「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第3巻 時代が生む男の悩み、女の惑い
大店のじゃじゃ馬娘・菊乃と明治維新で職を失った元忍びの清十郎、明治という時代から微妙にはみ出した二人の姿を描く良質の時代ラブコメ「明治失業忍法帖」の第3巻であります。
新しい時代を迎え、自らの夢を叶えようと女学校進学を望む菊乃。親の猛反対を押し切るための手段として、清十郎と(偽装)婚約するという「契約」をした彼女は、ついに御茶ノ水女子師範学校に入学したのですが…
菊乃にとってみれば、念願が叶い、清十郎にとっても(菊乃が全寮制の学校に入ったことで)肩の荷の下りたようなこの状態。平穏無事のはずの二人の間に、思わぬ波風が立つこととなります。
そもそものきっかけは、菊乃の前にイギリスからの留学生が現れ、こともあろうに菊乃に求婚したこと。
その彼に決闘を挑んだ清十郎が諸般の事情で泥酔状態だったため、思わず自分の胸の内を菊乃に吐露してしまったことで、二人の間にすきま風が吹くことになります。
さらに、ふとしたことから明治政府への蜂起を企む浪人たちの企てを知ってしまったことで菊乃が囚われの身となり、清十郎は己の持つ力(元々只者ではないところを見せていた彼ですが、今回見せた姿には少々…いやかなり驚かされること請け合い)をフルに活用して彼女を首尾良く救い出すのですが――イイムードになったところで、思わず彼女の自制心が働いたことが、二人の間の溝を深める結果となってしまうのであります。
そう、今回描かれるのは、男女の間の気持ちのすれ違い。
もちろん、ラブコメに分類される作品である以上(?)、これまでも菊乃と新十郎の間のすれ違いはそれなりに描かれてきたのですが、しかし今回描かれるそれは、本作の設定自体と、そして舞台となる時代に深く根ざしたものであることが、強く目を惹きます。
これはふりと嘯いて菊乃に甘えつつも、ライバルが現れれば心穏やかでなくなり、ムキになってしまう自分の心と、武士の、男の面目の間で板挟みになる清十郎。
新しい時代の女として男に頼るまいと思いつつも、清十郎に庇護されることに安らぎを見出してしまい、さりとて気持ちのままに奔放に振る舞うことをためらう菊乃。
二人の抱えるのは、恋愛ものではよくある葛藤ではあり、現代の我々でも良く理解できるものではありますが、しかし同時にこの明治という時代に規定された、明治という時代ならではの理由によるものでもあります。
これまでも二人が巻き込まれる事件を通じて明治という時代を浮き彫りにしてきた本作ですが、その時代ならではの事件・イベントに直接起因するものではなく、その時代ならではの思考・精神状態から、それをやってのけるとは…と大いに感心いたしました。
さて、この3巻ではある意味意外な形でお互いの気持ちにひとまずの折り合いをつけた二人ですが、さてこの先もこのままいけるのかどうか。
こういう場合は男の方が弱いんだよな…というのは男の感想かもしれませんが、気になるところであります。
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