「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
ある日、「お願いです、助けて下さい」と書かれた、しかもと五月十日までと日時を切られた木札を手にした若だんな。折しも江戸では美女の顔を雛人形のモデルにする「雛小町」の評判で持ちきり。そんな中、誰が書いたかわからぬまま、持ち主を助けようとする若だんなのもとに、人間から妖怪から、様々な相手が助けを求めに来て…
相変わらず好調の「しゃばけ」シリーズ第11弾は「ひなこまち」。最近のシリーズは、短編集でありつつも、そこに収められた作品がある種の繋がりを持つという趣向ですが、それは今回も変わりません。
ある日、誰が書いたかわからない、しかし助けを求める木札を手に入れた若だんなこと長崎屋の一太郎。
相変わらずの虚弱体質で何かあると寝込んでばかりの若だんなですが、そんな自分でも誰かの助けになれば…と、木札の主を助けることを決意する若だんなのもとに持ち込まれた、5つの難事件珍事件を本書では描くこととなります。
そしてもう一つ、本書の物語を貫くのが、タイトルとなっている「ひなこまち」=雛小町。江戸一番の美女の顔を写した雛人形を作るという一種の美人コンテストですが、雛人形が納められるのはさる大名家。
どうやら、雛人形は口実で、実は大名の側室捜しらしいという噂で、江戸の町は大騒ぎとなってしまいます。
そんな中で描かれる5つの物語は、以下の通りであります。
若だんなの数少ない人間の友達が相続した船箪笥の引き出しが開かないことから始まる騒動「ろくでなしの船箪笥」
落語家が高座で何者かに斬りつけられた事件をきっかけに、江戸の町でおかしな事件が頻発する「ばくのふだ」
雛小町捜しを当て込んだ古着売りから古着を盗む一味を若だんなと妖怪たちが追いかける「ひなこまち」
花見に出かけた若だんなの前に、河童の禰々子が持ち込んだ秘薬が元で大騒動となる「さくらがり」
そして再び河童の秘薬がもとで不思議な世界に引っ張り込まれた若だんなが助けを求める相手と出会う「河童の秘薬」
正直なところ、若だんなが(結果的にせよ)人助けをするというのは、あまり珍しいことではないような気もいたします。個々の事件の謎解きも、さほど入り組んだものではなく、その意味では、人助けという要素は、さまで大きいものには感じられないのは、個人的には残念な点ではありました。
その一方で、若だんなと妖怪たちの大騒ぎは相変わらず――いや、今回は物語の性質上、若だんなが表に出ることも多いためか、フォローする妖怪たちの出番も多く、今まで以上にドタバタ騒動が繰り広げられている感があり、キャラクター小説としては相変わらず楽しい作品となっています。
その意味では相変わらずのアベレージヒッターということで、ファンであれば安心して楽しめる一冊ということができるでしょう。
個人的には「ばくのふだ」の冒頭、怪談で評判の落語家(何故か目かつらをつけていて素顔が見えない)が高座で怪談を語る最中、「何故その話を知っているのか」と侍が斬りかかり、噺の結末はわからないまま、騒動の中で両者とも姿をくらましてしまう――
という、いかにも江戸怪談にありそうなエピソードが非常に面白く、この辺りは師匠譲りの作者の技だなぁ…と嬉しく感じた次第です。
ちなみに、初登場が「ゆんでめて」の一編と、ちょっとややこしい立場だったために今後の登場が危ぶまれていた(?)禰々子河童は、何事もなかったようにすんなりと再登場。
いささか拍子抜けしましたが、兄やたちと正面から腕っ節でやりあえる豪快さは相変わらずで、これはこれで大いに歓迎すべきでしょう。
「ひなこまち」(畠中恵 新潮社) Amazon
関連記事
しゃばけ
「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
「やなりいなり」 時々苦い現実の味
「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊
| 固定リンク
コメント