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2012.04.30

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 年度も改まってはや一月。今年は随分と暖かくなるのが遅くてやきもきしましたが、だんだんと初夏らしい空気になって来ました。5月は連休があるのは嬉しいのですが、しかしその分新刊が少なく…と思いきや、嬉しいことにかなりの充実ぶり。
 これで5月病も怖くない? 5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、嬉しい驚きが続く5月の文庫新刊。
 まず最初に驚いたのは、風野真知雄の「象印の夜 新・若さま同心徳川竜之助」。言うまでもなく「若さま同心徳川竜之助」は昨年完結した人気シリーズですが、あのラストからどう繋げるのか、大いに気になります(amazonの紹介を読む限りでは、続編というより、最終巻エピローグまでの間の話のように見えますが…)

 そしてまた次の嬉しい驚きは朝松健の久々の新刊「百鬼夜行に花吹雪(仮)」。内容は不明ですが、タイトル的に妖怪もの…ではないでしょうか。
 同じ5月には高橋由太「もののけ本所深川事件帖 オサキ、江戸の歌姫に会う」、そしてタイトル・内容は不明ながら作者的にあやしい(?)小松エメルの新刊など、妖怪ものが人気ですが、大ベテランの参戦が大いに楽しみです。

 その他新刊では上田秀人「女の陥穽 御広敷用人大奥記録 1」、仲町六絵「夜明けを知らずに 天誅組余話」 が気になるところです。

 そしてまた文庫化の方でも嬉しい驚き。まずはポプラ文庫ピュアフルで越水利江子の「忍剣 花百姫伝」が刊行開始。冷静に考えれば出版社は同じなのですが、文庫化はありがたいお話です。
 そしてもう一つ、長谷川卓の「嶽神忍風」が「嶽神」のタイトルで文庫化されるのも嬉しい。最近では奉行所ものがメインの作者ですが、こちらはデビュー以来得意としていた山の民を主人公に据えた冒険活劇です。


 さて、漫画の方はシリーズものの新刊ばかりですが、とにかく点数が多い。

 河合孝典「石影妖漫画譚」7、武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」4、宮永龍「伊達人間」4、沙村広明「無限の住人」29、ながてゆか「蝶獣戯譚Ⅱ」2、霜月かいり「BRAVE10 S」2、ゆづか正成「海賊伯」2、岡村賢二「新・影狩り」2などなど…いやはや、すごい点数です。

 また、最近はゲスト出演も忙しい大羽快「殿といっしょ」7も楽しみであります。


 最後に、角川文庫では坂口安吾の「続 明治開化 安吾捕物帖」が刊行。角川文庫版の正編では全編収録されていなかった残りが収録されているものと思われますが、解説が「UN-GO」の脚本を担当の會川昇というのも注目です。
 まだ同じ月には漫画版「UNーGO 因果論」も刊行されるのが面白いですね。



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2012.04.29

「三悪人」 悪人&悪人vs悪人

 目黒祐天寺で起きた火事で、一人の盲僧と身元不明の女が死んだ。その火事に寺社奉行・水野忠邦が絡んでいることを知った遊び人の遠山金四郎と親友の鳥居耀蔵は、将来の出世のため、忠邦を強請る計画を立てる。首尾良く金四郎の馴染みの花魁を吉原から足抜けさせる計画に忠邦を巻き込んだ二人だが…

 痛快至極――それが本作を読んでの第一印象。
 本作「三悪人」は、遠山金四郎、鳥居耀蔵、水野忠邦――後に天保の改革で手を組み、あるいは対立した三人の若き日を描いた作品であります。

 ある年の瀬、目黒祐天寺で起きた火災。盲僧と、身元不明の女が亡くなったその火災に釈然としないものを感じた遊び人の遠山金四郎と、その親友で小普請組の鳥居耀蔵は、その背後に、今をときめく寺社奉行・水野忠邦の存在があることを知ります。

 実は火災で死んだのは、忠邦の手で強引に大奥に送り込まれた末に心を病んだ哀れな姫君。忠邦が将来の傷になりかねぬ彼女を始末したことを知った金四郎と耀蔵は、まずは自分たちの欲のため、そして幾分は義憤に駆られて、忠邦を強請る計画を立てます。

 単に強請るだけでは面白くない、相手の弱みをさらに握るため、悪事の片棒を担がせよう…と企んだ二人は、金四郎の馴染みの吉原の花魁・夕顔を足抜けさせ、関所を破らせることを計画。
 忠邦を強請り、首尾良く関所破りに協力させることとなった二人ですが、しかし忠邦が黙って引き下がるわけもない。二人の裏をかかんとする忠邦は、さらに夕顔にある秘密があることを知り、彼女を横取りせんと企みます。
 かくて始まる金四郎、耀蔵、忠邦の丁々発止の知恵比べ、いや悪知恵比べの行方は…


 というあらすじの本作は、様々な驚きと楽しさに満ちた作品であります。
 まず何よりも驚かされるのは、若き日の遠山金四郎と鳥居耀蔵が顔見知り、いや親友であったという点でしょう。後に南北の町奉行となり、かたや名奉行として、かたや天保の妖怪として、黒白に分かれ激しく対立した二人が、つるんでいるのですから面白い。

 そしてまた、二人とも悪知恵に長けた「悪人」というのが第二の驚きです。
 そう言うと、鳥居はともかく(…と言っても良いでしょう)、時代劇ヒーローの一人である遠山の金さんが悪人? と言いたくもなりましょう。
 しかし本作における金四郎は、強請り陰謀お手のもの、時には悪人仲間の耀蔵も騙すことも辞さない、紛れもない悪人として描かれるのです。

 しかし、悪人にも様々なスタイルがあります。本作の金四郎と耀蔵は、確かに悪人ではありますが、しかし無情・非情ではなく、むしろ有情・多情の悪人とでも言うべきキャラクター。
 そんな彼らが――もちろん大半は自分たちの将来のためではありますが――忠邦をはじめとする権力者に踏みつけにされた者たちのため、そして薄倖の惚れた女のために大一番を挑むのですから、これを痛快と言わずしてなんと言いましょう。

 そんな本作は、よくできた時代小説であるばかりではなく、よくできたケイパー・ノベル、不可能ミッションものでもあります。

 いかにして夕顔を厳重な警戒の吉原から連れ出すか(もちろん自分の仕業と知らせずに!)。そして、忠邦が幾重にも罠を張り巡らせる中、夕顔を江戸から連れ出し、安全な所に連れて行くか…中盤以降のサスペンスフルな展開の連続は、正直なところ嬉しい意味で予想を裏切られました。

 三悪人のキャラクター造形・描写もまた見事。
 粋で情に厚い好漢という一般的なイメージに沿いつつも、時折思いも寄らぬ黒さを見せる金四郎。
 人の神経を逆撫ですることには天性の才能を持ちながらも、女性には妙に純な部分を持つ耀蔵。
 酷薄な権力志向の固まりながら、外見は役者のような白面の美形(醜男の耀蔵がいちいち見とれるのが可笑しい)の忠邦。
 と、我々が見たことのない、しかしどこか納得の三人なのであります。


 しかし、この三悪人が本格的に歴史上に躍り出るには、まだ間があります。彼らがそれまでどのような悪巧みを繰り広げるのか…続編「春疾風」も早く読まなくては、と思っております。

「三悪人」(田牧大和 講談社文庫) Amazon
三悪人 (講談社文庫)

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2012.04.28

「常住戦陣!! ムシブギョー」第5巻 激突、蟲奉行所vs蟲狩!

 巨大蟲から江戸を護るために戦う新中町奉行所、人呼んで「蟲奉行所」の活躍を描く「常住戦陣!! ムシブギョー」の第5巻であります。
 この巻では、主人公・仁兵衛の所属する市中見廻り組解散の危機から一転、謎の蟲奉行を巡り総力戦が展開されることになります。

 第4巻のラストで、寺社見廻り組与力・白榊により解散を命じられた市中見廻り組。彼らに替わり、江戸の町に現れる蟲の迎撃は、寺社見廻り組が担当することになりますが――
 さすがに所轄違いも甚だしいのでは…というのはともかく、蟲退治の成果は挙がるものの、江戸の町に暮らす民のことを考えぬ白榊。
 それまでは耐えてきた仁兵衛も、周囲の風景に擬態して姿を消すナナフシを、町もろとも吹き飛ばそうという白榊のやり方についに爆発することになります(その爆発の仕方がまた彼らしくて良いのですが)。

 落ちこぼれチームがエリートチームに押しのけられながらも、地道な努力で逆転、自分たちの存在を認めさせるというのは定番のパターンではあります。
 しかし、この対ナナフシ戦においては、仁兵衛ら市中見廻り組のみならず、彼らが護る江戸の町人たちも一体となって倒すという展開で、これは実に爽快、気持ちの良い内容となっていたのには感心いたしました。

 そして後半では、八丈島に存在する「離れ」に年に一度籠もった蟲奉行の命を狙う謎の集団「蟲狩」と、蟲奉行所の全面対決編がスタート。

 「蟲狩」は、巨大蟲を狩る謎の存在であり、市中見廻り組のエースであり、仁兵衛の目標でもある無涯も所属していた集団。
 その彼らが、何故か蟲奉行を目の敵にし、ついにその命を奪わんと、八丈島目指して侵攻してくることに――

 かくて、蟲奉行所市中見廻り組と寺社廻り組vs八人の異形の蟲狩衆の全面対決が勃発。
 蟲抜きのバトル展開ではありますが、しかしケレンの利かせようはなかなかのもので、敵の一番手・三節棍+鎖鎌という面白武器を操る末那蚕vs白榊の対決は、きちんと熱血バトル漫画の王道をいく内容であったかと思います(こういう熱血は大好物であります)

 一方、仁兵衛の方は、火鉢と二人、先行して八丈島に上陸。仁兵衛はそれと知らずに蟲奉行と対面し、彼女を守るべく(本当は彼女の方が実力は上なのですが)奔走することとなります。

 この辺り、仁兵衛の空気の読めなさは相変わらずなのですが、前巻では仁兵衛とヒロインという、ツッコミ不在のWボケがどうにも好きになれなかったところ、今回は蟲奉行が一応ツッコミ役となるのは好印象でした。


 しかし、この巻では仁兵衛と蟲奉行が蟲狩の猛攻に窮地に陥ったところで終了。
 果たして二人がいかにして窮地を脱するのか、そしてそもそも何故蟲狩が蟲奉行を敵視し、その命を奪おうとするのか、まだまだ先の展開は見えません。

 しかし、以前にほのめかされた驚くべき世界観の秘密に加えて、仁兵衛自身の過去と因縁のある蟲の存在も再び描かれ、なかなかに気になることばかり。

 仁兵衛のキャラクターは…これはもうこのままかと思いますが、彼がこの物語で果たす役割――彼がこの物語に登場する必然性と言ってもよろしい――が何なのかは、やはり大いに気になるのであります。

「常住戦陣!! ムシブギョー」第5巻(福田宏 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
常住戦陣!!ムシブギョー 5 (少年サンデーコミックス)


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2012.04.27

「信長の茶会」 信長という重力

 死後、地獄に落ちて行動を共にしていた織田信長と明智光秀は、冥府王の命で、本能寺で焼け残った名器「つくもがみ」を求めて本能寺の変直前の地上に送り出された。変の八年前、絵師の狩野元秀は、堺の天王寺屋で、なべという奇妙な少女と出会う。時空を超えて交錯する四人の運命の行方は…

 奇妙な物語であります。
 本作は観阿弥を主人公とした「観」にはじまる三部作などを発表した永田ガラによる歴史小説であり、青春小説であり、ファンタジーであり…様々な側面が渾然一体となった作品なのですから。

 物語は、あの本能寺。明智光秀が織田信長を攻めるあの変の直前の本能寺から始まります。
 そしてそこに二人連れだって現れたのは、信長と光秀――実はこの二人、この時代の二人ではなく、(ややこしいですが)一度死んで地獄に落ちてから、数百年後の二人。最期の時の因縁はどこへやら、地獄では仲むつまじい主従となって地獄の鬼と合戦の毎日だった二人は、冥府王の命でこの世に戻ってきたのであります。

 その命とは、本能寺で灰となったはずが、その運命を逃れた名器「つくもがみ」を見つけ、確実に灰とすること。しかし二人は本能寺の変の混乱の中で離ればなれとなり、揉みくちゃになった光秀は、偶然そこを訪れていた絵師・狩野元秀に拾われるのですが…

 と、ここで大きく物語の構造に変化が生じます。ここで物語は本能寺の変から八年前の堺に飛び、若き日の元秀と、彼がそこで出会った風変わりな少女・なべの物語となるのですから。

 天才絵師・狩野永徳を兄に持ち、兄を敬愛しつつも、兄に認められぬ自分を歯がゆく思う元秀。堺の豪商・天王寺屋の食客として気ままに暮らしながらも、戦国の世に寄る辺のないなべ。
 そんな二人が堺の町で出会い、影響を与え合う事で、未来に顔を向けて生きることを知る――そんな物語がここでは展開していくこととなるのです。

 しかし物語の流れはここで留まることはありません。さらにそこから八年前に遡り、堺の有力商人たる天王寺屋(津田)宗及と今井宗久の対峙に移り…そして再び本能寺の変の直後に戻ることになります。


 なるほど、この展開・構成を見ていれば、物語の流れから置いていかれた気分にならないでもありません。果たして物語の中心はどこにあったのか…と。
 しかし、物語の中心は明確に存在します。信長という中心が。

