「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版」 文庫書き下ろし時代小説の現在と未来
久々に宣伝混じりで恐縮ですが、宝島社から「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版」が発売されました。
タイトルから想像がつくかも知れませんが、いわば「このミステリがすごい!」「このライトノベルがすごい!」の時代小説版とも言うべき、2012年度の文庫書き下ろし時代小説ガイドブックです。
「このミス」等がそうであるように、本書もまた、ランキング企画を中心に構成されています。
書評家・ライター・書店員を中心とした選者(私も選者の末席に加えていただいております)がそれぞれ6作品を選んで投票し、その結果を「2012年度文庫書き下ろし時代小説ランキング」発表するとともに、トップ20作品ガイドが掲載されています。
以降、ランキング上位作家インタビューや、各出版社による「我が社のイチオシ&隠し玉」と、このミスでもお馴染みの企画が並びますが、面白いのは、「佐伯泰英徹底ガイド」というコーナー。
もはや殿堂入りと言っても差し支えない作者だけに、実は上記のランキングでは投票対象外(ちなみに、その他にも発行元である宝島社の作品も対象外となっています)となっており、佐伯作品オンリーのランキング&12作品紹介を用意する…という趣向であります。
そして巻末には「文庫書き下ろし時代小説完全ガイド」として58作品の紹介が並び、ランキング20作品+佐伯作品12作品+この58作品と、実に90作品が本書においては収録されています。
実は私も、この紹介記事のうち、
上田秀人「奥右筆秘帳」「お髷番承り候」「闕所物奉行 裏帳合」「大奥同心・村雨広の純心」「妻は、くノ一」「姫は、三十一」、片倉出雲「勝負鷹」、楠木誠一郎「武蔵三十六番勝負」、澤見彰「はなたちばな亭」、翔田寛「忍者侍☆らいぞう」、高橋由太「もののけ本所深川事件帖オサキ」「つばめや仙次ふしぎ瓦版」「ぽんぽこもののけ江戸語り」、千野隆司「戸隠秘宝の砦」、築山桂「左近 浪華の事件帳」、鳴海丈「お通夜坊主龍念」「ご存じ大岡越前」、米村圭伍「ひやめし冬馬四季綴」
の各シリーズ・作品の紹介を担当させていただいておりますので、ご覧いただければ幸いです。
さて、私事(?)はさておき、本書は非常に興味深い内容を含んでいます。
その興味深い点とは、ランキングの内容。投票によって選ばれたベスト20の作品が、正直に言ってなかなか意外なものが多いのであります。。
未見の方のためにも、ここでそのランキングの詳細を述べることはもちろんいたしませんが、いわゆる「文庫書き下ろし時代小説」と言ったときに浮かぶような「人情もの」「捕物帖(奉行所もの)」は――少なくとも全体の刊行点数に占めるこのジャンルの割合に比べれば――少なめで、むしろそれ以外のジャンルの作品、特に若手・中堅どころの作家の作品が多く含まれているように感じられるのです。
これはもちろん、私が後者の作品を特に好むことから目につくように思うだけかも知れません。また何よりも、選者受けする作品がそうした中に多く含まれていたから、という点が大きいようにも思います。
しかし、それでもなお、このランキングに見られるのは、「文庫書き下ろし時代小説」の多様化の姿でありましょう。これは多分に願望が交じっていますが、このランキング結果によって、今後の(文庫書き下ろし)時代小説シーンに、小さからぬ変動が生じるのではないか、とすら感じるのです。
そして「文庫書き下ろし時代小説」が、従来の時代小説読者層を広げたところにその隆盛の一因があるとすれば、これは決してネガティブなものではなく、更なる読者層の拡大に繋がっていくのではないか――私はそう感じます。
2012年という今の文庫書き下ろし時代小説の世界の姿を描き出したものであるのはもちろんのこと、この世界の未来の姿も予感させる…そんな一冊。
私が投票・作品紹介に参加させていただいたことは全く抜きにして、一時代小説ファンとして見てもおすすめできるガイドブックです。
「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版」(宝島社) Amazon
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コメント
「このミス」の時代小説版になるといいですね。「このミス」は実力があるのにあまり有名でない作家に福音をもたらしましたから。ゆくゆくは年末の「このミス」発売と同時の本屋のミステリコーナーの模様替え(笑)のように権威があるものになると良いですね。
投稿: JJJ | 2012.07.22 12:44
JJJ様:
まったくおっしゃるとおりですね。これまでなかったのがむしろ不思議なくらいです。
これからの時代小説の世界をより面白くしていってほしいものです。
投稿: 三田主水 | 2012.07.23 00:45