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2013.01.17

「忍剣花百姫伝 5 紅の宿命」 時を超える想い、時を超えた物語

 時を超え、八剣城を滅びの運命から救った花百姫。しかし花百姫は、八忍剣たちとともに、みたび時空を超えてしまう。そこは、魔道に堕ちた多蛇羅城主が魔王復活をもくろむ50年後の世界だった。そこでついに明かされる美女丸の出生の秘密と霧矢の過去。そして花百姫に恐るべき運命が襲う…

 隔月の文庫化も快調に進み、ついに後半戦突入の「忍剣花百姫伝」。起承転結でいえば転に当たるであろうこの巻においては、これまで秘められていた謎が、次々と明らかになっていくこととなります。

 空天の法により花百姫が10年前に飛んだことで辛うじて滅亡が阻止された八剣城。しかしその代償は軽いものではなく、花百姫の父は命を落とし、母は行方不明、そして八忍剣の一人・天魚は昏睡状態となり、彼を慕う美女丸は魔道に落ちる結果にとなります。

 しかしそれでも、戦いは続きます。行方の知れぬ八忍剣最後の一人を探し出し、美女丸を取り戻すために奔走する花百姫と八忍剣ですが――ここで再び、いや、みたび発動する空天の法。それに巻き込まれた花百姫と霧矢、天兵、夢候、そして美女丸が運ばれた先は、なんと50年後の世界! 

 そこで五鬼四天でありながら魔道に堕ちた多蛇羅城主率いるたたら一族と出会った花百姫。そして花百姫、霧矢、美女丸は、ここでそれぞれの過去と密接な関係を持つ人々と出会うことになるのですが…


 と、未来を舞台にしながらも、キャラクターたちの過去が描かれるという、非常にユニークな構造となっている本作。
 すでに空天の法による時空跳躍はお馴染みになった感がありますが、それでも未来に飛ぶというのは…と驚いていたところに、さらに驚かされる展開であります。

 前巻で描かれた天魚の死(と彼が信じた場面)と並び、幼い頃に母に殺されかけたことが強いトラウマとなり、愛や友情といった人間の情に背を向けることとなった美女丸。
 しかしここでは、彼が悲惨な過去と信じるものに、実は意外な真実(の一端)があったことが示されることとなります。

 これまで物語冒頭から一貫して花百姫たちの強敵として登場してきた美女丸ですが、果たしてここで見たものが、彼をどのように帰るのか…「現代」において不思議な共存関係となった小太郎、流山との関係の変化も気になるところであります。

 しかしそれ以上に驚かされたのが、霧矢の過去とその清算ともいうべきもの。未来に飛んだ霧矢が出会った人物こそが、その鍵を握るのですが――
 その人物の詳細は伏せますが、なるほど、この人物のこの姿を描くためには、確かに50年後の未来に飛ぶことが必要であった! と大いに納得させられた、とだけ申し上げましょう。

 、本作はこれまで、時空を超えるという一歩間違えれば物語の根幹を揺るがしかねない手段を用いることにより、主人公の年齢(=精神年齢)はそのままで、縦方向の――すなわち時間の流れによって生まれる人間関係の変化を描いてきました。
 この巻で描かれたのもその一つですが、これまで同様、いやこれまで以上にその趣向が効果的に機能していたと感じた次第です。

 そしてもう一つ、霧矢が出会った人物の心境とその変化は、正直に言って児童書らしからぬリアリティに溢れていると申しましょうか、少なくとも男にはこの描写はすぐには浮かばないのではないかと感じます。
 出番はさほど多くありませんが、個人的にはこの巻は、この人物に持って行かれた印象すらあります。


 しかしこの巻においては、最後にもう一つの驚きを用意しています。
 花百姫の前で魔王が示した力――ある時は強大な力でこの世の全てを焼き尽くし、またある時は徐々に大地とその上に生きる者を蝕む力。奇怪な妖光を放つその力が、何を喩えたものかは、言うまでもないでしょう。

 本作の初版が刊行されたのは2008年――今の日本の状態を、誰もが夢にも思わなかった時期であります。それが今再版されるというのはもちろん偶然ですが、しかし巡り合わせというものを考えざるを得ません。

 しかし、花百姫はその呪いの力にも負けずに、未来を信じて戦い続けます。彼女の、人々の想いがその力に打ち勝つことを見たいという気持ちは、今このときこそ、我々の中に強くあるものでしょう。

 時空を超える物語がまさに時空を超えた――というのは言い過ぎかもしれませんが、それが今の偽らざる気持ちであります。


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