「風の王国 3 東日流の御霊使」 明秀の国、芳蘭の生
東日流からの援兵千人を率いて、明秀が渤海に帰ってきた。耶律突欲の手で周蘭が命を落としたことを知った明秀は、敵地・遼陽に乗り込む。一方、突欲のもとを逃れたものの、須哩奴夷靺鞨に捕らえられた芳蘭は、自らの生き方を見つめ直していた。契丹との激突が迫る中、人々の運命もまた大きく動き出す。
10世紀前半の中国大陸と日本を結ぶ一大歴史ロマン「風の王国」の第3巻が刊行されました。
第2巻で一端東日流に帰り、義勇兵を募るとともに、宿敵・耶律突欲の方術に対するために三人の御霊使を伴って渤海に戻ってきた明秀。
しかし彼のいない間、突欲の奸計によってヒロイン・芳蘭が彼の元に嫁がされることとなり、さらに彼女と入れ替わった姉・周蘭が突欲の手により討たれ…と怒濤の展開が続きます。
この巻では、明秀ら東日流の義勇軍がいよいよ活動を開始。突欲ら契丹軍と様々な形で激突を繰り返し、これまでの溜飲も幾分は下がるのですが…しかしもちろん、国と国との関係が、一度や二度の戦争の結果でどうにかなるものではないのは言うまでありません。
いや、それ以前に渤海の内部が一枚岩ではなく――いや、それどころか宮廷は事なかれ主義の人間が大半を占め、密かに契丹と通じる者まで存在する始末であります。
そんな中で、ややもすれば孤立無援になりかねない――事実、かつて日本から唐に派遣された兵は、そのまま彼の地に放り出されることとなり、その子孫が本作にも登場するのですから――東日流の義勇軍が今後どのような地位を占めることになるのか…それが、物語の行く先に、大きく影響することは間違いないでしょう。
実はこの巻の終盤、そのヒントとなるであろう、ある試みが描かれるのですが――未読の方のために詳細は伏せますが、これが実に面白いアイディア。
これはもしかすると、こちらの想像を超える形で明秀の国が描かれることになるのか? と密かに期待しているところです。
そして、国という巨大な存在の存亡が描かれる一方で、登場人物一人一人のドラマがきっちりと描かれていくのも、本作の魅力であります。
この巻においては、突欲のもとを逃れたものの須哩奴夷靺鞨の囚われ人となった芳蘭が、彼らとともに暮らすうちに、己の来し方行く末を見つめ直すことになる姿が、印象に残ります。
貴族の娘としてではなく、一人の人間として何が出来るか、何を為すべきか考え始めた彼女の姿は、国とは何か、政とは何かと考え始めた明秀とはある意味対照的であり、そこにこれからの二人の運命というものが垣間見えるような気がいたします。
そしてもう一人、意外なまでの運命の変転を味わう人間がいるのですが――こちらについては、これからの物語の行方に大きな影響を与えることでしょう。
少なくとも、次巻予告を見た段階で、今後の展開が気になってなりません。
国の運命、人の運命――その両者の姿を、その両者が相互に影響を与えていく様を丹念に描き出す本作は、まさしく大河伝奇と呼ぶに相応しい内容を持っていると感じます。
(伝奇といえば、突欲が日本から意外極まりない存在を連れてくるのにも驚かされます)
唯一不満があるとすれば、本書のサブタイトルとなり、表紙も華麗に飾った東日流の御霊使たちが、さして活躍しなかったことですが――彼女たちが本領発揮するのは、これからでしょう。
彼女たちへの期待は、今後の楽しみに取っておくことにしましょう。
「風の王国 3 東日流の御霊使」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
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