 光秀は言うまでもないでしょう。一方、直接信長と面識のなかった元秀は、兄が依頼された信長の安土城建設に関わることができなかったことに大きな疎外感を持ち、なべは父が信長に組みしようとしたことで、一族を失うこととなります。
 成り上がり者の今井宗久は、信長の可能性を信じ、彼と結ぶことで自らの存在を高めようとし、天王寺屋宗及は、信長に嫌悪感を抱きつつもやがて惹かれてその軍門に下り…

 そう、本作は、実に信長という巨大な重力を持つ存在に己の運命を変えられ、影響を受けた者たちの物語なのであります。

 そして彼らの信長との接点として象徴的に存在するのが、茶器であり、茶室であり、茶会であります。
 本来であれば純粋に趣味あるいは芸術であった茶道が、戦国の世にあっては、戦国大名の触れたところでは、性質を変えていく…そしてそれに触れた者たちもまた。

 そう考えると、信長が命じられた「つくもがみ」を回収しようとする行為は、自らの手で自らの所業に幕を下ろそうとすることに見えてくるのですが――本作の結末は、その信長もまた、己の起こした歴史の渦の中に囚われたと解釈すべきでありましょうか。巨大な星が自らの重力で崩壊した末にブラックホールと化すように。


 もちろんこれも一つの解釈に過ぎません。本作は冒頭に述べたように奇妙な物語、様々な側面が渾然一体となった物語であります。
 その奇妙さを許せない方もいるかもしれませんが――私にとっては不思議に愛すべき物語に感じられた次第です。

「信長の茶会」(永田ガラ メディアワークス文庫) Amazon
信長の茶会 (メディアワークス文庫)

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2012.04.26

「軍師の挑戦 上田秀人初期作品集」 時代ミステリという源流

 上田秀人の初期短編集「軍師の挑戦」が発売されました。作者の長編デビュー作「竜門の衛」の前に執筆された8本の短編が収録されていますが、いずれも時代ミステリに分類されるなかなかにユニークな作品揃いであります。

 本書に収録されている作品は、いずれも歴史上の大事件の背後の謎を、これもほとんどの場合歴史上の有名人である探偵役のキャラクターが解き明かすというスタイル。
 以下にその8編の題材と探偵役を挙げましょう。(カッコ内が探偵役)

「乾坤一擲の裏」:何故今川義元は桶狭間に留まったのか(黒田勘兵衛)
「功臣の末路」:何故堀田正俊は江戸城内で稲葉正休に殺害されたのか(新井白石)
「座頭の一念」:佐野善左衛門が田沼意知に斬りつけた背後にいたのは誰か(金貸し座頭重藤(架空の人物))
「逃げた浪士」:何故討ち入り後に逃げた寺坂吉右衛門が手厚く葬られているのか(竹田出雲)
「茶人の軍略」:何故千利休は秀吉から切腹を命じられたのか(松平不昧)
「たみの手燭」:坂本龍馬暗殺の真犯人と、その背後にいたのは誰か(勝海舟)
「忠臣の慟哭」:桜田門外の変を仕組んだのは誰か(小栗忠順)
「裏切りの真」:何故最後まで抵抗した榎本武揚が新政府で重用されたのか(福沢諭吉)

 時代ミステリには、大きく分けて歴史上の事件の謎を解き明かすものと、歴史上の有名人が探偵役を務めるものがありますが、本書に収録された作品のほとんどは、この通り、その両方を満たすもの。
 作者はデビュー前に山村正夫の小説講座に入門していたとのことですが、なるほど、歴史上の謎の裏側を描き出す作者の作品の伝奇風味は、ミステリの素地から来ていたのか、と納得いたしました。


 もっとも、本書に収録された作品は――作者自身が認めているように――習作レベルの作品が多く、その意味では、今の目で見ると物足りない部分はあり、一瞬のファンアイテム的な面があることは否めません(特に前半に収められた作品は、小説としての構成がほとんど皆同じというのも苦しい)。

 しかし、これらの作品には、後の作者の作品に通じる(実際、本能寺の変や堀田正俊殺しは、後の作者の作品の題材となっています)鋭い視点があるのも紛れもない事実です。

 特に、第20回小説クラブ新人賞佳作に入選し、作者のデビュー作となった「逃げた浪士」(旧題「身代わり吉右衛門」)は、寺坂吉右衛門が討ち入り後姿を消した謎という、忠臣蔵ものではかなりメジャーな題材に、空前絶後の解答を与えた作品。
 探偵役に「仮名手本忠臣蔵」の作者である竹田出雲を据え、その謎解きの結末が、同作の上演中止に繋がるという構成も心憎く、上田ファンならずとも、この作品はぜひ読んでいただきたいと思います。


 いずれにせよ、上で述べたように、作者の作品の魅力の一つである伝奇性に、歴史の謎を解き明かすというミステリ志向があったことは一つの発見であり、上田ファン、時代ミステリファンとしては、十二分に楽しませていただきました。
(ただし、各作品の初出を明記していないのは残念。桃園書房の文庫アンソロジーに収録されたものが多いのではないかと思いますが…)

 そしてもう一つ――本書に収録されたラスト三作は、いずれも幕末・明治時代を舞台とした作品なのですが、三作共通して活躍する勝海舟の人物像なども含めて、実に面白い。
 私の知る限りではこの時代を舞台とした作者の長編はなかったと思いますが、是非いつか書いていただきたいと、心から感じたところです。
 剣士たちの死闘が繰り広げられ、そして現代にまで続く権力構造の萌芽が生まれたこの時代は、上田作品に実にふさわしいと感じるのですが、いかがでしょうか。

「軍師の挑戦 上田秀人初期作品集」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
軍師の挑戦 上田秀人初期作品集 (講談社文庫)

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2012.04.25

「新撰組秘闘ウルフ×ウルブズ」第2巻 激突! 正剣vs邪剣

 何故か子供姿になってしまった近藤勇と新撰組が、京を騒がす者たちに挑む「新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ」第2巻であります。

 見た目は10歳の少年・近藤勇を頂く新撰組。土方・沖田といった他のメンバーは史実通りの年齢であるのに、局長のみ子供というのはいかにも異様ですが、しかしこの近藤には、未来を視るという常人にはない力があります。

 その力で、剣の上では無敵の見切りを手に入れながらも、同時に新撰組がたどる血塗られた未来を視てしまった近藤が、歴史を変えるべく奮闘する、というのが本作の基本設定ですが、この第2巻では、邪剣十二宗家を名乗る剣客集団と新撰組が対決することとなります。

 精神修養の側面等を取り入れ、歴史の表舞台に立った様々な剣術流派――それを「正剣」と呼ぶならば、その一方で、歴史の闇に潜み、あらゆる禁じ手を取り入れて殺人術のみを磨いたものが「邪剣」。
 その邪剣を極めた者たちが、当代最強の正剣集団として標的に定めたのが、新撰組なのであります。

 かくて、新撰組vs邪剣十二宗家の対決が始まるわけですが、ここで新撰組側の代表選手として登場するのは、山南・沖田・土方という面々。
 第1巻では近藤の活躍がメインに描かれましたが、もちろん新撰組の猛者は彼だけではない――ということで、ここではこの三人が、それぞれいかにもらしい形で戦うこととなりますが、これがなかなか楽しいのであります。

 単行本の帯で作者自ら(?)書いているように、この戦いの内容は厨二バトル全開。もはや時代ものの域を色々と飛び越えているのですが、だがそれがいい。
 ほとんど怪人レベルの邪剣士を相手に、能力全開で挑む新撰組の戦いぶりは、一種潔さすら感じさせる飛ばしっぷりで、こういうのも個人的には大いにアリ、だと感じます。
(まさか時代ものでウォーズマン理論を見ることができるとは!)

 しかしその一方で、個人的に非常にひっかかったのは、敵の一人の設定に、この時代にはおよそあり得ないものがあった点であります。
 幕府の重税に苦しむ領民を救うために幕府に戦いを挑むも、敗れて領地を幕府に奪われた領主というのは、いかに幕末とはいえナシでしょう。

 第1巻の感想でも似たようなことを書きましたが、ぶっ飛んだキャラクター、ぶっ飛んだ戦いを描くにしても、押さえておくべき部分はあります。
 それは、荒唐無稽を荒唐無稽たらしめるために守るべきリアリティーがある、ということであり――守るべき部分、ちょっと気をつけていれば簡単に守れる部分を外されると、荒唐無稽を心から楽しめなくなってしまうわけなのです。

 大いに楽しませていただきつつも、大いに不満も残ったこの第2巻。この先は、文句なしに楽しませてくれることを期待したいのですが…

「新撰組秘闘ウルフ×ウルブズ」第2巻(森田滋 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ 2 (少年サンデーコミックス)


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2012.04.24

「忘れ簪 つばめや仙次 ふしぎ瓦版」 心の翳りと運命の残酷と

 人魚が出るという噂で野次馬がごった返す大川で、一人の武士の死体が浮かび、その後も武士の不審死が相次ぐ。さらに、仙次と梶之進の幼なじみのお由有とその父も姿を消してしまう。謎を追う仙次の前に現れるのは、人の不幸ばかりを載せた黒瓦版を売り歩く謎の童子。果たして事件の真相は…

 高橋由太の「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」シリーズ第2弾であります。
 表紙イラストに「猫絵十兵衛 お伽草紙」の永尾まるを迎えた本シリーズは、作者の他の作品に比べると、シリアス度、ミステリ度が高めの内容。
 この「忘れ簪」も、なかなかに重い内容の一編であります。

 深川の薬種問屋つばめやの次男坊・仙次は、ぶらぶらしながら怪事件専門の瓦版を作っては売り歩く極楽とんぼ。。しかしそうした事件を扇情的に扱うのではなく、好きだからこそ偽物は許せず、徹底的に検証してしまうという、一種の変人であります。

 今回は、大川で人魚が出現したという噂を聞いて、その裏に怪しいものを感じて首を突っ込む仙次ですが…しかし、武士が何人も死んだ上に、川辺の茶屋を手伝っていた幼なじみで密かに(?)想いを寄せるお由有と、その父が行方不明になったと知り、その裏を探るために奔走することとなります。

 そして、事件をさらにややこしくさせるのが、謎の「黒瓦版」の存在であります。
 百年近く姿が変わらないという謎の童子・千代松が売り歩く、人の不幸ばかりが載っているという「黒瓦版」。実は仙次の過去とも浅からぬ因縁を持つ、この黒瓦版に、今回の事件が予言されていたというのですが――
 かくて仙次と親友の剣術馬鹿・梶之進は、深川にわだかまる闇の中に踏み込むこととなります。


 本作は、その帯等で「大江戸活劇」「新感覚時代ミステリー」と謳われています。
 ジャンル・内容的にそれは間違いではありませんが、しかし、その要素(のみ)を期待すると、ちょっと外されるのではないか、と個人的には感じます。
 もちろん活劇要素もミステリ要素も本作にはありますが、前者は本作のメインではなく、そして後者は、厳しい言葉を使えば構成的に破綻していると――

 しかし、それでもなお私は本作に大いに魅力を感じます。
 それは、本作の終盤で明かされる事件の真相…そこに描かれる、残酷で、醜く、そして哀しく切ない人間の姿が、心の琴線に響くためであります。

 一連の事件の背後にあるもの――タイトルの「忘れ簪」に象徴されるそれについて、ここではもちろん詳細には述べません。
 しかし、そこに込められているのは、己の心の翳りと、そして己の力ではどうにもならない運命の残酷に絡め取られた人々の心の点描なのです。

 そしてそれを横糸とすれば、縦糸となるのは、千代松をはじめとする深川鬼通りに集う、(常)人の世からつまはじきにされた者たちの心の叫び。
 人として生まれながらも、人として扱われず、そして自らも人であることを捨てた者たちの悲しみが、今回の事件の背後には存在します。


 高橋由太の作品は、妖怪をはじめとする個性的なキャラクターが、コミカルな騒動を繰り広げるという印象があります。
 もちろんそれは間違いではありませんが、その裏側には、人の心の中の昏い領域の存在と、人ならざる者、人でなくなった者たちの悲しみが存在していることは忘れてはなりますまい。そして本作においては、その側面を描くことに、より筆が費やされているのであります。

 正直なところ、本作は特に謎解き部分の構成には無理があると感じますし、仙次のキャラクターもまだまだ掘り下げはできると感じます(というよりクライマックスでは完全に傍観者…)。
 その意味ではまだまだ磨きどころが大きい作品ではあるのですが、しかし、そこが解決された時――ある意味、非常に作者らしい、作者の代表作と呼べる作品が生まれるのではないかと、同時に感じた次第です。

「忘れ簪 つばめや仙次 ふしぎ瓦版」(高橋由太 光文社文庫) Amazon
忘れ簪: つばめや仙次 ふしぎ瓦版 (光文社時代小説文庫)


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2012.04.23

「明治骨董奇譚 ゆめじい」第1巻 骨董品に込められた念の正体は

 明治終わり頃の京都の骨董店・夢堂。その店主の老人、通称「ゆめじい」は京都一の目利きと目されていた。しかし彼の本当の力は、物に宿った念を感じること。夢堂に持ち込まれる曰く付きの品物に秘められた謎を、ゆめじいは次々と解き明かしていく。

 骨董品もの、美術品ものとも言うべき作品は、一ジャンルを築いていると言ってもよいほどの作品数があるかと思いますが、その中には、ファンタジックな色彩を帯びた作品も少なからず存在します。
 本作「明治骨董奇譚 ゆめじい」もその一つ。明治末期の京都を舞台に、目利き腕利きの老骨董店主・ゆめじいが、骨董品にまつわる様々な謎を解き明かしていく連作短編であります。

