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2013.02.28

「新・若さま同心徳川竜之助 3 薄毛の秋」 収束した謎の先のペーソス

 芸者が寝ている間に丸刈りにされる、干してあった大量の洗濯物が盗まれる、飼い犬が屋根の上に載せられていた――押しつけられた珍妙な事件の解決のため、奔走する竜之助。しかしそんな中、大店で押し込み事件が発生、犯人は人質を取って逃走する。果たして一連の事件の背後にあるものは…?

 時間軸を戻して、語られざる冒険を描く「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズもはや第三作目。
 新シリーズの方は、一冊に複数の短編が収録されるのではなく、一つの長編の中で、同時多発的に起きる事件を並行して描くスタイルとなっており、これまで以上にミステリ面に力を入れていると感じられますが、それは本作も同様であります。

 南町奉行所に次々と持ち込まれる珍事件――置屋で寝ていた四人の芸者が丸刈りにされ、髪が消えた事件。長屋や商家で干されていた洗濯物が一夜にして大量に盗まれた事件。とある料亭の飼い犬が、梯子をかける場所もないのに店の屋根の上に載せられている事件…
 どの辺りが事件が判断に困るような珍事件とくれば、いつの間にかこの手の事件の担当になってしまった竜之助の出番。――というより先輩同心たちに対応を押しつけられた竜之助は、江戸の町を奔走する羽目になります。

 と、その一方で発生する本筋の(?)事件は、経営に苦しむ剣術道場の男たち三人が、大店に押し入り、三千両の大金を奪うというもの。実は店の二人の用心棒は、押し込んだ男たちとはグル。人質を取った上、周到な脱出計画により、押し込みは成功するやに思われたのですが…
 用心棒のうち一人はもう一人に斬られ、さらに人質の中に、店に呼ばれた芸者に扮していた竜之助の許嫁の美羽姫が紛れ込んでいたため、事件は思わぬ方向に進んでいくこととなります。

 タイトルとなっている「薄毛の秋」には、複数の意味が込められていると思われますが、おそらくその最たるものは、この三人+一人の犯人グループたちのことでしょう。
 何しろ犯人グループの多くは、年齢的にも人生の盛りを過ぎ、その髪もめっきり薄くなってしまった状態。おまけに内容的にも(押し込みをするくらいですから)下り坂人生…
 何とも身につまされるところですが、この辺りは作者の最も得意とするところ。犯罪に手を染めたものを単なる悪人として描くのではなく、ペーソスを(そして一片のユーモアも)交えて描く、ある種弱者の視点からの物語が、ここにはあります。


 もちろん、本作はこうした側面だけで終わるものではありません。店から脱出した犯人グループは舟を使って江戸に張り巡らされた水路を逃走、奉行所もこれを舟で追跡して、カーチェイスならぬ舟チェイスが繰り広げられるのが何とも楽しい。
 しかも、そのチェイスの驚くべき結果から、物語に散りばめられた数々の謎が集束していく様は、時代ミステリとして見ても、なかなかに楽しめます。

 正直なところ、ミステリ面においては前作「化物の村」がかなり腰砕けに終わったため、少々心配していたのですが、それは杞憂。
 少々(いやかなり?)強引なトリックではありますし、クライマックスでの犯人が饒舌なのは好みが分かれるかもしれません。しかしトリッキーな謎を全て回収した上で、強敵との決闘、そしてどこかもの悲しい結末と、本作のラストには、この「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズの魅力が凝縮されていることは間違いないのであります。


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薄毛の秋-新・若さま同心 徳川竜之助(3) (双葉文庫)


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2013.02.27

「浣花洗剣録」第22集 母と子、因縁は入り乱れて

 前回、様々な意味で惨事が連発した「浣花洗剣録」正派と邪派の戦いに巻き込まれたおかげで引き裂かれまくる若きカップルたちの行方は…前回ほどではないにせよ、今回も「うわあ」な展開が続きます。

 蠱毒に冒されて正気を失い、一度は自分の土手っ腹を突き刺した珠児を優しく抱きしめた大臧。いいシーン…かと思いきや、再び蠱毒が発動した珠児は、大臧を崖下に突き落とす! という往年の平成ライダーのようなヒキで終わった前回。
 なすすべもなく転落したかと思いきや、崖落ちの先輩である白水聖母が駆けつけ、伸びる伸びる袖で大臧は救出されるのでした。

 しかし自分の息子を二度までも殺そうとした娘を許すわけもなく、分かり易い檻に入れられてしまう珠児なのでした。

 その頃、珠児の親父であり、蠱毒を仕掛けた張本人である王巓は、可愛い孫の方宝玉が色々とひどい目にあっておかんむりの白三空に説教を食らうのですが…こないだまでのオドオドっぷりはどこへやら、自分が武林の盟主になったと思いきや途端にデカい態度に!
 分かり易い、なんて分かり易い小物っぷりなんだ…転落の日がとても楽しみです。

 と、王巓はその場を立ち去ったものの、王巓をつけていた侯風に見つかりそうになり、顔を隠して侯風と激突する白三空。さらに金祖揚まで現れて不利になってその場から逃走と、今回はさんざんな出番の黒幕様でした。
 しかし、何故一時期間近にいて、しかも今回真っ正面から立ち会ったというのに侯風は相手の正体に気付かず、金祖揚の方が気付くのか…

 と、相変わらず役に立たない侯風の前に現れたのは、聖母から使者役を命じられた脱塵郡主。大臧の解毒を求める脱塵の言葉を断る侯風ですが、脱塵が聖母から渡された小瓶を見せると、一転協力を決めるのでした。
(白艶燭にストーキング愛を捧げた証拠物件を見せられては…)

 さて、大臧の容態は悪化、脱塵もまだ帰ってこないという状況に苛立ち、白雲閣に乗り込むと飛び出していった聖母。が、途中で家出状態の奔月を見つけた聖母は、侯風に対する人質だとばかりに彼女を捕らえ――
 というより、薄情な男に仕返しさせてやるという聖母に、奔月が半ば自主的に着いていったというところ。武林の女性は恋愛こじらせると怖いですね。古墓派とか。

 さて、檻に取り残された珠児は、こんなことなら殺してくれと木郎神君に頼みますが、今殺しても意味はない、と優しいんだか優しくないんだかな答えが返ってきて八方塞がり。が、そこに追いかけてきた宝玉が現れ、彼女を連れ出そうとします。
 木郎も、珠児がここに居ても誰にとってもいいことはないと黙認するのですが、そこに大臧が顔を出したおかげで宝玉が仇を討つとエキサイト。
 大臧も、いいよこいよと潔いのだけれども見ようによっては挑発めいたことを言い出すのでまたややこしい状況であります。

 白雲閣に帰る代わりに大臧を見逃して、という珠児の懇願でその場は収まったかに見えたのですが――しかしそこに奔月を連れた聖母が到着! 珠児の手を取る宝玉の姿を奔月が目撃して、一転、今回最大の修羅場であります。

 結局、その場は宝玉が引いて収まったものの、その晩、宝玉は奔月を説得しようとして、また正論ばかりで押していこうとするもんだからまた奔月はおかんむり(これまでも思っていましたが、奔月役の人は不機嫌そうな表情が最高に似合うと思います)。
 そこに立ち聞きしていた聖母が入ってきて「お前はなってない!」とばかりに説教。だってお前邪派じゃんと口答えする息子にも、私たちは木郎のところを攻めたくらい、正派の方がよっぽど陰険だと反論して完封、お母さんの貫禄を見せます。

 口で勝てないからといって母に(と言っても本人は知りませんが)手を上げた宝玉を受けて立った聖母は、腕の面でも宝玉を圧倒するのですが、さすがに息子を傷つけられず寸止めしたところに、遠慮を知らない宝玉がワンパン食らわせてしまうのでした。

 知らないとはいえ息子と戦う羽目になり、心身ともにダメージを受けて聖母モードから素顔に戻って一人涙に暮れる白艶燭。
 そこに彼女を気遣って追いかけてきた奔月と、心の交流が生まれるのは、なるほどうまい展開であります。
 二人とも、武林の男たちの面子争いに翻弄されて家族を喪ったもの同士。それに奔月はピュアなだけに物事の理非善悪をストレートに見抜く力を持つ少女であり、その彼女なればこそ、聖母/艶燭の複雑な内面に触れることができたのでしょう。

