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2012.09.30

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 暑い暑い夏もようやく終わり、まだ時々暑さも戻ってきているものの秋の気配がようやく感じられる季節となりました。秋と言えば読書の秋! ということで、10月は本の世界もかなり豊作。というわけで、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 上で述べたとおり、文庫時代小説はかなりの豊作。
 新登場では平安ものはお手のものの如月天音「篁と神の剣 平安冥界記」、妖怪ものでいま勢いに乗っている小松エメルの「本所もののけ空騒ぎ(仮)」、同じく妖怪ものといったら高橋由太「きつねびと(仮)」と、お馴染みの面々の新作が並びます。

 一方、シリーズものの方は、上田秀人「お髷番承り候」5、加野厚志「幕府検死官玄庵 斬心」、平谷美樹「風の王国」4、朝松健 「夢幻組あやかし始末帖」2と、気になる作品ばかり。
 そして文庫化では荒山徹「徳川家康」(読みが入っていないと騙されそう…)が登場。また中公文庫で刊行が始まった岡本綺堂の綺堂読物集は、第2巻の「青蛙堂鬼談」が刊行されます。


 さて、漫画の方の新登場は、宮本昌孝の「風魔」をかわのいちろうが漫画化という夢の組み合わせ「戦国SAGA 風魔風神伝」、「お江戸ねこぱんち」の「猫暦」も注目のねこしみず美濃「江戸日々猫々」。
 また、既刊の最新巻の方は、永尾まる「猫絵十兵衛 御伽草紙」6、唐々煙「曇天に笑う」4、梶川卓郎「信長のシェフ」5、福田宏「常住戦陣!! ムシブギョー」7、原哲夫「いくさの子 織田三郎信長伝」3、森秀樹「腕 駿河城御前試合」3、岡野玲子「陰陽師 玉手匣」2、碧也ぴんく「天下一!!」5、朴晟佑「ナウ」8と、いやはや、名前を列挙しているだけでも圧倒されるような、怒濤のナインナップです。


 一時期の夏枯れが嘘のような刊行ラッシュに嬉しい悲鳴の10月であります。



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2012.09.29

「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」第1巻 妖怪絵師が描く理由

 時は寛政7年、怪しい噂の立つところにどこからともなく現れる一人の絵師がいた。その男の名は、三浦屋八右衛門。妖怪たちを百物語の絵巻に収めるため、弟子のお沢のみを連れて旅を続ける八右衛門は、各地で奇怪な事件に巻き込まれる。後に葛飾北斎と名乗る男の、若き日の物語。

 絵師――それも、怪異を描く絵師の物語が、時代ものでは少なくないことは、これまでもこのブログで折に触れて述べてきましたが、その中にまた一編、ユニークな作品が加わりました。
 それが佐伯幸之助の「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」であります。

 本作の主人公・三浦屋八右衛門は、弟子のお沢に荷物を担がせては諸国を放浪する絵師。傲岸不遜を絵に描いたような彼の目的はただ一つ、諸国の妖怪を己の手で絵として残すこと――
 かくて、彼がその過程で出会う妖怪たちと、彼らにまつわる事件が、本作では描かれることとなります。

 そして、そんな本作の何よりユニークな点は、八右衛門「たち」に、妖怪画を描く目的、描かなくてはならない理由が明確に存在することでしょう。
 ここから先は少々ネタバレとなってしまいますが、八右衛門の旅には、もう一人のお供が…いや、八右衛門が供をする者が存在します。

 その名は、中国の大妖怪・白澤(はくたく)。人語を解し、万物に――特に、妖異鬼神の類に精通するという伝説の聖獣であります。
 この白澤が、妖怪たちが人々の記憶の間から薄れ、名前も忘れられてゆくのを憂い、その存在を絵として描き留めることで、妖怪たちの生命、存在を残そうとした、そのパートナーが三浦屋八郎右衛門、後の葛飾北斎なのであります。

 なるほど、白澤に関しては、かつて中国の伝説の皇帝・黄帝が白澤に出会い、彼(?)が語った無数の妖魔の存在を描き留めて「白澤図」なるものが生まれたという有名な伝説が存在します。
 そして北斎には、「百物語」を冠しながらも、わずか五図のみで描き止めとなってしまった――しかし、そのうちの何枚かは、誰もが目にしたことがあるような――浮世絵シリーズがあります。

 この両者を組み合わせて、消えゆく妖怪たちを後世に残すという、大袈裟に言えばノアの箱舟的存在を構想したアイディアは、見事と言うべきでしょう。
(北斎の「百物語」が、わずか5作しかないのがまた妄想を刺激します)


 しかしながら――そうした根っこを持つからこそ、逆に不満な点もあります。
 正直に言ってしまえば、本作に登場する、八右衛門に絵に残される妖怪たちはまだまだ魅力に乏しい。
 妖怪ファンをニヤリとさせるようなひねりがあるわけでも、あるいは本作ならではの斬新なアレンジがあるわけでもなく、ただ妖怪の記号的な部分しか見えてこない印象があります(物語のテーマ的に狙ってやっていたらそれは本当に凄いのですが…)

 これが仮に全く史実に基づかない妖怪ものであったり、主人公が単なる興味のみで妖怪画を描くという内容であれば割り切りも出来るのですが、設定が良くできているだけに、そして絵的なセンスも良いだけに、逆にそう感じてしまうのであります。

 もちろんこれは期待の裏返し。
 この点がクリアされた時、妖怪ものとして、絵師異聞ものとして傑作が登場するかもしれない…その時を期待したいのであります。

「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」第1巻(佐伯幸之助 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

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2012.09.28

「劇場版仮面ライダーオーズ WONDERFUL 将軍と21のコアメダル」 夢の共演、二人のヒーロー

 800年前にコアメダルを生み出した強大な錬金術師・ガラが封印を解かれて甦った。ガラは世界を破壊する第一歩として、人々の欲望を利用して東京の一部と江戸を入れ替え、映司やアンクたちもそれに巻き込まれてしまう。見慣れぬ時代に取り残され戸惑う映司の前に、徳田新之助を名乗る侍が現れた…

 既に後番組も終了し、次の次のライダーが登場した今頃に恐縮ですが、「劇場版仮面ライダーオーズ WONDERFUL 将軍と21のコアメダル」を観ました。
 何故このブログで仮面ライダーを扱うかと言えばその理由はただ一つ、スペシャルゲストとして松平健演じる暴れん坊将軍・徳川吉宗が登場するからにほかなりません。

 ご存じの方も多いと思いますが、仮面ライダーの製作会社は東映。東映と言えば時代劇の老舗、太秦映画村の経営元…というわけで、実は東映特撮と時代劇の縁は浅くなく、戦隊ものなどはほぼ年に一回は太秦ロケ回がある状況です。(特に最近はタイムトラベルもできる奴が出てきたこともあって)それは仮面ライダーも同様ですが――それにしても、松平健というビッグネームを迎えて、これまたビッグネームである暴れん坊将軍が仮面ライダーと競演とは、随分と思い切った企画。
 お話の方は、劇場版の定番、TVシリーズの敵よりも強大な敵が登場してヒーローが窮地に陥り、ゲストキャラと協力して敵を打ち破るというストーリーですが、そこに何故か江戸時代が絡んでくるという展開です。

 街角で「目の前の五百万円か一生ちょんまげ頭か」という選択を迫り、街中にちょんまげ頭の人間を増やすことで東京と江戸をメダルをひっくり返すように入れ替える(と書くと何が何だかさっぱりなのですが、ちょんまげを人々の欲望の象徴として街に増やし、それを触媒として江戸時代を呼んだ…と脳内保管)敵の作戦により、江戸時代に送り込まれてしまった主人公・火野映司。

 同様にタイムスリップしてしまった現代の人々ともども、江戸時代の人々からは化け物扱いされ、しかも折悪しく襲ってきた怪人に対し映司が変身して立ち向かったことがさらに誤解を招いて、怪人は姿を消したものの、その場の空気は最悪に――
 と、そこに現れたのは、貧乏旗本の三男坊・徳田新之助! 映司が身を挺して怪人の攻撃から江戸の人々を守っていたことを新之助が指摘したことで、その場は何とか収まるのでした。(ちなみにめ組の人たちも登場。オリジナルキャストではないですが…)

 その後何とか江戸に馴染んできた映司たち。しかし再び襲撃してきた怪人のパワーの前に、変身した映司も大ピンチに陥ります。
 こ、この流れは…来るぞ、来るぞ、キター! という呼吸で、あのテーマ曲(のアレンジ)が流れる中、江戸城をバックに白馬に乗って駆けつける上様! ここに、暴れん坊将軍・徳川吉宗と仮面ライダーオーズの夢の揃い踏みが実現!!!

 いやはや、この瞬間の盛り上がり方は確かに凄い。劇中の要素全てが、この一瞬のために存在していたのではないか、という印象すらあります。
 西洋風の甲冑に身を包んだ戦闘員もものとはせずバッタバッタとなぎ倒す上様に力を得て、ライダーも大逆転。さらにここで上様が懐からオーズの力の源であるコアメダルを取りだし、オーズは劇場版オリジナルフォームに変身、上様の「成敗!」の声に必殺技を繰り出して怪人を粉砕するのでした。
(ちなみにここで上様がコアメダルを持っていた理由が「将軍家への献上品」なのが伝奇チックで痺れる!)


 この後、敵が突きつけてきた究極の選択を切り抜けた主人公たちは現代に帰り、劇場版らしい楽しい展開(後番組のライダーの顔見せとか、七体分身個別フォームチェンジ揃い踏みとか)があり、なかなか楽しめるのですが、本ブログ的にはまあ良いでしょう。

 時代劇として見ると、突っ込みどころはありまくり(特に主人公たち現代人が有耶無耶のうちに江戸時代に馴染んでしまう辺り、上様が色々手を回したのかなあ、という気もしますが、上で触れた究極の選択にも関わる部分なのでちと残念)で、さらに冷静に考えると「暴れん坊将軍」でのパターン・お約束はほとんど使われていないというのももの足りません(さらに言うと、劇中で主人公は徳田新之助=吉宗と知ることがない)。

 この辺り、時代劇に強い思い入れのある脚本家であればまた違った展開になったのかな、とは思いますが、それを言っても詮ない話。
 ここはやはり、東映が誇る時代劇と特撮、その二つを代表するヒーローががっちりと手を組んだことに素直に胸躍らせるとともに、そんな豪腕企画が成り立ったことに感心するべきなのでしょうね。

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2012.09.27

「いかさま博覧亭」第2巻 相変わらずの妖怪騒動

 毎度おなじみ妖怪バカの榊と仲間たちが引き起こすドタバタ騒動、「いかさま博覧亭」の第2巻、旧シリーズから合わせれば通巻第7巻の登場であります。
 第1巻の刊行からだいぶ待たされたような気もしますが、単行本派としては待ちに待った続巻であります。

 相も変わらず妖怪絡みの騒動には事欠かない博覧亭ですが、今回収録されたエピソードは全部で3話(+四コマ1話)。

 最初のエピソードは、久々登場、妖怪好きのバテレンのおっちゃんと河童の河太郎コンビの好奇心を満たす(誤魔化す)ために、衝立狸が出るという山中を舞台に繰り広げられる騒動。
 二番目は、人気がなくなった正月の江戸を舞台に、賽銭泥棒に出かけた五徳猫たちお馴染みの付喪神が、神社を守る妖怪と出くわして…というお話。
 そしてラストは、若き日の歌川国芳(猫馬鹿)を助けるために猫絵を売り出した榊に玄能寺の生臭コンビが絡んできたことをきっかけに、意外な大物妖怪との対決に展開していくという、本書のほぼ後半を丸々使った中編となっています。

 そんな内容のこの第2巻ですが、キャラ描写良しギャグのテンポ良し、しかしストーリーと仕掛けが妙に入り組んで…という、良い点も微妙な点も相変わらず。
 後者についてはそろそろ改善していただきたいような気もするのですが――特に引っかけが存在するエピソードでは――それでも、物語全体を通してのトーンはやはり楽しく、本作のファン(≒妖怪ファン、江戸ものファン)であれば、間違いなく満足できる内容かと思います。


 ちなみに個人的に感心させられたのは、最初のエピソードであります。
 カッパ頭コンビを引っかけるための仕掛けを巡るドタバタを笑って見ていたところで感じた小さな違和感が、やがてある人物の意外極まりない過去に繋がっていくという展開には、さすがに吃驚仰天。

 (まことに失礼ながら)たぶん後付けではあるかと思うのですが、しかしあの人物のキャラ付けの背景に、このような重いものがあったとは…と思えば、見る目も(ちょっとだけ)変わってこようというもの。
 そしてまた、皆なにがしかの点で通常の世界からはみ出してしまった者を受け入れる、一種のアジールとしての博覧亭世界は、ここでも生きていたかと感心した次第です。


 そしてもう一点、年表馬鹿としては、本作の設定年代が判明したことが嬉しいのですが、さすがにそういう人間は少数派でしょうか。

「いかさま博覧亭」第2巻(小竹田貴弘 アスキー・メディアワークス 電撃ジャパンコミックス) Amazon
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2012.09.26

「笑傲江湖」 第27集「雪の閻魔殿」/第28集「将軍呉天徳」

 先日から記事タイトルを、各話サブタイトルにしているのですが、こうして見ると内容と大して関係ないサブタイなのが凄いですね…内容の方は、そろそろ残り1/3で終わるのかしら、と心配なくらいの盛り上がりなのに、というわけで少林寺決戦の続きから。

 一勝一敗一分けで丸く収まるかと思った少林寺での正邪頂上決戦、空気を読まない岳不群が出てきたことで途端にややこしいことに。一方的に絶縁されたとはいえ、師匠と戦うことなどできるはずもない令狐冲は、ひたすら攻撃を躱しますが、不意打ちを食らって思わず出した剣の先が岳不群を傷つけ、怒った岳不群に蹴りを入れられてしまいます。

 冲虚道人たちのとりなしでこの場は引き分けとなり、気を失った(らしい)令狐冲が次に目覚めたのは洞窟の中。これが今回のサブタイの閻魔殿とのことですが、ここでほとんどプロポーズチックなやりとりを繰り広げる令狐冲と盈盈(…なのですが、令狐冲の場合は素でわからずボケてた可能性あり)。
 そんなバカップルに当てられて、任我行と向門天は洞窟の外に…と思ったら、雪の中で座禅を組んでいる二人。左冷禅の寒冰真気を抜くために苦心していたようです。
 二人を助けるために、横に並んで手を繋ぎ、内功を巡らせる令狐冲と盈盈ですが、しかしなかなか回復せず――時間が経つ内に、そこには四つの雪だるまが!(本当)

