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2013.01.31

「信長の忍び」第6巻 長編四コマ漫画というスタイルと歴史を描くということ

 ビフォアストーリーの連載も始まり、いよいよ好調の四コマ漫画「信長の忍び」。この第6巻においては、信長の生涯最大の危機とも言われる、信長包囲網が描かれ、そしてついに冒頭から登場してきたあの人物が…という、ストーリー漫画としても遜色ない内容となっております。

 三好三人衆を攻めるために出陣した信長軍に襲いかかる石山本願寺の援軍。あの松永久秀すらも恐れる本願寺の力は、すぐに、信長包囲網の恐るべき連鎖として現れます。

 この辺り、歴史ファン・戦国ファンにとってはおなじみの内容ではありますが、四コマ漫画としてテンポよくまとめられていくことにより、信長を襲った包囲網の容易ならざることが、感覚的に理解できるのが、何とも面白いところでありますこの辺り、文章でいえば箇条書き的な分かり易さとでも申しましょうか…)

 そしてそんな中で描かれるのは、あの森可成の最期。信長をその活動の初期から支えた武将であり、この「信長の忍び」においても冒頭から主人公・千鳥の良き兄貴分として――そしてその強さを示す相手として――描かれてきた人物であります。
 その可成の最期については、つい先日も紹介した気がするので(しかも同じ6巻)詳細は省きますが、もはや完全にストーリー漫画の呼吸で描きつつも、しかし時に思わぬところにギャグを交えるという、実に本作らしいものであったと言えるでしょう。

 そして後半に描かれるのは、秀吉による佐和山城攻め。前半のシリアス度が高い展開に比べると――中心になるのが秀吉ということもあって――大分明るい印象があります。
 しかしメインとなるのが佐和山城を守る浅井家の磯野員昌をいかに投降させるか!? という展開であり、直接的に血は流れなくとも、相手の心を傷つけていく調略戦というものが、重く心に残ります。

 さらに、ここでは千鳥が信長から密かに秀吉監視を命じられるという意外なひねりも加わってくるのが面白い。
 そしてこれらの要素が秀吉の成長劇に繋がっていく…という構成は、実に良くできていると素直に感心いたしました。


 それにしても、つくづく考えさせられるのは、長編四コマ漫画としての本作の存在であります。

 長編四コマ漫画、という呼び方は、それ自体がある意味矛盾をはらんだいると言えるかもしれません。
 しかし、わずか四コマの中で、一本一本のオチをつけつつも、その積み重ねにより、一つの長大な物語を紡いでいく本作のような作品は、まさにこう呼ぶべきでしょう。

 そしてそのスタイルは、一日一日という時間が、やがて積み重なって長い時となる姿に、個人個人の生の結果が、やがて縒り合わされて一つの歴史となる姿に似ているようにすら感じられます。
 もちろんこれはいささか牽強付会に過ぎる見方ではあります。しかし、我々が思う以上に、長編四コマ漫画というスタイルは、歴史を語るのに相応しいように思えますし――その一つの証明が本作である、というのは、決して穿った見方ではないと感じるのです。


「信長の忍び」第6巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 6 (ジェッツコミックス)


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2013.01.30

「画皮 あやかしの恋」 古の物語を今の物語に

 砂漠で盗賊から美少女・小唯を救い出した将軍・王生は、身寄りのない彼女を家に住まわせる。その頃から街では心臓をえぐり取る殺人事件が相次ぎ、妖魔の仕業と噂されていた。王生と佩蓉の古い友人・パンヨンは、降魔師の少女・夏冰とともに妖魔を追うが、王生を狙う妖魔の罠は佩蓉に迫っていた…

 「聊斎志異」といえば、日本でも古くから親しまれている怪異小説集であり、私も小さい頃に子供向きにリライトされたものを夢中で読んだ記憶があります。そして香港映画ファン的には何と言っても「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の原作なわけですが――本作「画皮 あやかしの恋」も、この「聊斎志異」を原作とする作品であります(と言っても、人の皮をかぶって美女に化ける妖怪と、それを家に引き込んでしまった男とその妻の物語、という部分以外全くの別ものですが)

 おそらくは古代の中国、さる街を守る将軍・王生の部隊が砂漠の盗賊を討ち、美しい少女を連れ帰る場面から物語は始まります。身よりのないその少女・小唯は、王生の家に引き取られて妹のように遇され、王生の妻・佩蓉とも仲睦まじく暮らすのですが――
 実は小唯こそは、人間の皮を被り、人間の心臓を喰らって生きる狐の妖魔。凛々しい王生に一目惚れした彼女は、王生の家に潜り込み、彼の妻の座を狙っていたのであります。
 そして街では小唯に仕える妖魔により、次々と犠牲者の心臓をえぐり取られる猟奇殺人が発生。小唯の存在に疑いを抱くようになった佩蓉は、武勇に優れた豪傑ながら彼女への恋に破れて軍を捨て、各地を放浪していた男・パンヨンを招き、犯人捜しを依頼することになります。
 折しも、妖魔に祖父を殺された降魔師の少女・夏冰も、妖魔の存在を察知して街を訪れ、パンヨンと凸凹コンビを結成して妖魔を追うのですが――


 という物語の本作は、メインキャラクターは6人ほどですし、小唯の正体や連続殺人の真犯人も物語のかなり早い段階で提示されるなど、正直なところプロットと設定自体は非常にシンプルであります。
 にもかかわらず、本作は十分以上に魅力的な作品であり、最後までだれることなく観ることができたのですが、それは物語を――物語の中のキャラクター描写を、丁寧に丁寧に積み重ねて見せた、まさにその点にあります。

 優れた武人であり、妻を優しく愛するイケメンという非の打ち所のない人物でありながら、小唯の魅力に次第に引き寄せられていく王生。
 気丈に王生を支える中、ただ一人小唯の本当の姿を知ってしまい、追い詰められながらも人としての愛を貫こうとする佩蓉。
 人の心臓を喰らって生きながらえ、小悪魔的美貌の下におぞましい(不意打ち的グロ描写に吃驚)素顔を持ちながらも、誰かを恋するという点では人間と変わらぬ小唯。
 恋に破れて全てを捨て、飲んだくれの風来坊となりながらも、かつて恋した人のために命懸けで戦い、怒るパンヨン(演じているのはドニー・イェン。「孫文の義士団」に続きまたこういうキャラ…しかし最高に格好良いのですが)。

 派手なアクションはもちろんあります。CGやワイヤーを用いた特殊撮影もあります。それはそれでもちろん非常に魅力的なのですが、しかし本作の中心となるのは、あくまでも人間の、妖魔の、心の動きを捉えたドラマであり、随所に加えられたひねりでそのドラマを盛り上げる演出であります。

 個人的に特に感心させられたのはクライマックスのある展開であります。
 人間と妖魔の恋物語では定番とも言える、「愛は種族の壁を超えるか?」というテーマ。本作の展開的に、超えてしまったらそれはそれで困るわけで、本作ではこの点はスルーされるのか、と思いきや…
 詳細は伏せますが、なるほど、こういう形で描くという手があったか! と大いに唸らされた次第です。


 あえて難癖をつければ、小唯があまり狐の妖魔らしくない、という点はあるのですが(しかし、クライマックスでの彼女の特殊メイクは、驚くほど原始的でありながら、見事に人外の美しさを表していたのにもまた感心)、そこはまあ、本質ではありますまい。
 古の物語を、その骨格を用いて、今の物語として――まさに美しい皮を被せて――見事に生まれ変わらせた点こそが、本作の肝なのですから。


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2013.01.29

「写楽あやかし草紙 月下のファントム」 写楽、大正の帝都で妖を追う

 時は大正。帝都で画廊を営む斉藤楽真の正体は、東洲斎写楽だった。ある事件で命を落とした彼は、大妖・剣上総の眷属となり、上総とともに邪悪な妖封じに奔走していた。その上総の命で、失踪事件が相次ぐ来栖劇場に背景画家として潜入した楽真は、劇場の看板女優でありオーナーの娘の月歌と出会うが…

 大正ロマン、という言葉はいつの世も人の感心を集めるようで、たとえば少女向け小説のジャンルでは、それなりの頻度で、大正ものの作品が刊行されているように感じます。
 本作もその一つ、集英社の2012年度ロマン大賞受賞作であります。

 時は大正時代の帝都東京、その片隅で売れない画廊を営む青年画家・斉藤楽真――何故か人物画を決して描こうとしない彼の正体は、何とあの幻の浮世絵師・東洲斎写楽。
 100年も前の人間であるはずの彼は、かつて芝居小屋の火災に巻き込まれて命を失ったところを、妖たちの頭目・剣上総に救われて彼の眷属となり、もう一つの人生(妖生?)を生きていたのであります。

 その上総の使命は、世の中に災いをもたらす邪悪な妖を封じること。楽真は、兄貴分である(見た目は完全にウサギの)兎三郎とともに、上総の配下として、妖と戦い続けてきたのです。

 さて、その楽真たちが挑む今回の事件は、帝都で評判の来栖劇場の怪。オーナーの来栖伯爵の庶子・月歌を看板女優とするこの劇場の関係者が、近頃相次いで行方不明となっていたのであります。
 その背後に妖の影を察知した上総の命で、背景画家として劇団に雇われた楽真は事件を探るうちに、月歌と惹かれ合っていくのですが…


 というあらすじの本作、大正ロマン+妖怪退治というみんな大好き(もちろん私も大好き)な題材の組み合わせに、写楽という強烈な異物を放り込んできたところに大いに驚かされます。
 しかしながら内容的にはなかなか堅実、クオリティの方も、新人離れしたレベルで驚かされました。

 なるほど、正直なところ、主人公とヒロインの関係――主人公が人外であることを踏まえて――を中心に展開していく物語、そして妖の正体とそれとヒロインとの関わり自体は、さまで珍しいものとは感じられませんし、先読みもそれなりにできるものではあります。

 主人公が写楽というのも、意外性は満点ですが、必然性はそれなり。
 確かに、ネームバリューがあって正体不明(最期が不明)、そして芝居に関係があったとくれば、これは写楽が出てくるのは頷けます。
 しかしまことに残念ながら、写楽=楽真のキャラクターがあまりにも現代の若者的(これは他の登場人物にも言えますが)で、写楽らしさが感じられないのが、残念なところであります。

 しかし、本作においてはそこに、楽真が人物画を描かない、という最大の特徴を設定することで、ヒロインとの関係性、そして楽真=写楽という事実を、浮かび上がらせてみせるのであります。

 写楽といえば、役者絵、それも独特のデフォルメを施された大首絵が真っ先に浮かびます。本作はそれを封印していることで、写楽としてのキャラ立てを一見潰しているように見えなくもありません。
 しかし楽真が人物画を封印した理由――その理由もある程度予想できるわけですが――を、人を捨てて妖となった楽真の葛藤、そして辛い運命を背負ってきた月歌の小さな願いと絡めることで、見事にドラマとして昇華しているのには感心させられました。
 ラストの月歌の言葉も、切なくも力強いものであり、この物語の後味を、非常に気持ちよい、爽やかなものにしていると感じます。


 それでもなお、本作の舞台を大正時代とする積極的な意味が見えてこないのが、個人的に残念ではあるのですが――それは今後確実に描かれるであろう、続編に期待するといたしましょう。
 先が期待できそうな作家の、先が期待できそうなシリーズであることは間違いないのですから…


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写楽あやかし草紙 月下のファントム (コバルト文庫)

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2013.01.28

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 年明け早々、強烈な寒さに驚かされる毎日ですが、冬来たりなば春遠からじ。時代伝奇関連アイテムの方は、1月の不作がウソのように、短い期間にもの凄い数であります。というわけで、2013年2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 文庫小説の方では、新作・文庫化ともに注目の作品が並びます。

 まず、上田秀人の新シリーズ第1弾「表御番医師診療録 切開」。これまで幕府の様々な役職の人間を主人公としてきた作者ですが、今回の主人公はタイトルにあるとおり表御番医師。人間の隠れた部分に接することができる役目だけに、描かれる物語にも期待であります。

 また、シリーズものの続刊の方はかなりの豊作。最近は時代小説での活躍めざましい平谷美樹の「ゴミソの鐵次調伏覚書 傀儡使い(仮)」と「風の王国」第6巻、春からは作品の初ドラマ化を控えて快調の風野真知雄「新・若さま同心徳川竜之助 3 薄毛の秋」、シリーズ第3弾でいよいよ果心居士と直接対決! の武内涼「戦都の陰陽師 迷宮城編」と、気になる作品が目白押しです。

 文庫化の方も、一冊にまとまった形での復刊は本当に久しぶりの山田風太郎「幕末妖人伝」、アクションものを得意とする作者の秘境冒険時代伝奇活劇の矢野隆「無頼無頼っ!(仮)」、夭逝した作者による小説版むげにんである大迫純一「無限の住人 刃獣異聞」と、楽しみな作品ばかりであります。


 さて漫画の方も、新たに登場する作品と完結する作品、まだまだ続く作品、いずれも気になる作品が目白押し。

 まず新登場では、なんと言ってもせがわまさきが山田風太郎のあの名作を描いた「十 忍法魔界転生」。たぶん主人公はまだ登場しないかと思いますが…。
 そして個人的に気になるのは、「あっけら貫刃帖」の小林ゆきの新作「江戸天魔録 春と神」。マガジンらしいユニークな時代伝奇活劇であります。

 完結の方では、もちろん19年の大河連載がついに完結した沙村広明「無限の住人」第30巻に注目。剣戟に次ぐ剣戟で目が離せなかった最終章ですが、最後の最後まで目が離せません。
 完結といえば、新刊予告で(完)マークがついている日高建男&京極夏彦「後巷説百物語」は、まだエピソードを半分しか消化していないはずですが…

 続刊は、睦月ムンク&夢枕獏「陰陽師 瀧夜叉姫」第2巻、ながてゆか「蝶獣戯譚Ⅱ」第4巻、紗久楽さわ「かぶき伊左」第2巻と、注目の作品が並んでおります。


 最後にもう一つ、漫画で完結といえば、ついに宇河弘樹「朝霧の巫女」が第9巻で完結。雑誌連載の終了からずいぶん経ちましたが、まずはめでたい。時代伝奇ではありませんがユニークな伝奇ものであり、南北朝パートにも驚かされた作品であります。



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2013.01.27

「ZIPANG PUNK 五右衛門ロックⅢ」(その二) 悩める名探偵の行方は

 昨日の続き、「五右衛門ロックⅢ ジパング・パンク」であります。
 破天荒な物語とキャラをきっりり抑える五右衛門の存在をもってしても抑えきれないもやもやが、本作にはあるように感じられるのです。(ここから先はネタバレになってしまうため、未見の方はご注意下さい。)