 そして聖母と奔月に詰られてさすが反省したか、そして大臧も単なる殺人鬼でないことを理解したか、宝玉は大臧の怪我を内功で治療するのでした。
 と、その一方で久々にイチャコラしている木郎と脱塵ですが、木郎は江湖に平穏をもたらすためには誰かが江湖を支配すれば良いと、しれっととんでもないことを…

 大臧の世話を焼いたり脱塵には年頃の青年らしいところを見せたり、クールながら情に厚い好漢に見えるのですが、しかしちょっと得体の知れないところのある木郎。
 分かりやすいキャラが多い本作ですが、その中でかなりひねった木郎のようなキャラがいるのも、また楽しいのであります。

 と、何となく仲良しになった聖母と奔月が隠れている屋敷に、前回の仕打ちを恨んだ火魔人が、解毒剤を奪わんと配下を引き連れて乗り込んできたところで、以下次回。


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2013.02.26

「お化け大黒 ゴミソの鐵次調伏覚書」 怪異の背後にあるものは

 最近は時代小説・歴史小説での活躍が強く印象に残る平谷美樹の最新シリーズ、「ゴミソの鐵次調伏覚書」に早くも第2弾が登場しました。ゴミソ――津軽の修法師・鐵次が、江戸で様々な怪異と対決する様が、今回もバラエティ豊かに描かれています。

 本作の主人公・鐵次は、湯島の通称「おばけ長屋」に「萬相談申し受け候」の看板を出す男。萬相談――それも怪現象や亡霊といった怪異に属するものを受ければ、六尺豊かな体躯に無数の端布が縫い付けられた長羽織をまとい、独鈷杵を片手に戦うヒーローであります。

 といっても、コワモテのようでその素顔はいたって気のいい好漢。普段は相棒で悪友の戯作者・鶴屋孫太郎(後の五代目鶴屋南北)と、気心の知れ合った同士、ポンポンと軽口をやりとりするのが何とも楽しい。
 さらにそこに裏の長屋に住む同郷のイタコ・百夜(盲目で、視力を得るために武士の霊を降ろしているため武家喋りの美少女という実に立ったキャラ)も加わって、この面々が基本シリアスに、時にコミカルに怪異に立ち向かっていくことになります。

 さて、そんな鐵次たちが本書で挑むのは、 「梅供養」「檜舞台」「庚申待」「下燃の蟲」「飛鳥山寮」「湯屋怪談」「お化け大黒」「辻斬り」と、全部で8つの事件。

 いずれも、単に怪異を真っ正面から叩き潰すだけではなく、怪異の背後にある真実や情理を読み取った上で、その怪異を祓う――そしてそれはしばしば鎮魂の形を取ることになるのですが――という、鐵次の特異なキャラクターが良く出たエピソード揃い。
 彼が対峙する相手も、悲しい死者/生者の念が引き起こす怪異あり、怪異によって集められた負の念を弄ぶ存在ありと、実にバラエティに富んでいますが、しかし、それに対峙する鐵次のスタンスは、やはりゴーストハンターにしてゴーストディテクティブとしていついかなる時も変わることなく、それがシリーズに一種の安定感を与えているように感じます。


 個人的に本作で特に印象に残ったのは、「庚申待」と「お化け大黒」の二編であります。
 「庚申待」は、郊外の農村で見つかった、出来たての白骨死体の謎を追う一編。死んだばかりなのにその身に一片の肉も残らない奇怪な死体の正体を追う鐵次たちの前に現れたのが、こちらの予想を遙かに超えた(それでいて伝奇的にはおなじみの)とてつもない怨念――
 というのにまず驚かされますが、その怪異との対決シーンが、むしろモンスターホラー的な描写に繋がっていくという意外性も面白く、実に個性的な一編と言うべきでしょう。

 そして表題作の「お化け大黒」は、実に完成度の高い一編。
 奇怪な事件を目撃した孫太郎の話を受けての鐵次の推理に始まり(当時の風俗を巧みに織り込んでいるのもまた心憎い)、お化け大黒にまつわる怪異の数々、事件の背後の黒幕と鐵次の大立ち回りと、短い中にきっちりと本シリーズの魅力が詰め込まれているのが、心地よさすら感じさせてくれます。
 特に、お化け大黒の怪異描写は、作者の持つホラー作家…というより実話怪談作家としての顔を感じさせてくれるもので、実にイイ塩梅の怖さでありました。


 その他、巻末の「辻斬り」には、孫太郎の師匠の四世鶴屋南北が登場。顔見せ的な扱いではありましたが、思わずこちらがニヤリとしてしまうような言動で、これからの登場が楽しみになるなど、これからの展開がいよいよ気になる本シリーズ。
 電子書籍で展開されている百夜を主人公にした「百夜・百鬼夜行帖」シリーズも含めて、この先も大いに期待できそうです。

「お化け大黒 ゴミソの鐵次調伏覚書」(平谷美樹 光文社文庫) Amazon
お化け大黒: ゴミソの鐵次 調伏覚書 (光文社時代小説文庫)


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2013.02.25

「新・水滸伝」第5巻 そして路線対立の果てに

 現代中国でリライトされた「新・水滸伝」もこれで完結の第5巻であります。オリジナル展開の多かったこれまでとは異なり、比較的原典に近い展開が描かれるのですが、その着地点は…

 これまで、登州での新税に対する叛乱、花石綱への反抗、遼へのレジスタンスと大規模なオリジナルストーリーが展開されてきた本作ですが、この第5巻では、柴進の受難、曾頭市との戦い、盧俊義の仲間入りを経て百八星が集結し、その後童貫戦・高キュウ戦を経て招安までと、表面的にはほぼ同じ展開に見えます。

 事実、百八星集結までの原典との主な相違点は
・王定六は安道全の弟子として登場
・盧俊義は燕青とともに北方に旅立ち、穆弘らと対面。梁山泊の思想に好意的。
・北京への帰還後、盧俊義は梁中書の飢民救護策に異を唱えて恨みを買い、李固の讒訴もあって捕らわれる。
・関勝の役回りとして孫立が登場(関勝は既に呼延灼の役回りで入山済)
と、さほど大きなものではありません。

 が、本作が原典と大きく異なる点は、この後にこそあります。
 百八星集結後、宋の招安を受けて帰順しようとする宋江。これに対し、一部から不満の声が出ていることは原典にも描かれましたが、本作においては童貫・高キュウ軍の攻撃が続く中、元・金持ちや官軍出身者と、元・庶民や山賊出身者の間で、路線対立はより先鋭化することになるのです。

以下、百八星集結以降の主な相違点は――
・公孫勝は百八星集結の二回後に離脱
・梁山泊は宋江・盧俊義ら招安派と呉用ら革命派に分裂。宋江の陰険さ・姑息さが強調される
・李逵・鮑旭・樊瑞は宋江に反発して三人だけで出撃、童貫軍に敗れ最初の死者に
・劉唐・阮小五・阮小二も童貫軍との戦いで死亡
・大敗した童貫をわざと逃がしたことで殺さなかったことで憤った穆弘は太行山に、項充ら外洋に離脱
・白勝、阮小七は高キュウ軍との戦いで死亡
・林冲は捕らえた高キュウをもてなす宋江に激怒して自刎
・林冲の死に激怒して二竜山組は離脱
・呉用は招安を止められなかったことを悔いて縊れ死ぬ
・花栄と清風山組も招安前に離脱
・戴宗は宋江に従っていた前非を悔いて自分で右足を切断。リタイア
・名誉を回復した呼延灼は毒殺、董平は妻の扈三娘を帝に召し上げられそうになり穆弘のもとへ

 …と、ある意味原典終盤以上に悲惨な展開のオンパレードであります。

 そしてその中でしつこいくらいに強調されるのは、宋江の陰険さ、小人物ぶりです。
 招安を受けて官位と栄耀栄華を得るために策を巡らせ、それに反対するものの切り離しを――時には戦場で見殺しにすることも含めて画策。招安のためには宿敵である高キュウや童貫にも媚びへつらう…

 なるほど、原典でも宋江は確かに偽善者的な人物であり、特に後半、宋江が招安を受けなければ…と歯がゆく感じたことは、原典読者にとってはほぼ共通の経験でしょう。
 しかし、だからと言って宋江を単なる陰険な策略家――何と九天玄女の天書や百八星の石碑も彼の捏造という設定!――として描いて面白いかと言えば、それは別の話。

 確かに、一種のif展開として梁山泊内の路線対決を描くというのはなかなか面白い試みであり、それ自体は悪くありません。
 しかし、単に招安派、というより宋江をどうしようもない悪人として――敵側を貶めまくって味方側を持ち上げるというのは、本作で一貫した態度ではあります――描いても、不快さと理不尽さが残るばかりです。

