れるのでした。その際の、「バァーッ」という謎の叫びは、爆発音の代わりだったのかもしれません。それくらい、どうしてそこで爆発しないのだ、と言いたくなるような倒れ方でした…

 さて、刃に毒があったのか、取り返した念書を誠之助に託し倒れるおりん。誠之助は念書に記された残月という言葉に驚くのですが…新月の晩まであと9日。


 お話的には時代ものにたまにある「川止めされた人々の中に姿なき敵が」パターンなのですが、何しろ紫苑の変態ぶりに一気に持って行かれた感のある今回。
 お話の地味さを剣草のキャラで補うというのは、良いような悪いような…しかしこれが「おりん2」と言うほかありません。


今回の剣草
紫苑

 変装を得意とする剣草伍ノ刺客。真の姿は落ち武者ヘアに素肌鎖帷子、赤マフラーで、青龍刀を得物とする。
 老婆に化けて誠之助に毒を盛り、念書を奪うが川止めで足止めされ、川原でのおりんとの対決に惜しくも敗れ去った。


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2012.02.23

「いくさの子 織田三郎信長伝」第2巻 あまりにも原哲夫な…

 原哲夫の最新作、少年時代の織田信長を主人公とした「いくさの子 織田三郎信長伝」の第2巻です。
 第1巻は本作独自の破天荒な信長像の紹介という趣もありましたが、ここからいよいよ本番、さらに破天荒なキャラクターたちが顔を見せることとなります。

 海賊の人質となりながらも、自らの配下の不良少年たちを兵としてこれを平らげた上、自分にかけられた身代金を奪い取るという離れ業をやってみせた吉法師(後の信長)。

 この巻では、その時点で12歳だった彼が元服するまでが描かれますが、そこまでの道のりはなかなかに険しいものがあります。
 というのも、当時の織田家、当時の尾張は、まさに内憂外患の一言。内に尾張国内での争い(主流傍流の織田家同士の争い、さらに織田家内の争い)を抱え、外に美濃の斎藤道三をはじめとする群雄との戦いを抱え――

 いかに尾張の虎・織田信秀といえども、この状況はあまりにも厳しい。しかもこの物語開始の時点では、道三との加納口の戦いで織田軍の約半数を失うという大敗を喫した直後なのですから。

 そして、その信秀が、最終兵器として育てる文字通り秘蔵っ子が信長というのが、本作の根幹を成す設定であります。
 少年時代の信長と言えば、「うつけ者」として知られますが、それは実は、信秀と平手政秀、そして沢彦宗恩によって考えられたカムフラージュ。
 うつけ者の姿で内外を油断させているうちに、信長を尾張を背負って立つ大器に育て上げようという策なのであります。

 なるほど、うつけ者信長が、一種のカムフラージュというアイディア自体はさほど珍しくはありませんが、それに信秀や教育役たちが関わっていたというのは、なかなかにユニークではありますまいか。


 さて、今回初登場の信長の教育役・沢彦宗恩のキャラクターがなかなかにすさまじい。臨済宗の僧侶で信長の教育係、後に参謀という他はほとんど記録の残っていない人物を本作がどのように描いたかと思えば…簡単に言ってしまえば、ほとんどここしばらくの原哲夫漫画の主人公――時に人を食った、時に尊大な態度の超肉体派。公権力横領捜査官か第62代北斗神拳伝承者か、といったといったところ。

 何しろ、初登場時からして、件の信長の秘密を探りに来た今川の間者を素手で撲殺するのだから凄まじい。その後も、何かといえば自らの豪腕ぶりをアピールし、信長のためにならぬ者は即撲殺しかねない剣呑な人物として描かれます。

 この沢彦に負けていないのが、かの今川義元。義元といえば、貴族趣味に溺れた愚物というのが(残念ながら)一般的なイメージですが、本作においてはその化粧の意味を、常在戦場の死に化粧と解釈する飛びっぷり。
 「ノオウ!」の口癖も謎な一種の妖人として、まだ出番は少ないものの絶大なインパクトを与えてくれます。
(この二人ほどではないものの、太原雪斎もやはりバイオレンスな外観)

 それにしても、この辺りのキャラクター造形、歴史上の人物のアレンジぶりは、さすがは、と思う反面、あまりにも「原哲夫な」描写で、ネタ的な部分も大きいところがいささか残念でもあり…なかなか複雑なところではあります。


 そんな不満もあるものの、やはり戦国豪傑譚として、本作は類作に比べても図抜けた作品であるのは間違いありません。
 この巻のラストで元服し、ついに誕生した織田三郎信長(この名前の由来もちょっと凄い)。
 内憂外患の状況が変わったわけでもなく、いやこれからが彼の戦いの本番となるわけですが…従来のイメージを踏まえつつも、それを木っ端微塵にぶち壊す、そんな痛快な信長のいくさを見せていただきたいものです。


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 「いくさの子 織田三郎信長伝」第1巻

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2012.02.22

「柳生黙示録」 島原地獄変、真の完結!

 寛永14年、異国で客死したはずの高山右近が帰国した。恐るべきキリシタンの秘密を知る右近を襲う森宗意軒率いる神聖ハポン騎士団の七剣士の秘剣と妖術。その戦いに巻き込まれた柳生十兵衛には、キリシタンと隠れた因縁があった。しかし彼の前に現れた天草四郎の正体は、彼の想像を絶するものだった…

 ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか、ある意味幻の作品となっていた荒山徹の「柳生黙示録」が単行本化されました。

 寛永14年、オランダ船が長崎にもたらしたもの。その報が届くや、幕臣たちを震撼させたその正体は、20年以上前にマニラで客死したはずの高山右近その人でありました。
 右近といえば、信長、秀吉に仕えた筋金入りのキリシタン大名であり、相次ぐ禁教令に従わず、それ故海外に追放され、そこで没したはずの人物。
 それが生きて、しかもおそるべき秘密を握って帰国したことから、暗闘が開始されることとなります。

 右近の口を封ぜんと襲うのは、伝奇者にはお馴染みの森宗意軒とその配下、神聖ハポン騎士団の黙示録の七剣士。そしてこれに立ち向かうのは、我らが柳生十兵衛!

 というわけで、島原の乱前後を舞台に展開される本作は、いかにも荒山作品的なガジェットと展開満載の作品。
 特に、柳生十兵衛――というより柳生一家とキリシタンの因縁、そしてそこに結びつく天草四郎の驚愕の正体など一見無茶苦茶な展開ながら、文章の確かさと、伝奇的構成力――伝奇要素をうまく繋ぎ合わせる力とでも言いましょうか――の高さで一気に読ませてしまうのは、さすがというほかありません。


 さて、そんな本作が冒頭で述べたようにある意味幻だったのには、理由があります。
 「小説トリッパー」誌に連載されていた本作は、最終回において、こちらが驚くほど(悪い意味で)ヒドい展開、ベタな言い方をすれば、ジャンプの打ち切り漫画的な内容――それも「ソードマスターヤマト」の最終回クラス――を迎えてしまったのです。

 さすがにこのままの形で単行本化は困難だろう…というのは万人の認めるところで、本作は雑誌連載終了からだいぶ時を経て、大幅に加筆修正を加えられた形でこうして刊行されたのであります。
(それ故、一昨年の柳生もの断筆宣言との関係はノーカンと言うべきでしょうか)

 そして迎えた真のラストですが…これが別のベクトルで実に(こちらはもちろん荒山ファン的には良い意味で)ヒドい。
 「なぜだ」と言いたくなってしまいたくなる超展開は色々な意味でこちらの想像を絶するものであり、ここまでくれば、やはり荒山柳生、荒山伝奇はこうでなくては…と感じ入る他ありません。

 作者は以前のトークライブで、「「柳生黙示録」は「魔界転生」でしょうか」と聞かれて「然り」と答えていますが、これは別の作家のほうの「魔界転生」だろう…と言うほかありません。


 が、そんないかにも作者らしい楽しさに満ちた本作ではあるのですが、諸手を挙げて歓迎する気になれない部分もあります。
 それは本作における悪の源、全ての黒幕として、キリスト教、なかんずくイエズス会が設定されていることに依ります。

 なるほど、キリスト教の布教の歴史、さらにイエズス会の性格を見れば、本作の内容が全くの事実無根とは言えず、実際のところ、他の作家による同様な趣向の作品もいくつもあります。
 それでもやはり気になってしまうのは、本作におけるそれらの描写が、まだ陰謀論の域を出ていない程度のものであり、そしてまた、島原の乱という多大な犠牲者を出した事件の原因を語るに、いかにも軽すぎる――言い換えれば、その描く内容に比して、説得力が足りないからにほかなりません。

 これが、作者の十八番たる朝鮮ネタであれば、一種の愛ゆえの暴走としてこちらも納得できるのですが、本作においては、まだまだその域には達していない――そう感じるのです。

 あるいはそれは、柳生十兵衛という絶対的なヒーローを配置した故に、絶対的な悪を必要としたということなのかもしれませんが、そうであるならば、本作のラストの展開もまた、いささか違った色彩を持って見えてくる…というのはさすがに穿った見方だとは思うのですが。


「柳生黙示録」(荒山徹 朝日新聞出版) Amazon
柳生黙示録


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2012.02.21

「戸隠秘宝の砦 第一部 吉原惣籬」 今の時代に伝奇時代小説を描くということ

 青年剣士・松枝近忠は、実の父である府内藩主・大給近訓から、藩の窮状を救うため、秀吉の残した百万両の財宝の探索を依頼される。財宝の三つの鍵の一つである宝刀を手に、残るギヤマンの皿と奉納の絵馬を探す近忠の前に現れる刺客・怪人たち。吉原の大見世・玉屋の力を借りて探索に挑む近忠だが…

 伝奇時代小説であります。
 私が言うのもなんですが、文庫書き下ろし時代小説全盛の時代においてはマイナーな扱いである「伝奇時代小説」を堂々と帯に謳っているのが、本作「戸隠秘宝の砦 第一部 吉原総籬」であります。

 旗本松枝家の次男として育てられた主人公・近忠は、ある雨の日、旅姿の侍が黒頭巾の侍たちに斬られるのを目撃します。その場に駆けつけた近忠は、侍のいまわの際の言葉を聞くことになります。

 その翌日、自分の実の父である府内藩主・大給近訓と対面することとなった近忠。
 近訓は財政的な窮状にある藩を救うために秀吉の百万両の財宝探しを近忠に命じ、いずれこの日があることを予期していた近忠は、勇躍その探索に乗り出すことになります。

 そその鍵となる三つのアイテム――ギヤマンの皿・奉納の絵馬・宝刀の茎のうち、宝刀を託された近忠は、父と昵懇の吉原総籬の大見世・玉屋の力を借りて、皿を持つ大商人・高嶋屋に接近、そこで出会った高嶋屋の娘・お絲と惹かれあうようになります。
 しかし高嶋屋と手を組む小浜藩の城代家老一派こそは、かつて彼が目撃した雨の日の凶行の張本人なのでありました。

 そしてさらに、財宝の存在を知る怪人・鼠小僧次郎吉一党も現れ、財宝争奪戦は、三つ巴の様相を呈することに――


 という本作のあらすじを見れば、なるほど、見事に伝奇時代小説であります。
 颯爽とした青年剣士に可憐純真なヒロイン、冷酷な悪役に強欲な大商人、暗躍する大盗…そして彼らが争奪戦を繰り広げるのが謎の秘宝とくれば、これはもう伝奇時代小説の王道ど真ん中と言うほかありません。

 冒頭で触れたように、現在(私に言わせれば不当にも)ではすっかりマイナージャンルとなった伝奇ものを堂々と謳い、そして内容の上でもそれを志向する作品の登場には、もう諸手を上げて大歓迎するほかありません。


