「伏 贋作・里見八犬伝」(その一) 少女狩人は江戸を駆けめぐる
江戸で「伏」と呼ばれる半獣人による凶悪な事件が頻発していた。まだ若いが腕利きの猟師・浜路は、江戸に出て浪人の兄・道節とともに伏狩りを始める。そんな彼女たちの活躍を瓦版にする怪しげな青年・冥土と出会った浜路は、伏の起源にまつわる「贋作 里見八犬伝」なる奇怪な物語を聞かされる…
この秋に「伏 鉄砲娘の捕物帳」のタイトルでアニメ化される「伏 贋作・里見八犬伝」を遅まきながら読みました。
まさに「南総里見八犬伝」が完結間近の江戸時代後半を舞台に、犬の血が混じっているという言われる凶暴な者たち「伏」を狩るために江戸中を奔走する少女と兄の活躍を描く活劇(…というのが表向き)である本作。
敵役である「伏」の面々に、信乃・現八・毛野…と、八犬士たちの名前が取られており、そしてそれに抗する主人公の名が浜路、兄は当然(?)道節というのにまず驚かされますが、しかし本作の仕掛けはそれだけに留まりません。
浜路(そして「伏」)に何かとつきまとい、彼女の活躍を瓦版にして売る変わり者の青年・冥土――実は彼は、「南総里見八犬伝」の作者である滝沢馬琴の子であり、父とは微妙な距離を取っている、いわゆる不肖の子。
(ちなみに記録に残る馬琴の男子はこの時既に亡くなっているので架空の存在と思われますが、それはさておき)
そして父の八犬伝執筆の際に彼が安房に取材し、それを元にまとめたもう一つの八犬伝が「贋作・里見八犬伝」であり、「伏」たちの出自を語る物語なのです。
本作は、大きく分ければ二つのパートに分かれます。浜路が伏を向こうに回して活劇を繰り広げるパートと、冥土が記した「贋作・里見八犬伝」の内容を記したパートと…(さらに後半には、伏の信乃が語る自身の物語のパートも加わりますが)。
すなわち、「南総里見八犬伝」という物語を柱として、虚実が縦横に入り乱れる物語――本作は、そんな作品なのであります。
その本作で中心となるのは、もちろん、鉄砲片手に山から出てきた少女狩人・浜路の活劇であることは間違いありません。
「南総里見八犬伝」の儚げな浜路とは全く対照的に、まだ幼いながら狩人としての魂を持ち、山だしならではの物怖じしない活発さで獲物に向かって突き進んでいく彼女の暴れっぷりは、なかなか痛快。
吉原を、江戸の地下に張り巡らされた地下通路を、そして江戸城内部を、伏を追って彼女が縦横に駆け巡る様は、呑気でだらしないがいざという時には頼りになる兄・道節との掛け合いも楽しく、この辺りはさすがにこの作者ならでは、と言えます。
しかしそんな痛快なエンターテイメントの皮を被りながらも、その下で「八犬伝」という物語、そして人間という存在にまで踏み込んだ物語を描き出すのが、本作の曲者たるゆえんでしょう。
ある意味本作のメインであり、そして私が浜路の活躍以上に大いに興味を引かれた部分――それこそが、冥土が記す「贋作・里見八犬伝」のその内容です。
安房国を治める里見義実に一人の娘が生まれた。森の民の占い師から呪いの子と呼ばれた彼女を、伏姫と名付けた義実。美しくも男勝りに育った伏姫は、己に似ない醜い弟・鈍色と激しく憎み合うが、二人の前に八房という犬が現れた。鈍色から八房を奪った伏姫だが、彼女と八房を数奇な運命が結びつける…
このようなあらすじの「贋作」。これだけ見れば(鈍色の存在はあるものの)、我々のよく知る八犬伝の発端と、大きくは異ならないように思われます。しかし…
長くなりますので、次回に続きます。
「伏 贋作・里見八犬伝」(桜庭一樹 文藝春秋) Amazon
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