「不思議絵師 蓮十 江戸異聞譚」 不思議絵が動かす情愛
文化文政の頃、江戸で売り出し中の美貌の浮世絵師・蓮十には、描いたものが動き出すという秘密があった。何かと世話を焼きたがる地本問屋のお嬢さん・小夜や、悪友でライバルの歌川国芳らとともに、蓮十は次々と不思議な事件に巻き込まれることとなるのだった。
これは偶然ではないと思いますが、私のかなり偏った読書傾向から考えても、(浮世)絵師を主人公にした作品は、決して少なくないように思えます。
それは、彼ら絵師という存在を描くことが、いわゆる職人ものとしての側面と、美術品ものとしての側面の両方を持つという点から来ているのかもしれません。
が、それ以上に、「絵」というものが我々にとって直感的にわかりやすく、そして身近な存在である――浮世絵は当時の立派な大衆文化であります――ことによるのではないでしょうか。
と、それはさておくとして、本作「不思議絵師 蓮十」もそんな作品の一つ。作者のかたやま和華は、少女小説がメインですが、デビュー作は時代ライトノベル「楓の剣!」であり、その意味では原点回帰という印象がなくもありません。
さて、本作の主人公・石蕗蓮十は、女性と見紛うばかりの美貌の青年にして、売り出し中の浮世絵師であります。
早くも美人画で評判を得ている彼の秘密は、その筆で描いたものに、命が吹き込まれてしまうこと。
それが望んでのことならばまだしも、望まなくとも作品が勝手に動き出してしまうのだから厄介なお話。そんなわけで、彼は意図的に自分の絵にほころびを作ることで、画竜点睛を欠かしめているのですが、それがまた不思議な魅力と評判になっているというのですから面白いものです。
本作は、そんな蓮十と彼の作品が巻き込まれた不思議な事件を描く連作短編集。
先妻の死絵が抜け出して夫や子を苦しめるという謎に迫る第一話。蓮十と彼の悪友兼ライバルの歌川国芳の絵比べが意外な騒動を巻き起こす第二話。そして般若の入れ墨を入れた纏持ちの周囲に出没する般若面の火付けを追う第三話。
正直なところ、第一話の時点では蓮十のキャラクターが見えてこないのと、真相に意外性が全くないことで、印象は今ひとつだったのですが、第二話で一気に面白くなった印象があります。
何よりも、蓮十と「宿敵」と書いて「とも」と読む、な間柄の若き日の歌川国芳がいい。
猫好き女好きで自信過剰、勇み肌だが人の良いところもある好漢というキャラクター造形そのものも楽しいのですが、彼の存在を一種の鏡にして、蓮十のキャラクターもまた、よりはっきりと見えてきます。
そんな二人が、料亭の襖絵を舞台に絵比べを繰り広げるというシチュエーションに蓮十の特殊能力が加わったことで起こる大騒動が――あ、なるほどといいたくなるようなオチも含めて――また微笑ましくも楽しいのです。
そして続く第三話では、連続放火事件の背後に潜む、複雑な人の想いが招く意外な展開が強く印象に残ります。
死絵・襖絵・入れ墨の下絵と、それぞれのエピソードに登場するのは、媒体は様々でありますが、いずれも蓮十の作品。そしてそのその作品の力に、人の情念が結びついた時、そこに事件が生じることになります。
面白いのは、この情念の大半を占める男女の情愛というものに、蓮十が全く疎い――というより知らないことであります。
実は蓮十は、幼い頃に実の母に売られ、葭町(ここがどういう場所かは作中でも直接描かれていないのでここでは伏せます)で過ごしてきたという過去を持つ人物。
偽りの情愛が支配する世界で生きてきたことが、彼から真実の情愛の存在を遠ざけていたというのは皮肉ですが(そしてそれがラブコメ展開に繋がっていくのもうまい)、そんな彼の中のほころびが、ある意味事件の引き金となっているとも言えるのです。
その意味では、本作で彼が自分の絵にまつわる事件を解決していくことは、彼がその背後にある情愛の存在を知ることでもあります。
本作においては、そんな彼の人間性回復の過程は、まだ未だしといった印象。
この先、彼が絵師として、人間としてどのように成長していくのか…一巻で終わりではもったいない作品であります。
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