「一鬼夜行 枯れずの鬼灯」 近くて遠い他者と共にあるということ
喜蔵の元に舞い込んだ奇妙な手紙。一年前の約束の品を受け取りに行くという内容に、喜蔵はその頃「枯れずの鬼灯」を求めて通ってきた老女のことを思い出す。そんな折も折、小春が現れてまたもや騒がしくなる喜蔵の周囲。次々起こる事件には、アマビエなる妖怪が関係しているらしいのだが…?
「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版2012」で堂々第2位に選ばれた小松エメルの「一鬼夜行」の最新巻が発売されました。妖怪たちも思わずビビる強面の古道具屋・喜蔵と、見かけは子供の自称(?)大妖怪・小春の凸凹コンビの活躍が、またもや不可思議な事件に巻き込まれます。
一年前、喜蔵の店に足繁く通ってきた不思議な老女。「枯れずの鬼灯」なる物を探す彼女は、そんなものは店にないにもかかわらず、ここにあるはずと言って聞かず、やがてぱたりと姿を消します。しかし「一年前のお約束の品を受け取りに参ります」という手紙が届き、喜蔵は彼女の存在を思い出します。相変わらず枯れずの鬼灯は喜蔵の手元にないままなのですが――
と、そんな時にまた×3喜蔵の前に現れた小春。縄張りの視察だなどと言っている彼ですが、しかしもちろん穏やかに済むはずもなく、喜蔵の周囲には再び妖怪絡みの事件が続発します。またもや喜蔵と小春の前に姿を現した百目鬼の多聞。謎の妖怪の絵を依頼され、その姿を目撃した喜蔵の友人・彦次。突然、血で血を洗う抗争を始めた水の妖怪たち。一連の事件の影には、彦次が描いた謎の妖怪・アマビエの存在が…
と、ここで登場するアマビエとは海から上がってきて、疫病の流行を予言し、それを避けるために自分の絵姿を描かせたという妖怪。
このアマビエ、魚とも人間とも鳥ともつかぬ姿といい、どういう字を書くのかさっぱりわからぬ名前といい(「尼彦(アマビコ)」の誤記ではないか、という説もあるくらいで)、妖怪ファンにとっては妙に印象に残る存在であります。
本作は、そのアマビエ争奪戦を縦糸に、枯れずの鬼灯の謎を横糸に描き出される物語。一見関係のないそれぞれの事件が意外なところで繋がり、やがてそこに、哀しく切ない、ある恋の姿が浮かび上がることとなります。
そんな本作は――これまでの「一鬼夜行」シリーズがそうであったように――過去と現在、夢まぼろしと現実が入り乱れた中に謎が仕掛けられた複雑な物語の中を、過ぎるほどに個性的なキャラクターたちの魅力と彼らの活躍を通じて、一気に読ませてくれます。
しかしよく出来たエンターテインメントであるというのにとどまらず、本作では、ある重要な「真実」が描き出されているのです。それは、人が他者(人だけでなく、それ以外のものも含めて)と共に在ることの難しさと素晴らしさ――言うなれば、人間の関係性ともいうべきものであります。
他者と触れ合わなければ、気を使う必要もなければ傷つけられることもなく、悲しい別れをすることもない。しかし他者と触れ合うことで、喜びが生まれることもあれば、そこから自分が成長していくこともある…
こうして文章にしてみれば、当たり前のことであり――しかし、だからこそ重要で、そして難しいこの「真実」を、このシリーズは、主に喜蔵と小春という、強いようでいて弱さを抱えた人間と妖怪の姿を通じて、これまで描いてきました。
その姿勢はもちろん、本作でも変わることはありません。いや、本作のゲストキャラクターを通じて、人間と妖怪という他者同士の関係に加え、男と女という、もう一つ近くて遠い他者の存在を加えることで、そのテーマは、より鮮烈に浮かび上がってくるのです。
笑いあり(冒頭の目安箱のくだりには爆笑)、アクションあり、泣かせあり、感動あり、おまけに次回への引きあり。そんな本作は、これまでの本シリーズの集大成的な味わいがあると、そう感じます。
が――不満が皆無というわけではありません。見かけによらず(というのは大変失礼な表現ですが)話が複雑に入り組んでいるというのは、これは上で述べた通りシリーズの味というべきでしょう。
しかし、キャラクターについては、冒頭に人物紹介があっても良かったように感じるのです。そろそろ喜蔵の回りも大所帯になってきたことですし、何よりも、「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版2012」第2位という帯に惹かれて、本作からこのシリーズを手に取る方もいることと思われるのですから(さらに言えば、本作ではかなり意外な人物に脚光が浴びることもあり…)。
まだまだ続くであろう喜蔵と小春の冒険(そして成長)。それがこの先も長く続くように、そして多くの方が楽しんでくれるように――期待しているところなのですから。
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