 しかし、そんな本作が、単に典型的な伝奇時代小説を、そのまま今の時代に復活させただけの作品ではもちろんありません。

 実際に読んでみれば本作の手触りは、実は、むしろ現代の文庫書き下ろし時代小説的ですらあります。
 それは具体的には、人間描写の細やかさに代表的に示されるように、キャラクターの個性や、筋書きの奇抜さのみにとらわれない物語描写、とでもいいましょうか――一言で言えば、地に足の着いた物語、であります。

 もちろん、豊かな伝奇性と、地に足の着いたドラマ性は、決して両立しないものではありません。
 しかしいわば非日常性と日常性を両立させた作品は存外に少ないというのが現状なのもまた事実。どちらかに偏ればどちらかが(程度の差こそあれ)犠牲になりかねない、難しいバランス感覚を要するものであります。

 それを両立させた作品で真っ先に浮かぶのは、藤沢周平――個人的には文庫書き下ろし時代小説の源流の一つと目している作家ですが――の「闇の傀儡師」ですが、本作はそれに近いラインを狙っているように感じられます。
 そしてそれはある程度、成功しているようにも感じられます。

 伝奇的な仕掛けを背景に、血の通った人間たちを動かしてドラマを描き出す…本作は、文庫書き下ろし時代小説の時代に伝奇時代小説を描くということの一つの解である――というのは大袈裟かもしませんが、そのような印象は確かにあるのです。


 本作は全三巻の構想とのこと。次巻以降は江戸を離れた秘宝の探索行がいよいよ描かれることとなります。
 日常を脱した世界で、いかに非日常性を失わずに日常性を描くか。本作の真価もまた、これから問われることになるのかもしれません。

 ちなみに、「伝奇時代小説」の定義については、本書の解説において細谷正充氏が、「いま本当におもしろい時代小説ベスト100」に掲載した拙文を引いた上で、さらに納得の解説を加えており、こちらもぜひご覧いただきたく。


「戸隠秘宝の砦 第一部 吉原総籬」(千野隆司 小学館文庫) Amazon
戸隠秘宝の砦 第一部 吉原惣籬 (小学館文庫)

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2012.02.20

「陰陽頭 賀茂保憲」 大陰陽師、闇を狩る…?

 妖怪や鬼、怨霊に悪しき神…平安京は様々な魔に狙われていた。そんな闇の存在から京を守るは、陰陽頭・賀茂保憲――大陰陽師と仲間たちが闇に挑む!

 …というあらすじは、間違えてはおりませんが、100%正しいというわけでもありません。
 何しろ作者は伊藤勢。ヒーローの派手なアクションや、この世のものならざる怪物の跳梁を迫力に富んだ筆致で描くと同時に、時に不謹慎な、時にすっとぼけた、時にお下劣なギャグをしれっと交えてくる曲者なのですから…

 というわけで、本作「陰陽頭 賀茂保憲」は、その伊藤勢が「コミック怪」誌に「闇守人」のタイトルでシリーズ連載してきた短編を集めた作品集。
 いかにも作者らしく、アジアン伝奇テイストが横溢する中に、破天荒なアクションと大破壊、ナンセンスギャグを満載した怪作・快作揃いであります。

 本書に収録されているエピソードは全4編。玉藻前と大陰陽師の対決があらぬ方向に転がっていくパイロット版的趣向の「九尾」をはじめとして、いずれのエピソードも、平安の奇譚・伝説・霊異譚好きであればお馴染みのエピソードを大胆に脚色しています。

 「百鬼夜行」では、幼い頃の安倍晴明が、師と夜の京を行く際に百鬼夜行の存在を察知した「今昔物語」のエピソードを。「常世蟲」では「堤中納言物語」中の「虫愛づる姫君」を。
 そして大作「牛王」では古浄瑠璃などに登場する源満仲の娘・丑御前の物語を――

 題材となったいずれのエピソードも、好きな人間の間ではそれなり(以上)に有名であり、これまでにこれを踏まえた作品も少なからず存在します。
 それでもなお、本作が独特の魅力――というより異彩を放つのは、その元ネタを、徹底したパロディセンスで粉砕し、再構築しているためでしょう。

 なぜ百鬼夜行と対峙していたはずの保憲がチョッパーで京を爆走するのか、なぜ晴明が女装して虫愛づる姫君と小美人やってるのか、なぜ丑御前-素戔嗚尊-牛頭天王の伝奇的ラインが巨大××××攻防戦になるのか…
(ちなみに前二作での晴明いじりはいささか危険域)
 一見無茶苦茶をやっているようでやっぱり無茶苦茶、しかしその中にキラッとこちらを唸らせるようなアイディアの数々が隠されているのが――特に上記の牛頭天王解釈など、駄洒落のようでいて妙な説得力――何とも楽しいのであります。

 楽しいといえば、作者の作品のお楽しみのスターシステムも、「牛王」の実質上の主人公カップルである坂田金時と丑御前が、個人的に非常に思い入れのあるあの作品の二人っぽくて…


 というのはさておき、とにかく作者がのびのびと、好きな題材を好きなように描いているのが本当に嬉しい本作。
 一応単行本は一冊でまとまっていますが、続編の構想もあるようで、今後も伊藤流平安伝奇活劇を楽しませていただけるようです。


「陰陽頭 賀茂保憲」(伊藤勢 角川書店怪COMIC) Amazon
陰陽頭 賀茂保憲 (怪COMIC)

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2012.02.19

「ちょんまげ、ばさら ぽんぽこ もののけ江戸語り」 実は実はの大伝奇

 江戸に次々と現れる戦国武将の亡霊たち。風魔小太郎により江戸を守る四神の封印が解かれ、地獄から亡霊たちが甦ったのだ。自分の祖父・相馬二郎三郎との因縁から、自分も亡霊たちに命を狙われる羽目になり、やむなく江戸を守るために戦う小次郎だが、事件の陰には、彼も良く知る者の姿が…

 戦国時代に「ちょんまげ、ちょうだい」の異名で恐れられた男の孫・相馬小次郎と、見かけは美少女、中身は天然の半妖狸のぽんぽこ――おかしなコンビが江戸の怪事件に挑む「ちょんまげ、ちょうだい」シリーズの第2弾は「ちょんまげ、ばさら」。
 一体このタイトルはどのような意味が込められているのでしょう、というのはさておき、今回の事件はスケール、登場人物ともに前回以上、というよりそうそうお目にかかれないようなとんでもない内容となっています。

 ある日、江戸城と目と鼻の先の内海に出現した軍船――それに乗っていたのは、地獄から甦った長宗我部元親とその配下たち。
 江戸を守る四神相応の封印が、風魔小太郎を名乗る者により解かれ、徳川家に恨みを持つ武将たちが甦ったのであります。

 その一番手である元親は、人の血を好む奇怪な生き人形を供に連れた、まさしく鬼若子。自分の天下取りを邪魔した徳川家、そして自分と愛する人形を倒した相馬二郎三郎への怨念に凝り固まって、彼は江戸に現れたのであります。それに対し、太平に慣れた幕閣はあまりに無力。しかし、そこに単身長宗我部の軍勢に切り込んだ男が――

 というのが冒頭のエピソードなのですが、ここで孤剣を振るって大活躍するのが、小次郎ではないのが、いかにも本作らしいすっとぼけ方で楽しい(ちなみにここでは、意外な人物が意外な大暴れを見せてくれます。地味な印象の強い、この人物史上に残る大殺陣ではないかしらん)。
 ぽんぽこの方も、実は四神の一人(!)という意外な設定を背負いながら、のっけから任務放棄といういい加減さで、伝奇的な大事件とのギャップと、この主役コンビの相変わらずの暢気さが、本作の最大の魅力と感じます。


 …しかし、この「実は」というのが案外な曲者。本作においては、実は(ややこしい)「実は」が非常に多いのであります。

 実際のところ、本作は意外な設定のオンパレードといった感があります。
 今述べたように、冒頭のエピソードに登場する元親の設定や、ぽんぽこの使命などがまずそうなのですが、ほとんど全ての登場人物に、この「実は」があるのです。
 それがまた、実に「伝奇的」なものばかりで、本来であれば私など大喜びなのですが――

 いかんせん、これだけ連発されると、さすがにどうなのかなあ…という気分になってくるのが正直なところ。
(さらに言ってしまえば、「実は」が、そのキャラクターをより掘り下げる形に作用しているのであればよいのですが…)


 考えてみれば、本作は、作者の作品の中では、おそらく最も大仕掛けな舞台設定を持つ作品であります。
 一方で作者は、個性的なキャラクターを用意して、それを動かすことで物語を動かす作風。
 その二つが、本作ではうまくかみ合っていないのではないか…そんな印象があるのです。

 キャラクター良し、設定も面白い。しかし…
 その違和感を、完結編であろう第3弾「ちょんまげ、くろにくる」で払拭してくれるか、見届けたいと思います。


「ちょんまげ、ばさら ぽんぽこ もののけ江戸語り」(高橋由太 角川文庫) Amazon
ちょんまげ、ばさら  ぽんぽこ もののけ江戸語り (角川文庫)


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2012.02.18

「真田幸村異聞」 鬼子幸村、戦場を駆ける

 真田幸村は、真田一族の血が結実した鬼子だった。生まれながらに強い験力を持つ幸村は、その鬼子の魂の導くままに戦いを繰り返す。その末に、一子・幸昌とともに大坂の陣に臨んだ幸村。一族を滅するという宿命を持つ幸村の、そして真田一族の運命は…

 戦国時代最大のヒーローとして受け止められているのは、やはり真田幸村なのではないかと思います。
 人気、という点で上回る人物は幾人もいるかとは思いますが、フィクションで描かれる際、ほとんど全て善玉扱いというのは彼くらいではないかと思うのです。

 本作はそんな幸村を主人公に据えた作品でありながら、しかしそこで描かれる彼の姿は、単純な善玉ではない――荒ぶる魂を秘めた、鬼神の如き存在であるのが目を引きます。

 本作においては、修験道に通じた一族として語られる真田一族。その中で、本来であれば厳しい修行を必要とするはずの験力(一種の超能力)を生まれながらに持つ幸村は、鬼子として一族同士で殺し合い、一族を滅ぼす存在として語られます。

 そんな本作の幸村像は、他の作品で見られるような義に厚い知将や颯爽とした荒武者ではなく、むしろ時として凶暴な表情を見せる、一種魔人ともいうべき存在。
 特に大坂の陣においては、宿敵・家康を討つため、念動力や憑依といった験力を駆使し、家康を法力で護る南光坊天海と死闘を繰り広げることとなるのです。


 しかし本作は、こうしたいかにも伝奇的な派手な側面を持ちつつも、その一方で、幸村のもう一つの側面を描く方向に向かっていくこととなります。

 その人間幸村を描く筆となるのは、その子・幸昌の存在であります。
 真田幸昌は、いわゆる真田大助として知られる存在ですが、本作においては、実は梅という名の女性という設定(ここで幸村のことに詳しい方であれば、おっ、と思われるはず)。
 少女でありながら戦いを恐れず、それどころか幸昌を名乗って戦装束に身を包み、積極的に戦いの場に飛び込んでいく梅は、幸村の鬼子の気性を継いだかのようなキャラクターとして描かれます。

 しかし、たとえそうであっても梅は娘(女)であり、幸村は父。それが鬼の心をいつしか変え、人間として己の戦い以上に大切な物を教える――
 というのは、正直なところ定番の展開であるかもしれませんが、本作の特異な、凶暴なまでの幸村像を通して描かれると、不思議な説得力を持つのです。

 平和に馴染めず、己と一族を滅ぼすことも厭わずに最後の最後まで戦いを求めた戦国武将・真田幸村。
 その戦いを止めたのが、自分の娘――自分の血を引く者であり、そしてその血を更に継いでいく者であったというのは、真田一族の宿業(そしてそれは、実は戦国武将全てに共通するものなのですが)の終焉として、印象的に感じられるのであります。


