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2012.08.14

「楊令伝 十四 星歳の章」 幻の王、幻の国

 既に続編の「岳飛伝」も快調なところですが、文庫版「楊令伝」も、ラスト一つ前の第14巻まで来ていよいよクライマックス。風雲急を告げる怒濤の展開であります。

 童貫の敗北、そして金の南進以来、果てることなく続いてきた中原を巡る争い。
 独立した勢力を保ってきた岳飛は南宋に加わり、張俊は扈成と組んで金の傀儡国家・斉に参加し、次々と勢力分布図も塗り替えられてきた中で、ほとんど平静を保ってきたかに見える梁山泊も、ついに大きく動き始めることになります。

 そのきっかけとなったのは、梁山泊と組んだ商人たちが斉で、金で、南宋で、中国全土で開き始めた自由市場。
 梁山泊からの物資を各地でゲリラ的にさばく――といえばそれまでのものに思えますが、しかしそれが物資のコントロールという国家機能の根幹を蝕んでいくと言われてみれば、なるほど! と思わされます。

 自由市場の登場自体はほとんどこの巻が初めてということを考えると、この辺りの展開はいささか急にも思えるかもしれません。
 しかしここに至るまで梁山泊が交易によって国力を増強してきたこと、そしてかつて梁山泊の主たる資金源が、当時の国家による物資管理の最たるものであった塩であったことを考えると、なるほど、と頷けるものがありますし。

 それはともかく、この自由市場――そしてそれによる国家の根幹の破壊というのは、当時としてみればあまりに先進的過ぎる概念。本作においては、中盤辺りから、「天下」を取ることに対して、梁山泊の中での一種思想対立とも言うべきものが描かれてきましたが、いやはや確かにこれは戴宗ならずとも理解するのは難しいでしょう。
(この辺りのわかりにくさに、前作に比べての本作の評価の低さの一端があのでは…というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが)

 しかし、最後に国と国の衝突の決着を――少なくともその方向性を――定めるのは、やはり軍事力。この巻のラストでは、ついに梁山泊軍と南宋軍の全面対決が描かれることとなります。

 そしてその戦いの前に楊令の口から語られる天下観・国家観・梁山泊観こそが、本作の総決算とも言うべきなのですが…それが語られるのと同じ巻に、南宋皇太子の出生の秘密を楊令たちが知るのは、決して偶然ではありますまい。
 彼らが知った南宋皇太子の出生の秘密――国を国たらしめる存在、皇帝を継ぐべき者が、その正当性の淵源たる血筋を継いでいないとしたら…

 従来の国家を継ぐべき者の存在が幻であるとすれば、真の国家とはどこにあるのか。それを追い求めてきた楊令――奇しくも彼も「幻の王」を名乗った存在であります――にとって、それは己の意を強くする事実であったか、あるいは己をさらに迷わせるものであったか?


 しかし、そんな人々の想いなど知らぬげに、物語は人々の運命を、そして命を飲み込んで終極に向けて突き進みます。
 物語の結末に立っている者が誰なのか、そしてその想いが報われることはあるのか…残すところ、あと一巻であります。

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