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2012.10.31

「笑傲江湖」 第36集「復讐」

 岳不群が辟邪剣譜の力で左冷禅を破り、ついに五嶽の盟主となった前回。そしてもう一人、辟邪剣譜を会得した者による悲劇が引き起こされることとなります。

 頂上決戦が終わり、ひとまず静けさを取り戻した嵩山で、恒山派が野営しているところに姿を見せたのは、余滄海と、林平之。
 前回もチラチラと姿を見せていた林平之は、己の一族郎党を滅ぼしたに等しい余滄海を呼び出していたのですが―真っ赤な長襦袢という服装だけで大変ですが、口を開けば完全にオネエ喋りと、「ファッ!?」と言いたくなるような大変なことになっておりました。
 結局水入りとなったものの、たった一手で余滄海の動きを封じてみせた林平之に、令狐冲たちは東方不敗の姿を見るのでした。

 一方、昼間の意趣返しに岳霊珊を襲撃したバカ六人は、その場に現れた岳不群により一瞬のうちに点穴されて、かえって令狐冲を誘き出す道具に使われる始末。
 さて、その場に(何故か担架というあまり意味のないギミックで)現れた令狐冲に対し、謎のパワーで一瞬で蝋燭に火を付けるなど無駄に力を誇示する岳不群は、これからは私の下で力を貸してくれと声をかけます。
 楊蓮亭的目的じゃないよね、とドキドキして見ていると、さらに盈盈との仲も認めようとの優しい言葉――ただし、魔教を一掃した後で、と。
 結局この場は盈盈に化けた儀琳が迎えにきたことで、恒山へ弟子を送るという口実で逃れることができた令狐冲ですが…

 さて、恒山派ご一行が旅をしていると、茶店で休んでいたのは余滄海と青城派一行。さらにその場にやって来たのは、林平之と、危険を感じて母に「平之と逃げて決して戻ってくるな」と言われた霊珊。
 以後、平之は陰湿にストーキングを繰り返し、あちこちの茶店を破壊しながら、数度に渡って余滄海を襲撃します。

 厭な気分になりながらも道が同じなのか、彼らとたびたび出くわす恒山派ですが、青城派の逆襲に(夫であるはずの平之から無視された)霊珊が窮地に陥ったとあらば、令狐冲は黙ってみているわけにはいきません。
 が、さすがに色々な意味でここで手を出すわけにはいかない。ここで彼に変わって霊珊を助ける盈盈は立派というか既に余裕があるというか、であります(いつの間にか令狐冲も彼女を「お前」呼ばわり)。

 助けられた霊珊は、さすがに平之の非情(あとたぶん急に変な格好と喋りになったこと)についていけず、一人で飛び出してしまうのですが…
 ここで単独行の彼女に襲いかかったのは、もはや完全に存在を忘れていた無頼漢・木高峯。冒頭に登場して、林平之が頼る相手もいないのをいいことに散々いたぶった男であります。

 間が悪いことに霊珊を連れていたら平之・恒山派・青城派が集まった茶店の前を通ってしまったため、テーブルを引きちぎって投げつけるという、なにげに凄い令狐冲の技の前に霊珊を奪還されてしまった・木高峯。
 一方、平之の方は、余滄海と木高峯、二人の仇を目の前にして有頂天、ついに最後の死闘が始まるのですが――

 二人がかりでも辟邪剣譜を身につけた平之の前に追い詰められていく余滄海。が、ここで彼のとんでもない秘密が! そう、いきなり余滄海の上半身と下半身が分かれ、二人の人間となって攻撃を始めたのであります。
 実は二人が肩車をしていたというとんでもない余滄海、Aパーツは變面から面を飛ばし、Bパーツは平之の足にしがみつき、さらに木高峯は平之の脇腹に噛みつき…ともはや高手同士の対決がグダグダの掴み合いに。
 というより「女物の着物を着たなよなよした喋りの男の人」、「普通の人よりも背が小さい人」、「背中が大きく曲がった人」の殺し合いというのは、非常に表現しにくくて困ってしまうのですが…(ちなみに原作の余滄海は背が小さいという設定ですが、それでも二身合体はしておりません)

 しかし最終的には下の人を瓶に蹴り込み、お面アタックを食らいながらも上の人に剣を突き刺し、さらに木高峯の背中のこぶに剣を突き立てた平之が勝つのですが――ここでこぶから吹き出す謎の毒液。余滄海のお面攻撃といい、もはや武術というレベルではないですが、これを食らった平之は失明。
 恒山派の薬をもらい、駆け寄った霊珊に対しても令狐冲の薬などいらない、あいつの嫁にでもなれと今までのコンプレックス剥き出しの暴言を吐き、さらに岳不群の方が余滄海よりもよほど悪人だと吐き捨てますが、それでも見捨てることなく、霊珊は彼を連れて去っていくのでした…

 一方、黒木崖では、辟邪剣譜を身につけた岳不群なにする者ぞと、任我行が日月神教による江湖統一を宣言。人間、偉くなると主義主張は違っても同じこと考えるもんですな…というところで次回に続きます。

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2012.10.30

「猿飛三世」 第3回「風の巻」

 高波藩の御用金千両が消え、主膳が手をつけたとの嫌疑がかけられた。主膳を助けるために才蔵・さぼてんと共に奔走する佐助の前に服部伴蔵と配下が現れるが、相手にもされない。しかし佐助たちはついに京都所司代で消えた千両を発見。風の術に目覚めた佐助は千両を奪還し、主膳の命を救うのだった。

 そろそろお話のフォーマットが見えてきた「猿飛三世」第3回であります。
 前回、牢人たちに捕らわれ身代金千両を要求されたお市。何だかんだで身代金を払うことはなかったのですが、同じ千両が高波藩の金蔵から消え、主膳に疑いがかけられたことから物語が展開します。

 内部告発を受け、国元の沙汰が下りるまで蟄居の身となった主膳。このまま行けば主膳は切腹、お市は尼寺行き――そうはさせじと奔走する佐助の前に、ついに忍者集団・鴉を率いる服部伴蔵が出現することになります。

 この服部伴蔵は、佐助が猿飛佐助の孫であるのと同じく、かの服部半蔵の孫。
 といってもこの時点までに服部半蔵は少なくとも4人いるわけですが、どうやら互いの祖父が宿敵同士だったらしいことを考えると、半蔵正成か半蔵正就の孫なのでしょう。
 正成は家康に仕えて数々の手柄を立てた一番有名な半蔵、正就はその不肖の子で配下がストライキを起こして解任された人物。正就はその後名誉挽回のために大坂の陣に参加するも、そこで行方不明となったのですが、佐助との因縁から考えると、この辺りが怪しいように思います。

 閑話休題、京都所司代の命を受けて働きつつも、配下になったのではない、自分が手を貸しているだけだ、と言う伴蔵は、何やら色々と屈託を抱えている様子。
 結局、お前たちなど敵ではない、むしろ放っておいた方が役に立つと佐助たちを見逃したことが敗北に繋がってしまうのですが、演じる波岡一喜の独特の存在感もあり、今後の動向が気になるキャラクターであります。

 ちなみに今回のアクションシーンはラストではなく中盤に用意されていましたが、伴蔵自身が戦うことはなくとも(人数の差がかなりあったとはいえ)、佐助たち三人は圧倒されるばかりで、強大な敵であることを存分にアピールしていたかと思います。


 さて、今回の佐助は、主膳とお市を助けるために奔走するわけですが、ここで印象に残ったのは、佐助の良くも悪くもの青臭さであります。

 無実の罪で切腹させられるくらいならば逃げればいいという佐助に対し、それは自分を拾ってくれた大恩ある主家に対する裏切りになると侍のロジックで答える主膳――

 これまで描かれてきた佐助のキャラクターは、世間知らずで短絡的、そのくせ実力はイマイチ…という、未熟者としての側面が強く、今ひとつ感心できないところがありました。
 しかし今回、主膳の「(立場を考えれば)正しいのだけれども、人間としては納得できない」言葉に反発する佐助の姿は、素直に納得できます。

 実力の方も、これまでは正体バレバレの謎の男・信三郎にフォローされてばかりだったのが、ほとんど実力で事件を解決したのは、まずは良かった、というべきでしょう。
(おそらくは佐助に聞かせるために国元からの使者の到着日を聞き出した信三郎もナイスフォロー)


 …が、しかしそれで今回が諸手を挙げて面白かったか、というと、そうではなかったというのが正直なところ。
 クライマックスで佐助が目覚めた「風」の術、その術の描写や内容と、ラストで主膳を救う際の描写があまりにもいいかげんすぎる、としか言いようがありません。

 どう見ても小さすぎる布で空を飛ぶのは、まあ忍術だとしても、千両をどうやって持ち出したのか。野暮は百も承知ですが、潜入シーンにかなりの時間を割いておいて、こちらは描かないというのはいかがなものか。
 ラスト、一度裁定を下しておきながら、目の前に突然現れた千両に裁定を覆す大目付のいい加減さもひっかかります(まあ、大目付の立場的に、あの場合あれ以外落としどころはないのかもしれませんが)

 この辺り、もっと演出がコメディ、ナンセンスサイドに振れていれば全く気にならないところなのですが、本作は基本的なカラーはむしろシリアスなために、ちぐはぐな印象を受けます。この辺りのさじ加減が、本作の完成度に大きく影響してくると思うのですが…さて。



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 「猿飛三世」 第1回「秘伝七術の巻」
 「猿飛三世」 第2回「忍の巻」

関連サイト
 公式サイト

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2012.10.29

11月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 実に恐ろしいことですが、今年も残すところあと二ヶ月余り。何だか急に年の瀬が目の前に来たようで愕然といたします。さて、今年の時代伝奇アイテム発売スケジュールも、あと2回となりましたが、しかしそれにもかかわらず11月の時代伝奇アイテム発売スケジュールは実に寂しい状況。個々の作品は楽しみなものばかりなのですが…

 さて、文庫小説のほうでは…少し前に「家康の暗号」が文庫化された中見利男の暗号シリーズ最新作「天海の暗号」が登場。今度は何を解き明かしてくれるのか、主人公はやっぱりあの二人なのか、色々な意味で楽しみな作品です。

 そして、おそらくは「御庭番宰領」シリーズとして9月の発売予定に入っていたのが延期となっていた大久保智弘「白魔伝(仮)」も気になるところ。主人公の運命が変転しすぎて本当に心配になるのでそろそろ安心させていただきたいのですが…
 もう一冊、二ヶ月に一回刊行の越水利江子「忍剣花百姫伝 4 決戦、逢魔の城」も中盤のクライマックスに期待です。

 一方、江戸怪談ファンにとって見逃せないのが、この分野では第一人者の須永朝彦「江戸奇談怪談集」! ちくま文庫なのでお値段は普通の文庫の2,3冊分ありますが、しかしこの方の本を文庫で手にすることができるのは、まことにありがたいことです。


 さて、漫画の方では、密かに時代(伝奇)ものが多いCOMICリュウから新登場の(原作付き)作品が2作品。
 今年は漫画化づいている宮本昌孝の名作を東冬が漫画化した「大樹 剣豪将軍義輝」、絵にしてみると色々何で驚いた高橋由太原作・亜沙美作画の「雷獣びりびり 大江戸あやかし犯科帖」、どちらも原作読者としては大いに気になる作品であります。

 原作付きと言えば、連載が進むにつれ、どんどん色々な意味で不穏な方向に内容が展開していった森秀樹&南條範夫の「腕 駿河城御前試合」も、11月発売の第4巻で完結。やはり駿河城御前試合からは何の魔力が出ているのか…

 その他、個人的には大いに推しているタイトルの一つである杉山小弥花「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」も最新巻の第3巻が登場。一見軽めのタイトルですが、内容はかなりしっかりしてヘビィな明治ものであります。

 また、幕末ものではK STORM&山口頼房「ドラゴンエフェクト 坂本龍馬異聞」と、すたひろ「幕末ヱイリアン」の2作品の第1巻が発売。
 龍の珠を探しに行ったりエイリアンと出くわしたり、龍馬も相変わらず忙しい…


 最後に中国ものの単行本ですが、月末に仁木英之「千里伝 乾坤の児」と丸山天寿「邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち」が発売されるのに注目。
 「千里伝」はシリーズ完結編ですが、果たして前巻のあのヒキからどう終わらせるのか!? そして「邯鄲の誓」の方は、同じ作者のあのシリーズとの関連があるのか、気になるところであります。



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2012.10.28

「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その二) 宦官探偵の孤闘の行方

 昨日の続き、森福都の「双子幻綺行 洛陽城推理譚」紹介であります。

「菊華酒」
 評判の美男・謝康生から、重陽の日の菊狩りに誘われた香連と九郎。向かった菊作りの里では、毎年この時期に動物の不審死が…

 本作では後半のキーパーソンともいえる謝康生が登場。颯爽たる美男ぶりで宮中の内外で人気を集める新進官僚の彼に、香連も興味を惹かれるのですが…

 さて、本作で描かれるのは、菊作りの里でこの数年、秋に起きるという犬猫の大量死。確かに不審ではありますが、しかし犯罪性はなさそうなこの事件の背後に隠れた恐るべき意図を九郎が看破することとなります。
 が、本作はそれだけでは終わりません。その更に奥に隠された、ある人物のおぞましい意図は、宮中に集う人間たちの闇を描いた本作ならではのものと言えるでしょう。


「浮蟻珠」

 巨大な真珠・浮蟻珠を削り、薬にせんとする則天武后。しかし宝物庫から浮蟻珠が消え、その犯人として九郎が捕らわれることに!?