 しかし残念なのは、本作がこうした内容を存分に描くのには、いささか分量が少なかったことであります。
 せめて単行本2冊分あれば、幸村と、梅をはじめとするその周囲の人物たちの描写を、もう少し掘り下げて描くことができたのではないでしょうか。
 本作の幸村像がユニークであるだけに、その点だけは残念でなりません。


「真田幸村異聞」(佐々木泉 アスキー・メディアワークス電撃ジャパンコミックス) Amazon
真田幸村 異聞 (電撃ジャパンコミックス)

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2012.02.17

「妖術武芸帳」を見終えて

 さて、「妖術武芸帳」全13話の紹介を無事に終えることができました。
 ソフト化されていない作品ゆえ、今まで以上に私が楽しいだけという周囲置いてけぼり企画ではありましたが、なかなか見ることができない作品だけに、こうして文章を書いておくのも、なにがしかの価値はあったのではないかと考えております。

 この「妖術武芸帳」、さすがに40年以上も前の作品だけあって、特撮技術など今の目で見ると厳しいものがありますが、しかしそれでもそれなり以上に楽しめるのは、さすがは…というべきでしょう。

 颯爽とした中にも骨太な存在感を漂わせる鬼道誠之介を演じた佐々木功、豪快で無鉄砲な愛すべき荒武者・覚禅を演じた藤岡重慶、二人の好演は言うまでもありませんが、さらに香たき殿を月形龍之介、毘沙道人を原健策とベテランが脇を固めて隙がない。

 特に原健策は、時に飄々と、時に迫力十分に毘沙道人を好演。日本侵略のために清国からやってきた妖術師の総帥という、リアリティがあるようなないような存在を、見事に具現化して演じていたと感じます。


 ただ、曲者なのは――ある意味本作の主役ともいうべき――この「妖術」の存在であります。

 本作における妖術とは、超能力や魔法とはことなり、種も仕掛けもある術であり、むしろ性質的には「幻術」と呼ぶべきもの(霞道士の冷凍術は素で超能力っぽかったですが)。
 これはこれで理にかなったものではあります。しかしどれほど意外性のある術であっても、結局は幻覚というのはやはり寂しい。
 その辺りを補うように、後半、各回のラストに(といっても数回ですが)妖術解説があったのですが、これも何となくすっきりしない内容で…

 その術が破れる時にも、例えば大きな音や光、何かの衝撃といった現実の現象により、脳が認識していた幻が消え去るというのもそれなりに納得できるのですが、いかにも地味であり、偶然の作用にも見えてしまうことがしばしばあったのはヒーローものとしてのカタルシスに欠ける面はあったと思います。


 更に物語面を見ると、後半に登場した伊上脚本の十八番・巻物争奪戦――本作においては、尾張藩の幕府転覆に協力を誓った大名を記した連判図という設定なのは面白い――が、あまりうまく作用せず、登場した次の回と、最終回くらいしか印象に残らなかったのが残念なところではあります。
(同じく定番の抜け忍くノ一ネタは、さらにその弟も絡めることにより、それなりに印象に残るものとなっていただけになおさら…)


 この辺りを見ると、本作が1クール打ち切りとなったのも――2クール目は西洋妖術師が登場する予定だったらしく、実に勿体ない!――やむを得ない部分はあるのかもしれませんが、しかし今回こうして本作を見てみると、そうした部分があってもなお、実に面白い作品であるという印象は強く残ります。

 正義の剣士vs邪悪の妖術師という、レトロといえばレトロ、王道といえば王道のシチュエーションを、時代劇の舞台で真正面から描いてみせる――それだけでしびれるではありませんか。
 ことに、TV連続時代劇がほぼ壊滅状態にあり、また時代小説もこじんまりとまとまった作品が多くなった印象のある今この時だからこそ、本作の荒唐無稽さとある種の実験精神が新鮮にすら感じられるのです。

 冒頭に述べたようにソフト化に恵まれていない作品でありますが、しかし決してそれは見る価値がない作品、ということではありません。
 私は幸運にも東映チャンネルで放送されたものを見る機会に恵まれましたが、今後も何がしかの形で放映の機会をぜひ設けていただきたい――そしてその際にはぜひご覧いただきたい作品であることは間違いありません。


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2012.02.16

「妖術武芸帳」 第13話「怪異人影殺」

 ついに尾張に到着した大住内膳。内膳の周囲を見張っていた誠之介はついに道人と対決するが、妖術・人影殺に陥り自らの太刀を己に向けることに。そのまま誠之介は池に転落、池には血が浮かんだ。しかし香たき殿も尾張に到着したことを知った道人は、その暗殺に向かうが、待ち受けていたのは覚禅と、生きていた誠之介だった。再びの人影殺を辛うじて破った誠之介は道人を斬り、内膳も香たき殿に成敗された。道人の陰謀は潰え、誠之介たちは笑顔で江戸に帰るのだった。(終)

 尾張に到着した尾張藩江戸家老・大隅内膳を尾張大納言に会わせまいと無理を承知で襲撃を仕掛けた覚禅は、待ち伏せていた鉄砲隊の襲撃を受けるのですが…ここでただ一人、手裏剣で鉄砲隊を皆殺しにしたのが楓さん。戦闘力であれば兄以上です。

 さて、誠之介の方は内膳を見張っていれば道人が出てくると睨み、その通り現れた道人をつけて、道人が行を行うお堂を突き止めます。そこを守っていた四人の道士(名前はないが、さりとて雑魚配下でもない)を蹴散らし、堂の中で道人と対峙する誠之介は、潔く清国に去れと道人に言うのですが、おとなしく言うことを聞くわけもない。
 互いの持つ半分ずつの倒幕の大名連判図(忘れてた!)を賭けて最後の対決が始まりますが、道人の妖術で堂の中は炎で包まれ、扉を開けて見れば外は一面の水。意を決して水に飛び込んだに見えた誠之介ですが、その姿は外の木の上に…
 種を明かせばこの水は、先程の四人の道士が瓢箪から水を巻きながら堂の周りを回っていたのでした。

 四人を斬り捨てた誠之介は、再び道人に呼びかけ、再び二人は池の畔で対峙するのですが…何だか繰り返しでややこしい。
 しかしこれも道人の罠。先ほどの術は陽の術、陰の術・人影殺が誠之介を襲います。この術は一種の催眠術、体を操られ、道人の動きと同じ動きをする(「伊賀の影丸」によくあった術ですね)誠之介は、ついに己の首に太刀を擬する羽目に――
 自分の首に刀を突き刺した(しかし無傷)の道人と同じ動きを取り、そのまま池に転落する誠之介。そして池の水が真っ赤に…

 一方、援軍の隠し目付二人と合流した覚禅は、道人を阻もうとしますが果たせず…(ここで登場する隠し目付コンビが異様に脳天気で面白いのですが、当時の人気漫才コンビの中田ダイマル・ラケットだそうです)

 さて、一人祝杯を上げていた内膳の前に現れた道人は、そこに楓が忍んできたのを見破ります。四人の道士(って生きてたのか)や藩士に追われた楓の前に現れたのは、江戸からやって来た香たき殿の行列。
 上様から尾張大納言に遣わした香炉を持ってきたという触れ込みの香たき殿が、次席家老の屋敷を宿としていると知り、襲撃を仕掛ける道人たちですが――そこで香たき殿に化けて待ち構えていたのは覚禅、そして生きていた誠之介!
 水に飛び込んだことで術が解けた誠之介は、池の鯉を斬ってその血でカムフラージュしたのでした(本当に可能かは知りません)。

 覚禅が道士を引き受け、誠之介は道人と最後の対決であります。
 大名連判図があるかぎり、日本国を乗っ取ってみせる嘯く道人が宙に投げ上げた連判図は無数に増え、斬れば炎を上げて大爆発。誠之介はたちまち炎に巻かれ、その中で道人は再び人影殺を仕掛けます。
 自分目掛けて動き出す切っ先を、脇差で受け止める誠之介。その衝撃が人影殺を破り、誠之介と道人は、小細工抜きで真っ向から打ち合います。
 しかし誠之介には敵わず斬られた道人は、「ま、負けたーっ!」と敵の首魁らしい潔い叫びとともに倒れ、炎の中に消えるのでした。

 一方、内膳の方はここまで潔くなく、香たき殿に詰問されて自決…と見せかけて襲いかかったところをあっさり躱され、香たき殿に成敗されるのでした。

 悪は全て滅び再び天下は太平。上司と兄をそっちのけでキャッキャウフフする誠之介と楓の姿も微笑ましく、まずは大団円で江戸に帰る誠之介・覚禅・楓・香たき殿なのでした。
(まとめの感想は次回)


今回の妖術師
毘沙道人

 清国から日本征服のためにやってきた妖術師。水墨画に出入りする、断たれた首を繋ぐなど、数々の妖術を操る。
 尾張藩江戸家老・大隅内膳を操り、尾張大納言を将軍に据えて幕府を転覆、その隙に乗じて日本、果ては清国征服を狙った。しかし誠之介に配下の四賢八僧をことごとく倒されてしまう。最後の対決で、相手の体を操って自分と同じ動作をさせる妖術・人影殺で誠之介を苦しめるがついに敗れ、「ま、負けたーっ!」の言葉とともに炎に消えた。


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2012.02.15

「つじうろ 了解和尚と柚子姫」 岡っ引き娘とおっさん坊主の捕物帖

 岡っ引きの娘・柚子が、自分の目の前で起きた殺人事件の下手人と誤解して捕らえたのは、良海和尚という正体不明の何でも屋だった。以来、何かと自分を構おうとする良海に反発しながら一人事件の探索を進める柚子だが、その身に危機が迫る…

 先日発売されたばかりの「コミック乱ツインズ」3月号で、私が一番楽しみにしていたのは、特別読み切りの「つじうろ 了解和尚と柚子姫」。
 「裏宗家四代目服部半蔵花録」のかねた丸の新作であります。

 なかなかユニークなタイトルの本作ですが、(表向きの)ジャンルは捕物帖。わけありのおっさん坊主と、岡っ引き志望の女の子が怪事件に挑むこととなります。

 人のごった返した上野で起きた殺人事件。店の二階から被害者の死体が降ってきたのに出くわした柚子は、自分の目撃した犯人らしき男が坊主頭であったことから、勇躍店に乗り込んで、そこにいた坊主を捕らえます。
 …が、その相手こそは店に雇われていた何でも屋・良海和尚。何か頼まれるとすぐに「了解!」と応えることから、二つ返事の良海和尚と呼ばれる、正体不明の坊さんであります。

 さて、犯人扱いされた良海和尚、怒るどころか柚子を「姫」と呼んでベタ惚れ。それ以降、柚子が事件の捜査で顔を出す先々に現れては、何くれとなく世話を焼こうとするのでした。
 そんな和尚に辟易としながらも、彼からの情報でついに真犯人を突き止めた柚子は、単身乗り込んでいくのですが…


 時代劇には、娘捕物帖ものとでも申しましょうか、男勝りのヒロインが探偵役として活躍する捕物帖のバリエーションがあります。
 本作もそのジャンルに含まれるものかと思いますが、やはりユニークなのは、ヒロインの相手役(?)となるのが坊主、それも年齢・キャラクターなど色々な意味でおっさんということでしょう。
 娘捕物帖ものには、大抵ヒロインを支える男性キャラが登場するのですが、それはほとんどの場合、若くてイイ男。それが良海和尚のようなおっさんとは…しかし、それが実にいい。