 京都一の目利きとして知られ、同業者や好事家、警察ややくざにまで一目置かれるゆめじいの真の力は、物に宿った念を感じ取ること。
 店に持ち込まれる、あるいは商売の最中にゆめじいが出会う曰く付きの品物…そこに宿った念を手がかりに、ゆめじいがその曰く因縁に迫っていくというのが本作の基本スタイルです。

 もちろん、曰く付きの品物だからといって、持ち主や周囲に害を与えるものばかりではなく、むしろ持ち主を護り、助けるものも存在しますが、しかし多くは、むしろ祟りとも呪いとも呼べる効果を及ぼすものであります。

 そして、そんな品物の背後にあるのは、その多くが、明治という時代が抱えてきた歪みとも軋みとも呼べるもの。あまり安直な表現は使いたくありませんが、「闇」と呼んでも良いかもしれません。

 近世から近代へ、激しく時代が動く中で、その動きの中に取り残され、忘れ去られた物・者・モノ…ゆめじいの謎解きは、それを拾い上げて、ある時はそれを忘れた者に突きつけ、ある時はそれを弔って眠りにつかせることにより、一種の浄化をもたらす行為であります。

 その意味で本作は、優れた時代もの、優れた時代ミステリと呼ぶことができるでしょう。


 しかし面白いのは、ゆめじいが決して善意の人でも正義の味方でもなく――むしろ守銭奴とも呼べる、生臭い部分を持った人物であることでしょう。
 もちろん対象はあくどく儲ける者や弱者を泣かして恥じない者がほとんどですが、騙す・嘘をつく・脅かす…様々な手練手管でそうした手合いから大金を巻き上げる悪党ぶりであります。

 そのある種の人間臭さは、ややもすれば「イイ話」になりがちなスタイルの本作に、ピリッとしたアクセントを与えるとともに――あくまでもこの世に生き、この世を動かすのは、結局人間であるのだと、皮肉混じりに教えてくれるように感じるのであります。


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明治骨董奇譚 ゆめじい 1 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

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2012.04.22

「楊令伝 十 坡陀の章」 混沌と平穏と

 ちょうど全体の2/3となった文庫版「楊令伝」第10巻。冒頭から戦いの連続という印象のあった本作ですが、この巻では戦らしい戦はほとんど描かれず、楊令や梁山泊の面々のある意味平時の姿が描かれますが…しかし、歴史は着々と動きつつあります。

 梁山泊との決戦でついに童貫が倒れ、その直後に侵攻してきた金軍により、崩壊目前となった宋という国家。
 この巻の冒頭では、首都である開封府が破られ、帝をはじめとする宋国朝廷がほとんど金に連行されるという異常事態となります。
 しかしこれは童貫が倒れた時点で予測されていた事態。
 これに対し梁山泊は静観――いや、戦の代わりに梁山泊という民のための国を作るために必要な、東は日本から西は中近東までを結ぶ貿易ルート構築に力を注ぎ――を保ち、官軍の将軍たちはそれぞれの兵を抱えて地方に割拠と、既に次の体制作りを見越した動きが始まることとなります。
 そして江南では、暗躍を続けていた青蓮寺の李富がついに大きく動き出し、新たな国家が胎動を始めます。

 この「楊令伝」という物語が始まってしばらくは、梁山泊・宋・金・遼・方臘と複数の勢力が入り乱れた複雑な状況となりましたが、現時点はそれをさらに上回る状況。
 梁山泊・金・北宋(金の傀儡政権)・南宋(になるもの)・地方軍閥(岳飛・張俊・韓世忠)の各勢力が合従連衡を繰り返し、まさに「混沌」としか言いようのない状況であります。

 そんな中で、しかし、楊令はある種の平穏さを取り戻しているように見えます。
 この巻では、楊令は領内の各地を巡り、梁山泊の同志たちと様々に語らい、その中で様々な側面を見せて行くこととなるのですが、これが面白い。

 これまで物語が始まって以来、鬼神の如き戦いぶりを見せてきた楊令ですが、それはある意味、彼という個人の姿を見えにくくしていたのは事実。
 それが、こうして様々な人々と触れ合う中で、人間としての顔を見せ、そしてそれは同時に、彼と出会った人々の新たな顔を見せていく――本作を含めた北方水滸伝の最大の魅力は、様々な人間たちの生き様を活写する群像劇にあることは言うまでもないかと思いますが、戦の場を離れることで、この群像劇の魅力が、より強まった感があります。

 そしてそれは梁山泊サイドのみではありません。楊令とは激突する宿命にある岳飛も、この巻では配下を抱えて(精神的にも肉体的にも)放浪を続ける中で、様々な出会いを経験し、あるべき己の姿を模索していくことなるのですが、その姿もまた、魅力的に映ります。
 特に、この巻で彼が辿り着く「盡忠報国」の想いは、一般的な言葉のイメージとは異なり、むしろ梁山泊の「替天行道」に通じる概念となっているのが実に興味深い。

 方臘とはまた別の意味で、もう一つの梁山泊とも言うべき存在として、彼の今後が大いに気になるところであります。
(その一方で、徐史との馬鹿馬鹿しくも微笑ましいやりとりは、深刻な場面の多い本作においては実に貴重であります)


 しかし、そんな中で楊令と岳飛以上に私に強い印象を残したのは、死を目前とした金大堅であります。
 これまで、主に宋の公印の偽造という立場で梁山泊の革命に貢献してきた金大堅。その彼が、生涯の終わりを迎えるにあたって、遂に偽物ではない、本物の公印を作ることが出来た…
 それに誇りを抱く彼の姿からは、地味ではありますが、しかし鮮烈に、そして感動的に梁山泊という存在の変化を――そしてそれは原典からの変化でもあります――教えてくれるように感じたのです。


 そんな数々の変化を重ねつつ、状況はさらに動いていきます。残すところあと1/3、楊令と梁山泊の、いや物語に生きる人々全ての行く先がいよいよますます気になるのです。

「楊令伝 十 坡陀の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 10 坡陀の章 (集英社文庫)


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2012.04.21

「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で

 918年、東日流国に暮らす青年・宇鉄明秀は、赤子だった17年前に渤海から東日流に漂着した過去があった。遣渤海使の副使となった親友・勇魚とともに渤海に向かう決意をした明秀は、持衰となって船に乗り込む。命懸けの航海の果てに渤海の港町・麗津に辿り着いた明秀が知った己の秘密とは…

 平谷美樹は、SF、伝奇、実話怪談と様々なフィールドで活躍する作家ですが、近年では「義経になった男」で時代小説にも進出しています。

 その系譜に属する本作は、非常にユニークな舞台設定を持つ作品。10世紀の東日流国と渤海国を舞台に展開する、古代伝奇ロマンであります。

 ここでいう渤海とは7世紀末から10世紀にかけて、中国東北地方から朝鮮半島北部に存在した国家。渤海から日本への渤海使、その逆の遣渤海使が行き来するなど、日本とも交流がありながらも、同時代に存在した唐に比べると、知名度は非常に低いという印象があります。

 そしてもう一つの舞台となる東日流も、大和朝廷の陰に隠れ(?)、蝦夷の国家であるというほかは、正直なところ不明な部分も多い印象があります。

 本作は、いわばこの二つの幻の国家を舞台にした物語です。
 主人公の明秀は、渤海に生まれながらも、赤子の頃に東日流に漂着した青年。この第1巻においては、自分のルーツを求めて渤海に渡った明秀が繰り広げる冒険が描かれることとなります。

 二つの祖国にまたがる出生を持つ主人公が、その秘密を求めて…という本作の基本スタイル自体は、珍しいものではありません。
 しかし、先に述べたように、その二つの国は、どちらも今となっては幻の国(幻とされた国)。そこに主人公が活躍する余地が生じ――そして本作ならではのダイナミズムがここにあります。

 この第1巻の主な舞台となる渤海は、物語の時点では既に衰退期であり、隣国の契丹と一触即発の状況にあった時期。本作においても、奇怪な方術を操る契丹の間諜(その正体も面白い)が跳梁し、明秀の前に幾度となく立ち塞がることとなります。

 そんな風雲急を告げる状況で、明秀の冒険がこれから如何に繰り広げられることとなるのか?
 舞台は良し、登場するキャラクターたちはいずれも一癖も二癖もあるユニークな人物ばかり――骨太の歴史伝奇活劇として、今後の展開に注目であります。

「風の王国 1 落日の渤海」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
風の王国(一)落日の渤海

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2012.04.20

「CLOCKWORK」第1巻 快男児、幕末延長戦に挑む!

 非常にユニークな時代活劇だった「危機之介御免」の原作者・富沢義彦の新作は「幕末延長戦!?」と銘打たれた本作「CLOCKWORK」。
 恥ずかしながら単行本化直前までチェックしていなかったのですが、これがまた、実に私好みの痛快な作品であります。

 時は明治10年、アメリカから日本に向かう戦場で、一人の青年が、密航してきた黒人の少女・イザドラと出会うところからこの物語は始まります。

 逃亡奴隷であった彼女を捕らえんとするアメリカの武器商人・メイスン商会の追っ手の前に立ち塞がり、鮮やかな銃さばきで撃退してみせたこの青年の名こそは勝小鹿――かの勝海舟の嫡男であり、アメリカ海軍兵学校に留学していた青年。
 そして彼のまたの名こそは「クロックワーク」!――彼の名である小鹿と、機械仕掛けのように精密無比な彼の銃の腕をかけた二つ名であります(その彼が操る愛銃が、伝説のガンスミスの手になる10インチもの銃身を持つ化物銃・ペレグリンという外連の効かせぶりがまた嬉しい!)。

 この勝小鹿は、紛れもない実在の人物。史実でもやはりアメリカの海軍兵学校に留学し、帰国後に帝国海軍軍人となったものの、体が弱かったのか、幾度となく病気休職を繰り返し、夭逝したと伝えられる人物です。
 そんな実在の、しかし誠に失礼ながら後世にはほとんど知られていない人物を、本作では、快活な、それでいてどこか陰を背負った青年として描き出します。

 なるほど、彼が日本を離れていた慶応3年からの10年間は、まさに激動の時代であります。
 彼が敬愛していた(という設定)坂本龍馬は未来を夢見ながら暗殺され、徳川幕府は大政奉還を行って新政府が誕生。そしてその立役者の一人である西郷隆盛も、西南戦争を起こして自刃――

 未来に希望を抱く若者にとって、その10年間に不在であったことは幸か不幸か…それは判断が分かれるところではありますが、しかしそんな彼を待ち受けていたのが、ようやく平和になったはずの日本に、更なる争いの火種をもたらそうという者であったというのは、彼にとっては幸であり、敵に対しては不幸と言うべきでしょう。

 この第1巻の時点では、まだようやく登場人物が顔を揃えたばかりであり、この物語がどのような方向に転がっていくかはまだまだわかりません。
 しかし、明治の日本を舞台に、あの人物この人物が入り乱れて繰り広げる伝奇ガンアクションというだけで、大いにそそられるではありませんか。


 ただ一つ心配な点は――幕末・明治もののフィクションにはしばしばあることですが――有名人が多すぎて、主人公がその中に埋没してしまうのではないか、ということであります。
 何しろ本作では、明治ものではお馴染みの川路大警視や藤田五郎氏のみならず、「実は生きていたあの超有名人」が三人も登場するのですから…

 もちろんこれはこちらの勝手な心配。この第1巻のイキの良さを見る限りでは、杞憂に終わりそうであります。

 古い時代を受け継ぎ、新たな時代を切り開く、時代の申し子とも言うべきCLOCKWORKが、いかに幕末延長戦を戦い、その先に何を見るのか――大いに期待しているところです。

「CLOCKWORK」第1巻(吉岡榊&富沢義彦 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
CLOCKWORK 1 (BLADE COMICS)


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2012.04.19

「戸隠秘宝の砦 第三部 光芒はるか」 三つ巴の大決戦

 秀吉の百万両の秘宝を巡る気比神宮での戦いで、絵図面は高嶋屋に、宝刀は鼠小僧次郎吉の手に渡った。不完全な絵図面のみを持つ近忠たちは、高嶋屋らを追い、秘宝の眠る戸隠山へ急ぐ。しかし行く手には、次郎吉の属する戸隠忍びたちが待ち受けていた。はたして三つ巴の戦いの行方は、そして秘宝は…

 三ヶ月連続刊行されてきました伝奇時代小説「戸隠秘宝の砦」も、この第三部「光芒はるか」にて、ついに完結。
 秀吉が遺し、三成・幸村らが隠した百万両の秘宝を巡る戦いは、ついに秘宝が眠る天然の砦・戸隠を舞台に移すこととなります。

 秘宝へ導くギアマンの皿・宝刀・絵馬の三つのアイテムのうち、絵馬と組み合わせることで秘宝のありかを示す絵図面となる皿は破壊されたものの、写し取られた絵図面は、小浜藩の悪家老・内藤主膳と結ぶ高嶋屋五郎左衛門の手に。
 そして秘宝の扉を開く宝刀は、主人公たる近忠の手から鼠小僧次郎吉の手に――

 唯一、部分的に写し取った不完全な絵図面を手にした近忠一行は、新たに近忠の義兄の欽之丞を、さらに高嶋屋の娘であり、いまや近忠と深く想い合うお絲を加え、戸隠に旅立ちます。