 名探偵が犯罪者として捕らえられてしまうというのはままあるパターンですが、本作はまさにそれ。かつて則天武后が夫から送られたという巨大な真珠・浮蟻珠が宝物庫から消失し、それを取り出すよう命じられていた九郎が犯人として捕らえられてしまいます。

 九郎の逆襲が興味を惹くエピソードではありますが、しかし中心となるのはむしろ老いた則天武后の心理状態なのが面白い。夫との思い出が籠もった真珠を削って長命の薬としようとする行為の中に、彼女の人物の一端が現れているように感じられるのです。
 そして九郎が無実の証を立てるのも、その思い出によるというのもまた巧みであります(さらにそこからもう一波乱あるというのもまた…)。


「膠牙糖」

 短刀型の膠牙糖を凶器に、4人もの一流の妓女が次々殺された。友人の陳彩娘の身を案じる九郎らだが、火の粉は思わぬ方向に…

 「蚕眠棚」で登場し、サブレギュラーとなっていた名妓・陳彩娘がクローズアップされるエピソード。
 正月の縁起物の砂糖菓子・膠牙糖を凶器としたユニークな(?)連続殺人の行方と並行して、彼女との関係が、李千里を思わぬ窮地に追い込んでいくのが面白い。

 李千里の馴染みと思われていた彩娘ですが、実は二人は親子の疑いが。密かに彩娘を想ってた九郎にとっては、二重の意味で真相が気になる事件でありますが、千里はそんな九郎の心も利用して、意外な形で窮地を脱することになります。

 ラストで描かれる九郎の心情も面白く、背景となる当時の遊里の華やかな姿も印象に残る、個人的に好きなエピソードです。


「昇竜門」

 次々と重臣の粛正に走る皇帝。九郎は突蕨撃退の軍を送ろうとする李千里の依頼で、皇帝に瑞兆の龍を見せようとするが。

 突厥討伐のために、北方に大軍を送らんとする李千里。しかし皇帝の愛人となって専横極める謝康生に妨害されることを恐れた千里は、皇帝に瑞兆を見せつけて、その隙に自分の献策を認めさせようと、九郎に「竜」を皇帝に見せるよう命じます。
 なんとか「竜」を見せることに成功した九郎ですが、事態はいよいよ悪化し、迫る謝康生。そこから逃れるためには、再度「竜」を出現させなければならないのですが…

 最終話は風雲急を告げる展開、いよいよ九郎や千里への敵意を露わにする謝康生に対し、九郎が最後の賭けに出ることとなります。
 その手段である「竜」出現のトリックは、個人的には今ひとつ感心できない内容なのですが、しかしそこから史実にリンクして転がっていく物語は実に面白い。

 そしてクライマックスはなんといっても、九郎が探偵役を務める真の理由が描かれる点でしょう。身体上の劣等感から来る鬱屈の発散のみとばかり思っていた彼の行為の陰に、ここまでの覚悟があったのか…とただただ圧倒されます。
 そして、結末にその後の九郎と香連の姿が簡潔に述べられるという構成も実に心憎い。あの人物の前身だったのか! という驚きと、彼の孤独な戦いは無駄ではなかったのだ、という感動が入り交じって胸に迫ります。


 続編は見たいような、描かれない方が良いような…いずれにせよ、見事な結末と申せましょう。

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双子幻綺行―洛陽城推理譚

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2012.10.27

「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜

 大唐帝国初頭の7世紀末、則天武后が君臨する洛陽城。宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連は、後見人の李千里から宮中の情報収集を命じられる。そんな中、洛陽城で次々と起こる怪事件。事件の謎を鮮やかに解き明かしていく九郎だが、その背後には…

 中国歴史ミステリの名手・森福都が15年ほど前に発表した連作短編集であります。
 舞台となるのは、則天武后が自らの子を廃位し、聖神皇帝と名乗った「周」の時代。副題に「洛陽城推理譚」とあるように、彼女が君臨する洛陽城を中心として、様々な怪事件を美貌の双子が解決していくこととなります。

 その双子とは、零落したかつての豪族・馮氏に生まれ、宦官として召し出された美少年・九郎と、彼を慕って半ば強引に女官として宮中に入った妹・香連。
 外面は柔和で礼儀正しい一方で、その実は狷介なオレ様的性格、しかし頭脳の冴えは天下一品の九郎と、その彼が唯一心を許す相手であり、天真爛漫で好奇心旺盛な香連のコンビが、探偵役という趣向であります。

 以下、全七編を一話ずつ紹介していきましょう。


「杜鵑花」

 城内の庭園の池畔で見つかった美人歌手の死体。さらに時を同じくして皇帝の寵愛を受ける兄弟が失踪、二つの事件の間には。

 記念すべき第一話は、九郎と香連、さらに彼らの後見人にして上司、そして九郎にとっては一種のライバルである李千里というレギュラーキャラの紹介を兼ねた導入編。
 しかしそれだけでなく、本作で描かれる事件の様は、本作全体のムードを紹介する形となっています。

 杜鵑花と異名を持つ躑躅の花びらに包まれるようにして見つかった美女の他殺体という、凄絶華麗な殺人事件。そしてそれと同時に展開する、則天武后の寵愛を一身に受けた(=権勢を恣にした)兄弟の行方不明事件。
 そこにあるのは人の世の美と醜であり――そしてそれはこの「周」という国家の姿の象徴でもあります。

 単純ながら理に適った事件の真相も面白いのですが、ラストに描かれる、九郎が事件の謎に挑む理由にも唸らされます。


「蚕眠棚」

 蕩児ばかりを狙った連続誘拐魔「人繭魔鬼」。囮となった九郎に化けて探索に首を突っ込んだ香連だが、彼女の方が誘拐されてしまい…

 今回は宮中からちょっと離れて、爛熟の極みにあった洛陽の様を描くエピソード。街で乱痴気騒ぎにふける名家の子弟ばかりを誘拐し、まるで繭のように布でグルグル巻きにして捕まえておくという奇怪な賊「人繭魔鬼」の謎を双子が追うことになります。

 李千里の命で蕩児に化けて遊興に耽ってみせる九郎ですが、好奇心から彼が寝ている昼間の間に双子なのを利用して遊里に出入りする香連の方が誘拐されて…という展開は、自分の心中を滅多に見せない九郎が大慌てするという展開も含めてお約束ではありますが、その際に犯人を誘き出すために彼が取った行動と、犯人の正体が白眉。

 本作は、事件そのものの謎だけでなく、そこに現れる人間心理の動きを描くことに力を入れた作品であることが、このエピソードから強く伝わってきます。


「氷麒麟」

 氷の彫刻を得意にする一方、その振る舞いで周囲の恨みを買っていた男が殺された。しかし犯人と目された男にはアリバイが。

 このエピソードからサブレギュラーの少年宦官・蔡寿昌が登場。九郎を「お兄様」と慕う一方で色々と裏を持つ彼は、「宦官」という存在に我々が持つ負のイメージの象徴のようなキャラであります。

 事件の方は、氷で龍や鳳凰の彫刻を巧みに彫り上げる廷臣が、新作の制作中に殺害されたというもの。本業の方ではかなり悪辣なやり方をしていた彼に恨みを抱く男がすぐに容疑者として挙げられたのですが、しかし殺された際に氷像の制作中であったことが、アリバイ証明となってしまいます。

 正直なところ、トリックはかなりアンフェアに感じられるのですが、人間の持つ虚栄心が単純な事件を難解なものとさせるのは、いかにも本作らしい趣向ではあります。

 以下、続きます。

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2012.10.26

「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?

 戦国時代にタイムスリップしてしまった記憶喪失のシェフが、織田信長の時代を目撃するユニークな時代料理漫画「信長のシェフ」の最新巻であります。
 前の巻では姉川の合戦の激闘が描かれましたが、この巻では静かな、しかし重要な戦いが描かれることになります。

 小谷城に捕らえられて危うく首を斬られそうになったり、辛くも脱出したと思ったら姉川の合戦逆転の鍵を任せられたりと八面六臂のケン。
 何とか合戦に一段落がついた後に彼が森可成とともに向かうことになったのは、堺の町であります。

 合戦の場に比べれば遙かに平和に感じられる堺ですが、当時の堺は有力商人の納屋衆によって合議制で統治された、一種の自治領。
 いわば外交使節(のお供)として向かったケンは、信長の存在を警戒する納屋衆との交渉を成功させるために、納屋衆が指定してきた「パオン」(=パン)を作ることになるのですが…

 およそ料理/グルメ漫画のパターンとしては「人助け」「食通凹まし」「ライバルとの対決」があるのではないかと思いますが、今回のケースは1番目でありつつも、2番目の要素も感じられるのが面白い。
 納屋衆の妨害で材料も満足に集められないケンが見せる意外な工夫が見所であるのはもちろんですが、ここである大物が彼に助け船を出すというのも、実に面白い趣向であります。


 さて、3つのパターンのうち2つが描かれると、最後の「ライバルの対決」は? という気にもなりますが、ケンのライバルになる人間が、この時代にそうそういるわけがありません。
 この後も、本能寺(もちろんあの事件からは数十年前なのですが)で信長と光秀の関係を取り持つために、きりたんぽ鍋を作るなど、和洋取り混ぜたケンの料理人ぶりは無敵としか言いようがないのですが――

 「この時代」にはいなくとも、別の時代にはライバルがいるかもしれません。
 そう、今度はタイムスリップもののパターンの一つ、主人公と同時代人(と思われる人間)の登場であります。
 それもその人物が身を寄せるのは、今後信長の最大の敵となる本願寺顕如のもとというのが実に面白い。

 まだまだ顔見せレベル、ケンとは接触もしていない段階ですが、いずれは必ずぶつかり合う相手…と想像しても、あながち間違いではありますまい。


 そして物語の方は、その顕如率いる本願寺の決起により、ケンにとっては恩人であり友である森可成が絶体絶命の窮地に陥ったところでこの巻は終わることとなります。
 あの森長可の父親とはとても思えないほど人格者の可成の窮地をケンは救うことができるのか(ここでケンが、可成が史実ではいつ死ぬのかを知らないというのが、実にリアルで面白い)。

 これまで歴史に流されてきたケンが、そろそろ歴史というものに正面から向き合うのではないか、と思いつつ、次の巻もやはり楽しみなのであります。

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2012.10.25

「笑傲江湖」 第35集「偽君子」

 いよいよ残すところは放送分にして3回6集、風雲急を告げる「笑傲江湖」、五嶽合併が意外な方向に転がり、サブタイトルの通りあの人物の本性の一端がついに晒されることとなります。

 師叔たちの挑発に乗ってうっかり掌門の座を手放してしまった泰山派の天門道人。今のノーカン! と叫ぶ彼の前に、ポッと出の新キャラが登場、喧嘩を売ったと思うと卑怯な手で道人に襲いかかり、道人と相討ちで死んでしまいます。
 衡山派は何となく黙らされ、泰山派は左冷禅に抱き込まれた玉キ子が掌門に、残るは恒山派と華山派ですが、左冷禅は恥知らずにも定逸師太の言葉をねつ造して、恒山派が合併賛成だったと言い出します。

 と、そこに乱入してきたのが桃谷六仙。ああ、これでまた話がグダグダに…と思いきや、定逸師太の遺言を自分たちで勝手に語り始めて周囲を煙に巻き、それが令狐冲への思わぬ援護射撃に。
 さらに玉キ子を挑発し、襲いかかってきた彼をあっさり捕らえて――ゲーッ、あの体勢は、以前華山派剣術流の何とかさんを惨殺した手足引っ張りだ! と思いきや、そこで割って入ったのが左冷禅。なんと大刀を振るった左冷禅は、救出すると称して玉キ子の手足を斬り飛ばしてしまうのでした。

 さすがにこれには皆ドン引きする中、改めて意見を問われた令狐冲は、岳不群に一任すると回答。この期に及んでいまだに師匠を信じるのはけなげかもしれませんが、ますます言動(主に指先のポーズ)が怪しくなってきた岳不群は、ここで何と合併に賛成。合併すればお前とはまた同門だよ、と令狐冲に一見優しく語りかけるのですが…

 さて、そこに一端退場した桃谷六仙が再び乱入。普段のナニっぷりが嘘のように、まるで誰かに吹き込まれたかのような巧みな話術で、五嶽派の掌門は実力で決めるべきだとアッピール、いかにも武侠ものらしく、面白闘場で各派の代表選手が試合(not殺し合い)を行うこととなるのでした。

 と、ここで一番手に名乗りを挙げたのは、何と岳霊珊。旦那に逃げられたとはいえ人妻らしく髪をアップにしたその姿は、ぶっちゃけ今までで一番綺麗に見えます。
 それはさておき、華山の秘密洞窟に描かれた各派の技を密かに修練していた彼女は、泰山派の名前を覚えるのも(私が)面倒な師叔連を泰山派の技で一蹴。さらに衡山派の莫大先生も、向こうは寸止めにしていたのに自分は止めないという反則スレスレながら破り、この期に及んで金庸ヒロインのような活躍です(その姿、あたかも袁紫衣の如し)。

 そして次の相手は…令狐冲。盈盈が、儀琳が、複雑な気持ちで見守る中、二人の使う技は、かつて二人で磨いた冲霊剣法に――
 が、わざとかかつての思い出が手元を狂わせたか、盈盈の刃を受けてしまう令狐冲。潔く引き下がる彼に、さすがに気まずさを隠せない盈盈の前に、さらに(何故かどうみても女物の真っ赤な長襦袢をまとった)林平之が現れるのですが…

 さて、これで残るは嵩山派と華山派のみ。ついに左冷禅と岳不群の頂上対決となるわけですが…ここで「たとえ自分が試合中の事故で命を落としても決して復讐してはいけない」と弟子に語りかける岳不群が恐ろしい。この人、どう考えても殺る気です。
 そして闘場をガンガン壊して繰り広げられる二人の達人の対決。見た目はプニプニしていながら、さすがに武林に覇を唱えんとする左冷禅は強い。最初は互角に見えた戦いも、触れたものを凍らせるという物理法則無視な寒氷真気を操る左冷禅優位になり、ついに岳不群の剣も凍らされてしまうのですが…

 果然、ここで岳不群が一転攻勢。自らの気で氷を溶かし、華麗に宙に舞うとその両の掌(というか指に針を仕込んでいた?)が左冷禅のこめかみを襲う! 令狐冲と盈盈は、この一瞬の動きに、葵花法典の存在を見て取ります。
 そして次の瞬間、両目から血を吹き出す左冷禅。視力を失った彼が振り回す大刀は、無惨にも思わず駆け寄ってきた腹心の陸柏を両断。なおも自分は戦えると咆吼しますが、その大刀が振るわれるのは、見当違いの位置ばかり…(それをフフンと離れたところで見やる岳不群が最高にイヤらしい)

 そんな絶対的実力差アピールも飽きたか、冷酷に左冷禅に乱舞をブチ込み惨殺した岳不群。今この瞬間、五嶽の掌門の座は彼の手に――
 しかしその力の正体に気づいたのは、令狐冲と盈盈だけではありません。彼の妻・寧中則も夫の所業を難詰するのですが、それに対し「江湖は食うか食われるか。邪魔者は潰されても仕方がない」とサラリと流す岳不群。
 「偽君子」は彼に対する悪罵でしたが、しかしその言葉が的を射ていたとは…と嫁さんもドン引きしたところで次回に続きます。

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2012.10.24

「猿飛三世」 第2回「忍の巻」

 京の長屋に住み始めた佐助は京にたむろする牢人と争いになり、お市の目の前で牢人の一人、実は伊賀忍びの赤目に叩きのめされる。その夜、赤目に拐かされるお市。身代金の受け渡し場所に向かった主膳は赤目に追い詰められるが、「忍」の術に目覚めた佐助と仲間たちが赤目を倒し、お市を救うのだった。

 BS時代劇「猿飛三世」、第2話は「忍の巻」。本作は全8回ですが、今回を含めた残り7話で、初代佐助が残した「秘伝七術」を一つ一つ体得していくという趣向なのでしょう。

 さて、今回は京の長屋に暮らし始めた佐助が、早速壁にぶつかるお話。

 長屋で暮らす貧乏牢人が、町でたむろする不良牢人の一派に加わったことを知った佐助は、お市の前で良いところを見せようとするも、一味の中にいたやたら強い男にボコボコにのされた上に、許しまで請う羽目になって意気消沈。
 すっかり闘志を失った佐助に失望したお市は単独で牢人の巣に乗り込みますが、その帰りに佐助を叩きのめした牢人――実は服部伴蔵の配下で片目に赤コンタクトを嵌めただけで異常にキャラが立ってる男・赤目に拐かされてしまいます。

 実はこの背後にあったのは京都所司代による高波藩お取り潰しの陰謀、この機にあわよくば邪魔となるお市の父・梅宮主膳抹殺を…という企みは、まあ知らずとも、勇気を振り絞った佐助はお市救出に向かう…という展開であります。

 と、佐助と赤目、さらに佐助の助っ人に、里から追いかけてきた才蔵とさぼてん(彼女の豪快なドロップキックには大爆笑)の二人が加わって展開されるクライマックスの肉弾戦が実に良い。
 赤目を演じる虎牙光揮が実際に動ける俳優だけに、一見無茶に見える動き(さぼてんのハンマーを蹴り上げて、さらにそれを才蔵にシュートするとか)にも妙な説得力が生まれます。
 個人的には、刀を持った人間が蹴り技を使うというのは、どう考えても無理があるような気がして好きになれないのですが、この動きを見せられては納得するほかありません。

 この強すぎる赤目の前に追い詰められた佐助たち。
 しかし、諦めない佐助の心が、奇跡を呼びます。心身ともに立ち上がった佐助は、今まで首に掛けていた初代佐助の忍者頭巾をついに装着! 覚醒した佐助のトリッキーな動きが赤目を翻弄し、ついに赤目を叩き潰し、お市を救うのでした。


 …という今回。主人公の挫折と復活を描くお話としてはまあ定番の展開ではありますが、しかし冷静に見てみると、どうにもすっきりしない展開であります。
 何故佐助が「忍」の術に目覚めたのか――は、まだ何となくわかるのですが、目覚めたらいきなり強くなったのは何故か(あの猿殺法が「忍」の術ということではないでしょう)、今ひとつピンとこないのがどうにも気にかかります。