 これ、原作通りの展開ですが、ビジュアルにしてみると非常にシュール。ほとんど「浦安鉄筋家族」的ノリであります。
 まさか路傍の雪だるまの中に知人がいるとは思わず、まずは通りかかった岳不群夫妻がその前で立ち話。岳不群によれば、あの立ち会いの内容は全て、令狐冲が前非を悔いれば水に流して娘とも結婚させるよ、という謎かけだった、というのですが…

 そして次に通りかかるのは(この辺、ほとんど舞台劇的ノリ)岳霊珊と林平之の真バカップル。こんなところに雪だるまがあるぅ! と、二人でわざわざ令狐冲の雪だるまに愛の言葉を刻んだりして…やめてくださいしんでしまいます。
 などと、見ているだけで胸が痛むような場面に現れたのは見るからに三下の破落戸たち。しかし多勢に無勢、林平之は取り押さえられ、その眼前で哀れ霊珊は落花狼藉の目に…遭うのを令狐冲が黙っていられるわけがない。雪だるまから飛び出して、破落戸どもを容赦なくジェノサイドであります。これまで明確な殺意を持って人を殺めた描写はなかったように思いますが、この場合はダークサイドに走っても仕方ない(か?)。よせばいいのに、雪だるまに刻まれた文字を聞き出したりして…(その後殺害するんですが)。

 二人を行かせる令狐冲ですが、礼も言わずに去ろうとする二人に盈盈の怒り爆発。雪だるまから飛び出してきますが、いやこれは三人三様に気まずい。気まずすぎるのですから、一概に何も言わなかった(言えなかったであろう)霊珊を責められますまい。
 気まずくなった令狐冲は、色々煩いバカ笑い親父とも分かれて再び一人旅に…出たと思ったら酒飲んでるアル中。

 途中で出会ったえばりくさった武官・呉天徳を叩きのめして衣服を剥ぎ、名前を騙って旅するという凶行に及びます。いや、肩書きにモノを言わせて庶民を虐めるような奴ですし、令狐冲自身の素顔は有名になりすぎたから仕方ないんですが…サブタイまで出て出番は一瞬の呉天徳さん。

 一方、またしても陰謀を巡らせる左冷禅は、邪魔な恒山派を片付けるべく、相互援助協定にかこつけて福建に一門を誘き出します。定逸師太以下、これを罠と知りつつも、死を覚悟して旅立つのですが…
 とばっちりを食ったのは田伯光。陰ながら彼女たちを守るため、儀琳の父・不戒和尚(この人はついていくのを拒否られた)に無理矢理坊主にされ、旅に出るのでした。

 と、呉天徳の令狐冲は、恒山派を狙う刺客と同じ宿に居合わせるのですが、そこに後を追ってきた盈盈や向門天がやってきてややこしいことに(ここで盈盈の正体を知られまいと、遊女扱いしてごまかす令狐冲と、それに乗りつつ霊珊と林平之の愛の言葉を引用して彼の心の傷を抉る盈盈が面白い)。
 盈盈が向門天に刃を突きつけている隙に飛び出す令狐冲ですが――

 そしてその頃、ようやく平之の実家に到着した華山派。一人隠れて辟邪剣譜を必死に探す平之ですが、しかし彼を見つめる何者かの目が…というところで続きます。

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2012.09.25

「月夜彦」 真っ暗闇の平安ノワール

 姫君を殺して食らう怪人・千貫文の噂で騒然たる平安の都。小悪党の小槌丸は、実は自分の兄弟に当たる月夜彦を殺し、彼と入れ替わって貴族となるという大望を持っていた。さらにある事件から月夜彦こそが千貫文であると知った小槌丸だが、彼らの周囲には思いも寄らぬ奇怪な因縁と悪意の存在があった…

 「闇鏡」で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した堀川アサコによる、平安ダークファンタジー、いや平安ノワールとも言うべき作品であります。

 舞台となるのは、おそらくは平安時代も後期の頃。貴族の姫君を次々と襲い、その身を汚して食らう怪人が出没、(その首にかけられた莫大な賞金から)千貫文と呼ばれるその怪人を、ある者は恐れ、ある者は狙い…と、雑然たる京を中心に、この奇怪な物語は描かれることとなります。

 この千貫文に間違えられ、執拗に自分を狙う検非違使から逃れるうちに、奇怪な牛車に招かれた小悪党の小槌丸。彼が乗った牛車がたどり着いた先こそは、御簾越山――どのような望みも叶える代わりに、その者の最も大切なモノを奪うという奇怪な狼神が住まう魔所であります。

 実は小槌丸には、叶えたい望みがありました。右大臣の落胤であった彼は、同じ血を引き、瓜二つの顔を持ちながら、のうのうと貴族として暮らす兄弟・月夜彦を殺し、彼とすり替わろうとしていたのです。
 狼神から辛くも逃れ、御簾越山に参拝に来ていた美しい姫君に出会い強く心惹かれる小槌丸。彼女こそはまもなく時の天子の子の母となる千名姫、そして月夜彦の姉、すなわち小槌丸の姉でもあったのであります。

 その後も都に潜み、月夜彦を狙う小槌丸。そんな中、彼が馴染みの女のところに出かけた先で目撃したのは、その女を殺した血にまみれた月夜彦の姿――そう、月夜彦こそは千貫文だった、のですが…

 と、ここまででもまだ物語は半ば。小槌丸と月夜彦の運命は変転を続け、やがて物語に散りばめられた謎の数々の恐るべき真相と、運命の皮肉が明らかになることとなります。
 もちろん、その詳細についてここで触れることはしませんが、どこかヒョーツバーグの「堕ちる天使」を思わせる終盤の展開は、強烈な印象をこちらに残してくれます。


 しかし何よりも本作の特徴は、その世界観でありましょう。
 冒頭で、本作を平安ノワールと評しましたが、本作で描かれるのは、いわゆる平安ものと言ったときのイメージの正反対をいくような、どぶどろを這いずるような、汚く、醜く、おぞましい世界。
 登場人物も、ほとんど全員が悪人であり、そうでなければ死んでいく者ばかり(もちろん悪人も山ほど死にますが)。他人はおろか、神すら欺くような悪人たちが、己の欲のためにのたうちまわり、他人を傷つけ、そして死んでいく…本作は、そんな真っ暗闇の世界を描いているのであります。

 しかしその一方で本作は、「人間が一番怖い」という、ある意味一番安直な結論に落ちつく作品でもありません。
 本作の主人公たる小槌丸――彼もまた、確かに悪人ではあります。それも、女たちを騙し、弄び、挙句の果てに売り飛ばすという、最低の人間の部類で。
 しかしそれにもかかわらず、彼の行動には常に迷いがつきまといます。本作に登場する他の悪人に比べれば、彼にはどこか人の良さが残っている、言い換えれば情が残っていると――そう感じられるのであります。

 それは彼のような人間にとって、必ずしも美徳ではありますまい。事実本作で彼はその情によって結果としてしばしば苦しむのであり、そしてその彼の迷いと弱さを否定的に感じる読者が多いであろうことは予想できます。

 しかし本作においては、彼は弱くあってよいのだと、むしろ弱くあるべきなのだと、私はそう感じます。
 本作において、人が必ずしも善き者ばかりではない、いやむしろそれとは逆の存在として描かれているのと同様、人は必ずしも強き者、恐ろしき者ばかりではないと――そう教えてくれます。

 人は全き存在ではない。しかしそれだからこそ…というのは、いささかセンチメンタルな感想かもしれません。
 しかし、本作の皮肉な結末におけるある人物の言葉は、そんな人間の存在に対する一種の希望の現れではないかと、私にはそう感じられたのであります。

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月夜彦

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2012.09.24

「陰陽師 瀧夜叉姫」第1巻 新たなる漫画版陰陽師

 マイペースに展開してきた印象があるためか、もうそんなに!? と驚いてしまったのですが、今年で夢枕獏の「陰陽師」シリーズは25周年とのこと。それと合わせて、ということではないのでしょうが、新たな漫画版「陰陽師」が登場しました。

 それが、「月刊COMICリュウ」誌で連載中であり、この度単行本第1巻が刊行された「陰陽師 瀧夜叉姫」であります。

 原作は、「陰陽師」シリーズでも数少ない長編の一つ。(特に最近の作品では)史実とはあまりリンクしないファンタジックなエピソードが多いシリーズですが、この「瀧夜叉姫」は、その中でも明確に史実を舞台とし、活劇的要素も少なくない一種の異色作ですが――しかしそれだけに漫画化には向いた作品とも言えるのではないでしょうか。

 物語の舞台となるのは、平将門が起こした乱から二十年後の京。そこでは孕み女が腹を割かれて殺されるという猟奇殺人が連続し、さらに不思議な女性が率いる「盗らずの盗人」が横行するという、何やら穏やかならぬ状況にありました。
 そんな中でも相変わらずの晴明と博雅ですが――そこに現れた晴明の兄弟子・賀茂保憲が現れたことから、二人は事件に巻き込まれていくこととなります。

 かつて将門の乱で俵藤太と共に戦った豪の者・平貞盛の顔に、謎の瘡が出来たと、保憲は言うのですが――何故彼がそれに関心を持ったか言わぬまま、去っていく保憲。
 晴明も独自に動き始めるのですが、しかしすでに貞盛のもとには、あの蘆屋道満が…

 と、この漫画版の第1巻の時点では、物語はまだまだ序章というべき部分に留まるのですが、しかしメインのキャラクターの大半は登場し、役者はほぼ揃った、という印象。
 そして、物語の方はほぼ原作に忠実…とあれば、気になるのはそのキャラクターの絵柄ですが、これは正直に言って賛否分かれるかもしれません。

 安倍晴明は、これだけメジャーでありつつも、恐らくは受け手それぞれによって、頭に浮かぶビジュアルが異なるキャラクター。人それぞれに晴明像があるのだと思いますが、私個人の趣味からすると、ちょっとこの晴明は美しすぎるかなあ…と(ちなみに原作の挿絵を担当する村上豊によるお髭の晴明像もちょっと…と個人的には思います)。

 しかしもちろんこの辺りは、描く側のの解釈次第。作画を担当する睦月ムンクの、漫画を読むのは恥ずかしながら初めてなのですが、会話メインで展開していくという難しい原作をコマ割りの工夫などでうまく消化してビジュアライズしていると感じますし、同時に漫画的なケレン味の効かせ方もなかなかと感じます。

 物語はいよいよこれからが本編。その中で晴明たちキャラクターがどのように描かれていくのか。その中で、おそらくはこちらの違和感も消えていくのでしょう。
 原作に力負けしない漫画版となってくれるのではないか…今はそのような予感がいたします。

「陰陽師 瀧夜叉姫」第1巻(睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) Amazon
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2012.09.23

「新・若さま同心徳川竜之助 2 化物の村」 若さま、化物テーマパークへ!?

 浅草寺裏に出来た巨大なお化け屋敷「浅草地獄村」。連日大評判のこの地獄村で、出し物のお岩さんが殺されるという事件が起きた。さっそく駆けつけた竜之助だが、これだけに止まらず村の内外で次から次へと奇怪な事件が連発。謎を追って村の奥へ奥へと進んでいく竜之助を待つものとは?

 好評に応えて復活した風野真知雄の「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズ第2弾は、浅草に登場した巨大なお化け屋敷を舞台とした、奇怪な事件の連続を描きます。

 浅草のやくざ・火鉢の三十郎が作ったお化け屋敷・浅草地獄村。元は田んぼだったところに一軒だけあった百姓一家が心中し、幽霊がでるという噂をきっかけに、三十郎が辺り一帯をお化け屋敷にしたという悪趣味な代物ですが、これが連日大評判であっという間に江戸名物となってしまいます。
 中はお岩・ろくろっ首・船魂・お菊・戦場ヶ原と五つの場に分かれ、あまりの恐ろしさに最後まで通り抜けることができた人間はただ一人というこのお化け屋敷で、お岩さん役の一人が殺されていた――それが、この複雑怪奇な事件の始まりであります。

 そこに先輩同心・矢崎とともに駆り出された竜之助ですが、捜査が始まった矢先にその死体が消失。
 さらに浅草寺で、体を真っ二つにされた上に上半身下半身にそれぞれ色違いの風呂敷がかけられた死体が発見されて矢崎はそちらに行ってしまったため、竜之助はただ一人、事件の謎を追って地獄村の奥に進んでいくことになります。

 というわけで、前作は江戸どころか横浜までを股に掛けた事件また事件の連続が描かれましたが、今回はエリア自体は広大ながらも、一種の閉鎖空間で起きる奇っ怪な事件が展開されていきます。
 それにしてもとにかく面白いのは、舞台となる浅草地獄村の存在。ミステリでお化け屋敷の類が舞台となることは少なくないように思いますが、時代ものはなかなか珍しい。

 しかも本作の地獄村は、屋敷というよりもはやテーマパーク。その広さといい、仕掛けの多様さといい、とにかく破格の存在で、本作の内容も、事件捜査だけでなく、地獄村の仕掛けに竜之助が翻弄される様にかなりの分量が割かれ、もはや一種の冒険もの的な趣すらあります。

 事件の謎の方も、村内外の殺人事件から始まり、そもそもの発端となった百姓一家の死、そして全ての事件の背後に存在する陰謀と広がっていき、かなり大仕掛け。
 本編シリーズの方は、一冊に四話か五話が収録された連作短編集的構成でしたが、この新シリーズの方は一冊一話の長編で、その分ディテールに凝っている印象があります。


 が――肝心の事件の真相の方がどうにもこうにもなのがどうしたものか。
 事件のトリック、動機いずれも「えっ…」という印象で、論理破綻はないものの、さすがにこの目的にこれは大袈裟すぎるのではないかしら…という気になります。
 まさかお化け屋敷は裏に回ってみれば、という皮肉ではありますまいが――

 キャラと舞台は面白い、しかし…というのでは、わざわざシリーズを復活させた甲斐がない、というのは厳しすぎるかもしれませんが、しかし折角の新シリーズには、やはりファンとして期待したくなるのであります。

「新・若さま同心徳川竜之助 2 化物の村」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
化物の村-新・若さま同心徳川竜之助(2) (双葉文庫)


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2012.09.22

「ナウ NOW」第7巻 色々な意味で見所満載!?