 実は本作が怪盗vs名探偵の宝探し対決であるのは(少なくとも形の上では)第二幕の初めまで。
 第二幕開始早々に秘宝の謎は解かれ、物語はその趣をがらりと変えて、宝探しから権力との対峙――そしてその挫折――の物語へと、姿を変えていきます。

 ここで主役となるのは、あの明智心九郎。名探偵といえば明智、というだけでなく、この時代設定でこの姓とくれば、ある程度予想できる彼の素性がやはりこの第二幕において動きだし、巨大なうねりを生み出していくのであります。

 しかし彼はその中で、自分自身が選んだ道ゆえに、大きな苦しみを味わうこととなります。
 自らの仇、そして庶民を苦しめる存在を倒すため、それまでの敵と結び、自らが一つの強大な力と化しながらも、そこに飲まれ、自らの理想との違いに苦しむ…第二幕の中心となるのは、そんな彼のドラマであります。


 それ自体は全く構わない、いや、いかにも中島かずきらしい展開で大いに興味深いのですが、個人的にはその彼のキャラクターの変遷が、「名探偵」というそもそもの設定と、今ひとつ噛み合わせが悪かった印象があります。
 謎を暴き、真実を解き明かす探偵――彼がそんな存在となった理由は、作中でもきちんと語られます。いや、まさにその点こそが、彼に一つの救いを与えるのですが…そこで語られるものが、彼のそれまでの経験に根ざすものとしてはいささか弱いと…そう感じられたのであります。

 探偵と革命者と…全く異なる二つの姿を繋ぎ、止揚するものを、もっと明確に描いて欲しかった――特に、そのドラマの部分に五右衛門が、そして空海の(真の)秘宝という本来であれば本作の中心であるべき存在が絡んでこなかったというのは、やはり残念なのです。


 …と、くだくだしく述べてしまいましたが、そんな気持ちをも吹き飛ばしてくれるのが、やはり古田五右衛門の大暴れであることは、やはり間違いのないところではあります。
 クライマックスで満を持して登場し、悩める青年たちを救い、混迷した状況を一気に解決してみせる五右衛門の活躍は、痛快の一言。そしてそこに至るまで、 第一幕・第二幕合わせて三時間半以上の長丁場で、気を逸らされることなく楽しめたというのは、やはり大変なことではありますまいか?

 これまで以上に、現実世界とのリンクが想定されていたように感じられる本作。それがいささか生々しく感じられた部分はありますが、それだけに、五右衛門にはこれからもままならぬ現実をぶっ飛ばし、笑い飛ばして欲しい、という気持ちがあります。
 どうやら「五右衛門ロック」は三部作のようですが、まだまだこの先も何年かに一度、古田五右衛門に登場してもらいたい――今はそう感じているところであります。


 ちなみに(これはこのブログでこそ書くべきことだと思いますが)「しんくろう」という名といい、冒頭で彼が解き明かすトリックの内容といい、悩める探偵であることといい、彼の姿からは、あの敗戦探偵の影が感じられるのですが…これはまあ、贔屓の引き倒しでありましょう。


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 「ZIPANG PUNK 五右衛門ロックⅢ」(その一) 三度登場、古田五右衛門の安定感

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2013.01.26

「ZIPANG PUNK 五右衛門ロックⅢ」(その一) 三度登場、古田五右衛門の安定感

 久しぶりに日本に帰ってきた石川五右衛門。空海の秘宝と呼ばれる津雲寺の黄金一眼仏を狙う彼の前に現れたのは、名探偵・明智心九郎だった。さらに堺を牛耳る蜂ヶ屋善兵衛、かつて五右衛門と対決した悪党マローネも現れ、事態は思わぬ方向に。天下人秀吉を向こうに回し、五右衛門は何を盗むのか!?

 久しぶりに劇団☆新感線の舞台を観て参りました。古田新太が石川五右衛門に扮して大暴れを繰り広げる「五右衛門ロック」シリーズ第3弾「ジパング・パンク」であります。

 「五右衛門ロック」は、京の三条河原で釜茹でになったはず石川五右衛門が、実は生きて海の向こうに飛び出していた、という基本設定で繰り広げられるシリーズ。
 過去2作はいずれも豪華キャストがノリの良い歌と音楽に乗って大暴れする、理屈抜きのエンターテイメントでありましたが、もちろんその基本スタイルは、本作でも変わることはありません。

 そして本作の最大の特徴は、舞台が日本であること。太閤秀吉が朝鮮出兵を行っていた時代を背景に、久々に日本に帰ってきた五右衛門が狙うのは、津雲寺なる寂れた寺に眠るという弘法大師空海の秘宝。黄金一眼仏なる奇怪な仏像に眠るそれを首尾良く奪ったかに見えた五右衛門ですが…

 その前に立ちふさがるのは、京都所司代の探偵方、助手の小林少女(服装はコナンくん)と少女探偵団を連れて歌い踊る名探偵・明智心九郎! さらに五右衛門に対抗意識を燃やす女賊・猫の目お銀、「五右衛門ロック」で暗躍した死の商人・アビラや、「薔薇とサムライ」の毒婦・マローネ、石田三成に豊臣秀吉までもが登場して、五右衛門の回りは敵だらけ。
 五右衛門側にも、「薔薇とサムライ」で活躍したシャルル王子に、あのかぶき者の前田慶次郎(伊賀出身の五右衛門と甲賀出身の慶次は幼なじみという思わず納得の設定!)といった頼もしい(?)仲間たちが加わり、秘宝争奪戦が繰り広げられるわけですが――

 何しろ、やっぱり今回も豪華なキャスト陣が、歌に踊りにアクションに、自己主張も甚だしく暴れ回るのですから、とにかく元気で賑やかであります。
 特に、心九郎を演じた三浦春馬は、とにかく歌も踊りもキレが良く、本作を引っ張っていく中心人物として大活躍。生で見たのは初めてですが、華のある存在感にただ感心。
 本作のそもそものコンセプトである「怪盗vs名探偵」、怪盗と名探偵が一つの宝を目指して虚々実々の駆け引きを繰り広げるという内容において、まず不足のない名探偵ぶりと言うべきでしょうか。

 そして、前作から続投のシャルル王子役の浦井健治は「色々残念な王子様」を見事に体現しておりましたし、今回のキーパーソンの春来尼を演じた高橋由美子は、周囲と一人違う超マイペースぶりが実に楽しい。
 しかし新感線ファン的に嬉しかったのは、前田慶次郎を橋本じゅんが、石田三成を粟根まことが演じたことで――この二人、ほとんど反則級のハマりっぷりで、ファンとしては本当に嬉しかったのであります。

 ここに、あの麿赤児演じる秀吉が加わるわけですから、もう収拾がつかなくなりかねないのですが――しかし、そこをがっちりと抑えるのは、やはり古田新太の石川五右衛門の存在感であります。
 実は作中でのお出番自体はさほど多くはない――本作の中でもメタっぽくセリフで言及しているように――のですが、古田新太という役者、石川五右衛門というキャラクター、その両方の存在感が、どんな物語であっても受け止めて、がっちりきっちり(物語のバイタリティを失うことなく!)収めてみせる。
 前作で完成したそのスタイルは、本作においても健在であります。


 が――(以下、次回に続きます)。



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2013.01.25

「宿神」第3巻 西行はただそこに宿り在るのみ

 万物に宿り、万物を万物たらしめる影のような不思議な存在=宿神を見ることができる西行の目を通じて、平安時代末期を描く「宿神」の第3巻であります。
 ついにこの巻では保元の乱が勃発、いよいよ武士の世が近づく様が描かれていきます。
 待賢門院璋子への狂おしい想いのまま、その夫たる鳥羽上皇の御前で、十枚の襖絵に、十首の和歌を即興で書き記し、そのまま出家した佐藤義清、いや西行。

 出家しても璋子への想い止まず、しかし彼女と死別することとなった西行。
 この巻の冒頭でみちのくに旅立った彼は、その途上、平清盛の家人であり、不思議な術を操る男・申の妹であり、彼自身とも縁浅からぬ娘・鰍に会うため、那須を訪れることとなります。

 かつて玉藻と名乗り、宮中に上がっていた鰍。しかしそこで璋子と美福門院得子との対立に巻き込まれ、得子呪詛事件の下手人に仕立て上げられた彼女は、密かに逃がされて那須で暮らしていたのですが…

 玉藻と那須といえば、やはり思い浮かぶのは、金毛九尾の狐が変じたという殺生石。
 玉藻は、伝説では九尾の狐が変じ、宮中を騒がした妖女の名ですが、本作の玉藻は、上で述べたとおり、宮中の権力争いに巻き込まれた不幸な娘に過ぎません。しかし――

 鰍が玉藻となった時には、それが物語にどのような影響を与えるのか想像できませんでしたが、まさか、このような展開になるとは…いや、玉藻の名から予想するべきだったかもしれませんが、しかしそれを予想したくなかった、そんな展開であります。


 そしてその後に、この巻の大部分を割いて描かれるのは、保元の乱の前史から乱の有様、そして乱が終結した後の、世の有様です。

 言うまでもなく保元の乱は、崇徳上皇・藤原頼長・源為義側と、後白河天皇・信西・平清盛・源義朝側で争われた戦い。
 しかしそれは単なる宮中の勢力争いに終わらず、摂関政治の終焉と武家政治の到来に繋がっていく、いわば時代の変革点とも言う意味を持つものであります。

 この乱で重要な役割を果たした清盛は、西行の親友であり、本作のもう一人の主人公とすら言える人物。
 その清盛や藤原頼長、信西、源為義に源為朝…この乱にかかわった様々な人物の姿を、本作は作者ならではの劇的かつ叙情的な文章で、浮き彫りにしていきます。

 基本的にそれは、保元物語をはじめとする様々な物語のパッチワークではあるのですが、しかしそれが作者の筆を通じて描かれると滅法わかりやすく、そして面白い。
 特に源為朝の描写は――そもそもの存在自体が夢枕ヒーロー的人物ではありますが――作者も彼を愛し、ノリにノって書いたことが伝わってくるものであり、実に魅力的な存在として印象に残ります。


 さて、そのような大きな歴史の変革点において、西行は積極的に歴史の動きにかかわることなく、傍観者的立場を貫きます。

 しかしそれは、彼が物語に埋没していることを意味するものではありません。むしろ全てが移ろいゆく時代において、彼は不変の、そして普遍の存在として在り続けるようにすら感じられるのです――そう、あたかも宿神のように。

 思えば、この巻で描かれる二つの事件は、一つは歴史に名を残さぬ者の物語であり、もう一つは歴史に名を刻む者の物語でありました。
 その意味で全く対照的な内容ではありますが、しかし共通するのは、人の――それも権力を求める者の――思惑によって、人の有り様が歪められ、利用されていく姿です。

 そして有り様を歪められ、利用されるのは徒人だけではありません。帝ですら、その例外ではなく――いや、人だけではなく、神や仏までもが、この激しい歴史のうねりの中で人の思惑に変えられていくのです。

 しかし、宿神はただそこに宿り在るのみ――何の影響を与えることもなく、それ故に影響を与えられることもありません。
 そして西行もまた――

 乱の後、他の者たちが関わり合いを恐れて崇徳院を避ける中、ただ一人、これまで同様に彼と接する西行。
 その彼を指して清盛がいみじくも評したように、彼は「自然の風や水のようなもの」なのですから…


「宿神」第3巻(夢枕獏 朝日新聞出版) Amazon
宿神 第三巻


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2013.01.24

「芳一」 無頼の琵琶法師、室町の狂騒を往く

 悪知恵とクソ度胸、そして亡霊まで呼び出す琵琶の腕前で世間を渡る琵琶法師の芳一。親友の橘三位とともに鎌倉にやってきた芳一は、そこでなりゆきから足利義詮より鎌倉幕府を滅ぼしたという秘文書「北条文書」の探索を命じられる。これが、鎌倉・京・九州まで渡る芳一の冒険の始まりだった…

 ユニークなファンタジー、特に時代ファンタジーを書くことで注目している堀川アサコの新作は、久々の室町ものということで飛びつきました。
 舞台となるのは足利尊氏が鎌倉幕府を滅ぼしてから十数年が過ぎた頃、そして彼とその庶子である足利直冬の対立が世を騒がせていた頃――一寸先は闇の混沌の時代を、琵琶法師の芳一が駆け抜ける、短編連作形式の作品であります。

 主人公の芳一は、琵琶を鳴らせばその音に応えて亡霊が現れるとまで言われる琵琶の名手。…とくると、「耳なし芳一」の物語を思い浮かべますが(作中に同様の趣向のシーンもありますが)、しかしこの芳一は、黙って亡霊に襲われるほどヤワではありません。

 腕っ節こそからっきしですが、芳一は幼い頃から都の闇の中で育ち、裏の世界を知り尽くしたバイタリティ溢れるワル(…のわりにはずいぶんとお人好しなのですが)。
 そして、三位の大殿や尊氏の子・義詮といった身分違いの相手とも何となく友達づきあいを始めてしまう、不思議な魅力を持った男なのであります。
(ちなみに私は未読ですが、作者が第15回小説すばる新人賞の最終候補となった作品のタイトルは「芳一――鎮西呪方絵巻」とのこと。本作の原型でありましょうか?)

 本作はそんな芳一がその琵琶の腕前から、あるいはなりゆきから巻き込まれた奇怪な事件の数々を描きます。

 その第一話は、親友の三位の大殿とともに鎌倉を訪れた芳一が、義詮の前で琵琶を弾いたのをきっかけに、義詮の誘拐事件に巻き込まれ、さらに最後の執権・北条高時が持っていたという謎の「北条文書」を探して、鎌倉を奔走するエピソード。
 代々の執権に継承されながらも、絶対の秘事として隠されてきたその文書を探すうち、芳一は鎌倉幕府滅亡に隠された秘密を知り、その背後で糸を引いていた怨念の幻術師・永久男と対決することとなります。

 そして北条文書の謎と幻術師との対決は、京を騒がす幻の相撲会と直冬の暗躍が描かれる第二話、九州を舞台に文書の真の正体とその顛末が描かれる第三話まで続いていくのであります。


 …というと、何やらハードな伝奇活劇のようにも見えますが、実際の印象は大きくことなります。主人公の芳一からして型破りなキャラクターではありますが、その他の登場人物は、彼が平凡な人間に見えるような、良く言えば個性的な、はっきり言えば奇人変人揃い。
 本作は、そんなエキセントリックな連中がドタバタ騒動を繰り広げる、スラップスティックコメディ的な味わいが、強くあります。

 正直なところ、こうしたノリに面食らう方、芳一が事態に流されるまま、翻弄されていく姿に失望を感じる向きも少なくないのではないかと思います。
 その点は確かにできないものの、私自身としては、この狂騒的な空気こそが実に室町的だと感じますし、歴史にその名を留めた権力者たちに比してあまりに無力な存在であるからこそ――第三話で描かれた北条文書の真実とその顛末に示されるように――逆説的に、この物語の主役にふさわしいと、そう感じるのです。

 もっとも、このキャラクターや舞台の狂騒ぶりと、繊細ともいえる謎が随所に隠された物語の噛み合わせがいいとは、到底言えません。そのため、物語にはほとんど常に――作者が意図したものかは疑わしい、意図したものとしてもあまり機能しているとは感じにくい――もどかしさがつきまとうこととなります。

 その辺りは私としても大いに不満であり、万人にお勧めできる作品とはちと言い難いようにも感じますが、しかしその辺りの歪さも含めて、室町の空気を感じさせる作品…というのは褒めすぎかもしれませんが。


「芳一」(堀川アサコ 講談社) Amazon
芳一

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2013.01.23

「浣花洗剣録」第17集/第18集 激突、少林寺拳法vs武当派剣術!