 この辺り、実際に見ている間は、クライマックスの大迫力のアクションに圧倒されてスルーしてしまうのですが、後になって考えてみると、どうなのかなあ…と。
 おそらくは、佐助という未熟な忍者の成長を描くのが本作の主題だとは思いますが、それであればもう少し――佐助の心と技の覚醒の描写に――説得力が欲しかった、というのが正直な印象です。


 もっとも、佐助の方はまだまだ成長の余地は大いにあります。
 前回同様、今回も渡海屋の番頭・信三郎――謎の男なんですが、公式サイトでは思い切りネタバレされていてびっくり――に助けられっぱなし(この辺りも、仕方ないとはいえすっきりしないところ)で、猿飛佐助の名を継ぐにはまだまだ…といったところ。

 あと6回、佐助の成長(の描写)に期待することといたしましょう。次回はいよいよ波岡一喜演じる服部伴蔵が前面に出てくることですしね。



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 「猿飛三世」 第1回「秘伝七術の巻」

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2012.10.23

「篁と神の剣 平安冥界記」 若き篁、異世界を行く

 父に似ず文の道に暗いのが悩みの種の若き小野篁。ある晩、奇怪な賊に襲われている牛車を救おうとした篁は苦戦し、太刀を折られてしまう。思わず神に祈った彼の前に出現した不思議な剣を手に賊を追い払う篁。しかしそれがきっかけで、篁は不思議な少年少女と共に黄泉の国で思わぬ冒険をする羽目に…

 コンスタントにユニークな平安ファンタジーを発表している如月天音の新作であります。
 本作の主人公は、平安好きの方であればすぐにおわかりでしょう。篁――小野篁、昼は朝廷で帝に仕え、夜は地獄で閻魔に仕えたという奇怪な伝説を持つ人物であります。
 本作に登場するのは、まだ若き日の篁。彼が如何にして閻魔の知己を得たのかが、本作では語られます。

 少年時代に父に従い陸奥国に赴き、5年を経て平安京に帰ってきた篁。
 人並み外れた巨躯を誇り、武勇では人並み外れたものを持ちながらも、文の方は帝に嘆かれるほど、文章道を極めた父にも似ず今一つなのが悩みの種の篁は、そぞろ歩きの途中に訪れた鳥辺野で、思わぬ事件に巻き込まれることとなります。
 牛車が幾人もの賊に襲われていたのを目撃した篁は持ち前の正義感から割って入るのですが、奇怪な賊の前には大苦戦、愛用の太刀も折られてしまいます。
 そこで篁が思わず神に新たな太刀を求めて祈った時――そこにあたかも月光のような不思議な光が集まり、現れたのは不思議な一本の剣。その切れ味はこれまでの太刀とは段違い、賊を一蹴した篁は、牛車に乗っていた姫君・小比売と、その兄の於町に強引に同行を求められます。

 実はこの剣こそは長きにわたり行方不明となっていた月読命の剣。月読命に求婚に向かう途中の小比売は、この神剣を届けることで月読の心証を良くしようとしたのでした。
 求婚はさておき、篁も剣を正当な持ち主の手に返すのには異論はなく、二人の護衛も兼ねて同行するのですが…何ぞ知らん、彼らの行く先が黄泉の国だったとは。


 というわけで、本作の舞台のほとんどは黄泉の国、すなわち死者の世界。
 本来であれば生者が入れるはずもないこの世界に、神剣の力で足を踏み入れた篁は、奪衣婆や懸衣翁ら地獄の住人、そして根の国を支配する月読命ら、様々な人ならざる者と出会い、冒険を繰り広げることとなります。

 そんな舞台とキャラクターの印象もあって、本作は平安ものというよりもむしろ異世界ファンタジー的な側面が強く感じられます。
 なるほど、本作に登場する篁は、後に「天下無双」とまで言われた文人としてのイメージとはほど遠く、無骨ですが真っ直ぐな武人、好漢といったキャラクターで、神剣を手に異界を行くのにはぴったりでしょう。
 もちろん、後世に伝わる篁の人物像と、本作のそれが異なるのも計算の上で、その二つの摺り合わせが、本作の隠し味となっています。


 と、かなりユニークな作品ではあるのですが、しかし本作を一言で表せば、地味という印象は拭えません。
 黄泉の国といっても、舞台となるのは地獄の手前、三途の川のほとりが大半。地獄らしい(?)派手な地形や鬼たちが待っているわけでもなく、かなり穏やかなエリアを旅することになるので、勢い物語も静かなものとなりがちであります。
 篁も、未熟ではありつつも、見ようによってはかなり完成した人物であり、その意味でも物語の展開は静かなものとなった印象があります。

 もちろん、「地獄」と「根の国」の切り分けや、月読命の人とは似て全く異なるメンタリティや存在感(笑い一つで篁を苦しめる描写はお見事)など、いかにも作者らしく個性的かつ優れた部分は様々にあるのですが…

 篁が手にした力が強大すぎるだけに、なかなか動かしにくいかもしれませんが、もし続編が書かれるのであれば、篁の体に相応しい活躍が見たい、と感じた次第です。


 もう一つ、篁が(男に)モテモテというのも、いかにも作者らしいとこれまた感心。

「篁と神の剣 平安冥界記」(如月天音 新書館ウィングス文庫) Amazon
篁と神の剣 ―平安冥界記― (ウィングス文庫)

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2012.10.22

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写

 もはやおなじみ、不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、相棒の猫又・ニタのコンビが活躍する「猫絵十兵衛 御伽草紙」の待望の新刊、第6巻であります。

 いつ見ても安心のクオリティの本作ですが、最新巻は――新レギュラー登場や十兵衛やニタの過去といった――イベント的なエピソードはほとんどなく、十兵衛とニタを狂言回しとしたちょっとイイ話が中心となっています。

 川に捨てられていたのを十兵衛とニタに拾われながら、なかなか心を開こうとしない子猫の物語「隙間猫」
 寝込んでしまった猫の蚤取り屋の祖父の助けになろうとする孫娘と寺子屋の子供たちの奔走記「猫の蚤取り屋」
 佐助への想いが父親にばれて引き離されてしまったおもとの魂が、光る鳥となって抜け出してしまう「光る鳥と取持ち猫」
 博打と酒に目がない十玄師匠の新弟子が、ある晩猫を拾って以来、博打でツキにツキまくるも…な「如何様猫」
 節分の晩、身寄りを亡くした老婆のもとにやってきた子鬼と猫又たちの交流を描く「鬼やらいと猫オニ」
仲の良かった筆師の三兄弟に母親が遺産を残したことから生じた亀裂を、飼われていた猫が修復する「春告猫」

 以上六編、いずれも派手さはありませんが、安心して読める佳品揃いであります。

 以前からの読者としては、サブレギュラーの左官の佐助と大店の末娘・おもとの恋模様が(いかにも本作らしい展開で)進展していくのが読めたのも嬉しいのですが、今さらながらに感心してしまったのは、猫描写の巧みさであります。

 本作に登場する様々な猫――普通の猫も、猫又も含めて、その猫の可愛らしさは言うまでもありませんが、それだけではない猫の姿をもきちんと描き出すのが本作。
 心ない人間によって川に落とされて泥だらけとなった「隙間猫」の子猫、寒空に震え目脂と鼻水だらけの顔を見せる「如何様猫」の野良猫――人間に飼われるばかりではない猫のリアルな、そして過酷な姿を、本作では時に描き出します。

 イイ話というのは、甘いだけの話のことではありません。世の中の辛さ、切なさもあるからこそ、同時に世の中の美しさ、温かさも際立つ。
 当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、「猫かわいがり」しないで現実を描く本作の猫描写は――物語にファンタジー性があるからこそ――それをはっきりと再確認させてくれます。


 心配な点と言えば、単行本の刊行スピードがちと遅い(連載との差が開くばかりな)ことですが、それは先の楽しみが多いと考えましょう。
 この先も、厳しくも素敵なイイ話を見せていただきたいものです。


 ちなみに個人的に今回印象に残ったのは、「如何様猫」で弟弟子に当たる放蕩絵師が、十兵衛を見て言った「妖術を使いそうな頭」というセリフであります。
 作中では普通に受け入れられていますが、やはり十兵衛もまたアウトサイダーなのだ…というのは穿った見方かもしれませんが。

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛~御伽草紙~ 6 (ねこぱんちコミックス)


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2012.10.21

「乱世山城国伝」 乱世を動かす人々の想い

 応仁の乱が終わっても続く戦乱に荒廃した山城国。南山城の狛城を陥とした斉藤彦次郎の陣に加わっていた青年・九郎は、ある事件をきっかけに陣を離れ、山に篭もった農民たちの中に加わる。やがて九郎は、山城国から軍勢を追い出し、国人による統治を目指す狛秀と行動を共にすることになるが…

 昨年惜しくも亡くなった後藤竜二が、室町時代の山城国一揆を題材に描いた歴史小説であります。

 物語は、応仁の乱が終わったばかりの山城国狛城から始まります。
 乱は一応終結したとはいえ、幕府は有名無実化し、各地では戦乱がうち続く中、下級公家の身分を捨て、足軽大将としてのし上がってきた斉藤彦次郎が狛城を襲撃、主人公の九郎もこの中に加わります。

 しかし過去のある体験がもとで人を殺せなくなった九郎は、狛山城守秀と娘の織姫を見逃し、その時にもらった金塊が元で、仲間たちからリンチを受けることとなります。
 死んだようになって川を流された九郎を拾ったのは、戦場を往来する尼僧たち。九郎は、なりゆきから彼女たちと共に彦次郎の支配を嫌って山に篭もった農民たちに合流するのでした。

 その体術を活かして農民たちに協力する九郎は、やがて狛秀や織姫と再会。しかし、戦いに倦み、国人の団結で平和を得ようとする狛秀に対し、あくまでも戦って領地を回復しようとする織姫、対照的な父子の姿に、九郎は複雑な想いを抱きます。

 九郎、狛秀、織姫、さらには彦次郎など様々な人々の思惑が絡み合う中、なおも続く戦乱。しかしその中でもそれぞれの利害に拘る人々は団結することなく、細川政元に操られるように畠山政長と畠山義就は山城国で対峙するのですが――


 戦国時代前夜と言うべき時代に、守護大名らを追放し、以後八年間に渡り、農民を含む国人たちが統治を行った山城国一揆。
 歴史の教科書ではお馴染みの出来事ですが、本作においては、それを大名・足軽・農民・馬借・芸能者・僧侶・忍び等々、様々な登場人物の目から描き出します。

 上の紹介では、九郎を中心に物語を整理しましたが、確かに彼は様々な場面で活躍を見せるものの、しかしそれはその場その場に留まるものであり、大きな歴史の流れに影響を与えるものではありません。むしろ彼自身は、生きる目的を持たずに流されていく傍観者的存在であります。
 いや、それは単に九郎一人ではありません。本作の登場人物ほとんど全てが、歴史の巨大なうねりに流されて、泥濘のような戦いの中で、もがくばかりであります。
(そして同時に、本作には完全な悪役が登場しません。斉藤彦次郎や彼の上役ともいえる古市澄胤のように、強大な兵力を持ち、時に非道を行う人物も、それぞれに迷い、弱さを抱える姿が描かれるのです)

 本作で描かれる山城国一揆は、決して美しい理想だけの中から生まれたものではありません。いやむしろ、国人たちは共通の敵を持ちながらも直前まで己自身の利害に固執し、争いを続け、まとまりに欠ける状況でありました。
 そんな混乱の中で発生したこの国一揆は、結果だけ見れば――結局、わずか8年で崩壊し、その後ほどなくして戦国時代が到来したことを思えば――一瞬の歴史のきまぐれから生まれた、一過性のものにすら見えます。

 しかしそれは、決して(本作に登場する)人間が無力であるということを意味しません。
 確かに、個々人の力では一揆は起こせなかった。しかし、理想を持った人間が存在し、彼が地道な努力を続けた時に、歴史が動くことがある。
 たとえそれが一過性のものに見えたとしても、たとえ同一の状況・結果ではないにしても、後の世でも同じような理想を持つ人々の力で歴史を動かすことはできるのだと、本作は教えてくれるのです。


 巨大な歴史の流れの前で、人に何が出来るのか。それは歴史小説に課せられた一つの巨大な命題のように感じられます。
 本作はそれに一つの、いや、様々な形で答えを出してみせたと言えるでしょう。そう、答えは人の数だけあるのですから…(結末で九郎が選んだ生き方の美しさよ!)。

 月並みな言い方で恐縮ではありますが、今のような時代に出会えたことを感謝したい作品であります。

「乱世山城国伝」(後藤竜二 新日本出版社) Amazon

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2012.10.20

「笑傲江湖」 第34集「五嶽合併」

 さて、ついに東方不敗と対峙した令狐冲、任我行、盈盈、向門天。四人がそれぞれの武器を構え、そして――というところで前回のラストとなりましたが、いよいよ今回は東方不敗との死闘が描かれることとなります。

 美女と見紛う姿と化した東方不敗ですが、その力の容易ならざることは、前回大の男を刺繍糸で肉塊に変えたことからもわかる通りであります。
 その主たる武器は刺繍針――それこそ毒でも塗らない限りは暗器にもならないような代物が、しかし東方不敗の手にかかれば鋼の剣をも砕く武器と化すのですから恐ろしい。
 しかも針につけられた糸により、そのコントロールは自由自在、ほとんど誘導ミサイルクラスの反則武器であります。

 これに対する四人も武林ではほぼ最強クラスの達人揃いではありますが、これを凌ぐのがやっと。いや、これに抗することができる技がただ一つ――あらゆる武術を破る技を持つ千変万化の剣、独孤九剣のみ!
 美しい軌跡を描いて襲い来る無数の針を打ち返し、打ち払うのは、令狐冲の独孤九剣、求敗と不敗の激突はまさに互角、凄まじい奥義の応酬は、これがラストバトルでも納得してしまいそうな見事さであります。

 しかしここで東方不敗が繰り出したのは、己の周囲を、あたかも繭の如く刺繍糸で取り囲む絶対の防御壁。唯一弱点に見えた上方からの攻撃も防がれ、打つ手なしと思われた時、任我行は吸星大法を繰り出します。さらに令狐冲も吸星大法を使い、ダブル吸星大法の吸引力が、糸壁を粉砕するのですが…

 しかしそれでもようやく互角というレベル、この均衡を崩すために、傷ついた楊蓮亭をいきなり襲ってヌッ殺すあたり、やはり盈盈は魔教の娘というべきでしょうか。
 そしてそれに驚いた一瞬の隙に、令狐冲の剣が東方不敗を貫きます。

 深手を負った東方不敗にとどめをさすべく、吸星大法で傷口から血を盛大に吸い出す任我行。その血しぶきに紛れて飛ばした針で任我行の片目を奪ったものの、もはや東方不敗には戦う力はなく、ついに地に伏すのですが――

 ほぼ力尽きた東方不敗を眼前にしても、とどめを刺せない盈盈。そして、愛しき楊蓮亭に必死に這い寄ろうとする東方不敗を、気で弾き飛ばし、最期に沿わせてやる令狐冲。
 死闘の果てに待っていたのは、むしろ静かで、切ない幕切れでありました。

 原作では力を求めるあまり醜悪な女装の怪人と化した東方不敗。しかし、このドラマ版での東方不敗は――当初はもちろん力を求めてのことなのでしょうが――むしろその力を愛する者との平穏のみに使おうとした者として描かれます。
 すなわち東方不敗にとって江湖の権力などは興味の外。愛した相手が良くなかったものの、その求めるものは一種の「笑傲江湖」であったと言えるでしょう。

 東方不敗を倒した直後、その東方不敗――の名を騙っていた楊蓮亭――と同じやり方で教徒の前に君臨する任我行(その後ろで心底うんざりした態の小芝居を見せる令狐冲が印象に残ります)。
 その姿の醜さに比した時に、東方不敗の姿の美しさが、大いに納得できた次第です。