 比較的一冊の分量が少なめということもあって、これまで二冊ずつ紹介してきた韓国発武侠アクション漫画「ナウ」ですが、この第7巻は色々な意味で見所の連続のため、ここに一冊で紹介させていただく次第。

 武林の、いや中原の制覇を狙う明王神教の教主と呼ばれる少女・ニルヴァーナと出会ったことで、次々と刺客に襲われる四神武殺法の伝承者・沸流一行。
 次なる刺客である龍馬刀帝の異名を持つ恐るべき達人・馬炎鉄との対決で、武侠ものお馴染みの「先に五手譲って(五回攻撃させて)やろう」という展開となるのですが…

 もちろん、こういうパターンになって、譲った方がそうそう簡単に負けるはずがない。戦う理由に微妙に変化が生じ始め、四神武殺法が本来の力を発揮できない沸流は、四回まで攻撃してもなお、馬炎鉄の牙城を崩せずに苦しむこととなります。

 そもそも四神武殺法とは、文字通り殺すための技。その要諦は殺気、殺意にあります。それを放つことに躊躇いを感じ始めた沸流に勝ち目は…
 と思いきや、ここでこれまでに登場したあるアイテムが意外な役割を果たすのが実に面白い。いかにも曰くありげな能力でしたが、これはこのためであったか、と感心いたしました。

 …が、沸流の殺気、殺意は、おそらくは今後の沸流の、そして物語の在り方を左右するであろう存在。殺意を捨てることは、彼の戦う理由をも捨てることであり、果たして彼がそれを肯うことができるのか――
 もう一人の主人公である劉世河が、ひたすらに力を求めていくようになっていくのと対照的に、沸流が力を手放すことができるのか、力を中心に、対照的な二人の在り方が、おそらくはこれからの物語を動かしていくのではありますまいか。


 …と真面目に考えていると意表を突かれるのが、この巻の後半の展開であります。

 力を求めて明王神教の一員となった劉世河の前に現れた神教の実質的トップたる大護法・シヴァ。彼は劉世河に対し、彼が力を求める意味を問いかけ、彼に試練と力を与えるのですが――何故、わざわざ彼の上半身の着物を剥いで、腰に手を回しますか。
 いや、実はそれなりに意味がある行為なのですが(それにしても服剥ぐ必要性は微妙)、むう、一部女性読者への配慮も忘れないとはやるな…

 そしてそれ以上に驚かされるのが、再び沸流サイドに戻っての展開。何とか馬炎鉄を退けた後に、一行が露天風呂に入って…というドラマCDみたいな流れになったと思いきや、ここで明かされる意外すぎる真実!
 ある意味流行の最先端(と言って良いのやら)がこんなところで…ゲッもう一人!? と良くも悪くも大いに驚かされました。

 恥ずかしながら韓国の漫画事情には全く暗く、また本作を題材にそれを察するのが正しいことかはわかりませんが、海の向こうでもあまりこういうところは変わらないのかな…と妙なところで感心した次第です。


 閑話休題、物語の本筋の方では、何やらアリンの両親と因縁のある新キャラも登場し、ますますどちらに転がっていくかわからなくなってきたこの物語。
 沸流と劉世河、その名に川の意を持つ二人が出会うのはいつの日か、そしてそこに何が起こるのか…物語はちょうど1/4を超えたあたり、起承転結でいえば「転」を迎える本作のこれからにも期待いたします。


「ナウ NOW」第7巻(朴晟佑 新紀元社KENコミックス) Amazon
ナウ 7 (Korean Entertainment Network)


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2012.09.21

「尼子十勇士伝 赤い旋風篇」 信義の士の向かう先は

 尼子氏に代々仕えてきた山中家の少年・鹿之介は、尼子晴久が、一門の国久率いる新宮党を皆殺しにするのを目撃し、密かに国久の孫を逃す。やがて城に勤めることとなった鹿之介は、戦場で活躍するお馬番組の一員となるが、毛利家の攻撃と、内部の権力闘争で既に尼子家は風前の灯火だった…

 一昨年に惜しくも亡くなった児童文学者・後藤竜二の遺作が、本作「尼子十勇士伝 赤い旋風篇」であります。
 尼子十勇士とは、軍記物・講談で知られる、尼子家再興のために戦ったという十人の勇士。山中鹿之介(幸盛)を筆頭とする彼ら十人は、実在が疑わしい者もおり、そして残念ながら現代では知る者も少なくなってはおりますが、本作は彼らに新しい命を吹き込もうとした試みと思われます。

 その本来であれば上巻となるはずだった本作では、山中鹿之介が初陣を飾り、そして尼子家が衰亡していく中に戦いを重ね、ついに本拠たる富田城が落城し、いずこかに去っていくまでが描かれることとなります。

 少年時代から口数少なく、変わり者と見られていた鹿之介。そんな彼が親近感を抱いていた尼子国久以下の新宮党は、ある日、毛利家の謀略に載せられた国主・晴久により、老若男女を問わず誅殺されることとなります。
 偶然、国久の孫が逃れる場に居合わせた鹿之介は、彼を逃すのですが…(本作では描かれませんでしたが、これが後の彼の主君・勝久でありましょう)

 たとえ一族であろうとも平然とその命を奪う尼子家の在り方に疑問を抱きつつも、元服して城に勤めることとなり、、そこでかつて新宮党を攻め滅ぼした大西高由以下のお馬番組に加えられる鹿之介。
 はじめはそのことに蟠りを感じつつも、しかしそれも侍の習い、何よりもさっぱりとした気性で年の近い武士たちの中で、鹿之介は頭角を現していくことになります。

 しかしついに迎えた初陣で彼が見たものは、自分たちの都合や面子のみを考え、領内からの救援要請を平然と断るような尼子家の人々の姿。それに憤るお馬番組は、命令違反してまでも吉川元春に攻められる温湯城にわずか五十騎で入城し、自分たちの何倍もの敵の軍勢に挑むこととなります。
 その先頭には、新宮党が残した名馬・青嵐に乗り、三日月の前立を頂いた赤い鎧に身を包んだ鹿之介の姿が――


 と、ここからは戦場での鹿之介の活躍が(活躍も)描かれるのですが、しかし本作で展開されるのは、、颯爽たる戦国の英雄豪傑譚などではなく、むしろとてつもなく重くやるせない、人間たちのドラマであります。

 幼くして死別した父から、戦国武士に最も必要なものが「信義」であると教えられた鹿之介。その思いを胸に、戦場で戦おうとした鹿之介が見たものは、しかし疑念・裏切り・我欲・嫉妬――それとは無縁の、人間の醜いエゴの姿であります。

 人より富み栄えたい、長く生きたい、その思い自体は(特に戦国という時代においては)決して否定されるものではありません。
 しかしそれが、人として最低限守るべき信義を違えるものであれば――そしてそれが、自らが仕えるべき主君・重臣たちのものであった時に、如何にするべきか?
(そしてそれが、いかんともしがたい人の弱さに起因するものであった場合特に…)

 鹿之介が直面したこの悩みは、もちろん戦国固有のものではありますが、しかし、程度の差こそあれ、似たような状況は、現代の、我々の周囲にも無数に存在しているのもまた事実であります。
 それだけに、彼が、あまりに厳しく辛い状況をどのように切り開き、己の信義を貫くか、それを見届けたかったのですが――

 冒頭に述べたとおり、本作が作者の遺作。戦国史に残る壮絶な籠城戦の末、尼子氏の本城・富田城は落城し、辛くも命を許された鹿之介が何処かへ去る場面で物語は幕を閉じ、その続きが描かれることは(少なくとも現時点では)ありません。

 鹿之介の家伝の兜の三日月の前立――その三日月は、彼のトレードマークとも言えますが、満月までは遠く、いまだか細くかき消えそうなその姿は、彼の歩む艱難辛苦の道のりを連想させます。
 歴史を紐解けば、その結末がわかっている彼の生き様を描く物語が、ここで途絶しているのが良いのか、はたまた作者を変えても書き続けられるべきなのか――それが今なお、私の心を悩ませているのであります。


「尼子十勇士伝 赤い旋風篇」(後藤竜二 新日本出版社) Amazon
尼子十勇士伝―赤い旋風篇

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2012.09.20

「ちゃらぽこ 真っ暗町の妖怪長屋」 妖怪裏長屋の大騒動!

 本所の場末の場末の通称・真っ暗町にある一軒のボロ長屋。その長屋に住む住人たちは、実は人間に化けた妖怪たちだった。持ち前の正義感から職を辞して親から勘当され、ひょんなことからこの長屋に転がり込んだ旗本の次男坊・荻野新次郎は、妖怪たちとともに思わぬ騒動に巻き込まれる羽目に…

 文庫書き下ろし時代小説の定番シチュエーションの一つが、貧しくもみんな懸命に暮らす裏長屋と、そこに転がり込んできた正義感が強く剣の腕の立つ浪人というやつであります。
 人情話もチャンバラも書けるし、しゃちほこばった侍社会よりも親しみも自由度もある…ということなのでしょうか、とにかく二、三冊に一冊はこのパターンのように思えます。

 本作も、一見このパターンに忠実な作品のように見えます。
 舞台は本所の場末の場末のボロ長屋で主人公は正義感が強すぎて江戸城での勤めを投げ出して勘当された田宮流抜刀術の使い手の青年武士――しかしながら作者はホラーと伝奇の達人・朝松健、パターン通りの作品を書くわけがありません。

 長屋の住人たちは、大家も威勢のいい鳶も色っぽい三味線の師匠も、みんなみんな妖怪変化のお化け長屋――そう、本作はむしろ妖怪もの。
 そして主人公・荻野新次郎(一歩間違えるとカランコロンの幽霊につきまとわれそうな名前ですね)も、格好良く登場した直後に不覚を取って破落戸に袋叩きに遭わされて川に落ち、いきなり土左衛門になる(!)という、とんでもない場面から始まるのですから…

 もちろん主人公が土左衛門や幽霊では格好がつきません。死にかけ…というか死んだばかりの状態で長屋の大家に拾われた新次郎、白蛇の精のお奇多さんに精気を吹き込まれてめでたく生還いたします。
 かくて、勤めを捨てたことで四角四面な実家からは勘当され、行き場がなくなった新次郎は、この長屋で暮らすことになるのですが――

 それなりに平和だった長屋を揺るがす緊急事態。折しも悪徳商人・近江屋が長屋の地上げを狙い、破落戸たち――奇しくも(?)新次郎を袋叩きにした連中であります――を送り込んできたのであります。
 この設定を見て、ははあ、これは水木しげるの「妖怪長屋」のパターンだな…などと考える半可通のマニア(私わたし)もいるかもしれませんが、まだまだ甘い。

 そもそも妖怪が住み着くような環境の裏も裏の長屋を、何故わざわざ地上げしようとするのか? その背後には、とんでもない伝奇的大秘密と、とんでもない黒幕の存在が…!
 本作の最終章のタイトルは「長屋の妖怪大戦争」。これに嘘偽りのない大騒動であります。


 が、実は本作の基本カラーはあくまでもコメディ。展開されるのが深刻な事態であっても、どこか抜けた妖怪たちが右往左往する様は、話のスケール感といい具合にギャップが生じて楽しい。

 実は上で作者を伝奇とホラーの達人と評しましたが、その他にも作者にはスラップスティック・コメディの名手という顔があります。
 本作で繰り広げられる大騒動は、あの名作「私闘学園」を彷彿とさせる…というのは正直(まだ現時点では)言い過ぎですが、しかしあの作品のファンであればニヤリとできる遊びもあって、その意味でも楽しい作品でありました。


 ただし難を言えば、中心となるお化け長屋の住人たちの個性がまだまだ弱いかな、という印象は正直あります。
 キャラクター小説の側面も強い妖怪ものにおいて、この点は正直残念ではあります。

 願わくば、彼らがいよいよ個性を発揮して暴れまわる続編を読むことができますように――まだまだ暴れ足りない面子も多そうですし――この先の展開を楽しみにしているところなのです。


「ちゃらぽこ 真っ暗町の妖怪長屋」(朝松健 光文社文庫) Amazon
ちゃらぽこ: 真っ暗町の妖怪長屋 (光文社時代小説文庫)


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2012.09.19

「笑傲江湖」 第25集「少林寺襲撃」/第26集「宿命の三戦」

 正派も邪派も令狐冲も、皆すれ違いまくりの「笑傲江湖」、しかし今回ついに役者が一同に会することになります。

 前回、令狐冲に莫大先生が声をかけたところで終わりましたが、実は先生、これまで令狐冲の人となりを観察していたとのこと。その上で彼を認めた先生は、盈盈を救おうと五覇岡に集まった邪派が少林寺を襲撃しようとしていることを告げ、彼がその盟主となって、混乱を収めるように依頼します。

 その言葉を受けて五覇岡に向かった令狐冲ですが、待っていたのは本ッ当にまとまりのない連中。そこを持ち前の明るさと盈盈の想い人という実績(?)でまとめた令狐冲は、一同を引率して少林寺に向かうことに。
 が、その途中、武当山の麓で彼らの前に現れたのは、ロバに乗った曰くありげな老人。成り行きから老人と立ち会うことになった令狐冲ですが、相手が操るのは太極剣法――その正体は、武当派の掌門・冲虚道人! いきなり武林の大達人との対戦ですが、令狐冲の独孤九剣がかろうじて勝利を収め、道人は負けを認めるのでした。

 一方、旅を続ける盈盈は、立ち寄った食堂でおそらく嵩山派の刺客の総攻撃を受けて苦戦。そこにもの凄い勢いで突っ込んできたのは向門天、そして外でバカ笑いしながら強風を起こしている(ここだけ「スウォーズマン」調)のは任我行。
 刺客を一蹴した親子は涙の対面、向門天ももらい涙ですが…前回、いやというほど敵対者には冷酷非情な面を見せた任我行も、一人娘との再会には一人の親として涙を流すというのが実にいい。この後の展開も含めて、問題点は多々あるものの、彼もまた魅力ある一個の大人物と認めざるを得ません。

 さて、再び少林寺に向かった令狐冲一行ですが、無用な争いを避けようと避難した方証大師のおかげで寺はもぬけの殻。それでは下山しよう、と思いきや、待ち受けていたのはこれまたおそらく嵩山派の伏兵。
 進退窮まった…と思いきや、ここで桃谷六仙が偶然抜け道を発見、無事下山できた令狐冲は、一行を解散(この辺、修学旅行の引率の先生チック)。自分のみ少林寺に戻るのでありました。