 武林大会目前、正派の内紛と魔教の襲撃と色々ややこしくなってきた「浣花洗剣録」ですが、赤鬆道士の死の真相と珠児奪還を巡り、少々堂々巡りの印象もあります。

 武芸大会を目前に控え、相変わらず赤鬆道士の死を巡って喧々囂々の武林。会場の白雲観にやってきた候風は、赤鬆に毒を盛った犯人と、赤鬆が体に無数の傷を負っていた理由を武当派の掌門代理の頑石道士に問い詰められますが、毒の方はその脇でニヤニヤしてる王巓が犯人なんだよ! と視聴者にはわかっているため、今ひとつ盛り上がりません。

 一方、久々登場の呼延大臧は、白雲観への道々、王大娘と珠児の話を。大娘は孫(珠児)をお前になら嫁がせてやると大臧に太鼓判を押し、同居しようと言われると、これで老後も寂しくなくなったと大喜びしていますが、これはフラグというやつでは…

 そして先に来ていた土龍子の作ったトンネルで白雲観に潜入した二人ですが、珠児を連れ出したところであっさり発見され、土龍子は土中を逃げるところを王巓の手でグサッと。大娘と珠児は囚われ、窮地の大臧を突然現れた白水聖母が救います。
 逃れた後に大臧を説教する聖母ですが、珠児命の大臧が聞くわけもありません。武林制覇のために力を貸せ、ってこの方、大臧の顔を見る度に言っているような気がしますが、今回も堂々巡り感が…

 そして捕らわれた王大娘と珠児は、子であり父である王巓らの前に引き出されるのですが、大娘の口撃が止まらない。さんざんボロクソに言った挙げ句、息子の旧悪を曝露しようとした大娘ですが――その時、王巓の刃が大娘を貫く! ああ、やっぱり…
 いかに魔教の女とはいえ、あまりの行為に周囲もドン引きですが、しかしここで王巓自身も愕然としているのが面白いと言えば面白い。前回、晴空大師を殺す際にいささかの迷いを見せた白三空といい、本作の悪役は単純なようでいて、それなりの人間性を持っていることを確認させられるシーンです。

 さて、晴空といえば、その晴空の亡骸を入れた大甕を担いで白雲観に登場。着くや否や、下手人は武当派だと猛烈にアジり始め、それに対して頑石も赤鬆の死に晴空が絡んでいたと反論。ただでさえ思慮の足りなさそうな二人が口喧嘩を始めたのを、王巓が煽り、ついに大会で両者は対決することに…
(と、ここで父を侮辱されて怒った奔月が頑石に襲いかかり、反撃を食らいそうになったのを白宝玉が見事な武術と落ち着いた態度で収める場面が。いきなり成長しましたな)

 さらにそこに聖母からの挑戦状を手に火魔人が登場。魔教も(半ば強引に)武林大会に出場することとなるのでありました。
 その後も、白水宮改め五行教サイドでは色々ありますが、どうも堂々巡りの印象。
 大臧と木郎が、水辺で語り合う場面は、くつろいだ姿が珍しい二人だけになかなか良いシーンではあるのですが…

 さて、ついに当日を迎えた武林大会では、まずはスペシャルマッチということでしょうか、頑石vs晴天の一戦から始まります。
 剛の少林寺拳法と柔の武当派剣法、ある意味水と油の両者の勝負は、寸止めというルールも忘れてガチな潰し合いに発展。ついに狭い試合場の上では回避困難な獅子吼を放ち、大ダメージを与えた晴天は、エキサイトして宝剣・赤宵を抜いて頑石に襲いかかる!
(ちなみに危険になったら止めると言いつつ、まだ動かない侯風)

 だがその剣を受け止めたのは宝剣を求めて乱入してきたの大臧。選手交代して繰り広げられる戦いの中、ついに大臧の燕返しが…
 が、さらにその刃を金祖揚の投げた剣が妨げ、形勢不利と飛び込んできた木郎の助けにより、大臧はその場から脱出するのでした(そしてその大臧に「三日後に殺してやる!」と僧侶にあるまじき捨て台詞を吐く晴天)

 さて、ほぼ無敵であった燕返しを、何故金租揚が破れたのか? それは、謎となっていた赤鬆の体の無数の傷にありました。
 実はこの傷こそは、大臧の剣の流れを教えるために、死を覚悟した赤鬆が敢えて受けたもの(こういうのは、ラスボス相手に主人公の仲間がやるものですが、大臧君…)。死の間際に残した謎の言葉は、これと対応する武当派の剣法の手なのでした。
 赤鬆の最期を看取った金租揚は、それに後から思い至り、ついに燕返しを破ることに成功したのであります。

 金租揚という人物は、宝玉の奥義修得の際は醜態を晒しましたが、普段のだらしなさとはうって変わって、やるべき時には腕も頭もきりりと冴えて、実に魅力的であります。
 そして金租揚に負けじと(?)候風も、一連の事件の背後に、武功と知略に優れた黒幕の存在を示唆するのですが…というところで、まだまだ武林大会は本番に入らぬまま、次回に続きます。


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2013.01.22

「小袖の陰 御広敷用人大奥記録」 大奥の波瀾、外の世界を動かす

 勘定吟味役の次は大奥の御広敷用人、火中の栗を拾い続ける(拾わされ続ける)水城聡四郎の苦闘を描く「御広敷用人大奥記録」シリーズの第3弾であります。
 吉宗が想いを寄せる竹姫を正室に迎えるために動き出したことが、様々な勢力の思惑に影響を与えることに…

 徳川綱吉の養女・竹姫に心を奪われ、正室に迎えんとする吉宗。
 その意を汲んで前作では京に向かうこととなった聡四郎ですが、その途中で御広敷伊賀者、そして伊賀の里の刺客を撃退したことで、彼らの恨みを買う羽目に。

 一方、吉宗の意志を知った天英院――6代将軍家宣の御台所であり、現在の大奥を統べる実力者――は、竹姫の存在が自分の権力を揺るがすと考えて排除に動き出し、さらにそれを阻むべく、竹姫の実家側も動き出します。
 それに加えて、主君に次の将軍位を継がせようとする(≒自分の地位を引き上げようとする)館林松平家の家老が自らの配下を大奥に送り込み、何やら暗躍を開始。

 さらにさらに、いまだ執念深く聡四郎を付け狙う御広敷伊賀者は、伊賀から放擲され剣の道に進んだ男・柳左伝を聡四郎主従への刺客とした上、伊賀の里から来た女忍たちを大奥にまで送り込みます。

 かくて、たちまち暗闘の場となった大奥で、聡四郎は竹姫付きの御広敷用人に任命されるのですが…


 上田作品の醍醐味といえば、幕府の権力の頂点を巡り、様々な勢力がそれぞれの思惑を持って暗闘を繰り広げる絡み合う姿ですが、本作をもって、いよいよ本シリーズでもその図式が明確になってきた印象があります。

 面白いのはその舞台が大奥であり、そしてその争いの引き金となったのが、吉宗の竹姫への純粋な想い(吉宗35歳、竹姫13歳ですがそれはさておき)という点でしょう。
 大奥において将軍が誰を寵愛するかが、そのまま大奥内の権力闘争に繋がっていくというのは、これはもう定番ですが、それが「外の世界」――それも、幕府と朝廷の関係に繋がっていくというのが非常に面白い。
(さらに終盤、その関係が大奥にまつわるあの巷説に結びつけられて語られるのは、ちょっと感心しました)

 純粋な想いといいつつ、自分の行動が大奥に波瀾を起こすことも承知の上で動いている吉宗にとっても、果たして外の世界への影響までを想定していたことでしょうか。
 もっとも、その辺りのあれこれは、全て聡四郎がひっかぶることになりそうですが…


 と、残念なのはその聡四郎の存在感が、本作では薄いことであります。
 元々、聡四郎自身が基本的に足を踏み入れることができない世界が舞台ではありますが、話が大きくなればなるほど、聡四郎が直接にタッチできる部分が少なくなるのは、やはり本シリーズの弱点でありましょう。
(特に、上で述べた大奥の秘密が、彼と全く関係ないところで、全く関係ない人物の口から語られることもあり…)

 そんな彼が活躍できる場である剣戟シーンにおいても、基本的に受け身のスタンスであることもあって、彼よりも敵方の伊賀者の方に描写が割かれており、その印象はなおさら強まります。


 彼の愛妻である紅が竹姫の話し相手となるという設定は、これからの展開に面白い変化をつけてくれることを期待できそうですが…

 先に述べたとおり、本シリーズの、上田作品の醍醐味である権力を巡る暗闘。しかしそのスケールが大きくなればなるほど、主人公の存在感が薄れるというのは、ある意味構造的に無理もないとはいえ、やはり大きな弱点ではありますまいか。
 その点が大きくひっかかります。


「小袖の陰 御広敷用人大奥記録」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
小袖の陰: 御広敷用人 大奥記録(三) (光文社時代小説文庫)


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2013.01.21

「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い

 TVドラマも始まり、勢いに乗っている「信長のシェフ」の最新巻、第6巻が発売されました。本願寺をはじめとする信長包囲網のまっただ中、ケンに一つの別れと一つの出会いが訪れることとなります。

 浅井・朝倉連合軍の迎撃中に参戦してきた本願寺勢により、一転窮地に陥った織田軍。その時、千利休とともに森可成が守る宇佐山城にいたケンは、否応なしにこの戦いに巻き込まれていきます。

 ケンがタイムスリップして信長と出会った当初から、秀吉と並び、ケンと親しく接してきた可成。可成は、ケンがこれまで戦国時代で生き延びてくる中で幾度となく助けられた恩人であり、そして孤独であったケンの数少ない友人であります。
 その可成が、勝ち目のない戦に出撃している姿を、ただ座して見ていることなどできないと立ち上がるケンですが――

 ケンは知識を持っていませんでしたが、我々はこの戦いで可成がどのような運命を迎えるかをよく知っています。
 これまで戦国時代において、その料理の力で不可能を可能としてきたケンですが、しかしさすがの彼でも、その運命を覆すことはできようとは思えません。しかしそれではケンがこの場にいる意味が…

 と、(いささか意地悪に)思っていたのですが、完全にやられました。
 信長がかつて可成に与えた異国の豆。その豆を料理しようとするケンの姿を通じて描かれるのは、運命に対するケンの無力さと、しかしそのケンの努力が可成の心を大きく動かす様――

 どれほど優れたものであろうとも、それが人の業である以上、限界はある。それでもなお、人の力が、他者の心を動かし、大きな救いを与えることがあるのだと、生死ギリギリの世界ならではの形で、本作は描き出しているのです。
(そしてその料理を食べた時の信長の反応がまた…)


 さて、前半でそんな重い展開が描かれる一方で、後半で描かれるのは、こちらも本作らしいとんでもない料理勝負であります。

 膠着状態に陥った戦いを打開するため、信長が将軍家、そして朝廷に働きかけて連合軍側と和睦を結ぶこととなった信長。
 これは史実ですが、しかしその条件を定めるため、信長側と本願寺側の代表選手により、帝の御前での料理勝負が行われていた! というのは完全に本作ならではの展開でしょう。
 しかし、一歩間違えれば非常にネタっぽい展開も、本願寺側の代表選手が、前の巻で登場した女性、ケンと同じく現代人と思われるあの女性「ようこ」であったことで、一気にシリアスな展開に。
 半ば予想通り、ケンのことをよく知っているそぶりを見せる――というよりただならぬ間柄であったようなようこさんですが、しかしケンの方は記憶喪失で彼女のことを覚えていないというすれ違いっぷりも心憎い。
(彼女が女性であることで、この時代において生き延びるために誰かの庇護を受けなければならないというのが、また切ない)

 最大のライバルにして最大の理解者になるはずの彼女との出会いが、ケンに何をもたらすのか…まだまだ目が離せない作品であります。


「信長のシェフ」第6巻(梶川卓郎&西村ミツル 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 6 (芳文社コミックス)


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2013.01.20

「天下一!!」第5巻 リア充パワーは歴史を変えるか!?