 しかし峻厳を極める戸隠山中で彼らを待ち受けるのは、奇怪な術を操る凶賊・鼠小僧次郎吉と、彼の背後に潜む筧十蔵率いる真田忍びの末裔たち。
 近忠一行、高嶋屋・内藤一味、そして真田忍び…秘宝を目前として、三つ巴の死闘が戸隠を血に染めることとなります。

 今回は舞台のほとんどが戸隠山中、そしてストーリーの方は秘宝の在処に辿り着くためのデッドヒートがメインということで、展開は比較的シンプルではあります。
 しかしながら、それだけに十分分量を取って描かれる三つ巴の決戦の迫力はなかなかのもの。
 町中ではまず不可能な火縄銃、いや大筒(!)まで繰り出されてのクライマックスは、ほとんど西部劇のような活劇で、嬉しい驚きがありました。


 個人的には、第二部まで近忠を助けて活躍した頼もしい助っ人である田中甚助が今回登場しなかったり(その代わりに欽之丞が登場したわけですが)、近忠のライバルになるかと思われたキャラクターがほとんど活躍しないままフェードアウトしたりと、首を傾げる部分はあります。

 また、クライマックスの秘宝争奪戦や、秘宝そのものの正体も、もう少し羽目を外して、こちらの予想をさらに裏切るような意外性を出して欲しかった、もう一歩踏み出して欲しかった、という印象もありますが、この辺りは個人の感覚かもしれません。


 これまでも繰り返し述べてきたように、いまや風前の灯である伝奇時代小説というジャンル。
 それを今、それも王道を往く形で復活させるに辺り、既存の文庫書き下ろし時代小説とある程度すりあわせる形で本作が描かれるのも頷ける部分はありますし、それが最も早道なのでしょう。
(伝奇時代小説復活の道は、本作で描かれた戸隠山中の秘宝への道と同様、崩れやすく細い道なのですから…)

 少なくとも本作が、今、如何に伝奇時代小説を書くかという問いかけへの、一つの答えとなっていることは間違いないのですから――

「戸隠秘宝の砦 第三部 光芒はるか」(千野隆司 小学館文庫) Amazon
戸隠秘宝の砦 第三部 光芒はるか (小学館文庫)


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2012.04.18

「くるすの残光 月の聖槍」 時代から外れた異人たち

 島原の乱を生き残り、江戸に潜む寅太郎たち聖騎士。天草四郎復活のため奪われた聖遺物を探す彼らの前に、九州柳川藩に潜伏した切支丹から救援を求める声が届く。聖遺物の一つと思われる槍を手に、恐るべき力を振るう武者により、次々と狩り出されていく切支丹。死んだはずのその武者の正体とは――

 中国歴史ものを得意とする仁木英之が江戸時代前期を舞台に描く伝奇活劇「くるすの残光」の続編がめでたく登場であります。

 天草四郎から超常の力を与えられ、自らの素性を隠して暮らす「守護騎士」たちと、彼らの七つの聖遺物を奪い、切支丹弾圧の武器とする南光坊天海とその配下・閻羅衆――
 両者の死闘を描いた前作は、異能バトルを時代伝奇の世界で描くと同時に、それだけではなく人情ものの要素を持ち込むことで、非常にユニークな作品として成立しておりました。

 その続編たる本作では、伝奇活劇としての側面がさらにパワーアップした感があります。
何しろ、今回主人公・寅太郎たちの前に立ち塞がるのは、西国無双と呼ばれたあの人物。文武に卓越した才を示し、戦国時代から江戸時代にかけて数々の逸話を持つ男、関ヶ原で家康と敵対しながら旧領に復した唯一の男が、冥界から甦るのであります。

 実に本作の裏の――いや、ほとんど表の――主人公はこの人物。
 冷静に考えてみると、今まで時代伝奇ものにほとんど登場したことのない人物ではありますが、事実は小説より奇なりを地で行くような人物だけに、これまで題材とされてこなかったのかもしれません。

 しかし、本作において描かれるのは、彼の華やかな経歴の裏に潜む陰の部分。戦国に生まれ、激動の人生を送りながらも天寿を全うした――言い換えれば戦場で死ななかった彼は、時代に取り残された存在。
 一度死んで甦った存在ではありますが、しかしその死の前から、彼は時代の流れから外れた一種の異人であると言えます。

 そして本作は、彼をはじめとする様々な異人たちの存在が、様々な角度から語られることとなります。
 江戸の切支丹の中心人物たる寅太郎、四郎の妻が姿を変えた仁兵衛、示現流の剣を遣う荘介。そして彼らを狩り、対峙する立場である閻羅衆の青年・佐橋市正。そして寅太郎らを助ける山の民…

 立場や主義主張は全く異なれど、彼らは皆、この徳川幕府による天下泰平の時代からは浮いた存在。
 この世から受け入れられない者たち同士が、手を携えるどころか、合い争い消えてゆく――本作の基底には、その哀しみが漂います。


 しかしそれでも、決して物語の色合いが暗さのみで終わらないのは、その中でも懸命に己の生を全うしようとする者の潔さと、そしてたとえ相容れぬ存在であっても受け入れ、小さくとも幸せを育てていこうとする者の姿が存在しているからに他なりません。

 この辺りの、人間の生に対する優しさとも言うべき視点は、作者の作品に共通する感覚であり――ややもすれば歴史や人間に対して虚無的であったり、シニカルな態度を取りがちな伝奇ものの世界において、作者ならではの、作者独自の魅力を生み出していると、私は強く感じます。


 …もっとも、本作においては、上記の通り複数の視点から物語を描いていること、(そしてこれは評価すべき点であるのですが)それらの間に善悪の価値観を含めず相対的に描いていることから、すっきりとしない部分が残るのも事実。

 その印象は、寅太郎にとっての日常、平和と安息を与える世界である江戸を離れたストーリーとなっていることからも強まっており、その辺りは痛し痒しと言うべきかもしれません。

 時代から外れた異人たちはいかに生きるべきなのか。世界は彼らを受け入れることができるのか。
 物語の先に見える小さな希望の光が、果たしてどのような形となるのか――その先をこれからも見つめていきたいと思います。

「くるすの残光 月の聖槍」(仁木英之 祥伝社) Amazon
くるすの残光 月の聖槍


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2012.04.17

中国ミステリ新人王座決定戦 秋梨惟喬vs丸山天寿!?

 私にとって「メフィスト」誌の2012年 VOL.1の最大の見所は「中国ミステリ新人王座決定戦」。秋梨惟喬と丸山天寿、中国を舞台にした時代ミステリ…いや伝奇ミステリ作家の短編を掲載ということで、まさに俺得企画であります。

 さて、まず秋梨惟喬の「位牌発電 黄石斎真報」は、中華民国が誕生したばかりの江南の小都市・仙陽を舞台としたユニークな作品。
 タイトルにある黄石斎真報とは、仙陽の小出版社(印刷所)・黄石斎石印書房が発行する画報のこと。本作では、書房に集う一癖も二癖もある面々が探偵役となります。

 仙陽の隣の城市に現れた、位牌に籠もった魂から電気を取り出すという触れ込みで位牌を集める怪しげな一団。
 位牌を持って行くだけで金が支払われ、偽の位牌を持っていた者には電気に撃たれたような天罰が下るという評判の裏側を探るため、書房の面々が動き出すのですが――

 本作でとにかく面白いのはこの主人公チームのキャラクターであります。
 仙陽の顔役、様々な幇会の主である社主と、その妹の阿麗。専属絵師にしてもう一つの顔を持つ老人。得体の知れぬ側面を持つベテラン記者と、振り回されっぱなしの若き記者見習い。そして社に居候する“黒蝙蝠”と呼ばれる博覧強記の黒衣の怪人――
 いかにも作者らしい武侠色と無国籍色漂う怪人たちであります。

 ただ、そのユニークなキャラクターたちの紹介にそれなりの分量が割かれているためもあってか、物語の方は比較的あっさりめに感じられるのが残念ではあります。
 トリックの方も、冷静に考えればかなり強引、というか博打色が強いもので(それはそれで作者の持ち味ではあるのですが)、そこはつっこみどころではあるでしょう。

 しかしながら、ホワイダニットの部分は、清から民国への混乱の時代故に成立する内容となっているのが面白い。クライマックスのアクションも短いながら印象的で、やはり作者でしか描けない物語でしょう。

 全体的な印象としては、海外ドラマの特殊チームもの的な味わいで、これは是非シリーズ化して続きを見せて欲しいものであります。


 そして丸山天寿「夢美女の呼び声」の方は、本ブログでもこれまで取り上げてきた作者の徐福シリーズの番外編であります。
 シリーズ第三弾の「威陽の闇」の事件で徐福一行が不在となった港町・琅邪で、警察官の希仁、儒者兼巫医の笠遠、水商売の女将・蓮といったおなじみの面々と、新キャラの巫医・嬌娜が事件に挑むのですが…

 その事件というのが(いつものことながら)また非常に奇っ怪であります。
 琅邪に大雪が降った頃、蓮が浜辺で見つけた、意識不明の素っ裸の少女。その身元を調べようとした希仁と笠遠は、しかしそれだけでなく、ある船大工の夢の中に幾度となく現れる、幽霊船の中で餓死していた美女の謎解きをする羽目となるのです。
(こんな無茶な展開になるのが、夢の中で笠遠先生が人殺しの濡れ衣を着せられたから、というのが楽しい)

 夢の中の世界での出来事を果たして論理的に解き明かし、人殺しの濡れ衣を晴らすことができるのか、いやそもそも意味があるのか? 
 この、あまりに無茶なものに見える問いかけを、本作は巫術を媒介にして鮮やかに解決してみせます。

 正直に言って、物語の中に超自然的な部分とロジカルな謎解きが共存しているのには評価が大きく分かれるかと思います。
 しかし、本作は――これまでのシリーズがそうであったように――それが許される、それが当然と人々に受け止められていた舞台を
設定しているのであり、そこは作者の筆の妙と言うべきでしょう。
 とはいえ、短編であるためか、歴史ものとしての色彩、この時代であることの必然性は、シリーズ本編に比べると薄いのが残念ですが――


 ということで、どちらの作品も作者の個性が良く出た作品で、私は非常に楽しめました。
 あえて採点するとすれば、歴史ミステリとしての視点では「位牌発電」が、謎解きの面白さでは「夢美女の呼び声」が優れていたという印象でしょうか。

 個人的には「王座決定戦」などと優劣付けを煽るのは――こういう盛り上げ方であることは百も承知の上で――あまりに好きではないのですが、(失礼ながら)まだまだジャンル的にはマイナーな中国ミステリを、こういう形で取り上げてくれるのは素直に喜ぶべきでしょう。
 さらに参加者を増やした二回、三回目が開催されることを期待したいと思います。

「メフィスト」2012年 VOL.1(講談社) Amazon
メフィスト 2012 VOL.1 (講談社ノベルス)


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 「もろこし銀侠伝」(その二) 浪子が挑む謎の暗器
 「もろこし紅游録」(その一) 銀牌、歴史を撃つ
 「もろこし紅游録」(その二) 結末と再びの始まりと
 「もろこし桃花幻」 桃源郷に潜む闇
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「琅邪の虎」 真の虎は何処に
 「咸陽の闇」 その闇が意味するもの

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2012.04.16

作品集成更新

 このブログ・サイトで扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。本年1月から3月までのデータを追加・修正しています。
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

 なお、今回からいくつかのシリーズ作品について、各巻のタイトルごとではなく、シリーズタイトルで登録を行う形に修正しました。
 具体的には「若さま同心徳川竜之助」「妻は、くノ一」「お髷番承り候」「闕所物奉行 裏帳合」「織江緋之介見参」「勘定吟味役異聞」「奥右筆秘帳」の各シリーズについて、修正を行いました。

 一巻完結の連作長編と複数巻にまたがる大長編の中間的作品について、上記の修正を行った次第です。
 今後も様子を見て、適宜修正を行っていく予定です。

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2012.04.15

「獣兵衛忍風帖」イベント上映に行ってきました

 この14日からシネ・リーブル池袋にてレイトショーでイベント上映されている「獣兵衛忍風帖」の初日に行ってきました。リマスタリングされた獣兵衛を大画面で観たい、というのはもちろんありましたが、川尻善昭監督のトークショーが行われるというのが、最大の理由であります。

 ちなみにこのトークショーの直前、ネットで気になる情報を見ました。「獣兵衛プロジェクト」なるものが進行中であり、先日のサクラコン(シアトルでのアニメコンベンション)で予告が上映されたと。
 確かに来年は獣兵衛20周年(!)。今回のリマスタリングはブルーレイ化のためですが、それだけでわざわざレイトショーとはいいえ上映するかな? と思ってはいたのですが、さて…

 というわけで上映前に大沼弘幸氏司会で開催されたトークショーでの川尻監督のトーク内容について、以下に簡単に挙げます(簡単なメモと記憶頼りなので、細部についてはご容赦を)。

○リマスタリングについて
・今回のリマスタリングは監督も自らチェックした。
・フィルムのゴミを取り除くほか、中間色の再現に気を使った。フィルムではほとんど潰れていた中間色も、デジタル化されれば表示することができる。
・しかし物語や動きは昔のまま。相変わらずのキャラの顎は長い(笑)

○特報について
・今回の上映は、エンドクレジットの後に特報が付く。
・また獣兵衛をやりたい、そのとっかかりになるものを、ということで、3分の作品を3本作った。久々に獣兵衛が描けて楽しかった。
・フィルムは箕輪豊(「獣兵衛忍風帖」のキャラクターデザイン・作画監督)と二人でやった。原画は全部自分で描いた(!)

