「旦那背信 妾屋昼兵衛女帳面」 個人のために、権力のために
妾の世話を巡り老中松平家の留守居役と揉めた山城屋昼兵衛から、用心棒を依頼された大月新左衛門。次々と襲い来る刺客を撃退する新左衛門だが、敵はさらに複雑な罠を用意していた。しかし、恐るべき意図を持ってその暗闘を密かに注視している者がいるとは、さすがの昼兵衛も気づいていなかった…
上田秀人の異色作「妾屋昼兵衛女帳面」の第3弾であります。
文字通り客に妾を世話することを生業とする妾屋・山城屋昼兵衛と、かつて彼の関わった一件で主家を捨て市井で暮らす元仙台藩士・大月新左衛門が、またもや妾絡みの騒動に巻き込まれるのですが…
老中・松平伊豆守家中の留守居役に妾を世話した昼兵衛。しかしこの客が今で言えば札付きのクレーマー、雇ったばかりの妾を気に入らぬと追い出しにかかり、かえって昼兵衛に賠償を求める始末であります。
これに対し、御三家に手を回すという飛び道具で事を収めにかかった昼兵衛ですが、逆恨みして刺客を雇った留守居役。昼兵衛を守るため、新左衛門は用心棒に駆り出されることとなります。さらに老中の面子を賭け、大がかりな罠を仕掛ける敵ですが…
本シリーズの魅力の一つは、何といっても表裏に通じた昼兵衛が、一歩も引かずに横暴な敵とやり合っていく様でしょう。
たとえ相手が大藩であったとしても、妾=側室の世話を通じて、各家の裏側を知り尽くしている昼兵衛が引くことはありません(世話した妾が藩主の子を産んだ場合、妾の親代わり…ということで昼兵衛は複数の藩で士分を持っている設定も面白い)。
相手が表から権力を誇示してくれば、それ以上の権門に手を回し、裏から暴力で襲ってくれば、新左衛門たち腕利きが叩き潰し…本作でも、昼兵衛の力と度胸が敵を蹴散らしていく様は痛快であります。
しかし、その昼兵衛の見事な手腕に目をつけた存在が――それが、本シリーズには最初から登場している将軍家斉の寵臣・林出羽守忠英です。
妾屋という特異な存在、その中でも屈指の腕利きである昼兵衛と新左衛門に目をつけた出羽守は、こともあろうに、将軍家の権を増すために妾屋を利用せんと陰謀を巡らしていたのであります。
その陰謀の中身については、ぜひ作品に当たって驚いていただきたいのですが、あまりに意外なアイディアの中に、でももしかしたら…と思わせるのが上田マジック。
なるほど、妾屋という職業、そして家斉という将軍の存在を考えれば、決して不可能ではない謀であります。
しかし、本作ではまだその実行(を狙う)ことが宣言されたその謀に、素直に昼兵衛が乗るとは到底思えません。
あくまでも徳川幕府の権威のために妾屋を、妾を利用せんとする出羽守。一方、昼兵衛を支えるのは、女性に妾として身を売らせながらも、決して理不尽な力に負けることなく、契約で守られた彼女たち個人の権利を守る、その妾屋としての誇りであります(本作の内容も、まさにその契約に背信し、個人を蔑ろにする者との戦いであります)。
ともに性というある意味非常にプリミティブなものを対象としながらも、あくまでも権力のために動く出羽守と、個人のために動く昼兵衛。
上田作品に通底する権力と個人の相克はここでも健在であり――そして妾屋という、それとは一見無関係に見えた存在を通して、より印象的にそれを提示してみせるのが実に心憎い。
いよいよ権力と対峙していくであろう、この先の昼兵衛と新左衛門の戦いから目が離せません。
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