「象印の夜 新・若さま同心徳川竜之助 1」 帰ってきた若さまの最悪の一日
辻斬りが江戸の夜を騒がす中、南町奉行所の同心たちがフグに当たって倒れてしまった。そこに象に踏みつぶされたという男の死体が発見され、ただ一人無事だった竜之助が単身探索にあたることに。しかし、その後も次から次へと怪事件・珍事件が発生、食うものも食わず奔走する竜之助が知った真相とは!?
若さま同心が帰ってきました。田安家の十一男坊・徳川竜之助が、福川竜之助と名乗って南町奉行所の同心見習いとなって大活躍――という「若さま同心徳川竜之助」シリーズが、「新」の字を冠して復活したのであります。
ここで正編をご覧になっていた方は驚かれるかもしれません。正編の方は全13巻できっちり完結、後日譚までしっかり語られているのですから…
果たしてあの後にどう続けるのか!? と思いきや、今回描かれるのは、正編の第2巻から第5巻の間を舞台とした物語。竜之助が葵新陰流の秘剣・風鳴の剣を振るって活躍していた頃を舞台とした、いわゆる「語られざる事件」なのであります。
正直に言って、この設定を知った時には、私としては複雑な想いがありました。確かにこのシリーズは私も大好きですが、しかしシリーズの魅力の一つは、竜之助が遣う葵新陰流を狙う数々の剣客との対決や、流派そのものに潜む秘密といった、タテ糸の部分にあったことも事実。
そのタテ糸を欠いた状態で果たして…と思ったのですが、しかし私があさはかでありました。個々の事件というヨコ糸の部分だけでも十分面白い、いや、猛烈に面白いのであります。
さて、本作の最大の特徴は、竜之助が挑む事件が、次から次へとひっきりなしに起きることであります。
象に踏みつぶされて死んだという男と、その近くで殺されていた夜鳴蕎麦屋。行方不明となった蜂須賀家の姫君や辻斬りの下手人探し――
ハウダニット、ホワイダニット、フーダニット…とにかくあやうく両手の指で数え切れなくなりそうな数の、それも様々なタイプの謎が入り乱れて登場するのであります。
それに挑むことができるのが、夜食に用意したフグ鍋に当たったという情けない理由で、南町奉行所常町廻り同心がほぼ壊滅状態となったため、竜之助ただ一人(正確には違うのですが、まあ戦力になるかと言えば…)という設定も実に楽しい。
かくて我らが竜之助は、復活早々、ほとんど二昼夜ぶっ続けで事件の謎に挑むことになります。
実は正編の方は、1冊辺り4話程度の事件から構成される、連作短編集的なスタイルを取っていたのですが、本作では1冊通して一つの…いや一塊の事件を追うという構成。
それが物語に良い感じの複雑さ、というか混沌ぶりを与えてくれて、ミステリとして見ても実に面白い作品となっているのであります。
ちなみに、一つの長大な続きものとしてのタテ糸がないということが、後に引けない1冊勝負(?)的な状況に繋がり、それが上記の複雑さを生み出しているのも実に興味深いことであります。
そしてもう一つ、シリーズのファンにとって楽しいのは、本作において、竜之助を取り巻くヒロインの一人であったやよいのキャラクターの掘り下げが行われていることです。
福川家の女中、実は田安家のくノ一というやよいは、「色気の征夷大将軍」(竜之助談)というほどの色気たっぷりの女性。彼女と一つ屋根の下で暮らす竜之助は、しばしばクラクラしていたものですが、さて彼女が竜之助のことを普段どう思っていたかは、正編の方では描かれなかった部分であります。
それが本作においては、一部のパートが、やよい視点で描かれることになります。
これは、実は正編が完結して初めて可能になる構造なのですが、単純に時間を遡ったように見せて、こうした続編ならではの仕掛けを用意している辺り、なんとも心憎いではありませんか。
そんなわけで、最初に感じた想いはどこへやら、最後までニコニコ顔のまま読み終えた、いや読まされた本作。
まさに「群盲象を撫でる」を地でいく内容でいて、その「象」が、「国家」や「時代」という目で見えるようでいてどうにもつかめない存在の象徴としても読むことができる辺りも実に見事、としか言いようがなく、まさに脂の乗りきった作者ならではの作品としか言いようがありません。
こういう復活は大歓迎、さあ次の巻を…と、早くも期待してしまうのであります。
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