 と、東方不敗戦の決着だけでおなか一杯になってしまいましたが、今回はこれでほぼ前半部分。
 後半で描かれるのは、ついに五嶽合併に向けて動き出した左冷禅の野望であります。

 もうこれ以上任我行につきあってはいられぬと、その不興を買いながらも盈盈を置いて恒山に戻る令狐冲。
 すぐに彼は、五嶽剣派の集会に出席するため、嵩山に向かうこととなります。

 ややこしくなりそうな元邪派の連中を置いていこうとしたらやっぱりついてきたり、しかしこいつらが来たら絶望的に面倒くさい桃谷六仙は置いていかれたり、この格好だったらついて行っても大丈夫だろうと盈盈が男装して出てきたり(たぶんそういう問題ではない)色々ありましたが、それはさておき。

 嵩山に集まったのは、左冷禅はもちろんのこととして、辟邪剣譜のおかげでますますビジュアル的にアレっぽくなりつつも、令狐冲に対する態度だけは相変わらずキツい岳不群。
 左冷禅に物語冒頭の費彬(嵩山派の幹部怪人)殺しのことを暴かれ、とぼけた切ったのかごまかしそこねたのか、ちょっとややこしい立場になってしまった衡山派の莫大先生。

 そして残るはこれまでいまいち目立っていなかった泰山派掌門の天門道人――
 と思いきや、これまた物語冒頭で左冷禅に抱き込まれていた(というか抱かされていた)泰山派の師叔たちの挑発に乗った彼はうっかり掌門の座を投げ出してしまって(そしてそれを師叔に拾われてしまって)左冷禅以外の面々は唖然…というところで次回に続きます。


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2012.10.19

「鬼舞 見習い陰陽師と悪鬼の暗躍」 緩急自在のドラマ、そして畳

 御所を騒がせた騒動は収まったものの、道冬・吉昌・綱それぞれの心には傷跡が残る。そんな中、鬼たちに利用された右近少将が、口封じに命を狙われていると察した道冬たちは、少将が宇治の別邸に避難するのに同行する。しかし鬼の魔手は宇治にも迫ろうとしていた。恐るべき鬼の力の前に道冬たちは…

 快調に巻を重ねてきた「鬼舞」シリーズもこれで7巻目。前々巻から道冬の周囲を騒がせてきた邪香を巡る物語も、ここでひとまずの決着となります。

 都を騒がす謎の鬼たちの手により中宮の周りに持ち込まれた人を狂わせる香。思わぬ成り行きから御所に持ち込まれたその香によりバイオハザード状態となった御所での騒動を辛うじて収めた道冬たちですが――
 しかしその中で、吉昌は香で狂わされた兄・吉平と激突して完敗。綱は鬼の一人・茨木に敗れ、そして道冬は忠僕の行近の思わぬ素顔を知ることになってしまいます。

 そんな前作の結末を受けての本作では、少年たちのその後の姿が描かれるのですが…さぞや重たい展開になるかと思いきや、それを良い意味で裏切ってくれます。

 何しろ周囲が、少年たちが悩んでいることを斟酌するような連中ではありません。
 普段のクールな態度はどこへやら、自分が傷つけてしまった弟に対して異常な溺愛っぷりを見せる吉平…はともかくとして、前作で館からの束縛を離れた源融大臣や、道冬に熱視線を送るトノサマガエルは相変わらずマイペースに物語を引っ掻き回してくれます。

 しかしそれ以上に今回(も)大変なのは、畳――もはや完全にヒロイン格となった彼女(?)は、道冬を巡る新たなライバルの登場に大暴走。これまでも泣きながら家を飛び出していくというくらいはありましたが、今回は何とオフィーリアに…ってもはや誰得な暴走ぶり。いや本当に面白いんですが(以前から思っていましたが、浦沢義雄脚本か!)。

 と、脇は脇で大暴れなのですが、しかしもちろんギャグだけでは終わらないのが本作の、本シリーズの恐ろしいところであります。
 行近の正体を知ってしまった道冬の心の揺れ、どうしても叶わぬ兄へのコンプレックスに必死に立ち向かう吉昌(…に対する晴明の言葉がまたいいんですが)と、少年たちの心の内の描写。
 徐々に明らかになっていく道冬の秘密と、それと直結しているらしい道冬の父と晴明の因縁、そして道冬の父の死の真相。

 これらシリアスなパートも同時並行して、いや、ギャグから突然一転して(そしてまた逆も同様に)描かれるドラマの緩急の付け方は見事の一言で、読んでいていいように作者に操られた気分であります。前作があまりに盛り上がり過ぎただけにちょっと心配しておりましたが、(前作ほどではないにせよ)やはり完成度の高い本作であります。


 その他、何やら今後のキーパーソンとなりそうな女性キャラも登場し、ああ良かった、異常に男性密度が高かったこの作品にも活躍しそうな女性キャラが…というのはさておき、この先も大いに振り回してくれることを期待しても裏切られることはない作品です。

「鬼舞 見習い陰陽師と悪鬼の暗躍」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と悪鬼の暗躍 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2012.10.18

「幕府検死官玄庵 斬心」 反逆医が惚れた姫

 心中で生き残った若い女が日本橋で晒し者になっているのに出くわした玄庵。石川島の人足寄場送りとなった彼女は、実はさる藩の姫君・橘姫だった。彼女に一目惚れした玄庵は、藩の江戸家老からの依頼に応え、千両の報酬と彼女を嫁とすることを条件に、姫を石川島から救い出そうとするが…

 普段は江戸町奉行所で検死を担当する蘭医、裏の顔はこの世にのさばる悪を無外流抜刀術で叩き斬る快男児・逆井玄庵の新たなる冒険であります。
 加野厚志のこのシリーズ、当初は中公文庫で三作刊行され、前作「血闘」から文芸社文庫で刊行されることとなったものですが、レーベルは変わってもその反骨ぶり、無鉄砲ぶりは相変わらずであります。

 今回の物語の中心となるのは、大川での心中で相手のみ死に、自分だけ生き残ったために日本橋の高札場で晒し者となっていた謎の美女。
 浅黒い肌に吊り目がちと、当時の美人の基準とは少しずれますが、晒し者となっていても凛然とした態度を崩さない彼女に、偶然通りかかった玄庵は一目惚れしてしまうのですが…もちろん、これが波瀾の冒険の幕開けなのは言うまでもありません。

 何と彼女は常陸松崎藩三万石の姫君、身分を明かせばお家の恥と口を噤んだまま石川島の人足寄場送りとなった彼女の救出の依頼を藩の江戸家老から受けた玄庵は受けることになります――持参金千両と姫の嫁入りが条件で。


 いやはや、この時点で色々な意味で無茶苦茶ですが、しかしこれが玄庵流。
 玄庵は親友の八丁堀同心・国光平助を巻き込んで寄場に潜入すると、まんまと橘姫を奪還し、脱出してくるのですが…
(ここで玄庵の「色々」な活躍を聞いた平助が「そりゃ無茶だ。色々ありすぎでしょ」と呆れるのが、読者の心境とシンクロして妙におかしい)

 しかし、このシリーズのファンであれば容易に予想がつくように、この姫が只者ではありません。
 玄庵も呆れるほどの行き当たりばったりで無鉄砲…はまあいいとして、彼女には思わぬ裏の顔の存在が。そしてそれが心中騒動と人足寄場送りの裏側に――とくれば、加野ファンであればすっかり嬉しくなってしまいます。

 そう、一本気で無鉄砲な主人公が、複雑怪奇な事件と様々な顔を持つ周囲の人間たちに混乱させられつつも真相に迫っていくという一種のハードボイルド的趣向が加野作品の真骨頂。
 周囲の思惑に時に振り回され、時に利用されつつも、己の道を不器用に貫いてみせる…そんな玄庵の痛快な姿は今回も健在であります。


 もっとも、今回は、玄庵と姫の交流が中心にあるせいか、これまでに比べるとちと控えめな印象。途中に挿入される(当時練兵館にいた)久坂玄瑞との出会いや、平助との悪党退治も、話の本筋とは無関係ではないものの、中途半端に感じられてしまいます。
(後者がシリーズ第1作のラストに繋がっていく…という見方もできますが)

 何よりも、物語のそもそもの発端である、心中の生き残りが、人足寄場に送られる…ということ自体が実際にあったのかどうか。
(確かに心中の生き残りは無宿人扱いになりますし、人足寄場に無宿人は収容されたのですが…)

 玄庵の言動は相変わらず痛快、そして彼の育ての親であり今も彼を心身ともに支える飯炊きの加代婆さんも大活躍と、シリーズファンには楽しい作品ではあるだけに、細かいところが気になったのは残念であります。

「幕府検死官玄庵 斬心」(加野厚志 文芸社文庫) Amazon
【文庫】 幕府検死官 玄庵 斬心(ざんしん) (文芸社文庫 か 1-2)


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2012.10.17

「戦国SAGA 風魔風神伝」第1巻 風神の静と動を見よ

 連載開始時にも取り上げましたが、宮本昌孝の「風魔」をかわのいちろうが漫画化した「戦国SAGA 風魔風神伝」、待望の第1巻が発売されました。

 物語の始まりは戦国時代末期、秀吉の天下統一が進み、徐々に北条家包囲網が狭まっている時代。
 北条家に仕えてきた風魔一族の頭領(この第1巻の時点では頭領の子)・風間小太郎が、自分たちの自由と独立のために活躍する爽快な冒険活劇譚であります。

 この第1巻に収録されたエピソードは、ちょうど原作の第2章までで、原作全体でいえば、まだまだプロローグの部分。
 もはや開戦直前となった北条と豊臣、両家の対立の裏側で展開される謀略戦の様と、その中に登場する、小太郎をはじめとする主要キャラクターの顔見せが、この第1巻では描かれることになります。

 さて、物語展開的には、この「風魔風神伝」は、原作にかなり忠実な内容であります。
 小太郎と最後の足利公方・氏姫の交流、風魔の裏切り者・湛光風車の暗躍、小太郎を一族の仇と狙う猿飛の術の遣い手・唐沢玄蕃の登場、そして風車の謀略によりついに開戦する北条と豊臣――
 この巻で描かれる事件の数々は、原作でも描かれたものを、ほとんどそのままビジュアル化した印象があります。

 それでは、原作読者にとって、本作を読む必要がない、読んでも目新しさはないかと言えば、それはもちろん、「否」と声を大にして言わせていただきます。

 何しろ本作の漫画化を担当したかわのいちろうは、「赤鴉」「忍歌」と、時代伝奇アクションを描かせれば、当代屈指の描き手。
 小太郎をはじめとして見事にビジュアライズされたキャラクターたちが、縦横無尽にページの中を飛び交う――それでいて少しも情報過多で読みにくいということはない――画の一つ一つは、原作のイメージを損なうことなく、それでいてなるほどこういう描き方になるのか、と原作読者にとっても実に新鮮に感じられるのであります。
(むしろ原作を読んでいるからこそ、その「翻訳」の巧みさに驚かされるのかも…)

 特に素晴らしいのは、主人公たる小太郎のアクションでしょう。
 身の丈八尺を超えるような、現代であっても規格外、戦国時代にあってはまさに鬼神と言うべき小太郎の巨体。その肉体の――そして彼の精神の――厚さを感じさせる「静」のビジュアルが、一度彼が行動に移った途端、目にもとまらぬ凄まじい速度と破壊力を持った「動」のビジュアルに変じる、その凄まじい落差は、見事と言うほかありません。

 昨年辺りから、相次いで漫画化されている宮本作品。既に完結した長谷川哲也画の「陣借り平助」、来月単行本第1巻が刊行される東冬画の「大樹 剣豪将軍義輝」と、原作も一級、描き手も実力派ばかりで、漫画化に恵まれた作家であると感じます(あるいはそれは、作者の経歴に関係するかもしれませんが…)

 そして本作もまた、こちらの期待を裏切らない見事な漫画化であることは、上に述べた通りであります。
 この先、いよいよ本格化する小太郎の活躍を期待するなという方が、無理というものでしょう。


 ちなみに、この第1巻に付された原作者のあとがきで、「隠密剣士」に登場した風魔小太郎のことが触れられているのですが、実はかわのいちろうは、まさにこの「隠密剣士」を漫画化し、そしてその中で風魔小太郎を大暴れさせているというのは、面白い因縁と言うべきでしょうか。

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2012.10.16

「笑傲江湖」 第33集「妖人 東方不敗」

 辟邪剣譜の発見、五嶽剣派合併に向けた暗闘と物語もクライマックスに向けて突き進む「笑傲江湖」、今回のサブタイトルは「妖人 東方不敗」。ついにあの人物が本格的に登場であります。

 前回、令狐冲の前から去った――と思いきやまだ去っていなかった盈盈。しかし、やはり彼女は令狐冲とは住む世界が違う…と、切々と想いを打ち明けた後に、日月神教の本拠・黒木崖に向かって旅立っていきます。

 一方、ついに霊珊と結ばれた…はずの林平之は、新婚初夜というのに(平之と頭と足が逆になるようなもの凄い格好で寝ていた)霊珊に別れを告げ――生まれ変わったらその時はお前の情けに報いよう、という言葉が、彼の最後の良心のようで哀しい――、一人抜け出すと…ついに豪快な自宮を!
 何故かこの時の絶叫が三回リピートされるのですが、まあそれくらいのインパクトだったということで…

 翌朝、寝室から平之が消えたことを知った霊珊は半狂乱。しかし岳不群はそんな娘の想いを忖度することもなく、冷たくあしらうと、一門で更なる修行に励むよう命じます。
 それにしても前回辺りからだいぶ服装が派手になってきた岳不群、表情や喋り方がどこか気怠げというか、妙な柔らかさを持つようになってきて…この辺り、俳優さん声優さんの凄さに今さらながらに感心であります。

 再び舞台は恒山に戻り、悩む令狐冲に儀琳は、正しいことならば無問題、的なアドバイスを受けたことで吹っ切れ、盈盈を追います。そこに任我行と向門天も合流、一同は前回盈盈側についた日月神教幹部の上官雲を前面に立て、盈盈たちは捕らえた令狐冲を運ぶ兵士に扮してついに黒木崖に潜入します。
 折しも黒木崖では、東方不敗の意志を代弁すると称する楊蓮亭により、以前任我行にも堂々と意見してみせた硬骨漢・童柏熊が処刑される寸前。戦友であった自分に対し一言もかけようとしない東方不敗に業を煮やした童柏熊は、自らを縛る縄を引きちぎって大暴れを始めます。

 そしてそれを好機と見て、令狐冲たちも自らの武器を持って楊蓮亭と東方不敗に躍りかかる!(この時、逃亡者おりんさんみたいな早変わりを見せる盈盈)
 楊蓮亭は向門天の鞭で足をへし折られ、そして無敵のはずの東方不敗も手も足も出ずに震えるばかり…なのも当然、これは影武者。教徒たちの前で偽者の化けの皮を剥がした任我行、皆の前で、わしが日月神教教主・任我行である! とこれまた三回もリピートをかけて大宣言であります(…が、一同ノーリアクション)。

 それでは本物の東方不敗はどこに? となりますが、そこで早速、楊蓮亭が隠しているらしいと密告する輩が。かくて、黒木崖のさらに奥、躑躅の花咲き乱れる地に、楊蓮亭を引っ立てて一同は進むことになります。
 そして以前ちらりと登場した、庭園の中の屋敷を訪れる一同ですが――

 そこに待っていたのは、顔はおろかネイルにまで念入りに化粧をほどこし、女物の美麗な着物に身を包んだ、美女と見紛う姿の東方不敗その人。
 任我行や盈盈の知る東方不敗は確かに男。それがここまで変貌した秘密は――言うまでもなく葵花法典(=辟邪剣譜)の力であります。すぐにその事実に気づいた任我行は、今の東方不敗の有様を嘲るのですが…

 しかしそれを全く気にするでもなく、ただただ楊蓮亭の身のみを案じる東方不敗。今の彼女(?)にとっては日月神教の行方などはどうでもよく、大事なのは楊蓮亭であり、従うのも彼の言葉のみ…
 その姿に愕然とする童柏熊に絡みつく、無数の美しい刺繍糸――東方不敗がその糸を引けば、無惨、童柏熊は一瞬のうちにただの肉塊に。

 もはや問答は無用とそれぞれの剣を抜く令狐冲・盈盈・任我行・向門天。いよいよ両者の激突が! …というところで以下次回。このヒキはずるい!