 これで一段落、正派の面々も少林寺に戻ってきた…と思いきや、そこにやって来たのは任我行・盈盈・向門天の三人。そしてここからが任我行の独演会の始まり。

 事もあろうに、彼は五嶽剣派+少林・武当派(あと青城派)の掌門という正派最強の面々を前にして、自分が尊敬する人物・軽蔑する人物を挙げ始めるのであります。
 曰く尊敬する人物は東方不敗・風清楊・方証大師、次点で冲虚道人(華山派で寧中則は知っているが岳不群? 知らんなと)。軽蔑するのは左冷禅(青城派の人は論外)――
 この辺りの絶対的な自負からくる大胆不敵な上から目線は、喩えるならば範馬勇次郎チックで、ある意味痛快ですらあります。

 そんな挑発に正派も黙っていられるわけがない。よせばいいのにまた方証大師が言い出した「少林寺で10年」をかけて、三本勝負の開始というバトルもの的展開であります。
 第一戦、方証大師vs任我行は、吸星大法を一歩も引かず迎え撃つ易筋経という玄人受けする展開となるも、とばっちりを食いそうになった青城派の人をかばった大師がダメージを食って正派×。
 そして第二戦、左冷禅vs任我行は、吸星大法に寒冰真気を合わせて、任我行の内功を凍てつかせるという意表を突いた技で左冷禅が勝利(既に拳法ものじゃないですな…)

 そして第三戦、正派側は冲虚道人が、邪派側は任我行に替わって向門天…と思いきや、任我行は令狐冲を指名。ずっと隠れていた令狐冲ですが、達人揃いのこの場では、みんなに既にバレていたと見えます。
 しかし空気を読まないおっさんに呼び出された令狐冲には針のむしろ。娘婿だの次の代の教主だの、岳不群なんて余裕でポイよだの…方証大師、莫大先生、冲虚道人と素敵爺さんたちは彼の味方ですが、当の(元)師匠夫妻は完全に敵扱い。いや、岳夫人の方は、それでも思いやりが見えますが…

 そんな中、既に勝負済だよと道人は敗北宣言。邪派が二勝一敗、これで滞りなく下山できる…と思いきや、そこに名乗りを挙げたのは岳不群。
 裏切り者のバカ弟子は私が制裁するッ! とばかりに出てきましたが、絶対この人、令狐冲が自分に手を上げられないこと計算の上だよね…と、もはや誰の目にもわかるくらいこの数回で視聴者にも周囲の掌門たちにも株が下がりっぱなしの偽君子に、令狐冲はどうでるか? というところ以下次回であります。

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2012.09.18

「るろうに剣心 銀幕草紙変」 もうひとつの劇場版るろうに剣心

 どうやら劇場版の人気も上々のようでまずはめでたい「るろうに剣心」、その劇場版のノベライゼーションとも言える作品「るろうに剣心 銀幕草紙変」が発売されました。作者は黒碕薫――原作者夫人であり、数々の和月作品の設定協力を務めてきた、ある意味最も原作者に近い人物による小説版であります。

 と、初めに恥を忍んで白状しますと、私はまだ劇場版を見ていないので、劇場版と比較して本作の内容を云々はできません。そのため、主に原作と比較しての感想となりますが、それを一言で表せば、想像以上に面白かった、となりますでしょうか。

 本作のベースとなっているのは原作初期の武田観柳編と鵜堂刃衛編。観柳のエピソードから御庭番衆を除いて、その代わりに刃衛を入れた(そして斎藤一や、と言えばわかりやすいでしょうか。

 正直なところ、最初はちょっと地味では…と思ったのですが、実際に読んでみると、これはこれでまとまりが良いと感じます。
 時代に取り残された江戸の遺物的存在という意味だけ見れば、御庭番衆と新選組は置換可能と思えますし、原作者も当初(連載が長く続かなければ)刃衛のエピソードをラストに想定していたというだけあって、テーマ的にも綺麗に落ち着きます。

 なるほど、原作初期(≒京都編より前)を一本にまとめれば、こういう形になるのか…と感心した次第です。
 もちろん、それだけでは単なるダイジェストになりかねませんが、この小説版独自(であろう)要素があるのもファンにとっては嬉しい。
 刃衛のデザインを完全版の再筆設定ベースの刃を手に刺したものとしたり、観柳の部下として外印を同じく再筆ベースから更にアレンジして、御庭番衆の黒子になるはずだった、戦争を知らない、無邪気に戦争を望む青年として設定しているのが目を引きます。

 また、原作ではほとんど設定のみだった薫の父・神谷越路郎を、剣心とは別のベクトルの不殺の信念の持ち主として西南戦争を戦った男として描くことで、薫の剣心に対する想いにも、神谷流道場を狙う観柳の行動にも裏付けを与えている(さらには斎藤との関連も用意している)のも、面白いところです。

 ちなみに観柳、原作では単なる大馬鹿の悪党キャラでしたが、こちらでは(馬鹿は馬鹿なりに)筋が通った理念があるのもちょっと面白く感じました。


 もちろん、全体を通してみると粗は皆無ではありません。
 観柳(外印)の計画の杜撰さ(いくら何でも斎藤を無警戒に受け入れるのはいただけない)や、左之助の存在感の軽さなど――これはあとがきを見るに相当悩まれたようですが――すっきりしない部分はありますし、考証的にもどうなのかな、と思う部分がないわけではありません。

 それでもなお、本作は原作のリライトとして――作者に最も近い人間の手になるという点で、アニメ版や劇場版とはまた違った意味の、もう一つの「るろうに剣心」として楽しめることは間違いありません。
 そしてその作者自身も、並行して「キネマ版」というリライトを、また本作の内容とは異なる形で展開していることを考えると、「るろうに剣心」という作品を考える上で、何とも興味深い作品に感じるのであります。


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るろうに剣心 ─銀幕草紙変─ (JUMP j BOOKS)

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2012.09.17

「CLOCKWORK」第2巻 幕末に想いを残す者たちの死闘

 明治10年の東京を舞台に、クロックワークの異名を持つアメリカ帰りの凄腕、勝海舟の息子の勝小鹿が活躍するガン・アクション「CLOCKWORK」の第2巻が発売されました。
 小鹿の前に立ちふさがるのは、幕末から甦ったあの英雄たち…かつて憧れたあの男を敵に回し、小鹿は戦い抜くことができるのか?

 10年ぶりの帰国早々、アメリカの死の商人・メイスン商会と事を構える羽目になった小鹿。父の命で海軍水路局に勤めることとなった彼をそこで待ち受けていたのは、凄腕の拳銃使い・藤原春政(…という名前でニヤリとされる方もいるでしょう)こと、生きていた沖田総司!
 どうにもソリの合わない彼と共にメイスン商会の策謀を追うことになった小鹿の前に立ちふさがるのは、今は警視庁警部補の藤田五郎、そして藤田の元上司であり、沖田同様に死んだはずのあの男。

 さらに、メイスン商会の背後には、小鹿がかつて憧れたあの男、やはり幕末に死んだはずのあの英雄が…
 新しい日本の姿を夢見た男たちが、何故その新しい日本を破壊せんとするのか? 小鹿と仲間たちは、東京消滅の陰謀に立ち向かうこととなります。

 次から次へと登場する幕末の、明治の有名人たちの意外な姿。伝説のガンスミスの手になる小鹿の巨大な愛銃・ペレグリンをはじめとする豪快なガンアクション。明治という時代背景に根付いたギミック(特に、今回のエピソードの中心になるのが、当時としては最先端のテクノロジーのあの乗り物なのが心憎い)。

 どこを取っても意外性とアイディアの固まりのような快作なのですが――しかし惜しいかな、本作はこの巻をもって完結となります。

 確かに、特に後半の展開はかなり慌ただしく――もっともこれは鶏が先か卵が先かと言うべきでしょうが――それ故、キャラクターやアクションの描き込みに物足りない部分があるのは事実。
 また、次から次へと登場する実在の有名人たちの前で、本作のオリジナルキャラクターたちの影が薄く感じられたのも残念な点ではあります(特に今回の敵の陰謀自体、かなり無茶があったような…)。


 しかし、そうした部分はあったとしても、やはりまだまだ序章とも言うべきこの時点での完結は、あまりにも惜しいと言わざるを得ません。
 本作に登場する幕末の生き残りたちは――次世代に属する小鹿も含めて――明治という「今」に生きつつも、皆、それに満たされず、幕末という過去に想いを残し、それを精算しようともがく姿が描かれることとなります。
 本作の謳い文句と言うべき「幕末延長戦」には、そんな彼らの想いが込められているのでしょう。

 そうだとすれば、それが如何なる結末に終わるにせよ、彼らが、彼らそれぞれの想いに決着をつけるまで、その戦いは終わらないはず。
 だからこそ――戦いの本当の結末を見てみたい。彼らにとっての本当の新しい時代の姿を見てみたい。心からそう感じます。

 無ければ作ればいい、なくしたなら見つければいい、消えかかっているなら守ればいい。
 延長戦の再開の日を祈りつつ――


※なお、本書は原作者の富沢義彦氏から御寄贈いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
(ちなみにあとがきでは本サイトのことも取り上げていただいております)

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CLOCKWORK 2 (BLADE COMICS)


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2012.09.16

「昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」 どこか胡散臭くも懐かしき怪談たち

 最近はすっかり怪談の人となった感のある東雅夫氏ですが、怪談ファンにとっては垂涎ものの佳品珍品を発掘してくれるのはまことにありがたいお話。本書は、その名の通り(…と言ってよいものか)昭和の実話怪談本四点から、ユニークな作品をチョイスした怪談集であります。

 本書に収録されている怪談集は、戦前戦後、それぞれ二点ずつ。「古今怪異百物語」「怪異怪談集」が戦前、「扉の怪異 怪談実話」「オール怪談」が戦後の発行ですが、通読してみると――「オール怪談」が圧倒的にカストリ雑誌臭を漂わせているものの――意外と時期的な差異は感じない、という印象でしょうか。

 それよりも本書を通して感じられるのは、ある種の懐かしさとでも言いましょうか――ここ数年の実話怪談ブームの中で生まれた洗練されたものでもなく、東氏がこれまで精力的に紹介してきた文豪怪談ともまた異なる、一種の泥臭さ、良くも悪くもの胡散臭さであります。

 実のところ、本書を優れた怪談をのみ求めて手に取ることは――後で挙げる名品ももちろん存在しますが――あまりおすすめできないかもしれません。
 収録された作品の中には、類型的であったり、下世話であったり、荒唐無稽に過ぎたりと、今の目の肥えた読者からすると、水準に満たないものとして感じられるものもあるだろう、というのが正直なところであります。

 しかし本書においては、少なくとも作品の質のみを云々するというのは野暮…というより的外れと感じます。
 本書は、昭和初期~前期という時期に語られた実話怪談というメディア、普段あまり顧みられることのない、怪談という大衆文芸の一ジャンルの貴重なサンプルなのですから。

 と言っても、やはり怪談集、それも現在では一般読者の目には触れないものから収録されたものなのですから、内容も楽しみたい、というのは当然のお話。
 私もこれまで色々な実話怪談を読んできましたが、そんな私の印象に特に残った作品を挙げておきましょう。


「梯子段の九段目」(「古今怪異百物語」)
 本書に収録された怪談集の中で、どこか下世話で古典的な因縁話が多いように感じられる「古今怪異百物語」の中でも、その「わけのわからなさ」で異彩を放つ作品。
 とある家の梯子段の九段目で誰もが感じる強烈な違和感、鬼気とも言うべきものを存在を述べる内容は、その由来や結末もなく、ただ怪異を取り出して描いた点が、現代人の目から見ても実にイイのであります。

「汽車の怪(人霊は招く)」(「扉の怪異 怪談実話」)
 「怪談三話」と題された同じ語り手による三連作の一話なのですが、山で道に迷い、さびれた駅に辿り着いた主人公が、駅員たちから聞かされる怪異…というしびれるシチュエーションがまず実に良い。
 そこでまた…という展開にはタイミングの良さを感じるかもしれませんが、そんな意地悪な気分も、その前兆を描く簡潔にしてムードたっぷりの描写の巧みさに吹っ飛びます。
 ディケンズの「信号手」的なものを濃厚に感じるのですが、しかし日本的な土俗性も盛り込んだ佳品です。

「怪奇実話 呪いの狼女」(「オール怪談」)
 タイトルの時点で強烈なものを感じさせますが、内容はそれに劣らぬ怪作中の怪作。
 とある山中の鄙びた一軒家の戸を、奇怪な声とともに叩く謎の女の声…という怪異そのものは良いのですが、そこから実録風にその女の正体に迫っていく後半が凄まじい。
 一見何の関係もないように見えた医学者と愛人の失踪事件が、あれよあれよという間に異界に踏み込み、いやいやいやそれはどう考えても! という結末を迎えるのにはただただ唖然とさせられるのですが――
 実話の域を完全に踏み出しているようでいて、ヒョイと「こちら側」に戻ってみせる人を食った結末が実に楽しい。
 ある意味本書を象徴する作品です。


 と、素直にお勧めし難い部分はあるのですが、怪談の持つ、どこか懐かしい、どこか安らぐ胡散臭さを愛する方には、是非ご覧いただきたい逸品であります。

「昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」(東雅夫編 メディアファクトリー幽クラシックス) Amazon
昭和の怪談実話 ヴィンテージ・コレクション (幽クラシックス)

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2012.09.15

「新・水滸伝」第1巻 現代中国のオレ水滸伝

 最近はゲーム関係がほとんどかと思いますが、光栄(コーエー)の出版部門は、一時期歴史ものの小説を多く刊行していた時期がありました。本作もその一つにして個人的には一番の珍品、現代の中国でリライトされた「水滸伝」であります。

 水滸伝リライトは、言うまでもなく日本でも結構な数が発表されていますが、現代中国で書かれたものというのは、日本にはほとんど入ってきていない(というか、どれだけの数があるかすらわからない)というのが事実。
 本作はチョ同慶(チョは衣偏に者)なる作者により、実に数十年かけて執筆された「水滸新伝」の邦訳とのことですが、ある意味如実に執筆された時代を反映しているのが面白い。
 日中戦争、中華人民共和国の成立、文化大革命という時代を経て完成した本作は、一口に言ってしまえば、革命文学としての水滸伝を体現したものと言えるのですから――
(その一方で、本作の原書を、訳者が西域の砂漠のど真ん中のオアシスの書店で見つけたというエピソードが、伝奇的で実に素晴らしい)

 その最終的な評価については、また別に語りたいと思いますが、ここでは一巻ずつ、原典との大きな相違を列挙していきたいと思います。
 ちなみにこの第1巻は、王進→史進→魯智深→林冲→楊志→智取生辰綱→宋江の放浪を経て、青州は清風山を捨てて梁山泊に向かうまでと、大抵の水滸伝で序盤に描かれる定番のエピソードが並ぶのですが、この時点で様々な相違点があるのが面白いのです。