 宋江を偽善者と評し、後半を切り捨てたのは、七十回本の編者である金聖嘆も行ったことであります。
 そしてまた、文化大革命の頃、毛沢東が反革命的として宋江を批判したのもまた事実。 本作の態度は、その延長線上にあるもの、と想像はできるものの、上に述べた悪人描写の拙さなど、小説としての魅力の乏しさが、大きくマイナスに働いているとしか言いようがありません。


 多くのオリジナル展開には楽しませていただきましたが、やはり本作を通じての第一印象は、現代中国において水滸伝を描くということの難しさと、そして何よりも小説としての面白さの必要性であります。後者は当たり前すぎる話ではありますが――

「新・水滸伝」(今戸榮一編訳 光栄) Amazon


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2013.02.24

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだまだ寒い日が続きますが、2月もあっという間に終わり、早3月、春も目前。時代伝奇アイテムの方は、なかなかのラインナップだった2月に続き、3月もかなりの豊作で、気持ちが明るくなります。というわけで、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説の方で何と言っても驚かされるのは、風野真知雄の「続・妻は、くノ一(仮)」。「妻は、くノ一」はドラマ版も放送開始目前ですが、しかしあれだけきちんと完結した原作に続編? と思いきや、正編よりも前のお話、流行り(?)の言葉でいえば、プリクウェルのようです。ちなみに「妻は、くノ一」は、先日連載開始したばかりの黒百合姫による漫画版も、早くも第1巻が発売されるようです。

 その他の新作では、いよいよ新章突入の瀬川貴次「鬼舞 見習い陰陽師と呪われた姫宮」、期待通りのしかし想像以上に早いシリーズ続巻、希多美咲「写楽あやかし草紙 花霞のディーバ」、早いものでシリーズ第4弾の上田秀人「妾屋昼兵衛女帳面」、そして待望のシリーズ第2弾の小松エメル「蘭学塾幻幽堂青春記シリーズ(仮)」、そして澤見彰の妖怪時代小説「もぐら屋化物語 用心棒は迷走中」と、かなりバラエティに富んだ印象です。

 文庫化の方では、先月から小学館文庫で刊行が始まった山田風太郎短編集の第2弾「斬奸状は馬車に乗って」。第1弾もトラウマものの作品が幾つも収録されておりましたが、おそらくこちらも…(というより表題作が既に)。
 その他、いよいよ全7巻のラスト一つ前の越水利江子「忍剣花百姫伝 6 星影の結界」、現時点ではシリーズ最新作の京極夏彦「西巷説百物語」、そして角川文庫に移籍!? の佐々木裕一「京嵐寺平太郎 もののけ侍伝々」が気になるところです。


 漫画の方はシリーズの続巻がメインですが、発売が一ヶ月ずれた睦月ムンク「陰陽師 瀧夜叉姫」第2巻、快作「風魔」の漫画版のかわのいちろう「戦国SAGA 風魔風神伝」第2巻、異色の妖怪絵師コミック、佐伯幸之助「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」第2巻、アクション描写のキレが想像以上のhakus「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻、回向院の茂七ものの漫画化の的場健「回向院の茂七 ふしぎ江戸暦」と、「アダンダイ」以外は全て原作ものというのがちょっと面白いところではあります。

 しかし漫画の方で最も注目したいのは、バイオレンス時代漫画の金字塔、森田信吾の「明楽と孫蔵」の登場。おそらくはコンビニコミックでの再版ですが、再版されていなかったのが信じられない名作だけに楽しみですし、きちんと全話刊行していただいたいものです(そして、単行本が未完の「御庭番 明楽伊織」の方も…)

 おっと、数ヶ月に一度のお楽しみ、「お江戸ねこぱんち」も第6号が刊行されます。


 映像作品の方では、映像化された自体が奇跡的なのではないかと感じてしまう、ジョージ秋山原作の「アシュラ」がやはり気になるところであります。



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2013.02.23

「風の王国 5 渤海滅亡」 一つの滅び、そして後に残るもの

 耶律突欲と渤海の裏切り者による謀計により奇襲を受ける遼州城。人質となった千人の東日流兵は自ら死を選び、明秀は囚われの身となって契丹の皇后・月里朶と対面する。そしてその間にも契丹の攻勢は進み、ついに渤海滅亡の日が訪れる。しかし、契丹王家の中の対立が、思わぬ惨劇を招く――

 ついに全10巻中の第5巻、折り返し地点を迎えた平谷美樹「風の王国」。この巻は、その節目に相応しい、第一部完と言いたくなるような重要な出来事が次々と描かれることとなります。

 まず冒頭で描かれるのは、ヒロインの一人である芳蘭が宿敵…であるどころか姉の仇である契丹の皇太子・耶律突欲のもとに身を寄せる姿。
 渤海の大貴族の娘として生まれ、何不自由なく育ってきた彼女が、運命に翻弄される中で己を見つめ直し、滅び行く渤海のために何ができるか、それを考えた末に辿り着いた自分自身の戦いの形がこれというのは、いささか衝撃的ではあります。しかしこの出会いがそれだけでなく、二つの孤独な魂にとって救いとなるかもしれないという点は、一つの希望であり、あるいは物語に大きな影響を与えていくことになるかもしれません。

 そして、次に待ち受けるのは、ある意味この「風の王国」という物語において大きな山場であろう、明秀の敗北であります。
 突欲、そして渤海の裏切り者の手引きにより密かに遼州城に潜入した敵兵の蜂起により窮地に陥る東日流軍。いかに内側からの奇襲であったとはいえ、決しておとなしく敗れるはずのない明秀と東日流軍が敗れ、捕らわれることとなったのは、互いが互いを想う「情」のゆえ。
 己の身一つを犠牲として千人の兵を守ろうとした明秀に対し、千人の兵の選択は――自己犠牲と言うも愚かな壮絶なその選択により、明秀はこれまでにない重荷を背負わされることとなるのであります。

 しかし、たとえ心身に深い傷を負ったとはいえ、明秀がおとなしく契丹に連行されていくその理由の一つが、己の宿敵たる突欲の母・月里朶と対面し、そして何故彼女が突欲を憎むのか尋ねること、というのが実に彼らしい。
 契丹の皇太子でありながら、母に疎まれ、辺境で戦い続けてきた突欲。その姿は、渤海で生まれながら親の顔も知らぬまま東日流に漂着し、そして育ての親たちの愛に包まれて育った明秀とはまさに対極にあります。
 そんな彼にとって不思議でならない契丹王家の姿を、当事者に単刀直入に聞いてしまおうというのがいかにも彼らしいところですが、それをきっかけに描かれる月里朶と突欲、母子の想いのすれ違いは、これまでもこのシリーズで常に描かれてきた、「敵もまた血の通った人間であること」の一つの表れというべきでしょうか。


 …ここまでがキャラクターレベルの大事件だとすれば、後半で描かれるのは国家レベル、歴史レベルの大事件――渤海の滅亡であります。
 契丹の侵略を受けながらも、何一つ有効な手を打つことができず、派閥争いを続ける貴族たち。敵軍に国土を奪われながらも、出撃もせずに互いに責任をなすりつけあう将軍たち――なるほど、国が滅びるとはこういうものか…と、どこか他人事とは思えぬ姿に暗然たる想いを抱かされた末に、渤海王はその地位を追われ、渤海という国は消滅することとなります。

 そしてもう一つ、契丹の側にも大きな動きが生じることとなります。初代契丹皇帝であり、耶律突欲の父である耶律阿保機の突然の没――史実ではただ凱旋の途上で没した伝わる彼の死を、本作はどのように描いたか、それは伏せますが、これから先の激動の展開を予想させるものであることは間違いありません。


 さて、渤海の援兵として海を渡った明秀たち東日流人たちの戦いは、渤海が滅んだことで終わったのでしょうか。もちろんその答えは否であります。
 「風の王国」の前半では、渤海という国が滅びる姿が描かれました。しかし王家が滅び、国の名が失われたとしても、後にはその国で暮らした民が、そして彼らが暮らす土地が残ります。
 それを守り、育てるため戦い――国造りが、おそらくは「風の王国」の後半で描かれるのでありましょう。

 折り返し地点を過ぎて、これからが本番であります。

「風の王国 5 渤海滅亡」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
風の王国 5 渤海滅亡 (時代小説文庫)


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2013.02.22

「青葉耀く 敬恩館風雲録」下巻 武士の義と人間の情の対決

 僻村から城下の藩校に入学した大月寅之助と矢島小太郎。二人のうちどちらかが、藩主の御落胤と睨んだ京とお鈴は、寅之助の父・慎兵衛から意外な真実を告げられる。真実の重みに藩校を飛び出した寅之助。しかしその間も魔の手は彼らに迫る。彼らを守る謎の人物の正体は、そして御落胤の行方は?

