« 「ひらひら 国芳一門浮世譚」 浮き世の中で生を楽しむということ | トップページ | 「妖術武芸帳」 第12話「怪異冥界夢」 »

2012.02.07

「帝都幻談」下巻 魔の刻に抗するもの

 一度は撃退された加藤が再び暗躍を始めた。再度の江戸の危機に対し、平田篤胤の娘・おちょうとその夫・銕胤、藤田東湖ら平田門下が立ち上がる。しかし、加藤は江戸破壊のために山ン本五郎左衛門の本物の木槌、そしてアテルイの生首を狙う。刻一刻と迫る魔の刻に立ち向かう切り札とは…

 天保から安政まで、15年に及ぶ時間の中で、江戸壊滅を目論む魔人・加藤重兵衛と、江戸を護らんとする人々の死闘を描く「帝都幻談」の下巻であります。
 かつて、「稲生武太夫」を名乗る怪老人(その正体は…!)と手を組み、蝦夷の怨霊たちを用いて江戸を壊滅させんとした加藤。
 遠山景元、平田篤胤らの決死の戦いにより救われたかに見えた江戸を、魔人の脅威が再び襲うことになります。

 上巻で山ン本五郎左衛門の木槌――妖怪たちを操る力を持つ呪具――を手にした加藤は、怨霊や妖怪たちを自在に操り、江戸を壊滅できるはずだったのですが…しかしそれが失敗したことから、加藤は、真の木槌と呼ぶべきものが別に存在することを知ります。

 この木槌と、意外な場所に封印され、鎮魂されていた北の大怨霊・アテルイの生首――これらの力を用いて江戸壊滅、いやまつろわぬ者たちによる日本転覆を目論む加藤。
 しかし、これに対し決死の戦いを挑む者たちも、もちろん存在します。
 上巻でも加藤たちに立ち向かった平田篤胤の門下の人々。さらに、京の陰陽師・土御門一門、からくり儀右衛門こと田中久重ら――善魔結集した力は、運命の日・安政2年10月2日に、最後の激突が繰り広げられることとなります。


 さて、この下巻において加藤が用いる妖術の最たるものは、「空亡」なる魔の時間を用いたものであります。

 空亡とは、一日にごくわずかといえども生じる見かけ上の太陽・月の運行と、時刻とのずれ、すなわち、太陰暦(和暦)と太陽暦(西洋暦)の間に生じる空白の時間のこと。
 時空の裂け目が生じるというこの空亡に木槌を用い、強大な魔物たちを呼び出すことこそが、加藤最大の狙いなのです。

 この恐るべき呪術に、加藤から江戸を護らんとする者たちが如何に抗するのか、いやそもそも抗することができるのか?
 その答えを知った時には、興奮を隠せませんでした。

 その具体的な内容はもちろん伏せます。その範囲で述べれば、魔の時に抗するのに、一種呪術的な思考を用いつつ、しかし実際に使われるのは、むしろそれとは正反対の、科学技術の精華というアンバランスさが実にいい。
 なるほど、この時代、この顔ぶれで、この呪術に抗するには、これを使うしかない! と、いかにも作者らしい取り合わせの妙に、大いに唸らされた次第です。
(同時に、呪術に対するテクノロジーという構図に、「帝都物語」終盤のある場面を思い出しました)


 「帝都」を冠しつつも、言うまでもなく本作はその「帝都」が生まれる前の時代を描いた物語であります。
 しかし、ここで描かれた物語は――ストーリー展開のパターンが似通っていることもありますが――やはり「帝都物語」のそれに極めて近い匂いを持つと、この終盤の展開一つを取ってみても感じさせられます。

 正直なところ、ラストで示される平田銕胤とおちょうの純愛と、加藤とその愛人・宮城野との邪恋との対比がいささか唐突に感じられる点はあるのですが、それすら「帝都物語」的というのは、これはファンのひねくれた見方かもしれませんが…

「帝都幻談」下巻(荒俣宏 文春文庫) Amazon
帝都幻談〈下〉 (文春文庫)


関連記事
 「帝都幻談」上巻 江戸を覆う北の怨念

|

« 「ひらひら 国芳一門浮世譚」 浮き世の中で生を楽しむということ | トップページ | 「妖術武芸帳」 第12話「怪異冥界夢」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「帝都幻談」下巻 魔の刻に抗するもの:

« 「ひらひら 国芳一門浮世譚」 浮き世の中で生を楽しむということ | トップページ | 「妖術武芸帳」 第12話「怪異冥界夢」 »