「楊令伝 九 遙光の章」 国の終わりと興りに
全体の2/3も間近となった文庫版「楊令伝」。ここに来て梁山泊の戦いは一つの大きな区切りを迎え、「国」を巡る戦いは新たな局面に踏み込むこととなります。
いつ果てるとも知らず続いてきた梁山泊軍と童貫軍の決戦。しかしこの戦いにもついに終わる時がやってきます。
来てみればあっけないような気もする(これは、本の構成によるところが大の気もしますが)戦いの決着――しかし、「水滸伝」から数えれば、本当に長い長い戦いでありました。
宿敵との決着がついた後、楊令が涙を零し、梁山泊軍が弔意を表したその気持ちも、よくわかる気がいたします。
しかし――これは作中でも語られていることではありますが――梁山泊の真の目的、為すべきことは官軍の、童貫の打倒ではありません。
梁山泊に集った者たちの真の目的は、新たな国作り。腐敗しきった宋国を倒し、その先に自分たちの理想とする新たな国を作ることにあったはずです。
巨大な敗北の先に始まった物語であるだけに、逆襲・勝利が最大の目的のように見えてきた本作ですが、しかし彼らの真の戦いはこれからなのであります。
そして、これまでほとんど語られてこなかった新たな国の姿を、楊令は明確に言葉で表現してみせます。
それは、民のための一種の自由貿易圏とでも言うべき存在――経済・物流により国を富ませ、維持していこうという、おそらくは当時においては破格の発想であります。
なるほど、単に力によって宋を打倒し、そして近隣の諸国に渡り合っていくのには、今の梁山泊の力では限界があり、そして何よりも、いつかは宋と同じ轍を踏むこととなるのでしょう。
そこにはこれまで梁山泊の力の支えとなってきた闇塩の道、そして新たに瓊英や李俊らが切り開いてきた文字通り海外との貿易があるのだと思えば、頷けるものがあります。
しかしもちろん、何事も壊すよりも作る方が難しいのは言うまでもないことであり――古今東西、多くの革命が、その当初の目的とは大きく異なる道を歩むこととなったのもまた事実。
そしてまた、最大の強敵は倒れ、宋の命運も風前の灯火とはいえ、いまだ岳飛ら各地に拠った軍があり、北には今や強大な勢力となった金国が存在しています。
何よりも、童貫とならんで最大の敵であった青蓮寺は、宋の朝廷とは異なる方向に暗躍を始め、ほとんど確実となった宋国が倒れた後を見据えて動き始めています。
一つの国が興り、一つの国が倒れつつある「その先」に何があるのか――ある意味、ここからが本編であります。
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