・朱武、陳達、楊春の三人の過去を設定。
・王進が、逃走の果てに病み衰えて史進に看取られて没。
・李忠と周通の代わりに蔡福・蔡慶が登場(ただし李忠はその後孫立の部下として登場)。
・北京大名府に流刑になった楊志が盧俊義と親交を結ぶ。燕青は盧俊義の使用人ではなく放浪の拳法家で、旅の途中で盧俊義の従姉妹を助けた。
・花栄は青州の副知塞ではなくその息子。悪党の手先に使われた挙げ句青州に左遷されて後悔して死んだ父の遺言に従い、官に就くことは望まない。
・清風山に籠もるのは、燕順・王英・・旺の三虎。彼らの師匠格が皇甫端。皇甫端の姪の女傑・崔慧娘は後に花栄と結ばれる。
・孫立は四州の兵馬総管で、韓滔と彭・が部下。
・秦明、黄信、李忠は青州の軍人。黄信は清風山に下った後、鎮三山の名を恥じて改名。
・宋江はやはり全国の好漢に慕われているが、招安については燕順にすら内心ダメ出しされる。

 といったところですが、ご覧の通り、特に青州のエピソードは、宋江と花栄が陥れられて清風山に走り、青州軍と戦うことになるという大枠こそ同じものの、人物配置と設定は大きく異なります。
 特に、宋江の出番がかなり減って、花栄のフォロー役的扱いなのは、彼の招安志向が明確に批判されていることも含めて、本作のなんたるかを端的に示している印象があります。

 実は本作の大きな特徴の一つは、原典を農民起義の物語として捉え、その部分をクローズアップした点にあります。
 これは、執筆された時と場所を考えればそれなりに納得いくものではありますが、やはり現代の日本人から考えると、やはり違和感は否めない部分。

 特に愛すべき無頼漢である魯智深や、山賊の中の山賊である燕順が、社会正義に目覚めたような言動を見せるのは、原典をそのまま残した部分とのギャップが大きいのですが…


 と、この辺りの印象は、最終巻を読んでからまた改めて述べたいと思っていますが、今の中国でオレ水滸伝を描くことの一つの帰結を見た思い、というのが、正直な感想ではあります。

「新・水滸伝」第1巻(今戸榮一編訳 光栄) Amazon

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2012.09.14

「謙信の軍配者」 軍配者が見た景虎

 主家が滅び、越後に逃れた曾我冬之助。宇佐美定行と名を変えた彼は、長尾家の軍配者となり、長尾景虎に仕える。内政を一切顧みず、ただひたすら正義の戦を行おうとする景虎は、武田晴信を極悪人として激しい敵意を燃やす。それは、冬之助と山本勘助こと四郎左が戦場でまみえることを意味していた…

 富樫倫太郎を一気にブレイクさせた「軍配者」三部作のラストであります。
 軍配者を養成する足利学校で共に青春を過ごした若者たち――小太郎、四郎左、冬之助のうち、小太郎の物語は「早雲の軍配者」で、四郎左のそれは「信玄の軍配者」で描かれましたが、残る一人は冬之助。
 そしてこの時代に北条、武田とくれば、残るは上杉――というわけで、上杉謙信(長尾景虎)の軍配者となった冬之助の姿が、本作では描かれることとなります。

 元々は名家・曾我家の出でありながらも、前作の後半で主家が滅び、旧友の四郎左の計らいで辛くも逃れることができた冬之助。
 長尾家に仕えることとなった彼は、当時継嗣がいなかった宇佐美家を継ぎ、定行と名乗ることとなります。

 …と、ここでまずニヤリ。小太郎=風間小太郎、四郎左=山本勘助とくれば、冬之助も後世に名を残す――それでいて、明確な事績がほとんど残っていない――軍配者に違いないと思っていれば、宇佐美定行であったとは。
 定行は、甲州流軍学に対する越後流軍学の祖と言われる人物ですが、実際には上杉家の重臣・宇佐美定満をモデルにした架空の人物とも言われています。
 その定行を、四郎左とは腐れ縁の親友とも言える冬之助の後身に設定するとは、何とも心憎いではありませんか。

 …が、実は本作において、冬之助が軍配者として、いや主人公として活躍する場面はさほど多くありません。その代わりに大暴れするのが、彼の主君たる長尾景虎であります。
 言うまでもなく後の上杉謙信である景虎を、本作においてはその姿を非常にエキセントリックな――しかし史実を踏まえた姿で描き出します。

 その本作の景虎像は、一言でいえば子供がそのまま大きくなった大人(中二病も入っているかも)。裏切りや不義には怒髪天をつき、イイ話や人情に触れてはボロボロ泣き…キッパリした人物ではあるのですが、あまりにキッパリしすぎて、世俗の垢にまみれた人間には少々、いやだいぶ煙たい人物。

 それも普通の人間であればまだしも、長尾家の主であり、そして何よりも戦の天才というのだから始末に悪い。
 領土欲は一切無く(すなわち経済感覚皆無で)、戦うのはただ義のため、我こそは神仏に代わり地上に正義を行う者! と心から信じる――当時としては桁外れの戦国武将が、本作の景虎なのであります。

 本作はある意味、晴信を勝手に不倶戴天の敵と決めつけた景虎が引っ張っていく物語であり、その一方で四郎左の側のドラマが結構な重みで描かれることもあって、冬之助が割を食っているように感じられるのも、正直なところではあります。

 しかし、冬之助は、本作で唯一最大の景虎の理解者でもあります。これまでの経験によって、俗世の欲に囚われることのなくなった冬之助。彼が望むのは、ただ己の力を活かすことのできる合戦のみであり、そしてその点において、彼は景虎と共通点を持つのです。
 つまり、本作において――その言動にしばしば驚き呆れつつも――景虎の行動を正しく理解できるのは彼のみであり、そしてそんな彼、謙信の軍配者を通してこそ、本作で起きる事件、戦いの数々、そして何よりも景虎という人物を正しく描くことが出来るのであります。

 そしてまた、本作はもちろん、かつて足利学校で青春を過ごした軍配者たちの物語でもあります。本作におけるクライマックス、川中島の戦は、景虎と晴信の一連の戦いの総決算であると同時に、冬之助と四郎左の青春に終止符を打つものでもあるのです。
 それが戦である以上、そこには死がつきまといます。それでもなお、本作の結末に、冬之助と四郎左の戦いの決着に不思議な爽快感が残るのは、本作がこれまでに、合戦のみならず、人の想いと想いが織りなすドラマを描いてきたからにほかなりますまい。

 三人の軍配者の一人の小太郎の出番が少なかったことは残念ではありますが、三人の軍配者の物語の完結編として、まずは満足できる作品でありました。


「謙信の軍配者」(富樫倫太郎 中央公論新社) Amazon
謙信の軍配者


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2012.09.13

「忍剣花百姫伝 3 時をかける魔鏡」 時と人を繋ぐ絆

 ついに天竜剣の力に目覚め、新たな神宝を求めて近江に向かった捨て丸は、琵琶湖で天空に浮かぶ女神像を目撃する。それは、湖底に眠る神宝・破魔の鏡の力だった。襲来した美女郎を撃退し、鏡の力で時を超えた捨て丸。そこで空天の術者と出会う捨て丸だが、この時代にも魔王の魔手は迫っていた…

 全7巻の第3巻まで来た時代ファンタジー活劇「忍剣花百姫伝」、これまでも怒濤の展開の連続でしたが、ここに来てさらにとてつもない世界に突入していくことになります。

 魔王と美女郎に操られる亡者の群れに襲われた玉風城をかろうじて守った捨て丸こと花百姫。
 彼女は新たな神宝と仲間を探すため、心から慕う忍剣士・霧矢とも別れて少年忍者・こっぱ丸とともに近江国に向かうこととなります。
 そしてにおの海(琵琶湖)で彼女が見たものは、天空に浮かぶ水と戦いの女神サラスヴァティの姿だった…という導入部からして痺れますが、そこからの展開は今回もまた一気呵成であります。

 琵琶湖で活躍する破魔水軍との出会いと意外な人物たちとの再会。天の浮舟に乗った魔剣士・美女郎の襲撃と捨て丸の死闘。
 前巻で美女郎に敗れた玉風城の騎馬隊長・小太郎を救った人物の正体と、好漢・鳴神流山との奇妙な出会い。
 クライマックスでは、ついに姿を現した神宝・破魔の鏡の力で捨て丸は思いもよらぬ世界に飛ばされることになるのですが――


 いやはや、ここから先は、まさか本作の作品世界がこういった方向にまで広がっていくとは! と、あまりにも意外な展開で、ただただ驚かされるばかりであります。
 登場人物の数も多く、独特の設定もまた数多い本作ですが、それが横の広がりであったとすれば、この第3巻のクライマックスで描かれたのは縦の広がりと言うべきでしょうか。

 しかし時代ものでやると、一歩間違えれば作品世界そのものが崩壊しかねないこの仕掛けですが、ここでは違和感なく、いやむしろ物語の輪郭をより明確な形にするものとして感じられます。

 本作の主人公である捨て丸が、十年前に落城した八剣城の主の血を受け継ぎ、そしてその過去を背負って戦うように、本作の登場人物は皆、それぞれに自分自身の過去を背負って生きていく姿が描かれます。
 しかしその過去は決してその人間のみのものではありません。その中で出会った者、別れた者――そんな人々との絆がそこにあるのであり、そしてそれこそが、彼ら彼女たちのパーソナリティを構築しているのであります。
(それは尋常な人と人との関わりとは無縁にすら見える美女郎においてもまた…)

 そう、この第3巻で描かれた展開・仕掛けは、意外なものでありつつも、実は本作でこれまで描かれてきた、時代を超えて繋がっていく人と人の絆の在り方を、角度を変えて(ある意味、より直接的に)描いたものにほかならないのです。

 そしてその絆は、当然のことながら現在進行形で生まれているものであります。
 この巻でも描かれた新たな絆が、果たして物語をどのように動かしていくのか――想像するだけで胸が躍るのです。

「忍剣花百姫伝 3 時をかける魔鏡」(越水利江子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
忍剣花百姫伝(三) (ポプラ文庫ピュアフル)


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2012.09.12

「笑傲江湖」 第23集「吸星大法」/第24集「逆襲」

 ようやく巡り会った最愛の人と引き離され、師匠から破門され、ついにはわけがわからないうちに湖底の地下牢に幽閉されてしまった令狐冲。しかし思わぬところから彼の逆転ロードが始まる…ということで、ドラマ版「笑傲江湖」の第23話・第24話であります。

 任我行を救出しようとする向門天に利用された末、任我行の身代わりに地下牢に閉じ込められてしまった令狐冲。両手両足は鎖に繋がれ、出来ることは酒を飲むことくらい…
 と、そんなある日、彼が発見したのは、任我行が鉄格子に刻んだ武術の秘伝。
 地下牢を守る江南四友の一人。黒白子が、その秘伝を知りたがっていることを知った令狐冲は、まあ適当にそれらしいことを言って、騙して牢から出してもらおうと、黒白子が次に来る数日後までに、形だけでも…と秘伝を学び始めるのですが――でたらめを書いてあるように見えたこの秘伝を実践してみたら、何と長きに渡り彼を悩ましていた内傷が癒え、体内でぶつかり合っていた八つの真気が消えた!(と台詞で説明)

 しかも手足の枷まで簡単に外れるほどパワーアップ、わずか数日でこれだけ実践できるのも凄い話ですが(原作ではもう少し時間がかかってます)、とにかく令狐冲復活ッ!
 さらに、再びやってきた黒白子を騙して牢から出た際に、偶然触れた手から、黒白子の内功が吸い取られ、令狐冲の体内に…
 これなん伝説の秘術「吸星大法」、簡単に言ってしまえばMP吸収だけでなく、レベルまで吸い取るエナジードレイン攻撃。悪魔の秘術であります。

 細かいことは知らず一端逃げた令狐冲ですが、しかし向門天たちが捕まっているかもしれないと再び館に戻ってくるのですが…そこにいたのは、その彼を助けに来た任我行と向門天、そして任我行が捕らわれていることを確認しにきた東方不敗の配下たち。
 思わぬ日月神教内の内部抗争の場に居合わせることとなった令狐冲ですが――このシーンが非常に意義深い。

 武術の腕や頭の冴えよりも、教団への貢献度で決まる身分。粛正の恐怖をちらつかせて服従を迫る権力者。原作が1967年に書かれたことを考えると、この辺りが何を、誰を想定して書いていたかは容易に想像がつきますが、これをあの時代に書いた金庸先生の度胸が凄まじい(そしてその原作が中国でこうしてドラマ化されているのも)。
 閑話休題、権力闘争で任我行を幽閉し、さらに殺そうとする東方不敗一派、そしてある者は三尸脳神丹なる恐るべき薬でもって服従させ、またある者は弊履の如く使い捨てて顧みない任我行――「笑傲江湖」の語に象徴される本作の精神とは対局にある、権力に踊らされる者たちの醜い姿は、令狐冲だけでなく、我々の胸にも強い嫌悪感とともに残ります。

 そんなわけで任我行との同行を拒んで姿を消し、その後再会した任我行から、彼の片腕という破格の待遇を提示されてもあっさり断ってしまう令狐冲(さすがの向門天も超ハラハラ)。
 実は他者の内功を吸収する吸星大法には副作用があり、任我行が編み出したその対処法をちらつかされても、一顧だにせず、その場を去ろうとするのですが…そこで任我行の口から盈盈の名前が――

 と、令狐冲を救う代償に、十年間少林寺に幽閉されることを選んだ盈盈。しかしその後令狐冲の消息が全く聞こえないことに業を煮やした彼女は方証大師にくってかかります。弱った末に、大師は既に令狐冲はここにいないこと、そして任我行が復活したらしいことを語り、盈盈が寺を出ることを認めるのでした。

 …が、その動きを察知した嵩山派の左冷禅はまたも奸計を巡らせます。
 盈盈が少林寺にいると噂を流す→邪派の連中が救出に押しかける→困った少林寺が助けを求めてくる→五岳剣派として乗り込んで、少林寺も自らの配下に! と。
 その策は当たり、各流派に救援を求める少林寺。久々に登場した華山派の岳不群も、また無駄に令狐冲にヘイトを燃やし、少林寺に向かいます。

