「拳侠 黄飛鴻 日本篇」(その二) 黄飛鴻と日本のライバルたち
前回の続き、「拳侠 黄飛鴻 日本篇」の続きです。
黄飛鴻の前に立ち塞がる日本側の強敵――忍者・力士・侍。その正体とは…
甲賀流忍術の使い手の警官・藤田森之助は、「最後の忍者」と呼ばれた藤田西湖の父であり、捕縛術の名人で「藤田刑事は鬼より怖い」と謳われたという人物。
横綱・大砲万右衛門(作中ではただ「大砲」と表記)は、昭和末期に破られるまで史上最長身194cmの記録を持つ横綱で、同時に引き分け率の高さで知られた「分け綱」。
そしてテロリスト剣術家とは伊庭想太郎――あの隻腕の剣士・伊庭八郎の弟であり、心形刀流第10代を継いだ最後の剣客…
いやはや、黄飛鴻vs忍者・力士・侍と、いかにも香港映画らしい(?)色物対決と思わせておいて、アレンジはもちろんあるものの、しっかりと時代背景を踏まえた人物を配置してくるのには舌を巻きます。宮崎滔天や内田良平、平山周など、その他の登場人物もほとんどが実在の人物で、本作がネタのインパクトのみに頼った作品でないことが窺えるのです。
もちろんそこには、本作なりのアレンジはあります。特に内田良平は日本側の悪役を一手に引き受けさせられた感があり、その辺りは残念ではありますが、そこは創作としての許容範囲として見るべきでしょう。
(ちなみに、刊行時に読んだ時には、私はこの辺りの知識が薄かったため、今ひとつ燃えられなかったのがつくづく悔やまれます)
もっとも、残念な部分が皆無というわけではありません。
その最たるものは、本作のラストで黄飛鴻と対決する伊庭想太郎の掘り下げの不足でしょう。
一歩間違えれば時代遅れの武術を修めつつも、その価値を信じ、愚直なまでに己の道を貫く――そしてそれがやがて周囲の人々を動かしていく――黄飛鴻。かたや、剣術の世界ではサラブレッドというべき存在でありながら、文明開化の世で己の腕を生かす道を失い、殺人者としてその生を閉じることとなる想太郎。
この二人が、ある意味対照的な人物として――そしてワンチャイファンであれば、想太郎の姿にシリーズ第1作の悲劇の武術家・巖振束を重ねることでしょう――描かれることとなるのですが、しかし、それにしては想太郎の扱いが少々軽く(それだけ本作が盛りだくさんということなのですが)、厳しい言い方をすればポッと出の敵役に見えてしまうのであります。
行方不明となっていた十三姨が保護されていた先が実は――というシチュエーション作りは実にうまいだけに、この辺りは実に勿体ない、というほかありません。
想太郎という影が深いほど、黄飛鴻の生き様もまた輝くはずなのですから――
と、瑕疵がないわけではないのですが、しかし、本作にはそれを補って余りある魅力があることも、また事実。
黄飛鴻が両手を大きく広げた「龍手双形」の構えをとった、と書かれるだけで、頭の中にワンチャイのあの勇壮なテーマ曲が流れる私のような向きには、必読とも言える作品であります。
そして本作はこの後、「広州篇」「満州篇」と続いていくこととなるのですが…そちらももちろん、近日中に紹介したいと思います。
「拳侠 黄飛鴻 日本篇」(東城太郎 中央公論新社C・NOVELS) Amazon
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