 戦国時代にタイムスリップした女子高生・武井虎が、現代に戻るために悪戦苦闘を繰り広げる「天下一!!」もいよいよ佳境。運命の天正10年を舞台に、歴史を変えるための虎の奮闘は続くのですが…

 時の抜け穴に落ち込んで、戦国時代にタイムスリップしてしまった虎。何とか織田信長の小姓となって、それなりに楽しい(?)戦国ライフを送っていた彼女は、ついに同僚であり、憧れの人である森乱こと森蘭丸と結ばれるのですが…

 しかし、時間を司ると思しき謎のウサギ男から虎に与えられた元の時代に変える条件は、歴史を変え、信長を本能寺で生き延びさせるということ。
 かくて、蘭丸にも打ち明けられぬ秘密を胸に、虎は孤独な戦いを繰り広げることと相成ります。

 さて、本能寺の変を防ぐには、下手人たる明智光秀が信長を襲わなければよい=二人が仲違いしなければよい。
 巷説には、家康の接待役を任せられながらも、悪臭のする魚を饗したことが信長の逆鱗に触れたという説がありますが、それならば…と、この巻では、光秀の補佐役となった虎が、何とか接待を成功させようと奮闘する姿が描かれます。

 これまで同様、いかにも現代っ子らしい物怖じのなさと突拍子もないひらめきで事態を切り開いていく虎の姿を描く本作ですが、それと並行して描かれる、本作ならではの信長解釈もまた、相変わらず魅力的です。

 この巻では、フロイスが記した、安土城内に信長が自分の代わりに大石を御神体として安置し、人に崇めさせたというエピソードが登場いたします。
 信長を扱った作品では必ずといってよいほど描かれる、有名な逸話ですが、諸説ある信長の行動の動機について、本作ならではの、しかし十分に魅力的かつ説得力ある理由を提示しているのが――信長に対する好意的な解釈に過ぎるかもしれませんが――実に楽しい。
 そしてフロイスの懸念に対する虎発案の解決策も、思わず脱力、しかし納得の内容、そして信長と小姓たちとの絆を感じさせて、本作らしい楽しさに満ちているのは言うまでもありません。
(そして信長と小姓たちとの絆と言えば、この巻のラストに描かれるエピソードがまた実に良いのであります)


 そんなこんなで、何とか光秀につつがなく接待役をこなさせた虎ですが、しかし残念ながらこの辺りは歴史の枝葉。記録次第でいかようにもなりそうな部分ではあります。そもそも、本能時の変の原因自体、現代においても諸説紛々なのですから…

 そしてそれと並行して虎の身に起きる大事件。なるほど、前の巻でああなったらこうなる可能性はあるわけですし、ある意味少女漫画では定番(というのは言い過ぎかしら)の事件ではありますが、しかしここでこんなことになるか!? と大いにやきもきさせられる展開であります。

 しかし、これでいよいよ虎と蘭丸の仲が深まったことは事実。果たしてリア充パワーで本能寺の変を回避することはできるのか? しかし、変えて現代に帰れることになっても、蘭丸との別れになるわけで、果たして虎はどのような道を選ぶのか?
 おそらくは次でラストになるのではないかと思いますが、本作らしい明るい笑顔の結末は…難しいですかね、やはり。


「天下一!!」第5巻(碧也ぴんく 新書館WINGS COMICS) Amazon
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2013.01.19

「元禄の雪 白狐魔記」 武士の戦いと、消費される物語と

 戦乱が遠い昔となった元禄の世。江戸に出た白狐魔丸は、江戸城から強い邪気が発せられているのを知る。邪気の源を探るうちに松の廊下の刃傷に出くわした白狐魔丸は、いつしか浅野家、吉良家それぞれの人々と関わりを持っていく。ついに行われた赤穂浪士の討ち入りで、白狐魔丸が見たものは…

 神通力を持った狐・白狐魔丸が、長い時の流れの中で人間の生き様、武士の戦いの有様を目撃する「白狐魔記」シリーズ、久々の新作であります。
 これまで、源平合戦・元寇・南北朝の争い・本能寺の変(戦国時代)・島原の乱という題材で描かれてきた本シリーズですが、本作の舞台となるのは、そうした戦乱とは無縁となったはずの元禄時代――そう、赤穂浪士の討ち入りであります。

 相変わらず人間とつかず離れずの暮らしを送る白狐魔丸。師である白駒山の仙人から勧められ、これまであまり好きではなかった江戸に足を踏み入れた彼は、そこで歌舞伎の女形に化けて暮らしている雅姫――自分と同じ、いや遙かに上回る神通力を持つ雌狐――と、島原の乱以来久しぶりに出会います。

 姫に勧められるまま江戸に滞在することとなった彼が巻き込まれたのは、浅野家と吉良家の間の騒動。
 江戸城を中心に渦巻く謎の邪気の源を探りに行った際、目の前で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りつけるのを目撃した白狐魔丸は、神通力でもって内匠頭の動きを止め、さらに、即日切腹することとなった内匠頭が、辞世の句を遺せるように計らいます。

 しかし(もちろんそれだけが理由ではないにせよ)結果的に彼の行動が影響して浅野家の遺臣たちは、主君の無念を晴らすための行動に出ることに。唯一、事件の一部始終を目撃していた白狐魔丸は、騒動の全てを見届けるために、江戸に留まるのですが…


 冒頭で述べたとおり、今回描かれるのは、泰平の世の鬼子のように現れた武士と武士の戦い。既に実際の合戦を知る者もほとんどない(冒頭で前作の登場人物のその後の姿を描くことで、世代の隔絶を示すのがうまい)時代での戦いは、必然的に、これまでの物語で描かれたそれと、異なる形となります。

 本作でその象徴となるのは、吉良方の清水一学と、浅野方の大高源吾でありましょうか。百姓の出身でありながら武士以上に武士たらんと努め、それゆえに散っていった一学。名門の武士ながら、俳諧で才能を発揮した(そしてそれを仇討ちに役立てた)源吾。
 どちらもこれまでの時代には存在し得なかったタイプの武士であり、そこに白狐魔丸が二人と接点を持って描かれるゆえんがあるのでしょう。

 が、それ以上に本作の視点で感心させられるのは、本作の重要な要素として、歌舞伎などの芝居を設定していることでありましょう。
 もちろん、本作で描かれた出来事が、後に「忠臣蔵」という芝居として人口に膾炙し、後世に残ることとなったのを見ればわかるように、赤穂浪士の討ち入りと芝居は、縁浅からぬものがあります。
 しかし本作においてはそれはむしろ、事実に対する虚構の象徴、事実を消費して成立する物語の世界として描かれることとなります。

 この事件のほとんど全てを知る白狐魔丸にとって、人間たちが巷説として面白おかしく物語ることは全て虚構であり、「忠臣蔵」はその集大成たる存在と言えます。
 その中では、命を賭けて戦った人々の想い、彼らの、彼らの周囲の人々の営みも、壮大なフィクションとしてただ消費されていくばかりなのであります。

 その一方で、一部始終を目撃する白狐魔丸もまた、しかし人間たちの営みを消費しているとも言えるのです――そして、その白狐魔丸の物語をこうして読む我々もまた。


 武士が変質する中での、最も武士らしい営みである戦いの有様と、それをフィクションとして消費する我々人間の姿。本作はそれを――これまでのシリーズ同様――いささかシニカルに、しかしどこまでも公平に、淡々と語ります。
 何が正しくて、何が間違っているのか――それは私たちがこれから考え、答えを出すべきものなのでしょう。


 ちなみに本作の事件の淵源となる江戸城を覆う邪気ですが、それの正体を幕藩体制の歪みから生じる武士たちの負の情念に求めるというのは、ファンタジックでありつつも、それなりに当時の幕府と大名の関係を踏まえたものであり、この辺りのさじ加減はさすが、としか言いようがありません。

「元禄の雪 白狐魔記」(斉藤洋 偕成社) Amazon
元禄の雪 (白狐魔記)


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2013.01.18

「浣花洗剣録」第15集/第16集 大会前夜、風雲少林寺!

 気がつけば全体の1/3を超えていた「浣花洗剣録」、今回は呼延大臧と木郎神君の邪派サイドはほとんど完全にお休みで、方宝玉を中心に武林大会前夜の正派サイドの動きが描かれることとなります。

 攫われた奔月救出のため、これまで習得した者はいないという戒日密功習得のため、霍飛騰の墓近くの洞窟に籠もった宝玉。しかしうまくいかずに気が暴走、のたうち回った末に偶然洞窟の奥の空洞に転がり込みます。
 実はこここそは霍飛騰の墓室、そこで彼が見つけたのは朽ち果てた白骨と――白水聖母たちが探していた神木令牌!
 この白骨が石棺に刻んだらしい文章を読んでみれば、彼の名は欧陽元鷹、青木堡の後継争いで陥れられ、この洞窟に閉じ込められて亡くなったとのこと。それはさておき令牌を読んでみれば、そこに記されていた吐姆功は、何と戒日密功とワンセットで習得すべきもの。これぞ武侠小説名物、洞窟で修行中に苦しんでいたら別の奥義見つけてパワーアップ!

 そんな宝玉の状況を知らずに、宝玉に無理な修行を勧めた金祖揚は、後悔から嘆くわ酔っぱらうわ絡むわ…ついに(何故か)霍飛騰の墓を壊そうとしたところに聖母が出現、交戦中に地面をブチ抜いて派手に登場したのはパワーアップを遂げた宝玉! 金祖揚が巻き添えで負傷したものの、宝玉は聖母を撃退し、候風ともようやく合流するのでした。

 しかしその晩、候風の前に現れる聖母。宝玉が武林大会で霍飛騰の名誉を回復したいと語ったためか、前非を悔い宝玉の成長を願う候風の姿に感じ入ったか、聖母は宝玉の父が霍飛騰ではないことを告げる必要はないと言い残し、去っていくのでした。
(しかし、今回も聖母の顔を目の前にしているのにまたもや艶燭と気付かない候風…)
 にしても霍飛騰、他人に父と思われるわ、棺に他人が遺言状刻んでるわ、酔っぱらいに墓石を破壊されかかるわ、いつの間にか宝剣泥棒の汚名を着せられているわ(たぶん犯人はハゲ親爺)と、一番の被害者ですね…

 一方、攫われた奔月の方は晴天大師に発見され、なんと縄で繋がれて旅の最中。ちょっとお坊様、さすがにそれはハードコア過ぎるのでは(もっとも、奔月のへらず口も負けてはいませんが)…と思っていたら、力の加減ができないだけでどうやら根は善人の模様です。周師兄を殺めたことも真摯に反省して菩提を弔い、自らも罰を受けるという晴天に、奔月も次第に心を許していきます。
 まあ、周師兄はオガワゴム仮面を被った不審者だったし、奔月を縄で繋いだのも、坊さんだから女性に手を触れられないと晴天なりに考えたんでしょう。たぶん。

 と、暗躍を続けるハゲ親父・白三空は、配下の連中が指示待ち人間でダメ過ぎるのに業を煮やしたこともあり、晴空大師を暗殺し、それを武当派と少林派の対立の火種にせんと、自ら動き出します。しかし晴空は彼にとっても昔なじみの親友。琴を弾きながら昔のことを思い出すなど、陰謀の男にしては珍しく、心が揺れている模様であります。

 祖父がそんなことを企んでいるとも知らず、晴天に追いついた宝玉は何だかんだでバトル開始。しかしパワーアップ後の宝玉は既に晴天と互角のレベルになっております。
 そしてちょうどその頃、白三空は晴空を琴の音で誘き出し、一対一で対峙、己の目的を語り始めます。
 江湖の英雄となったとしても、いつかは自分が誰かに倒されることを恐れて生きなければならない。自分は安逸を求めて朝廷に帰順し、江湖を滅ぼそうとしているのだと――

 言っていることは自分勝手もはなはだしいことですし、宮仕えは宮仕えで絶対大変だと思うのですが、しかし、単純な武林制覇などというよりも遙かに納得のいく理由ではあります。古龍作品は無茶苦茶やっているようでして、こうした人間の卑近な、しかしそれだけにリアルな感情を描く傾向がありますが、白三空の行動もその現れなのでしょう。

 しかしもちろん、その野望を放っておくわけにはいかないと始まる晴空と白三空の戦い。晴空の禅定功夫と白三空の七サツ琴音、どちらもレベルが高すぎてどこが凄いのかわかりにくい対決は、意外とあっけなく白三空の勝利に終わり、白三空は念入りに宝剣「赤霄」で晴空の遺体に傷を付け、武当派の仕業に見せかけるのでした。

 と、異変を察知して駆けつけた晴天は当然大激怒。たった今まで自分と戦っていた、一番アリバイ証明しやすそうな宝玉を下手人と疑うなどトンチキなことを言った挙げ句、思い切り白三空の策に乗って武当派を疑ってしまうのでありました。

 そして武林大会が開催される白雲観に到着した候風は、頑石道士と王巓に、赤鬆道士の死の真相を話せと詰め寄られるのですが…下手人がそこにいるのに気付かない道士に何を言えというのか、というところで次回に続きます。


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2013.01.17

「忍剣花百姫伝 5 紅の宿命」 時を超える想い、時を超えた物語

 時を超え、八剣城を滅びの運命から救った花百姫。しかし花百姫は、八忍剣たちとともに、みたび時空を超えてしまう。そこは、魔道に堕ちた多蛇羅城主が魔王復活をもくろむ50年後の世界だった。そこでついに明かされる美女丸の出生の秘密と霧矢の過去。そして花百姫に恐るべき運命が襲う…

 隔月の文庫化も快調に進み、ついに後半戦突入の「忍剣花百姫伝」。起承転結でいえば転に当たるであろうこの巻においては、これまで秘められていた謎が、次々と明らかになっていくこととなります。

 空天の法により花百姫が10年前に飛んだことで辛うじて滅亡が阻止された八剣城。しかしその代償は軽いものではなく、花百姫の父は命を落とし、母は行方不明、そして八忍剣の一人・天魚は昏睡状態となり、彼を慕う美女丸は魔道に落ちる結果にとなります。

 しかしそれでも、戦いは続きます。行方の知れぬ八忍剣最後の一人を探し出し、美女丸を取り戻すために奔走する花百姫と八忍剣ですが――ここで再び、いや、みたび発動する空天の法。それに巻き込まれた花百姫と霧矢、天兵、夢候、そして美女丸が運ばれた先は、なんと50年後の世界! 