 そんな江湖の動きも知らず放浪を続け飲んだくれる令狐冲。そこに、胡弓を手にした納谷六朗声の素敵な爺様が…というところで次回に続きます。

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2012.09.11

「幻海 The Legend of Ocean」 幻の海の秘境へ

 秀吉の禁教令の中、日本に上陸したイエズス会士シサット。秀吉に捕らわれた彼は、その航海学の知識を認められて、布教の見返りに小田原攻めへの同行を命じられる。軍監として同行する岩見重太郎とともに伊豆に向かうシサットは、激しい海戦の中、「奥伊豆に黄金の国がある」という噂を知るのだが…

 ここ数年、矢継ぎ早に新作を発表している伊東潤の作品は、骨太な(≒生真面目な)生真面目な歴史小説という印象を強く持ってきました。しかしながら、文庫化された本作「幻海 The Legend of Ocean」を目にした時の予感を信じて手に取ってみれば――驚くべし、こちらの想像を遙かに超えたユニークな世界が広がっていたではありませんか。

 物語は、バチカンの査問委員会から始まります。遠く日本まで布教に向かい、そこで目にしたものを記したレンヴァルト・シサット。しかしその内容がキリスト教の、バチカンの思想と相容れぬものであったことから、彼は書物を焼き捨てて懺悔するか、はたまた火刑に処されるか、選択を迫られます。
 それでも己の道を曲げようとしないシサットに興味を抱いた書記官に対し、シサットが語ったものとは――

 それは、秀吉の小田原攻めのまっただ中のこと。死を覚悟して日本に潜入し、禁教令を発していた秀吉に対面せんとしたシサットは、しかし途中で見つかり、秀吉に仕える豪傑・岩見重太郎(!)に捕らえられてしまいます。
 しかし航海術の才があったシサットに対し、秀吉は布教を許す代わりに、小田原攻めに向かう豊臣方の水軍への随行を命じます。かくて、シサットはなりゆきから同行することとなった重太郎、そして処刑されかけていたところを救った切支丹の若者・藤次郎とともに、徳川水軍の船で伊豆に向かうことに…

 本作のほぼ前半部分は、シサットが心ならずも参加することとなった、この小田原の役における伊豆下田での海戦が描かれることとなるのですが、この部分だけでも実に面白い。
 まことに恥ずかしながら小田原の役というとどうしても城攻めの印象が強く、水軍による戦が行われていたことはほとんど知らなかったのですが、それだけにここで展開される戦の模様は実に新鮮に映ります。
 数に勝る豊臣方と、地の利を活かした北条方、時々刻々と変化していく戦場での戦いは実にエキサイティングでありますし、そこで日本に存在しない最新の航海術でシサットが存在感を示すという構成も巧みです。

 これだけでも本作を読んだ甲斐があった…と思いそうになりましたが、しかし本作の真骨頂はこの先にあります。

 戦いの最中、奇怪な噂を聞かされるシサット一行。伊豆には、北条とは、いやこの国の者たちとは全く異なる優れた航海技術を持つ民が棲み、そしてその国には計り知れない黄金が眠ると…
 その噂を裏付けるように、やがて彼らの周囲に出没する謎の民。険阻な山並みと、激しい海流に守られた奥伊豆に、一体何が潜んでいるのか?
 黄金に憑かれた者たちの争いに巻き込まれ、やむなく奥伊豆に向かうこととなったシサットは、そこで驚くべき文明の存在を目にすることになるのです。

 …そう、本作の正体は、実は秘境冒険小説。
 秘境というものがほとんど消滅した現代、それと同時にほとんど見られなくなった秘境冒険小説が、こんなところに存在していたとは! 本作の真の姿を知った時には、驚きと喜び、そしてそれを文庫化まで見逃していた悔しさが入り交じった想いに打ちのめされた次第です。

 その秘境の正体についてはここでは語りますまい。しかし伊豆(というある意味馴染み深い土地)に、このような伝奇的秘密をちりばめた秘境冒険世界を現出させてみせるとは、いやはや、心の底から驚き、かつ感服いたしました。

 舞台が秘境に移ってからの物語が、ある意味秘境もののテンプレート的であるのは弱点かもしれません。
 しかしリアルな戦場の中にに圧倒的な存在感のフィクションを放り込んで、地続きの世界として成立させてみせた、その筆力と、何よりも心意気を私は愛します。

 作者のイメージとは異なる作品かもしれませんが、私にとっては大歓迎。再び、このような路線の作品が読めることを期待したいと思います。

「幻海 The Legend of Ocean」(伊東潤 光文社文庫) Amazon
幻海―The Legend of Ocean (光文社時代小説文庫)

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2012.09.10

「ねたもと」 江戸文化は風呂屋に花開く!?

 時は寛政2年、平賀源内に憧れて大作家を目指す少年・菊池久徳は、なりゆきから湯屋で今をときめく喜多川歌麿と絵の勝負をすることとなる。かつての憧れの女性、今は吉原の振袖新造・お妙の姿を題材に始まった勝負の行方は…

 「危機之助御免」「CLOCKWORK」と、ユニークな時代漫画の原作を手がけてきた富沢義彦の新作が「グランドジャンプ」誌に掲載されました。
 舞台となる時代は江戸の出版文化が花開いた寛政年間、大作家を目指す少年が、あの喜多川歌麿を向こうに回して大勝負を繰り広げることとなります。

 書物の知識と耳の良さ、そして自惚れでは誰にも負けないと自負する少年・菊池久徳。普段は書肆でアルバイトしている彼は、そこで知り合った女の子たちと風呂屋で逢い引きすることに(当時の風呂屋は混浴…もありました)。
 が、そこに現れた今をときめく人気絵師・喜多川歌麿に女の子たちの目線は釘付け。面白くない久徳は、歌麿と女の子たちの裸をモデルに絵画対決を繰り広げることとなるのですが…


 冒頭で述べたとおり、舞台となる寛政年間は、浮世絵、読本など、印刷技術の発達を背景に、様々な文化が花開いた時代。そんな背景を踏まえながらも、しかしさらりと軽く、今に通じる形でその時代を描くのが、いわば富沢流。
 本作においても、将来の人気アーティストを目指してバイトに励む主人公を通して、この時代の活気に満ちた文化の一シーンを切り出していると言えます。

 しかし面白いのは、それが裸体画勝負という点でしょう。
 本作が掲載された「グランドジャンプ」誌は、青年誌。青年誌といえば、お色気がつきもの…というのは偏見かもしれませんが、風呂屋を舞台に絵画勝負→当然モデルはハダカ! という流れるように自然に(?)お色気を繰り出してくるのはアイディアであります(そしてそれが単なるウケ狙いではないことが、ラストにわかるという構成が実に心憎い!)

 ただし気になったのは、その勝負で描かれるのが、あくまでも当時の浮世絵ということで――すなわち、人間の顔や躰を大胆に簡略化した、ディフォルメした絵柄で、モデルが描かれることとなるわけです。
 そのため、いかにも漫画チックな美少女・美女が、いざ絵になると浮世絵タッチになるのですが、そのギャップは、当時の浮世絵というものを知らない読者が見たら相当違和感を感じるのでは…と、勝手に心配になってしまったのであります。

 しかしそれは取り越し苦労。
 極端にディフォルメされたタッチだからこそ、逆にその中に浮かび上がるのは描き手の想い。そしてそれこそが、作品に触れた者の心を動かす――
 言葉にすれば当たり前に見えるかもしれないその事実を、しかし鮮やかに心に落ちる形で描き出して見せたのには、大いに唸らされた次第です。
(ちなみに作画のたみ氏のブログによれば、今回対決を演じた二人の浮世絵のタッチを参考にして漫画を描いたというのにも感心)

 久徳が実は後の○○○○だった、という結末も決まって、まずは綺麗にまとまった作品であったかと思います。

 しかし、寛政という時代には、まだまだ面白い人物が、事件が目白押し。幕府による芸術の表現規制など、今に通じる題材も色々と存在します。
 単発の読み切りで終わるのはまだまだもったいない、こうした題材を、富沢流の切り口で料理した物語をまだまだ読んでみたい、続編が読みたい――そう感じたのもまた事実であります。

「ねたもと」(たみ&富沢義彦 「グランドジャンプ」2012年No.20)

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2012.09.09

「お江戸ねこぱんち」第5号 半年に一度のお楽しみ

 半年に一度のお楽しみの「お江戸ねこぱんち」も早いもので第五号。丸ごと猫ネタの時代漫画誌というのは、猫好きで時代もの好きには、実に楽しい一冊であります。
 今回も、このブログ的に楽しめた作品を取り上げます。

「猫絵十兵衛御伽草紙 外伝 火事場猫の巻」(永尾まる)
 今回も巻頭を飾るのはもちろんこの作品。元々時代ものである本作ですが、「お江戸ねこぱんち」の方では外伝として少々毛色の変わった作品が掲載されています。
 今回は、以前に掲載された少年時代の十兵衛の物語の続編。猫に育てられた孤児の十兵衛が、まだ売り出し中の絵師・十弦に引き取られるまでが以前の少年編では描かれましたが、今回は、十兵衛が火事場で親とはぐれた猫と出会う一幕であります。

 正面切った(?)人情噺もさることながら、ふとした江戸の風景とそこに行き交う人(と猫)の姿を情感豊かに描くのを得意とする作者らしく、十兵衛が猫を抱えてさまようシーンだけでも胸に来るものがあります。

 もっとも、この猫が本編でもお馴染みのトラ助と似たような柄の猫ということもあって、今までも何度かあった猫の迷子話の延長に見えてしまうのも正直なところではあります。
 しかし、ラスト近くにあるキャラクターを出すことで、本作の一つのテーマとも言える人間と妖の共存(の仕方)を語るのもうまく、やはり楽しめる作品であることは間違いないでしょう。


「猫暦」(ねこしみず美濃)
 第四号から連載が始まった作品の第二話。天文に興味を持つようになった少女・おえいと流行らない剣術道場を営むその父、そして彼女を嫁にするためにやってきた猫又のナツメを巡る物語であります。

 第一話ではおえいが天文に興味を抱くようになる様が描かれましたが、今回はどちらかというとメインになるのは父親の心情。
 亡き妻の忘れ形見である娘の成長を楽しみに思う気持ちと、自らの夢である武者修行に出たいと思う気持ちの間で揺れ動く気持ちを、本作では「惑い星」(すなわち惑星)と喩えるのですが――

 フラフラと惑っているようで、しかしその道を外れることのない存在として彼を――そして彼が地球だとすればおえいを月として――描くのが実にうまい。
 どうやら毎回登場するらしい、ナツメの妖力でおえいが一時大人の姿になる(魔法少女の如く)シーンも、なかなかうまい使い所であったと思います。

 さらに言えば、前回大人になったおえいと出会った司天台の男・勘解由が、(大人姿の彼女と同一人物とは知らず)おえいが地動説を口にするのに驚くというヒキの部分も面白く、正直なところ、次回は半年後というのが待ちきれない気分であります。


「忍者しょぼにゃん」(きっか)
 しょぼんとした気弱な猫・しょぼにゃんの日常を描く四コマ…の時代劇編。実は好きなんですよ、「しょぼにゃん」!

 今回は児雷也に憧れたしょぼにゃんが、口寄せの術でガマを呼び出すも(いつものごとく)大惨事に…という、相変わらず何気にヒドイ展開を可愛らしく見せてしまう本作のマジックは健在でありました。
(ガマを呼び出す術、「口寄せ」というのだろうか…というのはともかく)


 その他、こちらの趣味的にはロマンスなのか怪談なのかコメディなのかユルい境界線がちょっと楽しい、ほしのなつみ「明け六つの猫」、ある意味定番の猫又話に可愛らしい猫侍(雌かと思ったら雄でショック)を投入することでちょっと面白いアクセントとなった須田翔子「今宵は猫月夜」が目に止まったところ。

 個人的には、これまで毎回クオリティの高い作品で楽しませてくれた蜜子の作品が掲載されていなかったのが大いに不満ではあるのですが、それなりに楽しませてくれた一冊であります。

「お江戸ねこぱんち」第5号(少年画報社) Amazon
お江戸ねこぱんち 5 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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2012.09.08

「楊令伝」を読み終えて

 先日取り上げた通り、第15巻をもって、文庫版「楊令伝」の刊行が終了しました。
 これまで一年以上にわたり、楽しませていただきましたが、「楊令伝」全編を通しての感想をここで述べたいと思います。

 北方「水滸伝」が完結したのは、早いもので約7年前。思っていた以上に前のことではありますが、次々と好漢が倒れ、梁山泊そのものも炎に包まれる結末から受けた衝撃は、昨日のことのように思い出せます。
(何しろ、梁山泊が徹底的に負けて終わる「水滸伝」というのは、我が国ではほとんど初めてでしたから…)
 それだけに、続編として「楊令伝」が始まった時は、期待半分、不安半分でありました。再び梁山泊の物語が読めるのは嬉しい。しかし悲劇的とはいえ、見事に結末を迎えた物語の続きを、果たして語る必要があるのだろうか…と。

 しかし、「楊令伝」を全て読み終えた今であれば、本作は語られる価値があり――そして、本作でなければ語れないものがあったと、はっきり言うことができます。

 正直なところ、本作の人気は、前作に比べるとやや低い――いや、人によってははっきりと期待はずれに感じた方もいるのではないでしょうか。確かに梁山泊が復活し、童貫にリベンジを遂げるまでの前半部分の物語は面白かった。しかしその後は、延々と国家論ばかりが続いた印象は否めません。
 しかし個人的には、むしろ楊令が、梁山泊が新たな国の在り方を――いや、そもそも国とは何か、ということを模索する後半部分が、実に刺激的に感じられたのであります。


 少々話は脇道にそれますが、およそ我が国の歴史・時代小説というジャンルは、「国とは何か」ということを根本的に考えるには、実は向いていないように感じられます。
 もちろん、国盗りの物語、国造りの物語、そしてそれを治める物語には、優れたものが多々あることは言うまでもありません。
 しかし、それはあくまでも所与のこの国――それも、この国の一部分――を巡るものに留まり、ゼロから、あるいはマイナスから国というものを語った物語というのは、実は驚くほど少ないのではないのでしょうか。

 それは言うまでもなく――解釈は様々に分かれるにせよ――我が国が単一の国家として、単一の頂点の元に存在してきた(「とされている」)からにほかならず、そんな我が国において、国というものは、統治者は時に入れ替わるにせよ、常に存在するものであり、それをないものとして語るのは、一種のタブーとすらなっていると感じられます。

 さて、それでは有史以来幾多の王朝が生まれ、滅んだ中国ではどうでしょうか。確かに、国という存在は絶対ではありませんが、しかし王を戴いた国という形式の点で見れば、滅んだ国も、新たな国も異なるものではないと言えるのではないでしょうか。

 しかし、中国には国に拠らない豪傑たちの物語が、見方によっては国を否定し、滅ぼす者たちの物語があります。それが「水滸伝」であり――北方水滸伝が、原典のその側面に着目して描かれていることは、言うまでもありません。
 そして「楊令伝」は――その「水滸伝」では達成できなかったものの――国を否定し、滅ぼしたその先にあるものを描くため、「水滸伝」の続編として生まれたのではありますまいか。すなわち、「楊令伝」は「水滸伝」の続編として描かれなければならなかった、のではないでしょうか。

 こう考えてみると、「楊令伝」が国の在り方について、しつこいほどに語ってきたのはむしろ必然であり、それこそが本作の読みどころであった、と感じられるのです。
(もちろん、その試みに作中のある程度のタイムスパンが必要となる関係上、個々のエピソードが、キャラが薄味になったのは、本作の構造上の欠点ではありますが)

 ほかのどこでも、どの物語でも描くことのできなかった「国」という存在への根底からの問いかけ――私が本作に強く魅力を感じたのは、まさにこの点(それに「水滸伝」の存在が必要であったという点を含めて)においてであります。

 そしてそれを語るために、自らを幻の王と呼ぶ男の存在が必要であり――その退場をもって物語に幕が下りるのも、また必然なのかもしれません。


 「水滸伝」の続編として、「国」という存在への問いかけとして、本作は実に魅力的な物語でありました。
 そして、続く「岳飛伝」では何が描かれるのでしょうか――?