 米村圭伍が描く青春時代小説の下巻であります。
 出雲国千歳藩の僻村に育った二人の少年、大月寅之助と矢島小太郎。かたや力自慢だが勉強はからっきし、かたや頭脳明晰だが虚弱体質と、全く正反対ながら親友同士の二人が、城下の藩校・敬恩館に入学したことから、思わぬ波瀾が巻き起こることとなります。

 その波瀾とは、いわゆる御落胤騒動。寅之助と小太郎、どちらかが藩主の御落胤だというのですが、もちろん(?)二人はその事実を知りません。
 知っているのは陰謀により毒殺された双葉姫の学友だった京とお鈴の美少女コンビ「河童組」。姫の末期の言葉から彼女の弟に当たる御落胤の存在を知った二人は、御落胤を守るため、独自に行動を開始するのですが…

 そしてついに寅之助の父・慎兵衛が、京とお鈴、そして寅之助を前に、重い口を開いたところで幕となった上巻に続く下巻では、冒頭から意外な真実が語られることとなります。
 確かに存在した藩主の御落胤を隠し、守り通すために、寅之助の両親と小太郎の両親が立てたある策。それは、慎兵衛の話を聞いた三人、なかんずく寅之助にはあまりにも重すぎる意味を持つものでした。

 その重みに耐えかねた寅之助は藩校を飛び出して行方をくらまし、河童組の二人もまた、己の為すべきことに悩むこととなります。そしてその秘密を知った筆頭家老の息子・淳市郎と、お鈴の弟・正助もまた…


 江戸時代の武士にとって、最も大事なものは何かと言えば、それは突き詰めれば「家」「血筋」でありましょう。
 そして特に主持ちの身にとっては、主君のそれは、何よりも――自分自身の子を犠牲にしても――守るべきもの、と言えるかもしれません。
 本作で寅之助や京・お鈴ら少年少女が直面するものは、まさにその武士の世界の大義。(商人の子のお鈴はともかく)武士の血を引くものにとって、その大義は絶対のもののはずなのですが…

 本作で、特にこの下巻において描かれるのは、武士としての「義」と人間としての「情」の対決――そういうことができるでしょう。
 大人の世界、武士の世界であれば当然の理屈であっても、それを受け入れるには彼らはまだ若く――そして何よりも、人として無垢でありすぎる。そんな青く危なっかしい、しかし人としてみれば誠に正しい心を持つ少年少女たちが、友達のために奮闘する姿には、心を熱くせずにはいられません。

 もちろん彼らとて一枚岩ではありません。目指すところは同じでも、その目的は異なる――どころか正反対、やはり大人の論理で動く者もいるところが(そしてまた、彼もそれに戸惑いを感じているのですが)またややこしく、そしてリアルに感じられるのであります。

 人の生き死にという選択肢を背負わされることはまずないとはいえ、現代においても青春時代は大人の論理と若者の論理の間で揺れ動くことばかり。
 確かに極端なシチュエーションではありますが、本作で奔走する少年少女の姿からは、いつの時代にも通じる青春時代の爽やかさと、それと背中合わせのほろ苦さが感じられるのです。

 そして青春時代は、単に若者たちの側のものだけではありません。この下巻で若者たちを守って活躍する謎の助っ人もまた、ある意味青春時代のまっただ中にあるのですが――個人的には、この人物とほとんど同年代だけに、彼の想いが痛いほど伝わって参りました。
 なるほど、武士としての「義」と人間としての「情」、言い換えれば大人としての「理屈」と子供としての「感情」がぶつかりあう時代を青春と言うのであれば、なるほど、それに肉体的な年齢は関係ないのかもしれません。


 そんな、爽やかでほろ苦い青春を描いた本作ですが、しかし物語自体はこれで完結、というわけではありません。まだまだ「敵」の陰謀の全てが粉砕されたわけではなく、少年少女たちもまた、自分たちが背負ったものの正体にいまだ気付かないままなのですから…(特に一人、全く蚊帳の外に置かれている人物がいるのが残念)。
 本作の続編が少しでも早く発表されることを祈る次第です。

「青葉耀く 敬恩館風雲録」下巻(米村圭伍 幻冬舎) Amazon
青葉耀く 敬恩館風雲録(下)


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2013.02.21

「一刀流無想剣 斬」 正義の剣士…の正体は

 戦国時代末期、下野国の藤篠光永は奸臣・龍田織部介に討たれ、娘の澪姫を残して一族は滅亡した。逃げる澪姫と小姓の小弥太が追いつめられた時、一瞬のうちに追っ手を蹴散らした黒い長羽織の男。一刀流の秘剣を操るその男、神子上典膳と逃避行を続ける二人だが、龍田の追っ手は執拗に迫る…

 「機龍警察」シリーズで注目を集めるエンターテイメント作家・月村了衛の初時代小説が、本作「一刀流無想剣 斬」です。

 剣豪ものファンにとっては常識ですが、一刀流は戦国時代の剣豪・伊藤一刀斎が創始した剣術流派であります。
 そしてその一刀斎に小野善鬼と神子上典膳、二人の弟子がいたこともまた、有名なエピソードでありましょう。一刀斎はその性倨傲な善鬼を嫌い典膳に一刀流正統の印可を与えたこと、そして典膳と善鬼が立ち会い、典膳が勝ったことも――
 その知名度にも関わらず一刀斎の晩年が不明なこともあり、しばしばこの辺りのエピソードは、時代小説の題材となっているところです。

 さて本作は、この一刀流にまつわる物語であります。
 メインとなるストーリーはいたってシンプル。一刀流の剣士が、奸臣・龍田織部之介の謀反により一族を失った亡国の姫君・澪姫とその供を守って逃避行を続ける姿が描かれることとなります。

 彼らの前に立ち塞がるのは、龍田の配下たちや落ち武者狩りの人々、そして豊臣家の隠し御留流・黒蓑鏡心流の双子剣士…
 物語は冒頭から終盤まで、ほとんどひたすらに剣戟を続けつつ展開していくことになりますが、その中心にあって物語を展開していく力となるのは、一刀流の剣士である主人公の存在であることは間違いありません。


 本来であれば澪姫たちとは縁もゆかりもない本作の主人公が、その命をかけてまで彼女たちを守るのは何故か――
 いや、彼女たちだけではありません。彼は、弱きを助け強きをくじく…そのためだけに、各地でその剣を振るっていることが、やがて語られていくこととなります。

 ただ弱き者を助けるためだけに、己の剣を振るう正義の剣士――そのような「まるで時代劇のヒーロー」のような存在がいるものか?
 しかし本作は、そんな剣士を主人公に据えて、物語を展開させてみせます。

 一歩間違えれば単なる荒唐無稽な活劇に終わるところをギリギリのバランスで踏みとどまり、そしてそれを逆に本作ならではの剣豪譚を描く力に転換してみせる…
 まさにこの点が、本作の最大の魅力でありましょう。


 …が、この点が作中で十全に効果を挙げていると言い難いのも、また事実。
 はっきりと言ってしまえば、終盤に語られるある真実が、あまりに予想しやすい――勘の鋭い人物であれば、物語のほとんど冒頭から気が付いてしまうレベルのものであることは、まことに残念としか言いようがありません。

 このために、終盤の展開の驚きと、そこから生まれるドラマの深みが損なわれているのは、これは大きな損失と言うべきでありましょう。

 この点や、そもそもこの時代にこの場所でこの物語が成立し得るのか、また作中に登場するある人々があまりに武装過多に思える点も含めると、総じて、粗削りな物語という印象になってしまうのは、何とも残念なところではあります。

 果たして時代小説が、作者の活躍の場所(の一つ)となり得るか…それは本作を読んだ限りでは、まだわからない、というのが正直な気持ちであります。

「一刀流無想剣 斬」(月村了衛 講談社) Amazon
一刀流無想剣 斬

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2013.02.20

「浣花洗剣録」第21集 決戦一転、修羅場は続く

 いよいよ武林の命運を賭けた二人の主人公対決、それも(それとは知らぬままの)兄弟対決という、物語の折り返し地点に相応しい展開となった…と思いきや、大変なことになってしまった「浣花洗剣録」。全く、誰がこの展開を予想できたか、という修羅場の連続であります。

 決戦前夜に奔月との婚礼を済ませた方宝玉、嬉し恥ずかしの共寝の翌朝…と思いきや、何と隣に寝ていたのは珠児! ビンタを食らわされた宝玉お互い目を白黒させているところに奔月がやって来て…と、冒頭からとんでもない修羅場展開です。
(これ、前回の白水聖母の策の結果だとは思いますが…やりすぎ)

 そんな状況とも知らず武林大会の会場に現れた大臧。しかし宝玉は開始時間に現れず(ってそれどころではないですが)、代わりに現れたのはヤケになった奔月であります。
 さあ殺せ! とばかりに襲いかかる奔月をあしらっているところにようやく現れた宝玉と珠児から昨夜の出来事? を聞かされた大臧ですが、もちろんこれには大激怒。宝玉に襲いかかります。

 これは危うく割って入った侯風のおかげ(珍しく役に立った侯風)でストップをかけられた大臧は、私の意志じゃない、と抱きついてきた珠児を優しく受け止めるのですが――次の瞬間、珠児が手にした短刀で大臧のドテっ腹をブッスリと突き刺す!