 自分が女であることに不満を抱き、精一杯突っ張って生きる柚子。そんな彼女を時に間近から叱咤激励し、時に遠くから見守ることができる(説得力がある)のは、やはりある程度社会というものを知ったおっさんでありましょう。
 そしてこのおっさんもまた、単なる脳天気なフリーターではありません。

 心中ある満たされない想いを抱え、今の自分の生を、まるで余り物のように感じながら日々を暮らす…良海は、実はそんな翳りを抱えた人物。
 本作は、自分自身の存在に疑問や不満を抱きながら生きる、そんな似てないようで似ている/似ているようで似てない二人の物語でもあるのです。


 しかし、なんと言っても素晴らしいのは、ラストで明かされる良海和尚の「正体」であります。

 勘の良い方であれば、冒頭でいきなり正体がわかるかもしれませんが、彼の正体は、知る人ぞ知る人物。
 なるほど、本作は捕物帖にして○○○○譚であったか! と、実に自分好みの趣向にニンマリとさせていただきました。
(史実から考えると、本作が成り立つ時期はかなり短い…とか言わない)


 キャラクターといいドラマといい、設定上の仕掛けといい、間違いなく水準以上の作品である本作。
 もちろんアクションシーンの方も(量は多くないものの)クオリティは折り紙付きなのは、「花録」ファンであればご存じの通りであります。

 柚子のみならず、こちらも「またね!」と言いたい、そして「了解」と応えていただきたい、そんな作品であります。


「つじうろ 了解和尚と柚子姫」(かねた丸 コミック乱ツインズ2012年3月号掲載)


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2012.02.14

「源氏物の怪語り」 物の怪と、物語と、自分自身と

 中宮彰子に仕える藤式部(紫式部)の傍らには、彼女が幼い頃に亡くなった姉がいた。娘の賢子に取り憑いた姉に守られつつ、彼女は周囲の女性たち――伊勢大輔・和泉式部・中宮彰子・赤染衛門――が出会った不思議な事件に巻き込まれることになるのだった。

 「陰陽ノ京」「同 月風譚」の渡瀬草一郎の新作は、同じ平安時代を舞台としつつも、趣をがらりと変えたユニークな作品であります。
 何しろ、主人公は「源氏物語」を執筆中の藤式部(紫式部)。その彼女が、娘の体を借りて現世に現れる亡き姉とともに、周囲の女性たちが巻き込まれた物の怪絡みの事件と対峙していくのですから…

 しかしこう書くと、よくある(?)ゴーストハンターもののように感じられるかもしれませんが、陰陽師ものとしても破格の作品である「陰陽ノ京」シリーズの作者が、そんな凡手を打つわけがありません。
 本作の中心となるのは、彼女と、その周囲の四人の女性たちの生き様なのですから。

 本作は、四季それぞれを舞台に、四人の女性が巻き込まれた怪異を描く物語から構成されます。
 夜ごとの巨大な桜と蜘蛛の夢に惑う伊勢大輔、夢枕に立つ男の霊に悩む和泉式部、出産を前に己の心の中に迷う中宮彰子、己の過去への悔恨に囚われ苦しむ赤染衛門…
 いずれも歴史上に名を残した才女たちが出会う物の怪たちの謎を藤式部と姉は解き明かし、彼女たちを救っていくのであります。

 そんな物語の中で描かれるのは、怪異以上に、彼女たち一人一人が心の中に抱えた翳り、悩みの数々であります。
 己の夢に、恋に、将来に、そして過去に――つまりは、己が己であることに悩み、その想いが物の怪を招く。

 そして、物の怪が、その迷いの産物、象徴であるとすれば、彼女たちが残す文学作品、特に歌は、それと相対するアイデンティティの象徴とも言えるでしょう。
 彰子を除けば現代には本名も伝わらない彼女たち――しかし彼女たちには、現代にまで残る歌があるのであり、それを通じて我々は彼女たちの想いを確かに知ることができるのですから…


 登場する怪異、物の怪がいずれも小粒という印象はあります(もっとも、小粒である必然性はあるのですが)。登場する女性たちのキャラクターが、あまりに現代的、という印象も少なからずあります。

 それでもなお、本作のスタイルと、それを通じて描こうとするものは魅力的であります。 物の怪と、物語と、自分自身と…あやふやで確からしい、そんなものたちの存在の愛おしさを、本作は教えてくれるのですから。


 ちなみに本作に脇役で登場する陰陽師・安倍時親は、晴明の子の吉平のそのまた子供。
 「陰陽ノ京」でもお馴染みの吉平ですが、その子がこんな性格なのは、母親の方に似たのかな…と思ったら、作者ご自身がつぶやいていて、吹き出しました。


「源氏物の怪語り」(渡瀬草一郎 メディアワークス文庫) Amazon
源氏 物の怪語り (メディアワークス文庫)


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2012.02.13

「かぶき姫 天下一の女」第2巻 そして時代は変わった!

 出雲のお国の娘として、「天下一」の称号を巡り、己の行くべき道に悩み惑う少女・お菊の姿を描いた「かぶき姫 天下一の女」の第2巻であります。

 「コミックヒストリア」から「コミックフラッパー」に掲載先を移して展開してきた本作ですが、この第2巻で惜しくも完結。
 しかしここで描かれるものは、こちらの期待通り、いや期待を上回る見事なドラマでありました。

 優れた舞い手として知られ、松梅院禅昌ら権門の後ろ盾を得て、一度は「天下一」の称号を得ながらも、時の権力が豊臣から徳川に移っていくにつれ、次第に芸を見せる機会を失っていくお国と一座。
 折悪しくお国は不治の病に倒れ、そのままはかなくなるのですが――そこでお国は、お菊に対して「もう芸人なぞやめろ」という言葉を遺します。

 権門にすがらねば、「天下一」の称号はおろか、自由に芸を見せることもままならない芸人という身分。
 そんな社会のあり方に苦しみ、しかし己と一座が生きていくためには、母の代わりに踊らねばならないという重圧の板挟みとなり、ついにはお菊は一座を飛び出すまでに追い詰められることになります。

 そんなお菊があてどもなく放浪する中に出会ったのは、おヤマと名乗る不思議な美女。彼女と出会ったことで、お菊の前に思わぬ道が開けることとなるのですが――


 副題にあるように、本作の中心にあるのは「天下一」という称号であります。
 この称号は、本来自称するものではなく、人にそれを許された者のみが名乗ることのできるものでありますが、さて、それでは誰がそれを許すのか。

 お菊の母・お国は、それを関白秀吉のような時の権力者――すなわち天下人に求めます。
 ある意味、権門にすりより、すがるその姿には、一種やりきれぬものも感じますが、しかし当時の芸能者にとってはそれが当然の姿。権力者によってその芸を――いや、存在を認められて初めて、芸能者たちは生きることができたのですから。

 しかしお菊は、お国の姿を、そして自分の経験を通じ、その構造自体に疑問を抱くことになります。
 「天下一」とは、本当に天下人に認められてなるものなのか。そもそも、天下人がそれほど優れた存在なのか――

 彼女のその問いかけは、言ってみれば、芸能者としての己のあり方のみならず、この時代のあり方まで揺るがしかねない巨大なものであります。
 彼女はそれ故に大いに苦しみ、その苦しみは我々にも重くのしかかってくるのですが…

 しかし物語の終盤で彼女は、ついにその答を見つけます。それまでの苦しみを、重たさを遙か遠くに吹き飛ばす、痛快極まりないものを。

 誰が「天下一」を認めるのか、自分は何のために舞うのか――
 ある意味社会構造にまで起因する問題と、彼女自身の生き方の問題。マクロとミクロの二つのレベルの問題は、彼女の中で見事に一つに統合され、そして現代まで続く、芸能の一つのあり方を示すこととなるのです。

 時代は変わった、自分が変えた――そんな想いを込めた彼女のラストの言葉に、胸を熱くさせられた次第です。


 単行本2冊ということで、特に終盤の展開など、少々慌ただしく感じられた面がなくもありません。
 しかし、現在の姿で、この物語で描かれるべきもの、我々が見たかったものをきっちりと見せていただいた…そんな印象が強くあります。
 作者の次回作にも期待したいと思います。


「かぶき姫 天下一の女」第2巻(下元智絵 メディアファクトリーMFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
かぶき姫 ―天下一の女― 2 (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2012.02.12

「忍道 SHINOBIDO」 プラスのギャップとマイナスのギャップ

 山中に隠れ住む忍びの一族の女忍・お甲は、忍び狩りを任とする黒羽衆の動きを探る命を受けて町に出る。そこで黒羽衆と目される侍・東五郎に接近するお甲だが、二人はお互いに惹かれあうようになってしまうだが東五郎はやはり黒羽衆だった。それを知ったお甲の躊躇いが、やがて大きな悲劇を招く…

 日光江戸村生誕25周年記念作品として製作された忍者映画が、本作「忍道 SHINOBIDO」です(ちなみに同名ゲームとは全く関係はない模様)。
 忍者映画と聞くと、往年のニンジャ映画…は極端にしても、ある程度はド派手で荒唐無稽な内容を想像してしまいますが、本作は良くも悪くもそうした部分を極力抑えた作品であります。

 おそらくは江戸時代後期、どことも知れぬ町…一見平穏なその町の闇で激しい暗闘を繰り広げる忍びと、その忍びを狩る任を受けた黒羽衆。
 忍びの隠れ里の族長から、町を探ることを命じられた女忍・お甲は、居酒屋の女中として、東五郎という侍に接近します。実は黒羽衆と目される東五郎ですが、しかしお甲の目に映った東五郎は、一人娘と平和に暮らす心の優しい男。
 やがてお甲は東五郎に惹かれ、東五郎もお甲に惹かれるようになっていくのですが、しかしその想いが事態を悪化させ、やがて忍びと黒羽衆の全面対決の時を迎えることに――


 主人公・お甲を演じるのは、最近売り出し中の若手・佐津川愛美(「電人ザボーガー」で後半のヒロインを演じた方)。
 作中では凄腕の女忍という設定のお甲ですが、しかしそのビジュアルはむしろ丸顔の可愛らしい少女(それ以上にアニメ声優みたいな声には驚きましたが)。いわゆる女忍、くノ一のイメージからは少々離れた印象がありますが、しかしそのらしくなさが新鮮に感じられます。

 その彼女が文字通り体当たりで戦うアクションシーンは――もちろん全て自分で演じているわけはないものの――そのギャップがプラスに働いて、なかなかに見応えあるものとなっていたかと思います(特にオープニングシーン、黒羽衆の本拠に単身乗り込んで敵を蹴散らし、捕らわれて口を割りかけた仲間を殺して去るシーンは、シチュエーションも含めてなかなかよろしい)。

 しかしその一方で、ギャップがマイナスに働いていたのはドラマパート。
 恋に迷って己の任務を誤るという、ある意味女忍の業に満ちた姿を演じるには、残念ながら彼女の姿はあまりに幼く見えてしまうのです。
(これについては、東五郎側でお甲に惹かれていく描写に説得力が乏しかった点も多きいのですが…)


 そんな彼女の存在にある意味象徴されるように、本作は、ベタ褒めすることも、全否定することも難しい作品であります。

 アクションはそれなりに充実、ドラマもまあ…ですが、しかし尖った部分がない。
 ネタものとして楽しむには真面目すぎ、真面目な忍者映画として見るには中身が軽い――

 何より困ってしまうのは、武士道に対する忍道、というタイトルの意味が、お甲の姿からあまり見えてこないことで…
 確かにお甲は刃も心も持った存在として描かれてはいますが、しかしもう少し別な描き方があったのではないか、という印象は強くあります。

