「人魚呪」 人魚が招く理不尽な生の果てに
天正の頃、村人に「魚人」と忌み嫌われ、村外れに一人住む左吉は、ある日美しい人魚・マナと出会い、愛し合うようになる。だが彼女の忌まわしい正体を知った左吉は逆上して彼女を手にかけ、その肉を口に運んでしまう。人魚の肉を喰ったことで不老不死となった左吉を待つおぞましい運命とは…
「遠野物語100周年文学賞」を受賞した本作は、人魚の肉を喰らったことで不老不死となった男が自らの辿ってきた運命を語る奇怪な物語であります。
時は天正6年、とある鄙びた漁村の外れに父と二人に暮らしていた左吉。彼は生まれつき、ハゼめいた相貌と腕の一部に鱗を持ち、周囲から「魚人」と忌み嫌われ、孤独な毎日を送っておりました。
そんな中、彼と同様の顔を持っていた父が亡くなり、その遺言に従って沖合の島に向かった左吉が出会ったのは、美しい人魚――
彼女をマナと名付け、一時幸福な時間を過ごす左吉ですが、しかし彼を待っていたのはマナのおぞましい正体と、そして己の忌まわしい出生の秘密。
逆上した彼はマナを殺し、思わずその肉を口に運んでしまうのですが…
と、ここまでが第1章、全体の1/4程度ですが、大変恐縮ながら非常に身も蓋もない言い方をしてしまえば、高橋留美子の人魚シリーズ+「インスマウスの影」といった印象を本作からは受けました。
しかし、この先、本作は、左吉の運命は、思わぬ変転を遂げていきます。
人魚の呪いか、津波と疫病の流行で村は大きな被害を受け、その元凶として村人たちからリンチされかける左吉。
しかし彼は、比叡山が織田信長に焼かれて以来諸国を放浪していた僧・黒快に救われ、彼の詐欺の片棒を担いで、不老不死の術を得た上人として、都で生活を始めることとなります。
上人として信者から得た金で面白おかしく暮らす左吉と黒快。しかし彼らはやがて、安土城を築いてその権力の絶頂期にあった信長に目をつけられることになり――
中盤まではある意味左吉のパーソナルな物語であったものが、後半で信長が登場するに至り、史実とのリンクを得てマクロなスケールな物語になるのには――特に、要所要所に現れて左吉の運命を預言する喋る亀のようなキャラクターが登場して、ファンタジックな雰囲気もあった物語だけに――違和感が皆無とは言えません。
しかしこの世で崇められる全ての神仏を否定し、自分自身が神であろうとした信長の存在は、運命に流されるまま、まったく望まぬうちに不老不死となった左吉と、ある意味対照的な存在と言えるのでしょう。
そんな左吉と信長の運命が交錯し、ある史実として結実する物語のダイナミズムも面白いのですが、しかし圧巻は、最後の最後に明かされる、この「人魚呪」という物語のタイトルの意味――ひいてはこの物語が語られた意味――でありましょう。
そこに込められたものは、理不尽な「生」という運命を背負わされた左吉による痛烈なまでの異議申し立てであり…そしてその想いは、もちろん彼ほどの凄惨さに彩られてはいないにせよ、理不尽な「生」を生きる我々の胸に迫るのであります。
エロティックな描写も少なくなく、またインモラルな物語でもあります。読後感もサッパリとは言えないでしょう(物語展開的には意外とサバサバしているのですが)。
その意味では誰にでもおすすめできる作品とは言い難いのも確かですが――しかし不思議に蠱惑的な、そんな作品であります。
「人魚呪」(神護かずみ 角川書店) Amazon
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