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2012.03.31

「戸隠秘宝の砦 第二部 気比の長祭り」 甦った王道伝奇

 秀吉の遺した百万両の財宝を求め、近忠は敦賀の気比神宮を目指して江戸を旅立った。財宝の鍵となる三つのアイテムの一つである絵馬が奉納された神宮の長祭りの中、絵馬を目指す近忠。しかし、財宝を狙う高嶋屋と小浜藩、そして鼠小僧次郎吉が絵馬を狙って暗躍する。果たして絵馬の、財宝の行方は…

 「伝奇時代小説」であることを堂々と謳った「戸隠秘宝の砦」、全三部構成のうちの第二部「気比の長祭り」の登場であります。

 豊臣秀吉が遺し、真田幸村や大谷吉継らが隠したという財宝百万両――実の父親である府内藩主から、藩の財政難を救うためにこの財宝捜しを命じられた青年剣士・松枝近忠の冒険は、序破急で言えば破、いよいよ物語は幾重にも入り組んで展開していくこととなります。

 本作の副題となっている「気比の長祭り」とは、神代から敦賀に鎮座する気比神宮で、約半月に渡り行われる一連の祭りのこと。
 財宝の鍵となる三つのアイテムの一つ・絵馬がこの気比神宮に奉納されていたことから、絵馬を巡る三つ巴の暗闘が、江戸から敦賀にかけて展開されることとなります。

 その三つ巴とは、主人公であり三つのアイテムの一つ・宝刀を持つ近忠と仲間たち、同じくギヤマンの皿を持ち小浜藩と結んで一攫千金を狙う高嶋屋五郎兵衛、そして処刑されたはずが生き延びていた(そして義賊とは真っ赤な偽りの)鼠小僧次郎吉一味――

 剣士・奸商・盗賊等々、善魔入り乱れての秘宝争奪戦というのは、これはもう伝奇時代小説の王道も王道。
 秘宝に通じる三つのアイテムの所有者が、その暗闘の中で次々と変わっていくというのも、定番展開ではあります。

 しかし、そんな内容が、伝奇時代小説というジャンルが絶滅しかかっている今という時代においては、かえって新鮮に見えるのが面白いのです。

 考えてみれば――時代の変遷で忘れ去られたとしても――王道が王道たり得たのには、当然、それなりの理由があります。その理由とは極めてシンプル、一つの目的・秘密に向かって登場人物たちが幾重にも絡み合い、物語が織りなされていく様が最高に面白いからであり…そして温故知新、その面白さを今に甦らせんとした試みが、この「戸隠秘宝の砦」なのでしょう。

 もちろんその試みは、単なる懐古だけでは成立しません。何よりも、物語を、登場人物たちの描き出す作者の筆力が必要になりますが、本作はその点もクリアしていることは言うまでもない話。

 例えば、江戸から敦賀に至るまでの旅に、本作のヒロインであり、高嶋屋の娘であるお絲――近忠を慕い、父の決めた結婚相手を厭うて江戸を飛び出してきた――の身柄を巡る攻防戦が繰り広げられることで、起伏に富んだ展開となっているのは工夫の一つでしょう。
 さらに、長祭りでの絵馬を巡る戦いに、意外なタイムリミットと障害を設けることで、さらに緊迫感を煽る仕掛けが施されているのも見逃せません。


 本作は残すところあと一巻――財宝の行方をはじめとして、数々の謎がどのように明かされることとなるのか、懐かしくて新しい王道の伝奇時代小説の到達する場所を見守りたいと思います。

「戸隠秘宝の砦 第二部 気比の長祭り」(千野隆司 小学館文庫) Amazon
戸隠秘宝の砦 第二部 気比の長祭り (小学館文庫)


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2012.03.30

「兵法柳生新陰流」(その四) 兵法の辿り着く先

 五味康祐の柳生ものの集大成「兵法柳生新陰流」収録作品紹介のラストであります。時代は流れ、柳生新陰流のたどり着く先は…

「秘し刀霞落とし」

 尼崎に道場を落成した新陰流の猪之田兵斎。宗矩は、その道場の存在を理由に、猪之田新陰流潰しを十兵衛に命じるが。

 おそらく黒宗矩なるものが生まれたのは、「柳生武芸帳」と「柳生一族の陰謀」によるところが大ではないかと思いますが、その一端を担った(?)作者らしい宗矩のマキャベリストぶりが描かれるのが本作。

 疋田陰流の流れを組む、柳生新陰流とはいわば親戚同士の猪之田新陰流。
 彼らが新造した道場が、柳生新陰流が江戸城内に造った道場と同じ大きさ・構造であったことが将軍家に対する不敬だという理由で、流派そのものを潰さんとする宗矩には、作中の十兵衛ならずとも言葉を失います。

 しかし、本作で描かれる猪之田新陰流の悲劇は、同時に兵法というものの移り変わりの象徴でもあります。彼らが兵法に励む姿が無邪気に見えれば見えるほど、それが一層鋭く胸を刺すのです。


「少年連也と十兵衛」

 ある事件がきっかけで、師・柳生兵庫のもとを訪ねた尾張藩士・葉弥太兵衛。そこで彼は、少年連也と謎の浪人・鈴木文兵衛と出会う。

 江戸城を襲った大地震が、意外な方向に転がっていく本作も、柳生新陰流の非情さを描いた作品です。
 大地震の中、主君と誤って水戸公を助け出した尾張藩士・稲葉弥太兵衛。水戸から大禄を以て召し抱えられることとなった彼ですが、しかし、行けば主君を助けられなかった水戸藩士による死が待ち受けていることに気づきます。
(ちなみに本編の内容とは関係ありませんが、尾張公を助けた別の藩士が、逃げる途中で行く先を遮った人間十八人を当て身で殺して通った、というエピソードがもの凄い)

 そこで師である柳生兵庫のもとを訪れた彼が出会ったのは、少年時代の連也と、彼に慕われる鈴木文兵衛と名乗る浪人。
 もちろんこの文兵衛が実は…なのですが、その彼が終盤に見せる行動は驚きの一言。その背後には、江戸柳生の恐るべき真意があるのですが、しかし、それがこの行動に結実した陰には、宗矩と十兵衛の方向性の違いが見えるようにも思えるのであります。


「柳生連也の伜たち」

 柳生連也の晩年には三つの謎があった。柳生拵えの鐔と鞘、死に顔を見せるなという遺言、知行の召し上げ――その謎の陰には、武士の兵法を究めんとする意志があったが…

 ついに最後の作品となりました。本作は100頁にもなる中編ですが、その分量にふさわしい重みを持つ作品であります。
 尾張柳生最強を謳われる柳生連也が晩年に見せた謎の行動の数々を、彼と、彼の三人の養子の姿を通じて描く本作は、兵法とは何か? という根源的疑問を我々に投げかけてくるのです。

 兵法としてある意味頂点を極めた柳生新陰流。しかしその内実は、如何に相手を欺き、油断させ、隙を突くかの工夫に腐心する、いわば畜生道と晩年の連也は捉えます。
 それは、これまで描かれてきた柳生新陰流の姿を考えれば頷けるものではありますが、しかしこれは柳生新陰流に止まらぬ兵法そのものが持つ性格と言うべきもの。
 彼は真に武士が収めるべき兵法を求め、それぞれ異なった境遇の三人の若者を養子に求め、一種の実験を行うことになるのですが…
 あらまほしき真の兵法を求める連也の試みとその顛末を描く本作は、作中の年代順に配置された、「兵法柳生新陰流」と題された本書の掉尾を飾るに、まことにふさわしいものと申せましょう。
 兵法というものの自己矛盾とその克服の試みを描いた本作は、剣豪小説としても白眉であり、そしてそのある意味皮肉な結末の中に、人間というものの本質を浮き彫りにした優れた文学とも言えます。


 そして、本書に収録された作品の中で、執筆順で言えば本作が最も古いという事実に、剣豪小説家として知られた作者の視線の鋭さを見たようで、粛然とさせられた次第です。

「兵法柳生新陰流」(五味康祐 徳間文庫) Amazon


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2012.03.29

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年は寒さが長引いて、なかなか季節の花が咲かないのが寂しいところですが、それでも早いものでもう4月。新年度の幕開けです。新年度が素敵なものになりますように…と願いつつ、それとはあまり関係ない感じですが4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 4月の文庫新刊は、それなりの充実度であります。
 まず注目は三ヶ月連続刊行のラスト、千野隆司「戸隠秘宝の砦 第三部 光芒はるか」であることは間違いありません。堂々と時代伝奇小説を謳った、その結末を楽しみにしたいと思います。

 また、タイトルは未定ですが「お髷番承り候」シリーズ第4巻が刊行される上田秀人は、同じ4月に「軍師の挑戦 上田秀人初期作品集」が発売されるのが要注目。おそらくは桃園文庫のアンソロジーに収録されていた作品が収録されるのではないかと睨んでいますが…

 さらに気になるのは、上下巻で刊行の大久保智弘「炎の砦」。内容は不明であり、伝奇ものではない可能性もありますが、この作者であればおそらく伝奇ものでしょう。時代小説大賞を受賞した「水の砦」と呼応するようなタイトルだけに、要注目です。

 その他新刊としては、タイトル未定ですが早見俊の「ご落胤隠密金五郎」シリーズ最新巻、相変わらず月刊ペースの高橋由太「妖し怪しの花幽霊(仮) つばめや仙次 ふしぎ瓦版」、風野真知雄の「姫は、三十一」シリーズ第2弾が控えています。
 文庫化・再刊では、先日続編がノベルズ化された宮部みゆき「おそろし 三島屋変調百物語」、そして名作の復刊が続くコスミック時代文庫からは、南條範夫「月影兵庫 上段霞切り(仮)」が登場です。


 さて、漫画の方は少々おとなしめの印象ですが、その中で注目はリイド社の新刊。3月に前作の新装版が刊行された、ながてゆか「蝶獣戯譚Ⅱ」第1巻、何とも妙な味わいの西風「新鋭時代劇集 忍者猿飛」第1巻、そして惜しくも先日連載終了した長谷川哲也「陣借り平助」第2巻と、気になる作品が並んでいます。

 その他チェックしておきたいのは、金田達也「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第5巻、武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第4巻、このところ刊行が続いていた小学館の復刻名作漫画シリーズの一冊である横山光輝「時代劇傑作集 火盗斬風録」あたりでしょうか。

 なお、3月に発売と書きました森田崇「アバンチュリエ」第3巻は、4月発売が正しいとのこと。訂正させていただきます。



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2012.03.28

「兵法柳生新陰流」(その三) 柳生新陰流隠密行

 五味康祐の「兵法柳生新陰流」収録作品紹介、その3は、柳生十兵衛が登場する3つの作品を取り上げます。

「火と剣と女と」

 謎の易者・赤兎道人の邸に潜入するも捕らえられた十兵衛。からくも脱出した十兵衛は道人の背後の加賀藩に潜入を試みるが…

 「柳生武芸帳外伝」と副題が付された本作は、かの大作と直接の繋がりはないものの、隠密としての柳生新陰流、陰謀家としての柳生宗矩を描いたという点では共通しています。

 江戸で評判の易者・赤兎道人の存在に不審を抱いた宗矩の命で、道人の邸に潜入したものの、短筒の前に捕らわれた十兵衛。
 しかし道人一味は十兵衛に危害を加えることなく、数日後に文字通り花火を打ち上げて自爆して果ててしまうのでした。

 辛くも逃れた十兵衛は、道人の背後にいたと覚しき加賀藩の奥地に潜入を試みるのですが、そこには加賀藩の罠の数々が…

 十兵衛が突如家光のお側から退き、以後の消息がしばらく不明になったのは有名なお話。巷説では隠密になったと伝えられますが、本作でもその説を取っています。
 しかし、十兵衛が潜入した先が、前田利常の加賀藩というのが面白い。外様でありながら百万石を守り抜き、そして剣で言えば柳生新陰流の強敵・富田流を奉じる加賀前田家は、なるほど十兵衛が挑む先に相応しいものがあります。

 江戸では手に入らぬ良質の硝石を大量に蔵していた道人の正体は、そしてその硝石はどこから来たのか? その謎の先にあるのは、何とも意外な結末であります。

 前田利常にまつわる、あるユニークな逸話が、全く別の意味を以て描かれるのには、大いに驚かされました。なるほど、あの宗矩が一杯食わされるわけです。
(ちなみに本作では、その宗矩の恐るべき陰謀の存在が推理されるのですが…いやはや)


「居斬り」

 津軽藩に現れた謎の剣客。彼を十兵衛と睨んだ家老は、津軽藩の秘密兵器・居斬り勘解由を十兵衛に当てようとするが。

 隠密として全国を旅したとも言われる十兵衛ですが、多くの作品では、北に行ったとしても伊達藩までというのがせいぜい。そんな中、本作では津軽藩に姿を現すというのは、なかなか珍しいといえます。

 しかし津軽藩は、南部藩との間に血で血を洗う因縁を抱えた、ある意味東北の火薬庫。そこに十兵衛が現れるというのは、これはこれで頷けるものがあります。

 本作に登場する津軽藩の剣士・居斬り勘解由は、敗北続きの津軽が南部に一矢報いるための秘密兵器。
 しかしその剣は、南部の前に、隠密と疑われる十兵衛に向けられることとなるのであります。

 正直なところ、本作の仕掛けについてはすぐに予想がついてしまうのですが、しかしそれはごく一面。
 何よりも、勘解由が最後に選んだ道が、その背後の意外な事実も相まって、何とも考えさせられるものがあるのです。


「無明斬り」

 主君・京極高広の暴戻により妻を失い、隠居した堀井三左衛門。釣りに明け暮れる彼は、ある日藩内を探る武士と出会い…

 藩主が家臣の妻を奪うというのは、戦国時代に比べればさすがに少ないはずですが、江戸時代でおそらくは皆無とも思えない話。
 本作の中心人物・堀井三左衛門の妻も、京極高広に目を付けられ、これを厭うて命を捨てることになります。

 しかし昼提灯で知られた三左衛門は、これをさして気にした風もなく、隠居して釣りに明け暮れる毎日を送るのですが…

 名門・京極家を継ぎながらも虐政により領民に恨まれ、その子の代で家を改易された京極高広。
 本作では、その高広により運命を狂わせられた男の姿を描かれるわけですが…それで終わるわけがないのが五味柳生もの。

 三左衛門の物語の背後では、ある野望のために高広を利用せんとする宗矩と、京極家の暗闘が描かれることになるのです。

 その中で振るわれる三左衛門の秘剣の名こそが、本作の題名となっている無明斬りなのですが――
 最後までその本心の見えぬ男が振るうに、誠に相応しい剣ではありませんか。

 あともう一回続きます。

「兵法柳生新陰流」(五味康祐 徳間文庫) Amazon


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2012.03.27

「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は

 明治時代の琵琶湖周辺を舞台とした伝奇アクション「曇天に笑う」の第3巻は、起承転結で言えば転と言うべきか、大激動の展開。
 思いも寄らぬ形で姿を現したオロチの器が、曇神社の三兄弟の運命を大きく動かしていきます。

 兄・天火に負けない剣を拾得するため、右大臣・岩倉具視直属部隊“犲”の隊長のもとを訪れた三兄弟の次男・空丸。彼は犲との取引のため、琵琶湖にそびえる巨大監獄・獄門処に潜入することとなります。

 獄門処で囁かれる、「獄門処に入る科人はある物を持って来るべし」という謎の掟。獄門処の奥に潜み、その「ある物」を手にする
謎の存在に接近する空丸ですが、対面したのは、彼と意外な因縁を持つ相手であり、そしてその因縁は曇神社の居候・白子にも及ぶことに…

 そしてかろうじて獄門処を脱出してきた空丸を迎える天火と宙太郎。久々に揃って騒々しい、そして暖かな空気の中に過ごす三人ですが――
(そしてその中で、本作が明治初頭というこの時代に描かれることの意味の一端が描かれるのも嬉しいのです)

 しかし、その直後に最大の悲劇が待ち受けているとは!


