「戸隠秘宝の砦 第二部 気比の長祭り」 甦った王道伝奇
秀吉の遺した百万両の財宝を求め、近忠は敦賀の気比神宮を目指して江戸を旅立った。財宝の鍵となる三つのアイテムの一つである絵馬が奉納された神宮の長祭りの中、絵馬を目指す近忠。しかし、財宝を狙う高嶋屋と小浜藩、そして鼠小僧次郎吉が絵馬を狙って暗躍する。果たして絵馬の、財宝の行方は…
「伝奇時代小説」であることを堂々と謳った「戸隠秘宝の砦」、全三部構成のうちの第二部「気比の長祭り」の登場であります。
豊臣秀吉が遺し、真田幸村や大谷吉継らが隠したという財宝百万両――実の父親である府内藩主から、藩の財政難を救うためにこの財宝捜しを命じられた青年剣士・松枝近忠の冒険は、序破急で言えば破、いよいよ物語は幾重にも入り組んで展開していくこととなります。
本作の副題となっている「気比の長祭り」とは、神代から敦賀に鎮座する気比神宮で、約半月に渡り行われる一連の祭りのこと。
財宝の鍵となる三つのアイテムの一つ・絵馬がこの気比神宮に奉納されていたことから、絵馬を巡る三つ巴の暗闘が、江戸から敦賀にかけて展開されることとなります。
その三つ巴とは、主人公であり三つのアイテムの一つ・宝刀を持つ近忠と仲間たち、同じくギヤマンの皿を持ち小浜藩と結んで一攫千金を狙う高嶋屋五郎兵衛、そして処刑されたはずが生き延びていた(そして義賊とは真っ赤な偽りの)鼠小僧次郎吉一味――
剣士・奸商・盗賊等々、善魔入り乱れての秘宝争奪戦というのは、これはもう伝奇時代小説の王道も王道。
秘宝に通じる三つのアイテムの所有者が、その暗闘の中で次々と変わっていくというのも、定番展開ではあります。
しかし、そんな内容が、伝奇時代小説というジャンルが絶滅しかかっている今という時代においては、かえって新鮮に見えるのが面白いのです。
考えてみれば――時代の変遷で忘れ去られたとしても――王道が王道たり得たのには、当然、それなりの理由があります。その理由とは極めてシンプル、一つの目的・秘密に向かって登場人物たちが幾重にも絡み合い、物語が織りなされていく様が最高に面白いからであり…そして温故知新、その面白さを今に甦らせんとした試みが、この「戸隠秘宝の砦」なのでしょう。
もちろんその試みは、単なる懐古だけでは成立しません。何よりも、物語を、登場人物たちの描き出す作者の筆力が必要になりますが、本作はその点もクリアしていることは言うまでもない話。
例えば、江戸から敦賀に至るまでの旅に、本作のヒロインであり、高嶋屋の娘であるお絲――近忠を慕い、父の決めた結婚相手を厭うて江戸を飛び出してきた――の身柄を巡る攻防戦が繰り広げられることで、起伏に富んだ展開となっているのは工夫の一つでしょう。
さらに、長祭りでの絵馬を巡る戦いに、意外なタイムリミットと障害を設けることで、さらに緊迫感を煽る仕掛けが施されているのも見逃せません。
本作は残すところあと一巻――財宝の行方をはじめとして、数々の謎がどのように明かされることとなるのか、懐かしくて新しい王道の伝奇時代小説の到達する場所を見守りたいと思います。
「戸隠秘宝の砦 第二部 気比の長祭り」(千野隆司 小学館文庫) Amazon
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