○「獣兵衛忍風帖」という作品について
・自分が楽しいと思うものをどう伝えるか、ということを考えて作った。
・濁庵役の青野さんに替わる役者はいない。亡くなったのは本当に残念。
・時代劇ではあるが、ハリウッド映画で育ったこともあり、新しい時代劇を作ったつもり。言ってみれば、しけた探偵がCIAとテロリストを向こうに回して戦う話。
・とにかく忍法ウォーズをやりたかった。いかにして(見ている人が)考えなくていい構図に持って行くか考えた。

○デジタルとアナログ
・デジタルになって便利になった部分はもちろんある。たとえばセルには使える色に限界があったがデジタルは無限に使える。
・しかし映画は、監督が「何を使うか」ではなく「何を使わないか」を決める世界。その意味では作り手のイメージをセレクトする幅が多少広がっただけ。
・自分の中では、CGは「ジュラシック・パーク」の恐竜を観たときで終わっている。映画としての面白さはあくまでも別で、大事なのはストーリーやキャラクター。
・デジタルは計算したことしかできない。何が起きているかわからないアナログの方が、ラッシュフィルムを観る時には興奮した。

 以上、特に「獣兵衛忍風帖」という作品についての部分などは、以前のトークショーなどでも聞いたことがある部分もありましたが、しかしやはりファンにとっては興味深い内容の数々。
 個人的には、デジタルとアナログに関するお話から、アニメ作家としての川尻監督がどこに力点を置いているのか、伝わってくるものがあって興味深くうかがいました。
(ちなみに川尻監督の人となりや今回のリマスタリングについては、大沼氏出演のWebラジオでも触れられているので、興味のある方はそちらも是非どうぞ)


 さて、その後に上映された「獣兵衛忍風帖」本編の内容については、以前このブログでも紹介しましたので、ここでは省略します。
 しかし今回の上映の最大の見所であるリマスタリングされた映像については、映画館のスクリーン(それも最前列)で観ても、ほとんど全く違和感なし、であったということは
述べておくべきでしょう(さすがにゴミは皆無ではないですが…)

 特に、家屋の生活感などが描かれた汚しの部分、ナイトシーンの靄の質感などは、実に美しく、はっきりと描き出されていたと感じます。
 また、キャラクターのアップなどでは、筆の動きの跡のようなものが感じられたのも、今回の発見でした。

 今まで幾度となく観た作品ですが、やはり何度観ても良いものは良い。当然ブルーレイも買う予定です(主にオーディオコメンタリー目当てですが)。


 さて、そしてトークショーでの予告通り、エンディング後に流された特報ですが――おそらくは3本の内容をミックスしたものと思われます。

 町で蕎麦を食べる獣兵衛を襲う折り鶴を操る(さらに巨大折り鶴で空を飛ぶ)美しき白拍子。
 雪山で、自在に手を伸ばし獣兵衛に襲いかかる熊のような巨漢。
 海の近い丘(?)で獣兵衛に襲いかかる人間バイク男(仮面ライダーアクセルみたいなものをご想像ください)。
 そしてラストには、片目の老人とその目らしきものを持って飛ぶ鷹。

 なにぶん、記憶頼りですので細部の異同についてはご容赦願いたいところですが、台詞なしの断片的な映像とはいえ、様々な場面で繰り広げられる戦いの様は、紛れもなく、新しい「獣兵衛忍風帖」でありました。
(それにしてもなんだか襲われてばかりですね、獣兵衛さん)

 トークショーの内容からすると、「獣兵衛忍風帖2」確定というわけではなく、「獣兵衛プロジェクト」で今確実に形になっている(形になる)ものは、ショートフィルム3本のみのようであり、この先の展開がどうなるのかは全くわかりません。
 しかし20年近く待ったファンとしては、これだけでも大きな前進。早くショートフィルム本編を、そしてその先を、是非とも観たいものだと…強く願う次第です。

「獣兵衛忍風帖」(flying DOG BDソフト) Amazon


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2012.04.14

「傾国の策 お髷番承り候」 権力に対する第三の道

 紀州に帰国していた徳川頼宣が出府を願い出た。幕府に恨みを持つ頼宣の出府に、将軍家綱を守ってきた松平伊豆守らは不安を隠せない。果たして頼宣は大奥に根来の女たちを忍ばせるが――。一方、甲府綱豊と館林綱吉との間の争いも激化。三つ巴、四つ巴の争いに戸惑う家綱と深室賢治郎だが…

 四代将軍家綱の股肱の臣たるお髷番・深室賢治郎が、徳川家の血を引く者たちの間で繰り広げられる暗闘に挑む「お髷番承り候」も、気がつけばもう四巻目。
 家綱の次の将軍位を巡る争いはいよいよ激化し、しばらく表舞台から遠ざかっていた徳川頼宣が再び登場し、いよいよ混迷の度合いを深めていきます。

 そもそもこの「お髷番承り候」という物語は、頼宣が久方ぶりの帰国の際に「我らも源氏でございます」という言葉を遺したことから始まったもの。
 家康の血を引きながらも将軍位から遠ざけられ、慶安の変に連座した疑いから紀州に帰ることも許されなかった頼宣が、晩年に至り、将軍位を窺い始めたのであります。

 これに敏感に反応したのは、かつて頼宣を江戸に留め、そして同じく晩年に至った松平伊豆守。しかしかつての知恵伊豆も、今は病床で死を目前とするばかりになり、もはや家綱を守るは賢治郎のみ…と相成ります。

 ここに相変わらず(?)甲府と館林の両徳川家の間の暗闘も加わり、家綱と賢治郎の悩みも大きくなる一方なのですが――
 そんな展開の中で注目するべきは、権力に対して人が如何に振る舞うべきかという問題に対して、新たな解が示されることであります。

 上田作品のほとんどで描かれる、権力と個人の相克。多くの人々を狂わせ、迷わせていく権力の魔に対して、人はどのように相対するのか、するべきなのか?

 上田作品の主人公は、これまでほとんどの場合、権力とある程度距離を置き、自らの信念に従うという生き方を選択してきました。これと対照的なのが、敵役の多くが当てはまる権力の走狗となるという生き方であり、権力に接する人間は、そのどちらかに属してきた印象があります(「闕所物奉行 裏帳合」の主人公はこの中間ではありますが…)。

 しかし、本シリーズの主人公・賢治郎は、お役目こそお髷番と小身ながら、既に家綱と強い信頼関係で結ばれ、腹心と言ってもよい立場。既に権力から距離を置くことは不可能――それは家綱への裏切りに等しいのですから――なのです。
 だとすれば、彼は如何に生きるべきなのか? それに対する答えを、松平伊豆守が語ります。それは「寵臣」になることだと。

 「寵臣」という言葉には、主君の寵を後ろ盾に権力を振り回して…というネガティブなイメージがつきまといます。しかし、たとえ他者からそのように見えようとも、それが主君の、そして天下のためになるのであれば、それは権力の正しき使い方と言うべきなのかもしれません。
(もっとも、私心はないが人間的にはどうしようもない、という人物も上田作品には登場するのですが…)

 ノーブレス・オブリージという言葉があります。
 これは高貴な者は、それにふさわしい社会的責任と義務を果たすべき、という考え方ですが、望ましき寵臣というものは、それと同様のものを己に律した存在と言えるように感じます。

 自身をそのような寵臣として任じてきた伊豆守が、後事を託した賢治郎。果たして彼が、真の寵臣たり得るのか?
 ある意味、権力から距離を置く以上に厳しいであろう、彼の行く道がどこに辿り着くのか…いよいよこの先の展開が楽しみになって参りました。

「傾国の策 お髷番承り候」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
お髷番承り候 四 傾国の策 (【徳間文庫】)


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2012.04.13

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第5巻 そして熱い大地へ!

 天正遣欧使節に加わった少年・播磨晴信と彼に仕える凄腕忍者・桃十郎の旅を描く…という枠では収まらなくなってきた「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」。第5巻では、長きに渡り描かれてきた明大陸編が終了し、新たなる土地で新たなる冒険が始まることとなります。

 疫病に倒れた仲間たちと澳門の人々を救うため、ついに「仙人」を連れて澳門に帰ってきた晴信一行。
 やはり○○だったエステベスの過去とマテオ・リッチとの絆の物語、そして澳門の美少女漁師・江との別れを経て(またこの二つが熱く泣かせます)、ついに一行は澳門を離れ、新たな寄港地、マラッカを訪れることとなります。

 マラッカは現在のマレーシアですが、当時はポルトガル領。晴信たちがこの旅を始めることとなった遠因であるキリスト教を日本に伝えたイエズス会は、この地に東アジア布教の基点を置いておりました。

 既に熱帯に属するマラッカの風物は、日本からやってきた晴信たちにとっては珍しいものばかり。早速、マラッカの町を駆け回る晴信ですが――
 しかし、そこで彼が見たのは、各地から集められ、市場に売られた無数の奴隷。そしてその中には、日本から集められた者たち、いや晴信の知った者までが含まれていたのであります。

 激高する晴信の前に現れたのは、奴隷を集めていたアユタヤの戦士・獅子のルンディン。巨大な鰐を素手で叩き潰す――その豪快なアクション描写がまた素晴らしい!――彼との出会いから、マラッカ編は凄まじい勢いで展開していくこととなります。


 日本史に、特に戦国史に興味がある方であれば必ず知っているであろう天正遣欧使節。しかしそのイメージは、少年たちによる宗教使節という性質から、私にとってはかなり堅いものがありました。
 しかし本作においては、そのイメージを根底からひっくり返し、彼らの一員である晴信と桃十郎が、世界を股にかけて繰り広げる痛快な熱血冒険活劇として描き出しているのが誠に素晴らしい、としか言いようがありません。

 もちろん本作がフィクションであることは、当たり前、言うまでもないお話であります。しかし、本作で描かれる各地の情勢や登場する人物の多くは、大きくアレンジされているとはいえ、基本的に史実であり――そしてそれを踏まえて血湧き肉躍る、こちらの固定観念を粉砕するようなスケールの大きな冒険を描いてくれるのが、何とも嬉しいのです。

 このマラッカ編の背景には当時の東南アジアで繰り広げられていたアユタヤ王朝とホンサワディー(タウングー)王朝の争いが背景となっている模様。
 だとすれば、この巻ではまだ登場していないルンディンの主君であり親友である王子とは、アユタヤ史上に残る伝説の王であり、ムエタイの創始者と言われるナレースワンその人!?
 …などと、これから晴信たちが出会う人物・事件を考えるだけでワクワクしてくるではありませんか。


 そして彼らを待つのは、海外での冒険だけではありません。桃十郎が持つ信長の遺品を狙い、日本からは伊賀最強のくノ一が彼らの背後に迫ることになるのですから――

 海外での冒険、日本からの因縁。盛り上がるばかりのこの物語。オススメであります。

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第5巻(金田達也 講談社ライバルKC) Amazon
サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録(5) (ライバルKC)


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2012.04.12

「信長の忍び」第5巻&「戦国雀王のぶながさん」 シリアス(?)とコメディの信長二本立て

 織田信長に使えるくノ一・千鳥を通じて信長とその時代を描く「信長の忍び」第5巻と、そのスピンオフ「戦国雀王のぶながさん」の単行本、待ちに待っていた二冊が同時発売であります。

 いきなり帯(と巻末)の反則気味なゲストに吹き出す第5巻ですが、内容の方は前の巻同様、ほとんどシリアスなストーリー漫画的展開。
 第4巻では、浅井長政が信長に叛き、浅井・朝倉両軍から挟撃されたことによる信長軍の金ヶ崎の退き口が、ほとんど一巻費やして描かれましたが、今回は、前半でこれを受けての姉川の戦が描かれることとなります。

 信長にとってはリベンジのこの一戦、家康と組んで浅井・朝倉連合軍と激突することになるわけですが――そこで物語の中心となるのが、ある意味実に意外な二人の人物。

 その二人とは、真柄直隆と遠藤直経――朝倉家の猛将と、長政の腹心、ともに姉川の戦に名を残しながらも、一般にはさまで知られていない二人の最期が、今回はほとんどメインのエピソードとして描かれた感があります。

 戦国武将同士の合戦といえば、普通であればメインとなるのは武将本人。
 それを少しだけフォーカスをずらして、この二人のような生き様・死に様を残した人物を描いてくれたのが何よりも嬉しく――そしてそれを可能にしたのが、千鳥という信長の忍びの視点から戦国時代を語るという本作のスタイルであることは間違いありません。

 そして後半では、信長の生涯最大の苦戦を強いられた相手である本願寺が登場。
 ここで信長と本願寺の対立を描くのに、斎藤龍興や三好三人衆の存在から語り始めるのがまた本作らしいというか…この先の展開も楽しみになってしまいます。


 さて、本編の方がかなりシリアス路線を行く一方で、思い切り羽目を外してくれたのが、「戦国雀王のぶながさん」であります。

 麻雀が伝わった戦国時代を舞台に、戦国武将たちが合戦の代わりに麻雀で勝負! …というのは実に麻雀漫画的ではありますが、本作ではそれを「信長の忍び」のビジュアルと設定を踏まえてやってくれたというのが何とも楽しい作品。

 いや、史実から離れたことを最大限に利用して、おなじみの面々に加え、伊達政宗や北条氏康のように信長と直接の接点をほとんど持たなかった武将や、物語の流れ的になかなか登場できない謙信や信玄など、戦国オールスター的に登場してくるのが実に嬉しい。
(物語の流れと言えば、本編ではまだまだ先――というよりラストであろう本能寺の変も描かれてしまったり…!)

