「やなりいなり」 時々苦い現実の味
またもや紹介が遅れてしまいましたが、「しゃばけ」シリーズの最新巻「やなりいなり」であります。前作「ゆんでめて」はかなりトリッキーな構造の作品でしたが、今回は基本的にシンプルな構造の一冊。もちろん、それでも個々のエピソードの面白さは、これまでと異なることはありません。
シンプルな構造とは書きましたが、本書は、収録された各編の冒頭に、料理のレシピが掲載されているのがなかなかユニークなところ。
まさか最近料理ものの時代小説が流行だから、ということではありますまいが、なかなかにおいしそうなこのレシピが、各編の内容に様々な形で関わってくるのは工夫と申せましょう。
さて、その各編の内容は――
若だんなの暮らす長崎屋のある通町で起きた恋煩い騒動が、とんでもない大物の神様たちを巻き込んで思いもよらぬ方向に展開していく「こいしくて」
ある日長崎屋に現れた、幽霊のくせにものを食べたがるおかしな幽霊の正体探しが、落語の「粗忽長屋」をベースに描かれる「やなりいなり」
三日間消息不明となっていた長崎屋の藤兵衛旦那の行方をあれやこれや推理していた若だんなと妖怪たちが意外な結論に辿り着く「からかみなり」
夕暮れの逢魔時に空から落ちてきた不思議な玉を追いかけて、鳴家たちや逢魔時の魔たちが巻き起こす大騒動「長崎屋のたまご」
栄吉が修行中の菓子屋にやって来た若だんなが出会った、喧嘩してばかりの不思議な親友二人の真実を描く「あましょう」
「長崎屋のたまご」など、今回はどちらかと言えばスラップスティックコメディ色が強い印象がありますが、単に賑やかで楽しい妖怪もの、というだけでなく、どきりとするほど鋭い人間観察と、苦い現実を描き出すシリーズの味わいは、今回も健在であります。
特に印象的なのは、巻末に収録された「あましょう」でしょう。
若だんなと栄吉が出会った親友同士の二人の男。片方が久々に江戸に帰ってきたというのに、何故かぎくしゃくした空気が二人の間に漂うのは何故か…
どこか不自然なやりとりを繰り返す二人の謎を若だんなたちが想像していく姿には、いわゆる「日常の謎」の味わいがあるのも楽しいのですが、しかし驚かされるのは、全ての謎が明かされる結末。
なるほど、この結末であれば、このシリーズで描かれてもおかしくない…と感心すると同時に、あまりにほろ苦くも切ない二人の友情の姿に打ちのめされた思いであります。
冷静に考えれば本書は(「みぃつけた」を除けば)シリーズ第10弾。
こうした内容の作品をここまで続けるというのは、なかなか大変な部分もあるのでは…と感じる点もあるのですが、しかしこの「あましょう」などを見るに、まだまだこのシリーズからは目が離せない、という思いを新たにした次第です。
「やなりいなり」(畠中恵 新潮社) Amazon
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