「蝶獣戯譚Ⅱ」第2巻 彼女たちの瞳に映るもの
表の顔は吉原の太夫・胡蝶、裏の顔ははぐれ忍びを狩る狩人・於蝶の孤独な戦いを描く「蝶獣戯譚Ⅱ」、この第2巻からは彼女の宿敵であり、そしてかつての恋人であったはぐれ忍び・一眞を向こうに回しての吉原攻防編が描かれることとなります。
同じ見世の女郎の中にキリシタンがいることを知った於蝶。その女郎の後をつけた於蝶の前に現れたのは、神父姿の端正な、しかし異様な空気を漂わせた男、次兵衛――またの名を金鍔次兵衛!
と、その名を聞いただけでテンションが上がってしまうのはごく一部の人間かと思いますが、この人物はその神出鬼没ぶりから、キリシタンの妖術師ではないかとまで言われ、半ば伝説化した人物。
時代ものに登場する機会はかなり少ないのですが、ここでこの人物を持ってくるチョイスというのが嬉しいのであります。
しかし次兵衛は九州で活動していた人物。それが、何故江戸の、それも吉原をターゲットとするのか?
本作ではその問に、沢野忠庵を持ち出すことで答えているのが面白い。沢野忠庵は、金鍔次兵衛に比べると有名な人物であり、時折伝奇時代ものにも登場するため、ご存じの方も多いでしょう。沢野忠庵、本名をクリストファ・フェレイラ――転びバテレンにして、幕府の切支丹取り締まりに協力したという人物であります。
次兵衛は裏切り者フェレイラを殺すために彼を追って江戸に現れ、幕府側は神出鬼没の次兵衛を捕らえるための餌としてフェレイラを使い――ただし、表向きは次兵衛は死んだことになっているので、裏の世界である吉原の狩人たちが狩り出される、という設定も、なかなか面白いシチュエーションであります。
しかし、於蝶にとっては、次兵衛を追うもう一つの理由があります。それは、於蝶のかつての男であり、そして今ははぐれ忍びの首領格となっている男・一眞が次兵衛と結んでいること。
「蝶獣戯譚」の一作目でも吉原を狙い、於蝶の妹分を操って於蝶とはぐれ忍びたちを揺さぶった一眞。今回は、切支丹を装った非道な押し込みを働く彼の真意は…
そう、今回の吉原攻防編の横糸が、狩人と隠れ切支丹の戦いとすれば、縦糸となるのは於蝶と一眞の、狩人とはぐれ忍びの――いや、それを超えた、女と男の対決であります。
もとより一眞を討つためにはぐれ忍びとなったという於蝶も闘志を燃やすのですが、しかし、たとえ憎しみのみが残るようでいても、割り切れないのは彼女の心。そして冷静さを欠いて揺れ動く彼女の心をさらに傷つけるように、驚くべき裏切りが彼女を襲うこととなるのですが…
正直なところ、この第2巻が発売されてから、こうして紹介を書くまで少々間が空いてしまったのですが、それは実に、今回於蝶を襲う運命があまりにキツく、気持ちを整理するために時間がかかってしまったためであります。
感情移入しすぎ、と笑われるかもしれませんが、しかし本作には、特にその絵には、それだけの力があります。
本作で非常に印象的に感じられる、登場人物たちの瞳――於蝶の黒く感情を殺した瞳、一眞のギラギラと欲望に輝く瞳、次兵衛の感情の読めぬ、そして時として激しすぎる感情を示す瞳、忠庵の全てを喪ったような虚無の中にある瞳。
その瞳にこれからどのような悲劇が映し出されることとなるのか。考えるだにキツいものがありますが、しかしそれから目を背けずに、於蝶の戦いの行方を見守りたいと思います。
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