 そこで五鬼四天でありながら魔道に堕ちた多蛇羅城主率いるたたら一族と出会った花百姫。そして花百姫、霧矢、美女丸は、ここでそれぞれの過去と密接な関係を持つ人々と出会うことになるのですが…


 と、未来を舞台にしながらも、キャラクターたちの過去が描かれるという、非常にユニークな構造となっている本作。
 すでに空天の法による時空跳躍はお馴染みになった感がありますが、それでも未来に飛ぶというのは…と驚いていたところに、さらに驚かされる展開であります。

 前巻で描かれた天魚の死(と彼が信じた場面)と並び、幼い頃に母に殺されかけたことが強いトラウマとなり、愛や友情といった人間の情に背を向けることとなった美女丸。
 しかしここでは、彼が悲惨な過去と信じるものに、実は意外な真実(の一端)があったことが示されることとなります。

 これまで物語冒頭から一貫して花百姫たちの強敵として登場してきた美女丸ですが、果たしてここで見たものが、彼をどのように帰るのか…「現代」において不思議な共存関係となった小太郎、流山との関係の変化も気になるところであります。

 しかしそれ以上に驚かされたのが、霧矢の過去とその清算ともいうべきもの。未来に飛んだ霧矢が出会った人物こそが、その鍵を握るのですが――
 その人物の詳細は伏せますが、なるほど、この人物のこの姿を描くためには、確かに50年後の未来に飛ぶことが必要であった! と大いに納得させられた、とだけ申し上げましょう。

 、本作はこれまで、時空を超えるという一歩間違えれば物語の根幹を揺るがしかねない手段を用いることにより、主人公の年齢(=精神年齢)はそのままで、縦方向の――すなわち時間の流れによって生まれる人間関係の変化を描いてきました。
 この巻で描かれたのもその一つですが、これまで同様、いやこれまで以上にその趣向が効果的に機能していたと感じた次第です。

 そしてもう一つ、霧矢が出会った人物の心境とその変化は、正直に言って児童書らしからぬリアリティに溢れていると申しましょうか、少なくとも男にはこの描写はすぐには浮かばないのではないかと感じます。
 出番はさほど多くありませんが、個人的にはこの巻は、この人物に持って行かれた印象すらあります。


 しかしこの巻においては、最後にもう一つの驚きを用意しています。
 花百姫の前で魔王が示した力――ある時は強大な力でこの世の全てを焼き尽くし、またある時は徐々に大地とその上に生きる者を蝕む力。奇怪な妖光を放つその力が、何を喩えたものかは、言うまでもないでしょう。

 本作の初版が刊行されたのは2008年――今の日本の状態を、誰もが夢にも思わなかった時期であります。それが今再版されるというのはもちろん偶然ですが、しかし巡り合わせというものを考えざるを得ません。

 しかし、花百姫はその呪いの力にも負けずに、未来を信じて戦い続けます。彼女の、人々の想いがその力に打ち勝つことを見たいという気持ちは、今このときこそ、我々の中に強くあるものでしょう。

 時空を超える物語がまさに時空を超えた――というのは言い過ぎかもしれませんが、それが今の偽らざる気持ちであります。


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2013.01.16

「信長のシェフ」第1話 色々な意味で楽しめそうなドラマ版

 戦国時代にタイムスリップしてしまった現代のシェフが、織田信長の料理番として活躍する「信長のシェフ」が、この1月からテレビ朝日の金曜ナイトドラマ枠でドラマ化されました。主人公のケンをKis-My-Ft2の玉森裕太が、そして織田信長を及川光博が演じるというキャスティングであります。

 原作についてはこれまでもこのブログで取り上げてきたこともあり、楽しみにしていましたが、第1話を見たところでは、原作を思っていた以上に忠実に再現していた印象であります。

 気がつけば、料理(と歴史)の知識以外は全ての記憶を失って戦場に倒れていた青年・ケン。わけのわからぬまま刀鍛冶の(男装の)少女・夏に拾われた彼は、秀吉、そして信長と出会い、そのまま岐阜城に連行されることになります。
 そこで信長の料理頭を賭けた命がけの料理勝負に勝利したケンは、しかしそこで信長の命に逆らったことから再び捕らわれ、今度はルイス・フロイスを喜ばせるための料理を作ることに…

 と、原作で言えば第4話までのエピソードを一本にまとめたこのドラマ版の第1話。思ったよりも詰め込んできたなあという印象はありますが、ケンがタイトル通りの「信長のシェフ」になるまでを、うまくまとめてきたと思います。


 内容的には、原作ではケンの評判を聞きつけてやってきた秀吉に連れて行かれる形で信長と対面したケンが、ドラマの方ではタイムスリップ直後に戦場で信長と対面するという形になっていたり、原作ではまだ少し先に登場するある人物が今回顔を見せるなどが主な変更点でしょうか。
 ちなみに原作では第1話以降ちょっとケンと離れていた夏が、ドラマ版では一緒に城までやってきて助手役を努めるのはちょっとやりすぎ感もありますが、彼女の言葉でフロイスへの料理を思いつくというシチュエーションは悪くありません。

 しかし内容以上に大きな変更点は、ケンの性格づけでしょう。
 原作の方では、(信長に刃をつきつけられてそれなりに焦ったりはしたものの)基本的に冷静沈着な大人の人物として描かれているケン。それがドラマ版の方では、状況の変化に慌てたり、感情を顕にすることの多い、色々な意味で「若い」人物として描かれます。

 この点は、やはりキャスティングによるものではあるかと思いますが、タイムスリップものとしては、ナマっぽい反応を示すこちらの方がより似合っているかな…という印象があり、これはこれで面白いとは思います。


 もっとも、やはり気になるところはありまして、原作の台詞をそのまま使うのはいいのですが、やはり漫画とドラマでは、同じ内容を描いてもテンポや流れというものが大きく異なります。
 そのため、原作の台詞が逆にどうにも浮いて聞こえてしまうのは、これは大いに残念な点であります。

 その他、何故か戦場で雑兵相手に無双しまくっている信長とか、いちいち捻りを加えた宙返りで登場する忍者の楓さんも、ツッコミどころと言えばツッコミどころかもしれませんが、これは面白いのでまあよし、と。


 と、色々な意味で楽しめそうな本作ですが、全く知らないで見ていたので大いに驚かされたのが、特別出演の稲垣吾郎。
 捕らわれたケンの話す内容に妙に興味を持つ謎の男、という役回りですが、何とその正体は…(まあ、カンの良い人であればすぐに想像はできると思うのですが)

 特別出演ゆえ、どこまで物語に絡むかはわかりませんが、これはなかなか面白い存在になってくれそうであります。この点もまた、楽しみの一つであることは間違いありません。


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2013.01.15

「幕末義人伝 浪漫」第1話 「ババンと小判が、大盤振舞!」

 混沌とした幕末の亰。そこに、権力によって人々から不当に奪われた大事なものを、盗み出し、取り還す「還し屋」と呼ばれる者たちがいた。亰で助け屋として暮らす漫次郎、実は二代目鼠小僧・浪漫は、還し屋として、町を騒がす辻斬りにより人々から奪われた笑顔を取り戻すため、立ち上がった!

 初回の放送から一週間遅れてしまいましたが、この一月から、《奇想天外!空想時代活劇》と銘打たれたアニメーション「幕末義人伝 浪漫」が始まりました。
 モンキー・パンチがキャラクターデザインが謳い文句の本作ですが、氏がキャラデザで時代劇アニメといえば、いやでも思い出されるのはあの作品。そんなこともあって正直なところどうしたものかと思っていましたが、何やらスゴいらしいと聞いて観てみれば…いや、本当にスゴいものを観てしまいました。

 タイトルの「浪漫」とは、主人公の名前であります。
 普段は、気っぷはいいが博打好きで冴えない町の助け屋――要するに何でも屋の漫次郎。しかし、彼の正体は、一度大事なものを権力の暴虐により奪われた人々の依頼があれば、それを奪還する還し屋集団のリーダー!

 というわけで、アバンタイトルで、多数の追っ手をものともせず、さるお屋敷に忍び込んで大金を奪い取り、それをロケット(!)に詰め込んで打ち上げ、上空で爆破して町に小判の雨を降らせるという豪快な活躍を見せる浪漫。
 江戸時代にロケットを打ち上げるのがどれだけ大変なことか…とおかしなところを突っ込みたくなってしまいましたが、それどころではありません。

 さて、浪漫が忍び込んだ屋敷の主人は、武家かと思えばやけに公家のような格好をしていると思ったら、この人物は勘定吟味役・柳沢吉保とのこと。
 まあ人名はいいとして(原作が元禄ものだからでしょうか)、勘定吟味役が京に大きな屋敷を持っているかなあ…と思ったら、その後も、町中に外国人医師が普通に診療所を開いていたりと、色々とツッコミどころには事欠かない状況であります。

 なるほど、これは「そういう世界」の話、舞台を「亰」と表記しているのも、我々の知る「京」とは別の世界ですよ、という宣言なのだな――と気付けば、まあそれはそれで、という気分になりました。

 閑話休題、お話の方は、金を奪われて怒りに燃える吉保の、亰の人々から金を搾り取るための新たな手段に立ち向かう展開となっていきます。
 二人組の辻斬り兄弟を放って人々を傷つけさせ(生かさず殺さずで恐怖を植え付けるというのはなかなか厭らしい)、治安維持費用の名目で人々から金を徴収、金を払った町は辻斬りの対象から外す…
 ある意味良くできた自作自演の陰謀ではありますが、その犠牲となった者はたまらない。辻斬りによって父が深傷を負った少年の願いに応え、還し屋チームが立ち上がることとなります。

 チームの顔ぶれは、浪漫とその妹の小春、件の外国人医師ハンス・フォン・ルーベルト、「英霊気庵」なる研究所で怪しげな発明を繰り返す(自称)平賀源内、そしてチームの根城とも言える万八幡神社の巫女で変装と情報収集担当の奏の五人。

 それぞれが得意の手段で辻斬りの正体を探り、これが吉保の陰謀とわかったところで浪漫の出陣となるのですが――ここからが凄い。
 アバンで描かれたような鼠小僧スタイルで乗り込んでいくのかと思いきや、真っ正面から吉保の御殿に乗り込んでいく浪漫。腕利きの辻斬り兄弟に対して勝ち目は? と思いきや…

 突然、派手なエフェクトに包まれた中、シルエットの状態から辻斬り兄弟をそれぞれ一撃で叩きのめした浪漫。そして現れたその姿は…タツノコヒーローか!? と言いたくなるような変身ヒーロースタイル!
 もちろん格好だけではなく、凄まじいパワーで一撃で吉保の御殿を粉砕、吉保も捕らわれてこれにて一件落着…?


 いやはや、最後の最後で想像を絶するものが飛び出してきた本作。上で少し触れた原作は、「元禄義人伝 浪漫」というパチンコですが、こちらでも浪漫は変身していたのかは、恥ずかしながら存じ上げません。

 アニメの第1話としては、ラスト以外は可もなく不可もなく…という印象ですが、この先どういう方向に向かうのか、見守っていきたいと思います。

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2013.01.14

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第7巻 決戦三対三、切り離された相棒!?

 天正遣欧少年使節に加わったもう一人の少年・播磨晴信と、彼に仕える最強の忍び・桃十郎の大冒険活劇譚「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第7巻は、アユタヤ篇も絶好調。ついにアユタヤとホンサワディーの全面対決となるのですが…そこで晴信が思わぬ動きを!?

 同郷の少女・多栄を救うためにホンサワディーに潜入し、そこでマンサムキアットの暴虐を目撃した晴信。珍しく怒りを爆発させた彼は、多栄のみならず、奴隷とされていた数多くの女性たちを全て奪還してのけるのですが…
 それをきっかけに、アユタヤに宣戦布告するホンサワディー。しかし対決を決意したのは、アユタヤも、周囲の諸国も同じ。晴信の暴走が、状況に思わぬ形で――ポジティブに――影響して、ついにホンサワディーの圧制を覆さんと皆が動き出したのであります。

 しかし、たとえマンサムキアットを許せぬと考えていても、人を死なせないことを旨とする晴信にとって、戦は望ましいわけがない。
 そこで晴信と桃十郎が仕掛けた大博打とは――アユタヤとホンサワディーの合戦場のど真ん中に闘場を造りだし、そこで両国の代表者が、合戦の勝敗を賭けて戦う頂上決戦!

 かくて始まる、ナレスワン王子・晴信・桃十郎チーム 対 マンサムキアットと彼に仕える喜悦・憤怒の両怪人の三対三の大バトル。
 確かに文章にしてみると無茶苦茶な展開ではあります。しかし荒唐無稽を「現実」にしてみせるのが少年漫画、そしてそれで読む者の心を動かしてみせるのが熱血漫画であるとすれば、本作はまさに熱血少年漫画。
 ナレスワンとマンサムキアットを挑発した際の、「てめぇらはしょせん“兵”という“民”に頼る小物だッ!!!!!!」という晴信の啖呵は、まさにこの熱血少年漫画の心を見せてくれる名台詞でありましょう。


 しかしこの巻はここからが真骨頂であります。
 三対三のバトルに持ち込んだとしても、「黒い阿修羅」の異名を持つマンサムキアット・喜悦・憤怒の三位一体攻撃はあまりにも強い。一緒に戦っていては勝てない、それならば――敵を一人一人切り離し、三つの一対一の戦いとするのみ。しかしそれは、これまでの旅で支え合い、補いあってきた晴信と桃十郎、二人が離ればなれとなって戦うということ…!

 これまでの冒険を重ねる中で、晴信と桃十郎は強い絆を育ててきました。その関係は、主従というよりもはや相棒と言うべきであり――それが最もよく表れているのは二人が見交わす熱い視線。この巻でも幾度となく描かれるそれは――作者の見事な画力も相まって――二人の意志・意図が、もはや言葉などなくとも通じることを描き出します。

 しかし今回の戦いでは、晴信が喜悦と、桃十郎が憤怒と、それぞれ奇怪な能力を持つ相手と戦う…のはまだしも、完全に闘場は切り離される形となります。視線を交わすことすらできない――すなわち、間接的にすら、互いを支え、助けることができない形となるのであります。

 もちろん、晴信も桃十郎も(晴信は少々意外ですが)、互いの助けがなければ戦えないほど弱くはありません。
 しかし、1+1が2ではなく、3にも4にも、いや10にもなるのが相棒というもの。その相棒なくして、二人はいかにこの難敵に立ち向かうのか!?

 …いやはや、その答えは、こちらの予想と期待を遙かに上回る素晴らしいもの。決して相棒に依存するのではなく、しかし相棒のエエールを受けて戦うその姿には、ただただ、胸を熱くするほかありません。


 いよいよアユタヤ篇も終盤、残るはナレスワンとマンサムキアットの決戦のみですが、そこで、そしてその先何が描かれるのか――わかるのは、これからも予想と期待を上回るものが描かれるであろうということのみであります。


「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第7巻(金田達也 講談社ライバルKC) Amazon
サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録(7) (ライバルKC)


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 「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第6巻 偸盗の技、人間の怒り

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2013.01.13

「BRAVE10S」第3巻 十番勝負終結! そして決戦前夜

 真田幸村の下に集った十人の勇士の活躍を描く「BRAVE10S」、物語の冒頭から展開されてきた上田城十番勝負もついに終盤戦。そして十番勝負の後に控えるのは、新たな、そして真の戦いであります。

 当初は上田城に乗り込んできた幸村の兄・信幸との間で始まった十番勝負。
海野六郎 対 海野七隈
伊佐那海 対 出雲阿国
の第四番まで終了したところで、しかし勝負はとんでもない急展開を迎えることとなります。

 何と信幸側の残りの代表選手を倒して殴り込んできたのは奥州の独眼竜・伊達政宗。そのまま強引に続行された十番勝負は、
弁丸   対 弐虎
猿飛佐助 対 風魔小太郎
の第六番まで決着がつきましたが、ここでまたもや急展開。出番の無さに業を煮やした鎌之介の一撃が伊達側の選手を襲い――という場面から、この第3巻は始まります。

 この奇襲で素顔を露わにした伊達側の代表選手四人。これを機会に試合形式は変更、幸村と政宗、それぞれの指揮の下、残る選手四人ずつが一気に対決することとなります。かくて――

筧十蔵・根津甚八・由利鎌之介・霧隠才蔵 対 鬼庭綱元・伊達成実・那須与一・御子上典膳

という顔ぶれで始まる最終戦。伊達側は、鬼庭綱元と伊達成実、史実でも政宗の股肱の臣として活躍した二人に加え、かの那須与一の名を継ぐ弓の名手に、何と徳川家の剣術指南役たる御子上典膳(!)と、十勇士側にも負けぬ豪華メンバーであります。