 本作は、数多くのキャラクターが登場する物語であります。曇神社の三兄弟と白子、犲のメンバーたち、獄門処に潜む者、等々…
 そのキャラクターたちが一見無造作に登場し行動する姿に、本作の開始当初は、正直なところ、いささか戸惑いました。

 しかし物語が進み、その全貌が少しずつ見え始めてきたとき…物語におけるキャラクターたちの位置づけ、役割が見えてきた時の興奮は、かなりのものがあります。

 本作の根幹に位置する存在、オロチ。300年に一度、人の体を器として復活し、この世に災いをまき散らす怪物――
 その怪物と三兄弟がどのように絡むのか。それが第2巻のラストで描かれた時には、「そう来たか!」と大いに驚かされたものですが、この第3巻で描かれたその先の物語は、さらなる驚き――というよりむしろ、ほとんど困惑と呼んだ方が適切なほど――をもたらしてくれました。

 あまりネタバレになるといけませんが、三兄弟の物語であるはずの(とこちらが思いこんでいる)本作において、この先、一体どうするつもりなの? と真剣に驚かされた次第なのです。

 もちろん、本作に登場するのは三兄弟だけではありません。第2巻でその驚くべき正体を現した白子もその一人ですが、この巻では、それだけでは見えなかった彼の本作における立ち位置が見えてくることになります。

 なるほど、本作の魅力は、個性的なキャラクターたちのドラマが様々に展開し、そしてそれが互いに思いも寄らぬ影響を与えながら、物語の根幹に絡み、さらなる巨大な物語を作り出す点にこそあるのでしょう。


 しかし、実はまだその巨大な物語にも空かされていない部分はあります。それは、本作の根幹部分と、本作の最も特異な舞台設定との関わりですが――

 もちろんそれは、その両者を結ぶ存在である三兄弟のこの先の物語が描かれることにより、明かされるのでしょう。
 それが、この曇天の時代を晴れに変えるのか、雨に変えるのか…これほど先が気になる物語もありません。

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2012.03.26

「兵法柳生新陰流」(その二) 兵法の裏の裏

 五味康祐の「兵法柳生新陰流」収録作品紹介のその2であります。

「新陰崩し」

 江戸の柳生屋敷を窺う謎の男女。彼らは卍教を信奉する山の民だった。果たして彼らの目的は何か。そして柳生新陰流との関係は…

 まず間違いなく、本書に収録された中で最も伝奇色の強い作品の一つが本作であります。
 柳生新陰流を敵視し、密かに付け狙う男女――彼らこそは、卍教を信奉する院内(いんのこ)の民。
 山に棲む彼らが何故柳生新陰流を敵視するのか? それが本作の中心となります。

 柳生石舟斎により生み出された柳生新陰流。それを更に上流に遡れば、上泉伊勢守の新陰流、そして愛洲移香斎の陰流に行き着くのは、剣豪ファンであればご存じの通りであります。
 しかし、愛洲移香斎までいくともはや伝説レベルの人物。その移香斎が、果たしてどのように陰流を生み出したのか?

 院内の民が柳生新陰流を敵視するその理由が、あまりにも突飛なものと見えて、クライマックスで真相が明かされる、その描写が実に見事であります。


「刺客」

 家康に、腕利き一人を差し出すよう命じられた宗矩。狙う相手は、かつて家康に仕え、後に尾張義直に仕えた男の子だったが…

 五味康祐の短編は、導入部でまず引き込まれるものが多くあります。
 宗矩が「勝った上で死んでもらう」ために腕利き一人を差し出せと家康から命じられるという本作もその一つ。

 その腕利きが刀を振るうことになるのは、かつて家康に仕え、後に尾張義直の家臣となった名物男・奥村一平の子・左近太。
 義直から請われて家康の下から尾張に移ったものの、すぐに何者かに討たれたという一平の仇を討つため、義直を狙うという左近太に対して、柳生新陰流が刺客として使われることとなるのです。

 尾張柳生との生臭い軋轢もあり、自ら出馬することとなった宗矩が知った真実は、なかなかに苦いもの。
 一平が左近太に遺したという「一万石一粒欠くるとも仕官はするな」という言葉(これは石舟斎の兵庫介への言葉のもじりかと思いますが、ここは奇しくも同じような言葉を寄せられた者同士の死闘という皮肉と見るべきでしょう)、そして「刺客」という題名が、重く胸に残ります。


「曙に野鵐は鳴いた」

 富田越後守を翻弄して逃れたという小者。その小者と前田家の豪傑・不破勘左衛門との出会いが思わぬ波紋を生み、数多くの流血を招く。

 本書の前半のラストを飾るのは、それに相応しい大作。小太刀の富田流と尾張柳生、そして江戸柳生、三つの流派が複雑に絡み合う、短編ながら長編なみの歯応えのある作品です。

 前田家に仕えた富田流の名人・富田越後守が、奉公していた小者を手討ちにせんとしたのが逆に戸板で雪隠詰めにされ、逃げられたというエピソードは、剣豪ファンであればお馴染みかもしれません。

 本作はこの椿事の直後から始まります。
 富田家から逃れた小者と出くわしたのは、前田家の名物男・不破勘左衛門。何と駆け落ち途中だった彼は、その場は小者を見逃すものの、その正体が主家を探る隠密と見て、小者を追って旅立つことに。
 そして旅の途中の勘左衛門と知り合った神戸新十郎と名乗る若い武士は、勘左衛門の話を聞いてある決意を固めるのですが…

 ユニークで、しかし冷静に考えれば不気味な冒頭のエピソードから、物語は二転三転。柳生十兵衛、高田三之丞まで登場し、落としどころも全く見えぬままに展開し、意外な結末を迎えることとなります。

 果たして小者の正体は、そして何故富田家に奉公していたのか。その謎の先にあるのは、綺麗事だけでは済まされぬ、剣の世界の裏の裏側の凄まじさであります。
 五味剣豪小説の面白さが最もよく現れた作品の一つと言って良いのではないでしょうか。


 続きます。

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2012.03.25

「兵法柳生新陰流」(その一) 流浪の柳生新陰流

 私が五味康祐の剣豪小説、なかんずく柳生ものの面白さを初めて知ったのは、今から20年ほど前に読んだ「無刀取り」「無明斬り」の2冊の短編集でした。
 本書「兵法柳生新陰流」は、その2冊の収録作品を年代順に再編集したもの。これから収録された12作品を紹介していきたいと思います。

「村越三十郎の鎧」

 武断派の武将に襲撃され、伏見の家康の屋敷に逃げ込んだ三成。家康を斬るために屋敷に潜入した柳生兵庫介助が見たものは…

 タイトルとなっている村越三十郎とは、小栗栖で明智光秀が竹槍で刺されたときに一歩前を歩いていた人物。彼と光秀の歩く順が逆であれば、あるいはその後の歴史は今と変わっていたかもしれないという人物です。

 この人物に関する谷崎潤一郎と岸巌の会話の引用から始まる本作は、その導入部に負けない意外な展開の連続。
 関ヶ原以前に、武断派の武将七人が石田三成を襲撃し、三成がこともあろうに敵対する徳川家康の屋敷に逃げ込み、難を逃れたというのは有名なエピソードですが、本作はこれを背景に展開されます。

 その三成の腹心・島左近の依頼により、その混乱の中で徳川家康の暗殺を狙うは、後の尾張柳生の祖・柳生兵庫介。
 一方、家康を陰ながら守護するのは、言うまでもなく柳生宗矩――
 ここに、三成と家康の対立が、柳生新陰流同士の激突に繋がっていくのであります。

 しかし本作の見事な点は、さらにそこから一歩踏み込んで、家康の深謀遠慮と、その皮肉な結末が描かれることでしょう。そしてそこに絡むのは、あの村越三十郎の鎧…
 歴史の分かれ道を象徴する人物が、再び意外な形で歴史の分かれ道に繋がる、その結末の見事さにはただただ唸らされるばかり。
 冒頭からいきなりの傑作であります。


「兵法流浪」

 諸国流浪の最中、会津の上杉家を訪れた柳生石舟斎・宗矩親子。そこで彼らは、取籠み者を捕らえるよう依頼されるのだが…

 柳生石舟斎が、柳生の地を秀吉に没収され、宗矩が家康に仕官するまで浪々の苦難を味わったのはよく知られた話。本作は、その流浪の中で当時会津を所領としていた上杉家を訪れた石舟斎と宗矩の姿を描く物語です。

 単なる流浪の腕自慢と見られ、上杉家で軽く扱われる柳生親子。ところが時を同じくして、射術の名手による立て籠もりが起きたことから、二人にその捕縛が依頼されることになります。
 人質の女性を傷つけることなく、首尾良く取籠み者を討った二人。しかし直江兼続は、二人への仕官の口として、雀の涙ほどの石高しか示さず…

 と、ここで描かれるのは、主家を持たずに流浪する兵法者の侘びしさ。天下の柳生新陰流が走狗の如く扱われる姿には何とも哀しいものを感じるのですが…
 もちろん、それで終わるわけがありません。やはり恐るべきは柳生新陰流、結末の兼続の呟きが皮肉に響きます。


「無刀取り」

 刀を抜かずに斬る秘剣により各地で腕自慢を斬る謎の男。その後を追う石舟斎・宗矩親子は、ついにその秘剣と対峙することに…

 秘剣により凶行を繰り返す怪剣士との対決というのは剣豪ものの定番と言えるでしょう。剣豪同士の決闘というのは、剣豪ものに不可欠な要素であり、そして秘剣の謎解きというのは、ミステリ的興趣でもって読者を引きつけてくれます。

 本作もそうした趣向の作品。すれ違いざまに、あたかも刀を抜かずに相手を斬る秘剣の遣い手と柳生親子が対決することとなるのですが…ここでもひねりにひねった物語となっているのが五味柳生ものであります。
 ここで描かれる無残な過去を背負いながらも、その戻らない過去のために剣を振るう凶剣士の人物像もさることながら、本作においては、彼の正体を知りながら、あえて放置する柳生親子の精神が凄まじいのです。

 特に、柳生石舟斎の生臭さは、この親あってこそ、後の宗矩がある…とすら言いたくなるようなレベル。
 本来であれば見事と称すべき「無刀取り」の存在すら霞みかねない石舟斎像であります。

 以降、続きます。

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2012.03.24

「逃亡者おりん2」 第10話 美濃八幡、血に染めて

 ついに八幡藩に辿り着いたおりんと誠之助。辛うじて百姓たちの暴走を止めた二人は、庄屋の弥兵衛とともに筆頭家老・水谷のもとに向かうが、剣草の襲撃に対し、弥兵衛は二人を行かせるため単身残って命を散らす。剣草が水谷の命を狙うことを悟り屋敷に急ぐ二人は、ついに水谷に念書を渡すが、そこに剣草拾ノ刺客・毒空木が襲いかかる。おりんと誠之助、水谷は苦戦しながらも毒空木を倒し、ついに脇田の罪が裁かれることとなるが…

 いよいよ最終回一話前、新月の晩も目前となった今回。夜通し歩きっぱなしでグロッキー気味でも頑張る誠之助と、そんな彼を何となく良い感じで見つめるおりんの二人も、ついに藩の領内に辿り着きますが――
 そこで襲いかかる脇田配下の藩士たち。二手に分かれて逃れた二人ですが、誠之助は崖から転落して気絶してしまいます。

 一方、藩の百姓たちの怒りは爆発寸前。弥兵衛の制止、そして辿り着いたおりんの言葉も空しく一揆を決行しようとしますが…そこに何とか意識を取り戻して辿り着いた誠之助の言葉と、念書を奪った百姓(に化けた剣草)を容赦なくぬっ殺したおりんさんの行動に、ようやく落ち着きます。

 そして水谷のもとに向かうことになったおりん・誠之助・弥兵衛。妹のおみねの運命を悟りつつも、全てが終わってから弔いの杯を交わそうと、弥兵衛が微妙にフラグを立てた次の瞬間、彼の胸に矢が!(早っ)
 そこで誠之助は矢をすぐに引っこ抜くという信じられない行動に。おかげで(?)血が溢れだし、死を覚悟した弥兵衛は、二人を先に行かせて単身剣草の刺客の前に立ち塞がり、無数の矢を受けて斃れるのでした。

 悲しむ間もなく、脇田側の最後の手段として水谷を殺すことがあると気づいたおりん。果たして屋敷には既に毒空木率いる剣草が乱入、次々と藩士たちが斃されていきます。
 屋敷の周囲に結界が張られていることに気づいたおりんは、裏手から潜入。水谷に念書を渡すことに成功するのですが――

 その時、その場に居合わせた水谷の娘の胸から飛び出す血塗れの刃。ついにここまで辿り着いた毒空木の仕業であります。
 下忍たちに取り囲まれてしまうおりん。一方水谷(と誠之助)は、怒りに燃えて自ら槍を手に立ち向かうのですが、さすがに毒空木相手に敵うわけもない。
 毒空木の長巻が水谷に振り下ろされんとしたとき――後ろから長巻に巻き付く手鎖。下忍たちの群れが崩れ落ちたその中から現れたその姿こそはレオタード!