 あまり時代劇という印象のない長谷川初範(というのはこちらの不勉強で、実際にかなり武道をされている方のようですが)が、忍びの里の族長として見事なアクションを見せてくれたり、AKB48の菊地あやか演じるお甲の妹分・暮松がなかなか面白いキャラであったりと、面白い点はほかにもいくつもあるのですが…
(特に暮松は、立ち位置的には自信過剰で状況を悪くする妹分、というわかりやすいキャラながら、お甲に寄せる執着心がちょっと変態的なのが面白い)


 与えられた条件の中でできることはやった、という印象はあるものの、それ以上でもそれ以下でもない…正直に申し上げて、そんな作品であります。


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2012.02.11

「はなたちばな亭恋怪談」 百物語が試す二人と一匹の絆

 今日も今日とて賑やかな神田蝋燭町。しかし、お久の手習い小屋・たちばな堂の家主であり、金一の奉公先である橘屋の旦那が旦那衆のあつまりで百物語を始めたことからおかしな雲行きになってしまう。お久・金一・クマの周囲で起きる怪事件の数々と、百物語の関係は。そしてお久と金一の二人の仲は…

 美人なのに超堅物の手習い小屋の師匠・お久と、幼なじみでいい男だけど純情な金一、そしてお久の家に住み着いたヘンな犬(?)・クマの二人と一匹が出くわすちょっと不思議な事件の数々を描いた「はなたちばな亭」シリーズもこれで待望の第3弾。
 …なのですが、これで何と完結とのこと。大いに残念ではありますが、しかしユニークな物語展開は相変わらず、くっつきそうでくっつかないお久と金一の仲は…さて。

 さて、本作の特徴は、物語全体を貫く背骨として、百物語が存在することであります。
 百物語と言えば、あの、蝋燭だか灯心だかを百本立てて、百話の怪談を話すというあのイベントのことであります。

 今回、その百物語を始めることとなったのは、お久の家主であり、金一の奉公先である橘屋の旦那をはじめとした、町内の旦那衆
 そもそもこの百物語は、旦那衆の一人、稲葉屋が言い出したもの。彼によれば、百物語が終わった時に、参加者には大変な幸運が訪れ、逆に途中で止めれば不幸が襲いかかるというのですが…

 かくて始まった百物語が進行するうちに現実で起きていく怪事を縦糸に、そして百物語で語られる怪談を横糸に、本作は展開していきます。そして、橘屋の旦那が語る怪談が、我らが二人と一匹が出くわした怪事件の数々…という寸法なのであります。


 いわゆる「百物語もの」の小説といえば、ほんの軽い気持ちで始めた怪談会が、いつしか現実を侵食し、のっぴきならぬ状態になって…というパターンがありますが、本作もまさにそれと言えるでしょう。
 最初は欲にかられて始まった百物語が、いつしか何者かに取り憑かれたように続けられ、そして最後に待つものは…という展開は、本シリーズとは思えないほど(?)厭な味わいがあります。

 そしてその怪異が単なる旦那衆の間だけでなく、二人と一匹にまで影響を及ぼし、彼らも否応なしに巻き込まれていく、というのはなかなかよくできた構造だと感じます。
 特に終盤、一連の事件の仕掛け人とも言うべき人間を含めて、登場人物たちの因縁絵巻が浮かび上がるのにはちょっと感心したのですが――


 しかし、シリーズの最終巻としてはちょっと弱いかな、という印象があります。
 シリーズも3作目ということで、変化球的な構造としたことは――1作目と2作目の終盤の展開が似ていたこともあり――これは大いに評価できます。
 しかしながら、ドラマの焦点が、シリーズのクライマックスであろう、お久と金一の仲の行方とは少しずれたところに設定されてしまっているのが気になるのです。
(もちろん、これはこれでこの二人らしくはあります。しかし今度は、クマが今回の物語に絡んでこないという点が…)

 二人と一匹の絆をまた少し違った角度から描くという試みは成功していると言えますし、何よりも個々のエピソードや登場キャラ自体は相変わらず実に面白いだけに、この点が大いに勿体なく感じられるところであります。


 つまり何が言いたいかといえば、ここでシリーズ完結は納得いかん! ということに尽きるのですが…

「はなたちばな亭恋怪談」(澤見彰 角川文庫) Amazon
はなたちばな亭恋怪談 (角川文庫)


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2012.02.10

「逃亡者おりん2」 第04話 おりんに迫る兄弟槍!

 軽井沢宿で誠之助の密告により捕り手に捕まり、念書を奪われたおりん。飯盛女のおしのに匿われたおりんは、病気になった娘に会うというおしの足抜けを手伝うことになる。追っ手の破落戸を蹴散らしながら故郷の村に辿り着いたおりんたちだが、再会したおしのの母がおしのを刺殺する。既に剣草の刺客が老婆とすり替わっていたのだ。さらに襲いかかる肆ノ刺客の槍兄弟を倒したおりんだが、誠之助は老婆に念書を奪われた後だった…

 おりんが誠之助の密告で捕り手の群れに囲まれるという前回の衝撃のラストから続いての今回のエピソードは、宿場町全体を使ってのおりんの逃走劇から始まります。
 通りがかった旅籠で飯盛女が見せた媚態に捕り手が見せたちょっとした隙に、縛られたまま逃げ出したおりん。さすがに並みの人間には遅れを取りませんが、しかしこれだけの捕り手が出ていては…と思いきや、匿ってくれたのは先ほどの飯盛女・おしの。

 おりんは吉原に火付けした濡れ衣で追われていたわけですが、吉原に火付けしたおりんは女郎の救い主…という理屈のようです。
 しかしもちろん、それだけではなく、おしのの目的は、自分の足抜けをおりんに手伝ってもらうこと。田舎の母のもとに残してきた娘が病になったと知った彼女は、足抜けしてでも戻ろうとしていたのです。

 おりんとしても、道連れがいれば捕り手の目を欺くことができる、というわけで、女二人旅が始まることとなります。しかしその背後には、剣草肆ノ刺客、榊と樒の影が――

 一方、前回ラストの姿が嘘のようにヘタレぶりを発揮して旅を続ける誠之助は、途中で出会った老婆を背負って、彼女の家に向かうことになります。
 聞けば、彼女の娘は軽井沢宿に身売りし、その娘は病で亡くなったと…えっ、それってもしや、というこちらの思いをよそに、誠之助は暢気に食事を振る舞われるのでした。

 さて、旅を続けるおりんたちに襲いかかるのは、宿場からおしのを追ってきた破落戸たち。珍しく強そうなおりんさん(でも油断しておしのを人質に取られたりしましたが無事救出)はこれをあっさり蹴散らして、ようやくおしのの故郷に辿り着きます。

 そして、おしのが駆け寄った母は、やはり先ほどの老婆――と思いきや次の瞬間、おしのの胸にはクナイが!?
 一体何が起こったのかとおりんだけでなくこちらも驚きましたが、実は既に老婆は殺され、剣草の刺客がすり替わっていたのであります(嗚呼、死神おりん健在)。

 既に念書を奪ったという老婆は、榊と樒に後を任せて撤退。槍兄弟のコンビネーションに苦しめられるおりんですが、合羽の端を槍で止められたと思いきや、次の瞬間、合羽だけ残して兄弟の後ろからレオタード姿で登場! だんだんズバットに近づいて来ました。

 しかし、戦闘スタイルになっても二人を相手は厳しい。思ったよりいい勝負を繰り広げますが、竜胆を叩き落とされてピンチ、と思いきや、ここで榊に対して手鎖一閃!
 …が、腹を刺された榊は手鎖を押さえて、その隙におりんを殺せと弟に促します。

 動けないおりんは今度こそ大ピンチ。と、樒の槍が彼女の髪をかすめた次の瞬間、彼女の左腕にはもう一つの手鎖が!
 今度こそ「手鎖御免!」――「最終章」で暴走状態の道悦を倒した、あのもう一つの手鎖がここで炸裂であります。

 今回の刺客はちょっと地味かなと思いましたが、フィニッシュの流れはなかなか面白い。なんだかんだで毎回の殺陣に趣向を見せてくれるのが、やはり楽しいのです。

 …が、今回の真のサプライズはこの後。
 アヒャヒャヒャヒャヒャと笑いながら夜道を爆走する老婆。その変装が解けた真の姿は――お、お前だったのか!!
 もう、おしのを喪ってしんみりした余韻ぶち壊しの壮絶なラストであります。

 そして毒を盛られて念書を奪われた誠之助無残…新月の晩まであと11日。


今回の剣草

 肆ノ刺客で自称「槍兄弟」の兄。双方に伸びる鉄槍の使い手。冷静沈着らしい。
 二人がかりでおりんに襲いかかるが、最初に手鎖を食らう。それでも手鎖を押さえておりんの動きを封じるが…


 肆ノ刺客で自称「槍兄弟」の弟。伸縮自在の槍の使い手。せっかちらしい。
 二人がかりでおりんに襲いかかり、兄が命懸けで作った隙に襲いかかるが、もう一つの手鎖の前に倒された。


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2012.02.09

「新選組刃義抄 アサギ」第7巻 新選組の中の陰と陽

 「新選組刃義抄 アサギ」も、気がつけば結構な長期連載となり、今回第7巻が刊行されました。
 姉小路公知暗殺事件の衝撃が、この巻では様々な人々に波及していくのですが…いやはや一筋縄ではいかない展開であります。

 この「新選組刃義抄 アサギ」、原作は時代考証家の山村竜也ということで、堅めの内容を想像されるかもしれません。
 しかし従来の新選組像を踏まえつつ、意表を突いた展開を用意してくるのが本作の最大の魅力であり、それはこの巻でも変わることはありません。

 第6巻のラストで暗殺された姉小路公知。史実ではその現場に薩摩の人斬り・田中新兵衛の刀が残されていたことから、彼が犯人として疑われるわけですが…
 しかし、本作においては、そこに桂小五郎と、彼と繋がった斎藤一が絡んでいた、という設定。

 第6巻では、その斎藤と土方が対峙した場面から一転、公知が亡骸となっている場面に繋がったため、一体その間に何があったのだ!? と大いに驚かされたのですが、この巻の冒頭で明かされる真実は、さらにこちらの度肝を抜くものであります。
 なるほど、確かにこの流れ、この人物配置であればあり得ないわけではありませんが、しかしこの展開は本当に予想できなかった!