 特に典膳は、全く気配なく相手の得物を一瞬のうちに奪い取り、己が武器として自在に操るという夢想剣の使い手。ド派手な技でぶっ飛ばすキャラの多い本作では珍しい部類ですが、しかしそれが逆に良いのです。
 もっとも、何故その彼が政宗の下にいるのか(信幸とは縁がないわけではないのでまだわかるのですが)、そしてこの頃は既に小野だったのでは…というのは野暮かもしれませんが。

 それはともかく、四対四というある意味面と面の戦いを、主君たちの指揮によって一対一の点と点の戦いに落とし込んでいくという展開はなかなか面白く、こういう見せ方もあるかと感心した次第です。

 しかしそれだけに、この戦いのオチの付け方が残念で、一対一のバトル開戦→乱入で対戦相手変更→複数対複数で一気に決着→新展開突入でうやむやのうちに終了というのは、ある意味少年漫画のバトルものでよくあるパターンではありますが、ここでそこまで再現しなくとも…というのは意地悪でしょうか。


 しかしいよいよ関ヶ原前夜とくれば、確かにこれは十番勝負どころではないかもしれません。
 などと思っていたところに突然(?)登場…というより誕生する真田大助にはさすがに驚かされましたが、さらにラストには久々にあの男が登場。まさに風雲急を告げるとはこのことでありましょう。

 ある意味これからが真田幸村のデビュー戦、そして十勇士の戦いの始まりでありますが、さて…

「BRAVE10S」(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S 3 (ジーンコミックス)


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2013.01.12

「妻は、くノ一」(漫画版) ちょっと意外なアレンジの漫画版連載開始

 隔月刊のペースで順調に号を重ねてはやVol.4の「サムライエース」誌。これまでなかなかこのブログで取り上げる機会のなかった同誌ですが、今号から風野真知雄の「妻は、くノ一」が漫画化と聞いては黙ってはいられません。さっそくチェックした次第です。

 天文マニアで周囲からは変わり者扱いされていた平戸藩士・雙星彦馬と、彼のもとに嫁入りして深く愛し合いながらも一ヶ月で姿を消した美しい妻・織江。
 隠居して江戸に出て織江を探し始めた彦馬は、やがて彼女が実は平戸藩を探索しにきたくノ一であったことを知るのですが…

 角川文庫から全10巻で刊行された原作については、これまでこのブログでも取り上げてきましたが、推理あり恋あり活劇ありと、実に作者らしい作品。
 ご存じの方も多いかとは思いますが、4月からBSプレミアムで市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化が予定されているところ、今回の漫画化もそれを踏まえてのものでしょう。

 その漫画版は、今回一挙2話70ページ収録という形なのですが、少々驚かされたのは、漫画版が、彦馬が既に江戸に来ている状況からスタートする点であります。
 原作で言えば、第1巻「妻は、くノ一」の第4話「妻恋坂」と第5話「月は知っている」を漫画化した形となるのですが、冒頭の彦馬と織江の出会いと別れをカットしたのは、なかなか大胆なアレンジかと思います。

 しかし原作の大半を占める江戸での物語を最初から描くことで、本作の基本スタイル――すなわち、彦馬を中心とした推理ものパートと、織江を中心とした活劇ものパートの組み合わせ――を提示する形となっているのは、なかなかうまいアレンジと感じます。
(もちろん、連載全体のページ数という制約ものもあるかとは思いますが…)

 特に今回描かれた2つのエピソードは、いわゆる時代劇ヒーローとは少々…いやだいぶ異なる彦馬のキャラクター――子供と同じ目線で考え語りかけることができること、そして何よりも天文学の造詣が深いこと――が良く表れており、主人公の紹介篇としても良くできていると感じるのです。

 なお、この漫画版の作画を担当しているのは黒百合姫。時代もの絡みでは「幕末恋華・新選組」の漫画版を担当されている方のようですが、作画・演出ともになかなか達者に感じます。
 特に印象に残ったのは、御庭番頭の前では冷静な横顔を見せていた織江が、平戸藩江戸屋敷を探る役目を与えられて頭を下げた時、周囲から見えないところで柔らかな笑顔を見せるシーンであります。
 くノ一としての顔、夫を愛する女性としての顔、二つの全く異なる顔を持つ織江のキャラクターを一瞬で描き出した、素晴らしいシーンと感じます。


 今回の漫画版が果たして原作のどこまでを描くのかはわかりませんが、しかし原作ファンとしても先が楽しみであることは間違いありません。
 ただ今は、原作第1巻のラストの松浦静山のセリフで締められたラストページを見て、原作初見時の衝撃と(これから何を描いてくれるのだろうという)喜びをありありと思い出したところなのです。


「妻は、くノ一」(黒百合姫&風野真知雄 角川書店「サムライエース」Vol.4掲載) Amazon
SAMURAI A (サムライエース) Vol.4 2013年 02月号 [雑誌]


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 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2013.01.11

「夫婦喧嘩 甲子夜話異聞 もののけ若様探索帖」 老いて振り返る若き日の輝き

 若き日の松浦静山と妖怪たちの交流を描く伊多波碧のユニークな妖怪時代小説「甲子夜話異聞 もののけ若様探索帖」、待望の続編は、静山の正室の輿入れを中心にしたエピソードの数々が描かれることとなります。

 死を目前とした静山の前に現れた座敷わらしの太郎。清と呼ばれた若き日に静山とは常に行動を共にしていた太郎は、静山の「甲子夜話」にまだ記されていない、自分たち物の怪のエピソードを書くよう、静山に求めて…

 という、極めてユニークなスタイルで展開する本シリーズ、今回は静山がつかの間のまどろみの中で見た、かつて縁のあった女性たちが三途の川まで彼を迎えに来る夢から始まります。
 艶福家で鳴らしたという(設定の)静山のこと、女性たちの数もかなりに上るのですが、その中に正室の鶴年子がいなかったことをきっかけに、静山は彼女の輿入れにまつわる事件、そして夫婦の仲にまつわる事件を思い出していくこととなります。

 そんな導入部の本作は全四話構成。
 化け狸から妻を奪ったと詰め寄られた清が妖怪の夫婦喧嘩に巻き込まれる「夫婦喧嘩」
 平戸藩下屋敷で起きたボヤ騒ぎに巻き込まれた清が、おかしな動きを見せる瓦版屋を追う「雨女」
 妖怪だらけの上屋敷の奥に珍しく居ついた人間の娘に、ろくろっ首のおはなが身の上を語る「おはな」
 町を行く清の駕籠を襲った子供との出会いをきっかけに清が知る不思議な姉弟愛の姿「放蕩者」

 どのエピソードも、何故か妖怪の女性にもてまくる体質の清が、妖怪たちに騒動に巻き込まれつつも、懸命に事件を解決しようと奔走する姿が、おかしくも微笑ましいものばかり。
 コメディ風味の強い人間と妖怪の交流譚は、もはや文庫書き下ろし時代小説内の一ジャンルとなった感がありますが、本シリーズの面白さは、主人公が若き大名でありながらも(いやそれだからこそ?)、妖怪たちに振り回される姿にあると言ってもよいでしょう。

 そしてそれは、本シリーズの最大の特徴である、老いた静山が、若き日の自分の姿を振り返るというスタイルにより、より増幅されて感じられます。
 ある程度以上の年齢の人間であれば誰もが感じるであろう、若き日の自分の姿に対する気恥ずかしさと懐かしさ、そして憧れ。
 本シリーズはそのフィルターを通すことで、賑やかで輝かしい物語に、どこか穏やかな切なさという隠し味を与え、それがまた物語の面白さを増しているのであります。

 ちなみに本シリーズは松浦静山という実在の人物を主人公とすることで、伝奇的味わいの強いエピソードも含まれるのがまた面白いのですが、本作では「おはな」で描かれる、松浦家のある秘密が印象に残ります。
 なおこのエピソード、一見ユーモラスな内容に見えて、強すぎる情念が人間を妖怪に変えるという恐ろしい事実が描かれるとともに、一種の二段オチとも言うべき構造になっており、先に述べた松浦家の秘密とも合わせて、今回のベストと感じられた次第です。


 さて、本作で冒頭からラストまで引っ張られた清の正室・鶴年子の輿入れ。実は本作では微妙にぼかした形で終わるのですが、もしラストで登場した人物がそれであれば、またややこしいことになるはず。
 この予想が当たっているかも含めて、これから描かれるであろう、更なる「書かれざる甲子夜話」の物語が今から楽しみなのです。


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甲子夜話異聞2 もののけ若様探索帖 夫婦喧嘩 (ベスト時代文庫)


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2013.01.10

「戦国怪異聞 桶狭間の変」 妖魔姫が見た義元

 何が飛び出してくるかわからない素晴らしい雑誌となったリイド社の「戦国武将列伝」誌ですが、2月号に登場したのはなんと楠桂。戦国ホラー「戦国怪異聞 桶狭間の変」をひっさげての登場であります。

 楠桂はホラーからラブコメに至るまで様々な作品を描いてきましたが、このブログ的に注目すべきは、やはり「妖魔」「人狼草紙」「神の名は」といった戦国時代を舞台とした時代ホラーでありましょう。

 人と人が殺し合う時代の陰で跳梁する妖怪魔霊を描いてきた作者の今回の題材は、かの桶狭間の戦――桶狭間に至るまでの今川義元の姿を描いた作品であります。

 戦国大名として破竹の勢いの今川義元を悩ませるもの…それは、周囲の者たちが彼の背後に見るという亡霊の影。
 かつて義元との家督争いの末に敗れて討たれた玄広恵探の怨霊と囁かれるその存在を一笑に付す義元ですが、しかし彼の前で怨霊を見たという者たちが、次々と奇怪な死を遂げていくこととなります。

 ある者は自らの髪で首を絞め、ある者は首を捻り上げられ、ある者はその身を両断され、またある者はその首を落とされ――
 それでもなお、亡霊の存在を信じない義元が、信長との合戦に向かわんとした時、彼の前に美しい妖魔の姫君が現れます。彼女が義元に告げる真実とは…

 義元にまとわりつく怨霊の姿、死者の無惨な死に様、そして美しい妖魔の姫君と、いかにも作者らしいビジュアルの数々を見せてくれる本作ですが、個人的に特に印象に残ったのは、今川義元の姿であります。
 一般的なイメージの通り公家的なビジュアルを残しつつも戦国武将らしい剛毅さも感じさせ――しかしその中に腺病質的なものを感じさせる本作の義元。
 その姿は、ラストで描かれる意外かつ皮肉などんでん返しに、「人間が一番怖い」という以上の説得力を与えているようにすら感じられます。

 意外と言えば、妖魔の姫君の正体も「何故ここに!?」と驚かされるのですが、ラストの一文で納得。このスタイルで、まだまだ戦国怪異聞を描けるのでは…と感じた次第です。


 さて、その他の掲載作品にも触れておきますしょう。まず、女流作家特集ということでもう一作掲載されたのは朔田浩美の「恩寵の百合 細川ガラシャ伝」。
 タイトルの通り、細川ガラシャの生涯を綴った本作、基本的に史実通りの内容ではありますが、ガラシャとその夫・細川忠興の関係が、ふとしたことで壊れ始め、地獄のような状態になってしまう描写が圧巻。

 ああ、男女の間ってこの程度のことでどうしようもなく離れて、しかしそれでも(比べものにならないくらい時間がかかったとしても)また強く結びつくことはあるな、と説得力を持って感じられるのは、作者の力量でしょう。
 実は初めて作者の作品を読みましたが、幕末ものの作品も発表しているとのこと、こちらも大いに気になります。

 また、連載ものでは連載第2回の「孔雀王 戦国転生」は、奇しくも桶狭間直前の今川義元がこちらにも(?)登場。こちらの義元は、化粧呪なる奇怪な呪術を操り、美少年の信長に懸想して、夜毎信長の元に巨大な顔面と化して迫るという変態ぶりであります。
(その姿には元祖孔雀王に登場した某キャラを思い出しました)

 しかし驚かされたのは、第1回を見たところでは妖魔の首魁のように見えた信長が、今回はそのビジュアル以外は存外普通の人間であり、孔雀に守られる側に回っていた点ですが…これはこちらの勘違いであったのか、はたまたまだこれからひっくり返すのか、気になるところです。

 もう一つ、「セキガハラ」は、秀吉を殺した謎の大蜘蛛に取り憑かれたかの如く暴走を始めた家康の城に、三成・左近・利家が突入するという展開。
 家康が、秀吉の死後に禁止されていた大名間の婚儀を行って勢力を広げていったというのは有名な史実ですが、本作ではそれをあまりにも豪快な形で描いているのには、感心すべきか笑うべきか…

 それはさておき、セキガハラ以前に早くも決戦ムードになってきましたが、さてこの先どう展開していくのか。三成の能力が一番地味に見えてしまう点も含めて、色々と気になるところではあります。


「戦国怪異聞 桶狭間の変」(楠桂 リイド社「戦国武将列伝」2013年2月号掲載) Amazon

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2013.01.09

「浣花洗剣録」第13集/第14集 激突、青木堡対白水宮

 二人の主人公が二手に分かれる形となった「浣花洗剣録」、第13,14集は前回ほとんど出番のなかった呼延大臧側が中心となり、邪派同士の戦いの模様が描かれます。

 武当派に捕らわれた木郎神君と脱塵郡主を救出に忍び込んだ大臧と珠児。あっさり門弟たちに見つかって乱戦となりますが、そこで珠児が投じた煙幕弾のおかげで脱出に成功――が、珠児本人は、いつの間にか来ていた父・王巓に連れ去られてしまうのでした。
 王巓に説教される珠児ですが、言うことを聞かせるためには娘に毒を飲ませることも辞さないバカ父の言うことを聞くわけもなく、話し合いは物別れに終わるのでした。

 さて、こういう時に黙っていられるわけがない大臧は、木郎・脱塵とともに珠児奪還に向かおうとしますがどさくさのうちに失敗(そのついでに見張りをヌッ殺して逃げる奔月。彼氏よりもタフですが、力尽きたところであの晴天大師に見つかって…)。三人は木郎の青木堡に身を寄せることとなります。
 形の上では復興しつつある青木堡。しかし白水宮の襲撃は目前――という状況で、恋バナに花を咲かせる大臧と木郎は肝が太いのか若いのか。にしても仏頂面だった大臧君が、脱塵とのことで木郎を茶化すようにまでなるとは…(いつの間にか、マントとも羽織ともつかぬ赤い衣装を着てますし)。

