「花守り鬼 一鬼夜行」 花の下で他者と交流すること
花見に行くことになった喜蔵たち。しかし妹の深雪は何故か機嫌が悪く、後から追いかけた喜蔵も奇怪な世界に落ち込むなど、花見は初めから波乱含み。果たして小春や多聞をはじめとする妖怪たちも現れ、花見の場では次々と怪事件が起こる。そんな中で語られる深雪や小春の意外な素顔とは…
明治初期の東京を舞台に、妖怪も恐れる閻魔顔の古道具屋・喜蔵と、お騒がせ猫股鬼の小春のコンビが様々な怪事件に巻き込まれる「一鬼夜行」も、順調に続編が刊行されて、本作で3作目となりました。
今回はレギュラー陣がお花見に出かけた先で巻き起こす騒動が描かれますが、その実、短編集的な内容となっているという、なかなか面白い構造となっています。
春の盛りに花見に出かけることとなった、喜蔵の妹の深雪、親友の彦次、近所の未亡人・綾子、妓楼の若い衆・平吉、旅の記録本屋・高市の面々。いずれも喜蔵がこれまでの物語で出会った人間たちですが、人嫌いの喜蔵本人は、一人花見に行くのを拒絶、店に残ります。
しかし、よんどころない事情で後を追う羽目になった喜蔵は、妖怪たちが住むあの世に紛れ込み、あわやというところを小春に助けられ、やむなく花見に参加することになって――
というのが本作の導入部。平和なはずの花見が、冒頭から既に波乱含みですが、もちろんこれで住むわけがなく、次々と怪事件・厄介事が起こることとなります。
何故か喜蔵に静かな怒りを燃やす深雪、次々と姿を消していく男たち、そして前作でも喜蔵と小春を苦しめた百目鬼の多聞一味の暗躍…
そんな中で彼らが出会い、あるいは彼らが語るエピソードが、本作では短編集的に描かれていくこととなります。
高市が京の山で出会った不思議な老人との交流、夜な夜な喜蔵と深雪の前に現れる奇怪な黒い影、数奇な運命に翻弄された綾子の暗く悲しい過去、男たちを誑かしては飲み比べを仕掛ける女怪との対決…
心温まるもの、切なく美しいもの、重く黒いもの、爆笑必至のものと、バラエティ豊かなエピソードは、こちらの喜怒哀楽の感情を思う存分刺激してくれるものばかり。
泣かされたと思えば思い切り笑わされたり、またしんみりさせられたりと、実に忙しいのですが、それが本作の、いや本シリーズの魅力であることは言うまでもありません。
しかし、一見バラバラに見えるこれらの物語にも共通するものがあります。
それは、他者/異者と交流することの難しさと、そしてそれを乗り越えて生まれるものの素晴らしさであります。
人と妖怪、生者と死者、男と女、過去と現在――人が(妖怪も)自分と異なる他者と出会い、触れ合う時、様々なものが生まれます。
多くの場合、それはネガティブなものであり、それ故、他者との交流は苦痛に感じられることも少なくありません。
本シリーズの主人公・喜蔵は、まさにそうした心情を抱えて生きる人物ですが、しかし、ここで描かれる物語は、喜蔵に、そして我々に、他者との交流が生み出すものは決してネガティブなものだけではないということ、自分にポジティブな変化を与える(こともある)と、教えてくれるのです。
それは、こうして文章にしてみると非常に気恥ずかしいものではありますが、しかし、近代と近世という異なる時代が接する――それもまた他者の交流であります――舞台で語られる、人と妖怪の物語を通じて描かれるそれは、素直に心を打ちます。
そんな物語がどこに行き着くのか、それを含めて、まだまだこの世界に触れていたいと思わせる、そんな作品であります。
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