 なるほど、この時の繋がりが後にああなってこうなって…と驚いたり感心したり、であります。
 そしてまた、ここでの土方の選択が、新選組に――試衛館組の中にも――大きな波乱を巻き起こすというのが面白い。
 冷徹なイメージの強い土方ではありますが、本作の土方像は、それを踏まえつつもそこに止まらない、陰陽半ばしたものなのに感心させられます。

 そしてこの陰と陽の存在は、本作の登場人物ほとんどに共通するものであります。
 沖田も、藤堂も、斎藤も、以蔵や新兵衛も…決して善や悪といった一つの側に偏った存在ではなく、等身大の人間として、様々な側面を持つ。
 その人物像が、そしてそれが物語にもたらすゆらぎが、本作を先の読めない、それでいて見事に王道の新選組物語たらしめているのだと、改めて感じました。


 しかしながら、メインキャラクターの中で、陰陽がくっきり分かれた人物が少なくとも二人います。
 一人は、これ以上ない形で陰と陽がくっきり分かれた芹沢鴨。そしてもう一人は存在自体が陰のみとも言える佐伯又三郎――

 最近は陽の側ばかりが登場していた芹沢に、彼にとってはファム・ファタールと言うべきお梅の登場でゆらぎが見えてきたのも気になるところですが、何と言ってもこの巻の後半も持って行った感があるのは佐伯の外道っぷりでしょう。

 新選組ファンにはよく知られた佐々木愛次郎のドラマを絡めて描かれる佐伯の姿は、まさにド外道というほかない代物。
 正直なところ、これまでもこいつの存在には何度も胸が悪くなってきたものですが、今回は本当にひどい(本当、読者減ったんじゃないかしらん)。
 この巻のラストシーンを見ると、今後の展開も予想できなくもありませんが、それが大いに楽しみ…と言ってもこの場合は許されるでしょう。


 陰陽半ばした新選組物語の中の、陰の陰とも言うべき存在たる彼が、どのような運命を辿るのか――ある意味一つのクライマックス、というのは言い過ぎでしょうか。

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2012.02.08

「妖術武芸帳」 第12話「怪異冥界夢」

 二手に分かれて尾張藩家老を追う覚禅と誠之介。しかし覚禅が追った側は偽物だった。一方、誠之介の前には冥界道士に誠之介打倒を依頼された浪人・片岡新三郎が現れる。誠之介は新三郎が騙されていると教え、彼に変装して道士のもとに向かう。が、新三郎は道士に殺され、誠之介も術に陥り母が地獄で苦しむ姿を見る。母の言葉に刀を捨てかけた誠之介だが、駆けつけた楓の言葉で術が破れる。道士は誠之介に敗れ自爆するのだった。

 いよいよラスト一話前。旅の目的地たる尾張も目前ですが…誠之介たちが追う尾張藩江戸家老の駕籠が、秋葉街道と東海道の両方に現れたところから今回は始まります。
 覚禅は東海道が本物と睨み、一人そちらの方へ。残された誠之介は秋葉街道を行くことになります。

 と、その街道では、何でも壺の中から取り出して見せるという触れ込みの大道芸人が。その前を「何だ目眩ましか」と吐き捨てて去っていった浪人・片岡新三郎の前に、道人配下たちが現れます。
 しかし新三郎は田宮流抜刀術の使い手、これをただ一人でバッサバッサと斬り捨ててしまいます。その前に現れたのはあの芸人、実は四賢八僧の一人・冥界道士。道士は、誠之介を斬れば召抱えるという尾張大納言の書状を持ち出し、新三郎をけしかけます。

 その頃覚禅は、東海道の行列に上から岩を落とし、その混乱の中で駕籠の中身を改めるという、今回も豪快な手に打って出ますが、しかし駕籠の中は空。取り巻く配下を相手に大暴れする覚禅を、忍び装束の楓が煙玉を投げて救い出すのでした。

 さて、秋葉街道の方では、誠之介の前に新三郎が出現。新三郎の攻撃を辛うじて凌ぐ誠之介に、隠れていた配下が吹き矢を放ちます。それでカラクリを見破った誠之介は、配下を倒すと、新三郎が騙されていると諭します。半信半疑だった新三郎が書状を出してみると、それは白紙――

 さて、道士と落ち合う約束の修験堂を訪れた新三郎。しかしその前に現れた道士は、新三郎が二人いるのかと嗤います。道士が壺の中から取り出したのは人形の首…と思いきやそれが変じて新三郎の首に(いやー似てないプロップ、と思ったら人形の首で一安心。いや後のプロップも似ていたかと言えば…)。
 新三郎に化けていた誠之介は、巨大化した道士の壺を斬るのですが、その中から現れたのは、下に下に伸びる階段であります。

 その階段を降りていく誠之介が見たのは、責め苛まれる一人の婦人。彼女は、自分は誠之介が五歳の時に死んだ母だと告げます。母が苦しむ姿に耐え切れず、彼女が言うままに刀を捨てようとする誠之介ですが――
 その時聞こえた楓の姿が、誠之介を救います。自分の変装を見破られた動揺から生じた一瞬の隙を突かれて術中に陥った誠之介。その術が、覚禅とともに駆けつけた楓の声で破られたのです。

 敵味方入り混じっての大乱戦の中、堂の中に道士を追い詰める誠之介(「母に会わせてもらった礼を言おう。しかし生憎だが私の母は地獄におらん」という台詞が格好いい)。道士は赤い煙と化し、宙に浮かんだ壺に逃げ込んだに見えたのですが――
 しかし、誠之介も二度は術にかかりません。道士が実は屋根の上に逃げていたのを見破り、一撃を加えます。道士は誠之介もろとも自爆を狙ったのを楓に見破られ、一人炎の中に消えるのでした。

 配下を片付けると、家老が山道伝いに尾張に入ることを誠之介に教えて去っていく覚禅。いよいよ決戦は目前であります。


 今回何と言っても印象に残るのは、剣士には剣士と誠之介の前に立ち塞がる浪人・片岡新三郎。不敵な面構えがなかなか良いのですが、実は演じていたのは月形龍之介の子・哲之介。今回は登場しませんでしたが、父は香たき殿を演じているわけで、父子が同じ番組に登場したことになります。

 武術vs妖術をテーマとした作品で、武術vs武術を描くというのは、これはこれで実に面白い変化球。ただ、最終回一話前にやる話かな、と思わないでもありませんが…


今回の妖術師
冥界道士

 壺を用いた妖術を得意とする男。壺の中から何でも取り出したり、壺の中に赤い煙と化して消え去ったりといった術を使う。
 片岡新三郎をけしかけて誠之介を狙うが失敗、誠之介と対決した際に、壺の中から地獄に続く階段を出して、彼の母が責め苛まれる姿を見せつけて苦しめた。が、術が敗れた後は誠之介に敵わず、自爆して道連れを狙うも、躱されて一人燃え尽きた。


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2012.02.07

「帝都幻談」下巻 魔の刻に抗するもの

 一度は撃退された加藤が再び暗躍を始めた。再度の江戸の危機に対し、平田篤胤の娘・おちょうとその夫・銕胤、藤田東湖ら平田門下が立ち上がる。しかし、加藤は江戸破壊のために山ン本五郎左衛門の本物の木槌、そしてアテルイの生首を狙う。刻一刻と迫る魔の刻に立ち向かう切り札とは…

 天保から安政まで、15年に及ぶ時間の中で、江戸壊滅を目論む魔人・加藤重兵衛と、江戸を護らんとする人々の死闘を描く「帝都幻談」の下巻であります。
 かつて、「稲生武太夫」を名乗る怪老人(その正体は…!)と手を組み、蝦夷の怨霊たちを用いて江戸を壊滅させんとした加藤。
 遠山景元、平田篤胤らの決死の戦いにより救われたかに見えた江戸を、魔人の脅威が再び襲うことになります。

 上巻で山ン本五郎左衛門の木槌――妖怪たちを操る力を持つ呪具――を手にした加藤は、怨霊や妖怪たちを自在に操り、江戸を壊滅できるはずだったのですが…しかしそれが失敗したことから、加藤は、真の木槌と呼ぶべきものが別に存在することを知ります。

 この木槌と、意外な場所に封印され、鎮魂されていた北の大怨霊・アテルイの生首――これらの力を用いて江戸壊滅、いやまつろわぬ者たちによる日本転覆を目論む加藤。
 しかし、これに対し決死の戦いを挑む者たちも、もちろん存在します。
 上巻でも加藤たちに立ち向かった平田篤胤の門下の人々。さらに、京の陰陽師・土御門一門、からくり儀右衛門こと田中久重ら――善魔結集した力は、運命の日・安政2年10月2日に、最後の激突が繰り広げられることとなります。


 さて、この下巻において加藤が用いる妖術の最たるものは、「空亡」なる魔の時間を用いたものであります。

 空亡とは、一日にごくわずかといえども生じる見かけ上の太陽・月の運行と、時刻とのずれ、すなわち、太陰暦(和暦)と太陽暦(西洋暦)の間に生じる空白の時間のこと。
 時空の裂け目が生じるというこの空亡に木槌を用い、強大な魔物たちを呼び出すことこそが、加藤最大の狙いなのです。

 この恐るべき呪術に、加藤から江戸を護らんとする者たちが如何に抗するのか、いやそもそも抗することができるのか?
 その答えを知った時には、興奮を隠せませんでした。

 その具体的な内容はもちろん伏せます。その範囲で述べれば、魔の時に抗するのに、一種呪術的な思考を用いつつ、しかし実際に使われるのは、むしろそれとは正反対の、科学技術の精華というアンバランスさが実にいい。
 なるほど、この時代、この顔ぶれで、この呪術に抗するには、これを使うしかない! と、いかにも作者らしい取り合わせの妙に、大いに唸らされた次第です。
(同時に、呪術に対するテクノロジーという構図に、「帝都物語」終盤のある場面を思い出しました)


 「帝都」を冠しつつも、言うまでもなく本作はその「帝都」が生まれる前の時代を描いた物語であります。
 しかし、ここで描かれた物語は――ストーリー展開のパターンが似通っていることもありますが――やはり「帝都物語」のそれに極めて近い匂いを持つと、この終盤の展開一つを取ってみても感じさせられます。

 正直なところ、ラストで示される平田銕胤とおちょうの純愛と、加藤とその愛人・宮城野との邪恋との対比がいささか唐突に感じられる点はあるのですが、それすら「帝都物語」的というのは、これはファンのひねくれた見方かもしれませんが…

「帝都幻談」下巻(荒俣宏 文春文庫) Amazon
帝都幻談〈下〉 (文春文庫)


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2012.02.06

「ひらひら 国芳一門浮世譚」 浮き世の中で生を楽しむということ

 川に身投げしたところを歌川国芳に拾われ、そのまま弟子となった青年武士・田坂伝八郎。豪放磊落な国芳と、個性派揃いの兄弟子たちによって、次第に人間性を取り戻していく伝八郎。しかし彼の過去には、人には言えない秘密があった…

 昨年から現在にかけて、歌川国芳の没後150年を記念して開催されている展覧会が盛況と聞いています。
 私はまだ行っていないのですが、国芳と言えば、水滸伝・猫・妖怪と、私の好物を数多く題材にしている人物。当然、非常に気になっているところです。

 と、これとタイミングを合わせるかのように刊行されたのが、本作「ひらひら 国芳一門浮世譚」。かなり良い評判を聞いていたのですが、なるほど、確かに素晴らしい作品であります。

 本作の主人公(というか狂言回し)となるのは、元武士の青年・田坂伝八郎。
 父を殺して蓄電した仇を追って少年時代から旅を続け、ついに本懐を遂げた…はずが、何故か川に身を投げた伝八郎は、たまたま川遊びをしていた国芳に文字通り拾われ、その絵の才能に目を付けた国芳により、半ば強引に弟子となります。

 彼をとりまくのは、浮世絵師の卵…というにはあまりに個性的な面々。火事があれば真っ先に駆けつけて消火を手伝い、鯨が浜に上がったと聞けば物見遊山気分で飛び出し、伝八郎に女性経験がないと知れば皆で吉原に繰り出し…
 と、やることなすこと豪快で享楽的。それもそのはず、その師匠が率先して飛び出す性格なのですから。

 本作は、そんな国芳と一門の姿を伝八郎の目から描くとともに、ある理由でひたすら仇討ちに己の半生を費やすことを強いられた彼が、人間性を取り戻していく姿を描いていくこととなります。

 本作の題名となっている「ひらひら」とは、伝八郎の目に映った、桜の花びらの姿。
 ただ無心にひらひらと散っていくその姿は、彼にとっては自由な生の象徴であり、そして彼が心の底で欲しつつも、最も縁遠いものとあきらめていた生の楽しさの象徴です。

 そして、絵に描いたような江戸っ子連の国芳一門が伝八郎に与え、伝えようとしたのは、その自由に生きること、生きることを楽しむこと――まさにそれであります。

 それは時として代償を要求するものであり――終盤にさらっと描かれていますが、国芳はかなりお上に目を付けられた過去を持つ人物であります――そしてもちろん、それだけで人は生きられるものではありません。
 しかしそれでも人はそれを求める。それこそが、人と獣を分かつ、人が人たる所以であり、そしてこの憂き世を生きる力となるものであるから…