 と、それはともかく、ついに登場した東方不敗。原作では正直醜悪な老人だったのですが、こちらでは(ここしばらくのトレンド通り)美女と見紛う姿であります。
 原作者は東方不敗を美しく描くことには不満のようで、それはそれでよくわかるのですが、本作においては、この描写で正解と思います(理由は次回の感想で)。

 なお、本作の東方不敗の喋り方は、女の声であるのだけれども、口調は男が女の喋りを真似しているようなもので、この辺りの吹き替えの巧みさにも感心にいたします。
 ちなみに声を担当する幸田直子氏は、「スウォーズマン」シリーズでブリジッド・リンが演じた東方不敗の声も吹き替えていて…もはや東方不敗声優であります。 

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2012.10.15

「寵臣の真 お髷番承り候」 寵臣として、人間として

 麹町で十人以上の浪人が何者かに殺されたことを知った賢治郎。しかしその裏に徳川頼宣襲撃があったことを知った賢治郎は、事件の発生を告げなかったために、将軍家綱の不興を買って目通りを禁じられてしまう。孤立無援となりながらも事件の真相を探る賢治郎に、刺客たちが次々と襲いかかる。

 将軍の髷を整えるお髷番を務める青年武士・深室賢治郎が、将軍家綱を守って将軍位争いを繰り広げる権力の亡者たちと対決する「お髷番承り候」シリーズの第5弾であります。

 かつてお花畑番として、幼い家綱と共に育ち、身分こそ違え唯一の友と言える賢治郎。周囲の者たちが、家綱を差し置いて次の将軍位を巡って暗闘を繰り広げる中、賢治郎は家綱の懐刀として活躍してきました。
 味方になる者はほとんどいないとはいえ、しかし賢治郎のいわば後ろ盾は将軍家綱。その意味では、上田作品の主人公のうちでも、彼は最も恵まれたキャラクターと言えなくもないのですが――しかし、本作においては、その家綱からの寵愛が途絶えることになってしまうという、シリーズの根幹を揺るがしかねない事態が発生することになります。

 前作で、館林徳川家の綱吉を支える牧野成貞に動かされて、紀伊徳川家の頼宣の行列を襲撃した浪人たち。しかし彼らは行列を守る根来者たちにより全員返り討ちにされるという結果に終わりました。
 しかし事件がそれで終わったわけではありません。事件があったのは江戸城とは目と鼻の先の麹町、犯人の目的は暴かれなかったとはいえ、襲われたのはとかくの噂のある徳川頼宣なのですから。

 この事件の発生を知った賢治郎は、その影響の大きさから、家綱にすぐに告げることを避けるのですが――家綱にとって、信じていた賢治郎が己に(事件の全ては明らかになってはいないとはいえ)真実を伏せたというのは、裏切りにも等しい。
 かくて、主従の想いのすれ違いから、家綱の逆鱗に触れた賢治郎は登城差し止めとなってしまうのでありました。


 上田秀人の文庫書き下ろし時代小説の主人公は、その大半が、程度の差こそあれ、権力者の引きを受けて特殊なお役目に就き、そして幕政の権力を巡る暗闘に巻き込まれ、四面楚歌の戦いを強いられることとなります。
 厄介なのは、その敵の中に、自らの上司であったはずの権力者が含まれることがしばしばであることですが、少なくとも本シリーズにおいては、それは当たりません。

 上で述べた通り、賢治郎と家綱は深い信頼で結ばれた間柄、賢治郎を家綱が裏切るはずはない…のですが、怒ることはあった、というのは予想外でありました。
 実は賢治郎は実の兄に疎まれて実家を追われた過去を持ち、そして婿養子に入った先の義父からも、より良い引きを求めるには邪魔な者として、白眼視される関係。
 将軍という絶対の後ろ盾を失った途端、彼は住む家にも事欠くことになるのです。


 しかし、そんな時だからこそ、見えてくるものがあります。真に彼を案じ、支える者が誰であるか、そして、真に彼が歩むべき道が何であるか――

 本シリーズにおいては、「寵臣」という言葉が一つのキーワードとして繰り返し登場します。
 権力者の側に仕える寵臣とは、どのような存在であるべきか。そして寵臣の資格とはなにか。そして何よりも、賢治郎は寵臣足りうるのか?
 これまで描かれてきたその問いかけに、本作で答えが――意外な、しかしどこか納得できる答えが提示されることとなるのです。

 この先、賢治郎が、誰とともに、どのように生きていくのか…その答えが示された本作は、シリーズにおいて一つの区切りと言えるでしょう。


 しかしもちろん、将軍位を巡る戦いはこれからまだまだ続いていくことになります。
 迷いをなくした賢治郎の、そして家綱の戦いもまた…

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2012.10.14

「猿飛三世」 第1回「秘伝七術の巻」

 大坂の陣から数十年後、山中に暮らす猿飛佐助の孫・佐助は、里を訪ねてきた高波藩重役・梅宮主膳の娘・お市に惹かれ、京まで供をする。高波藩が御家騒動の渦中にあると知り、お市の助けとなろうとする佐助。しかし、かえって藩のお取り潰しを狙う京都所司代の罠にはまってしまい、主膳ともども窮地に…

 地上波で連続TV時代劇がなくなってから数ヶ月ですが、その間もBSプレミアムでは時代劇が放送されてきました。
 昔でいう水曜時代劇もしくは金曜時代劇に当たる枠と言うべきでしょうか…原作ものもあればオリジナルあり、時には驚くほどフリーダムな作品もあったその枠の後継として、また新たな作品がスタートしました。

 それがこの「猿飛三世」。言うまでもなく猿飛とはあの猿飛佐助(その声を当てるのはサニー千葉!)。真田幸村に仕えて大活躍したというあの大忍者の孫が主人公の、コミカルな時代活劇であります。

 かつて猿飛佐助が活躍した大坂夏の陣から36年後の江戸時代。初代佐助の孫、名前も同じ佐助は、決して腕が劣るわけではないものの、生き物を傷つけられないという忍者にしては致命的な弱点から、村では半人前扱いされているという状況。
 父親(すなわち初代佐助の息子)である鬼丸は20年前に行方をくらまし、初代から伝わる「秘伝七術」も教わらないまま、うだつのあがらない毎日を送っていた佐助が、里を訪れた美女・お市に惹かれたことから、外の世界で大冒険を繰り広げる――というお話になる模様であります。

 お話的にはある意味「猿飛佐助」もの、というか「野生児」ものの定番とでも言いましょうか…山で暮らしていた野生児佐助が、ふとしたことから山を降りて下界で大暴れ、というパターンに当てはまる作品であります。
(もちろん、本作はその佐助を三世、そして時代を太平の時代としたのが工夫であることは間違いないのですが)

 その第1話である今回は、基本的な設定と人物紹介篇という印象で、ストーリーともども非常に手堅くあるのですが、しかし何よりも今回印象に残ったのは、佐助を演じる伊藤淳史のはまりっぷりであります。
 我々が「猿飛佐助」という存在に抱くイメージ――童顔…というかちょっとサルっぽい愛嬌のある顔立ちで、いかにも人のよさそうな若者というイメージを、ほぼ完全に満たしているのには実に驚かされました。

 大袈裟なのを承知で言えば、このキャスティングの時点で本作は半ば成功したようなものではないか…いや、大袈裟ですね。


 とはいえ、第1話の時点では、この佐助はまだまだダメ忍者であります。
 クライマックスで見事な体術は見せるものの、結局は敵に追い詰められて、異常に強い謎の商人・信三郎(この人、佐助の○○なんじゃ…)にこっそり助けられて命拾い。
 お市に慰められて、泣きながら握り飯を頬張るというしまらないラストなのですが――

 もちろん、ここから佐助がいかに成長していくかが、佐助が「猿飛佐助」になる姿を描くのが、本作の眼目でありましょう。
 頑張れ佐助、あの太陽をつかむのだ!


関連サイト
 公式サイト

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2012.10.13

「魔界転生 地獄篇・第一歌」 幻のアニメ版魔界転生

 先日、様々なバージョンの「魔界転生」の紹介をいたしましたが、今回紹介するのはその一つ、今から約15年前に発表されたオリジナルビデオアニメ版「魔界転生」の第1話であります。

 このアニメ版、一説では全4話を予定していたとのことですが、結局発売されたのは2巻まで。DVD化も国内ではされておらず、現在では一種幻の作品となっております。

 が、幻とするにはあまりにも惜しいのがそのクオリティ。
 キャラクターそのものは漫画チックなディフォルメをされた部分もありますが、しかしそのキャラが動く動く。ケレン味たっぷりでスピーディー極まりないな超人アクションは、今見ても十分にインパクトがあります。
 そしてBGMの演奏は、一時期日本のアニメで結構使われていたワルシャワフィル。時代劇に管弦楽? と思われるかもしれませんが、作品自体がキリシタン一揆を背景にしていることもあり、違和感は感じられません。

 そしてキャストの方も、十兵衛が玄田哲章、四郎が置鮎龍太郎、森宗意軒が納谷悟郎と実力派揃い。キャスティングを見ただけでは玄田十兵衛に違和感を感じる方もいるかもしれませんが、しかし声の中に揺るぎない安定感、沈着さを感じさせてくれる演技は、さすがと感じさせられます。


 と、そんな本作ですが、この第1巻で描かれるのは、原作から大きく離れて島原の乱での柳生十兵衛と天草四郎のファーストコンタクト。
 原作での島原の乱は、冒頭の時点で既に終結しており、四郎も既に死んだこととなっていますが、本作では、その乱の中で十兵衛と四郎が出会い、十兵衛が四郎を倒す姿が描かれるのです。

 強固な(オカルティックな)結界に護られ、幕府の大軍をもものともしない原城。これに業を煮やした松平伊豆守の命を受け、十兵衛は配下の精鋭忍び集団とともに原城に潜入します――空から!
 大凧に乗って結界の及ばぬ上空に至り、そこから一気に(あたかもガッチャマンのようなスタイルで)降下した十兵衛と忍びたち。結界を構成する柱の破壊を配下に任せ、十兵衛は単身天守閣に向かいます。

 当たるを幸い敵兵を叩き斬り(というより肉塊に変え)、しかし天守に紛れ込んだ幼い姉弟は見逃して、駆け抜ける十兵衛。
 天守閣の屋根の上でついに対峙する十兵衛と四郎。しかし四郎は己の命と引き替えに一揆勢の助命を願い、十兵衛もそれを快諾と思いきや――

 そこに現れたのは森宗意軒。そして彼が手にしたものは…あの幼い姉弟の生首!
 宗意軒が残忍にも幼い命を奪い、その罪を十兵衛になすりつけたとも知らず、こちらが引くくらい激昂した四郎はサイキックパワー(としか見えないもの)を全開、天守の瓦を吹き飛ばしたかと思えば、それが宙を舞う巨大な龍の姿となって襲いかかります。

 さすがの十兵衛もこれには分が悪い、龍の顎にかけられて絶体絶命、と思いきや、ここで配下の忍びたちが空前絶後のアシストを開始であります。ある者は折り畳み式ミサイルランチャーからの連打で龍を牽制し、ある者は人間ジェット機に変形して(本当)龍に体当たり――
 この隙に脱出した十兵衛は、龍と一体化して襲いかかる四郎に、あの姉弟の生首を見せつけるという非情な手段で動揺させ、投じた一刀でついに致命傷を与えるのでした。

 …しかし、これこそが宗意軒の望むところ。炎に包まれた礼拝堂で宗意軒は四郎と娘のお蝶を交合させ、そして――
 真の戦いがここから始まることも知らず、降り積もる雪を真っ赤に染める地獄と化した原城の一角で、二つの墓に手を合わせる十兵衛の姿を以て、第1話は終わりを告げます。


 いやはや、ここまで敵味方が超人(超テクノロジー持ち含む)同士では、魔界転生の出る幕はないのでは…という気持ちは正直非情に強く感じはいたします。
 しかし、特撮版赤影か荒山徹か、と言いたくなるほどブッ飛んだアクションをハイクオリティで見せられては、もはやそれはそれとして納得するしかありません。

 そしてまた、原作以外の他のほとんどのメディアの魔界転生がそうであるように、十兵衛と四郎の対決を物語の中心として描くのであれば、物語を二人の最初の対決から描くのも、また道理でしょう。
 未完であるとわかりつつも、見ているときはそれを忘れて思わず引き込まれてしまう、そんな第1話であります。

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2012.10.12

「伏 少女とケモノの烈花譚」第1巻 今始まるもう一つの伏の物語

 劇場用アニメの公開が今月20日といよいよ近づいてきた「伏 贋作・里見八犬伝」(アニメのタイトルは「伏 鉄砲娘の捕物帳」)。アニメだけでなく、様々なメディアで展開されている本作ですが、先日はその漫画版「伏 少女とケモノの烈花譚」の第1巻が発売されました。

 以前も紹介いたしましたとおり、「伏 贋作・里見八犬伝」は、副題にあるように滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」をベースとした時代活劇であります。
 馬琴の八犬伝が完結間近の天保13年、江戸の町を騒がせていたのは、「伏」と呼ばれる凶暴な半獣半人の跳梁。
 普段は人として町に溶け込み、突然獣の本性を剥き出しとして、その爪と牙で人々の命を奪う伏に手を焼いた幕府は、その首に多額の賞金をかけ、かくてその賞金目当ての者たちと伏の暗闘が繰り広げることに――

 という世界観の原作を(今のところ)ほぼ忠実になぞりつつ、しかしこの漫画版は随所にアレンジを加え、原作読者にもなかなか新鮮な味わいを与えてくれます。
 この第1巻に収録されているのは、主人公たる鉄砲娘・浜路が江戸で伏狩りを営む兄・道節のもとを訪れ、吉原で伏と対峙するまでですが、原作ではプロローグ的なウェイトだった部分を、こちらではかなり肉付けした印象があります。

 ストーリー的に大きく異なる点は、物語の第1話において、原作では既に退治され、晒し首となっていた姿を浜路が目撃する伏の一人・毛野と、浜路が直接対決することでしょう。
 江戸に出てきたばかりの自分に親切にしてくれた茶店の主人がその犠牲となり、さらなる犠牲が生まれるのを止めるため、伏との対決を――もっともこの時点では相手が伏とは知らぬまま――決意する浜路の姿が、ここでは描かれます。

 なるほど、ここで伏という存在と、少女ながらに猟師という特異な浜路のキャラクターをアピールするのに、これはなかなかにうまいアレンジ。
 そしてもう一つ原作と大きく異なる、普段は脳天気ながら、伏に対しては一転冷酷無惨な狩人となる道節のキャラクターも第1話のラストで描かれ、掴みとしてはまず十分以上のものがあるかと思います。

 ちなみにここで驚かされるのは、縦横無尽に森の中を駆け巡りつつ攻防を繰り広げる浜路と毛野のアクション描写。
 (単なる止め絵ではなく)漫画ならではの、漫画でしか描けないダイナミックな動きを感じさせるその描写は、なるほど封入のしおりに作者の感嘆の言葉が記載されていたのも納得の見事さで、正直なところ、ここでこれほどのものを見せてもらえるとは…と感心いたしました。

 もっとも、凄まじいガンアクションを見せられれば見せられるほど、江戸御府内で女の子がためらいもなく鉄砲をぶっ放すというファンタジーっぽさが目立ってしまうのは痛し痒しかもしれませんが…(それはまあ、原作からそうではあるのですが)