 と、そんな堡に近づいてくる騎馬の群れ。何者かと思えば、それは脱塵の部下の史都将軍! いつの間にか本国に戻り、援軍を連れてきた将軍。彼が脱塵のために連れてきた名馬に乗り、早速木郎とお出かけした彼女は、互いの想いを確かめ合うのですが…
 ここで彼女の行動に懸念を抱いたのは将軍、彼女に諫言を始めたので、お、嫉妬か? と思いきや、木郎の挙措から、彼は朝廷の人間ではないか、と誰よりも鋭い指摘をするのだから傑物です(自分も宮仕えだからわかる、というのは凄い説得力)。もちろん、それに脱塵が耳を貸すわけもないのですが…

 そんなこんなのうちに迫る白水宮との圧倒的な戦力差を覆すために木郎が取ったのは、土龍子の一門の神宝である白玉の鼠を盗み出し、これを血塗れにして晒すという策。
 血を呑むと魔物となって一門を根絶やしにするという伝説のある神宝のこの有様に震え上がった土龍子とその配下は気力0になって戦線離脱。堡に現れた面白ファイアーボール使いの火魔神も一騎打ちで退け、火魔神の陣を襲うと見せかけて白水宮の本陣を襲おうという木郎君、確かに紫衣侯よりも軍師にふさわしいように思えます。

(たぶん予算の都合であっさり省略された)陽動作戦の隙に白水宮に潜入した一行ですが、しかし完全に裏の裏をかかれた上、火魔人の火球から脱塵を守って木郎はダウン。両手を固定された上で薬草風呂に漬けられるという珍妙な姿で捕らえられてしまいます(なんだかんだで敵味方問わず治療する聖母)。

 一度は木郎を助け出して脱出する大臧ですが、それも聖母の計算のうち。実は聖母の真の狙いは、青木堡が神器として伝える神木令牌であり、その在処を知るために逃がしたのでありました。この策は、結局堡にあったのが偽物であったため敗れましたが、聖母は大臧に対し、この令牌が実は「五行教」の教主のものであり、そこには伝説の武術の奥義が記されていると語ります。
 おお、何だかまた話が広がった! …しかし五行といいつつ、今まで登場したのは木火土水の四つ。残る金は…あ。

 木郎を助けるため、ついに白水宮に加わることを認めながらも、珠児を助けに行くと出て行こうとする大臧(毎回こんなことをやっている気がしますが…)。これを認めた上に、知恵袋として付けて送り出してくれる聖母は、彼が我が子と気付いているのか、引き裂かれた恋人というシチュに弱いのか、はたまた単にオカン属性なのか…


 さて、彼女のもう一人の子供であり、自分の父親を完全に勘違いしたままの白宝玉は、攫われた奔月を助けに行こうとしますが、実力不足と「酔侠」金租揚(あ、金が付く人がここに…?)に止められます。
 それでも地道に修行をしていられないと無茶を言う宝玉に、それならばと酔侠が取り出したのは、一冊の速習本(またか!)
 9日間の修行でみるみる強く、というこの戒日密功、しかしその9日間に無念無想を保たねばならず、今まで挑戦して成功した者はいないという代物…
 こんなものを勧める方も勧める方ですが、宝玉はこの試練を受けることとして、霍飛騰の墓の近くにあった洞窟へ…というところで、以下次回に続きます。


 そういえば木郎が白水宮に捕らえられた後、史都将軍はどこに行ったのかしら…まあ、脱塵の危機にはまたどこからともなく颯爽と駆けつけると思いますが。


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 「浣花洗剣録」第7集/第8集 決戦前夜、引き寄せ合う男と女!
 「浣花洗剣録」第9集/第10集 盟主の最期と新たな波瀾
 「浣花洗剣録」第11集/第12集 もう一つの逃避行と黒幕の影

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2013.01.08

「麗島夢譚」第4巻 流転また流転の果てに

 江戸時代前期の麗島――台湾周辺を舞台に、生きていた天草四郎、松浦家の海賊青年・伊織、三浦按針の遺児の忍者・ミカの三人が破天荒な冒険を繰り広げてきた「麗島夢譚」もこの第4巻でついに完結。舞台を再び日本に移しての最後の一暴れであります。

 流されるまま、麗島を巡るスペインとオランダの争いに巻き込まれた伊織たち。その戦いにも敗れんとした時、現れた鄭芝竜の船に拾われるのですが――
 なんと鄭芝竜の狙いは天草四郎。若くして亡くなった(!)息子・鄭成功と瓜二つだった四郎(!!)を、彼は身代わりに立てようとしていたのであります。

 かくて、全く予想もつかなかった展開に伊織や、読者までもが仰天する中、舞台は日本に移るわけですが、まだまだ物語は先が読めません。
 鄭成功として生き始めた四郎の前に立ち塞がるのは、彼のある意味宿敵であり、そしてミカの主君たる松平伊豆守。既に四郎を、鄭成功に感情移入していたミカは、伊豆守に、そしてその配下の甲賀四鬼に挑むことになるのです。
(そして成り行きでそれに巻き込まれる伊織と麗島のカタガラン族の族長ヒメ)

 果たして四郎たちの運命は、そして何よりも物語の落ち着く先は…最終回まで転がり続ける先の予想がつかぬまま、こちらも最後まで引っ張られてしまった次第であります。


 正直なところ、最後まで主人公たちが流されるままだった印象は拭えない本作。

 特に伊織は物語の序盤で目的を見失い、それ以降は状況についていくのがやっとだった感があり、むしろ四郎と伊豆守との間の――感情と任務の間の――板挟みになる立場にあるミカの方が物語では主体的に動いていたと感じます(この辺り、作品の最後の最後でメタなツッコミが入っているのもむべなるかな)。

 ラストも、久々に登場したあの人物が、一種デウス・エクス・マキナ的に使われていて、うまくその場を収めたなあ…という印象は残ります。

 しかしそれでも本作を嫌いになれないのは、巻き込まれまくった彼らが、自分たちの境遇に流され、文句を言いながらも、しかしそれでもそれなりに懸命に生きる姿が描かれていたからであり――そこに何とはなしの共感を覚えてしまったから、でしょうか。
 そして現代において、鄭成功の名が麗島においてどのような意味を持つかを思えば、そこにある種の感動が生まれるというものでス。

 そして、その辺りには触れず、物語の視線はあくまでも登場人物のそれに留めて締めくくるのも、また本作に相応しい結末であったと感じるのですが…


「麗島夢譚」第4巻(安彦良和 徳間書店リュウコミックス) Amazon
麗島夢譚 4 (リュウコミックス)


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2013.01.07

「宿神」第2巻 募り続ける想いの果てに

 ついに鳥羽上皇の中宮・璋子との一夜を過ごした佐藤義清。しかし一度だけの逢瀬は彼の心を更に悩ませ、その想いは彼を上皇らの前で思わぬ行動に駆り立てる。そして遂に出家して西行と名乗る義清。しかし時代の巨大なうねりは、西行を、清盛を、璋子を飲み込んで動いていく…

 西行=佐藤義清を主人公として平安時代末期を描く夢枕獏の伝奇小説「宿神」の第2巻であります。

 幼い頃から奇怪な影のような存在を見ることがあり、自分と同様にそれを見る力のある璋子に強烈に惹かれていくようになった義清。
 義清の親友である平清盛に仕える奇妙な呪師・申により、義清はそれが「宿神」と呼ばれる存在だと教えられます。
 万物に宿り、万物を万物たらしめる宿神――時に呪により喚び出され、時に優れた蹴鞠の技に感応して現れ…様々な時と場所に現れる宿神の存在は、しかしその正体の一端が語られても、いや語られたからこそ、なお一層謎めいた存在として在り続けます。
(晴明辺りに言わせると、「それは呪じゃ」の一言で済まされそうな気もしますが…というのはさておき)


 しかしこの巻で描かれるのは、そうした一種超自然的な存在とは無縁な人の心――義清の想いであります。
 かつて一度垣間見た璋子の姿に恋い焦がれ、ついに想いを遂げた義清。しかしその一度のみで璋子は義清からは再び手の届かぬ人となり――そして一度では押さえきれぬ彼の想いは、ついに意外極まりない場所で爆発することとなるのです。

 それは鳥羽上皇の御前、上皇の襖絵に記す和歌を披露することとなり、そこで璋子への溢れる想いの赴くまま、十枚の襖絵に、十首の和歌を即興で描く――いや、叩きつける義清。
 上皇の御前であろうと、他の貴族たちの目があろうと構わない。ただただ、己の想いのままに、璋子を貫くが如く、歌を詠み、描く…

 恥ずかしながら、この出来事が史実であるか、私は知りません(おそらく違うのではないかと思います)。しかし、ここで描かれた義清の激情の発露は、そんなこととは無関係にこちらの心までも強く揺さぶり、叩きつけるように、我々を圧倒します。

 作者の作品では、時折、凄まじいまでに凝縮された空気が、一気に爆発するようなシーンが描かれることがあります。
 それはこれまで主に格闘やアクションといった場面でありましたが、しかし本作のそれは、歌を詠むという、ある意味それとは最も縁遠く感じられる雅な――しかし人の想いが発露される場において描かれたことに、ただただ感嘆するばかりであります。


 そしてこの一場の激情を経て、義清は西行として出家することになります。が、出家したからと言って人の想いが失われることがないのもまた事実。義清の、いや西行の璋子への想いは、彼女の運命が不遇なものとなっていくのと比例するようになおも募っていくのですが――
 しかしその想いを知ってか知らずしてか、璋子が儚くこの世を去る場面を、この上もなく美しく描いて、この第2巻は幕を閉じます。

 己の運命を一変させるほど想い抜いた相手を失った西行ですが、しかし彼の生はなおも続きます。その後の彼が何を想い、何のために生きていくのか――さらに、そこに彼の捨ててきた貴族の世界、武士の世界がどのように絡んでいくのか。

 そしてもちろん、「宿神」の存在が彼にどのように関わっていくかを含め、物語の半ばに来ても全く先は見えないものの、しかしそれでもなお、興味は尽きぬ物語であります。

 ちなみに申の妹の鰍がこの巻で名前を変えることになるのですが、それがなんと…!
 なるほど時代的には同じ時代の物語ですが、果たしてお遊び以上の意味があるのか、こちらも個人的に気になるところです。


「宿神」第2巻(夢枕獏 朝日新聞出版) Amazon
宿神 第二巻


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2013.01.06

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第6巻 史実の裏表を行く二つの物語

 上杉家を支えた重鎮にして前田慶次の親友・直江兼続の青春期「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」の最新巻であります。
 この巻では、第5巻に引き続き、小田原の陣と、兼続の出自を巡る暗闘が並行して描かれることとなります。

 ついに始まった秀吉の小田原攻め。諸将こぞって集まる中、直江兼続も参陣したわけですが、そこで彼が再会したのは伊達家の片倉小十郎であります。
 言ってみれば兼続と小十郎は似た者同士の立場ですが、しかし決定的に違うのは、小十郎の主君は…であること。

 そう、あまりに有名なお話ではありますが、伊達政宗はこの小田原攻めに大遅参(まあ、そこに至るまでに慶次郎と殴り合いとかやっていたのですが)。
 おかげであわや伊達家お取り潰しに…というところまでいったわけですが、本作の政宗は、ピュアというか何というか、それを胸を張ってやらかしてしまう困ったオレ様なのが、むしろイメージ通りで実に楽しいのであります。

 そんな政宗と兼続のファーストコンタクトが露天風呂というのも色々とインパクト十分で、頭を抱えている小十郎に兼続が同情しているところに全裸で胸張って突入してくる政宗という、思い切り行動がキャラを表すシーンには、笑うべきか感心するべきか、とにかく迷シーンであります。
(ちなみに小田原の陣といえば、「花の慶次」での、男だらけの露天風呂大会がこれまたインパクトが大きかったのですが、それを思い出してまた愉快に…)


 と、そんな政宗の乱入もあった一方で展開するのは、兼続の出自の証拠となる地蔵菩薩像の争奪戦であります。
 謙信が唯一愛した女性、若くして死んだ妙姫の菩提を弔うため、兼続の瞳と同じ水晶の瞳をはめ込んだ仏像を巡り、忍び同士の暗闘が繰り広げられることとなります。

 上杉側というより直江側で戦うは、これまでも彼の頼もしい従者として活躍してきた軒猿出身の次郎坊。
 一方、秘密を追う徳川方は、井伊直政配下の老将にして武田の三ツ者出身の下坂左玄――隻腕かと思いきや! と、文字通り、かの服部半蔵をも驚かせる「腕」の持ち主であります。

 その出自から察せられる通り、かねてからライバル同士だった二人の忍びの激突は、これまで忍びの存在脇に回ることが多かった(というより兼続以外の視点が珍しかった)本作においては、なかなか新鮮に感じられます。
 ラストには高橋よしひろもびっくりの思わぬ助っ人まで飛び出して、主役不在ながらも――というより、さすがに史実には逆らえぬ主役サイドの代わりに物語の幅を広げて――史実の裏側の物語のもう一本の流れとして、こちらもなかなか盛り上がっているところであります。


「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第6巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り 6 (ゼノンコミックスDX)


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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第5巻 動かぬ証拠は何処に

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2013.01.05

「浣花洗剣録」第11集/第12集 もう一つの逃避行と黒幕の影

 呼延大臧と赤鬆道士の決闘は大臧の勝利に終わった前回の「浣花洗剣録」。しかし武林の盟主たる赤鬆の死は様々に波紋を呼び、幾つもの波瀾を巻き起こします。そんな中、今ひとつ目立てなかった白宝玉がドラマの中心になるのですが…

 武当派や丐幇に追われた末、傷ついて白水宮に運ばれた大臧と珠児。昏々と眠る大臧が自分の息子と気づいてかどうか、白水聖母こと白艶燭は、自分と霍飛騰の出会いを思い出します。それで気を利かせたのか、次に大臧が目を覚ました時には横に珠児が!(中学生みたいな焦り方をする二人)

 それはさておき、ひとまず傷の癒えた二人は、借りは後で返すと誓いつつ、木郎神君と脱塵郡主を助けるために白水宮を後にします。木郎と脱塵を護送する武当派の胡不愁一行を発見した二人は、敵を気絶させて入れ替わり、隙をうかがうのでした(にしても、ほとんど笠被っただけの二人に気づかない胡不愁ェ…)

 と、赤鬆は死ぬ前に宝剣「赤霄」と武林大会の開催を晴空大師に托しましたが、大師がすぐにお籠もりに入ってしまったため、武当派の頑石道士と少林派の晴天大師は、独自に赤鬆の死因を探らんと動き出します。死因もなにも決闘で負けたからではと思ったら、いつの間にか赤鬆が毒を盛られたことは知られていたようですが…

 おかげで追われる羽目になった候風一行ですが、相変わらず危機感のないのが宝玉と奔月。その二人の前に現れた例のオガワゴム仮面は、候風の指示だと言って二人を連れて関外に向かうというのですが、そこに現れたのは晴天大師。
 問答無用で襲いかかってきた晴天の獅子吼から二人を庇って大ダメージを受けた仮面の下から現れたのは、候風の師兄・周方! …まあバレバレでしたが、周方は、実は自分と候風、その兄の候淵が三人で一人の紫衣笑剣として活躍していたんだよ…と前後の関係が不明の謎の発言を遺して逝くのでした。

