「萩供養 ゴミソの鐵次調伏覚書」 ハンターにしてディテクティブ
湯島のおばけ長屋に「萬相談申し受け候」の看板を出す男・鐵次。ゴミソ――津軽の言葉で占い師――を稼業とする彼は、怪異を見抜き、祓う力を持っていた。心優しきゴミソが、人に仇なす亡霊・変化を祓い、彼らの悲しみや無念を背負う。
SFからスタートして伝奇、怪談、時代小説と様々なジャンルに挑み続ける平谷美樹。最近、その活躍ぶりにいよいよ拍車がかかっているように感じますが、新たなシリーズが始まることとなりました。
以前「異形コレクション 江戸迷宮」に掲載された「萩供養」で登場した、ゴミソの鐵次を主人公とした連作短編集であります。
「ゴミソ」とは、津軽などで祈祷・卜占・神降ろしを行う者。津軽で同様の存在といえばイタコを思い出しますが、イタコは盲目の女性が多かったのに対して、ゴミソは本作の主人公・鐵次のように、女性とは限らないようです。
(ちなみに、本作にはイタコも登場するのですが、それがまたなかなかユニーク)
さて、このゴミソの鐵次は、湯島の今にもおばけが出そうにぼろいことから「おばけ長屋」と呼ばれる裏店に「萬相談申し受け候」の看板を出す男であります。
六尺の巨躯に無数の端布が縫い付けられた長羽織を羽織り、一見近寄りがたい人間のように見えますが、その実は心優しき好漢。
その長羽織の端布は、彼がこれまでに祓った亡魂たちから
「五十回忌の弔い上げまではやってやれねぇが、せめておれが野垂れ死ぬまでは回向してやろう」
と預かって縫い付けたものであり、怪異を退治するだけではない彼のスタンスをまさに体現するものと言えるでしょう。
さて、本書に収録されているのは、そんな鐵次と、彼の友人の鶴屋孫太郎(後に五代目鶴屋南北となる人物)が活躍する「雛ざんげ」「鈴虫牢」「萩供養」「おばけ長屋の怪」「傀儡使い」「妖かし沼」「夜桜振袖」「百物語の夜」の全8話。
どの作品も、舞台やシチュエーション、そして現れる怪異などがバラエティに富んだものばかりであります。
そしてその印象を更に強めているのは、鐵次が力で怪異を倒していくだけではなく、その怪異が何故現れたのか、その怪異が何者なのかをまず探っていく点にあるでしょう。
いわば、ゴーストハンターというよりもゴーストディテクティブ…その謎解きが、個々の作品に深みと、ひねりを与えているのであります。
そんな本書の中で、個人的に気に入った作品を三つあげれば――
篭に入った鈴虫の幽霊が大工の家に現れるという奇想天外な導入が哀しい真実に繋がる「鈴虫牢」
吉原の太夫の周囲で頻発する怪現象の意外な犯人が感動を呼ぶ表題作「萩供養」
クライマックスに登場する怪異の姿が集中随一の「百物語の夜」
でしょうか。
もちろん、繰り返しのようになりますが、、どのエピソードも他所ではお目にかかれぬようなユニークなエピソード揃いであり、ほとんど甲乙つけがたい作品集であります。
強いて難点を挙げれば、収録された作品数が多く、またそれぞれの作品がバラエティに富んでいることが、かえって個々の作品の掘り下げを少し(ほんの少し)浅くしているように感じられることですが…それは厳しすぎる見方かもしれません。
何はともあれ、物語は始まりました。
この先、本書のような短編集路線に行くのか、はたまた長編路線に行くのかはわかりませんが、どちらにも行ける、そしてどちらであってもそれぞれに面白いと確信できる…そんな作品であります。
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