 が、戦闘スタイルのおりんであっても毒空木は強敵。石突きの強烈な一撃で悶絶したおりんが戦闘不能と見て水谷を襲わんとする毒空木ですが、そこに誠之助が割って入ります。そしてその隙に後ろから「手鎖御免!」
 さらに水谷の怒りの刃がとどめを刺すのでした。

 そして夜――ついに行動を開始する百姓たち。そして脇田の屋敷を訪れる剣草首領・鳥兜幽玄…
 水谷の報により脇田を捕らえるべく駆けつけた目付が見たものは、何者かに殺害された脇田。果たして何が…
 そして、運命の新月(というかどう見ても皆既月食)。


 というわけで、ラスト一話前に敵も味方も多大な犠牲を出しての流血戦。ほとんどここまでくると誠之助が主人公で、おりんはサポート役に徹した感がありますが…
 しかし、黒幕のはずの脇田が殺害され、果たして最終回に何が待つのか。真の黒幕として不死身のあの人がいたりしたら最高なんですが…それはさすがにないだろうなあ。


今回の剣草
毒空木

 長巻を得意とする剣草拾ノ刺客。剣草の副将格で、常に鳥兜幽玄の側に仕える。
 念書が水谷の手に渡るのを防ぐため、水谷抹殺を目論み、下忍を率いて屋敷を襲撃。水谷の娘をはじめとして多数を殺傷したが、おりん・誠之助・水谷の三人がかりの攻撃で仕留められた


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2012.03.23

「月の蛇 水滸伝異聞」第7巻 彼の戦うべき真の理由

 梁山泊に挑む趙飛虎と祝翠華の孤独な戦いを描いてきた「月の蛇 水滸伝異聞」も、この第7巻でついに完結。
 官軍と梁山泊軍の決戦が繰り広げられる中、二人の戦いも一つの結末を迎えることとなります。

 扈三娘の犠牲と、節度使たちの乱入により、辛くも窮地から逃れた飛虎と翠華。しかし幾度目かの林冲との対決は飛虎の完敗、飛虎は片目を喪ったのみならず、戦う意志をも失ってしまうことに。

 一方、いよいよ勢力を増す梁山泊に対し、宿元景は辺境を守る十節度使を召喚、梁山泊への総攻撃を計画。梁山泊側にとってもこれは望むところであり、林冲・花栄・呼延灼・関勝・武松・李逵・燕青・李俊・張順ら、総力を挙げて決戦に臨むこととなります。

 官軍側で決戦への参加を望まれる飛虎ですが、しかし彼には既に戦う意志はなく、翠華は彼を置いて単身官軍に身を投じ、戦場で梁山泊の長・宋江を狙うのですが――


 この最終決戦の舞台となるのは、原典でも描かれた梁山泊と十節度使との戦い。原典では百八人勢揃いした後の、一番梁山泊に脂の乗り切った時期の戦いであり、なるほど決戦にふさわしいシチュエーションではありますが、注目すべきは、ここで本作が原典の物語に収斂していくことでしょう。

 梁山泊を悪の巣窟として描き、それに戦いを挑む飛虎たちの姿を描く本作は、当然のことながら、原典とは大きく異なった物語であり、登場するエピソードも、本作独自のものばかりでありました。
 それが、もちろん細部は異なるとはいえ、原典を踏まえた物語を展開するというのは、なかなかに興味深いことであります。

 そして、それに合わせるかのように、本作の梁山泊も、単なる賊徒の群れではないことが、宋江の口から語られます。
 彼の言葉を信じるならば――翠華のような犠牲者を生むやり方には大いに問題はあるものの――梁山泊の目指すのは、腐敗した宋国を打倒し、新たな国家を生み出すこと。すなわち、彼らの究極的な目的は、国作りなのであります。

 なるほど、本来であれば節度使を率いる指揮官が宿元景であったものが、戦功を横取りせんとした横やりにより、高キュウに変更となってしまう様などを通じ、宋国朝廷の腐敗ぶりはこの巻で描かれることとなります。
 それは原典でも描かれた、水滸伝ファンにはお馴染みのものであり、この腐敗に対するカウンターとして梁山泊が存在するというのも、また頷けるものがあります。

 本作では、幾度か翠華の復讐の正当性への疑問が投げかけられてきました。彼女の復讐心は単なる私憤であり、時としていらぬ波風を立てるだけのものではないか…と。
 その意味では、ここで描かれた梁山泊の目的と、宋という国の腐敗ぶりは、彼女の戦いの意味を再び、そして最も大きく揺さぶる要素となりえたのであり、そしてそれこそが、最後の最後で原典に回帰していく理由と感じたのですが――

 しかしながら、この視点はいささか唐突なものとして、十分に踏み込むことなく終わってしまった、というのが、正直な印象であります。

 もちろん、飛虎と林冲の最後の戦いの様を見れば、飛虎が戦うべき真の理由は見えてきます(それが林冲の敗北の理由でもあり、そして水滸伝ファンであれば納得できるものであるのは、大いに評価すべきでしょう)。
 しかし翠華の戦いの意味はどうか――単なる復讐心でもいい、相手の存在の意味は認めつつも己の想いを貫いてもいい、どんな答えでもいいから、明確な答え(それは、答えなどない、という結論も含みます)を見たかった。

 もし、もう少し物語が続いていれば、この辺りはより踏み込んで描かれ、私の不満も解消していたのだろうと思います。
 そしてそれが描かれていれば、本作は、あるいは、我が国の水滸伝史上で特筆すべき作品となっていたのではないか…

 いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、本作は、原典の持つある種の可能性を極限まで広げてみせる可能性があった作品であったと――水滸伝ファンとして、そして本作のファンとして、私は信じているのです。

「月の蛇 水滸伝異聞」第7巻(中道裕大 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
月の蛇 水滸伝異聞 7 (ゲッサン少年サンデーコミックス)


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2012.03.22

「UN-GO 因果論」(その二) 「因果論」

 會川昇による小説版「UN-GO 因果論」紹介の続きであります。
 前回は完全新作の「日本人街の殺人」部分を紹介しましたが、今回はいよいよ本編部分を取り上げましょう。

 この小説版の本編部分は、いうまでもなくアニメ版のノベライゼーションの形式を取っています。
 戦後の日本に帰ってきた探偵と因果が、新興宗教・別天王会の儀式の最中に信徒が謎の獣に襲われて死ぬ事件と、探偵の過去と因果との出会い、そして探偵が探偵となった理由が平行して語られ、やがてその二つが絡み合い、一つの物語を成す――
 そんな本作のストーリーは、「明治開化 安吾捕物帖」の第3話「魔教の怪」と、全く別の長編「復員殺人事件」を原案としたアニメ版と、基本的にほぼ同じものとなっています。

 以前このブログで紹介したように、私は既にアニメ版を劇場で見ております。しかし物語の結末を知っていても、それでもなお最後まで興味を失わずに本作を読むことができた、というより読まされました。その理由は、本書がアニメの内容をなぞっただけのノベライズに終わっていないからにほかなりません。

 もちろん、アニメのために最適化された物語を、小説として最適化する際に追加された要素(少年因果の原型となった人物や、探偵と真犯人の因縁など)、あるいはより詳細に語られた要素(虎山や速見の内面描写や、連合調整部や公共保安隊などの設定、そして何よりも人が因果の質問に一回だけ答えてしまう理由など)が興味深かった、というのはあります。
 しかしそれ以上に私を引きつけたのは、本作が、アニメで描かれた物語の根っこの部分をしっかりと踏まえつつ、それをより深化して(単なる追加や詳細化ではなく)描いていたからにほかなりません。

 ではその根っこの部分は、と言えば、それは會川作品の多くに共通してみられる要素――厳しい現実に押し潰されかけた人々、あるいはその現実の前に何とか立とうとする人々の姿…いや、本作の言葉を借りれば、そんな人々の心の叫びであると私は感じます。
 そしてその代表が、本作の主人公たる探偵であることは言うまでもありません。

 本作の中で描かれる現実は、もちろんフィクションの中の現実、近未来の戦後の世界という現実に過ぎない、と言えるかもしれません。
 しかし、原案が明治維新後を舞台としつつ、それと合わせ鏡のように第二次大戦後の現実を描いたのと同様、本作においては、近未来の戦後を描くことにより、現代の、一年前に生まれた、そして我々が今も直面している現実をその中に浮かび上がらせます。
(本作で最も印象的な箇所の一つである、探偵が過去に書いた作文が、この現実世界のどこかでも書かれている、あるいはこれから書かれるであろうことを私は疑いません。)

 既に「UN-GO」本編の感想の中でも述べてきましたが、本作は明治維新後、第二次大戦後、近未来の戦争後だけではなく、現代のあの災いの後の現実を含めた、四重の合わせ鏡なのであり――この小説版で追加された要素、より詳細に描かれた要素は、そのことをより明確に、より詳細に描くためのものであると…私はそう感じるのです。

 本作は、アニメ版を見た人間にとっても、そして本作を通じて「因果論」に、「UN-GO」という作品世界に初めて触れた方にとっても等しく、「因果論」という作品のみならず「UN-GO」という作品が描こうとしていたものを(アニメ版を見た方にはより深く)認識させてくれる作品なのであります。


 もちろん、アニメ版との相違点を、そのまま諸手を挙げて受け入れられるかといえば、必ずしもそうではありません。
 個人的には、物語の全ての要素が(やや唐突に)探偵と真犯人の二人の感情に集約された感のある本作のウェットなラストに、最初は違和感を感じました。

 しかしこれもまた一つの真実でありましょう。

 そして本作が、後に結城新十郎と呼ばれる探偵の真実を丹念に描いたものであり、そしてそれを通じて我々の現在を描き出した作品であること、そのことは紛れもない真実なのですから。


 それにしても――クライマックスで探偵が見たもの、それを告げる言葉を読むたびに、胸が張り裂けそうな想いに駆られます。あれほど哀しく、美しく、そして重い言葉はない。

「UN-GO 因果論」(會川昇 ハヤカワ文庫JA) Amazon
UN-GO 因果論 (ハヤカワ文庫JA)


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2012.03.21

「UN-GO 因果論」(その一) 「日本人街の殺人」

 もう既に書店に並んでからだいぶ経ち、すでに第二刷となった作品を今さら取り上げるというのも恐縮ですが、ハヤカワ文庫から「UN-GO 因果論」が発売されました。
 言うまでもなく劇場公開された同名アニメのノベライゼーションですが、しかし、単純にアニメをノベライズしただけ、とは到底言えない「小説」として、本書は成立しています。

 もちろん、本書の基本的な設定、ストーリー自体は、アニメ版と大きく異なるものではありません。
 それでもなお、本書が劇場版を見た人間でも楽しめる(ある意味より一層楽しめる)ような作品となっているのにはいくつか理由がありますが、その一つが、冒頭に収められた完全新作の短編「日本人街の殺人」(以下「本作」)の存在であります。
 後に結城新十郎と呼ばれる探偵が日本に帰国する前、アジアのI国で手がけた事件を描いた本作は、本書のプロローグであるとともに、今回初めて「UN-GO」の世界に触れた読者に対する、作品世界全体のプロローグの役割を果たしていると言えるのです。

 さて、他のエピソードがそうであるように、本作も坂口安吾の(ただし「安吾捕物帖」ではない)推理小説「南京虫殺人事件」を原案としています。

 久しぶりに本作と原案の登場人物を比較してみれば――
浪川(貨物船船長)/浪川(巡査)
比留目(宝石チェーン経営者。被害者)/比留目奈々子(ピアニスト。被害者)
陳令丈(元商社員)/陳(中国人商人)
百合子(陳の娘。故人)/百合子(浪川の娘。婦警)

 原案の方のストーリーは、ピアニスト殺しの犯人らしき人物を追った刑事父娘が、その人物が塀を乗り越えて飛び込んだ屋敷の庭で南京虫(女性用の腕時計)を見つけ、それが意外な事件へと展開していくというもの。
 それに対して本作は、I国を訪れた宝石商が殺され、港のフェンスを飛び降りて逃げた犯人が、ダイヤと覚しきものを落として…と、原案の骨子をアレンジしたものとなっています。

 しかしもちろん――「UN-GO」の他のエピソード同様――本作は、原案を近未来を舞台に移してアレンジしただけのものではありません。
 本作では、事件の依頼者である浪川の目を通じて、作品全体の重要な背景となる、かつて日本が敗れた「戦争」という存在を、時に直接的に、時に間接的に描き出します。

 それは、単にそれが発生し、続いた間だけでなく、それが終結した後も、人々を様々な形で苦しめ悲しませる災い…
 「戦争」によって運命をねじ曲げられ、過酷で皮肉な現実に突き当たることを余儀なくされた人々の姿が、本作ではミステリの形を借りて抉り出されるのです。

 実は原案でも、犯人の動機(というより心情)には戦後の陰が色濃く落とされているのですが、本作で描かれるそれは、原案に輪をかけて重く切ないものであり――正直なところ、アニメ本編を含めても出色の動機の一つであると感じます――そこに浮かび上がる近未来の戦後の悲劇が、我々の世界と地続きのものであると理解させてくれるのです。

 そう、本作で描かれるものは、単に近未来の戦争の悲劇というものだけではありません。
 犯人の行動の背後にある悲劇、そして冒頭で語られる諸外国が日本に向けるまなざし――それが意味するものが何であるか、それを起こしたものが何であるか、我々はよく知っています。
 それは、現在の、我々が今生きる現実に起きていることなのですから。

 そしてそれは「因果論」本編でも、より痛烈な形で突きつけられることとなります。

 以下、次回に続きます。

「UN-GO 因果論」(會川昇 ハヤカワ文庫JA) Amazon
UN-GO 因果論 (ハヤカワ文庫JA)


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2012.03.20

「花守り鬼 一鬼夜行」 花の下で他者と交流すること

 花見に行くことになった喜蔵たち。しかし妹の深雪は何故か機嫌が悪く、後から追いかけた喜蔵も奇怪な世界に落ち込むなど、花見は初めから波乱含み。果たして小春や多聞をはじめとする妖怪たちも現れ、花見の場では次々と怪事件が起こる。そんな中で語られる深雪や小春の意外な素顔とは…

 明治初期の東京を舞台に、妖怪も恐れる閻魔顔の古道具屋・喜蔵と、お騒がせ猫股鬼の小春のコンビが様々な怪事件に巻き込まれる「一鬼夜行」も、順調に続編が刊行されて、本作で3作目となりました。
 今回はレギュラー陣がお花見に出かけた先で巻き起こす騒動が描かれますが、その実、短編集的な内容となっているという、なかなか面白い構造となっています。

 春の盛りに花見に出かけることとなった、喜蔵の妹の深雪、親友の彦次、近所の未亡人・綾子、妓楼の若い衆・平吉、旅の記録本屋・高市の面々。いずれも喜蔵がこれまでの物語で出会った人間たちですが、人嫌いの喜蔵本人は、一人花見に行くのを拒絶、店に残ります。
 しかし、よんどころない事情で後を追う羽目になった喜蔵は、妖怪たちが住むあの世に紛れ込み、あわやというところを小春に助けられ、やむなく花見に参加することになって――

