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2012.07.26

「化粧の裏 御広敷用人 大奥記録」 嵐の前の静けさか?

 吉宗の命を受け、徳川綱吉の養女・竹姫のことを探るべく京に向かった水城聡四郎主従。吉宗と敵対する大奥側についた御広敷伊賀者の襲撃を受けつつも京に着いた聡四郎を、さらに伊賀の里からの刺客が襲う。果たして竹姫の身に、そして彼女が嫁するはずだった会津松平家に秘められた秘密とは?

 勘定吟味役から、御広敷用人へと転身を遂げた(遂げさせられた)水城聡四郎の戦いを描くシリーズ第2弾「化粧の裏」が早くも刊行されました。
 将軍就任直後、幕政建て直しの手始めに大奥潰しを狙う徳川吉宗と、それに抵抗する大奥との間の暗闘に巻き込まれた聡四郎は、今回もまた、命がけの戦いを繰り広げることになるのであります。

 本作の中心となるのは、五代将軍綱吉(正確にはその側室)の養女として江戸城に暮らす清閑寺家の姫・竹姫。
 はじめ会津藩主・の嫡子・松平久千代と、次いで有栖川宮正仁親王と婚約 するも、次々と婚約者が早逝し、未婚のまま未亡人のような暮らしを送る毎日の彼女を巡る謎が、本作を、本シリーズを動すことになります。

 後に浄岸院と呼ばれる竹姫は、もちろん実在の人物。本作で語られるように(そしてそれ以降もまた)波乱に富んだ人生を送った女性であります。
 その彼女を、正室を亡くした吉宗が継室に望んだことから、事態はややこしいこととなります。綱吉の養女である竹姫は、形だけとはいえ吉宗の大叔母。果たして彼女を継室に迎えることができるのか。そして、彼女の人生に陰を落とす婚約者の早逝に裏はあるのか……
 それを探ることとなった聡四郎は、江戸を離れ、京に向かうこととなります。

 最近は江戸を舞台とすることがほとんどの上田作品において、京(とそこに向かう道中)を舞台とし、そして事件は吉宗絡み、とくれば、上田ファンとしては、作者の出世作である「竜門の衛」を思い出して懐かしくなってしまうのですが、それはさておき――

 もちろん聡四郎の旅が平穏無事に済むはずがなく、その道中に襲いかかるのは、大奥側についた御広敷伊賀者。さらに、聡四郎手強しと見て彼らの助っ人に雇われた、伊賀の里の藤林家配下の忍びたちが、聡四郎の敵に回ります。
 武士とは全く異なる戦い方を見せる伊賀者に対し、聡四郎とその家士にして弟弟子である大宮玄馬がいかに挑むか、それが本作の見所の一つと言えるでしょうか。
(一方、これまでの作品では、ほとんどの場合単なる悪役、消耗品として描かれることがほとんどだった伊賀者側にも、彼らの辛く切ない立場を描くドラマがあるのもまた目を引きます)


 …とはいえ、本作は全般的に嵐の前の静けさ、という印象。剣戟面でもドラマ面でも動きは控え目で、シリーズの一編としてはわからなくないものの、一冊の作品として見れば、食い足りない部分があるのは否めません。
 何よりも、竹姫に関してほとんど何も進展がなかったように見えてしまうのが一番引っかかる点で――これから徐々に明かされていくであろうものであることはわかるのですが、聡四郎が京まで行ってきただけに、いささか残念だったと感じます。

 本作で語られる、会津松平家/保科家代々の戒名に隠された秘密には大いに驚きかつ納得させられただけに、なおさらこの点は勿体なく感じられた次第です。


 しかし物語は始まったばかりではあります。
 幕府のドラスティックな改革を目指す吉宗ではありますが、その基盤はまだまだ脆く、大奥に、かつて将軍を争った者たちの中に、そして彼の実家である紀伊徳川家にまでも、敵は存在します。
 聡四郎の戦いはこれからが正念場。戦いが本格化し、様々な謎と秘密が語られるであろうこれからの展開の中で、彼の、そして本シリーズの真価が問われることになるのでしょう。
 もはや一瞬たりとて気を抜いてはいられないのであります。

「化粧の裏 御広敷用人 大奥記録」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
化粧の裏: 御広敷用人 大奥記録(二) (光文社時代小説文庫)


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