「吹毛剣 楊令伝読本」(北方謙三編著 集英社文庫) Amazon
吹毛剣 楊令伝読本 (集英社文庫)


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 「楊令伝 十一 傾暉の章」 国という存在、王という存在
 「楊令伝 十二 九天の章」 替天行道の中の矛盾
 「楊令伝 十三 青冥の章」 岳飛という核
 「楊令伝 十四 星歳の章」 幻の王、幻の国
 「楊令伝 十五 天穹の章」 幻の王が去る時

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2012.09.07

「楊令伝 十五 天穹の章」 幻の王が去る時

 長きに渡り刊行されてきました文庫版「楊令伝」がついにこの第15巻をもって完結しました。
 梁山泊・南宋・金、三つ巴の決戦の末に、梁山泊という夢、替天行道という夢に、一つの終止符が打たれることとなります。

 自由市場という物流の活発化・自由化により、全く新たな国の在り方を模索する梁山泊。その流れは金を、南宋を静かに、しかし根底から揺るがしていくこととなります。
 それを力で阻まんとする南宋に対する梁山泊は、緒戦で大勝を挙げたのですが――

 ここからの展開については、雑誌連載時にリアルタイムで読んでいたのですが、やはり何度読んでも心が痛みます。
 人間の力ではどうにもならない巨大な自然の力の猛威。信じていた者たちからの裏切り。そしてその中で一人、また一人と欠けていく好漢たち…

 今回読み返してみると、連載時に感じたほど、梁山泊を取り巻く状況はどうしようもなくはなっていなかったのは少々意外でしたが、それはこれまで順風満帆とすら言えた梁山泊の前に、一気に障害が吹き出た感があったかもしれません。
 冷静に読んでみれば、少なくとも、前作終盤のように圧倒的に力負けしてどうにもならない状況ではなく、あと一歩で勝利は目前だったとすら言えるのですから…

 もちろん、それだからこそ、待ち受けていた結末はあまりに苦く、切ない。まさに「ひどくつまらないこと」で、これまで楊令が作り上げてきた、一つの壮大な夢が失われたのですから――

 もちろん、たった一人の人間が亡くなっただけで、それまで梁山泊が築いたものが全て失われるわけではありません。
 彼の仲間たちはまだ数多く残り、そして災害と戦で多大な被害を受けたとはいえ、いまだ梁山泊という「力」は存在しています。

 それでも、本作は、一人の男の命が尽きたところで結末を迎えることとなります。
 一つの国を滅ぼすことを運命付けられ、そしてそれを成し遂げた後に、国とは何かということを愚直なまでに考え、新たな国の形を作り出し、それでいて王たることを決して望まなかった幻の王の命が尽きた時に…


 本作を通しての感想はまた別途述べさせていただきたいと思いますが、この最終巻を読んだ時点のとりあえずの感想を、ここに記した次第です。


 ちなみに――それまで平穏を保ってきた梁山泊が水害により一瞬により国土を泥濘で覆われる様は、今読んでみると、震えがくるような思いがいたします。あまりこういう考え方は好きではありませんが、フィクションと現実の奇妙な関係性すら感じたことです…

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 「楊令伝 十 坡陀の章」 混沌と平穏と
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 「楊令伝 十二 九天の章」 替天行道の中の矛盾
 「楊令伝 十三 青冥の章」 岳飛という核
 「楊令伝 十四 星歳の章」 幻の王、幻の国

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2012.09.06

「後巷説百物語」第2巻 怪異の中に二重の時代性を描く

 京極夏彦の「後巷説百物語」を、日高建男が漫画化した第2巻は、一巻丸々使った「天火」のエピソード。
 明治の事件と江戸の怪事が交錯した末に浮かび上がるものは…

 今日も今日とて、明治の東京で激論を戦わせる若人四人。巡査の剣之進が持ち込んだ怪火にまつわる事件に対して、その真偽を議論していたのであります。
 周囲で小火が相次ぎ、ついには店から出火した両国の油屋。小火の現場で目撃された後妻は犯行を否定し、それどころか店の出火は前妻の恨みの火によるものだと証言したと。
 かくて、光物、狐火、鬼火…様々な怪火の存在が議論された末に、一白翁――百介のもとに話が持ち込まれ、彼が若き日に出会った事件が語られる、という展開となります。

 ここで一白翁が語ったのは、「天火」にまつわる事件。
 さる藩内で慕われていた名代官と、その淫奔な妻、そして彼女に言い寄られた旅の僧――誘惑を跳ね除けた僧を恨みに思った代官の妻が夫に讒言し、それによって代官に首をはねられた僧の恨みの火が天から降って夫妻を焼き殺したという、いわゆる二恨坊の火の物語を地でいくような構図の物語であります。

 が、翁が語るのは、すなわち百介が経験したのは、あくまでも実話。そしてここで言う旅の僧・天行坊が、お馴染み御行の又市であった、というのが穏やかではありません。
 事態は二恨坊の火の物語の通りに展開し、あわれ天行坊の又市は代官に首を打たれた末に晒され、そしてその恨みの火が代官屋敷を夫妻もろとも焼き尽くす――

 と言っても、又市が絡む時点でこれが一種の仕掛けであるというのは、我々にとっては明白なわけですが、しかしむしろ本作のメインとなるのは、ハウダニットではなく、ホワイダニットの部分であり、そこに本作の特異性があるとすら言えます。
(正直、ハウダニットに関しては、シリーズの多くのエピソード同様、今回もかなり反則気味ではありますので…)

 実は今回の物語は、背景に史実上のある事件が存在する、その事件あってこそ初めて成立する内容であり、それが最大の特徴であると言えます。

 これまでの「巷説」シリーズでは、事件の背景となる年代はほとんど描かれてこなかった――言い換えれば、江戸のどこかの時代、という表現で済んだ内容でありました。
 一方、今回の「後」シリーズにおいては、明治の初期という基点を置いて、そこから遡って江戸の事件を語るというスタイル。

 今回はそこにさらに江戸の特定の時期を設定することにより、二重の時代性を与えているというのが、何とも面白く感じられます。
 さらに、冒頭で触れたように今回は明治の事件と江戸の怪異の二つが語られるエピソード。その二つは似て非なるものではありますが、しかし怪火という存在を挟んで、その二つの時代の――四人の若者に代表されるように、それに対する周囲の反応も含めて――違いを浮き彫りにした点が、興味深く感じられた次第です。


 相変わらず漫画としては台詞と説明が多すぎるきらいはありますが(もっとも、あの原作をこれ以外のスタイルで忠実に漫画化するのはほとんど不可能かと)、天火が下ったシーンの迫力などは、やはりビジュアルあってこそのものでありましょう。
 何よりも又市をはじめとするキャラクターのビジュアルは、もはや本作のそれ以外では想像できなくなっているところ、先日スタートしたばかりの次なるエピソードも楽しみなのであります。

「後巷説百物語」第2巻(日高建男&京極夏彦 リイド社SPコミックス) Amazon
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2012.09.05

「笑傲江湖」 第21集「江南四友」/第22集「湖底の囚人」

 ついに師匠から破門されてどん底状態、そんな自分に無私の愛を支えてくれる人に出会ったと思ったら、その愛ゆえに彼女と別れることになり、自分ではその事実を知らないという、どう考えてもどうしようもない状態の令狐冲。毎回のことですが、そんな彼に一大転機が訪れることとなります。

 今回冒頭から登場するのは、日月神教の実力者・向門天。東方不敗に支配された神教の中で、数少ない前教主派であり、それ故今では神教全体から追われる身の豪傑です。
 兄弟分にまで裏切られ(ここでグサグサ体に剣が刺さってもその後一向に堪えてない怪物っぷり)、さらに正派からも追われる彼が、ついに四方を囲まれた時――そこに現れたのは令狐冲。義を見てせざるは勇なきなりとばかりに向門天の助太刀を申し出ます。

 しかし向門天も一個の英雄、見ず知らずの男に命懸けの助太刀をさせることを断るのですが――ここで令狐冲が置いてあった向門天の酒を勝手に煽り、酒を酌み交わしたからには友だ、という実に痛快な論法で助太刀を認めさせるのが楽しい。
(もっともこの人の場合、本当に酒につられたようにも見えるから困る)
 力を合わせて何とかその場を逃れた後、向門天も「お前を兄弟と呼ぶぞ! 俺のことは兄貴と呼べ」と、実にわかりやすい豪傑っぷりを発揮するのも楽しい。腹に一物ある人間ばかりの本作において、実に気持ちの良い人物です。

 …というのはこちらの早合点。向門天もまた、心中にある企みを持っていました。彼に言われるまま、西湖のほとりに隠棲する江南四友なる一見風雅の徒、その正体は武林に隠れたる四人の大達人を訪ねた令狐冲は、あれよあれよという間に、四友と対決することになります。
 というのもこの四友、それぞれ琴・碁・書・画のドマニア。向門天がどこからか持ってきたそれぞれのジャンルの珍品が欲しいばかりに、令狐冲を倒せばこれをやろうという彼の口車に乗ってしまったのであります。

 かくて展開する四番勝負――なのですが、これが面白武術バトルに国の違いはないな、という感じの少年ジャンプ的展開。床の足跡から一歩も動かずに相手を倒すという剣術バトル、筆で書いた字が相手を襲うという謎の武術、碁の勝負といいつつ無数の碁石を投げつけてくる敵…最後の琴と笛の勝負も、弾き比べかと思いきや、琴から放たれるソニックブームを笛を手に躱していくという謎の展開になるのだから素晴らしい。

 結局全ての勝負に敗れた四友は、珍品欲しさのあまりに、もう一人の男との勝負を申し出ます。それこそは西湖の下に作られた地下牢に封印された男、そして向門天が探し求める前教主・任我行!
 全ては任我行を脱獄させるための向門天の企み、任我行と対峙した令狐冲は、相手の激しすぎるパワーの前に気を失い、気がつけば任我行の代わりに牢に繋がれる羽目に(四友も気を失っていた上に、珍品に夢中で入れ替わりに気づかないというボンクラぶり)。
 一難去ってまた一難というより、一不幸の上にまた一不幸、令狐冲の運命は…

 と、そんな不幸な主人公を放っておいて、復讐のために驀進する任我行。途中に現れた裏切り者を文字通り一ひねりにして、東方不敗に怒りを燃やせば、それに呼応して周囲の山が大爆発!(爆笑) …すごい漢だ。
 ちなみにこの場面では、任我行の底抜けの力を示しつつも、必ずしも完全無欠の人物ではなくむしろ一部では暴君として疎まれていたことを示す構成となっているのがなかなかうまいと思います(無闇なアップ中心のカメラワークはいかがなものかと思いますが)。

 そして当の東方不敗はと言えば――影武者を立てて隠棲し、ネイルや顔に念入りに化粧した上に、手芸三昧というセレブな暮らしを満喫。糸と針を無数に放ち、離れた布に一気に絵を描くという刺繍術を見れば、只者ではないことはわかりますが、どう見てもその姿は女、しかし盈盈は彼を「おじさま」と呼んでいたのではなかったか!?
(ちなみに吹き替えは女性が担当しているのですが、これが男が裏声で喋っているような声の出し方になっていて大いに感心)

 と、二大魔人の登場で大いに盛り上がってきたところで続きます。

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2012.09.04

「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

 「送り人」の老婆・真由良は、一族が皆殺しされた中で生まれた赤ん坊・伊予を自らの後継者に選び育てる。送り人としての修行を重ね、13歳になった伊予。ある日死んだ狼を甦らせてしまった伊予は、かつて彼女の一族を滅ぼした猛日王に、その力を狙われることになる。王の手から一度は逃れた伊予だが…

 私にとって、廣島礼子という作家は、ちょっと気になる存在であります。
 何しろその作品の多くは、悪人の魂を集める美しい妖魔の姫を描く「鬼が辻にあやかしあり」、室町の戦乱を背景にした角を奪われた妖の子と少年の冒険譚「盗角妖伝」など、児童文学ながらちょっとダークな味わいの時代ものなのですから…

 本作もまた、実に作者らしい味わいの古代ファンタジー。死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の力を持った少女を通して、人と神の愛と憎、生と死を描く物語です。

 老いたる送り人・真由良に育てられた少女・伊予。実は彼女は穂高見の猛日王により皆殺しとされた火具地の一族の最後の一人という、自分でも知らぬ出生の秘密を持っていました。
 ある日、山で残忍な人間に殺された狼と出会い、自分でも意識しない力をもって狼を甦らせた伊予。それを知った猛日王は、伊予を掌中に収めんと動き始めます。

 死しても魂は黄泉に行くことなく、転生してこの世に帰ってくるという火具地の民。若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王は、最後の火具地の民である伊予の持つ甦りの力を、自らのものにしようとしていたのであります。

 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて王の手から逃れ、自分と同じ火具地の民の生き残りの少年・狭霧と出会うことで火具地の民に課せられた宿命を知る伊予。
 しかし再び迫った王の手に捕らわれた伊予と狭霧に、さらに過酷な運命が襲いかかることになります。