 もちろん、彼ら新登場の武将たちのキャラクターやエピソードも、いかにも「らしい」アレンジ、くすぐりが施されていて、ノリはだいぶ本編とは変わっても――というより終盤は完全に少年漫画的展開に――戦国ファンであれば十分に楽しめる作品であるかと感じます。

 もちろん麻雀漫画である以上、麻雀ネタは色々とあるのですが、しかしそれ以上に戦国ギャグ漫画の色彩の強い、そんな作品でありました。
 この1冊で完結となっているのですが――本編の方がどんどんシリアスになっていることもあり――こうしたスピンオフがまたあっても良いのではないかな、と感じた次第です。


 ちなみに「信長の忍び」の方で、初登場の森長可のキャプションに「後に戦国時代を代表する狂戦士となる男である」とあったのには大笑いしました。確かにその通りなのですが…

「信長の忍び」第5巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
「戦国雀王のぶながさん」(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 5 (ジェッツコミックス)戦国雀王のぶながさん (ジェッツコミックス)


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2012.04.11

「天下一!!」第4巻 彼女が歴史を変えるわけ

 戦国時代にタイムスリップしてしまった女子高生・武井虎が、信長の小姓となって悪戦苦闘の時代劇漫画「天下一!!」第4巻はなかなかに激動の展開。
 現代に帰るための条件として彼女に与えられたのは、信長を本能寺で生き延びさせること。物語の舞台は、その本能寺の変が起きた天正10年に…

 と言われても、本能寺の変が起きるなどと知っているのはもちろん後世の人間のみ。そのまさに後世の人間である虎にしても(いかにKYな彼女でも)、そんなことを信長や周囲の人間に主張するわけにもいきません。
 いまや信長は旭日の勢い、ついに武田家を滅ぼし、その勢力は四国中国にも及ぶ、まさに天下人なのですから…

 そんなわけで、ある意味安定した暮らしの虎ですが、そんな中で、彼女と森乱丸の仲もいよいよ接近。ついには…というわけで、実にリア充状態の彼女ですが、しかしそうなればなるほど、彼女は複雑な立場に立たされることになります。
 本能寺の変を防いで元の時代に戻れば乱丸と別れることになり、本能寺の変を防げなければ乱丸は討ち死に――

 どちらに転んでもバッドエンド、という結末になってしまうのですが、いずれにせよ、本能寺の変を防ぐこと、つまりは歴史を変えるということが、彼女自身の愛する人を救うことにはなるわけで、この辺りは良くあるパターンではありますが、うまいシチュエーション設定と言えるでしょう。

 そしてこの巻では、「歴史を変える」ということが、思わぬ形でクローズアップされることとなります。
 そう、歴史を変えることを背負わされたのは、虎だけではなく――

 いやはや、おそらくは終盤に来て非常に意外な展開、さすがにこれは少なからず驚かされましたが、しかしこれが果たしていかなる意味を虎の運命にもたらすのか。
 既に一部とはいえ歴史は(またえらくマニアックなところで)修正され、時の流れが不変ではないことが示されるのですが…しかし、何となく悪い予感しかしないのは何故か。


 この巻のラストでは、天下国家の行方などよりも、歴史の運行などよりも遙かに大事であろうイベントが虎を待っているのですが…さて、この幸せが彼女に何をもたらすのか。
 おそらくはもう少しで完結ではないかと思われますが、ここまで来て、いよいよ良い意味で先が読めなくなってきたことであります。

「天下一!!」第4巻(碧也ぴんく 新書館WINGS COMICS) Amazon
天下一!! (4) (ウィングス・コミックス)


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2012.04.10

「柳生番外地」 十兵衛対西洋魔人!

 ジパングに存在するという異界への扉の鍵。それは、柳生十兵衛の眼球だった!? その眼を奪うべく、日本に現れた西洋妖術師。慶安3年3月21日、妖術師の奇怪な術の前に倒された柳生十兵衛だが――果たして十兵衛は本当に死んだのか?

 先月光文社から刊行されたコミック叢書「SIGNAL」VOL.1――星野之宣や畑中純、寺田克也に谷口ジロー、森美夏と、なかなかにマニア好みの面々の作品が収録されているアンソロジーですが、伝奇時代劇アジテーターとして決して見逃すことが出来ないのは、元祖時代劇アジテーター・近藤ゆたかの「柳生番外地」であります。

 伝奇時代漫画の金字塔「大江戸超神秘帖 剛神」の作者による柳生十兵衛もの、と聞いただけで涎が垂れそうになりますが、果たして、その期待は裏切られることはありません。
 冒頭の
「いつの頃からか……黄金の国ジパングには――異界への“扉”を開ける“鍵”あり――との流言あり
――そしてその鍵は……柳生十兵衛の“眼球”なり!――とも」
というナレーションの時点でこちらのテンションは上がる一方。
 そして生ける屍や奇怪な巨人侍を操る仮面の女と十兵衛の対決から、いきなり「柳生十兵衛死す」な冒頭を経て、真の柳生十兵衛の登場へ…

 柳生十兵衛と言えば言わずとしれた人気キャラクター、これまでも様々な物語で描かれてきた人物ですが、本作で描かれる十兵衛像は実に格好良い。
 ギラギラしつつも、どこか枯れたような、疲れたようなものを漂わせた…しかし、これぞ十兵衛! とこちらに思わせるビジュアルは、これはもう作者ならではのものと言うべきでしょう。

 そしてその十兵衛が対決する相手が海を渡ってきた奇怪な妖術遣いというのが嬉しい(しかも彼女が使う術などを指して「魔芸」「南蛮獣」と表現するセンスが素晴らしい)。
 とんでもないすっとぼけたゲストの顔見せもあり、伝奇者としては、もうたまらないものがあります。

 さらに、単にド派手な伝奇活劇のみで終わらないのもまた見事。終盤の二重三重のどんでん返しから浮かび上がるのは、「柳生十兵衛」を巡る残酷な真実であり――荒唐無稽なストーリーを展開させながらも、見事に時代劇として物語を着地させているのであります。

 短編読み切りというのがあまりにももったいない本作――続編を切望する次第であります。

「柳生番外地」(近藤ゆたか 光文社「SIGNAL」VOL.1所収) Amazon
SIGNAL VOL.1 (光文社コミック叢書“シグナル” 27)

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2012.04.09

「ちょんまげ、くろにくる ぽんぽこ もののけ江戸語り」 良くも悪くも集大成

 小次郎の父・相馬時国の背後に潜み、戦国武将の亡霊たちを甦らせてきたのは安倍晴明だった。江戸城を占拠した晴明とその母・葛葉姫に挑む小次郎と仲間たちの前に、強力な江戸城の守り人たちが立ちふさがる。次々と仲間たちが倒れていく中、晴明の前にたどり着く小次郎が知った真実とは…

 「ちょんまげ、ちょうだい」の名を継ぐ凄腕の美形でありながら、万年金欠の残念浪人・相馬小次郎と、玉子焼き大好きの天然狸娘・ぽんぽこの活躍を描く「ぽんぽこ もののけ江戸語り」の第三弾にして<小次郎編>の最終巻であります。

 前作「ちょんまげ、ばさら」で地獄から次々と甦り、江戸を襲った戦国武将たち。小次郎と柳生廉也、丸橋弥生といった仲間たちは(成り行きから)これに立ち向かってきたのですが、そこに柳生宗冬からもたらされたのは、江戸城が占拠されたという驚くべき知らせ。
 しかも占拠したのは、かの大陰陽師・安倍晴明と、その母の狐の妖・葛葉姫――

 というところで「つづく」となった前作を受けての本作は、ほとんど全編に渡っての大決戦というべき内容。
 江戸を大火に包まんとする晴明らに対し、小次郎・廉也・善達・弥生・ぽんぽこ・白額虎・猿飛佐助(の孫)…に加え、真田幸村、雑賀孫一、出雲阿国(霧隠才蔵)といった復活組も何故か加わり、全面対決を挑むことになります。

 しかしながら晴明側も強敵揃い。“江戸城の守り人”と呼ばれる強力な亡霊たちをはじめ、奇怪な術を用いる者たちが、小次郎たちの前に立ちふさがります。
 かくて、前作にも増して歴史上の有名人たちを相手にすることとなった小次郎たちは、一人また一人と倒れながらも、晴明に迫っていくのですが…

 と、敵も味方も総力戦。ここは俺に任せて先に行け! とばかりに繰り広げられるトーナメントバトルは、メンバーの顔触れの豪華さもあり、大いに盛り上がります。
 そして次々と登場人物が斃れていくシリアスな展開の中でも、ぽんぽこや柳生宗冬(!)らといった面子が、すっとぼけたキャラクターを見せてくれるのも、何とも楽しいのであります。


 その意味ではシリーズの集大成という感で、楽しませてはいただいたのですが…前作で感じた欠点も、そのまま残っているのが何とも。

 前作で連発された「実は」な意外な設定は、本作においても次々と登場することとなります。
 一つ一つが、作品一つぶんになりそうな大ネタのオンパレードは、実に豪華ではあります。しかし、その連発が、物語から深みを奪っていると、残念ながら感じるのです。

 そこまで描かれてきたキャラクター描写や設定を一瞬でひっくり返してみせる「実は」。
 その意外性は、基本的に物語を盛り上げるものではもちろんありますが、しかし、これだけ連発されれば、慌ただしい印象ばかりが残ります。

 本作最大のキモである晴明の真の狙いも、意外性は大いにあるのですが、そこに説得力があるかといれば疑わしい。ド派手で無茶な物語をこよなく愛する私ではありますが、しかしそこにはそれなりのロジックと、そこから生まれる説得力が欲しいのです。


 キャラクターと舞台設定のユニークさは相変わらず魅力的であります。しかし、それが動かされるべき物語とその描写は…
 物語が大仕掛けになればなるほど、その点は目立ちます。

 ぽんぽこのシリーズは、今後時代を遡って平安時代を舞台とするようですが…さて、そこでは何が描かれるのでしょうか。

「ちょんまげ、くろにくる ぽんぽこ もののけ江戸語り」(高橋由太 角川文庫) Amazon
ちょんまげ、くろにくる  ぽんぽこ もののけ江戸語り (角川文庫)


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2012.04.08

「もろこし桃花幻」 桃源郷に潜む闇

 時は元代末期、故郷に帰る旅の途中の青年・陶華は、流賊と戦う渓陵の城市近くで、女道士・杏霙と出会う。更に剣呑な老行者をはじめ、一癖も二癖もある面々と道連れになった陶華は、賊を逃れて、伝説の桃源郷を思わせる村にたどり着く。だがそこで彼らを待っていたのは、奇怪な連続殺人だった…

 伝説の神帝・黄帝から与えられた銀牌を手に、この世の勢(システム)を守るため戦う江湖のヒーロー・銀牌侠の活躍を描く「もろこし」シリーズの第三弾が刊行されました。

 春秋戦国時代から中華民国まで、様々な時代に活躍する銀牌侠の姿を描いてきた本シリーズですが、今回の舞台は、これまでも幾度か舞台となった元代の末期…ではありますが、シリーズ初の長編として、これまでにない実にユニークな内容となっております。

 既に乱れに乱れ、崩壊寸前の元朝。各地では拠点を持たず、流浪を続けては略奪を行う流賊たちがはびこる中、その流賊に攻められる渓陵の城市周辺が本作の舞台となります。

 科挙受験のために都に出ながらも、国の情勢を見て故郷に帰ることにした主人公・陶華。渓陵の城市近くの桃渓村にやって来た陶華は、住人たちが消えたこの村で、杏霙と名乗る女道士と出会うことになります。
 さらにその場に現れる、いずれも曰くありげな人々。村の近くに住む少女・小蘭、二刀を使う剣呑な老行者・施檜、その相棒で軽功を使う老行者・孫吉、いずれも一癖ありげな
商人、医者、侠客…

 流賊の襲撃を受けて逃れた一行がたどり着いた先は、あたかも陶淵明の「桃花源記」に登場する隠れ里――すなわち、桃源郷のような村。
 外の戦と無縁のような平和な世界に戸惑いながらも、流賊が撤退するまではと村に留まることになる一行ですが…

 しかし、一行の世話役が首を切り離されて惨殺されるという事件が発生。しかもそれは、更なる惨劇の幕開けだったのであります。
 果たして姿なき殺人者の正体は、何故殺人が、それも今起きなければいけなかったのか? そして事件と陶華たち一行の関係は…


 外界から隔絶された環境で殺人が起き、周囲の人間全てが容疑者として疑われる中で次の惨劇が――という、いわゆる「吹雪の山荘」ものというシチュエーションがミステリにはあります。
 本作は、その「吹雪の山荘」を、実に意外な形で作りだしたと言えるでしょう。何しろ山荘に当たるのは桃源郷を思わせる村、吹雪に当たるのは流賊との戦なのですから――

 しかし、本作の真に見事な点は、その意外なシチュエーションが、単に読者を驚かせるためだけのものではなく、舞台設定と密接に連動し、一定の必然性を持っていることでしょう。
 一見無関係に思われた、プロローグに当たる部分が、陶華たちの冒険にどのような意味を持つのか…それが明らかになった時の驚きは、まさしく良質のミステリのそれであります。

 本シリーズのこれまでの作品と同様、本作は、この時代の、この舞台でなければ起こりえない事件を描いた、見事な時代ミステリと呼べるでしょう。そして同時にそれは、この時代の――そして他の時代にも生じ得る――闇を剔抉することでもあります。
(もう一つ、ある登場人物の行動が、武侠小説ファンであればひっかかる――というより納得してしまう――トリックとなっているのも楽しい)