 さすがの大臧もあまりのことにダウン、一方珠児はポヤーンとした表情で心ここにあらず…激怒しつつも聖母を初めとする五行教一党は、大臧と、珠児を連れてこの場から撤退するのでありました。

 さて、この惨劇の原因は、どさくさに紛れて武林の盟主となった王巓が、前回珠児に仕掛けた蠱毒。これを受けた者は、術者の意のままに操られてしまう…と、蠱毒はそういうものだったかな、という気もしますが、とにかく恐るべき毒であります。
 しかしさすがに武林の盟主が実の娘にそんな毒を盛ったというのは外聞が悪いか、はじめはしらを切る王巓ですが、何でも知ってる金祖揚に見破られた上に、証拠となる虫の入れ物まで突きつけられて逃げ場なし。
 それでも逆ギレ気味にその場を取り繕おうとするのはもはや才能ですが、しかし宝玉に「前夜のあれもあなたの仕業か」と疑われてファッ!? という顔になるのには大笑いいたしました。

 さて、カラクリがわかったとはいえ、邪派に連れ去られた珠児の身が危険だと追いかけようとする宝玉は、本当に愛しているのなら自分を連れてどこかへ逃げて、という奔月を振り切って珠児を追いかけようとするのですが…この辺り、女心というか人の心のわからないお坊ちゃんぶりです(さすが陳家洛…はもういいって)。

 さて、一方、白水営では木郎神君が蠱毒の存在を見破りますが、ご丁寧に毒を塗った短刀で刺された大臧は瀕死の状態で聖母は激怒&気を揉みまくる。
 そこに火魔人が、このチャンスに正派に総攻撃かけましょうぜ、などと言うものだから聖母は激怒、殺人神水なるモノを飲まされて、追い出されてしまうのでした。
 そして唯一毒を消せるであろう侯風を呼んでくることを脱塵郡主に託し、聖母と木郎、大臧と珠児はひとまずとある宿場に撤退…

 さて、何故か真っ赤な衣装に着替えた(変装のつもり?)聖母は、おかんっぷりを発揮して大臧に薬湯だかスープだかを飲ませようとしますが、この怪我人、全く落ち着かない。何故世話を焼く(これはもっともな疑問ですが)だのなんだの話しかけて、瀕死の割にはえらく元気です。

 一方、蠱毒のおかげということで命は助けられたものの、愛する人のドテっ腹をえぐった罪の意識と絶望感に囚われた珠児。
 しれっと起きあがってきた大臧が、木郎から聞いて彼女の部屋を訪れたときには、その姿は既になく、近くの崖っぷちに…
 来世で待つ、とばかりに飛び降りようとした珠児のもとに駆けつけたのはしっかり着物を着込んで追いかけてきた大臧。
 静かに、しかし力強く優しい言葉をかけながら近づいた大臧は、文字通り崖っぷちの珠児を優しく抱きしめるのですが――

 ここで珠児が大臧の体をドン、と一押し! 大臧の体は崖から真っ逆さま…と、往年の平成ライダーも真っ青なヒキで続きます。


 いやはや、少なくとも三回は「ギャーッ」と言いたくなるようなシーンがあった今回。
 ラストの珠児の行動は、もちろん蠱毒にやられてのものではありますが、大臧は一本差しだし、さすがに太刀を奪われることはないだろうと思っていたら…これは次回が気になって仕方がありません。


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2013.02.19

「寝台特急あさかぜ鉄人事件」 二つの世界と我々の世界を重ねる愛

 正直なところとても良い読者とは言い難い私ですが、芦辺拓作品の魅力は、本格ミステリとしてのそれに留まらず、ジャンル小説への深い愛情と、「物語ること」の強い意識からくる一種メタ構造にあるのではないか、とは常々感じているところです。 「鉄人28号」を題材としたアンソロジー「鉄人28号 THE NOVELS」に収録されている本作「寝台特急あさかぜ殺人事件」も、その意味では紛れもなく芦辺作品であります。

 本作は、元々は小学館から発売された「カラー版鉄人28号限定BOX」のBOX2に収録されていた作品。BOXに収められた7巻の分冊に一話ずつ掲載され、BOX内で完結する、BOX内連載小説とも言うべき、ユニークな形式で発表された作品です。

 タイトルとなっている寝台特急あさかぜは、いわゆるブルートレインの元祖とも言える列車。本作は、物語の舞台となる時代では最先端の乗り物であるあさかぜと、もう最先端の乗り物であるハンドレページ・マラソン(レシプロ機)、二つの最先端の乗り物を主な舞台として展開していきます。

 事件の一つ目は、大塚署長のもとに届けられた、謎のフィルム。そのフィルムには、あろうことか大都市福岡が破壊されていく映像が…! その謎を解くべくレシプロ機「浪速」で九州に向かった正太郎は、村雨健次が乗った日航機が、PX団にハイジャックされたことを知ります。

 そして事件の二つ目は、大阪市警視庁の刑事・森江春太郎が、タイトル通りに寝台特急あさかぜで遭遇した殺人です。
 かつて正太郎と対決したS国のスパイ・ニコポンスキーがあさかぜの中で射殺した男。しかしその男は、あさかぜに乗った記録がない男だったのです。
 そしてニコポンスキーも、ハイジャックされた飛行機に乗っていたことが確認されていたのですが――

 果たして被害者の男は、走る密室であるあさかぜに、いつどこで乗り込んだのか。そして確かにアリバイがあるはずのニコポンスキーが、どうやってあさかぜでその男を射殺することができたのか…? 二つの事件は、意外な形で結びつくことになります。


 BOX内連載小説といえども、全体の分量としてはあくまでも短編。しかし本作はそんな中で、正太郎少年と大塚署長、敷島博士はもちろんのこと、村雨健次やニコポンスキー、ロビーにPX団といった有名人(?)を全て登場させるという荒技に挑戦しています。

 そしてそれを――キャラクター小説としてのきっちりと目配りした上で――成立させ、さらに自らのキャラクターである森江春策…の父・春太郎を、正太郎に並ぶ一方の主人公として登場させる。その上で、本格ミステリとしての事件を描いてみせる…
 いやはや離れ業の連続にただただ驚かされるばかりであります。

 もちろん、さすがにキャラクターを詰め込みすぎな感は皆無ではありませんし、あさかぜでの事件の真相も、偶然頼りの部分が大きすぎると言う印象があります。

 しかしそれでもなお、本作が非常に魅力的なのは、本作の中心となるトリックが、非常に豪快ながらも、この世界観ならではの整合性に沿ったものであることがまずあります。
 そしてそれ以上に、巧みに重ね合わされた「鉄人28号」の世界と芦辺拓の森江春策ものの世界(冒頭の世界少年探偵会議も含めると世界の数は大変なこととなるのですが)に、もう一つ、ラストで我々の世界に重なってくるその姿が、実に美しく感じられるからにほかなりません。

 本格ミステリというルールを守りつつも、世界と世界、物語と物語を重ね、そこに更に現実世界を重ねることにより、「我々の物語」として成立させてみせる――まさに作者ならではの、「鉄人28号」と物語への愛に溢れた作品であります。

「寝台特急あさかぜ鉄人事件」(芦辺拓 「鉄人28号 THE NOVELS」所収) Amazon
鉄人28号 THE NOVELS (小学館クリエイティブ単行本)

