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2013.02.23

「風の王国 5 渤海滅亡」 一つの滅び、そして後に残るもの

 耶律突欲と渤海の裏切り者による謀計により奇襲を受ける遼州城。人質となった千人の東日流兵は自ら死を選び、明秀は囚われの身となって契丹の皇后・月里朶と対面する。そしてその間にも契丹の攻勢は進み、ついに渤海滅亡の日が訪れる。しかし、契丹王家の中の対立が、思わぬ惨劇を招く――

 ついに全10巻中の第5巻、折り返し地点を迎えた平谷美樹「風の王国」。この巻は、その節目に相応しい、第一部完と言いたくなるような重要な出来事が次々と描かれることとなります。

 まず冒頭で描かれるのは、ヒロインの一人である芳蘭が宿敵…であるどころか姉の仇である契丹の皇太子・耶律突欲のもとに身を寄せる姿。
 渤海の大貴族の娘として生まれ、何不自由なく育ってきた彼女が、運命に翻弄される中で己を見つめ直し、滅び行く渤海のために何ができるか、それを考えた末に辿り着いた自分自身の戦いの形がこれというのは、いささか衝撃的ではあります。しかしこの出会いがそれだけでなく、二つの孤独な魂にとって救いとなるかもしれないという点は、一つの希望であり、あるいは物語に大きな影響を与えていくことになるかもしれません。

 そして、次に待ち受けるのは、ある意味この「風の王国」という物語において大きな山場であろう、明秀の敗北であります。
 突欲、そして渤海の裏切り者の手引きにより密かに遼州城に潜入した敵兵の蜂起により窮地に陥る東日流軍。いかに内側からの奇襲であったとはいえ、決しておとなしく敗れるはずのない明秀と東日流軍が敗れ、捕らわれることとなったのは、互いが互いを想う「情」のゆえ。
 己の身一つを犠牲として千人の兵を守ろうとした明秀に対し、千人の兵の選択は――自己犠牲と言うも愚かな壮絶なその選択により、明秀はこれまでにない重荷を背負わされることとなるのであります。

 しかし、たとえ心身に深い傷を負ったとはいえ、明秀がおとなしく契丹に連行されていくその理由の一つが、己の宿敵たる突欲の母・月里朶と対面し、そして何故彼女が突欲を憎むのか尋ねること、というのが実に彼らしい。
 契丹の皇太子でありながら、母に疎まれ、辺境で戦い続けてきた突欲。その姿は、渤海で生まれながら親の顔も知らぬまま東日流に漂着し、そして育ての親たちの愛に包まれて育った明秀とはまさに対極にあります。
 そんな彼にとって不思議でならない契丹王家の姿を、当事者に単刀直入に聞いてしまおうというのがいかにも彼らしいところですが、それをきっかけに描かれる月里朶と突欲、母子の想いのすれ違いは、これまでもこのシリーズで常に描かれてきた、「敵もまた血の通った人間であること」の一つの表れというべきでしょうか。


 …ここまでがキャラクターレベルの大事件だとすれば、後半で描かれるのは国家レベル、歴史レベルの大事件――渤海の滅亡であります。
 契丹の侵略を受けながらも、何一つ有効な手を打つことができず、派閥争いを続ける貴族たち。敵軍に国土を奪われながらも、出撃もせずに互いに責任をなすりつけあう将軍たち――なるほど、国が滅びるとはこういうものか…と、どこか他人事とは思えぬ姿に暗然たる想いを抱かされた末に、渤海王はその地位を追われ、渤海という国は消滅することとなります。

 そしてもう一つ、契丹の側にも大きな動きが生じることとなります。初代契丹皇帝であり、耶律突欲の父である耶律阿保機の突然の没――史実ではただ凱旋の途上で没した伝わる彼の死を、本作はどのように描いたか、それは伏せますが、これから先の激動の展開を予想させるものであることは間違いありません。


 さて、渤海の援兵として海を渡った明秀たち東日流人たちの戦いは、渤海が滅んだことで終わったのでしょうか。もちろんその答えは否であります。
 「風の王国」の前半では、渤海という国が滅びる姿が描かれました。しかし王家が滅び、国の名が失われたとしても、後にはその国で暮らした民が、そして彼らが暮らす土地が残ります。
 それを守り、育てるため戦い――国造りが、おそらくは「風の王国」の後半で描かれるのでありましょう。

 折り返し地点を過ぎて、これからが本番であります。

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