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2012.11.09

「狐弟子」 ミステリ味を効かせた唐代奇譚

 唐の嗣聖年間、洛陽城中の破れ寺に狐の化身で占いの名人と評判の老人・毛潜がいた。そんな毛潜の前に現れた美少年・馬孝児は、狐になりたいと弟子入りを申し出る。狐になるために日々修行に励む馬孝児だが…(「狐弟子」)

 中国ミステリの名手・森福都による中国奇談を集めた短編集であります。
 それぞれは個々に全く独立した作品ではありますが、いずれも作者が得意とする唐代を舞台とした作品が収録されています。

「鳩胸」…韋后との血縁により長安で権勢を振るう大富豪。その家の対照的な二人の娘に挟まれた男が見た、二人の皮肉な運命。
「雲鬢」…表の顔は髪結い、裏の顔は盗賊の青年。新進士の男が芸妓を正妻に迎えるという美談の背後に彼が見たものとは。
「股肉」…身を以て義母の病を癒した孝女として評判の楽士の妻。ふとした事件から、その思わぬ素顔が明らかになっていく。
「狐弟子」…狐の化身と評判の占い師の前に現れた、狐志願の美少年。妻の不貞に悩む夫の相談に乗った二人の奮闘の顛末。
「石榴缶」…酒浸りの父に悩む少年が出会った占い師の姉弟。幽鬼の力で占いを行うという彼女の言葉が少年と父の運命を変えていく。
「碧眼視鬼」…人捜しのために長安に出てきた霊感を持った青年。彼は不運に取り憑かれたような娘と出会い、その理由を知るが。
「鏡像趙美人」…玄宗が愛した美女を描いたという幻の名画。双子の絵師によって描かれたその絵にまつわる奇譚。

 以上七編、どれも他所ではお目にかかれないようなユニークなものばかり。
 まさに爛熟期にあった唐という国の毒々しいほどに美しい有様と、それと表裏一体に存在する熾烈な権力闘争とそれに翻弄される(そして同時にそれにたくましく立ち向かう)人々の姿が、作者一流のミステリ味で調理された逸品揃いであります。


 そんな作品たちの中でも、私個人にとって、特に印象に残ったのは、「雲鬢」と「鏡像趙美人」の二篇です。
 髪結いにして盗賊の主人公が、美談の陰に隠されたある企みを暴くという武侠もの的な展開を見せつつも、その中で儚い男女の愛を描き――そしてラストでギョッとさせる「雲鬢」。
 容貌だけでなく、描くものも瓜二つの双子の絵師が宮中の思惑に動かされながらも描くことになった美人画が、彼ら自身にも、そして周囲の人間たちにも思わぬ波乱を巻き起こす様を、思わぬドンデン返しを交えて描いた「鏡像趙美人」。

 どちらも唐代という時代ならではの奇譚を、ミステリ味というひねりを加えることでピリッと引き締めてみせた佳品で、まず作者の代表作と言ってよいのではないか…というのは言い過ぎかもしれませんが、作者の作品の何たるかが良く表れた作品であることは間違いありません。

 もちろん、他の5篇もいずれ劣らぬ佳品揃いであり、人によって琴線に触れる作品は異なることでしょう。
 だいぶ以前に単行本で刊行されたきりなのが惜しまれる一冊ですが、ぜひ実際に手にとって、ご覧いただきたい作品集であります。

「狐弟子」(森福都 実業之日本社) Amazon
狐弟子

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