 本作を読んでいて、大いに心動かされるのは、この国芳一門の、生を、生を楽しむことを全面的に肯定する――それも、それがごく当然のことであるように自然に――姿であります。
 それは、人として大切なものを奪われ続けていた伝八郎に対する最大の救いであるとともに、当時の人々、いや現代の我々に至るまで、憂き世に生きる者にとっても救いとなるのです。
 だからこそ、国芳の浮世絵は、当時も、そして今に至るまで、人に受け入れられるのでありましょう。


 人情と言うのは易しい。しかしそれが何であるか、描くのは難しい。
 本作はそれをひらひらと軽やかに描いてみせた快作であります。

 ちなみに、作者と古屋兎丸の対談によれば、作者はまだまだ国芳一門の姿を描きたいと考えているとのこと。
 確かに、一人一人が個性の固まりのような連中と、ここでお別れというのはいかにも寂しい。彼らが生を楽しむ姿を、そして彼らの楽しむ生の姿を、この先も是非見せていただきたいものです。

「ひらひら 国芳一門浮世譚」(岡田屋鉄蔵 太田出版) Amazon
ひらひら 国芳一門浮世譚

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2012.02.05

「波に舞ふ舞ふ 平清盛」 清盛とファム・ファタールたち

 19歳の平清盛は、瀬戸内海の海賊退治の際、流れ矢に当たって死んだ娘のことを忘れられずにいた。そんなある日、四の宮らの言葉からから、自分が父・忠盛の子ではなく、白河法王の子であることを知ってしまった清盛は、大きなショックを受ける。嘆き悲しむ中、あの娘に似た娘と出会った清盛は…

 先日は児童文学の世界での平清盛ものを紹介しましたが、もちろん、一般書籍の世界でも清盛ものは様々に刊行されています。

 この「波に舞ふ舞ふ」もその一冊ですが、作者は瀬川貴次。
 ライトノベル、特に少女小説で、活躍しており、特に平安時代を舞台としたコミカルな伝奇もの、ホラーもので知られる作者だけに、見逃せず手に取ったのですが…これがなかなか意外な、清盛の青春時代を描いた佳品でありました。

 本作で描かれるのは、19歳から22歳にかけての清盛。この頃、清盛が父・忠盛とともに瀬戸内海の海賊を退治して名を上げたのは史実のようですが、本作においては、その際のある事件が、彼の心に長く尾を引くこととなります。

 それは、海賊退治の際に水先案内を買って出た厳島神社の宮司の娘が、彼の目の前で流れ矢に当たって命を落としたこと。
 接点はほとんどなかったにも関わらず、以来、清盛の心の中にその杏仁形の大きな目をした娘の姿が残り、夢にしばしば登場するまでとなります。

 とはいえ、所詮は夢の中の話。人に打ち明けることもなく、まずは平穏に日々を送っていた清盛は、しかし、自らの存在に関わる秘密を知ることとなります。
 町で源氏の侍に絡まれていた少年・鬼若(その正体は…)、親友で洒脱な武士・佐藤則清、そして今様狂いで不思議な言動を見せる幼き四の宮(後の後白河天皇)――彼らの言葉の端々から、清盛は、自分の実の父が、今は亡き白河法王であることを知ってしまうのです。


 …というわけで、本作でもまた、清盛の出生が大きな意味を持ってくることになるのですが、本作においては、それを彼自身が知るのが、少々遅いというのが、特徴かもしれません。
 当時の二十歳前後と言えば立派な成人、子の一人二人いてもおかしくない年代であります。そうであれば、己の出生の秘密もショックなく受け止めることができる…わけでもありません。
 むしろ、己の生きるべき道、人生の有り様がある程度見えてきたこの年代こそ、己の存在の根幹が揺らぐことに強く苦しむことになるというのは、納得できるものがあります。

 そして、本作において清盛がその巨大な悩みと向き合う中で、大きな意味を持ってくるのが、彼を取り巻く女性たちというのがなかなか面白い。
 夢に現れる件の娘、彼の最初の妻となる高階基章の娘・佐用、彼にとっては妹のような存在の平時信の娘・時子、そして彼の周囲(の男たち)に様々な陰を落とす待賢門院璋子――
 いずれも、彼にとっては様々な意味でファム・ファタールたる女性たちと出会う中で、清盛が少しずつ人として成長していく――というより自分自身を再発見していく――姿が、本作では瑞々しく描かれていくこととなります。

 その姿は、あくまでも等身大の青年であり、後に太政大臣にまで上り詰めた大器や大望といったものは、実は本作では描かれません。
 その点に不満を抱く向きもあるかもしれませんが、むしろ、その後の姿に眩まされて見えてこない若き日の清盛の物語が示されることに、新鮮な魅力があります。

 作中で四の宮が清盛に語るように、「物語を創るのは、いつも生き残った側」であり、「それが生者の特権」であるのならば、このような形で清盛の物語が創られることも許されるのでしょうから――


 ちなみに、作者は妖怪ものの名手。しかし本作ではその辺りはさすがにないか…と思いきや、意外な形で物の怪たちがユニークな姿を見せてくれるのがなかなか楽しいところです。
 ある意味読者サービスではありますが…

「波に舞ふ舞ふ 平清盛」(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
波に舞ふ舞ふ 平清盛 (集英社文庫)

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2012.02.04

「逃亡者おりん2」 第03話 仇討無情…

 坂本宿で仇討ちの旅の途中の青年・桜木陽太郎と出会ったおりん。兄の仇で左肘に大きな痣がある男を探す陽太郎は、誠之助にその痣があったことから、仇だと思い込んでしまう。と、言葉巧みに陽太郎に近づき、彼を利用しておりんをおびき出す剣草の刺客・蘇芳。実は蘇芳こそが仇であったことを知った陽太郎だが、敵わず無念のうちに倒れる。怒りに燃えるおりんは蘇芳を倒すが、誠之助の通報により、代官所の捕り手が襲いかかる…

 「逃亡者おりん2」第3話の舞台は、中山道17番目の宿場、坂本宿。そこで彼女に襲いかかるのは、剣草参ノ刺客・蘇芳――ミニスカくノ一の撫子と女郎花をお供に連れながら、おりんを傘の内に引き込んで唇を奪おうとする女好きであります。

 辛うじておりんは蘇芳の前から逃れたものの、騒ぎに巻き込まれた誠之助は、土手から転がり落ちた拍子に左腕を痛打するのですが…これが後にややこしい状況を招きます。
 さて、おりんの方は、寺の手水で口を濯ごうとしたところで、追い剥ぎをしようとして自分から倒れる妙な若侍と出会います。
 存外人の良いおりんさん、もう四日も食べていないその青年・桜木陽太郎に飯を食べさせて、身の上話まで聞くことになります。

 彼は、兄を殺した美濃大垣藩士・中村甚之丞を探しての仇討ち旅。甚之丞には左肘に大きな痣があるというのですが…
 そこでおりんと入れ替わりにこちらの予想通り現れたのは誠之助。その痣を見た陽太郎は、誠之助が美濃の人間だったことも災いして完全に彼を仇と思い込みます。
(ここで二人のやりとりを聞いていたおりんさん、誠之助が美濃八幡藩の人間ということを初めて聞いたような顔をしますが、前回はっきりと本人の口から聞いているはず…)

 さて、這々の体で逃げがした誠之助を見失った陽太郎に声をかけた男は…これも蘇芳。誠之助には遺恨があると言い出した彼は、協力しようと陽太郎に持ちかけ、彼もその言葉をあっさり信じ込んでしまうのでした。

 さて、翌日先を急ごうとするところを陽太郎に声をかけられたおりんですが、その側に蘇芳がいるのを見て「これは、私をおびき出すための罠?」と声に出して言っちゃうのがちょっとおかしい。
 一方、蘇芳に案内されて果たし合いの場に向かった陽太郎ですが、そこで蘇芳は俺こそが甚之丞だと正体を明かします…ああ、これも予想通り。

 憎き真の仇に刃を向ける陽太郎ですが、傘一本であしらわれます。しかしそこに駆けつけたおりんさんが助太刀して、一刀を浴びせることができるかと思いきや、そこで横から「ご主人様に何をする!」襲いかかったのはミニスカくノ一ズ。その刃を受けた陽太郎は、無念の最期を遂げるのでした。

 怒りに燃えて襲いかかるおりんの攻撃を開いた傘で封じて、傘越しに刀を突き刺す蘇芳。その刃が上に滑り、傘に空いた細い穴の隙間から見えたおりんの姿は…もちろん戦闘レオタード! 毎回毎回、凝った変身(?)シーンであります。
 あっさりとミニスカくノ一ズを倒し、蘇芳と対峙したおりん。蘇芳が傘を投げ上げ、次の瞬間交錯して位置を入れ替える二人――と、そこで振り向きざまに「手鎖御免!」

 と、さて、次回登場の剣草のお目見えタイムも終わり、後は次回のお楽しみ…と思えば、ここで今回最大の波乱が。
 物語の途中でおりんの手配書を見つけた誠之助が軽井沢の代官所に駆け込み、彼女を待ち構えていた捕り手の群れに捕まってしまうおりん。誠之助は彼女から念書を取り返し、それまでの人の良さが嘘のような冷たい表情を見せるのですが…
 次の新月まであと12日!


 と、最後の最後に一波乱あった今回ですが、メインのエピソードは、おりんが巻き込まれたのか、おりんが巻き込んだのか、ちょっとあやふやですっきりしない印象。
 冷静に考えると前回も近いものがあったのですが、おりんを狙ってきたはずの刺客が、偶然その土地で因縁のある相手に出会って…というのは、やはり無理があるのではないかなあ、と感じる次第です。
 その辺りを剣草の面白キャラで強引に乗り越えてしまう辺りがこの作品らしいところでもありますが…


今回の剣草
蘇芳

 白の着流しに赤の襟巻き、赤い番傘のキザな剣草参ノ刺客。撫子と女郎花の二人のくノ一を連れ、おりんにも目を付ける女好き。
 自分を仇と狙う桜木陽太郎を騙しておりんをおびき寄せ、陽太郎を殺したものの、怒りに燃えるおりんの手鎖にあっさり破れる。
 五年前は中村甚之丞を名乗っていたが、本名なのか任務上の名前なのかは謎だ。


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関連サイト
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2012.02.03

「戦都の陰陽師」 姫陰陽師と伊賀忍びが挑んだもの

 幾多の血が流されたことにより、京を守る結界にほころびが生じ、恐るべき天魔が跳梁を始めた。天魔を討つことができるのは、かつて晴明が出雲に封印した霊剣・速秋津比売の剣のみ。晴明の末裔たる土御門家の姫・光子は、伊賀の忍び七人を護衛に、剣を求めて旅立つ。しかしその前には幾多の不穏な陰が――

 忍者と妖怪のトーナメントバトルを真っ正面から描いた「忍びの森」で好き者を瞠目させた武内涼の第2作であります。

 将軍義輝の弑逆に代表されるように、戦国の嵐の中で退廃と混沌の極みにあった京。そこにかつては無数に施されていた霊的封印もほころび、その隙間から六百年ぶりに侵入してきた強大な天魔――
 通常の武器では傷一つつけることもできぬその天魔を唯一討つことができる霊剣を目指して、土御門の姫・光子と、彼を護る伊賀藤林党の忍び七人が、苦難の旅に出ることとなります。

 というあらすじを見れば、前作の閉鎖空間での戦いに続き、今度はロードノベル形式で忍びと妖魔の戦いが描かれるのか、と思ってしまうのも無理はありません。
 しかし本作で光子と忍びたちの前に立ち塞がるのは、意外な、そしてある意味当然の敵――人間であります。