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2013.02.18

「不思議絵師蓮十 江戸異聞 2」 真実を描く絵、自分自身を描く絵

 第1巻からほぼ一年ぶり、描いたものに命を与える浮世絵師・蓮十の、再びのお目見えであります。今回も、美貌の浮世絵師・蓮十と、地本問屋の娘・小夜、そして蓮十の宿敵(と書いて「とも」と読む)歌川国芳が、ちょっと不思議な事件の数々に巻き込まれていくこととなります。

 主人公・石蕗蓮十は、江戸で売り出し中の浮世絵師。役者にしたいような美貌に相応しく(?)どこか生々しい美人画で評判の蓮十ですが、彼の悩みは、自分が描いた絵の中の生き物に命が吹き込まれてしまうこと。
 動物を描けば動物が、人間を描けば人間が、その描写が真に迫るほど、絵から抜け出して動きだしてしまう…
 それを避けるために、普段は絵の中に意図的に「ほころび」を入れておくのですが、それが必ずしも功を奏するわけではなく、様々な騒動の種になってしまうのであります。

 そんな蓮十を中心に描かれる本作は、前作同様、三編の中編から成る作品集となっています。
 国芳と共同で鼠除けの猫絵を描くことになった蓮十が、ほころびとして猫の尻尾を二股に描いたことから、猫又が誕生してしまう第一話「鼠と猫」。
 蓮十のお人好しぶりが思わぬ福を招き、変わり変わって鯉が初松魚に化けるまでを描く変わりわらしべ長者の第二話「青葉若葉」。
 ろくろ首と噂を立てられた鐘撞きの娘の見合いのために蓮十が描いた似顔絵が、本当にろくろ首として絵から抜け出す謎を描く第三話「ろくろ首の娘」。

 どの作品も、明るくもちょっと切ない人間の心の綾を、蓮十の絵が描き出していくという趣向。
 単に対象の外見を写し取っただけではなく、対象の内面も含めて、真に相手の姿を捉えた時にはじめて、絵が実体化する――その設定がうまく作用して、思わぬ角度から物語の背後に隠れた真実が見えてくる、という構造が実に面白いのであります。

 それが最も効果的に描かれたのは、第三話でありましょう。
 ろくろ首と噂される娘の似顔絵で、あえてほころびとして入れた――ろくろ首の証と言われる――首のしわ。ところが、その絵が実体化して動き出して…ということは、彼女は本当にろくろ首なのか?
 全て投げ出してしまったようでいて、不思議に生の女性の臭いを感じさせる娘(この辺りのナマの女性描写はさすが)。実の娘の噂も商売の宣伝の手段としか考えないようなその父親。そして彼女たちを前にして、少しずつ描き出される蓮十の過去――

 蓮十に対しての父親の思わぬ提案が、蓮十の過去に触れる形で、彼自身のキャラを掘り下げるという展開も面白く、また、父親が元々は鐘撞きという題材選びも巧みで、本作のうちでは随一の内容と感じました。
(私の不勉強ゆえか、鐘撞きとろくろ首の関係は初耳でしたが…)


 そして本作は、蓮十と彼の絵を通して様々な人々の姿を描き出すだけではなく、蓮十自身の姿を描き出す物語でもあります。
 実は絵師になる前は葭町にいた蓮十。その過去は様々な形で彼の現在にも陰を落としますが、それがあからさまに描かれるのではなく、小出しにされていくのが、何とも心憎いのです。

 そんな過去を持ちながら(いや持っているからこそ?)、蓮十が自分の中の小夜に対する感情の正体に気付かないことから生まれるラブコメ展開も楽しいのですが、今回は彼の過去に密接な関係を持つ、ある実在の人物が登場。
 今回は顔見せ程度なのですが、物語にどのように絡んでいくのか、何とも興味をそそられるのです。


 真実を描き出す蓮十の筆が、いつか彼自身の姿を描き出すことになるのか――そんな期待も込めて、次は一年待たないで再会できれば良いな、と感じている次第です。

「不思議絵師蓮十 江戸異聞 2」(かたやま和華 メディアワークス文庫) Amazon
不思議絵師蓮十―江戸異聞譚〈2〉 (メディアワークス文庫)


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2013.02.17

「十 忍法魔界転生」第1巻 剣豪たちを現代に甦らせる秘術としての作品

 はやいもので、せがわまさきによる山田風太郎「魔界転生」の漫画化である「十 忍法魔界転生」の連載が始まってはや半年。ここにコミックス第1巻が発売されました。この第1巻には、地獄編 第四歌までが収録されております。

 島原の乱直後、死屍累々たる中で艶やかな美女から再誕する天草四郎の姿を目撃する由比正雪と老いたる宮本武蔵という、何度見ても痺れる冒頭部。
 そしてそれから七年後、泰平の世の裏側で、あたかもファウストを誘惑するメフィストフェレスのように名だたる名剣士・武芸者たちの前に現れて、奇怪な誘いを囁く怪人たち――

 冷静に考えると、この第1巻の時点では、敵の行動の目的がほとんどわからない(四郎が口走ってはいるものの、この手段がそれにどうつながるのかわからない)どころか、誰が主人公かもわからないという、大変な状態ではあります。
 しかしそれでも全く問題なく面白い――というより作品に引き込まれてしまうのは、これはもちろん、原作者たる山田風太郎の力によるところが大きいのは間違いないでしょう。
 「魔界転生」なる空前絶後のアイディアと、それによって復活する転生衆の顔ぶれ、そしてもちろんそれを紹介していく物語構成の面白さ…どれをとっても、一読三嘆どころではない、何度読んでも色々な意味で溜息が出る素晴らしさではあります。
 しかしこの「十」においては、それに勝るとも劣らず、せがわまさきによる「画」の力があることは、これは言うまでもありますまい。

 せがわまさきによる山風作品の長編漫画化はこれで三作目、もはや定番すぎてかえって面白みがないのでは…などというのはもちろんこちらの杞憂。以前「地獄編 第一歌」の感想でも触れましたが、四郎の転生シーンを横の構図から描くなど、原作のイメージを真っ正面からビジュアル化する一方で、時に意表を突いた「画」を投入してくる辺りは、これはある意味貫禄の技と言えるのではありますまいか。
 そしてまた、冒頭から次々と登場し、そして(言い方は悪いですが)使い捨てられていく忍体と化した女性陣の艶やかさ、妖しさ――特に転生衆を「受胎」した際の瞳など――も、見所の一つでありましょう。

(ただし、個人的には転生衆のビジュアルが、いわゆる「魔眼」であったり耳が尖っていたりと、人外アレンジされているのが少々残念ではありますが…この辺り、魔人の魔人たるゆえんをどのように表現するかというのは難しい問題なのでしょう)


 この「魔界転生」という物語は、泰平の世に無用の存在、過去の遺物となった剣豪たちを文字通り再生させるという物語であります。 それは、原作の時点では、講談や小説・ドラマ等で、ある程度読者の共同認識としてあった剣豪たちを、同一の場に集めて戦わせる手段であったと言えるでしょう。
 しかし、現在においては、その意味は原作とは少々異なるように思えます。

 何故ならば、武蔵や天草四郎など一部を除き、本作に登場する剣豪たちのほとんどは、現在の読者の多くにとっては完全に過去の遺物、名前すら知らない存在なのですから…
 それをここに甦らせ、現在の読者の眼前で縦横に活躍させてみせようとする本作は、それ自体が「忍法魔界転生」めいた存在ではありますまいか。


 この第1巻で語られたのはあくまでも「敵の編成」の一部、彼らを敵とするべき呪われた人物、本作の主人公たる人物は、いまだ登場すらしておりません(作中で一コマ登場した際には、さりげなく顔が隠されていたのが面白い)。
 いや、実に四ページに渡る予告ページの後半見開きを使って初めて登場するあのヒーローが、この現在に甦った剣豪たちを相手に、如何に戦うのか――せがわまさきの手になる「忍法魔界転生」はこれからが本番であります。

「十 忍法魔界転生」第1巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(1) (ヤンマガKCスペシャル)


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2013.02.16

「説岳全伝」における「水滸伝」関連キャラクター

 北方謙三の大水滸伝第三部「岳飛伝」も好調のようですが、この岳飛を主人公とした中国の小説が「説岳全伝」です。この「説岳全伝」は「水滸伝」の直後の時代を舞台とした作品であり、水滸伝の登場人物・関係者も何名か登場します。今回の記事ではそうしたキャラクターについて述べたいと思います。

