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2012.03.21

「UN-GO 因果論」(その一) 「日本人街の殺人」

 もう既に書店に並んでからだいぶ経ち、すでに第二刷となった作品を今さら取り上げるというのも恐縮ですが、ハヤカワ文庫から「UN-GO 因果論」が発売されました。
 言うまでもなく劇場公開された同名アニメのノベライゼーションですが、しかし、単純にアニメをノベライズしただけ、とは到底言えない「小説」として、本書は成立しています。

 もちろん、本書の基本的な設定、ストーリー自体は、アニメ版と大きく異なるものではありません。
 それでもなお、本書が劇場版を見た人間でも楽しめる(ある意味より一層楽しめる)ような作品となっているのにはいくつか理由がありますが、その一つが、冒頭に収められた完全新作の短編「日本人街の殺人」(以下「本作」)の存在であります。
 後に結城新十郎と呼ばれる探偵が日本に帰国する前、アジアのI国で手がけた事件を描いた本作は、本書のプロローグであるとともに、今回初めて「UN-GO」の世界に触れた読者に対する、作品世界全体のプロローグの役割を果たしていると言えるのです。

 さて、他のエピソードがそうであるように、本作も坂口安吾の(ただし「安吾捕物帖」ではない)推理小説「南京虫殺人事件」を原案としています。

 久しぶりに本作と原案の登場人物を比較してみれば――
浪川(貨物船船長)/浪川(巡査)
比留目(宝石チェーン経営者。被害者)/比留目奈々子(ピアニスト。被害者)
陳令丈(元商社員)/陳(中国人商人)
百合子(陳の娘。故人)/百合子(浪川の娘。婦警)

 原案の方のストーリーは、ピアニスト殺しの犯人らしき人物を追った刑事父娘が、その人物が塀を乗り越えて飛び込んだ屋敷の庭で南京虫(女性用の腕時計)を見つけ、それが意外な事件へと展開していくというもの。
 それに対して本作は、I国を訪れた宝石商が殺され、港のフェンスを飛び降りて逃げた犯人が、ダイヤと覚しきものを落として…と、原案の骨子をアレンジしたものとなっています。

 しかしもちろん――「UN-GO」の他のエピソード同様――本作は、原案を近未来を舞台に移してアレンジしただけのものではありません。
 本作では、事件の依頼者である浪川の目を通じて、作品全体の重要な背景となる、かつて日本が敗れた「戦争」という存在を、時に直接的に、時に間接的に描き出します。

 それは、単にそれが発生し、続いた間だけでなく、それが終結した後も、人々を様々な形で苦しめ悲しませる災い…
 「戦争」によって運命をねじ曲げられ、過酷で皮肉な現実に突き当たることを余儀なくされた人々の姿が、本作ではミステリの形を借りて抉り出されるのです。

 実は原案でも、犯人の動機(というより心情)には戦後の陰が色濃く落とされているのですが、本作で描かれるそれは、原案に輪をかけて重く切ないものであり――正直なところ、アニメ本編を含めても出色の動機の一つであると感じます――そこに浮かび上がる近未来の戦後の悲劇が、我々の世界と地続きのものであると理解させてくれるのです。

 そう、本作で描かれるものは、単に近未来の戦争の悲劇というものだけではありません。
 犯人の行動の背後にある悲劇、そして冒頭で語られる諸外国が日本に向けるまなざし――それが意味するものが何であるか、それを起こしたものが何であるか、我々はよく知っています。
 それは、現在の、我々が今生きる現実に起きていることなのですから。

 そしてそれは「因果論」本編でも、より痛烈な形で突きつけられることとなります。

 以下、次回に続きます。

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