 閑話休題、さらに注目すべきは、ここで浜路が自ら伏と戦い、その存在を目の当たりにすることで、彼女自身の心に大きな――疑問という名の――楔が打ち込まれたのが明確に描かれることでしょう。

 伏とは何者なのか、彼らは何故人を襲うのか――その疑問は、もちろん原作でも描かれたものではありますが、しかし本作は、その点をより明確に、鮮烈に浜路に、そして読者に突きつけてきた印象があります。

 この先、本作がどこまで原作をなぞっていくのか、それはわかりませんが、おそらくは原作の中でもこの点をさらに掘り下げて描かれることは間違いありますまい。

 確かなアクション描写と、ドラマの掘り下げと――単なるコミカライズに留まらない、もう一つの「伏」の物語をこの先期待しても良さそうであります。

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2012.10.11

「江戸の夜叉王」 ニヒリスト沖田総司の青春

 天然理心流にその人ありと恐れられながら、不治の病で虚無のどん底にある青年・沖田総司。ある晩届いた「夜叉王どの」と書かれた手紙に書かれた場所に赴いた彼は、何者かの襲撃を受けた上、殺人の濡れ衣を着せられてしまう。その嫌疑を晴らすため、彼は江戸を騒がす怪人・夜叉王を追うのだが…

 久々に紹介の高木彬光の時代伝奇小説、今回は浪士隊結成直前の江戸を舞台に、かの沖田総司が謎の怪人と対決する「江戸の夜叉王」であります。

 江戸で地獄道場と恐れられる天然理心流道場で、若くして四天王と呼ばれるほどの腕前ながら、その身を犯した病魔により、極めて虚無的な日々を送る沖田総司。
 そんなある日、彼は自分に夫を斬られたという女・三枝に襲いかかられます。難なくこれを退けた総司ですが、その晩に彼のもとに届けられたのは、「夜叉王どの」と宛名された手紙でありました。
 虚無的とはいえ、まだまだ青年らしい冒険心も持つ彼は、手紙に記された寺に向かうのですが、そこで彼は謎の浪人たちに襲われた上、寺では住職たちが殺されているのを発見。その下手人と疑われ、からくも近藤の手で救い出された彼は、身の潔白を証明することを心に誓います。

 手がかりとなるのは手紙に記された夜叉王の名――夜叉王こそは、殺人に略奪と、近頃江戸の町を震撼させる謎の怪人、道場を出た彼は、夜叉王を追って奔走するのですが…


 というあらすじの本作ですが、何と言ってもユニークなのは、主人公たる沖田総司のキャラクター造形であるのは言うまでもありません。

 新選組隊士と活躍する前、浪士隊に参加する前の沖田を描いた作品は、これは決して珍しくはありません。しかし、彼が、大抵の作品では非常に純真な人物か、あるいはそれが過ぎてどこか人間として壊れた人物として描かれるのに対し、人を斬っても何とも思わず、女にも不自由しないニヒリスティックな人物として描いたのは、非常に珍しいのではありますまいか。

 もっとも、ニヒルといっても彼の場合、どこか中二病をこじらせたような印象があるといいますか、まだまだ青い部分が抜けていない。
 そのため夜叉王をはじめとして、江戸の暗黒街、あるいは江戸城の政治の裏側で蠢く者たちに翻弄されてしまうというのも、なかなかに面白い点であります。

 実は彼を取り巻く悪役の人物造形自体は、高木時代小説では比較的よく見かけるものが多いのですが、本作の沖田のようなキャラは珍しく、そのギャップがまた、新鮮味を与えてるといえるでしょうか。
(お約束かもしれませんが、夜叉王退治のライバルとして芹沢鴨が登場するのもいい)

 面白いといえば、冒頭で彼をこの冒険行に誘う二つの事件――何者かに斬られた浪士がいまわの際に彼の名前を残したことと、彼のもとに夜叉王宛の手紙が届けられたこと――も、謎が解けてみればさまで凄いものではないのですが、なるほど本作の設定でなければ成立しないもので、この点にも感心した次第です。


 もっとも――史実と照らし合わせてみると、色々首を傾げたくなってしまう点が少なくないのも事実。
 作中で、土方が幕閣の要職ともつてのあるように描かれているのですが――そしてこの点が実は本作では大きな意味を持つのですが――さすがに浪士隊結成前にこれは考えにくいでしょう。
 何よりも、沖田がこの時点で喀血するほど病に犯されていたというのもさすがに無理があるでしょう。もっとも、この点がなければ、本作の沖田は全く普通の(?)沖田になってしまったかもしれないわけですが…

 この辺りのユルさがいかにも高木時代小説的ではあります。しかしその点をあらかじめ承知の上で読めば、虚無的な沖田というのもなかなかに魅力的。
 できれば、京に向かった後のこの沖田の姿も見てみたかった、と感じるのであります。


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2012.10.10

「笑傲江湖」 第32集「継承式」

 さて、本作の縦糸とも言える「辟邪剣譜」を巡る秘密の多くが前回明かされましたが、続く今回描かれるのは、横糸とも言える武林の権力闘争にまつわる物語。令狐冲の恒山派掌門の継承式において、様々な思惑が露呈していくこととなります。

 おそらくはあの人物に暗殺された恒山派掌門・定逸師太の遺言により、次の掌門となることになった令狐冲。冷静に考えれば尼僧の門派に男の掌門というのは無茶ですが、しかし令狐冲は義理堅く困った者を見捨てられぬ男。そして恒山派の尼僧たちも、幾度も命を救ってくれた令狐冲に絶大な信頼を寄せ、かくて前代未聞の継承式当日となりました。
(が、そんな日にも酒に目がない令狐冲)

 そこにやって来たのは、桃谷六仙や老頭子に祖千秋、さらに藍鳳凰と、正派の継承式には思い切り問題のありそうな面々。さらに東方不敗からの大量の祝いの品を携えた日月神教の人間たちも大挙して現れます。
 これに対して正派の人間は、方証大師と冲虚道長の両巨頭のみ。莫大先生が手紙を送ってくれた他は、誰も何もなし。

 もっとも、華山派はちょうどこの日、林平之と岳霊珊の結婚式。これはこれでめでたいのですが、花嫁の父である岳不群は超ダラっとしてやる気がない態度。そして花婿の林平之はその前で滝のような汗…既にお互いの心根をある程度見切っている同士故のそれぞれの態度かとは思いますが、さすがに岳霊珊が可哀想になるレベルであります。

 さて、舞台は恒山に戻り、色々と心配になるような混沌とした顔ぶれの中で、それでも滞りなく行われる令狐冲の継承式。しかしそこに現れたのは、もはや中間管理職というより使いっぱ感溢れる嵩山派の陸柏。五嶽剣派の盟主の命を奉じてやって来たという彼は、上から目線で五嶽剣派はこの継承式を認めないと宣告します。

 本当にやることなすこと悪の組織の小物くさい陸柏ですが、今回ばかりはちょっと共感。継承式に、普通に日月神教の蝙蝠頭(戦闘員)たちが出席しているし、さすがに…
 などと小さなことをいう人間は、江湖では尊敬されません。令狐冲はいつもの口車で陸柏を散々翻弄、その上、やけに美しく着飾って登場した盈盈が、藍鳳凰との協力プレイで五嶽旗と五毒教の旗をすり替えるという虐めに出ます(そういえばこの二人、親友ながら同時に登場は初めて? 間違えても敵に回したくないコンビです)。
 挙げ句の果てに旗につけられた毒をくらった陸柏、最後は毒消しと引き替えに令狐冲を掌門と呼ばされる羽目に…
(そして男だろうが魔教だろうが、恒山派に入っておk、と言い出す令狐冲はさすがに調子に乗りすぎだと思います)

 と、継承式も無事終わった令狐冲は、恒山の奥の院のようなところで、方証大師と冲虚道長から辟邪剣譜の由来を知らされます。
 かつて宮廷の宦官が生み出したという剣譜――少林寺に伝わったそれを華山派の二人の弟子が見たことから華山派と魔教の戦いが勃発し、秘伝の内容が魔教にまで伝わったこと。そして秘伝の内容を知る少林寺の僧が還俗したのが林平之の先祖であること…
 華山の洞窟にあった白骨死体の正体、華山派内紛の淵源、剣譜を継ぐはずの林家の人間の武功が平凡であった理由、本作で描かれてきた様々なピースが、一つにはまった瞬間であります。

 そして二人の達人は、令狐冲に対し、左冷禅の野望の存在を語ります。彼が五嶽剣派の盟主となれば、次には他の中小流派を併呑し、次は少林・武当、そして日月神教… 江湖に戦いの連鎖を招くであろう左冷禅を阻むためには、令狐冲が盟主となるしかない! と言い出す二人ですが、またこのパターンか…人間力も含めて、やはりこの二人が最強ですね。

 と、そこに襲いかかってくる日月神教の兵たち。東方不敗からの祝いと称して恒山派に侵入した彼らは、任我行と結びかねない令狐冲抹殺を狙っていたのであります。
 が――何しろここにいるのは武林最強クラスの達人三人。しかも背後からは盈盈が駆けつけ、教主の命令の証である黒墨令を掲げ、逆に襲撃者を謀反人として討伐を命じます。
 かくて戦いはあっという間に終結し、いずこかへ去っていく盈盈…って、前回もいずこかへ去っていったな盈盈さん。
 「私は魔教の女…」と自ら身を引くのが切ないですが、やはり裏切り者に三尸脳神丹を飲ませるのはドン引きです。

 というわけで、そろそろ二人の間柄にも決着をつけて欲しいところですが…

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2012.10.09

「戦国無双Chronicle 2nd」 年代記にして銘々伝の面白さ

 ニンテンドー3DSのロンチソフトとして発売され、意外な面白さにファンを驚かせた「戦国無双Chronicle」の新作、「戦国無双Chronicle 2nd」が発売されました。前作の面白さはそのまま、旧来のシリーズの味わいも取り込んでみせた快作であります。

 「戦国無双」というゲームについては、今さらここで説明するまでもありますまい、一騎当千の戦国武将(でない人間もたくさんいますが)が活躍する戦国アクションゲームです。
 正直なところ、「無双」シリーズのゲームは毎年何作も発売されているため、食傷気味の部分もあったのですが、そんなゲーマーも感心したのが前作「戦国無双Chronicle」。
 各ステージ毎の操作キャラクターを複数設定し、タッチパネルでそれを随時切り替えることにより、刻一刻と変わっていく戦場の状況に対応していくというのが、抜群に面白く、かつ新鮮で、「無双」シリーズの新たな可能性を見せてくれた、と言っても過言ではない作品でありました。

 その「戦国無双Chronicle」を引き継いだ本作は、前作の登場キャラに加え、藤堂高虎・井伊直虎・柳生宗矩(!)と三人の新キャラを加えたパワーアップ版…と言うと、近頃はやりの完全版的印象がありますが、実際のイメージは大きく異なります。

 というのも、前作はクロニクル(年代記)の名の如く、河越夜戦から大坂夏の陣までがほぼ一直線に描かれていたのに対し、本作は、中心となる武将毎に分かれた物語が描かれる、並行的構造。
 しかも武将によっては、史実とは異なる展開となったり、あるいは別の武将の物語を反対側から描いていたりと、ifの部分がよりクローズアップされているのであります。

 なるほど、ステージ自体は前作でも登場したものであっても、そこで展開される物語が異なれば、これは全く異なるものとして見ることができましょう。
 実は、「戦国無双」シリーズとして見れば、前作のクロニクルスタイルがむしろ異色で、各武将毎にストーリーが(if展開も含めて)描かれる本作の方が、シリーズの本流に戻ったとも言えます。

 個人的には前作のスタイルも気に入っていただけに、少々残念に感じるところがないわけではないのですが、しかしどうしても登場武将の活躍に濃淡が出てしまった前作に比べれば、より平等に活躍を描くことができる今回のスタイルは、武将毎のファンが存在するシリーズにおいてはむしろ正しいチョイスとかもしれません。むしろ、クロニクル的部分を残しつつ、従来の武将銘々伝的な要素を取り込んだ、おいしいところ取りのスタイルと言っても良いのではないでしょうか。

 さらに言えば、ステージ数が増えたことで、ちょっと驚くような人物や事件が描かれるようになったのも実に楽しい。
 取りあえず最初に選んだ今川の章(実質は井伊直虎の章なのですが)では、小野道好が無駄に存在感をアピール。この人が目立つゲーム(というかフィクション)初めて見ましたよ!
 その他、浅井の章では長政を差し置いて斎藤龍興が大活躍したりと、全般的に今回はモブ武将が大健闘した印象があります。

 もっとも、おかげでいつもの無双アレンジされた武将たち(のコスチュームやキャラクター)が、えらく浮いて見えるのも痛し痒しですが…


 それはさておき、本作が前作をプレイした方でも間違いなく楽しめる作品であることは――そしてもちろん、本作で初めて戦国無双をプレイするという方にも面白い作品であることは間違いないお話。無双アレンジが苦手な方もいらっしゃるかとは思いますが、想像以上に真面目に歴史ものしている部分もあり、食わず嫌いの方ほど楽しんでいただきたい、そんな快作であります。

「戦国無双Chronicle 2nd」(コーエーテクモゲームス ニンテンドー3DS用ソフト) Amazon
戦国無双 Chronicle 2nd


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2012.10.08

「大江山異聞 鬼童子」 人ならざる者と人の間に

 都を騒がす奇怪な鬼の噂。貴族の娘を次々と攫うその鬼には、刃も歯が立たないという。人外の血を引くと言われる豪の者・坂田公時は、鬼討伐の命を受け、鬼に狙われる若き紫式部を守ることとなる。次々と現れる妖の者と対決する公時。だが、彼の前に現れた鬼・酒呑童子は世にも美しき姿をしていた…

 菊地秀行久々の時代ものは、平安時代を舞台に、坂田公時と酒呑童子の対決を描く伝奇活劇であります。
 菊地作品で平安時代をメインの舞台とした作品は、私の記憶の限りではこれが初めてと思いますが、例えば敵の出自や、事件の発端がこの時代に由来する作品は、決して少なくない印象があります(比較的最近では「退魔針」シリーズなど)。

 そして物語の題材となる人物や事件に事欠かないこの平安時代の中でも、伝奇方面ではやはり(本作にも登場する)安倍晴明か、この酒呑童子が有名どころ。
 これまで鬼や山中異界を幾度も描いてきた作者にとって、酒呑童子はこれまで題材となっていなかったのが不思議なくらいではありますし、これに対する坂田公時も、山姥と雷神の子と言われる――すなわち、人外の血を引くヒーローであり、これまた作者の自家薬籠中の題材ではありませんか。

 さらに、ヒロインとなるのは紫式部…と来ると、一見無茶のようですが、酒呑童子が退治されたと伝わるのは大体990年代。一方、彼女が生まれたと言われるのはのは大体970年代ですから、本作で17歳の彼女が登場するのは、平仄はあっています。
(もっとも、この時点の彼女が自ら「紫式部」を名乗るのは疑問符が付きますが…)


 そんな本作で描かれるのは、しかしこれまで描かれたことのないような酒呑童子譚であります。
 大江山に潜み、都から女たちを攫うというのは伝説と違わぬ行動ですが、しかし(物語の比較的初期に明かされる)酒呑童子の正体が、実は異国の錬金術の技を伝える「人間」であった――とくれば、これはもう菊地世界。
 その技ゆえに周囲の人々から差別され、あるいは利用されてきた彼が、女修験者・茨木の導きにより人外の技を身につけ、「鬼」としてある目的のために姫君たちを攫うようになったのが、酒呑童子なのであります。

 そしてこれに抗する公時は、その人並み外れた武勇で周囲の賞賛と――そして何よりも畏怖の視線を集める存在。それは彼の主人である源頼光――武士でありつつも、政治の世界に片足を突っ込んだ俗物として描かれるのが印象的――や、同僚である渡辺綱たちも例外ではありません。