 ここで簡単に「説岳全伝」について説明いたしましょう。この「説岳全伝」は中国の清代に銭彩・金豊らによって書かれた小説。金の侵略と北宋の滅亡、南宋の誕生を背景に、抗金の英雄として活躍した岳飛とその配下たちの活躍を描く全八十回の長編であります。
 日本では岳飛の存在がほとんど知られていないこともあり、完訳は残念ながら刊行されておりません。が、田中芳樹が「岳飛伝」のタイトルで全八十回の編訳を行なったものが出版されています(以後、本稿で「岳飛伝」といえばこの田中版を指します)。一部アレンジされていますが、細かいところを気にしなければ、作品の全貌は十分に掴むことができます(が、細かいことを気にしだすと色々あるのは後述)。

 前置きが長くなりましたが、「説岳全伝」には、梁山泊の百八星の本人が登場する場合と、その子孫が登場する場合があります。
 まず本人はといえば――
・呼延灼…金と戦う老将軍開封を奪われて逃げる途中の高宗を守って金の兀朮四太子と激突するも戦死(第36回)
・燕青…海賊の首領。逃げる途中の高宗を捕らえ、一度は殺そうとするが見逃す(第37回)
・安道全…牛頭山の玉虚宮に滞在。逃げこんできた高宗を治療する(第37回)

 全て高宗絡みというのがちょっと面白いところであります。原典の記述通りに戦死してしまう呼延灼は残念ですが、面白いのはやさぐれてしまった燕青でしょう。「水滸後伝」とはある意味正反対のやさぐれぶりは、優等生イメージのある燕青にしては意外で、なかなかに興味をそそられます(ちなみに新書版「岳飛伝」では伊藤勢によるこの燕青のイラストが最高に格好良いのです)。

 ちなみに第35回には樊瑞と名乗る老人が登場するのですが、「説岳全伝」で梁山泊が登場する時には必ずついて回る「梁山泊の」「水滸塞の」という表現がないため、これは同姓同名の別人と考えていいように思います。
 また、名前のみの登場ですが、岳飛の師である周[イ同]は、林冲や盧俊義の師でもあったという記述があり、岳飛は彼らの弟弟子に当たることになります。

 さて、子孫の方はと言えば、以下のとおり。
・張國祥…菜園子張青の息子でもと緑林の好漢。岳飛の助っ人に駆けつける(第27回)
・董芳…董平の息子でもと緑林の好漢。張國祥とともに登場(第27回)
・阮良…阮小二の息子。逃げる兀朮を渡し船に乗せると見せかけて水中に叩き落として捕らえる(しかし失敗)という梁山泊水軍定番ムーブを見せる(第27回)
・関鈴…関勝の息子でやはり青龍偃月刀の遣い手。岳飛の子・岳雲の義兄弟となり赤兎馬をプレゼントする(第40回)
・韓起龍&韓起鳳…百勝将韓滔の孫。父も軍人で岳飛に恩を受けたらしく、岳飛の死後に最初にその息子・岳雷の仲間となる(第63回)。


 と、「説岳全伝」にはほとんどがちょい役ながら、それなりの水滸伝関係者が登場するのですが、実は「岳飛伝」の方には少々問題があります。
 先に一部アレンジ、と述べましたが、それにより、梁山泊関連の記述が省かれていたり、そもそもキャラクターが登場しなくなるケースがあるのです。

 具体的には、
・張國祥&董芳は登場するものの出自が語られない
・安道全は名前が登場せず、単に「医師」と表される
・韓起龍・韓起鳳兄弟は登場せず、その代わりに関鈴(とその義兄弟)が登場

 …何となく省かれる理由もわからなくもありませんが、寂しいという印象は正直あります。
 もっともその一方で、阮良は別キャラの出番を奪って出番が増えていたり、「説岳全伝」では全く別名だった仙術使いの名前が「公孫郎」だったり(この公孫郎自体は「説岳全伝」には登場するのですが、仙術は使わないので全く別キャラ)、水滸伝を無視しているわけではなさそうなのが、また面白いというか何というか。

 と、マニア以外は全く興味のないようなお話でしたが、自分のメモ代わりに、ここに記しておく次第であります。
(なお、当方の中国語知識は皆無に近いところ、Web辞書等と首っ引きで調べましたが、誤読があればご指摘いただければ幸いです)



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2013.02.15

「桜舞う おいち不思議がたり」 彼女にとっての能力の意味

 おいちの親友の一人・おふねが突然亡くなった。彼女の体には、赤子がいたという。死者の声を聞くことができるおいちは、自分の前に現れたおふねの姿に、彼女に何が起きたのか、彼女が何を訴えようとしているのか調べ始める。しかしその前に待っていたのは、彼女自身の出生にもまつわる謎だった。

 あさのあつこによる、深川の長屋で医師の父を手伝う少女・おいちを主人公とした「おいち不思議がたり」の第2弾であります。

 母を早くに亡くし、絵に描いたような貧乏医師の父・松庵の手伝いに日夜忙しいおいち。そんな彼女のもとに届いた一つの凶報から、物語が始まります。
 親友の一人である呉服問屋の一人娘・おふねが突然倒れたという報せに駆けつけたおいちが見たのは、既に血の気を失い、手の施しようがなくなったおふねの姿。
 彼女の体には赤子が宿っており、それが流産した末に、おふねの命も奪われた――その報せに、おいちともう一人の親友・お松は愕然とするばかり。

 その帰り道、二人組の破落戸に襲われたおいちとお松は、おふねの掛かり付け医の弟子・田澄十斗に救われます。何やらおいちに関心があるらしい田澄に、おいちの心も揺れるのですが、しかし実は田澄が本当に関心を持っている相手は…

 そして、時に夢の中に、時に町中でおいちに訴えかける、亡きおふねの魂…果たしておふねは誰の子を宿したのか、そして今なお彼女が救おうとしている相手は誰なのか?
 何者かに殺された破落戸たち、松庵の過去の秘密、そしておいち自身の…と、物語は幾つもの謎が絡まり合っていくこととなります。


 本作の、本作の主人公・おいちの特徴の一つは、この世ならざるものの姿を見、声を聞くことができる能力であります。
 それは、時代ものに限らず(むしろ時代もの以外で)、フィクションでは決して珍しい能力ではありませんが、しかしおいちの場合、それを「決して特異なものと思わない」点が、実にユニークに感じられます。

 医者の娘として生まれ、父の手伝いに明け暮れる――そして自らも医の道に進むことを夢見る――おいち。そんな彼女にとって「人を救う」ということは当然のことであり、それこそが彼女の行動原理。

 そして、その人とは、生きている者だけではありません。
 死んだ者にも、強く抱えた想いがある――いや、医療に携わり、人の生死を目の当たりにしているからこそ、強い想いを抱いて死ぬ者の存在を、彼女は知っています。

 そんな彼女が、助けを求める者の声を、相手が生きているか死んでいるかで差別するはずもありません。
 その意味において、彼女にとってその力は決して特異なものではなく――そしてそれが彼女自身のキャラクターからごく自然に導き出されるという点に、私は大きな魅力を感じます。

 そして本作は、様々な形で彼女自身に密接に関わりのある事件を描くことで、そんなおいちの特異な、しかし魅力的なキャラクターを浮き彫りにすることに成功していると感じます。


 もちろん、彼女にとってもできること、できないことはあります。いや、後者の方が遙かに多いことは言うまでもありますまい。
 そんな現実に突き当たって揺れる彼女の心をも巧みに描き出し、そしてそれを通じおいちも現代の少女と変わらぬ存在であることを浮かび上がらせるのは、これは青春小説の名手である作者ならでは、と言えるでしょう。

 特異な能力を特異なものと思わない、普通の少女の物語。派手さはないものの、しかし魅力的な青春時代小説であります。

「桜舞う おいち不思議がたり」(あさのあつこ PHP研究所) Amazon
桜舞う


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2013.02.14

「浣花洗剣録」登場人物&感想リスト

 全40話の中間地点に来た「浣花洗剣録」。見ているこちらも混乱するほど登場人物も多い本作の登場人物紹介各話感想へのリンクであります。

<登場人物紹介>

呼延大臧(演:ニコラス・ツェー)
 自らの剣を磨くため、そして九本の宝剣を探すために中原にやって来た蓬莱天界流の剣士。寡黙でクールに見えるが、心のうちには熱いものを持つ。各地で達人に挑戦し、ことごとく打ち破ったため、武林では悪名が高い。珠児と強く惹かれ合うが、武林を巡る陰謀の中で利用されていく。
 ゆえあって蓬莱の剣士・公孫梁に育てられたが、実の両親は霍飛騰と白艶燭。