 というのが本作の導入部。平和なはずの花見が、冒頭から既に波乱含みですが、もちろんこれで住むわけがなく、次々と怪事件・厄介事が起こることとなります。
 何故か喜蔵に静かな怒りを燃やす深雪、次々と姿を消していく男たち、そして前作でも喜蔵と小春を苦しめた百目鬼の多聞一味の暗躍…

 そんな中で彼らが出会い、あるいは彼らが語るエピソードが、本作では短編集的に描かれていくこととなります。
 高市が京の山で出会った不思議な老人との交流、夜な夜な喜蔵と深雪の前に現れる奇怪な黒い影、数奇な運命に翻弄された綾子の暗く悲しい過去、男たちを誑かしては飲み比べを仕掛ける女怪との対決…

 心温まるもの、切なく美しいもの、重く黒いもの、爆笑必至のものと、バラエティ豊かなエピソードは、こちらの喜怒哀楽の感情を思う存分刺激してくれるものばかり。
 泣かされたと思えば思い切り笑わされたり、またしんみりさせられたりと、実に忙しいのですが、それが本作の、いや本シリーズの魅力であることは言うまでもありません。


 しかし、一見バラバラに見えるこれらの物語にも共通するものがあります。
 それは、他者/異者と交流することの難しさと、そしてそれを乗り越えて生まれるものの素晴らしさであります。

 人と妖怪、生者と死者、男と女、過去と現在――人が(妖怪も)自分と異なる他者と出会い、触れ合う時、様々なものが生まれます。
 多くの場合、それはネガティブなものであり、それ故、他者との交流は苦痛に感じられることも少なくありません。
 本シリーズの主人公・喜蔵は、まさにそうした心情を抱えて生きる人物ですが、しかし、ここで描かれる物語は、喜蔵に、そして我々に、他者との交流が生み出すものは決してネガティブなものだけではないということ、自分にポジティブな変化を与える(こともある)と、教えてくれるのです。

 それは、こうして文章にしてみると非常に気恥ずかしいものではありますが、しかし、近代と近世という異なる時代が接する――それもまた他者の交流であります――舞台で語られる、人と妖怪の物語を通じて描かれるそれは、素直に心を打ちます。

 そんな物語がどこに行き着くのか、それを含めて、まだまだこの世界に触れていたいと思わせる、そんな作品であります。

「花守り鬼 一鬼夜行」(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-4)一鬼夜行 花守り鬼 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2012.03.19

「鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り」 現在の謎、過去の謎

 吉昌と吉平の個人教授を受け始めた道冬。ある日右近少将の誘いで、彼の供として大納言の姫の元に赴く道冬だが、実はその邸は、吉昌の占いで凶と出ていた。果たして、その晩姫が正気を失い暴れ出すという事件が発生。そしてその頃、道冬の従者・行近も、己の過去を知る人間と出会っていた…

 コバルト文庫のサイトを見ると、嬉しいことに好評らしい「鬼舞」シリーズ。その第5弾「見習い陰陽師と爛邪の香り」が発売されました。

 前作では思わぬことで落第点を取り、追試の場で騒動に巻き込まれた主人公・宇原道冬。
 安倍晴明の息子・吉昌と吉平の下で特訓を始めた道冬ですが、妖に好かれる体質故かはたまたそれが運命か、またもや新たな事件に巻き込まれることとなります。

 本作で描かれるのは、藤原家の大納言の姫を襲った怪事と、道冬の忠僕・行近の過去を巡る事件であります。
 娘を入内させた兄の関白との権力争いの末、次には自分の娘を入内させんとする大納言。彼の邸に五位鷺が現れたことが前兆であったように、思わぬ怪事が大納言の娘を襲います。
(ちなみに、微妙な史実との違いはあるものの、大納言と娘は藤原道長と彰子、関白と娘は藤原道隆と定子のことでしょう)

 五位鷺の吉凶を占ったのが吉昌、大納言の娘への香の教授の供をしたのが道冬、そして大納言邸の警備を勤めていたのが渡辺綱…
 三人の少年はそれぞれの形で大納言邸の事件に関わっていくこととなります。

 そんな道冬たちが現在を象徴する存在だとすれば、過去を背負った者もいます。
 道冬の忠僕でありながらも、これまで幾度も謎めいた顔を見せてきた行成。前作で、明らかに通常の人間ではないことが語られた彼ですが、本作では彼の過去の顔を知る人間が現れることとなります。

 道冬と、彼の亡き父に忠誠を誓い、そして吉昌ら安倍家の人間に敵意をむき出しにする行成。
 道冬の父の名を考えれば、それも無理もないことと思えますが、そもそも何故彼は道冬に仕えているのか。そして彼は何故、今のような存在となったのか?
 その謎は、道冬自身が時折見せる謎の力と繋がっているものなのでしょう。

 そして、現在と過去を繋ぐかのように、一連の事件の背後で糸を引く者の姿も、少しずつ――本当に少しずつですが――見えてきます。まだ謎だらけのその存在の正体は、いま物語に登場しているキャラクターたちの名前から何となく想像はできますが、しかし仮にそうだとしても、一ひねりも二ひねりもされたものであることは確実でしょう。


 道冬を取り巻くキャラクター配置は、いかにも少女小説的と言えるかもしれません。そして登場する愛嬌たっぷりの妖たちの存在は実に楽しく、ユーモラスであります(今回は道冬を熱愛するキャラの再登場が…)。

 そんな口当たりの良さの一方で、どこにどのような毒が仕込まれているかわからない――これまでの作品同様、本シリーズもまた、そんな瀬川作品ならではの味わいが濃厚に感じられます。

 実は本作で描かれたエピソードは、その半ばの時点で終わっています。Amazonのデータには「新章開幕」の語が見られますが、なるほどそういうことなのでしょう。
 これまで少しずつ描かれてきた現在と過去の謎の断片が、果たしてどのような全貌を見せるのか。

 それを知るのが怖いような楽しみなような…いずれにせよ、この贅沢な悩みが少しでも長く続くことを祈っています。

「鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2012.03.18

「石影妖漫画譚」第6巻 育ってきた個性たち

 妖怪絵師・烏山石影が江戸を騒がす妖怪事件に挑む…というパターンから良い意味で外れ始めた「石影妖漫画譚」も早いものでもう第6巻。白狒々との戦いも冒頭で決着して、バラエティ豊かな物語が収録された巻となっています。

 これまで大長編・長編エピソードが続いてきた本作ですが、この巻では久々に数話で完結する中短編エピソードを収録。
 白狒々のエピソードで石影や毛羽毛現らレギュラー陣が江戸を離れている間、火付盗賊改・中山騎鉄が出会った事件をはじめ、名うてのスリ・本所の六郎の魂を奪った女妖怪との対決、願いを叶えるという妖怪を巡る女性キャラたちの醜すぎる争い、そして石影の画集を出そうとする地本問屋の娘の登場と、かなりバラエティに富んでいる印象です。

 特に、中山騎鉄の主役編は、「異聞 中山騎鉄妖犯科帳」と銘打っての作中スピンオフぶりがなかなか楽しい一編であります。
 凶剣士・入間との死闘の中で怪視なる(石影も垂涎の)能力を手に入れたことで人ならざるモノが見えるようになった騎鉄が出会った少女の幽霊を巡るこのエピソードは、石影の出番こそほとんどないものの、バトルあり人情ありと、いかにも本作らしい内容。
 相変わらず火盗改の面子が珍妙な格好をしているのが気になりすぎるのですが、その点をさっ引けば、まずまずのエピソード、石影も主役の座を奪われかねない? と思わせられる一編でした。

 その他にも、この巻では石影以外のキャラクターの出番が多かった印象もあり――特に毛羽毛現、毛倡妓、大家、ヨヨの女子会エピソードは良くも悪くも強烈な印象を残します――ほとんど石影の個性だけで持っていた感のある本作も、だいぶ個性的な面々が育ってきたな、というのが、この巻を読んでの正直な印象です。

 そして中短編エピソードが展開する合間にも、奇怪な「敵」の存在が少しずつ見え始め、一つの長編作品としての目配りがあるのもなかなか嬉しい。
 次巻予告では、騎鉄をはじめとして、これまで登場した(戦力になる)キャラクターたちが集まる様子で、この手の展開が大好きな私にとっては、まだまだ楽しめそうな印象であります。

「石影妖漫画譚」第6巻(河合孝典 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
石影妖漫画譚 6 (ヤングジャンプコミックス)


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2012.03.17

「逃亡者おりん2」 第09話 残月登場! 勝利の鍵は二人の絆

 既に一触即発の状況にある美濃八幡藩。不正の証拠である念書に記された残月の正体が次席家老・脇田であることに気づいた誠之助は、これ以上おりんを巻き込むまいと先を急ぐ。しかしおりんは剣草の聖瑞花と紫雲英に捕らわれ拷問を受けていた。それを知り、おりんを救うために駆けつけた誠之助。その隙に脱出したおりんは二人を倒すのだった。

 前回ラストで、おりんを置いてただ一人、念書を手に美濃八幡藩に向かって駆け出した誠之助ですがその八幡藩では、百姓と武士の間の険悪なムードがほとんど臨界点。辛うじて庄屋の弥兵衛(想像以上に若い)が押さえていますが、もう一触即発であります。
 城の方でも、筆頭家老の水谷と次席家老の脇田を中心に、状況の鎮圧化に向けた努力は為されているようですが…

 もはや水谷にとって頼みの綱は誠之助ただ一人。誠之助は剣の腕も度胸も今ひとつですが、しかし、果たさねばならぬことは必ず果たす、なにがあっても屈しない男だと、家老は見抜いていたのであります。熱い!

 しかし、この事態を招いた不正の張本人こそは、脇田その人。剣草を配下に私腹を肥やした上に、一切の責任を水谷に被せてその座を奪おうとする極悪人であります。
 誠之助は、脇田の俳号が残月であったことから黒幕の正体を見抜き、そしてこれ以上おりんを巻き込まないために一人美濃に向かったのでありました。そしておりんもまた、誠之助の心中を悟り、後を追います。

 が、その前に現れたのは剣草玖ノ刺客・聖瑞花(ごもじゅ)と紫雲英(げんげ)。双子であることを利用して、二人が一人のように見せかけての攻撃にあっさりと後ろを取られたおりんは気絶させられてしまいます。
 そして捕らえられたおりんは、四肢の自由を奪われ、聖瑞花により肌に少しずつ傷をつけられるという責めを受けるのでした。

 一方、紫雲英の方は毒空木におりんを捕らえたことを報告するのですが、それを木陰で偶然聞いていたのは誠之助。そうとも知らずおりんのもとへ戻った紫雲英は、けたたましく笑いながら簓のような竹の束でおりんを殴打。ドS双子の責めにも屈せず、おりんは誠之助が今のうちに逃げることを祈ります。

 …が、そこに大八車で乱入してきたのは誠之助! ほっかむりの百姓コスのまま名乗りを挙げ、自分が念書を持っていることを明かします(が、なかなか相手にしてもらえず地団太踏んだりするのがらしい)。
 そして何故か大八車を引いたままその場から逃走、健脚ぶりを発揮して結構イイところまで逃げますが、双子の手裏剣を受けて追いつかれ、双子からいたぶられることに…

 と、そこに颯爽と現れたのはおりん。既に変身済みで気合いは十分ですが、拷問から回復していない上に、誠之助を庇いつつ戦うには相手は強い。二人一体となっての攻撃の前に大苦戦、二人が重なった瞬間に放った手鎖も効かず、地に膝をついてしまいます。
 が、そこでおりんを庇って立つのは誠之助。そしてその隙に響くおりんの「手鎖!」の声にしゃがみ込んだ誠之助の後ろから放たれた手鎖は今度こそ二人を同時に貫き倒すのでした。二人の絆の勝利であります。

 ついに誠之助の口から残月の正体を知ったおりん。しかし誠之助は、おりんの悲しい顔はこれ以上見たくない、これ以上人を殺めてはならないとかきくどきます。
 思いもよらぬ優しく熱い誠之助の言葉に、ほとんど告白されたような顔でキョドっちゃうおりんさんがまたかわいいこと…
 しかしおりんも、おみねさんとの約束のために美濃に行くと言い張り、ついに二人は美濃に足を踏み入れるのでした。


 冷静に考えると背景は一小藩のお家騒動、目的は百姓一揆の防止と、地味な(と言ってしまうのは伝奇脳ですが)お話ではあります。しかし、男・誠之助のかっこ悪くもかっこ良い奮闘もあり、猛烈に盛り上がってきた感があります。互いの身を案じ、互いを庇い合う二人の絆が、剣草とのバトルの逆転の鍵となる構成も実に美しい。
 残すところあと2回、今宵、新月――


今回の剣草
聖瑞花

 二人が一人となって左右対称の攻撃を操る玖ノ刺客。双子の太い方。
 おりんを捕らえ、刀で少しずつ切り裂くという拷問を行うが、乱入してきた誠之助を追ううちにおりんに逃げられる。それでもおりんを苦戦させるが、誠之助が作った隙に二人まとめて手鎖で脳天を貫かれた。

紫雲英
 (前略)双子のキツい方。ちなみに名前の響きは凄そうだが、れんげ草のこと。
 おりんを竹の束で打ち据えるという拷問を行うが(以下略)。


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 「逃亡者おりん2」第03話 仇討無情…
 「逃亡者おりん2」第04話 おりんに迫る兄弟槍!
 「逃亡者おりん2」第05話 はだか鎖かたびらがおりんを襲う!
 「逃亡者おりん2」第06話 猛牛ファイト! おりんvs刺草
 「逃亡者おりん2」第07話 「お前のせいだ」と、言われる日
 「逃亡者おりん2」 第08話 もう一人の逃亡者…

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2012.03.16

「お江戸ふしぎ噺 あやし」 見事なり皇版江戸怪談

 皇なつきが、「コミック怪」誌に連載していた、宮部みゆきの「あやし」の漫画版「お江戸ふしぎ噺 あやし」が刊行されました。
 「あやし」収録作のうち、「梅の雨降る」「時雨鬼」「灰神楽」「女の首」「蜆塚」を漫画化したものが収録されております。

 宮部みゆきの「あやし」については、少し前にこのブログでも紹介いたしましたが、江戸時代を舞台に、ごく普通の人々が、日常の裂け目に現れた怪異と出会う姿を描く短編集であります。
 いずれも派手ではありませんが、それだけに生々しく描かれる怪異と、それと表裏一体の人の世のあり方には、読んでいて幾度もゾクゾクさせられる…そんな名品揃いであります。

 さて、そんな「あやし」を皇なつきが漫画化するというのは、個人的には少々意外な組み合わせでした。
 というのも、皇なつきと言えば、やはり中国ものという印象が強い作家。惜しくも未完に終わった「夢源氏剣祭文」を漫画化したり、時代小説の挿画を描いた例はありますが、どうしても江戸庶民の世界とはかけ離れた印象があったのです。