 …しかしながら、シリーズとして見た場合には、正直に言って銀牌侠の存在感(というより存在の必然性)が薄かったと感じます。
 銀牌侠個人のキャラ自体は十分に立ったのですが、銀牌侠の使命から考えると、今回はいかがなものか…という印象があるのです。

 もっとも一つには、ゲストキャラの老行者が目立ちすぎた、という点はあるのですが――
 しかも、ネタバレにならない程度に言えば、私にとっては大好物な題材と趣向にもかかわらず、さすがにちょっと強引すぎるのでは…と言いたくなるような使い方なのは、少々もったいないと感じます(もっとも、それによって少々メタなオチが付くのは、それはそれで好みなのですが)。


 結論から言えば、シリーズものとしてみればもったいない部分も見られますが、中国時代ミステリ、武侠ミステリとしてみれば、やはり今回も実に魅力的であった本作。
 いつの時代の、どこの場所に現れるかわからない、神出鬼没の銀牌侠の次なる冒険にも期待する次第です。

「もろこし桃花幻」(秋梨惟喬 創元推理文庫) Amazon
もろこし桃花幻 (創元推理文庫)


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2012.04.07

「桃の侍、金剛のパトリオット 3」 近代という夢の終わりに

 ついに勃発した第一次世界大戦。対外強硬派の暴発を憂慮する山県有朋は、政敵の原敬に後の政治を託すとともに、モモを大陸に送り出そうとする。だが、モモのためらいにつけ込んだ共工は彼女を連れ去ってしまう。俊介と蘭芳らは、モモを追って因縁の地・長岡を訪れる。果たして最後の戦いの行方は…

 大正初期を舞台に、五行の魔神の力を継いだ若者たちとシュネル=獣=水神・共工との戦いを描く「桃の侍、金剛のパトリオット」は、この第3巻でひとまず完結であります。

 前作のラストで勃発した第一次世界大戦。 守旧派を装いながらモモを庇護してきた山県有朋にとっても、この激動の中で対外強硬派を抑えることはもはや限界。山県は、犬猿の仲でありながらも密かに認めるところのあった原敬に後事を託することになります。

 しかし、原が、日本の新たな政治権力がモモの力を狙わないという保証はない。かくて、山県は、蘭芳が五族共和の国家建設準備を進める大陸に渡ることをモモに進めるのですが、まさに共工の魔手はその時にモモを狙って椿山荘を襲撃することに――


 と、物語の方は盛り上がっていくのですが、しかし本作で最も印象に残るのは、俊介が出会うある人物の存在でありましょう。
 その人物とは、かの夏目漱石――占いの客として俊介と出会った漱石は、俊介に対し、日本の近代とは何であったか、近代という夢の存在を語るのであります。

 実に本作は、太古から続く人と神の対決を描く伝奇活劇でありつつも、それを通じて、近代という時代と、その終焉を描くことに力を注いでいるやに感じられます。
 時あたかも明治が終了し、大正が始まったばかりの時代。そして、第一次世界大戦という巨大な嵐が日本を変えていこうとする時代…そんな中で、「未来」を読む力を持った俊介は、「過去」を――明治という時代、近代という時代と対峙することになるのです。

 もちろんその構図はここで初めて登場したものではなく、これまでのシリーズにおいても、俊介と主に山県有朋の関係で描かれてきたものでありました。
 しかしその山県が、公の世界、国家の立場から近代を代表する存在であったとすれば、漱石は私の世界、個人の立場から俊介に近代という夢の存在を語るのであります。

 夢――それは理想であり、願望であり、そしてはかない幻。人を惑わせることもあれば、人の原動力ともなるものであります。
 幕末という時代から語り起こされたこの「桃の侍、金剛のパトリオット」という物語のひとまずの結末において、その後の日本を形作ってきた近代という夢の終焉を描くことは、それなりに頷けることではあります。

 そしてここで語られる「近代」の姿とその終焉を前にして自分自身のあり方に悩む俊介の姿は、「現代」という時代と、そこに生きる我々の姿に重なって見えるのは、もちろん私の考えすぎではありますまい。


 正直なところ、物語としては「俺たちの戦いはこれからだ」+「君たちのお手並み拝見といこう」という結末ではあり、そこはやはり残念ではあります。
 しかし、そこに物語の背景として、いや、物語の隠れた主役として存在してきた近代の終焉の姿を重ねてみるのは――近代精神の象徴としての漱石を持ってくるのは、これはこれで力業ではありますが――決して悪いものではありません。

 ここで我々とはひとまずのお別れとなる俊介とモモ。彼らと再び出会うことができるのは、この「現代」の、その先の形が見えてきた時――その時なのかもしれないと、頁を閉じて感じた次第です。

「桃の侍、金剛のパトリオット 3」(浅生楽 メディアワークス文庫) Amazon
桃の侍、金剛のパトリオット〈3〉 (メディアワークス文庫)


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2012.04.06

「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第2巻 明治が背負う断絶の向こうに

 明治初期の東京を舞台に、大店のじゃじゃ馬娘と、職を失った元忍びの一風変わったラブコメ(?)「明治失業忍法帖」、待望の第2巻であります。

 新しい時代にふさわしい生き方を模索しつつも、周囲の反対に手を焼くお嬢様・菊乃。そんな彼女の婚約者として親が決めた相手は、かつて幕府に仕えていた凄腕の忍びであり、今はのんべんだらりと市井に暮らす男・清十郎だった…

 やさぐれながらも実は馬鹿強い男と、世間知らずながら真っ直ぐでバイタリティ溢れる少女のカップルというのは、これは本作独自のものではない…というより、よくある組み合わせであります。
 しかし、本作がそんな印象を遙かに超えて、本作ならではの、本作でなければ味わえない境地に達しているのは、明治初期という舞台設定を存分に生かした人物描写・物語展開となっているからにほかなりません。

 何よりも、清十郎の屈託を抱えまくったキャラクター造形が面白い。
 時勢というものの力を厭というほど味わいながらも、虚無に落ちるわけでも、刹那に爆発するでもない。
 菊乃に対しても、一本気な彼女が現実に触れて苦しむ姿を見たいと望みつつも、その優しさに甘えることを楽しんでしまう…

 入り組んだ彼のキャラクターを、しかし決して作り物めいてみせないのは、彼が江戸と明治を跨いで生きる男であるという事実を、いささか変則的ながらも、男と女という普遍的な関係の中で浮かび上がらせて見せるからでしょう。
 そして、特に菊乃への感情の起伏は、少女漫画という媒体でなければ描けなかったのではないでしょうか。

(もちろんキャラクター造形の妙は、菊乃の側にも当てはまるのですが、清十郎のそれの方がより印象に残るのは、彼女のバイタリティが時として「漫画的」に映るためでありましょうか)

 そして、時代背景を背負ったストーリー展開も実にいい。
 主人公カップルが彰義隊が隠したという御用金騒動に巻き込まれるエピソード(清十郎が実際に彰義隊に参加していた姿を描いた1巻冒頭がここで活かされるとは!)も面白いのですが、さらに印象に残るのは、菊乃が女学校に入学してのエピソードです。

 念願叶って御茶ノ水女子師範学校に入学した菊乃が見たもの…
 それは、当時の女性にとっては最先端の世界に在りながらも、西洋の文化・風習と日本のそれの間で悩み、そしてそれ以上に、自分の身分的な、そしてなによりも地理的な出自に揺れる生徒たちの姿であります。

 もちろんそれは、現代日本であっても各地から生徒が集まる学校ではそれなりに見られるものではありますが、しかし、そこに維新の動乱が挟まると、途端に巨大な断絶が生じるのであります。
 なるほど、四民平等とはいえ、商家と武家の間には意識の溝は深く、そしてその両者の中でも、東と西でまた想いは異なります。
 特に、親世代が実際に血を流して戦った敵味方である武家出身の少女の間では。

 そしてもちろん、彼女たちの姿は、幕末を経てきた明治という時代の、一つの象徴であります。
 しかし、頭ではわかっていたつもりになっていた明治が背負ってきた「過去」の存在を、どれだけ本当に理解していたか…コミカルに味付けされた少女たちの対立の姿は、そんなことを我々に突きつけてくるのです。

 その「過去」を乗り越えるために、菊乃が清十郎から指南を受けた忍法(といっても、人の五情を刺激して動かすという一種の人身掌握術)で悪戦苦闘する、というのは本作ならではの味付けですが、それもまた面白い。
 何よりも、思いも寄らぬ大騒動になったその中に、菊乃と清十郎のキャラクターの違いが浮かび上がるというのもまた見事と言えます。


 まだ知る人ぞ知る、という印象はありますが、一風変わった――そして実に味わい深い――時代ものとして、そしてラブコメディとして、決して見逃せない作品であると断言いたします。

「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖 2―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)


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2012.04.05

「御隠居忍法 刺客百鬼」 御隠居、御落胤と旅する

 御隠居・鹿間狸斎の親友であり、娘の舅でもある新野耕民が急死した。耕民の死が、藩主のご落胤を巡る暗殺であったことを知った狸斎は、耕民の遺志を継ぎ、ご落胤を江戸の藩主の元に届けることとなる。しかし狸斎一行の行く手には、敵対する一派の刺客が次々と待ち受けていた。

 東北の小藩・笹野藩に隠居した元御庭番の鹿間狸斎の活躍を描く「御隠居忍法」シリーズ第9弾は、シリーズのレギュラーキャラであり、狸斎の親友・新野耕民がいきなり殺害されているという展開。
 長期シリーズにはままある展開ではありますが、シリーズ読者にとってはお馴染みの人物だっただけに、いささかショッキングではあります。

 小藩でありながら、これまでも数々の内紛を抱え、狸斎もしばしばそれに巻き込まれてきた笹野藩(作中で「笹野名物ともいうべき家中の内輪もめ」などと表現されているのには本当に同感)。
 これまでもしばしば狸斎を巻き込み、あるいは助け助けられてきた耕民が突然の死を迎えたのもこの争いのためですが…今回の争いは、病身の藩主を巡る後継争いというのが根深い。
 狸斎は、耕民の最期の願いを背負い、まだ幼いご落胤・三之助を江戸に送り届ける旅に出ることになります。

 しかし敵側もこの動きを察知、藩内はおろか、江戸に至るまでの道中も刺客だらけ…「家中ことごとく敵、(中略)ことごとく刺客と思ったほうがよい。百鬼が刺客となって襲いかかる」という、タイトルの「刺客百鬼」という状況に相成ります。

 と、タイトル、冒頭の展開ともなかなかインパクトのある今回なのですが、全体的な内容自体はかなり地味という印象。
 前作ではほとんど傍観者だった狸斎が、八面六臂の活躍をしてくれるのですが、どこか人物描写や物語展開が淡々としているため、正直なところ物足りない想いが残ります。
(もっとも、淡々とした描写は作者の持ち味のような気はしますが…)

 狸斎を助け、心ならずも同じ藩士と敵対することとなる老剣客・研総の心の揺れや、実の子ともしたことのなかった旅をご落胤の少年とすることになった狸斎の複雑な心境など、作中では一応触れられてはいるのですが、もう少し突っ込んで描いても良かったのではないか…と感じた次第です。


 ちなみに――これは作者のあとがきでも触れられているためではありますが――作中で狸斎一行が、浜通りや浪江、相馬といった地名を旅する場面には、何とも言えない想いを抱いてしまうのですが…これは余談。

「御隠居忍法 刺客百鬼」(高橋義夫 中央公論新社) Amazon
御隠居忍法 - 刺客百鬼
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2012.04.04

「楊令伝 九 遙光の章」 国の終わりと興りに

 全体の2/3も間近となった文庫版「楊令伝」。ここに来て梁山泊の戦いは一つの大きな区切りを迎え、「国」を巡る戦いは新たな局面に踏み込むこととなります。

 いつ果てるとも知らず続いてきた梁山泊軍と童貫軍の決戦。しかしこの戦いにもついに終わる時がやってきます。
 来てみればあっけないような気もする(これは、本の構成によるところが大の気もしますが)戦いの決着――しかし、「水滸伝」から数えれば、本当に長い長い戦いでありました。
 宿敵との決着がついた後、楊令が涙を零し、梁山泊軍が弔意を表したその気持ちも、よくわかる気がいたします。

 しかし――これは作中でも語られていることではありますが――梁山泊の真の目的、為すべきことは官軍の、童貫の打倒ではありません。
 梁山泊に集った者たちの真の目的は、新たな国作り。腐敗しきった宋国を倒し、その先に自分たちの理想とする新たな国を作ることにあったはずです。
 巨大な敗北の先に始まった物語であるだけに、逆襲・勝利が最大の目的のように見えてきた本作ですが、しかし彼らの真の戦いはこれからなのであります。

 そして、これまでほとんど語られてこなかった新たな国の姿を、楊令は明確に言葉で表現してみせます。
 それは、民のための一種の自由貿易圏とでも言うべき存在――経済・物流により国を富ませ、維持していこうという、おそらくは当時においては破格の発想であります。

 なるほど、単に力によって宋を打倒し、そして近隣の諸国に渡り合っていくのには、今の梁山泊の力では限界があり、そして何よりも、いつかは宋と同じ轍を踏むこととなるのでしょう。
 そこにはこれまで梁山泊の力の支えとなってきた闇塩の道、そして新たに瓊英や李俊らが切り開いてきた文字通り海外との貿易があるのだと思えば、頷けるものがあります。

 しかしもちろん、何事も壊すよりも作る方が難しいのは言うまでもないことであり――古今東西、多くの革命が、その当初の目的とは大きく異なる道を歩むこととなったのもまた事実。
 そしてまた、最大の強敵は倒れ、宋の命運も風前の灯火とはいえ、いまだ岳飛ら各地に拠った軍があり、北には今や強大な勢力となった金国が存在しています。

