「墨痕 奥右筆秘帳」 新たなる戦いか、それとも…
上田秀人の代表作「奥右筆秘帳」シリーズも、ついに巻数二桁の大台に乗りました。
鷹狩りの場での将軍襲撃というクライマックスがあった前の巻に続き、この第10巻「墨痕」でも物語に更なる動きが発生し、物語がどこに向かうのか、いよいよ状況は混沌として参りました。
鷹狩りの場での寛永寺お山衆による将軍家斉襲撃という大事件で、家斉を護って活躍した衛悟。
その功績で衛悟の実家・柊家も、立花家も加増の沙汰があり、衛悟の立花家婿入りも確定と、衛悟と併右衛門にとっては、まずは良いこと尽くめの展開で、長かった衛悟の苦労もついに報われた…とこちらまで嬉しくなってしまう展開であります。
(そして彼以上に喜んでいる瑞紀さんが可愛らしい)
しかし好事魔多しと言うべきか、将軍の座を狙う敵の次なる魔手は、すぐそこまで迫っています。
遅々として進まぬ寛永寺のやり方に業を煮やした京より、新たな敵が登場。表の顔は衛悟の良き友人であり、裏の顔は寛永寺お山衆のリーダーたる覚禅を使い、家斉に必殺の罠を仕掛けます。
(しかし新たに登場した幹部クラスの敵の前に、それまでの幹部が命を賭けた最後の戦いを挑むという展開は燃えますね)
鷹狩りでの襲撃に失敗し、警護を固めた家斉を江戸城外に誘き出すのが不可能であるのならば、江戸城内、それも将軍が最も無防備な大奥で討つ他なし。
というわけで、本作のクライマックスでは、大奥を舞台として暗殺の刃が家斉に迫るのですが…
鷹狩りはともかく、さすがに大奥に衛悟が飛び込むわけにはいきません。それではクライマックスは主人公二人は無関係なのか…と思いきや、意外な形――それも本作ならではの――で陰謀を察知し、それを防ぐために動くという展開が実に面白い。
この辺りの展開の妙は、奥右筆という特異な職を主人公の一人とする本作ならではという他なく、この点が本作の大きなアドバンテージであると、再確認した次第です。
もちろん、文のサイドだけでなく、武のサイドの物語も面白い。今回は、最近出番の少なかった印象のある冥府防人が、意外な敵を迎えて死闘を繰り広げることとなり、衛悟の正当派剣術とはまた異なる忍者の戦いというものを、堪能させていただきました。
(また、クライマックスの戦いでは、上田ファンではニヤリとさせられる名前のキャラが登場。この辺りも嬉しいところです)
さて、物語の方は新たなる敵を向かえると同時に、幾人かの敵が消え去ることとなります。
これが新たな戦いの始まりなのか、はたまた戦いの終わりの始まりなのか――
それはもちろん、今はわかりません。わかるのはただ一つ、まだまだ併右衛門と衛悟が平和に暮らせる日は遠い、ということでありましょう。彼らには申しわけないのですが、我々にとっては楽しみなお話ではあります。
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