「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
家の借金を返済するための江戸からの出稼ぎから帰ってきた庄三郎は、金を叔父にだまし取られ、村にいられず江戸に戻ってきた。生きる気力を無くしぶらぶらしていた庄三郎が出会ったのは、曰く付きの品ばかり扱う古道具屋・皆塵堂の店主・伊平次だった。皆塵堂に転がり込んだ庄三郎が出会うのは…
輪渡颯介の人情古道具ホラー「古道具屋 皆塵堂」が帰ってきました。
皆塵堂は、江戸は深川にある古道具屋。商売よりも釣りが好き、という主人の伊平次の性格を反映したように、とんでもなく雑然とした店であります。
そしてこの皆塵堂、伊平次がものに拘らない故か、集まる品には曰くつきの品――要するに、憑いていたり祟られていたりの品――が妙に多い。そもそも、店自体がかつて住人が殺されたという曰くつきの家を使っているという時点でどうかと思いますが…
前作では、そんな色々と曰くつきの古道具屋を舞台にした面白恐ろしい騒動の数々が描かれたのですが、それは本作でも同様です。
前作の主人公で、実家の道具屋を継ぐために皆塵堂に修行に来ていた太一郎は今回は脇に回り、今回新たに登場するのは、この世の不幸を一身に背負ったような青年・庄三郎。
農村生まれの彼は、家の借金と病気の母を背負って幼い頃から働き詰め、叔父の勧めで嫁をもらい、江戸に出稼ぎに出て散々苦労して帰ってみれば――稼ぎと財産は全て叔父に騙し取られ、嫁も実は叔父の女。叔父は村の者からも借金を重ねて姿を消し、母も寂しく病死…
全く、書いていても気が滅入るような不幸の連続ですが、絶望の果てに江戸に出て、お堂で寝泊まりしているうちに、丑の刻参りの女を目撃してしまった彼は、それがきっかけで皆塵堂を訪れ、伊平次の勧めで居候することになる…というのが冒頭の「丑の刻参りの女」のあらすじ。
以降、本書には全部で5つのエピソードが収録されています。
潰れた鰻屋の店主がライバル店に呪いをかけた掛け軸の顛末を描く「曰く品の始末の仕方」。
太一郎の親友の魚屋・巳之助が、映した人間に憑いたものが見えるという鏡で見た庄三郎の姿「憑いているのは」。
百姓の家から引き取った古道具にまつわる二つの死体の謎を解く「頭の潰れたふたつの屍体」。
そして店に引き取られた猫道具の怪を通じて、庄三郎がこの世の幸と不幸の在り方を知る「猫除け根付」。
どれも、それなりにイイ話ではあるのですが、それに勝るとも劣らぬ「コワい」話なのが、本作の、いや本シリーズの一つの特徴と言えましょうか。
最近は妖怪や怪異を可愛らしく、ユーモラスに描く作品も少なくありませんが、本作の各エピソードで庄三郎が経験する怪異の数々は、真剣に怖い――それも、かなり厭なベクトルの怖さであります。
そしてその怪異は、天然自然のものではなく、皆、人の心が生み出したものなのです。
しかし、人の心が真実に恐ろしければ恐ろしいほど、それだけではない、そしてそれに負けない人の心の善き部分の存在もまた、真実のものとして感じられるのではないでしょうか。
確かにそれは甘い考え方かもしれません。しかし本作で曰く付きの古道具を通じて描かれるのは、人の世の恐ろしさだけでなく――そしてそれがあるからこそ感じられる――人の世の美しさでもあることは、間違いありません。
イイ話だけでなく、コワい話だけでなく――その両方を求める方にお勧めできる、ユニークな作品であります。
「猫除け 古道具屋 皆塵堂」(輪渡颯介 講談社) Amazon
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