 しかしそれでもなお襲い来る晴天の魔手が何故かそこにあった徳利を破壊――と、そこに駆けつけたのは酔侠・金租揚!
 その気になった酔侠は強い強い、見事な動きで晴天をあっさりと撃退。しかし周方の弔いをするからと奔月に金をもらって酒と肉を買ってきてかっ喰らったり、君子剣の真の極意を知るためには酒だ、と宝玉に飲ませたり、好き放題であります。

 とはいえやっぱり頼りになる金租揚と候風との待ち合わせ場所に向かう二人ですが、まんまと陽動にひっかかった候風と豪快にすれ違い、しかたなく金租揚と関外へ…と、三人が辿り着いたのは、物語冒頭で霍飛騰と白艶燭が暮らしていた小屋。
 そこで金租揚が宝玉に見せたのは、霍飛騰と白艶燭の物語が記された百暁生の本――ってあの武林の武器ランキング「兵器譜」で古龍ファンにはおなじみの百暁生ですか!? ファンにはちょっと嬉しいサービスです。
 それはさておき、そこで初めて、自分の祖父の白三空が二人の仲を引き裂いたこと、そして二人の間に子供がいたことを知った宝玉は、自分がその子供だとすっかり信じ込むことに…おお、他の古龍作品にもありましたなこういうシチュ(ネタバレ)

 ショックで小屋を飛び出してひたすら走った宝玉が辿り着いたのは、何たる因縁か、霍飛騰の墓。父と信じる男の墓に呆然とした宝玉はそこに一人座り込むのですが、そこに現れた三人組の墓泥棒が盗掘を始めたことで戦いになり、一人を殺して唖然呆然。ええい、異父兄に比べてなんと覚悟の足りない! おまけにその騒ぎで金租揚が小屋を離れた隙に奔月は攫われてしまう羽目に。
 ようやくドラマに主体的に絡んできたかと思いきや、まだまだ宝玉は未熟、の一言であります。


 そしてそんな騒動の背後で糸を引いていた人物がついに登場。これまで不自然なアングルで顔を隠し、珠児の父の王巓を操って武林に波瀾を起こしていた張本人、それは何と大臧に敗れて死んだはずの白三空!
 …思いっきりバレバレでしたね、この人も。さて、この人の目的は、武林大会で大臧と、娘と婿を死に追いやった候風を苦しめ、殺すことだというのですが…当の候風は今回、今度こそ白艶燭と結ばれるのだ! と力強く宣言しているので救われません(どちらも)。

 それはともかく、さらに彼の背後には朝廷がいる様子。朝廷といえば、何故か錦衣衛を従えていた木郎のことが浮かびますが…
 目下囚われの身のその彼が、脱塵とキャッキャウフフしているところで今回は終わりましたが、さてその真意は奈辺にあるのか、白三空の動向よりも気になるところであります。


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2013.01.04

映画「るろうに剣心」(その二) 描かれたもの、描かれるべきだったもの

 昨日の続き、映画「るろうに剣心」の感想の後編であります。確かに本作は、原作の良い意味の漫画らしさを巧みに映像として再構成してみせた作品ではありますが、それでは本作が百点満点、諸手を挙げて歓迎できる内容かと言えば――

 それは残念ながら否、というのが私の正直な感想であります。

 というのも、作品全体のムードが――特に原作と比べると――あまりに暗い。
 もちろん、剣心の背負っているものを考えればあまり脳天気な物語にはできないのはむしろ当然ではあります。本作が一般向けの映画であることを考えれば、原作とはまた違った印象になることも、無理はありません。

 それをわかった上であえて暗い、というのは、原作が持っていた明るさを生む要素が描き切れていないのではないか――そしてそれが、「るろうに剣心」らしさを殺いでいるのではないか、と感じたためであります。

 本作の暗さ、重苦しさの源は、端的に言ってしまえば、幕末、あるいは明治の陰の部分、負の部分を背負ったキャラクターたちでありましょう。
 本作のメインキャラクターと言うべき剣心、斎藤、刃衛、観柳――彼らは、それぞれの理由はあるものの、かつて、あるいはいま人を殺し、殺さずにはいられない存在として共通する存在であり、皆それぞれに時代の鬼子、そして同時に時代を象徴する存在なのですから…
(左之助はまだ陽性のキャラクターではありますが、しかし彼も鬼子であることは違いないでしょう)

 しかし「るろうに剣心」という物語は、彼らの存在を、その生き様を完全に否定しないまでも、別の道があることを示します。
 それは薫の言う「活人剣」であり、そしてその担い手であり、明治という新しい時代の光の部分、陽の部分を象徴するのが薫であり、そして弥彦なのであります。

 もちろんそれは、劇中で語られるように、「甘っちょろい戯言」に過ぎないのかもしれません。しかし剣心が敢えてそれを選び、そしてそれが、クライマックスで剣心の魂と薫の命を救ったことを考えれば、その美しい甘っちょろさに力を入れて描くべきだったのではないでしょうか。

 しかしこの映画版では、その部分の要素があまりにも弱々しく感じられます。それは(まことに残念ながら)役者の力量に起因する部分もありましょうし、脚本・演出の都合による部分も大きいでしょう(正直なところ、弥彦のキャラクターは漫画だからこそ描けるもの、という印象はあります)。

 それでも描きようはあった――薫の叫びはもっとドラマチックに描いてよかったし、ラストで辛辣な言葉を投げかける斎藤に対し、剣心はもっと力強く己の信念を語ってよかったと、そう感じるのです。


 たとえ真実ではなくとも、そしてそれを貫くことが途方もなく辛いということを知っていても、「甘っちょろい戯言」を選び、そしてそれを戯言に終わらない真実にしようと歩み続けること。

 「るろうに剣心」という作品が、剣心というキャラクターが描こうとしていたものは、そこにあったのではないかと――はなはだ逆説的にではありますが――本作を通じて再確認させられた次第です。


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2013.01.03

映画「るろうに剣心」(その一) 良い意味での漫画らしさを映像に

 公開時に観ることができず、ソフト化されてからで恐縮でありますが、映画「るろうに剣心」をようやく観ることができました。言うまでもなく、「週刊少年ジャンプ」で連載された明治剣客活劇、私も大好きなあの作品の実写映画版であります。

 これまでも漫画のキネマ版、小説の「銀幕草紙変」を紹介してきたので繰り返しになりますが、この映画版は、内容的には原作の冒頭部+武田観柳編(-御庭番衆)+鵜堂刃衛編といったところ。
 飄然と東京に現れた剣心が人斬り抜刀斎の偽者騒動に巻き込まれ、その騒動の背後で神谷道場を狙う死の商人・武田観柳、そして観柳に雇われて抜刀斎を騙る狂気の人斬り・鵜堂刃衛と対決する――本作の内容を一口に言えばこうなります。

 さて、そんな本作で最も気になっていた点と言えば、やはりビジュアル的な原作再現度と、アクションシーンの出来栄えですが、まず前者について言えばこれが実に素晴らしい。

 原作そのまま過ぎて作り物めいてしまったり、リアリティを考えすぎて原作からかけ離れたものとなってしまったりするのではなく、ギリギリのラインで踏みとどまってみせる――もちろん全員が全員そのとおりとは言いませんが、しかし登場するほとんどのキャラクターが、原作から抜けだしてきたようなビジュアルで動きまわる様は、ファンとしては実に嬉しいものであります。

 特に本作の二大悪役とも言うべき観柳と刃衛は、どちらも実に漫画チックなキャラクターでありますが、原作のデザインをほぼそのまま踏襲しつつ、しかしそれでも単なるコスプレに終わらない存在感を持って描かれているのには感心いたしました。

 そしてアクションシーンについても、かなりの完成度と感じます。アクション監督が谷垣健治ということで、良くも悪くも時代劇離れしたものとなることは予想しておりましたが、今回は前者の割合が多かった印象。
 これはチャンバラではなくアクションではないか、という向きもいらっしゃるかと思いますが、むしろそれこそが原作を忠実に再現していると言うべきでしょう。
(さすがに大ジャンプやバク宙はやりすぎ感はあるものの…)

 特にクライマックスで観柳邸に殴りこんだ剣心が用心棒たちを相手に見せる超高速移動による撹乱戦法は、飛天御剣流のスタイルをうまく映像に落とし込んだものと感じます。
 また、その後に続く剣心vs外印、左之助vs番神は、並行して描かれるものが片やスピード感あるテクニカルなアクション、片や技術もへったくれもない素手ゴロと、真反対なのがむしろ実にそれらしく、アクションのバリエーションという意味も含めて楽しい展開でありました。

 総じて本作は、原作の良い意味の漫画らしさを、巧みに映像として再構成してみせたと、大いに評価できることは間違いありません。


 が、それでは本作が百点満点、諸手を挙げて歓迎できる内容かと言えば――(明日に続きます)。


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2013.01.02

「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

 1865年、友人の遺産から「黄金郷ヒライズミ」の地図を入手したシュリーマンは、一攫千金と名声獲得を夢見て日本を訪れた。替え玉を立て、蝦夷に化けて平泉を訪れたシュリーマンだが、そこで彼を待っていたのは、山を守る修験者たちと謎の黒覆面の集団だった。果たして平泉に眠る秘宝の正体とは…

 このところ、東北を舞台とした、あるいは東北と縁のある時代小説を次々と発表している平谷美樹の新作「藪の奥 眠る義経秘宝」は、サブタイトルから察せられるように、やはり東北を舞台とした作品。
 しかし、その内容は、こちらの想像を遙かに越えたものであります。何しろ、あのハインリヒ・シュリーマンが幕末の日本を訪れ、平泉に眠るという奥州藤原氏の秘宝を探すというのですから!

 実は、シュリーマンの来日自身は創作ではなく、史実であります。彼の名を歴史に残したトロイア発掘着手の数年前、世界旅行の中で日本を訪れたシュリーマンは、その旅行記の中で日本に対して非常に好意的な記録を残しているのですが…本作では、その背後に秘められた、とてつもない物語を描き出すのです。

 貧しい中から身を起こし、手段を選ばぬ努力で大富豪として成功したシュリーマン。そんな彼が、考古学を趣味とする友人の遺産を処分する中、「黄金郷ヒライズミ」の記録を発見する場面から物語は始まります。
 その友人と話を合わせるため、トロイア発掘の夢を語っていたシュリーマン。しかし金儲けに没頭してきた半生に物足りなさを感じていた彼は、トロイア発掘の資金集めと、一種の予行演習のため、平泉に眠るという黄金探索を決意するのであります。

 しかし当時の日本は開国したて、外国人が居住地を離れることは基本的にできず、まして奥州を訪れるなどとんでもない話。そこで彼は、横浜に暮らす友人の商人、そしてこの企てに興味を持った日本人商人を引き込み、居住地に替え玉を残し、自らは蝦夷に扮して平泉を目指すのであります。


 かくて始まるシュリーマンの冒険行。しかしその展開は、その派手な(?)題材に比較すれば、やや地味にも感じられます。
 内容的には伝奇活劇というより伝奇推理的と申しましょうか――作中の大部分は、シュリーマンが探索の拠り所とする「吾妻鏡」の解説や、それをはじめとする様々な手がかりの中から浮かび上がる、平泉という都市に込められた思想の解読が占めることとなります。

 その意味では、期待したものとは異なる…と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、しかしこれがむしろ派手な題材に頼ることなく、奥深い味わいを生んでいるのであり――そしてまたこの部分が、結末に描かれる秘宝の正体に直結してくるという構造が実に面白いのであります。
(そして、最後まで読んでからタイトルを見直すと、アッ!と驚かされることに…)

 しかし本作最大の魅力は、主人公たるシュリーマン自身の成長譚が描かれる点である、と言って良いでしょう。
 この時代の欧米人が基本的にそうであったように、己を「文明人」と任じて、自らの文明圏以外の人々を一段低いものとして、自分たちと同じ存在として見ていなかったシュリーマン。
 彼のその態度は、しかし自分が蝦夷に――当時の日本において、他の人々からいわれのない差別の目で見られていた人々に――扮して旅したことで、初めて自分たちの独善性に気づくことになるのです。

 そして彼のその思いが、平泉の、日本の人々と文化を理解し、平泉や秘宝に込められた想いを知ったからこそ迎えられた結末に至り、秘宝探索の物語とシュリーマンの成長の物語が、見事に一つに結びつくことになルのです。


 …本作のような物語が今描かれることの意図は明白すぎるほど明白であり、そこに引っかかる向きもあるかと思います。しかしながら、やはりこの物語は岩手出身の作者ならではのものであり、そしてそれだけでなく、地域性に留まらない「広さ」を持った作品であることは間違いありません。

 外国人の目から日本を、東北を描くと同時に、それを通じて人間の、文化の在るべき姿と、それに対する小さな希望を描く――見事というほかありません。


「藪の奥 眠る義経秘宝」(平谷美樹 講談社文庫) Amazon
藪の奥―眠る義経秘宝 (講談社文庫)

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2013.01.01

あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 昨年も文庫書き下ろし時代小説の人気が衰える様子もなく、毎月大変な点数の作品が刊行されました。
 しかし、相変わらずのブームの一方で、徐々に変化が始まっているように感じられます。
 おそらくはこれまでと同様の作品、これまでと同様の内容というだけで売れるものはごく一部となり、クオリティの高さはもちろんのこと、その作品ならではという個性がこれまで以上に重要になるのではないか――そう感じている次第です。

 そしてその流れが先に具体化しているのは、文庫書き下ろし以外の、私が個人的にソフトカバー時代小説と呼んでいるスタイルの作品――若い層をターゲットとした、ライトでエンターテイメント色の強い作品――のように感じます。
 もちろん読者層が異なることもあり、全く同じ道を辿るとは申しませんが、少なくとも文庫書き下ろし時代小説の中にも、同様の作品が増えつつあることは間違いありません。


 と、一見堅そうなことを書きましたが、要するに来年はもう少し時代伝奇ものが増えないかなあ…と思っているだけなのですが、いずれにせよ、本年も毎日このブログで古今東西、メディアを問わず時代伝奇ものを紹介していきたいと思います。


 ちなみに昨年は、小杉健治「独り身同心 縁談」の解説、「この時代小説がすごい 文庫書き下ろし版」「忍城合戦の真実」掲載の作品紹介など、商業メディアでの仕事を担当することができました。
 可能であれば本年も、こちらの分野でも活動させていただければ…と考えているところです。


 それでは、本年も毎日このブログでお会いしましょう!

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