 すなわち、本作で描かれるのは、人外の血を引きながら人として生きようとする者と、人として生まれながらも人として生きられず人外として生きようとする者、この両者の対決なのであります。
 この辺り、デビュー初期から人と人ならざる者の戦いを、それを通じて浮かび上がる人の姿を描いてきた作者の態度は、今も貫かれていると言うべきでしょう。


 が――舞台良し、登場人物良し、趣向良しと揃いながらも、本作を読んだ後には、今ひとつすっきりしない感覚が残ります。

 一つには、物語で幾度か対峙する公時と童子の関係が、どこか湿っぽいまま終わる点があるでしょう。
 人とは何か、人ならざる者とは何か…その答は、本作の中に少しずつ散りばめられているのを見ることはできますが、彼らにとって――特に公時にとって――のその答えを、作中で明確に見せて欲しかった、という印象が残ります。

 もう一つ、紫式部と酒呑童子の出会いが、彼女が後に著すあの作品の内容に影響を及ぼした、というのはさすがに無理があるのでは…というのはともかく、彼女が語る物語論が、それなりに興味を引くものであるものの、物語との噛み合わせが今ひとつなのが残念なのであります。

 公時と童子、式部――この三人の関係が、より有機的にドラマに結びついていれば…と、何とも口惜しく感じた次第です。

「大江山異聞 鬼童子」(菊地秀行 光文社) Amazon
大江山異聞 鬼童子

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2012.10.07

「羽州ものがたり」 人の世の悲しみと希望の間に

 9世紀後半、出羽国に暮らす少女・アキとその友達の少年・カラスは、都から来た少年・小野春名と出会う。なかなか出羽に馴染めない春名だが、ある日、川でアキとカラスに命を救われ、心を開いていく。やがて都に帰る春名。しかしその後出羽では苛政に反抗して乱が勃発。三人は敵味方に分かれることに…

 児童文学では、思いもよらぬところで思いもよらぬ題材の作品に出会うことが少なからずあります。新作児童文学シリーズである「カドカワ銀のさじ」に収められた本作「羽州ものがたり」もその一つ。
 なんと本作の題材は、平安時代の地方反乱である元慶の乱。小説の題材にされるのはきわめて珍しいこの乱を、本作は三人の少年少女の目から描きます。

 本作の主人公となるのは、出羽国の村長の娘・ムメ。家事に追われながらも、生まれつき片目のない鷹のアキを育てる活発な彼女は、村外れでただ一人獣のような暮らしを送る少年・カラスと仲良く、出羽の山野を駆けめぐる毎日。そんなある日、彼女は都からやって来た小野春風とその子・春名に出会います。かつて出羽で育った春風は、都で官職を失ったのを期に、家族を連れて出羽を訪れたのであります。

 しかし父と違い、春名の方は全く馴染めない異境に、時に反発し、時に塞ぎ込む毎日。しかしそんな中、増水した川で溺れかけた春名は、命懸けで自分を助けてくれたムメとカラスに心を開き、やがて出羽を見る目も変わっていくことに。
 そして、春風に気に入られた二人は、親しく小野家に出入りするようになり、ムメは都の文化を学び、カラスは春名と武術の腕を磨いていくのですが…やがて春風が都に帰るのに従い、春名も二人との別れを惜しみながらも、出羽を去ることになります。

 それから四年後、時の国司の苛政に凶作が加わり、もはやギリギリまでに追い詰められた出羽の人々は、ついに蜂起して秋田城を占拠。この戦いの中で、ムメは敵味方を問わず犠牲となる者に心を痛め、そしてカラスは盗賊あがりの男・ジオの部下となって戦い…そして春名は、春風が鎮守府将軍としてこの乱を鎮めることを命じられたことから、ムメやカラスとは敵の立場に――


 本作において描かれるのは、人と人がわかりあう事の難しさであり、信じた者に裏切られることの悲しみであり、そしていつまでも変わらないと思っていたものが変わっていくことへの寂しさであり…言い換えれば、生きていくことの難しさにほかなりません。
 もちろんこれは、何も平安時代ではなくとも、今に生きる我々も共通に抱えた問題であることは言うまでもありません。
 本作は、そんな現代にも共通するものを、その時代特有の事件を通すことにより、見事に浮き彫りにしてみせます。

 特に私の印象に残ったのは、カラスのキャラクターであります。幼い頃からただ一人で生き抜き、(ムメや春名以外の)他者との関わりをほとんど持たぬまま成長したカラス。
 平時であれば、それなりに平穏に暮らしたであろう彼は、戦いの中で己の才をジオに評価され、彼の命じるままに手を汚していくこととなります。それが己の心身を傷つけていくこととなっても…

 自分自身で何が正しいか決めることができなかったゆえに、自分の代わりに考えてくれる――たとえそれが自分自身のためにならぬ結果であっても――誰かに全てを委ねてしまうカラス。彼の姿は、それがあまりにも痛々しいがゆえに、そして何よりも、現代にも彼と同じような立場の者が数多くいると感じられるだけに、痛切に心に刺さるのです。


 しかし――本作で描かれるのは、人の世の暗い部分のみではありません。確かにままならぬ世の中であっても、人は人とわかりあうことができる。少なくとも、そう努めることにより、悲しみを減らすことができる…
 それは綺麗事に聞こえるかもしれません。しかし本作で描かれる三人の姿は、そんな希望が決して空虚なものでないことを、我々に示してくれます。

 この元慶の乱が起きたのは元慶2年(878年)、あのアテルイの乱から約70年後のことですが、まったく正反対と言ってよい結末を迎えています。
 それはその70年の間に、朝廷の地方支配の仕組みが弱体化したという点はもちろん存在しますが、それだけではなく、春風のように、その土地の民の主張に理解を示し、寛政により互いの想いを重ねた者がいたから、というのは間違いないでしょう。

 人の世の現実の難しさを語りながらも、そこに決して絵空事でない、人と人はわかりあえるという希望を重ねてみせた本作。今だからこそ、多くの人に読んでいただきたい作品です。

「羽州ものがたり」(菅野雪虫 角川書店カドカワ銀のさじシリーズ) Amazon
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2012.10.06

「笑傲江湖」 第31集「野望の代償」

 いよいよ残すところあと10話となった「笑傲江湖」。これまでは2話ずつまとめて紹介しておりましたが、ここから先は1話1話の内容が濃すぎるため、1話ずつの紹介としたいと思います。
 さて、第31集の今回では、ついに辟邪剣譜を奪った者の恐るべき正体が…

 前回、任盈盈にさらわれたはずが、ダウンした盈盈の看病をしていた儀琳。盈盈の方はいつぞやの雪だるまが悪かったんでは、という気がしますし、儀琳は儀琳でお人好しなので、ある意味不思議ではないのですが…
 実は元々この誘拐は一種の偽装。魔教の聖姑である盈盈が、令狐冲が掌門を務める恒山派の弟子である儀琳をさらったとあらば、令狐冲と盈盈も対立していると周囲は考えるであろうと――

 そんな絡繰りがありましたが、二人とも令狐冲を深く愛する女性であります。ある意味正邪その立場は相反する間柄ですが、何となく仲良く…って、この辺りイヤになるくらいよくある男に都合の良いパターンで、個人的にはどうにも好きになれないのですが。

 閑話休題、この偽装誘拐の仕掛人の田伯光は、儀琳の父の不戒和尚に毒薬を飲まされて無理矢理僧にされて世を儚み、死ぬ前に娼館で乱痴気騒ぎ――をしていたところに盈盈と儀琳の身を案じてやってきた令狐冲にまた騙され、二人を探すのに駆り出されるはめに。
 そしてその危惧は当たり、二人に襲いかかる中途半端な覆面の左冷禅と嵩山派一党。いつの間にか復活した盈盈は左冷禅と真っ向激突、儀琳も嵩山派と激闘をを繰り広げます。

 この戦いは竹林で繰り広げられるのですが、惜しみなく竹を破壊しながら展開されるこのバトルがなかなかに素晴らしい。竹林での戦いというのは武侠映画の一種の定番ですが、TVでもこれくらいできるのか、と感心いたしました(…が、時々入るしょっぱいCGに現実に戻される)。
 しかしさすがの盈盈も左冷禅は荷が重い。助けに駆けつける儀琳ですが、逆に寒冰真気をぶつけられて――というところに割って入ったのは田伯光。さらに不戒和尚が左冷禅に襲いかかり、おっさん同士、通好みのバトル…は流されず、儀琳を背負って逃げる田伯光の姿がフォーカスされます。

 一向に主人公が助けにこない中、必死逃げる田伯光の姿にどんどん不吉な予感が膨らみますが、彼らを追うのは嵩山派の陸柏。陸柏をさんざん虚仮にしながら逃げ、深い谷の上を飛び越えてついに儀琳を守り抜いた田伯光ですが――しかしその身は既に矢に貫かれ、儀琳を庇って受けた寒冰真気に蝕まれ…
 儀琳、駆けつけた不戒と盈盈、そして弟子たちを引率してようやくその場に現れた令狐冲に看取られ、万里独行田伯光はついに命を引き取るのでした。儀琳をはじめ、恒山派の尼僧たちに涙をもって送られたのをせめてもの救いとするべきか…


 所は変わり、岳霊珊と林平之の結婚の準備が進められる華山。しかし岳不群は一人で思過崖に籠もって何やら修行の最中――と、その前に広げられたのは、奪われたはずの辟邪剣譜! そう、全ては岳不群の掌中で行われていたこと。令狐冲も林平之も、彼にとっては皆野望の駒だったのであります。
 既に超人的な力を手に入れた岳不群、その力が余って壁を破壊した先に現れたのは、かつて令狐冲が見つけた洞窟。そこに描かれていたのは、五嶽剣派の技…

 と、そこに現れたのは、寝室に抜け落ちていた髭を見て不審を抱いた岳婦人。あわててその場を取り繕う岳不群ですが、その場から辟邪剣譜が記された袈裟は崖下へ――
 その下で必死に修行していたのは林平之。しかし一向に上達しない自分の腕に絶望した平之は、壁パンならぬ樹パンを喰らわしますが、しかし樹はびくともしない。ヒステリーを起こして樹に背中から突っ込む(なぜ)もまた弾き飛ばされ、嘆く彼の前に落ちてきたのは、あの袈裟!

 これこそ亡き父母の思し召し、と喜ぶ平之ですが、しかしその冒頭に記されていたのは、「去勢」の二文字…


 というところで以下次回。本作における最大の秘密(?)の一つであった岳不群の本性がなりゆきで暴かれた感はありますが、しかし彼の恐ろしさは、まだまだこれからなのであります。

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2012.10.05

「新選組刃義抄 アサギ」第8巻 新選組という場所の意味

 長きに渡って描かれてきた「新選組刃義抄 アサギ」もこれで第8巻。物語をさんざんかき回してきた外道・佐伯又三郎の最期が意外な展開を呼び、物語はここに一つの終わりを迎えることとなります。

 なかなか旗幟を鮮明にしない近藤に業を煮やしたか、実質的に芹沢側に付くと宣言した土方。
 もっとも、彼には彼なりの考えがあることは言うまでもありません。斎藤をただ一人の配下として、芹沢排除に動き始めます。

 そしてその第一歩となるのが、佐伯への制裁だったのですが――それが、思わぬ形で新見の排除、そして芹沢との対決に繋がっていくのが、実に面白い。
 新選組の局中法度の一つに違反し、私の金策を行った廉で切腹させられたという新見の最期自体は有名ですが、しかし個人的には、その過程には色々と釈然としないものを感じておりました(文字通り詰め腹を切らされたのですから当然かもしれませんが…)。

 しかし本作においては、そこに物語の比較的序盤に描かれた佐伯の凶行を繋げることにより、新見の切腹に説得力と、物語としての一種のカタルシス(もっともそうそう単純なものでもないのが本作らしい)を生み出しているのが、いかにも本作らしいひねりの入れ方でお見事。
 そしてそこから、芹沢との最後の対決が描かれるのですが――


 しかしまことに残念ながら、芹沢を討ち、「新選組」が誕生したところで、この物語は完結となります。
 なるほど、強大な内部の敵であった芹沢を倒し、近藤による新体制が生まれたこの時点は、一つのお話としても、史実上の区切りとしてもまとまりが良いでしょう。事実、同様の時点で完結する新選組ものはほかにも存在します。

 しかしながら、本作においては、もっともっと先を描いて欲しかった――そう強く感じます。
 それはもちろん、本作が単純に面白かった、というのも一つの大きな理由であります。しかしそれ以上に、本作で描かれるべきものが、まだ描き切られていない…そう感じるのです。

 特に終盤の展開で明確ですが、本作において、登場人物の多くは、己の居場所はどこなのか、己の価値はどこにあるのか――すなわち、己が何者であるのか、その答えを求めて、さまよい続けます。
 もちろんそれは我々にとっても共通の、いや大げさに言えば人類に共通の問題ではあります。しかし本作においては、時代性と言うべきでしょうか、その想いが他者との対峙、より極端に言えば、他者を傷つけることによって確かめられる姿が描かれます。

 それが明確なのは、ラストの総司と芹沢の死闘でしょう。
 己が役に立つことを――役に立たない者ではないことを――証明しようとするあまり、狂気に陥っていく総司(そんな彼が、同様の存在であった以蔵の技を使うのも象徴的)。
 そしてかつて己が無力であることを痛烈に突きつけられ、そこから己の中の狂気をもう一つの人格として生み出すに至った芹沢…

 二人の対決は、己がこの世に生まれた価値、それを証明するためにもがき、そのために他者を、それもネガティブな形で必要とする者の(本人たちも気づかない)悲しみを痛切に浮かび上がらせます。
 そしてそれは、程度の差こそあれ、本作の登場人物の多くに共通するものであり――そしてその現れが、本作において彼らが見せる様々な歪みなのでしょう。

 しかし本当に、人は己の価値を証明するときに他者と争わなければならないのか、己の中に歪みを生み出してしまうのか?
 …あるいはそれとは別の道があるのではないか、その答えが――そんなものはない、という答えも含めて――あるいは新選組という場所の中で描かれるのではないか。いや、描かれるべきではないか。

 私は本作に、そんな期待を抱いておりました。もちろんそれは私の勝手な思いこみ、思い入れではありますが――そんなことを感じさせてくれるものが、本作にはありました。
 物語の最後に生まれた新選組という場所、その意味と可能性を描いて欲しかったと感じますし、どんな形でもいい、それを目にする時が来ることを、待ちたいのであります。

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2012.10.04

「箱根たんでむ 駕篭かきゼンワビ疾駆帖」 意外な駕篭かき時代小説!?

 箱根一の駕籠かきを目指す漸吉と侘助は、顔を合わせれば喧嘩ばかりの凸凹コンビ。ある日、ライバルの辰組の駕籠かきと張り合った二人は、箱根一の座を賭けて勝負することになったが、息の合わない二人は相手に引き離されていくばかり。しかしその時、客の女性が意外な提案を!?