 本作の主人公・伊予は、人の魂を黄泉に導く送り人であり、同時に魂の再生を行う火具地の民という、二つの属性を持つキャラクター。
 どちらも生と死に関わるものでありつつも、本来であれば相反する力を兼ね備えた伊予を通じ、本作では人間の、そして神々の、生/生命というものが、浮き彫りにされるのです。

 誰もが恐れ、そして決して逃れられない死という出来事。ある意味生の極みというべきそれに対する態度は、同時に、生に、生命に対する態度であり――そしてその中で、己のみならず、他者の存在をどれだけ考えることができるかが、愛ということなのかもしれません。


 と、そんなことを考えさせてくれる一方で、本作はいかにも作者らしい、児童文学ギリギリなダークさを見せてくれます。

 他者の命を虫けらのように扱いながらも、己の命を失うことを病的に恐れ、それがさらに凶行に繋がる猛日王(彼がむしろ青春美の結晶のような姿である皮肉!)。そしてそんな彼に執着し、全てを捧げようとする者たち…
 人の世のある種の歪みを代表する彼らの姿は、その想いに共感できぬまでも理解できるだけに、一層キツく感じられます。

 そしてまた、終盤に登場する黄泉路の魔物や、地上に縛り付けられた死霊たちのおぞましい姿にも、一切容赦がないのが嬉しい。児童文学であろうと手は抜かない姿勢には、ホラーファンタジーの名手としての作者としての面目躍如たるものがあります。

 さらにいえば、火具地の民が何故転生を続けるのか、何故その魂が黄泉に行くことがないのかという理由付けが、見事に本作の背景である日本神話と結びついたものとして用意されているのには、なるほど! と膝を打ちました。
 そしてこの伝奇的仕掛けが、クライマックスに待つ、ある救済に繋がっていくというのもまた見事です。


 やはり作者の作品は見逃せない…その想いを今回もまた新たにしたところであります。

「送り人の娘」(廣島礼子 角川書店銀のさじシリーズ) Amazon
送り人の娘 (カドカワ銀のさじシリーズ)


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2012.09.03

「新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ」第3巻 仲間殺しを超えて

 何故か子供姿になってしまった近藤勇が、新撰組を待つ運命を変えるべく死闘を繰り広げる「新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ」もこの第3巻で完結。
 三人目の異能者、そして近藤たちに子供の姿を与えた者との、最後の戦いが繰り広げられます。

 自らを子供の姿に変えることと引き替えに、「月読」と呼ばれる異能の一つ、未来視の力を得た近藤勇。その力で、新撰組を待つ滅びの未来を視てしまった近藤は、逆にその未来を変えるため、己の力を使おうとします。
 そんな彼の前に立ちふさがったのは、歴史の闇の裏側で蠢いてきた邪剣派たちの集合体・邪剣十二宗家。そしてそのリーダー格・死門もまた、近藤と同じ子供の姿、すなわち月読を持つ者で――

 と、月読争奪戦の様相を呈してきた本作ですが、この第3巻に登場するのは、月読を持つ第三の男――我々もよく知る土佐のあの男。
 月読を持つ者は、相手を殺して相手の月読を奪う定め、かくて近藤勇の天然理心流と、あの男の北辰一刀流が激突する!

 …ことになるのですが、二人のバトルがいい具合に盛り上がってきたところで、突然乱入者アリ。彼らに月読を与え、全ての戦いを操ってきた者が、その姿を現したのです。
 しかし、少年漫画、バトル漫画を読んでいる方であればよくご存じかと思いますが、この展開はいかにもまずい。新たな敵との戦いに決着がつかないうちに、ラスボスとも呼べる存在が主人公たちの前にわざわざ姿を現すというのは、これははっきり言ってしまえば打ち切りフラグであります。

 残念ながらその予感は当たり、そのままラストバトルになだれ込んでしまうことになります。
 正直なところ、ラスボスがわざわざ親切にも新撰組の屯所に乗り込んできた上に、あってなきが如き理由で月読争奪戦の終了を宣言、というのはどうにも納得しがたい展開で、そりゃ近藤も納得しないだろう、と妙な説得力を感じた…というのは、意地悪に過ぎるでしょうか。

 そんなわけでラストはかなり慌ただしい展開ではあったのですが、ただ一つ、ラスボスがある人物の体を奪って近藤の前に立ちふさがったことで、新撰組がこれまで辿ってきた、そして(歴史が変わらなければ)これからも辿るであろう「仲間殺し」のシチュエーションとなったことは、大いに感心いたしました。

(もっとも、結末を考えれば大いに皮肉な展開と言えなくもありません)


 新撰組による異能バトルというのは本作が初めてのアイディアではありませんが、しかし大いに魅力的なアイディアではありましたし、何より近藤勇が子供という意外性は非常に面白かった本作。
 それだけに色々と頑張って欲しかったところではありますが…

「新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ」第3巻(森田滋 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
新撰組秘闘 ウルフ×ウルブズ 3 (少年サンデーコミックス)


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2012.09.02

「ナウ NOW」第5巻・第6巻 バトルの中で浮かび上がるもの

 月一冊のペースで刊行中の韓国発武侠アクション漫画「ナウ」。先月発売の第5巻に続き、同じ作者の「黒神」最終巻と同時に第6巻が今月発売されました。
 物語は、伝説の四神武殺法を巡る争いから、武林の、中原の運命を巡るより大きな戦いへと繋がっていくこととなります。

 旅を続ける最中、不思議な雰囲気を持つ天竺人の少女・ニルヴァーナと出会った沸流一行。何故か正派たる華山派一門に命を狙わられる彼女を追って、さらに明王神教の法執行者・ダルマが出現、沸流たちにその拳が向けられることに…

 というのが第4巻のあらすじ。これを受けて第5巻では丸々、沸流とダルマの死闘が、第6巻では沸流と同行する獣少女・貂鈴と鬼王母配下の昭君、豺狼の因縁の対決、そして明王神教の新たなる刺客・龍馬刀帝馬炎鉄と沸流の激突が描かれます。

 正直なところ(これまでの巻もそうであったように)描かれるのはバトルまたバトルの連続、ストーリーの進みは遅いのですが――なるほど、20巻を超えるのもこれならば納得、というのは意地の悪い感想かもしれませんが――しかし、それを補って余りあるのが、このバトル描写の確かさです。

 本作に登場する様々なキャラクターが操る、それぞれ異なる流派の武術――沸流の四神武殺法をはじめとして、ダルマの槍術、貂鈴や豺狼の白狼犬の技、そして龍馬刀帝馬炎鉄の底知れぬ武術。
 そのそれぞれの技のそれぞれ異なる動きを、本作は迫力ある筆致で描き分け、その動きの中で個性を表しているのであります。この辺り、当たり前に聞こえるかもしれませんが、行うは難し。
 様々な過去を背負ったキャラクターたちが入り乱れる本作のような作品において、必要にして不可欠な要素を、本作は見事にクリアしていると感じます。

 本作のそんな魅力は、たとえば第5巻における沸流とダルマの対決の中に見ることができます。
 明王神教の法執行者という(完全に一面的とはいえ)正義の体言者たるダルマとの対決の中において描かれる、沸流が死神を自称するに至った過去。そしてそれを踏まえた上で、実はどこか重なり合う両者の主張の、明確に異なる部分が戦いの果てに浮かび上がるという構造は、なかなかのものであります。
(ちなみにこのダルマの遣う神槍ナーガ、持ち主の殺気を吸収し、使い手と武器の一体化を人工的に成し遂げるというギミックが実に面白い)


 そして、先にストーリーの進みは遅いと申しましたが、しかしもちろん、描くべきは着実に描かれていることは言うまでもありません。
 特に今回は、これまで武林との関わりが今一つ見えてこなかった明王神教の真の狙いの一端がついに描かれたことで、物語の構造がかなり明らかになってきた感があります。
 第6巻の後半に登場して底知れぬ存在感を見せる馬炎鉄(沸流と、武侠ものではお馴染みの「先に○手攻撃させてやろう」というバトルを繰り広げるのも楽しい)などは、この構造をある意味体現した存在なのでありましょう。

 もちろん、物語はようやく全体の四分の一程度。ここからどのような展開を迎えるかはまだまだわかりません。
 明王神教の実質的指導者という、いかにも大ボスらしきキャラクターは登場しましたが、何しろ武侠ものの強さの尺度は得てして相対的。これからどんな強敵が飛び出してくるかはまだまだわかりません。

 まだ見ぬ武侠世界の展開に期待しているところです。

「ナウ NOW」第5巻・第6巻(朴晟佑 新紀元社KENコミックス) 第5巻 Amazon/ 第6巻 Amazon
ナウ 5―儺雨 (Korean Entertainment Network)ナウ 6 (Korean Entertainment Network)

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2012.09.01

「笑傲江湖」 登場人物&各話タイトルリスト

 全40話のうちのTVドラマ版「笑傲江湖」。ただでさえ長大な上に登場人物も多い本作の、登場人物紹介各話リスト(タイトル)であります。

<登場人物紹介>

令狐冲(演:李亞鵬/声:川島得愛)
 明朗快活な性格で仁義に厚い快男児。無鉄砲なのと大酒飲みなのが玉に瑕。華山派の一番弟子で、自分を育ててくれた岳不群夫妻を実の父母のように慕ってきた。
 持ち前の正義感の強さから正派と邪派の対立・辟邪剣譜を巡る暗闘に巻き込まれ、心身ともに大きな痛手を負うが、その中で大きな成長を見せ、生涯愛すべき人と出会う。

任盈盈(演:許晴/声:高森奈緒)
 日月神教の聖姑と呼ばれる美少女。東方不敗のクーデターで父・任我行が行方不明となり、有名無実の身分として隠棲していた。武術の腕はかなりのものを持ち、琴の名手でもある。
 令狐冲とは「笑傲江湖」の楽譜を巡って出会い、次第に彼に惹かれるようになっていく。が、極度のツンデレのために想いを打ち明けられず、周囲を振り回した。

《正派》
〈華山派〉
岳不群(演:巍子/声:高瀬右光)
 華山派の総帥で、高潔な人格であることから「君子剣」と呼ばれる。華山派気功流の達人で、絶技「紫霞功」を会得している。
 捨て子だった令狐冲を引き取って我が子のように育ててきたが、次第に彼に対する態度が冷たくなっていく。

寧中則(演:劉冬/声:幸田夏穂)
 岳不群の妻で妹弟子。非常に慈愛に富んだ人物で、捨て子だった令狐冲にも我が子と変わらぬ愛を注ぐ。華山派の枠に収まらなくなってきた令狐冲の身を真剣に心配するが…

岳霊珊(演:苗乙乙/声:峯香織)
 岳不群の娘。明るいが世間知らず。令狐冲を慕っていたが、彼が次々と問題を引き起こす中で心が離れ、次第に林平之に惹かれるようになる。

林平之(演:李解/声:中村俊洋)
 福建の福威ヒョウ局の跡取り。物静かな人物だが、うちに熱いものを秘める。曾祖父が使った無敵の武術が記されているという辟邪剣譜を狙う青城派の余滄海に両親と一門全てを殺され、復讐に燃えて華山派に入門する。

〈嵩山派〉
左冷禅(演:塗門/声:江川大輔)
 嵩山派の総帥で絶技「寒冰神掌」の使い手。五嶽剣派(嵩山・華山・恒山・衡山・泰山の各流派)を統合してその頂点に立つべく、腹心の陸伯とともに様々な陰謀を巡らせる。

〈恒山派〉
儀琳(演:陳麗峰/声:木川絵里子)
 恒山派の尼僧で清楚な美少女。田伯光に襲われていたところを救ってくれた令狐冲を深く慕うことになるが、それが彼を窮地に陥らせることに…

〈青城派〉
余滄海(演:彭登懐/声:ふくまつ進紗)
 青城派の総帥で變面を取り入れた武術を使う。辟邪剣譜を狙い、林平之の一族を皆殺しにしたことから、物語の幕が開く。

《邪派》
任我行(演:呂暁禾/声:大川透)
 日月神教の前教主で盈盈の父。強いカリスマ性を持つが、同時に敵に対しては冷酷非情な人物。東方不敗のクーデターにより教主の座を追われ、行方不明となっていた。他者の内功を吸収する恐るべき秘術「吸星大法」の使い手。

東方不敗(演:茅威涛/声:幸田直子)
 日月神教の教主。武林最強と言われる使い手で、任我行を逐って教主の座についた。しかし現在は楊蓮亭に全てを任せ、沈黙を守っていることから、配下の不信と反発を招いている。

向問天(演:巴音/声:石上裕一)
 任我行の片腕とも言える豪傑。行方不明となった任我行を探す中、令狐冲と出会って意気投合し、義兄弟となる。

楊蓮亭(演:牛宝軍/声:小野塚貴志)
 東方不敗の側近として、実質的に日月神教を牛耳る男。東方不敗と配下の間を壟断し、独善的に振る舞うため人望は薄い。

《その他》
田伯光(演:孫海英/声:加藤将之)
 女性たちを次々と毒牙にかけてきた色魔。「万里独行」の異名を持ち、武術の腕は令狐冲以上。存外人が良く、儀琳を巡って戦った令狐冲の親友となる。

独孤求敗
 故人。あまりにも強くなりすぎたため、敗北を求めて「求敗」と名乗った伝説の達人。彼が編み出したあらゆる武術に打ち勝つ独孤九剣を令狐冲は受け継ぐこととなる。


<各話リスト>

第01集「魔教の長老」/第02集「福威ヒョウ局の最期」
第03集「儀琳の救出」/第04集「引退の儀」
第05集「秘曲 笑傲江湖」/第06集「嵩山派の陰謀」
第07集「面壁一年の罰」/第08集「霊珊への想い」
第09集「剣術流の剣譜」/第10集「秘伝 独孤九剣」
第11集「華山派の下山」/第12集「令狐冲への疑念」
第13集「金刀王家」/第14集「竹林の琴声」
第15集「すれ違う想い」/第16集「余命百日」
第17集「五覇岡の集会」/第18集「老婆と聖女」
第19集「心の声」/第20集「華山派破門」
第21集「江南四友」/第22集「湖底の囚人」
第23集「吸星大法」/第24集「逆襲」
第25集「少林寺襲撃」/第26集「宿命の三戦」
第27集「雪の閻魔殿」/第28集「将軍呉天徳」
第29集「辟邪剣譜」/第30集「真犯人」
第31集「野望の代償」第32集「継承式」
第33集「妖人 東方不敗」第34集「五嶽合併」
第35集「偽君子」第36集「復讐」
第37集「野望と別離」/第38集「琴瑟相和す」
第39集「心の魔」第40集「鴛鴦の譜」


※ヒョウは「金+票」


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