 何よりも、童貫とならんで最大の敵であった青蓮寺は、宋の朝廷とは異なる方向に暗躍を始め、ほとんど確実となった宋国が倒れた後を見据えて動き始めています。


 一つの国が興り、一つの国が倒れつつある「その先」に何があるのか――ある意味、ここからが本編であります。

「楊令伝 九 遙光の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 9 遥光の章 (集英社文庫)


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2012.04.03

「拝領品次第 妾屋昼兵衛女帳面」 金と色と武士と

 盗賊に押し入られ、死者を出しながらも届け出を出していない商家の噂を聞き、不審を抱く妾屋昼兵衛。一方、仙台藩を致仕した大月新左衛門は、昼兵衛の口利きで両替商・分銅屋の用心棒になる。秋田の佐竹藩に多額の金を貸していた分銅屋を次々と襲う謎の賊の影。昼兵衛と新左衛門は、一連の事件の影に意外な繋がりがあることを知るが。

 上田秀人の新シリーズ「妾屋昼兵衛女帳面」の第2弾「拝領品次第」であります。

 前作「側室顛末」の事件の末、伊達家を致仕して浪人となった大月新左衛門は、昼兵衛の世話を受け、用心棒などで口を糊する毎日。そんなある日、両替商・分銅屋の用心棒となった新左衛門は、分銅屋の別宅で妾の警護役・妾番を務めることとなります。

 一方、江戸の町で、盗賊に押し入られ、死者まで出ながらも届け出を出していない商家があることを知った昼兵衛は、密かに調べを始めます。
 そして分銅屋にも盗賊が押し入り、用心棒が殺されたものの、やはり主人は被害を届け出ないという結果に…

 一見何の関係もないように見える事件は、意外な点で繋がり、新左衛門と昼兵衛は、再び大名家の裏側を巡る戦いに巻き込まれることとなります。

 (これは物語上、ほとんど冒頭から明かされているので書いてしまいますが)この繋がりというのがタイトルにも掲げられている拝領品の存在。
 神君家康公から諸大名家に下された様々な拝領品。通常であれば到底金銭的価値はつけられないようなこの拝領品が、ある目的のために使われて――という事情が、本作の事件を引き起こすこととなるのであります。

 上田作品では、徳川幕府の権力の争奪を描くのと平行して――というよりこの両者はコインの両面なのですが――しばしば描かれる大名家・武家の経済的窮状。
 それを逃れるために本作に登場する大名家が取った手段は、まさに「士道堕ちたり!」と嘆じたくなるものですが、貧すれば鈍す、なるほどこういうこともあろうか、と納得もしてしまう、妙なリアリティがあります。

 そしてそれに止まらず、そこから思いもよらぬ形で将軍家の権力争いに繋がっていくのは上田マジック。
 前作にも登場した将軍家斉に関するある史実がその背景にはありますが、本作で描かれるのは、その史実を逆手にとっての展開であるのには感心させられます。
(ちなみに、そこで暗躍する林出羽守が、本作の前の作者の作品である「奉行始末」では没落する姿が描かれているのが、何とも皮肉に感じられます)

 しかし、本作の最大の魅力は、そうした大名家や将軍家にまつわる暗闘を、妾屋という一見そうした大所高所の争いとは無縁の、しかしその実、それと密接に結びついた稼業の視点から描き出すことでしょう。
 前作に比べると、本作の二人の主人公と言える昼兵衛も新左衛門も、事件への絡み方はストレートではなく、一ひねりも二ひねりもあるのですが、それがまた面白い。

 単純に武家を悪、庶民を善とするような単純な視点に立つ作品ではありませんが、しかし権威権力にすがるあまり、人間として当然守るべき則を見失った者たちを断ずるに、昼兵衛と新左衛門の立場は有効でありましょう。

 上で述べたように、本作の中核となるアイディアが冒頭からほとんど伏せられていないため、先の展開がある程度見えてしまうというのが残念ではありますが(伏せられていれば、謎解きの楽しさもあったと思います)、異色な題材ながら、あくまでも上田作品として楽しませてくれる佳品であります。

「拝領品次第 妾屋昼兵衛女帳面」(上田秀人 幻冬舎文庫) Amazon
拝領品次第―妾屋昼兵衛女帳面〈2〉 (幻冬舎時代小説文庫)


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2012.04.02

「逃亡者おりん2」を見終えて

 さて、めでたく全11話完結した「逃亡者おりん2」。最終話と、全体を通しての感想であります。

 さて、ほぼ前回で百姓一揆を巡る物語は完結し、一回丸々使ってのエピローグ、という印象もあった最終回。
 それだけに単純なテンションという点では前回・前々回の方が高かったというのが正直なところですが、しかし、静かに、そして残酷に主人公二人の別れを描くというのも、この作品らしいと言えるでしょう。

 全てが丸く収まり、ハッピーエンド…と思わせておいて(いや、ファンにとってはそうならないことは百も承知なのですが)最後の最後で薄幸ぶりを発揮するあたり、実におりんさんらしいと言うべきでしょうか。
 母のように接してくれた(そして何事もなければ義母になったであろう)人物を亡くし、そして心を繋いだ誠之助が侍の世界の理不尽な力学に追い詰められたのを悟って、自らを討たせるように仕向ける…

 裏の世界に長く身を置いてきたおりんであれば、このような結末になることも、ある意味予想通りだったのかもしれません。それでも彼女がその運命からは逃れることをせず、誠之助に討たれることを選んだ心を、何と評すべきか。それは、決して悲しみだけではなかったのだと思いたいのですが――


 …さて、民放最後の連続時代劇という、おそらくは望まぬ十字架を背負わされて始まった本作。その称号が、果たして本作にふさわしいものであるかどうかは、賛否がわかれることでしょう。
 というより、ほとんど後者なのではないでしょうか(私も本作をこのブログで取り上げるに当たり、真面目な時代劇ファンの方に、嫌がられた記憶があります)。

 しかしそれもまあ、頷ける話ではあります。深夜の、それも30分枠という時間帯。そして何よりも、主人公は妙なレオタードを着たヒロインで、敵役は一番メジャーなのが福本清三という斬られ役集団…
 そのスタイルは、時代劇は時代劇でも、往年の特撮ヒーロー時代劇。これを時代劇の本道的に扱うことは、さすがの私でもできません。

 しかし、そんな拘りを捨ててしまえば、本作は非常に楽しかった、としかいいようがありません。
 もはや「怪人」と呼ぶにふさわしい剣草の面白キャラクターたちに、毎回異なるシチュエーションで「変身」してみせるおりん。
 そして――これは「逃亡者おりん」時代からそうでしたが――ほとんど様式美として確立されたパターンの存在もあって、ライブ感覚で何も考えずに見るには、実に楽しい作品であった、と断言できます。

 おりんを演じる青山倫子も、相変わらずと言えばその通りなのですが、誠之助とのやりとりでは、おりんが徐々に人間らしい…とうか可愛らしい表情も見せるようになる様を見せてくれたのが何よりの収穫と思います。
 そしてその誠之助を演じた渡辺大も、時々演出のぶれはあったものの、「芯の強いヘタレ」という、はまれば好感度大なキャラクターを好演。お約束とはいえ、終盤に近づくにつれ、もう一人の「逃亡者」であった彼が、武士として、男として成長していく姿は印象に残りました。

 とはいえ、やっぱりトホホな部分も多かったのも事実。
 特に、基本的に地味な展開が続いた中盤など、ストーリーの地味さ(もしくは粗さ)を、剣草の面白キャラぶりで強引に盛り上げていたという印象があります。
 お話の方も、前作に比べればスケールの小ささは覆うべくもなく(それはそれで申告なのですが)、やはりスケールダウンした感は否めません。

 それはそれで面白いのだけれども、もうちょっと考えようよ…と言いたくなるような展開を無邪気に楽しむのは、それはそれでいささか罪悪感を感じましたが、しかし様々な要素・状況を加除してみれば、決してマイナスにはならなかった作品だと、私は感じているところです。
 これが時代劇だ、と言うつもりはありませんが、これも時代劇だ、とは胸を張って言わせていただきたいと――


 さて、絶望の中から見いだした小さな希望の光をも失い、それでも生き延びてしまった(のでしょう、間違いなく)おりん。
 彼女の旅が続くということは、彼女の逃亡が、彼女の悲しみが続くということでもありますが――それでもやはり、続編を見てみたいという気持ちは間違いなくあるのです。


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2012.04.01

「逃亡者おりん2」 第11話 さらばおりんよ! 望月誠之助よ!

 誠之助とおりんの活躍で一揆はすんでのところで回避され、おりんは誠之助の実家で彼の母・加恵に歓待される。一方、脇田を斬り水谷にすり寄るものの拒否され、狩り立てられる剣草。剣草首領・酉兜幽玄は加恵を殺害、怒りに燃えるおりんは死闘の末に幽玄を倒し、剣草を壊滅させる。加恵の死を涙ながらに誠之助に詫び、藩から出て行くおりん。見送りに来た誠之助におりんが語ったのは…

 ついに最終回であります。ムシロ旗を押し立てた農民たちの前に現れたおりん、(弥兵衛の亡骸を抱いた)誠之助、そして水谷筆頭家老が真実を語ったことにより、一揆はアバンの時点で回避され、一件落着。
 いつものナレーションも「おりんの修羅の旅は終わるのか?」と語るのですが…

 弥兵衛の葬儀が行われる中、家に来てくれとおりんに言う誠之助。せめて母の手料理でも…て、親に紹介じゃないですか!
 一度は黙って姿を消そうとしたおりんですが、誠之助に強引に家に連れて行かれ、そして誠之助の母・加恵に歓待されます。

 娘らしい着物を着せられ、紅まで引いてもらって恥じらいとも喜びとも戸惑いともつかぬ表情を浮かべるおりん…
 彼女の前歴を考えれば、美しい装いも化粧も、幾度も経験したことでしょう。しかしこれほど優しく温かく迎えられたことはほとんどないはず。そんな人のぬくもりに触れたおりんさんは、間違いなく美しい!

 一方、前回のラストで雇い主であるはずの次席家老・脇田を斬った酉兜幽玄は、その髻を手土産に水谷のもとを訪れます。
 しかし、あっさりと主を変えようとする幽玄を水谷は拒否。あらかじめ控えていた警護の侍の槍から幽玄をかばって毒芹は壮絶死、幽玄はいずこかへ姿をくらまします。剣草を逃がすなと厳命する水谷ですが…

 その頃、加恵はおりんに対し、誠之助がおりんを好いていること、自分は病でもう先が長くないと語ります。その言葉にほだされて、しばらく滞在することを肯んじるおりんですが…そろそろ嫌な予感がして参りました。

 おりんが家にいると喜び勇んで出仕した誠之助を見送り(ぎこちない二人の空気が可愛らしい)、野に出た加恵とおりん。水を汲んでくるとおりんが離れた隙に、加恵の前に現れたのは幽玄…
 悲鳴を聞いて駆けつけたおりんが見たものは、幽玄に斬られる加恵でありました。

 薄が生える野原で対峙する、既にレオタード姿となったおりんと幽玄。バックに流れるは主題歌イントロ――
 「竜胆が啼いている…」啼いているのは竜胆だけではありません!

 そして正面から交錯する二人。しかし次の瞬間、竜胆を落として膝を突いたのはおりんの方でありました。
 嵩にかかって襲いかかる幽玄の刃をダブル「手鎖!」を交差させて受け止めるおりん。なおも押してくる刃の防御を右の手鎖一本に賭け、左の手鎖が「御免…」と幽玄の喉を抉る! いつもながらに見事な(?)顔芸で幽玄は斃れるのでありました。
「剣草、全て散らしました…」

 母の死を知って駆けつけた誠之助。涙ながらに加恵に死に化粧を施すおりん。
 しかし誠之助の表情に精彩がないのは、母の死のためだけではありません。おりんを置いておけなくなったという彼の言葉に、おとなしく従うおりんですが…

 国境まで送ってきた誠之助。しかしおりんは、水谷が彼におりんを斬れと命じられたことを察していました。藩の安泰のために知りすぎたおりんの口を封じるために…
 竜胆を抜いたおりんはあえて誠之助を挑発し、彼に斬りかかります。ついに抜き合わせる誠之助に対し、「母親を見殺しにした」と嘘までついて煽るおりん。

 そして振り下ろした誠之助の刃は彼女の頬を掠り、崖の下に転落するおりん…しかし誠之助はおりんの手を掴み、引き上げようとします。あくまでも彼女を生かすために。
 そんな誠之助に「おまえに会えて幸せだった」と涙ながらの笑顔を残し、おりんは自ら手を離して落ちていくのでした…

 そして、街道を一人去っていく渡世人姿の女。彼女はいずこへ――
(今回を含めた全体の感想は次回)


今回の剣草
毒芹

 常に酉兜幽玄に付き従う剣草副将。大太刀を背負っていたが、それを抜くこともなく、幽玄を逃がすために八幡藩兵の槍を全身で受けて斃れる。

酉兜幽玄
 剣草を率いる白髪の男にして最後の刺客。美濃八幡藩次席家老・脇田に雇われ、不正に手を貸していたが、脇田を見限り、水谷に付こうとする。
 しかし水谷に拒まれて逃走、恨み重なるおりんを殺すために最後の勝負を挑むが、ダブル手鎖で刀を受け止められ、左の手鎖に喉を貫かれた。


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