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2012.09.07

「楊令伝 十五 天穹の章」 幻の王が去る時

 長きに渡り刊行されてきました文庫版「楊令伝」がついにこの第15巻をもって完結しました。
 梁山泊・南宋・金、三つ巴の決戦の末に、梁山泊という夢、替天行道という夢に、一つの終止符が打たれることとなります。

 自由市場という物流の活発化・自由化により、全く新たな国の在り方を模索する梁山泊。その流れは金を、南宋を静かに、しかし根底から揺るがしていくこととなります。
 それを力で阻まんとする南宋に対する梁山泊は、緒戦で大勝を挙げたのですが――

 ここからの展開については、雑誌連載時にリアルタイムで読んでいたのですが、やはり何度読んでも心が痛みます。
 人間の力ではどうにもならない巨大な自然の力の猛威。信じていた者たちからの裏切り。そしてその中で一人、また一人と欠けていく好漢たち…

 今回読み返してみると、連載時に感じたほど、梁山泊を取り巻く状況はどうしようもなくはなっていなかったのは少々意外でしたが、それはこれまで順風満帆とすら言えた梁山泊の前に、一気に障害が吹き出た感があったかもしれません。
 冷静に読んでみれば、少なくとも、前作終盤のように圧倒的に力負けしてどうにもならない状況ではなく、あと一歩で勝利は目前だったとすら言えるのですから…

 もちろん、それだからこそ、待ち受けていた結末はあまりに苦く、切ない。まさに「ひどくつまらないこと」で、これまで楊令が作り上げてきた、一つの壮大な夢が失われたのですから――

 もちろん、たった一人の人間が亡くなっただけで、それまで梁山泊が築いたものが全て失われるわけではありません。
 彼の仲間たちはまだ数多く残り、そして災害と戦で多大な被害を受けたとはいえ、いまだ梁山泊という「力」は存在しています。

 それでも、本作は、一人の男の命が尽きたところで結末を迎えることとなります。
 一つの国を滅ぼすことを運命付けられ、そしてそれを成し遂げた後に、国とは何かということを愚直なまでに考え、新たな国の形を作り出し、それでいて王たることを決して望まなかった幻の王の命が尽きた時に…


 本作を通しての感想はまた別途述べさせていただきたいと思いますが、この最終巻を読んだ時点のとりあえずの感想を、ここに記した次第です。


 ちなみに――それまで平穏を保ってきた梁山泊が水害により一瞬により国土を泥濘で覆われる様は、今読んでみると、震えがくるような思いがいたします。あまりこういう考え方は好きではありませんが、フィクションと現実の奇妙な関係性すら感じたことです…

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