「鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り」 現在の謎、過去の謎
吉昌と吉平の個人教授を受け始めた道冬。ある日右近少将の誘いで、彼の供として大納言の姫の元に赴く道冬だが、実はその邸は、吉昌の占いで凶と出ていた。果たして、その晩姫が正気を失い暴れ出すという事件が発生。そしてその頃、道冬の従者・行近も、己の過去を知る人間と出会っていた…
コバルト文庫のサイトを見ると、嬉しいことに好評らしい「鬼舞」シリーズ。その第5弾「見習い陰陽師と爛邪の香り」が発売されました。
前作では思わぬことで落第点を取り、追試の場で騒動に巻き込まれた主人公・宇原道冬。
安倍晴明の息子・吉昌と吉平の下で特訓を始めた道冬ですが、妖に好かれる体質故かはたまたそれが運命か、またもや新たな事件に巻き込まれることとなります。
本作で描かれるのは、藤原家の大納言の姫を襲った怪事と、道冬の忠僕・行近の過去を巡る事件であります。
娘を入内させた兄の関白との権力争いの末、次には自分の娘を入内させんとする大納言。彼の邸に五位鷺が現れたことが前兆であったように、思わぬ怪事が大納言の娘を襲います。
(ちなみに、微妙な史実との違いはあるものの、大納言と娘は藤原道長と彰子、関白と娘は藤原道隆と定子のことでしょう)
五位鷺の吉凶を占ったのが吉昌、大納言の娘への香の教授の供をしたのが道冬、そして大納言邸の警備を勤めていたのが渡辺綱…
三人の少年はそれぞれの形で大納言邸の事件に関わっていくこととなります。
そんな道冬たちが現在を象徴する存在だとすれば、過去を背負った者もいます。
道冬の忠僕でありながらも、これまで幾度も謎めいた顔を見せてきた行成。前作で、明らかに通常の人間ではないことが語られた彼ですが、本作では彼の過去の顔を知る人間が現れることとなります。
道冬と、彼の亡き父に忠誠を誓い、そして吉昌ら安倍家の人間に敵意をむき出しにする行成。
道冬の父の名を考えれば、それも無理もないことと思えますが、そもそも何故彼は道冬に仕えているのか。そして彼は何故、今のような存在となったのか?
その謎は、道冬自身が時折見せる謎の力と繋がっているものなのでしょう。
そして、現在と過去を繋ぐかのように、一連の事件の背後で糸を引く者の姿も、少しずつ――本当に少しずつですが――見えてきます。まだ謎だらけのその存在の正体は、いま物語に登場しているキャラクターたちの名前から何となく想像はできますが、しかし仮にそうだとしても、一ひねりも二ひねりもされたものであることは確実でしょう。
道冬を取り巻くキャラクター配置は、いかにも少女小説的と言えるかもしれません。そして登場する愛嬌たっぷりの妖たちの存在は実に楽しく、ユーモラスであります(今回は道冬を熱愛するキャラの再登場が…)。
そんな口当たりの良さの一方で、どこにどのような毒が仕込まれているかわからない――これまでの作品同様、本シリーズもまた、そんな瀬川作品ならではの味わいが濃厚に感じられます。
実は本作で描かれたエピソードは、その半ばの時点で終わっています。Amazonのデータには「新章開幕」の語が見られますが、なるほどそういうことなのでしょう。
これまで少しずつ描かれてきた現在と過去の謎の断片が、果たしてどのような全貌を見せるのか。
それを知るのが怖いような楽しみなような…いずれにせよ、この贅沢な悩みが少しでも長く続くことを祈っています。
「鬼舞 見習い陰陽師と爛邪の香り」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
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