 どんなに面白い時代ものに出会ったとしても、伝奇ではないという理由で紹介できないというのは本末転倒。ここは一つ番外という形でも紹介を…ということで、本日紹介するのは桑原水菜の「箱根たんでむ」であります。

 と、ここで(私同様に)驚いた方もいるでしょう。というのも本作の作者は集英社コバルト文庫などで活躍してきた桑原水菜。
 確かに、作者は戦国武将たちの怨霊が現代に跋扈する「炎の蜃気楼」シリーズを代表作とする、時代もの(というか歴史もの)とは無縁ではない作家であります(「風雲縛魔伝」という時代伝奇シリーズも発表しています)。

 しかしその作者が、一般レーベルで文庫書き下ろし時代小説を、それもタイトルだけではちょっと内容がわからない作品を発表したのですから、これはやはり驚きます…が、これがまた実に面白い作品なのであります。

 本作の主人公、漸吉と侘助は、小田原から箱根までの箱根路で旅人を乗せる駕籠かき。侘助を前棒(文字通り、駕籠の棒の前を担ぐ担当)、漸吉を後棒とした、ワビゼンコンビで箱根一の早駕籠を目指しているのですが…
 この二人、どうにも相性が悪い、というより正反対の性格と外見なのであります。
 漸吉は獅子頭のようなボサボサ頭で、大雑把で脳天気な性格。侘助の方はきっちりと身なりを整え、性格も几帳面で慎重、時に疑い深いほど。

 そんな二人が客を運んでもうまく行くはずもなく、前棒後棒ちぐはぐで乗る客の方もたまったものではありません。
 そんな問題児コンビが、ある日、箱根一をかけてライバルと競争することになって…というのが第1話「箱根たんでむ」のあらすじです。

 やはりぎくしゃくしてうまくいかない二人が、あるアドバイスで見違えるように…という展開はある意味お約束ですが、しかし駕籠かきという珍しい題材で見てみるとそれも実に爽快。
 あれ、サブタイトルではゼンワビなのに、駕籠の前後はワビゼン…と思っていたら、という構成も巧みであります(どちらの名前が前か、と言われると別のことを連想したりもしますが忘れましょう)。

 そして本作はそれ以降もこの江戸時代の駕籠かき、箱根路の風俗といった、題材に根ざした物語を展開していきます。
 第2話「お玉の幽霊」では関所破り(というより関所手形にまつわるアレコレ)、第3話「関所の女閻魔」では女改め、第4話「道中記詐欺にご用心」では道中記と、それぞれ時代ものではそこまで珍しくはないものの、物語の主題となるのはやはり珍しい題材ばかり(そもそも、駕籠かきが主役という時点で、非常に珍しい作品ですが…)。

 本作は、しかしその珍しさを珍しさだけで終わらせることなく、おそらくは本作の想定読者層と年齢が近いゼンワビの視線を通じて描くことで――そして、箱根路を旅する人々、そこで働く人々の想いを絡めることで、我々の時代と遠くてもどこか近い江戸時代の姿を生き生きと描き出してくれるのです。

 正直なところ、タイトルを拝見した時点では、ここまできっちりと「時代小説」してくれるとは思わなかっただけに、これは嬉しい驚き。最初から最後まで、一気に楽しく読ませていただきました(この辺りは、全く淀みなく進む作者の筆致の巧みさも大きいかと思います)。


 この作品を一冊で終わらせるのはもったいない。箱根路を駆ける「相棒」の青春模様として、ユニークな題材の時代小説として…続編にも期待したいところであります。

「箱根たんでむ 駕篭かきゼンワビ疾駆帖」(桑原水菜 集英社文庫) Amazon
箱根たんでむ 駕籠かきゼンワビ疾駆帖 (集英社文庫)

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2012.10.03

「笑傲江湖」 第29集「辟邪剣譜」/第30集「真犯人」

 いよいよ全体の3/4まで来たものの、本当にあと10話で終わるのか心配になってきた「笑傲江湖」。ついに物語の柱の一つである辟邪剣譜が発見されるのですが――

 福建に急ぐ途中に立ち寄った街・二十八鋪で、何者かの襲撃を受ける恒山派の尼僧たち。そこに居合わせた令狐冲(いまだに呉天徳将軍に変装中)は、謎の黒装束集団により捕らえられていく尼僧たちの中にいた儀琳を助けだします。一方、単身黒装束たちを追う恒山派掌門・定逸師太は、多勢に無勢の所を嵩山派の陸柏に救われるのですが…当の陸柏が黒装束着てることに気づきましょうよ!

 案の定、隙を見て定逸を殺そうと狙う陸柏ですが、そこに現れた呉天徳の令狐冲の吸星大法に蹴散らされて退散。すったもんだの末に尼僧たちも救出され、いまだに正体に気づかない定逸と儀琳たちに令狐冲は別れを告げるのでした。が…ここで正体をばらす空気を読めない田兄。しかしそれが結局は後に吉に転じることになります。

 福建についた令狐冲は林平之と岳霊珊が林家の旧宅に向かうのを目撃し、こっそりついて行くことに。そうともしらず探索の結果、屋根から月光が降り注ぐのを目撃した二人は、ついに辟邪剣譜の在処に気づいたものの、そこに襲いかかる謎の二人組の手でKO。
 二人組は、一枚だけ透明になっていた屋根瓦の辺りから、秘伝が記された袈裟を発見するも、ここに飛び出した令狐冲にあっさり倒されてしまい、ついに令狐冲が辟邪剣譜を手に…と思ったら、そこに後ろから何者かの一撃を喰らい、彼もKOされるのでした。

 そして気づけばそこにいたのは岳不群夫妻。辟邪剣譜がその場から消えていたことから、例によって例の如く令狐冲を疑う岳不群ですが、さらに二人組が実は嵩山派だったことに怒り爆発、令狐冲を手にかけようとしますが、さすがにそれは夫人に止められます。

 それならと自ら陸柏の前に姿を現した令狐冲ですが、そこに定逸師太以下、恒山派が到着。彼の義侠心に心酔した恒山派一門は彼を助けるべく陸柏を攻撃するのですが…ここで見せる恒山派の剣術がすごい。
 恒山派の尼僧たちは、旅装束では両肩から柄が出る形で剣を背負っていて、ガンダムのランドセルみたいだなあ…などと思っていたら、この剣が飛び出して自動追尾で陸柏を追う! むしろフィンファンネル!

 閑話休題、ダメ押しとばかりに陸柏を吸星大法で倒した令狐冲(少林寺でもう使いません、と誓ったのは何だったのか)に対しても礼を失しない定逸は、横から文句をつける岳不群に、口先では正派と言いながら実際は逃げてばかりの偽君子! と痛烈な一言を。
 それに怒って飛び出したのは、二番弟子の・労徳諾ですが、あっという間に恒山派の剣陣に囲まれた上に、服を斬られて…と、そこからこぼれ落ちたのは盗まれた紫霞秘笈!

 令狐冲が犯人扱いされていた紫霞秘笈盗難と六猿の殺害。その真犯人は、実は嵩山派の密偵だった労徳諾の仕業だった!
 と大騒ぎになったところに、さらに盈盈が儀琳をさらったという知らせに令狐冲が飛び出し、その場はなんとなくお開きに…(その隙に逃げるおっさん。あ、盈盈はむしろ自分がダウンして儀琳に介抱されていました)

 まだまだ波乱は続きます。その晩、再び何者かに襲われながらも一命を取り留めた林平之は、岳不群に犯人を問われて「し…いや大師兄(令狐冲)」と謎のコメント。おかげで怒り狂った霊珊と立ち合う羽目になった令狐冲は、彼女と決定的に決別することに――

 と、その彼は再び襲われた定逸師太を助けだし、ついに犯人が嵩山派の手の者と掴むのですが、それを定逸に告げられても、お洒落に目覚めたのか指輪とかし始めた岳不群は馬耳東風。憤然としつつ恒山に帰る定逸たちですが――そこに襲いかかった何者かにより、定逸は致命傷を負わされ、いまわの際に令狐冲を恒山派の新掌門に任命するのでした。

 うらやましい! とのたうちまわる田兄ですが、しかしさすがに江湖の海千山千、令狐冲とともに、定逸の遺体から見つかった刺繍針から下手人の正体を推測する姿は何とも頼もしい(この辺むしろ古龍チック)。
 真っ正面から刺繍針を受けたということは、顔見知りの犯行か?

 そして何やら様子の妙な林平之は、華山に帰ったら結婚よとはしゃぐ霊珊に、意味ありげな冷たい笑みを見せて――以下次回。


 いやはや、事件がありすぎてまとめるだけでも大変だった今回。これからたぶん毎回こんな調子なのでしょう。
 ちなみに今回、辟邪剣譜を手にした謎の男が、修行の第一歩として去勢すべしという一文を見て絶叫するシーンがあるのですが…あれは読み返していたんでしょうね、時系列やその他の描写から考えて。

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2012.10.02

「新・水滸伝」第2巻 魅力の皮肉な再確認

 現代中国においてリライトされた「水滸新伝」を翻訳した「新・水滸伝」、全5巻中の第2巻であります。原典で言えば、青州での花栄たちの戦いから、武松の活躍を描くいわゆる「武十回」の件が収められていますが、しかしその間には、大幅にオリジナルエピソードが挿入されています。

 そのオリジナルエピソードとは、混江竜李俊を主役にしたものと、八臂那?項充を主役にしたもの。
 うち、李俊編は4回ほどですが、項充編は実に12回と、この第2巻収録分の1/3以上を占める大作となっております。
 その部分を含めて、原典との主な相違点を以下に挙げましょう。

・孫立は花栄らを追いつめるが、奸臣たちに弾劾されて失脚、部下の韓滔・彭キらを連れて隠棲。
・李俊は阮三兄弟と旧知の仲で李立は実弟。役人による漁師への弾圧に反抗して捕らえられるが、李俊の義兄弟で侠盗の通臂猿侯健と梁山泊軍に救い出される。
・項充は登州の交易商。搗海鰐欧鵬と火眼キュウ鄧飛は項充の父の代からの腹心。石勇は使用人の一人。蕭譲は項充の遠縁で、妹の項瑩娘の婿となる。
・孟康は項充の親友で造船の名手。陶宗旺は悪辣な網元を殺して無人島に逃れた漁師。丁得孫は製塩場の人足のリーダー。
・項充たちは金持ちと結託した役人たちに重税をかけられて蜂起、一度は敗れるも項瑩娘の活躍もあって悪人を一掃して梁山泊に奔る。
・武松のエピソードは大半は原典のままだが、流刑先の都管に苦しめられていた歌唄いの玉蘭を助けたことがきっかけで、鴛鴦楼の虐殺を引き起こす。
・楽和は王都尉の副官で、蜈蚣嶺で悪人たちに襲われていたのを二竜山に向かう途中の武松に救われる。

 この通り、上でも触れた項充編は、完全にオリジナルエピソード。
 原典では初め樊瑞の子分、後に李逵のサポートとと、大して目立たず、固有エピソードもほとんどなかった項充がいったい何故――横光水滸伝といい、項充には何か創作者を惹きつけるものがあるのか? というのは冗談にしても、原典と同じなのは名前のみ、後は全く異なるキャラクターというのは一体何故…と作者に聞いてみたくなります。

 しかも、この項充編のかなりの割合を占めるのは、妹の瑩娘の活躍。項充たちが軍に攻められ、一度は死んだと思われた後、その美貌に目を付けた金持ち(もちろん悪人)を手玉に取って捕らわれた人々を助け、最後は金持ちの首を掻き切って逃れるというエピソードなのですが…
 いやはや、項充たちはまだ名前が同じと思って我慢するとしても、全くのオリジナルキャラクターの物語を延々と読まされるのはかなり辛い。

 これで物語自体が面白ければ良いのですが、瑩娘の知恵者ぶりはそれなりに楽しめるものの、それに振り回される悪役が頭が空っぽの色ボケ親父でしかないため、敵討ちにもカタルシスがないのが困りもの。
 というより本作のオリジナルの悪役たちは、基本的に権力と金の力でごり押しする以外能のないボンクラ揃いで、単なるやられ役の域を脱していないため、物語自体にも魅力が感じられないのであります。

 これまた間が悪いことに――と言うのは失礼に過ぎるかもしれませんが――この後にほとんど原典そのままの形で収録されているのが武松の敵討ち、すなわちあの潘金蓮と西門慶の物語。
 この件、冷静に考えてみると、実にスケールの小さな物語なのですが、しかし登場人物、特に悪人たちの人物造形がよく出来ていて、今の目で見てもそれなり以上に楽しめます(特に密通を手引きする王婆さんのキャラは秀逸)。

 この「新・水滸伝」は、原典を現代にも通用するようにリライトした、と言うべき作品ですが、しかしそれがこうして原典自体の魅力を再確認させてくれたというのは皮肉な話と言えるでしょう。

 この巻は、武松が白虎荘で宋江と再会するまでが描かれますが、さて第3巻では何が描かれるのか?
 全く見たことのない水滸伝物語に期待したいところですが…個人的には不安が高まってきました。

「新・水滸伝」第2巻(今戸榮一編訳 光栄) Amazon


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2012.10.01

「旦那背信 妾屋昼兵衛女帳面」 個人のために、権力のために

 妾の世話を巡り老中松平家の留守居役と揉めた山城屋昼兵衛から、用心棒を依頼された大月新左衛門。次々と襲い来る刺客を撃退する新左衛門だが、敵はさらに複雑な罠を用意していた。しかし、恐るべき意図を持ってその暗闘を密かに注視している者がいるとは、さすがの昼兵衛も気づいていなかった…

 上田秀人の異色作「妾屋昼兵衛女帳面」の第3弾であります。
 文字通り客に妾を世話することを生業とする妾屋・山城屋昼兵衛と、かつて彼の関わった一件で主家を捨て市井で暮らす元仙台藩士・大月新左衛門が、またもや妾絡みの騒動に巻き込まれるのですが…

 老中・松平伊豆守家中の留守居役に妾を世話した昼兵衛。しかしこの客が今で言えば札付きのクレーマー、雇ったばかりの妾を気に入らぬと追い出しにかかり、かえって昼兵衛に賠償を求める始末であります。
 これに対し、御三家に手を回すという飛び道具で事を収めにかかった昼兵衛ですが、逆恨みして刺客を雇った留守居役。昼兵衛を守るため、新左衛門は用心棒に駆り出されることとなります。さらに老中の面子を賭け、大がかりな罠を仕掛ける敵ですが…

 本シリーズの魅力の一つは、何といっても表裏に通じた昼兵衛が、一歩も引かずに横暴な敵とやり合っていく様でしょう。
 たとえ相手が大藩であったとしても、妾=側室の世話を通じて、各家の裏側を知り尽くしている昼兵衛が引くことはありません(世話した妾が藩主の子を産んだ場合、妾の親代わり…ということで昼兵衛は複数の藩で士分を持っている設定も面白い)。
 相手が表から権力を誇示してくれば、それ以上の権門に手を回し、裏から暴力で襲ってくれば、新左衛門たち腕利きが叩き潰し…本作でも、昼兵衛の力と度胸が敵を蹴散らしていく様は痛快であります。

 しかし、その昼兵衛の見事な手腕に目をつけた存在が――それが、本シリーズには最初から登場している将軍家斉の寵臣・林出羽守忠英です。
 妾屋という特異な存在、その中でも屈指の腕利きである昼兵衛と新左衛門に目をつけた出羽守は、こともあろうに、将軍家の権を増すために妾屋を利用せんと陰謀を巡らしていたのであります。

 その陰謀の中身については、ぜひ作品に当たって驚いていただきたいのですが、あまりに意外なアイディアの中に、でももしかしたら…と思わせるのが上田マジック。
 なるほど、妾屋という職業、そして家斉という将軍の存在を考えれば、決して不可能ではない謀であります。


 しかし、本作ではまだその実行(を狙う)ことが宣言されたその謀に、素直に昼兵衛が乗るとは到底思えません。
 あくまでも徳川幕府の権威のために妾屋を、妾を利用せんとする出羽守。一方、昼兵衛を支えるのは、女性に妾として身を売らせながらも、決して理不尽な力に負けることなく、契約で守られた彼女たち個人の権利を守る、その妾屋としての誇りであります(本作の内容も、まさにその契約に背信し、個人を蔑ろにする者との戦いであります)。

 ともに性というある意味非常にプリミティブなものを対象としながらも、あくまでも権力のために動く出羽守と、個人のために動く昼兵衛。
 上田作品に通底する権力と個人の相克はここでも健在であり――そして妾屋という、それとは一見無関係に見えた存在を通して、より印象的にそれを提示してみせるのが実に心憎い。

 いよいよ権力と対峙していくであろう、この先の昼兵衛と新左衛門の戦いから目が離せません。

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