 …しかしながら、それが私の浅はかな考えに過ぎなかったことは、本書を一読すれば明らかでありましょう。
 「梅の雨降る」「時雨鬼」「灰神楽」「女の首」「蜆塚」…いずれの作品も、舞台となる江戸の町を、そしてそこに暮らす人々の姿を、そして何よりも、そこに現れる怪異の姿を、時に静かに、時に力強く描き出しているのですから。

 特に目を奪われるのは、怪異の描写であります。
 原作の「あやし」自体、人の心の綾を描く部分が多く、怪異そのものは、描かれるとしてもほんの一瞬。それだからこそ、その一瞬を如何に描き出すか…それがホラーとしての肝であるとも言えます。

 そして、この漫画版では、その一瞬の描写が、一瞬のインパクトの描写が、見事の一言。
 その画力は言うまでもないことながら、それを如何に漫画として提示してみせるか――単なる絵として描くだけではなく、物語が動き流れる中で、その一部として如何にそれを配置し、浮かび上がらせてみせるか。その点が巧みなのであります。

 収録作品のうち、それを最も強く感じさせられたのは「時雨鬼」でしょう。
 直接的な怪異はほとんど描かれない本作(そもそも原作の構成自体がほとんど会話劇に近く漫画化が難しいように感じられるのですが)。その本作において、現れた怪異を直接描くことなく、そして現れなかった怪異を描き出すという手法によって、この漫画版は、原作とはひと味違った、そして原作に忠実な怪異の姿を描き出しているのであります。


 原作の「あやし」に収録されたのは全9編。ここで漫画化されたものはそのうちの5編。
 全てを漫画化して欲しい…とまでは申しません。しかし、まだまだ皇版江戸怪談の姿を見てみたい、という気持ちは、強く残った次第です。

「お江戸ふしぎ噺 あやし」(皇なつき&宮部みゆき 角川書店怪COMIC) Amazon
お江戸ふしぎ噺  あやし (怪COMIC)


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2012.03.15

「茶坊主漫遊記」 探偵坊主の解いた謎

 時は寛永、諸国を漫遊しては各地で奇怪な事件を解決する一行がいた。地蔵のような小柄な老僧・長音上人と、容貌魁偉な従者・腐乱坊、口の減らない優男・彦七――そしてその後を将軍の秘命を受けた柳生十兵衛が追う。ある目的を秘めて旅を続ける上人の意外な正体とは、そして旅の果てに待つものは…

 様々なジャンルでユニークな作品を発表している田中啓文は、時代小説もものするのはご存じの通り。本作「茶坊主漫遊記」も、パロディを得意とする作者らしい、ユニークなアイディアが光る佳品であります。

 本作のタイトルにある「茶坊主」とは、主人公・長音上人のこと。丸顔で小柄な体を僧服に包み、唐傘を手にして従者の巨漢・腐乱坊と旅する人物――と聞いて、「おや?」と思った方はミステリファンでしょう。

 丸顔で小柄な体格、手には蝙蝠傘。相棒の名はフランボウ…そして本作を構成する五つの短編のタイトルは、「茶坊主の知恵」「童心」「醜聞」「不信」「秘密」とくれば、やや直球気味ではありますが、G・K・チェスタトンが生んだ愛すべき素人探偵ブラウン神父のパロディであることは明白であります。

 しかし、本作が単なるパロディ、焼き直しではないことは言うまでもありません。本作は短編集の態を取りつつも、それと同時に、一つの大きな時代伝奇ものでもあるのです。
 実は長音上人の正体は、歴史上のある人物の後身。関ヶ原の戦で活躍しながらも敗れ、斬首されたはずの人物が実は落ち延び、寛永年間まで生き延びていたのであります。
 そして将軍家光の密命を受け、上人を斬るためにその後を追うのは柳生十兵衛というのもたまりません(さすがに目に蜘蛛は飼っていませんが、ある人物のとの関わりにニヤリ)。

 関ヶ原から30数年、静かに出羽国に隠れ住んでいた上人が、何故水戸黄門チックに諸国漫遊を始めたのか?
 気の赴くまま、行く先々の怪事件を解決しているだけのようにも見える上人一行の旅は西へ西へ続き、驚くべき結末を迎えることとなります。


 短編集ということで、基本的にはライトミステリ的な味わいですが、しかし不可能殺人、謎の人物捜し、宝探し、(一種の)殺人の動機暴き…と、上人が解き明かす謎の種類は実にバラエティ豊か。
 登場人物も、レギュラー陣に加えてなかなかユニークなゲストが登場し、決して明るい内容ばかりではないのですが、最後まで陽性の物語を楽しむことができました。

 しかし何と言っても驚かされるのはラストのエピソードであります。
 西の果てで上人を、十兵衛を待つある人物。その名前を見れば、歴史好きであれば正体は一発でわかる…と思うのは、既に作者の術中に陥っている証拠。本作では最後の最後に、とてつもない伝奇的爆弾を用意しているのであります。

 冷静に考えると、ある意味いかにも作者らしい駄洒落的な着想ではありますが、しかしそれだけに(?)このアイディアは他では見たことがありません。
 そして何よりも、その人物が、本作の陰の主人公とも言うべき十兵衛のドラマに一定の解を与える存在となっているという構造がまた素晴らしいのであります。


 パロディや駄洒落を盛り込んでユニークな物語を展開しつつも、その中でキラリと、いやギラリと光るものを突きつけてくる――そんな田中啓文節は、本作でも健在であります。

「茶坊主漫遊記」(田中啓文 集英社文庫) Amazon
茶坊主漫遊記 (集英社文庫)

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2012.03.14

「三銃士 王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」 三銃士と二つの異物

 田舎からパリに出てきた腕自慢の青年・ダルタニアンは、成り行きから三銃士の仲間となる。枢機卿リシュリューの陰謀で謎の女・ミレディに奪われた王妃の首飾りを取り戻すためイギリスに向かうダルタニアンと三銃士だが、そこで待ち受けていたのは、バッキンガム公爵の飛行船だった…

 以前にも何度か書いた記憶がありますが、私にとって「三銃士」は大好物。ガスコーニュの快男児ダルタニアンと、銃士隊の三人の豪傑・三銃士の冒険譚は、子供向けのリライトではありましたが、幼い時分の心に鮮烈に焼き付いています。

 その「三銃士」が、ポール・アンダーソンの手で映画化され、そして海外版のポスターに、何故か巨大な飛行船の姿が描かれていたのを見た時には、大いにテンションが上がったものです。
 何しろ、あの「三銃士」に、伝奇感バリバリの飛行船…というより空中船艦ががブチ込まれているのですから!

 というわけで、「王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」という副題が付けられた本作、「王妃の首飾り」とは、ルイ13世の妻・アンヌの首飾りですが、この首飾りを巡るエピソードは、原作でも山場の一つであります。

 王妃からバッキンガム公爵の手に渡った首飾りを取り戻してリシュリューの陰謀を阻むため、海を渡りイギリスに向かうダルタニアンと三銃士のくだりは、ほとんどの読者の印象に残っているエピソードでしょう。
 「三銃士」が映像化される場合にはほとんど採用されるという、「南総里見八犬伝」でいえば芳流閣の決闘のようなエピソード…と言えばわかっていただけるでしょうか。

 本作も基本的に原作の冒頭からこのエピソードまでをなぞっているのですが――大きく異なる点が二つ。一つは、副題に首飾りと並んだ飛行船の存在。そしてもう一つは、女スパイ・ミレディーの大暴れであります。

 本作に登場する飛行船(というより飛行戦艦)は、かのレオナルド・ダ・ヴィンチの設計図を元にして作られたという設定。
 冒頭でこの設計図奪還に赴いた三銃士が、ミレディーの裏切りに遭い、オーランド・ブルーム演じるバッキンガム公爵に設計図を横取りされてしまうというエピソードが描かれ、それが公とミレディー、三銃士の因縁となっています。

 が、作中の飛行船は、そんな設定はどうでもよくなりそうな怪物ぶり。無数の大砲に、火炎放射器まで装備し、その姿はまさに空中戦艦(ちなみに当時は木造ガレオン船がやっとの時代であります)。
 そのオーバーテクノロジーをダ・ヴィンチ発明の一言で済ませてしまうのはあまりに豪快ですが、しかしクライマックスで二隻の飛行船が激突する様は、理屈抜きで胸躍るものがあります。

 そしてミレディーの方は、原作でも名うての悪女として暗躍するキャラですが、その色香を生かしたスパイ活動のみならず、アクション場面でも体を張って飛び回るという、例えれば峰不二子的なキャラに翻案されているのが面白い。
 彼女を演じるのは、監督の愛妻ミラ・ジョボヴィッチで、「バイオハザード」シリーズのように、これまでも監督は彼女を主役に据えて、如何に彼女が素晴らしいか! を力説するような映画を作っていますが、本作もその一つという印象すらあります。


 そんな二つの異分子が紛れ込んだ本作は、しかし意外なほど「三銃士」している印象があります。
 それは、宣伝ではほとんど主役扱いされているバッキンガム公やミレディーに負けず、ダルタニアンと三銃士が力演しているためであり、そして何よりも、この二つを除けば、先に述べたとおり原作の流れを踏えたストーリーとなっているためでありましょう。

 もっともそれは、実はこの二つを除いても物語が成立してしまうということでもあります(バッキンガム公とミレディーが、クライマックスの少し前で姿を消してしまうのもその印象を強めます)。
 その意味では困った作品ではあるのですが、それでも私が本作をそれなりに気に入ってしまったのは、「三銃士」という誰もが知っている作品を何とかアレンジして、今の観客にアピールしてみせようという、その心意気、エンターテイメント根性に依ります。(まあこの監督の場合、愛妻家精神の発露の部分も大きいと思うのですが)

 作品世界が崩壊しかねないギリギリ寸止めのところまで大胆に新しい要素をブチ込んで、何とか物語を盛り上げてやろう…その精神はある意味伝奇的であり、それであれば私が評価しないわけにはいかないのであります。

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2012.03.13

「お江戸ねこぱんち」第四号 猫を通じて江戸時代を描く

 すっかり定着したようで何よりの「お江戸ねこぱんち」。一冊丸ごと、猫を題材とした、猫が登場する時代漫画であります。
 ここでは、その中でもこのブログ的に面白く読めた三作品を取り上げましょう。

「猫絵十兵衛御伽草紙 外伝 砂漠猫の巻」(永尾まる)
 今更言うまでもなく、この「お江戸ねこぱんち」の看板的作品であります。

 毎回、こちらでは外伝と銘打ったエピソードが掲載されるのですが、今回の題材は、両国で見世物になったラクダと、それについてきた異国の猫・琥珀。
 ちょこちょこと登場しては物語をひっかき回していく猫又トリオの一匹・ハチがこの琥珀に恋するのですが――

 なるほど、今回の趣向はハチと琥珀の恋模様か、外伝に相応しいお話だなあ…と思いきや、後半はあっと驚く活劇展開。
 一つの悲劇が意外な方向に転がり、この漫画でこれに出会うとは、という存在が登場するのには、完全に不意を突かれました(中近東の知識も持ってるニタは本当に何者なんでしょう)。

 二重の意味で外伝に相応しい、72頁というかなりのボリュームもあっという間の作品であります。


「猫暦」(ねこしみず美濃)
 今回から掲載が開始された新シリーズの舞台は、寛政期の江戸。剣術道場の娘・おえいの前に、おえいを嫁に迎えに来たという猫又・ナツメが現れたことから物語が始まります。
 おえいの曾祖父がかつて猫又と戦った末に意気投合、娶せる約束をしたというのですが、しかしここで物語は意外な方向に転がっていきます。

 夜も仕事に出る父を支えたいと願ったおえいは、家計の足しにするため、ナツメと共に猫たんぽなる珍商売を始めたのですが…
 そこでおえいたちが足を踏み入れたのは、夜も測量を続ける幕府の司天台。
 それをきっかけに、おえいは天文の世界に興味を持つことになります。

 物語の背景となるのは、寛政の改暦。初めて西洋の天文学を取り入れたこの暦が成立するまでには、様々な軋轢があったようですが、本作でもその有様がちらりと描かれています。

 何となくナツメの出番がなくても話が成立するような気がしないでもありませんが、それはこれからの展開次第でしょう。

 気になるのは、天文方(と思われる人物)として勘解由と呼ばれる人物が登場することですが…これはある有名な人物のことなのでしょうか。そうだとすれば、おえいの将来にも大きく関わることとなるのですが…
 その辺りも含めて、今後が楽しみな作品です。


「猫の手文庫 ふるさと戀し」(蜜子)
 もしかすると「お江戸ねこぱんち」で最大の収穫は、この作者の存在を知ることができたことかもしれない…というのは大袈裟かもしれませんが、個人的にクリーンヒットが続く蜜子の作品は、今回も実に味わい深い佳品であります。

 主人公は若き小倉藩士・喜代寿。妻と生まれたばかりの子を置いて江戸に出てきた彼は、ようやく国元に帰ることができるかと思った矢先、藩主の都合で帰国が一年先送りとなってしまいます。
 同じ境遇の藩士たちと自棄酒を飲んでいた彼の前に、願いを聞いて来たという艶やかな若衆・玉千代が現れるのですが…

 現代流に言えば単身赴任でちょっとノイローゼ気味の喜代寿に対し、同様の境遇だった彼の亡き父は、いつも明るく周囲を励まし、家族に対しても脳天気なほどに強く接していたという人物。
 そんな父が御長屋の部屋に描いた船の帆の絵と、謎の若衆を通じて、彼は父の隠れた想いを知ることになります。

 お話的にはさまで珍しいものではなく、オチも途中で読めなくはないのですが、天保期の勤番侍たちの実に人間らしくも楽しいだらしなさと、謎の若衆が見せるファンタジックな世界とのコントラストが楽しくも美しい。

 ファンタジックな人情ものとして印象に残る作品であります。


 こうしてみると、江戸時代の猫そのものを描くという作品よりは、猫を通じて江戸時代の人々を描く作品が自分は好きなのだなあ、という気もしますが、どちらにせよ、このような方式でしか読めない物語というのは在るはず。
 これからもこうした猫時代劇を読むことができるよう、期待している次第です。


「お江戸ねこぱんち」第四号(少年画報社) Amazon


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2012.03.12

「やなりいなり」 時々苦い現実の味

 またもや紹介が遅れてしまいましたが、「しゃばけ」シリーズの最新巻「やなりいなり」であります。前作「ゆんでめて」はかなりトリッキーな構造の作品でしたが、今回は基本的にシンプルな構造の一冊。もちろん、それでも個々のエピソードの面白さは、これまでと異なることはありません。

