「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で
918年、東日流国に暮らす青年・宇鉄明秀は、赤子だった17年前に渤海から東日流に漂着した過去があった。遣渤海使の副使となった親友・勇魚とともに渤海に向かう決意をした明秀は、持衰となって船に乗り込む。命懸けの航海の果てに渤海の港町・麗津に辿り着いた明秀が知った己の秘密とは…
平谷美樹は、SF、伝奇、実話怪談と様々なフィールドで活躍する作家ですが、近年では「義経になった男」で時代小説にも進出しています。
その系譜に属する本作は、非常にユニークな舞台設定を持つ作品。10世紀の東日流国と渤海国を舞台に展開する、古代伝奇ロマンであります。
ここでいう渤海とは7世紀末から10世紀にかけて、中国東北地方から朝鮮半島北部に存在した国家。渤海から日本への渤海使、その逆の遣渤海使が行き来するなど、日本とも交流がありながらも、同時代に存在した唐に比べると、知名度は非常に低いという印象があります。
そしてもう一つの舞台となる東日流も、大和朝廷の陰に隠れ(?)、蝦夷の国家であるというほかは、正直なところ不明な部分も多い印象があります。
本作は、いわばこの二つの幻の国家を舞台にした物語です。
主人公の明秀は、渤海に生まれながらも、赤子の頃に東日流に漂着した青年。この第1巻においては、自分のルーツを求めて渤海に渡った明秀が繰り広げる冒険が描かれることとなります。
二つの祖国にまたがる出生を持つ主人公が、その秘密を求めて…という本作の基本スタイル自体は、珍しいものではありません。
しかし、先に述べたように、その二つの国は、どちらも今となっては幻の国(幻とされた国)。そこに主人公が活躍する余地が生じ――そして本作ならではのダイナミズムがここにあります。
この第1巻の主な舞台となる渤海は、物語の時点では既に衰退期であり、隣国の契丹と一触即発の状況にあった時期。本作においても、奇怪な方術を操る契丹の間諜(その正体も面白い)が跳梁し、明秀の前に幾度となく立ち塞がることとなります。
そんな風雲急を告げる状況で、明秀の冒険がこれから如何に繰り広げられることとなるのか?
舞台は良し、登場するキャラクターたちはいずれも一癖も二癖もあるユニークな人物ばかり――骨太の歴史伝奇活劇として、今後の展開に注目であります。
「風の王国 1 落日の渤海」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
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