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2012.09.16

「昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」 どこか胡散臭くも懐かしき怪談たち

 最近はすっかり怪談の人となった感のある東雅夫氏ですが、怪談ファンにとっては垂涎ものの佳品珍品を発掘してくれるのはまことにありがたいお話。本書は、その名の通り(…と言ってよいものか)昭和の実話怪談本四点から、ユニークな作品をチョイスした怪談集であります。

 本書に収録されている怪談集は、戦前戦後、それぞれ二点ずつ。「古今怪異百物語」「怪異怪談集」が戦前、「扉の怪異 怪談実話」「オール怪談」が戦後の発行ですが、通読してみると――「オール怪談」が圧倒的にカストリ雑誌臭を漂わせているものの――意外と時期的な差異は感じない、という印象でしょうか。

 それよりも本書を通して感じられるのは、ある種の懐かしさとでも言いましょうか――ここ数年の実話怪談ブームの中で生まれた洗練されたものでもなく、東氏がこれまで精力的に紹介してきた文豪怪談ともまた異なる、一種の泥臭さ、良くも悪くもの胡散臭さであります。

 実のところ、本書を優れた怪談をのみ求めて手に取ることは――後で挙げる名品ももちろん存在しますが――あまりおすすめできないかもしれません。
 収録された作品の中には、類型的であったり、下世話であったり、荒唐無稽に過ぎたりと、今の目の肥えた読者からすると、水準に満たないものとして感じられるものもあるだろう、というのが正直なところであります。

 しかし本書においては、少なくとも作品の質のみを云々するというのは野暮…というより的外れと感じます。
 本書は、昭和初期~前期という時期に語られた実話怪談というメディア、普段あまり顧みられることのない、怪談という大衆文芸の一ジャンルの貴重なサンプルなのですから。

 と言っても、やはり怪談集、それも現在では一般読者の目には触れないものから収録されたものなのですから、内容も楽しみたい、というのは当然のお話。
 私もこれまで色々な実話怪談を読んできましたが、そんな私の印象に特に残った作品を挙げておきましょう。


「梯子段の九段目」(「古今怪異百物語」)
 本書に収録された怪談集の中で、どこか下世話で古典的な因縁話が多いように感じられる「古今怪異百物語」の中でも、その「わけのわからなさ」で異彩を放つ作品。
 とある家の梯子段の九段目で誰もが感じる強烈な違和感、鬼気とも言うべきものを存在を述べる内容は、その由来や結末もなく、ただ怪異を取り出して描いた点が、現代人の目から見ても実にイイのであります。

「汽車の怪(人霊は招く)」(「扉の怪異 怪談実話」)
 「怪談三話」と題された同じ語り手による三連作の一話なのですが、山で道に迷い、さびれた駅に辿り着いた主人公が、駅員たちから聞かされる怪異…というしびれるシチュエーションがまず実に良い。
 そこでまた…という展開にはタイミングの良さを感じるかもしれませんが、そんな意地悪な気分も、その前兆を描く簡潔にしてムードたっぷりの描写の巧みさに吹っ飛びます。
 ディケンズの「信号手」的なものを濃厚に感じるのですが、しかし日本的な土俗性も盛り込んだ佳品です。

「怪奇実話 呪いの狼女」(「オール怪談」)
 タイトルの時点で強烈なものを感じさせますが、内容はそれに劣らぬ怪作中の怪作。
 とある山中の鄙びた一軒家の戸を、奇怪な声とともに叩く謎の女の声…という怪異そのものは良いのですが、そこから実録風にその女の正体に迫っていく後半が凄まじい。
 一見何の関係もないように見えた医学者と愛人の失踪事件が、あれよあれよという間に異界に踏み込み、いやいやいやそれはどう考えても! という結末を迎えるのにはただただ唖然とさせられるのですが――
 実話の域を完全に踏み出しているようでいて、ヒョイと「こちら側」に戻ってみせる人を食った結末が実に楽しい。
 ある意味本書を象徴する作品です。


 と、素直にお勧めし難い部分はあるのですが、怪談の持つ、どこか懐かしい、どこか安らぐ胡散臭さを愛する方には、是非ご覧いただきたい逸品であります。

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