 シンプルな構造とは書きましたが、本書は、収録された各編の冒頭に、料理のレシピが掲載されているのがなかなかユニークなところ。
 まさか最近料理ものの時代小説が流行だから、ということではありますまいが、なかなかにおいしそうなこのレシピが、各編の内容に様々な形で関わってくるのは工夫と申せましょう。

 さて、その各編の内容は――

 若だんなの暮らす長崎屋のある通町で起きた恋煩い騒動が、とんでもない大物の神様たちを巻き込んで思いもよらぬ方向に展開していく「こいしくて」
 ある日長崎屋に現れた、幽霊のくせにものを食べたがるおかしな幽霊の正体探しが、落語の「粗忽長屋」をベースに描かれる「やなりいなり」
 三日間消息不明となっていた長崎屋の藤兵衛旦那の行方をあれやこれや推理していた若だんなと妖怪たちが意外な結論に辿り着く「からかみなり」
 夕暮れの逢魔時に空から落ちてきた不思議な玉を追いかけて、鳴家たちや逢魔時の魔たちが巻き起こす大騒動「長崎屋のたまご」
 栄吉が修行中の菓子屋にやって来た若だんなが出会った、喧嘩してばかりの不思議な親友二人の真実を描く「あましょう」

 「長崎屋のたまご」など、今回はどちらかと言えばスラップスティックコメディ色が強い印象がありますが、単に賑やかで楽しい妖怪もの、というだけでなく、どきりとするほど鋭い人間観察と、苦い現実を描き出すシリーズの味わいは、今回も健在であります。

 特に印象的なのは、巻末に収録された「あましょう」でしょう。
 若だんなと栄吉が出会った親友同士の二人の男。片方が久々に江戸に帰ってきたというのに、何故かぎくしゃくした空気が二人の間に漂うのは何故か…

 どこか不自然なやりとりを繰り返す二人の謎を若だんなたちが想像していく姿には、いわゆる「日常の謎」の味わいがあるのも楽しいのですが、しかし驚かされるのは、全ての謎が明かされる結末。
 なるほど、この結末であれば、このシリーズで描かれてもおかしくない…と感心すると同時に、あまりにほろ苦くも切ない二人の友情の姿に打ちのめされた思いであります。


 冷静に考えれば本書は(「みぃつけた」を除けば)シリーズ第10弾。
 こうした内容の作品をここまで続けるというのは、なかなか大変な部分もあるのでは…と感じる点もあるのですが、しかしこの「あましょう」などを見るに、まだまだこのシリーズからは目が離せない、という思いを新たにした次第です。

「やなりいなり」(畠中恵 新潮社) Amazon
やなりいなり


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2012.03.11

「楊令伝 八 箭激の章」 二つの世代、出会いと別れ

 文庫版「楊令伝」は、この第8巻から後半戦に突入。前巻から始まった童貫との最終決戦が一巻丸々描かれています。

 ついに機は熟して始まった、楊令率いる梁山泊軍と童貫率いる官軍の決戦。
 宋国の持てる力を結集した童貫軍に対し、数では劣る梁山泊軍は童貫軍をエリアとしての梁山泊に引き込み、包囲戦を挑むことになります。

 しかし如何に梁山泊軍が精強とはいえ、敵は官軍最強の童貫率いる精鋭、旧梁山泊を滅ぼした相手。梁山泊側は、方臘軍残党の投入、そして一種の同盟関係にある金軍を動かして北から宋を攻めさせる二面作戦の展開など、次々と奇策を繰り出すことを余儀なくされることになります。

 そんな中で目立つのは、旧梁山泊に集った面々の子供たちや、新生梁山泊になってから新たに加わった、二世世代の台頭であります。
 いささかショックなことに、この第8巻の時点で、前作で活躍した面々が年長者は5,60代となって既に老境あるいは初老の域に達し、一番若い世代だった史進ですら40代という状況。
(もっとも史進の場合、それほど老けたように感じられないのですが…そして年齢不詳の公孫勝と、変に若返った武松)

 それに対して、楊令を代表とする二世世代は2,30代…親子ほど年が離れているのは当たり前ですが、やはり若さはそれだけで力になるのかもしれません。
 そして彼らの場合、ほとんど生まれた時から「替天行道」の志が存在し、戦いの中で生きてきたことを考えると、そこに彼らなりの強みと、そして危うさがあるように見えてくるのが、いささか面白く感じられます。

 個人的なことを言えば、私はいまちょうどこの両者の間の年齢。まだまだいけると思いつつも徐々に思うように動けなくなり、後進にそろそろ道を譲ることを考え始めた世代と、若さゆえの勢いと危うさを持ちながらも、自分の理想に向かって一直線に突っ走れる世代――その両者の気持ちがなんとなくわかる(しかしそのどちらでもない)というのは、なかなか面白い体験であります。

 もちろん、前作から数えれば20数冊つきあってきた親世代の方に、キャラクターとして親しみを感じるのは当たり前の話。
 つまりキャラの魅力の点で、二世世代には大きなハンデがあることになりますが…それも、この戦いの中で少しずつ解消、とは言わないまでも変化が生じていることを感じます。

 例えば、この巻である意味一番大きな変貌を遂げた花飛麟。
 初登場時は、一種の天才ながら自分の才を頼みすぎ、他人の気持ちが理解できない若造として描かれた彼が、この巻では、彼自身の責任ではない運命に翻弄された末に、大きな悲しみを経験することになります。
 その結果である変貌が、彼にとって、この物語にとって好ましいものであるかはわかりませんが――本作の場合、キャラが成長するとエッジがなくなって金太郎飴状態になりかねないので――しかし、他者の出会いと別れによって、人が変わっていくというドラマの存在が、ここには強く感じられるのです。

 そして戦争とは、その他者との出会いと別れが、最も極限に近い状態で繰り返される状況とも言えます。
 この巻ではまだ決着のついていない童貫戦の、その極限状態の中で、どのようなドラマが繰り広げられることになるのか…

 ほとんど一冊を戦争描写に費やしても全く飽きることのない本作の魅力、こうした点にも支えられていると感じるのです。

「楊令伝 八 箭激の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 8 箭激の章 (集英社文庫)


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2012.03.10

「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る

 戦国時代にタイムスリップした現代の青年シェフ・ケンが、かの織田信長の下で、料理人として腕を振るい、生き抜く様を描いた「信長のシェフ」第3巻であります。
 この巻のメインとなるのは、対浅井・朝倉戦。信長の生涯の中でも有数の危機的な状況の中で、ケンが活躍することになります。

 織田・徳川連合軍が朝倉家を攻めたことで、信長との同盟を破棄して急襲をかけた浅井長政。朝倉と浅井の挟撃という絶対の窮地での織田・徳川軍の戦いは、金ヶ崎の退き口として知られますが、その中でケンはただ一人、信長の供として撤退することになります。
 その中でもなかなか面白い形でケンの料理の腕が発揮されることとなるのですが、しかしケンの料理人としての戦いはむしろこれからであります。

 戦いは、単に合戦の形でもってのみ行われるものではありません。その前後、大名家と大名家の間で行われる外交交渉もまた、形を変えた戦いの場。
 特に敗北に等しい撤退を行った信長にとっては、周囲へのフォローが重要となります。

 そしてまずフォローを行うべき相手は、同盟者である徳川家康――ということでケンが最初に向かうこととなったのは家康の元。
 料理をもって、過去を思い出させ、人の心を動かすというのは、グルメ漫画の定番展開ではありますが、信長と家康という、複雑な過去を共有する二人を対象とすることで、ここではなかなか味のあるドラマになっていると感じます。
(それにしても、ここでケンが作るのがあの料理というのは、皮肉が効きすぎている感もありますが…)

 そしてその後、堀秀村への調略を経て、ケンが挑むのはこれまでにない難問。
 朝倉家の料理人に化けて小谷城に潜入、長政とお市の前で料理の腕を振るうという、あまりにも危険なミッションであります。ここではもちろん伏せさせていただきますが、その結果や如何に――


 さて、信長のシェフとして縦横無尽の活躍を見せるケンですが、彼の姿から改めて感じさせられるのは、「食べること」は、その人間の営みの中で最もプリミティブなものであるが故に、大きくその人間の考え・行動に影響を与えるということであります。
 もちろんこれは当たり前のことではありますが、ケンが料理の腕を振るう相手が歴史上の人物であり、その場が歴史上の事件であることが、その当たり前を、よりインパクトのあるものとして見せてくれるのです。

 そしてもう一つ、たとえ現代とは全く異なる血なまぐさい時代に見える戦国においても、人間はあくまでも人間なのだということもまた…

 本作の価値は、その取り合わせの面白さ以上に、こうした点を再認識させてくれることにあるのかもしれません。

「信長のシェフ」第3巻(梶川卓郎&西村ミツル 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 3 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?

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2012.03.09

「逃亡者おりん2」 第08話 もう一人の逃亡者…

 おりんと誠之助は、福島宿で誠之助の幼なじみの百姓・吾作一家と出会う。藩のやり方に絶望し、村を捨てた吾作に対し、誠之助は美濃に戻るよう説得する。熱意に打たれ、帰郷を約束した吾作だが、剣草の刺客・連翹が彼の息子を人質にとってしまう。息子を救おうとした吾作は深手を負わされ、怒りに燃えるおりんは連翹らを一蹴。吾作は誠之助に家族を託し、息を引き取るのだった。もう逃げないと誓った誠之助だが…

 残すところ今回を含めてあと4話となった「逃亡者おりん2」。前回、旅芸人に変装して関所を抜けたおりんと誠之助が役人に呼び止められるも…としょうもないギャグから始まりますが、本編は実に重い展開です。

 福島宿にやって来たところで、飯屋でもめ事になっていたのが幼なじみの百姓・吾作一家であったと知る誠之助。吾作たちに食事を振る舞った誠之助は、彼らが不正の横行で経済が崩壊しかけた村から逃散してきたことを知ります(そのことを示すアイテムとして、村の中でしか使えない「村札」が登場するのが面白い)。

 侍への不信感が頂点に達した彼らは、引き留める誠之助を振り払って木曾に向かいますが、誠之助はあきらめず語りかけます。
 自分が不正を暴くために家老から江戸に遣わされたこと、藩は決して百姓を認めないこと――土下座してまで熱く頼み込む誠之助に心を大いに動かされた吾作たちは美濃に帰ることを約束します。さらに、同じように逃散した百姓たちも連れてくると…

 しかし好事魔多し、誠之助たちと別れた吾作一家を剣草捌ノ刺客・連翹と、お供のくノ一・鬼百合と鬼薊が襲い、吾作の息子を人質に取ってしまいます。連翹・鬼薊と対峙するおりんですが、人質をダシにする連翹に短刀を抜くことを禁じられてピンチに…
 一方、息子を助けようとした吾作は鬼百合に深手を負わされるのでした。

 駆けつけた誠之助によって息子は助け出され(というか鬼百合が勝手に連翹と合流)、おりんに倒される鬼百合。さらに、自分を狙って連翹が投じた短刀を鬼薊を盾にして防いだおりん。鬼薊が崩れ落ちた後に立つその姿は――レオタード!

 怒りと悲しみに燃え「何故罪のない人たちを傷つける!」と叫ぶおりんに、「お前が逃げるからだ。今まで何人殺した? 数えきれるか!」と痛烈な言葉を浴びせる連翹。
 毎回毎回周囲の人々を巻き込むことから、ファンの間では死神呼ばわりされるおりんさんですが、これはある意味彼女の逆鱗。今まででおそらく最も気合いの入った「竜胆が泣いている…」から戦闘スタート!

 そのパンクな外見と裏腹に、竹藪で二刀を振り回しても竹が斬れないという精妙な剣術を操る連翹。しかしそれを凌いだおりんは、得意の中距離から「手鎖御免!」
 しかし連翹も然る者、これを二刀を組み合わせてガードするのですが…絡みついた手鎖が二刀を封じ、その隙に懐に飛び込んだおりんの竜胆が連翹を倒すのでした。

 そして妻子を託して逝く吾作。子供を救って散ったその姿に感じるものがあったか、誠之助は、これまでの自分が逃げ続けていたとおりんに語ります。
 必ず生き抜いて戻ることが使命でありながらも、腕の立つ仲間たちが命を落とすのを尻目に逃げ続けてきた誠之助。使命すらも捨てて逃げたくなったこともある彼ですが、しかし百姓のため、苦しんでいる民を守るため、もう逃げないと彼は誓います。

 そして旅を再会した二人を襲う鉄砲隊の銃弾。その中で、誠之助は念書を手に一人突っ走ってしまい――新月の晩まであと3日。


 内容的にはかなり地味な展開でしたが、しかし誠之助の熱い部分、そして弱い部分がはっきりと描かれ、ドラマ的にはなかなかのものがあった今回。 なるほど、誠之助もまた逃亡者であったか…と感心いたしました。
 しかし、ヘタレキャラが勇気を振り絞るのは、成長か死かいずれかのフラグ。彼には最後まで生き抜いて欲しいのですが…


今回の剣草
連翹

 あまりの危険性から、竹藪に鎖で繋がれていた捌ノ刺客。坊主頭で額に梵字、鎖を両肩にかけ、背中の二刀を自在に操る。
 吾作の子を人質に取っておりんを苦しめるが、人質を奪還され、怒りのおりんの手鎖に両刀を封じられた上、竜胆で倒される。

鬼百合・鬼薊
 連翹に従う二人のくノ一。長髪の方が鬼百合で、変な短髪の方が鬼薊。
 鬼百合は乱戦の中でおりんに刺され、鬼薊は連翹がおりんを狙って投じた短刀の盾にされて倒れた。


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2012.03.08

「奉行始末 闕所物奉行 裏帳合」 走狗と人を分けたもの

 将軍家斉の死とともに一気に動く幕閣の勢力分布。巻き返しを図る家斉側近の水野美濃守らは、江戸の闇の世界の支配を企む狂い犬の一太郎に命じ、水野忠邦の追い落としを図る。忠邦から一太郎抹殺を命じられた闕所物奉行・榊扇太郎は、江戸を炎に包まんとする一太郎と最後の決戦に臨む。

 幕府で最も裏の世界に近い奉行たる闕所物奉行・榊扇太郎が、江戸の表と裏の権力闘争の最中で必死の戦いを繰り広げる「闕所物奉行 裏帳合」シリーズも、この第6巻「奉行始末」でついに完結であります。

 大御所・徳川家斉と現将軍・家慶の間、そしてそれぞれの側近の間で繰り広げられてきた熾烈な権力闘争。
 町奉行の座を狙う鳥居耀蔵、そして江戸の闇の世界を狙う狂い犬の一太郎らとの戦いの中、家慶派の水野忠邦の側についた扇太郎もまた、その争いの中に否応なしに巻き込まれることとなります。