 自らの手を汚すことなく光子たちを殺し、霊剣を奪い取るために妖魔たちが選んだ手段とは、戦国にしのぎを削る大名たちを焚き付け、光子たちを襲わせること。
 一度は阻まれたかに見えたその奸計は、しかし二つの勢力を動かすことになります。すなわち、毛利元就を長に天下取りを狙う毛利家と、彼に復仇を誓い尼子勝久を奉じる尼子一党と――奇しくも不倶戴天の敵同士であり、そしてそれぞれ世鬼一族と鉢屋衆という忍び集団を有する両者が、光子たちの旅の最大の障害として立ち塞がることとなるのです。

 かくて、本作の大半を使って描かれるのは、光子と7人の伊賀忍びvs毛利家vs尼子一党の、三つ巴のマラソンバトル。
 中国地方の豊かな自然を舞台に、忍術、忍術、武術、そして陰陽術が入り乱れ、様々なシチュエーションで展開される戦いの数々を描き上げた作者の新人離れした筆力には、今回も驚かされます。


 そしてその戦いを通じて浮かび上がるのは人がただ己の欲のために人を殺す、戦国時代の地獄めいた構図であります。
 人類全体の敵である妖魔を滅する、すなわち全ての人を助けるため力を持つ速秋津比売の剣を――たとえ妖魔に騙され、唆されたとはいえ――我が物にするため、他の者を殺め、傷つけることも厭わない…
 そんな人々の姿は、しかし、この物語に限られたものではなく、戦国時代全体の縮図に過ぎないのです。

 そしてさらに言えば、その人のエゴの噴出は、ただ戦国時代に限られたものではななく――人の歴史がある限り、もちろん現代においても存在するもの。
 本作の根底に流れるのは、それに対する作者の静かな怒りであります。


 正直なところ、このテーマ性が鼻につく部分はあります。
 (それと表裏一体なのですが)人に恵みをもたらす一方で、扱いを誤れば大いなる災いをもたらす霊剣が象徴するものがあからさますぎる点もあります。
 また、こうした部分も含めて、作者がその時書きたかったであろうものを全て盛り込もうとしたことで、物語の構造が必要以上に煩雑になったり、逆に展開にムラが出た点も目につきます。

 この辺りは残念ではあるのですが…それでもなお、本作がオンリーワンの魅力を持った時代伝奇小説であることは間違いありません。

 作者がこれらの点を乗り越えて、さらに洗練された、さらに魅力的な作品を発表してくれることを――そしてそれは遠い未来のことでは決してないでしょう――期待してやみません。


「戦都の陰陽師」(武内涼 角川ホラー文庫) Amazon
戦都の陰陽師 (角川ホラー文庫)


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2012.02.02

「娘同心七変化 辻斬り牡丹」 男装美少女が誘う法の無何有郷

 北町奉行所の新米同心・石見新三郎は、奉行直々の命で、男装の娘同心・小手川美鈴の教育係を命じられる。美鈴は将軍家斉の若君・竹松を暴れ馬から救った褒美代わりに、同心になることを望んだのだ。折しも江戸では、犯行現場に紅白の牡丹を残していく辻斬りが出没、美鈴と新三郎はこれを追うのだが。

 鳴海丈のファンであれば、作者の時代小説のほとんどに共通するある要素のことをよくご存じでしょう。
 それは、「男装美少女」――氏の作品には、ほとんどの場合、男の形に身をやつした美少女が登場するのであります(そして大抵の場合、男装してても脱がされて大変な目に遭わされるのですが)。

 しかし意外(?)なことに、作者の時代小説で男装美少女が主人公を務めた作品はなかったのですが…本作「娘同心七変化 辻斬り牡丹」がその第1弾として登場したのです。

 舞台となるのは徳川家斉の時代――その若君・竹松が、江戸城外に出た際に、あわや暴れ馬の蹄にかけられんとした時、颯爽と現れて救った美少女――彼女こそは本作の主人公・小手川美鈴。
 柔術道場に生まれた彼女は、自らも柔術の達人にして、優しい心の持ち主。家斉直々に礼を言われた彼女は、褒美の代わりに関係者一切の罪を問わないことを望み、その無欲さに感心した家斉は、彼女の望みを何でも一つ叶えることを約束します。

 …そう、その美鈴の望みこそは、同心として江戸の町を守ること。さすがに娘姿のままというわけにもいかず、正体を隠し、男装して奉行所に出仕することとなった美鈴は、運悪く彼女の教育係となってしまった新米で堅物の同心・石見新三郎とともに、江戸を騒がす事件の数々に挑むこととなります。

 かくして誕生した娘同心の活躍を描く本作ですが、いやもうこれは、読んでいて作者の満面の笑顔が浮かんでくるような思いがいたします。
 作者が登場人物に過剰な思い入れを抱くことは逆効果になることも多いのですが、本作においては、その心配はなし。念願の男装美少女を思う存分活躍させられる作者の喜びが伝わってくるような筆運びで、こちらも何とも楽しい気持ちで読み進めることができました。

 女性主人公の時代ものであれば定番の七変化ももちろん盛り込まれていますが――読者にはバレバレな変装でも一生懸命頑張っているのが伝わってくる辺り――これも何とも微笑ましい。作者の作品のほとんどのカバーを担当する笠井あゆみの美麗なイラストも、本作の明るい華やかさに非常に良くマッチしています。


 しかし、本作で描かれているのは、ヒロインへの萌えだけではありません。

 本作で美鈴が挑むこととなるのは、殺害現場に赤もしくは白の牡丹の花を残す「辻斬り牡丹」、美しい処女ばかりが誘拐され、その後に鬼面が残される「怪異・鬼隠し」の二つの事件。
 いささかネタばらしになってしまいますが、この二つの事件には、いずれも将軍に連なる権力者が背後で意図を引いているという共通点があります。

 奉行所も権力者、それも将軍家に絡む者には手を出せず、悪がのさばるところを、美鈴の型破りな活躍が乗り越えてめでたしめでたし…になるのは言うまでもありません。
 しかし考えてみれば、彼女が同心となったのも、家斉という権力者の力によるところ。その意味では、美鈴と悪人たちには大きな共通点があることになるのですが…

 しかしもちろん、たとい権力者の力を(言い方は悪いですが)利用していたとしても、もちろん両者を分かつのは、その力を如何に用いるかという意志の違い。正義という志の有無であります。
 いわば本作においては、権力という力は手段に過ぎず、それを如何に用いるかが描かれているのですが、それは、作者のこれまでの作品のヒーローたちが、罪なきものを苛む外道の暴力に、それ以上の暴力でもって臨む姿に重なるものがあります。

 その意味では、美鈴もまた、正しく鳴海時代劇のヒーローなのであり――そしてさらに言えば、彼女を通して描かれるのは、作者が敬愛する野村胡堂が「銭形平次捕物控」で描かんとした「法の無何有郷」の、作者なりの解釈なのではないかとすら、感じられた次第です。

「娘同心七変化 辻斬り牡丹」(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
娘同心七変化-辻斬り牡丹 (廣済堂文庫)

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2012.02.01

「妖術武芸帳」 第11話「怪異かすみ駕籠」

 掛川城下で怪しいすたすた坊主を追う覚禅。しかし覚禅は、その正体・霞道士の術中に陥り、捕らえられてしまう。一方、城代家老の娘が謎の病で倒れたと知った誠之介は、家老屋敷で、掛川藩が尾張大納言の陰謀に荷担するよう迫る道人を目撃。そこに割って入った誠之介だが、道士の術に苦しめられた上、覚禅が人質で手が出せない。しかし誠之介に恩義を感じた家老が覚禅を救い出し、その隙に誠之介は道士を倒すのだった。

 「妖術武芸帳」も残すところあと3話、江戸から尾張に向かう旅も、掛川にまで辿り着きました。
 アバンタイトルで描かれるのは、道人配下に担がれた怪しげな駕籠が夜道を行き、城代家老邸の閉まった門を通り抜けて入っていくという、怪奇色たっぷりな場面。
 駕籠の中にいたのは毘沙道人、道人は家老の娘・たえの枕元に、彼女にしか見えない存在として現れ、恐怖か術か、彼女は高熱を出して寝込んでしまいます。

 可哀想なのは、駕籠が入って出るまでの一部始終を目撃してしまった夜回りの老人。四賢八僧の一人・片目の霞道士に首を絞められた末、道士が口から吐き出す白い息をかけられ、夏だというのに凍死するのでした。
(ちなみに道士のこの術、他の幻術的な術と異なり、明確に超能力チックで面白い)

 さて、尾張家江戸家老を見失ってしまった誠之介と覚禅は、とりあえず城下の飯屋に入りますが、そこに現れたのは片目のすたすた坊主(半裸で歌い踊る物乞いの一種)。
 しかしすたすた坊主は本来冬に活動するもの。先ほど見た老人の凍死体といい、これはおかしいという誠之介の言葉に、覚禅は坊主を追って飛び出しますが…もちろんこれはいつものパターンであります。

 坊主の泊まっている宿の部屋で覚禅が見たものは、部屋の奥に置かれた駕籠。と、駕籠が独りでにくるくると回りだし、開けてみれば中は怪しい空間に。そこに待ち受ける道士を追って飛び込んだ覚禅は、雪が降りしきる幻の空間に捕らわれ、凍えてしまうのでした(このシーン、無駄に長い)。

 一方、飯屋に残った誠之介は、家老の屋敷に勤めていた飯屋の娘から、家老の娘が急な病で倒れたと聞き、怪しみます。
 誠之介を妨害する道士と配下を撃退し、屋敷への潜入に成功した誠之介が見たのは、家老を前にした道人の姿でした。

 娘の命と引き換えに、掛川藩主大田備中守を説き伏せ、尾張大納言の将軍就任に加担させろと家老に迫る道人。
 娘の命を救い、お家のためにもなるという道人の甘言に揺れる家老ですが、そこに舌鋒鋭く誠之介が割って入ったことで正気を取り戻します。

 今回、やけにあっさりと道人が引き下がり、娘の熱もすぐに引き下がったのは拍子抜けだすが、それはともかく道人を追った誠之介が駕籠に追いついて開けてみれば…
 そこに待ち受けていたのは道士。虚を突かれた誠之介は瞬間催眠術にかかり、激しい吹雪の空間で道士たちの襲撃を受けます。

 劣勢となった誠之介ですが、しかしここで勝ちに逸った道士が繰り出した一刀が誠之介の一刀と交錯した衝撃によってか(この辺り、今ひとつ理屈がわからない…)幻の世界からの脱出に成功。
 しかし今度は捕らえられていた覚禅を人質にされ、手が出せぬまま、道士の短刀投げに苦しめられます。

 絶体絶命の二人。しかしその時現れた城代家老が覚禅を救い出して一気に形勢逆転。誠之介の一刀に道士は倒れるのでした。
 危ういところで自分の目を覚まさせてくれた誠之介に恩義を感じ、助けに来てくれた家老。彼はさらに、尾張藩家老が翌朝出発することを告げて去っていくのでした。

 そして誠之介たちも去った後、斬られた配下たちが立ち上がり彼らが担ぐ駕籠の中には毘沙道人が…という、何とも不気味な余韻を残して、今回は終わります。


 楓さんがいなかったり、道人があっさり引き下がったりとすっきりしない部分はありますが、安藤三男演じる道士の迫力もあり、それなりに雰囲気の出たエピソードでした。


今回の妖術師
霞道士

 白髪で眼帯をした男。口から冷たい息を吐き出して人を凍死させる。また、駕籠を用いた幻術で相手を幻の空間に引きずり込み、吹雪の中で苦しめる。
 掛川藩城代家老を脅かす道人のフォローに回り、覚禅を捕らえ、誠之介をも苦しめた。が、誠之介に幻の空間から脱出され、人質とした覚禅も城代家老に奪われた末、誠之介に一刀の下に斬られた。


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