 一旦は家斉が没したことにより決着がついたかに見えたこの争いですが、しかし忠邦の権力も決して盤石とはいえません。
 老中首座として権勢の頂点に上ったとはいえ、倹約令に江戸町奉行も非公然と抵抗したことが示すように、彼の目指す改革は敵が多く、いつ足元を救われるかわからない状態。 そんなところに、江戸の治安を揺るがすような事件が起きれば、果たしてどうなるか…

 江戸の顔役たちを叩き潰し、自分が新たな顔役にならんとする一太郎は、返り咲きを狙う水野美濃守と結んで恐るべき陰謀を企て、その一方で鳥居も町奉行追い落としのために陰険な策謀を巡らせ――
 そんな暗闘の最前線に、今度は忠邦の走狗として、扇太郎は放り込まれることとなります。


 奉行とはいえ御目見以下、上の人間に目を付けられればひとたまりもない闕所物奉行。
 これまで同様、いやこれまで以上にこき使われる扇太郎ですが、しかしそれでも彼が単なる走狗に堕ちず、ヒーロー性を失わないことを、ここまで彼の苦闘を見守ってきた我々は知っています。

 彼がこれまでの戦いの中で得てきたかけがえのないもの、決して譲れないもの――それこそが、走狗と人を分けるものであり、江戸を炎に染める最後の決戦に向かう扇太郎が切った啖呵こそは、本シリーズの何たるかを示したものであります。


 闕所という江戸時代独特の刑罰を、江戸市政の「私」と、幕府権力の「公」の接点として捉え、そしてそこから、人がその接点で如何に身を処するか、エンターテイメント色豊かに描き出してみせる…
 本シリーズは、上田秀人ならではの、上田秀人でなければ書けない作品であり、その到達点の一つと言ってよいでしょう。

 そして同時に、本作は今書かれるべき、今書かれるに相応しい作品でもあります。
 江戸でしたたかに、そして真摯に生きた扇太郎の姿には、今を生きる我々に必要なもの、持つべきものが込められているのですから…


「奉行始末 闕所物奉行 裏帳合」(上田秀人 中公文庫) Amazon
奉行始末 - 闕所物奉行 裏帳合(六) (中公文庫)


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2012.03.07

「三国志英傑伝 関羽」 英雄と人間の間に…

 後漢末期、劉備を攻めた曹操は、劉備の夫人たちと関羽を捕虜にした。武勇に優れる関羽を配下に迎えんとする曹操だが、関羽はあくまでも劉備の下に帰ることを望む。これを聞き入れ、関羽らを解放した曹操だが、彼の部下たちは命令に反して関羽の命を狙う。果たして関羽の命を狙う者とは――

 ドニー・イェンは、私が以前から注目しているアクション・スターなのですが、ありがたいことに、最近は彼の作品がかなりの割合で、それも現地公開からさほど間をおかずに観られるようになってきた感があります。
 本作は、そのドニー・イェンが、三国志の英雄・関羽を演じるということで、大いに気になっていた一作であります。

 本作の題材となっているのは、三国志演義の中でも関羽の見せ場の一つ、過五関斬六将であります。
 劉備が曹操に敗れ、その捕虜となった関羽が、曹操に手厚い扱いを受けつつも、なおも劉備の下に戻らんとして、五つの関で六人の将を斬って帰還したというエピソードです。

 なるほど、考えようによってはこれは一種の「死亡遊戯」パターン。ドニーが関羽というのは正直ピンとこない部分があったのですが、この内容であれば、なかなか面白いアクション映画になるのでは…
 というこちらの想像は、半分当たり半分外れました。

 まずドニーの関羽というのが、想像以上にはまり役。関羽といえば天下の豪傑、繊細なイメージのあるドニーが演じるのはどうか…
 と思っていたのですが、これがなかなかに良かったのであります。

 本作で描かれる関羽は、己の道を義に依ってどこまでも進むという、良く言えば一途な、悪く言えば頭の固い人物。
 そんな関羽のキャラクターが、我々がドニーに対して持つイメージとかなりの部分重なって、己の道を行きつつも、それが故に悩める英雄関羽の姿が、ここに浮かび上がってくるのであります。

 そしてもちろん、アクション面も様々に見るべき点があります。
 特に最初の関での戦いで見られる、狭い通路を舞台に槍を手にした相手との対決が面白い。関羽といえば、もちろん得物は青龍偃月刀ですが、しかし長柄の武器は狭い通路で戦うには非常に不利。そんな中で関羽が如何に戦うのか――その後の関も、様々なシチュエーションで、様々な武器を手にした相手と、関羽は死闘を繰り広げることとなります。


 …しかし、全体を通して見れば、印象に残るのは、アクションよりも、ドラマの方であったと感じます。

 先に述べたように、本作の関羽は、義を何よりも重んじる天下の英雄であります。
 戦場では鬼人の如き武勇を振るいながらも、しかし人の命を無益に奪うことを厭う。そして、たとえ曹操から手厚く遇されようとも二君に見えず、劉備の下に帰るために命を賭けるのです。

 そんな英雄・関羽とある意味対照的であるのが自らを悪人と自称する曹操であります。
 己の勝利のためであれば手段を選ばず、時に非情とすら見える手段を取ることもある。しかしその裏には彼なりの平和に向けた理想があり、情がある。

 そんな関羽と曹操は、ある意味人間という存在の、聖と俗を体現するもの…と言っては大袈裟に過ぎるかもしれませんが、しかし相反するようでいて、しかし実は根を同じくするものと感じられます。

 そしてそれをより強調するのが、劉備の第二夫人(になる女性)であり、実は関羽が密かに想いを寄せていた綺蘭の存在です。
 彼女は、ある意味俗人であることを拒否した関羽が、唯一恋情という素顔を――あくまでも本人は秘め隠しているのですが――見せる対象。
 その意味では、彼女は聖と俗を繋ぐもの、その間にあって両者を映すものと言えるかもしれません(そう考えると、ラストの展開が何とも意味深いものに思えるのですが…)


 このように、意外なドラマ性を見せる本作。ドニー・イェンのアクションをのみ楽しむつもりで見たものが、意外な拾い物…という感があります。
 もっとも、ドラマ性を追ったことでアクションパートのウェイトが下がったという印象は否めず、この辺りは残念な部分。結果として想像以上に地味な作品になったという印象は否めません。

 関羽同様、本作も相反する二つのものの間で苦しんだというのはうまいこと言い過ぎかもしれませんが…


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2012.03.06

「江戸の可愛らしい化物たち」 化物と人間、江戸と現代

 アダム・カバットといえば、従来の妖怪研究(民俗伝承を中心とした、とでも言いましょうか)から離れた、一風変わった角度からの妖怪研究を行っている人物。
 本書「江戸の可愛らしい化物たち」は、その中でも特にユニークな内容の一冊であります。

 本書は、江戸時代の黄表紙(絵入り小説本)に登場する妖怪・幽霊たちの様々な生活ぶりを、実際の黄表紙を引用しつつ紹介したもの。
 しかし極めてユニークなのはそのアプローチで、彼ら化物の生活様式を、現代の我々人間のそれに当てはめて紹介しているのであります。

 それは、本編部分の章題――住宅事情/職業/会議・研修/仕事上での悩み/恋愛・セックス/美容・ファッション/夫婦関係・結婚/親子関係/健康/趣味
――を見れば何となく察することができるかもしれません。

 …なんだか人間の世界の一般書籍のジャンルのような内容、これを見て江戸時代の妖怪本の目次と思う方はまずいないと思います。
 しかしこれこそが本書の真骨頂、この一見全く関係ないように見える内容と、どのように妖怪と結びつくのか、それが面白いのです。

 例えば「住宅事情」であれば、より良い住居を求めて、大家(もちろんこちらも化物)と交渉したり、近所付き合いをせっせとこなす化物たちの姿が(しかし折角の新居を「快適」にするため、わざわざ荒れ放題にしてしまうのが面白い)。
 「職業」であれば、狸が自分の八丈敷きの○○袋を広げて、人間相手に貸し布団屋を始める姿が。
 そして「仕事上での悩み」であれば、夜な夜なあの世からの大混雑を抜けて、自分の受け持ち場所(?)に急ぐ幽霊の姿が――

 そんな、実に生活臭溢れる化物たちの姿が、コミカルにユーモラスに、ページからあふれ出さんばかりに、本書では描かれているのであります。

 そして、ここに描かれた化物たちの姿は、ほとんどそのまま、当時の人間たちの姿の裏返し、パロディとなっています。
 きれいはきたない、きたないはきれい――彼ら化物の価値観は、まさに人間のそれとは表裏一体。逆に言えば、ここに記された化物たちの姿から、江戸時代の人間の生活の姿が、克明に浮かび上がってくるのであります。

 もちろん、江戸時代の事象を現代の目(価値観)で見ること、現代の事象を江戸時代に当てはめて考えることは、慎重にするべきものであり、時として危険なものですらあります。その点は、常に念頭に置いておく必要はあるでしょう。
 しかし本書の筆者も、その点を認識しつつ、それでもなお、このような形式を選んだことには、やはりそれなりの意味があるでしょう。

 もちろん全くイコールには当然ならないにせよ、人間の生活――というよりその背後にある人間の感覚・考え方というものは、時代を超えて重なる部分が多々あるのであり、本書はその点を楽しく教えてくれるのですから。

 化物と人間、江戸と現代――二つの世界、二つの時代をそれぞれ重ね合わせることにより見えてくるもの。
 表面上の楽しさももちろんのこと、この見えてくるものを読み取ることが、本作の醍醐味と言えるのではないかと感じるのです。


 ちなみに本書においては、現代ではほとんどきんぴらゴボウの語源としてのみ伝わる坂田金平(金時の子)が、妖怪たちの天敵として登場しているのが、なかなか興味深く感じます。
 もっともこれは、本書で引用された作品のかなりを占める、十返舎一九ならではの設定の可能性はありますが…

「江戸の可愛らしい化物たち」(アダム・カバット 祥伝社新書) Amazon
江戸の可愛らしい化物たち(祥伝社新書262)

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2012.03.05

「蜘蛛女 もののけ侍伝々」 妖怪と魔物と呑気剣士と!?

 将軍家重の側近・大岡出雲守忠光が原因不明の病で倒れた。さらに、夜な夜な忠光の元に現れる怪しの影。今日も広島藩下屋敷で呑気に暮らしていた京嵐寺平太郎は、無理矢理呼び出されてこの怪異と対決する羽目になってしまう。妖怪大将・樋熊長政らとともに怪異に挑む平太郎が見たその正体は!?

 おかしな因縁から、天下を乱す魔物たちと対決する羽目になる若侍・京嵐寺平太郎とおかしな仲間たちの活躍を描くシリーズ第2弾です。

 広島は三次に生まれた京嵐寺平太郎は、土地の人々を悩ました妖怪大将を退治したというのが評判となって、広島藩の江戸詰めとなった青年であります。
 しかしその実、妖怪大将は彼の実家に古くから住み着いた、彼にとってはいわば幼なじみ。そんな大将を追い払うのもしのびなく、退治した、と嘘をついたのがきっかけで、彼は剛の者と勘違いされ、様々な妖怪退治に駆り出される羽目になってしまいます。
(言うまでもなく、この辺りは「稲生物怪録」のパロディであります)

 もちろん、致命的にやる気はないという欠点はあるものの、彼とて単なる青瓢箪ではありません。
 魔物に対して絶大な力を発揮する太刀・茶丸や、平太郎にくっついて江戸まで出てきた妖怪大将・樋熊長政をはじめとする妖怪連が彼の味方となり、実ににぎやかな妖怪退治が始まる――というのがこのシリーズの基本設定となります。

 さて、前作同様、今回も全4話構成ですが、実質は前後編のエピソードが2つ収録されている形となっています。
 時の将軍家重の側近であり、平太郎とも縁浅からぬ大岡忠光を夜な夜な襲う謎の魔物に立ち向かう前半。そして、大奥の開かずの間の封印が解かれたことから続発する怪事の謎に挑む後半…
 いずれも、どシリアスで怪奇な事件と、呑気で面倒くさがり屋な平太郎や仲間の妖怪たちとのギャップが面白く、一風変わった妖怪時代劇となっているのは評価できます。

 特に、敵方の魔物が、どこかクリーチャー然とした怪物なのに対し、妖怪大将をはじめとする味方の側の連中は、どこか脳天気で愛嬌溢れる、昔ながらの「妖怪」なのが楽しい。
 隣人として何となくやっていけそうではあるけれども、やはりどこか人間とはズレている(メンタリティが異なる)彼らの存在は、妖怪退治ものとして、良いスパイスになっていると申せましょう。
 特に、実は臆病で、しかし人一倍食い気が強い三つ目入道の樋熊長政は、妖怪大将という勇ましい名前と裏腹のキャラクターが実に楽しいのです。


 しかし、小説として見ると、まだまだな部分が感じられるのもまた事実。
 前作の感想で指摘した、文章がどこか淡々としている点は、少し改善されたようにも感じるのですが、細部の描写が甘いため、リアリティに乏しい印象を受けるのです。
 例えば、大奥に封印の法要のためにやってきた僧侶に男の侍の護衛がついていて(それもどうかと思うのですが)、それが単に「役人」とだけ描写されていたり、敵の術が「陰陽術」とのみ語られたり…もちろん、ぼかしておくことが必要な場合もありますが、今回はもう少し掘り下げて書くだけで、よりリアリティが生じるように感じるのです。

 妖怪が闊歩する時代小説に「リアリティ」なんて、と言われるかもしれませんが、しかし、現実離れした怪異や妖怪の存在は、その背景となる「現実」あってこそ。
 その現実の確からしさ、もっともらしさが大きければ大きいほど、それに相対するモノたちの存在感が増すのですから…

もう少し下調べしてもいいのではないか
妖怪や怪異はリアリティと背中合わせの存在、舞台の確からしさが高ければ高いほど、その存在感は際立つのですから…

 第3弾では、その辺りの違和感も解消していただけたら、と強く願う次第です。

「蜘蛛女 もののけ侍伝々」(佐々木裕一 静山社文庫) Amazon
もののけ侍伝々 蜘蛛女 (静山社文庫)


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2012.03.04

「ひらり 桜侍」 見切りが生み出す真剣勝負感

 最近はダウンロード配信専用のゲームも当たり前になってきて、パッケージソフトだけに目を向けていると、嬉しい不意打ちを受けることがあります。
 ニンテンドー3DS用の「ひらり 桜侍」もそうしたダウンロード配信ソフトですが、なかなかにユニークなチャンバラアクションゲームとなっています。

 本作は、少年剣士・桜丸(初期の横山光輝キャラ的なビジュアルがちょっと楽しい)を操って、悪者に捕らわれたコノハナサクヤヒメを助け出すという3Dアクションゲーム。
 全三章構成と一見少なめですが、一つの章は結構な数のステージから構成されていて、一つのステージをクリアすることで、新しいステージへの道が開けていくというシステムとなっています。

 さて、桜丸の基本動作は、移動の他は基本的に「避ける」「斬る」のみ(その他「防御する」「アイテムを使う」もありますが)と、非常にシンプルなものなのですが、実はこれが想像以上に奥が深い。
 というのも、相手の攻撃をギリギリでかわすことにより、攻撃してきた相手に大きな隙が生じる(相手に連続攻撃できる)「見切り回避」という状態になるのですが、この状態を狙っていくのが実に熱いのであります。

 本作では、雑魚敵であれば、少なければ一回、多くとも数回斬りつければ倒すことができます。しかしそれは(耐久力の違いこそあれ)自分も同じ条件。
 つまり、基本的には一発くらえば大ダメージという真剣勝負状態で戦いが繰り広げられることになるのです。

 そして、実際の(?)チャンバラでもそうですが、闇雲に攻撃しても相手に刃が届くことはなく、むしろ自分の側に隙ができて斬られることもしばしば。
 そこで相手の攻撃を読んで、見切り回避を発動することにより、相手の攻撃を躱しつつ、相手の隙を誘う、というスタイルが必要となってくるのであります。
(ちなみに、相手の攻撃が出る瞬間に斬りつけるというテクニックもありですが、これも相手の攻撃を読むことが必要なのは言うまでもありません)

 そんな本作をプレイしてみると、その設定やキャラクター以上に「時代劇」しているゲームという印象が強くあります。
 下手を打てば一発で終わる、しかし守っているだけでも決して勝てない。そして、知識だけあっても、感覚として技を自分の元としなければ使いこなせない。
 そんな真剣勝負の感覚を、本作はゲーム的なディフォルメを加えつつ、巧みに再現していると申せましょう。

 もっとも、それ故に本作は難易度が――特にこの見切り回避を「体得」するまでは――かなり高く、それゆえ見た目の親しみやすさとは裏腹に、かなり敷居が高く感じられる面も否めません。
 その意味では人を選ぶ作品ではありますが、しかし、このチャンバラ感覚を、お手軽に楽しめるというのは実に魅力的。

 チャンバラ好きであれば、ぜひ一度試していただきたい(まあ、700円と安いですしね)佳品です。


 ちなみにニンテンドー3DSといえば、立体視が売りの一つですが、本作のグラフィックは実は3DSソフトの中でも屈指の3D映えをするものとなっているので、その点でも手にとっていただきたいところであります。


「ひらり 桜侍」(任天堂 ニンテンドー3DS用ソフト)


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2012.03.03

「逃亡者おりん2」第07話 「お前のせいだ」と、言われる日

 誠之助と二人で美濃に向かうことになったおりんは、薮原宿の仙蔵親分に道中手形の手配を依頼する。仙蔵はかつて娘のおちかをおりんに救われていたのだ。しかし、仙蔵の賭場に潜入した剣草の奢我と忍冬は、誠之助を嵌めて念書を奪おうとする。おりんの壷振りで窮地をくぐり抜けたものの、本性を現した奢我と忍冬は仙蔵たちを殺害。怒りのおりんに二人は倒されたものの、遺されたおちかは悲しみに暮れるのだった。

 気がつけば早くも後半戦に突入していた「逃亡者おりん2」。前回のラストで豪快に転がり落ちてきた岩をくぐり抜け、まだツン分を残しながらも誠之助と同行することとなったおりんは、薮原宿を訪れます。
(ちなみに岩を落としたのは酉兜幽玄先生たちなのですが…格好いいこと言いながら二人を見送るのは何というか)

 この先の関所を越えるためには手形が不可欠、そこでおりんは土地の親分・仙蔵のもとを訪れます。かつて仙蔵の娘・おちかが事故に遭ったところを命懸けで救ったおりんを、仙蔵は快く迎え入れ、手形の入手も請け負うのでした。
(ちなみにここでおりんさんが「おひかえなすって」と作法通りに仁義を切るシーンが、何だか懐かしくも微笑ましいのです)

 助けた時は子供だったおちかも、今ではすっかり大人。代貸しの伊佐と惚れ合っているとおりんに恋バナを始めるくらいですが――何だか盛大に悪い予感がしてきましたよ…

 その間に仙蔵の好意で賭場に招かれた誠之助は、初めてにもかかわらず思いがけない大勝ち。これはビギナーズラックか、と思いきや、壷振りと目配せした怪しげな博徒が、誠之助にサシの勝負を申し出ます。
 言うまでもなくこれは剣草七ノ刺客・奢我と忍冬コンビ。いかさまで誠之助を勝たせた二人は、今度はいかさまで誠之助を身ぐるみ剥ぎ、念書を奪い取ろうとします。

 しかしこの念書こそは、美濃八幡藩で行われる年貢の横流しの証拠が記されたもの。誠之助はこの証拠のために江戸に派遣されてきたのです。
 この念書が次の新月の晩までに藩に届けられなければ、百姓一揆で多くの人々に被害が出ることになってしまうのです。

 と、ここで赤と黒の着物も艶やかな博徒バージョンのおりんさん登場! もちろん胸にはサラシを巻いて、念書を賭けての最後の勝負の壷振りを申し出ます。
 そして勝負の結果は(もちろん)誠之助の勝ち――なのですが、本性を現した二人は仙蔵一家を相手に大暴れ。大乱戦の中で仙蔵が、伊佐が命を落とすこととなります。

 ここで怒りに燃えたおりんさんの着物が天に! 一瞬おりんを見失った忍冬が、照明弾(?)付きの矢を放てば、その火花の中にすっくと立つのは戦闘スタイルのおりん…
 怒りに燃えるおりんは、遠距離と近距離、それぞれを得意とする相手に果敢にアタック。忍冬の懐に飛び込んで矢を封じると竜胆で一撃! そして後ろから突っ込んでくる奢我には、竜胆で塞がった右手に代わり、左手で「手鎖御免!」と完勝であります。

 しかし、それでも死んだ者たちは帰ってきません。「おりん姉さんが来なければ…」と泣き叫ぶおちかを前に罪の意識に苛まれながらも、おりんと誠之助は、親分の残した手形を手に、前に進むのでした。


 おりんさんの仁義や博徒スタイルなど、楽しい部分もありましたが、一転してラストはずーんと重い今回。これまでもおりんと関わった人々の多くが命を落としてきたわけですが、今回初めて「お前のせいだ」と、そのことを責める人間が出てきたことで、その重さが一層胸に迫ることとなります。
 その一方で剣草二人があっさり倒されたのは残念ですが、やくざの集団相手に大暴れするシーンがあったので良しとしましょう。


今回の剣草
奢我

 忍冬とコンビを組む七ノ刺客。両手のサイが得物。
 仙蔵親分の賭場に潜り込んで誠之助を嵌め、密書を奪おうとするが、おりんとの勝負に敗れるや本性を現して暴れまくり、仙蔵らを殺した。おりんの左の手鎖にあっさり倒されたのは、武術よりもイカサマの方に自信があったからか。

忍冬
 奢我とコンビを組む七ノ刺客。弓矢を得物とする。前回のPVでは弓に仕込んだ刃で接近戦もこなしたが、本編では披露せず。
 奢我とともに(略)。おりんにあっさりと懐に潜り込まれ、竜胆(短刀)で倒されたのは(以下同文)。


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2012.03.02

「歴史人」2012年3月号 史実と伝説の間に立つ剣豪

 あと少しで次月号が発売という時期に恐縮ですが、「歴史人」誌の3月号の保存版特集は「史上最強の剣豪は誰だ! 剣豪列伝」。昨年8月の「忍者の謎と秘史」に続き、まことに俺得な特集であります。

 この特集の巻頭に掲載されているのは、加来耕三による「発表! 本当に強いのは誰だ!? 史上最高の剣豪ランキング」。
 文字通りの剣豪ランキングですが、なかなか面白いのは、対象を四つのグループ――戦国乱世期・天下泰平期・幕末乱世期・アウトローに分け、それぞれで評価項目を少々変えているところでしょうか。
 なるほど、戦国乱世と天下泰平の時期では、剣術の持つ意味も大きく異なるわけで、それであればはっきりと分けて評価してしまおう、というのは頷けるお話です。
(その穴埋め的な形で、アウトロー部門は時代を超えて候補を集めているのも納得であります)

 さて、ランキングの内容の方は、各部門のベスト10はともかく、ベスト3くらいまでは誰が見ても納得…というわけでもないのが逆に面白い。
 菊池寛と直木三十五の武蔵名人論争にも見られるように、これはもう完全に人によって意見が分かれても仕方がないところ(この特集の冒頭にも、筆者なりの…という一文があります)。

 むしろ、ここでこの剣豪を持ってきたかと驚いたり感心したり、俺ならこうすると考えたりするのが、正しい楽しみ方と言えるかもしれません。
 その意味でも、十分に楽しませていただいた記事です。

 そしてランキングに続いては、塚原卜伝・上泉信綱・柳生宗矩の三人の剣豪の解説記事。 なるほど、活躍する時期もその内容も異なるとはいえ、この三人が剣の道で多大な功績を残したのは間違いない話で、納得の人選でしょう。
 ちなみにこの三人、それぞれ冒頭には正子公也のイラストが掲載されているのが目を引きます。独自の歴史人物解釈で印象的なイラストを描く氏ですが、なるほどこの三人はこうなるか! と感心です(…が、宗矩はどう見てもあの方ではありますまいか)。

 そしてもう一人、この三人とは別に記事とされているのは宮本武蔵。
 武蔵の五番勝負解説などは、まず良くある内容ですが、面白いのは記事の後半部分で、五輪書をはじめとする彼の兵法書にかなりのページを割いていることでしょう。
 武蔵といえば漂泊の剣豪という印象が一般には強いと思いますが(前述のランキングでもアウトロー部門にエントリー)、その一方で、こうして彼の残した剣理・思想面も注目されるというのは、これはそのまま武蔵という存在(の受け止められ方)の特異性を示しているようで、何とも興味深いところです。

 さて、そのほかにも「剣術流派の秘伝の系譜」「現代に伝わる剣豪の名流派」と、剣豪個人だけでなく、彼らが創始し、用い、遺した剣術流派についての解説もあり、かなり読み応えのあるこの特集。

 正直なところ、剣豪の中には後世に遺る記録が少なかったり、後世の人間の手が加わったものも多い人物もおり(というより大半がそう、という印象もありますが…)、それらを踏まえて書かれた部分も少なくないこの特集も、それなりに差し引いて考える必要があるかもしれません。

 しかし、それもこれもひっくるめて楽しむのも、剣豪という、史実と伝説の間に立つ存在に向き合う一つのあり方ではないかと、個人的には感じています。
 そうであるならば、この特集は剣豪ファンにとってまたとないプレゼント。前述の正子公也だけでなく、長野剛のイラストも実に格好良く、理屈抜きに楽しめる特集であることは間違いありません。

「歴史人」2012年3月号(KKベストセラーズ) Amazon
歴史人 2012年 03月号 [雑誌]


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 「歴史人」2011年8月号 忍者特集にかつての気持ちを

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2012.03.01

「闇の射手 左近 浪華の事件帳」 在天別流であることの意味、在天別流の意味

 大坂の町で相次ぐ若い娘を狙った拐かし。娘を救うべく奔走する在天別流の男装の美剣士・左近は、探索の中で「左近」という男を捜す水野忠邦の旧臣・天宮一馬と出会う。在天別流らしい「左近」の存在に心騒がされる左近。果たして一馬と「左近」の過去とは、そして短筒を手にした拐かしとの関係は…

 TVドラマ化もされた「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズのスピンオフ、男装の美剣士・左近殿が活躍する「左近 浪華の事件帳」シリーズの待望の続巻であります。

 大坂の町に跳梁する、若い娘を拐かしては親元に多額の身代金を要求する非道な一味。大坂の闇の守護者たる在天別流にとっては見過ごしにできぬ一味に挑む左近ですが、しかし敵は、意外にも当時の日本では滅多に手に入らぬはずの短筒を持ち、背後にはなにやら巨大な影をうかがわせます。

 辛うじて救い出した娘が哀しい最期を遂げたことから、まだ捕らわれたままの娘を救うべく奔走する左近ですが、事態は好転せず、左近には娘の親元や許嫁から冷たい目を向けられる始末。
 そんな中、時の京都所司代・水野忠邦の旧臣という浪人・天宮一馬と出会ったことから、左近は更なる混迷に足を踏み入れることとなります。

 かつて「左近」と名乗る友がいた一馬。しかし水野家と大坂商人の間で生じた争いの中で「左近」は一馬を裏切り、姿を消したのでした。
 一馬に聞かされた言動からすれば、「左近」は紛れもなく在天別流の男。しかしそれであれば、なぜ「左近」は一馬を、大坂の民を裏切ったのか?
 過去と現在、二つの事件は意外な繋がりを見せることとなります。


 今回、左近が物語の中で様々な角度から突きつけられるのは、自分が在天別流であることの意味、そして在天別流そのものの意味であります。

 千年の昔から大坂の町を守ってきた闇の守護者・在天別流。その一員であることに強い誇りと執着を抱く左近は、しかし、拐かし事件の中で、自らの無力を、そして自分たちの存在と行動が、自分たちが守っているはずの人々に必ずしも受け入れられているわけでないことを知ります。

 それに加えて、「左近」という男――在天の人間と思われながらも、当時の長に反発し、在天の方針とは異なる行動を取ったという男。そして最後には大坂の町の人々を裏切ったという男の存在が、彼女を悩ませることとなるのです。
(正直なところ、「左近」の正体は、こちらには一目瞭然なのですが、それはさておき…)

 物事に絶対ということはない、というのは、大袈裟に言えばこの世の真理の一つであります。我々が人生の様々な局面で悟るこの真理を、左近は今回、事件を通じて知ることになるのです。
 一見単純に見えた今回の事件の真相、過去と現在にまたがるその真相もまた、その真理を体現したものといえるでしょう。


 しかし、我々が生きていく上では、その真理を乗り越えることが必要なのもまた真理。
 全ての悩みが、問題が一度に解決するわけはないにせよ、左近も一歩一歩前に踏み出していくこととなります。

 「緒方洪庵 浪華の事件帖」では、主人公・章(後の洪庵)を導く、一種完成したキャラクターとして登場した左近。
 そんな彼女にもこんな時代があったというのは、何とはなしにうれしく感じる…というのはおかしな感傷でしょうか。


 さて、左近のドラマばかり触れてしまいましたが、史実との関わりも、これまで同様、本作においても背景として、描かれています。

 物語の当時、京都所司代を勤めていた水野忠邦。その存在は前作でも触れられていましたが、本作ではより物語に、そして在天別流に近い形で関わってくることとなります。

 おそらくはこの先、さらに密接に関わってくるであろう彼の存在が、左近の生き方に如何に関わってくることとなるのか。
 その点も楽しみなシリーズなのであります。

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