方宝玉(演:チャオ・ジェンユー)
 白艶燭と侯淵の息子。祖父・白三空からは武芸を身に付けることは禁じられていたが、その三空が大臧に敗れて死んだことから、復仇の念に燃え、侯風のもとに身を寄せる。後に偶然に吐姆功と戒日密功を習得して、武林でも有数の達人となる。お坊ちゃん育ちらしい脳天気な性格だが、その過程で徐々に落ち着いた性格となっていく。
 自分の両親を知らないが、やがて父が霍飛騰と勘違いすることに…

珠児(演:ジリアン・チョン)
 王巓の娘で方宝玉の幼馴染の美少女。傷を負った呼延大臧と偶然出会い、巻き込まれるように共に行動するうちに、彼に強く惹かれるようになる。剣に命を賭ける大臧の身を案じながらも、共に生きることを決意するが…

木郎神君(演:ザオ・フォンフェィ)
 邪派・青木堡の堡主の息子。武術の達人であり、計略にも優れる。白水宮に父を殺されて青木堡も壊滅するが、その中で大臧や脱塵郡主と出会い、義兄弟の契りを結ぶ。脱塵郡主と愛し合い、その支えとなるが、一方で錦衣衛とも接触を持つなど、謎めいた部分もある青年。

脱塵郡主(演:伊能静)
 大宛国王の命を受け、侯風を軍師に迎えるべくやって来た郡主。献上のために連れてきた汗血宝馬を狙われたことがきっかけで木郎と出会い、やがて愛し合うようになる。己の使命と郡主としての立場、木郎との愛の間で揺れ動く。

侯風(演:パトリック・タム)
 紫衣侯と呼ばれる武林の奇傑。武林とは距離を置き、奔月や二人の侍女とともに船の上で生活しているが、その声望は極めて高い(が、意外と役に立たない)。
 実は兄嫁の白艶燭を愛するあまり誤って兄・侯淵を殺した過去があり、心に深い傷を持つが、白艶燭への愛はいまだ心の中に生き続けている。

奔月(演:ヤン・ルイ)
 侯風の娘で天真爛漫な美少女。小さい頃から船上で生活していたが、初めて陸に上がった際に宝玉と出会い、彼に一途な想いを寄せるようになる。実は出生に秘密があるが…

《正派》
白三空(演:ジー・チュンホァ)
 青萍山荘荘主で白艶燭の父。武林にその名を轟かせる使い手であり、武林での知人も多い。孫の宝玉には武術を学ぶことを禁じ、学問で身を立てさせようとしていた。大臧の挑戦を受けて決闘の末、命を落としたが…

王巓(演:シュー・シアンドン)
 黄河狂侠と呼ばれる武林の名士で珠児の父。度量の広い豪傑のように見せて、実は親や子を利用することも厭わない陰険な偽善者。ある人物の命を受け、武林を制覇すべく様々な陰謀を巡らせる

金祖揚(演:ドン・ジーホァ)
 酔侠と呼ばれる老剣士。その渾名の通り、普段は酒浸りのだらしない人物だが、実は技と頭の切れは武林でも群を抜く。侯風や赤鬆道士の友人だが、ある理由から武林とは一定の距離を置いている。

赤鬆道士(演:ウー・レンユエン)
 武当派の掌門であり、現在の武林の盟主。宝剣の一つ・赤霄の持ち主であり、赤霄を求める大臧の挑戦を受けて決闘の末に敗れるが、その最期は武林に大きな混乱を引き起こす。

晴空大師(演:シー・リーミン)
 少林派の掌門で度量の大きい老僧。赤鬆道士や白三空とは親しい友人であり、赤鬆とはある秘密を共有している。


《邪派》
白水聖母(演:ジョウ・リー)
 白水宮を治める美女。口元を常に隠し、その正体は謎に包まれている。武林制覇の野望に燃え、手始めに青木堡を襲撃。自らの手駒として大臧や木郎を引き込み、ついに正派に宣戦布告する。

王大娘(演:パオ・ユエラン)
 白水聖母に仕える怪老女で王巓の母。老いてもなお武術の達人であり、江湖を騒がせていた。孫の珠児を可愛がっているが、王巓に対しては非常に手厳しい。

火魔人/土龍子
 白水宮に下った火と土の堡の長。火魔人は炎を自由に操り、土龍子は地中を自在に移動する。


《その他》
霍飛騰(演:シャオ・ビン)
 宝剣を求めて流浪する豪傑。白艶燭と結ばれ、一子を儲けるが、白三空の罠にはまって艶燭と離別した。その後、公孫梁との決闘に敗れて自らの子供を託して落命した。武林では墓泥棒扱いで評判はあまり高くなかったらしい。

白艶燭(演:ジョウ・リー)
 白三空の娘。駆け落ちして霍飛騰と結ばれるが、白三空に連れ戻され、子供とも引き離される。その後、侯淵に嫁いで方宝玉を産むが、自分に想いを寄せる侯風と侯淵の争いの中、崖から身を投げて生死不明となるが…

公孫梁(演:シウ・グー)
 宝剣を求めて蓬莱から中原にやって来た蓬莱の武士。蓬莱天界流の遣い手で、決闘の末に霍飛騰を破り、赤子だった呼延大臧を託された。後に蓬莱で決闘に敗れて落命し、大臧に後を託す。決闘の挑戦状ではなぜか「ささきこじろう」と呼ばれていた。

史都将軍(演:ジャン・ヤークン)
 脱塵郡主に忠実に仕える将軍。しばしば物語からフェードアウトするが、脱塵の危機には颯爽と現れるある意味目の離せない人物。意外と鋭く、木郎に疑いの目を向けている。


<各話感想>
 「浣花洗剣録」第1集 未知なる古龍世界の幕開け
 「浣花洗剣録」第2集 入り乱れる因縁と血
 「浣花洗剣録」第3集/第4集 決闘、蓬莱剣士対紫衣侯
 「浣花洗剣録」第5集/第6集 入り乱れる6人の因縁
 「浣花洗剣録」第7集/第8集 決戦前夜、引き寄せ合う男と女!
 「浣花洗剣録」第9集/第10集 盟主の最期と新たな波瀾
 「浣花洗剣録」第11集/第12集 もう一つの逃避行と黒幕の影
 「浣花洗剣録」第13集/第14集 激突、青木堡対白水宮
 「浣花洗剣録」第15集/第16集 大会前夜、風雲少林寺!
 「浣花洗剣録」第17集/第18集 激突、少林寺拳法vs武当派剣術!
 「浣花洗剣録」第19集 正派・邪派頂上決戦…が修羅場に!?
 「浣花洗剣録」第20集 決戦前夜、兄弟それぞれの想い
 「浣花洗剣録」第21集 決戦一転、修羅場は続く
 「浣花洗剣録」第22集 母と子、因縁は入り乱れて
 「浣花洗剣録」第23集 猛毒に苦しむカップルのゆくえ
 「浣花洗剣録」第24集 迷走する青年の想いと正邪の対立
 「浣花洗剣録」第25集 正邪決戦開始…いきなり勝負あった?
 「浣花洗剣録」第26集 明かされた秘密と新たなる謎!
 「浣花洗剣録」第27集 伝説の古城と砂漠の修羅場と
 「浣花洗剣録」第28集 悩めるカップル二組と半
 「浣花洗剣録」第29集/第30集 若者たち(と中年たち)の苦しみは続いて
 「浣花洗剣録」第31集/第32集 一つの恋の成就と因縁の再会と
 「浣花洗剣録」第33集 別れと新たなる旅立ちと…
 「浣花洗剣録」第34集 古龍ファン衝撃の真実!?
 「浣花洗剣録」第35集 寛容に生きること、自由に生きることという難しさ
 「浣花洗剣録」第36集 ついに合流、二人の主人公

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2013.02.13

「浣花洗剣録」第20集 決戦前夜、兄弟それぞれの想い

 さて、ついに中間地点に辿り着いた「浣花洗剣録」ですが、物語の方はそれに相応しい波瀾万丈の展開。(視聴者以外は誰もその事実を知らない)兄弟対決の行方は、そして宝玉と奔月の間の修羅場は解決できるのか…

 燕返しでは方宝玉には勝てない、と呼延大臧に告げる白水聖母。これは新必殺技が登場するのか…と思いきや、聖母はお前の方が実戦経験は上だからそれを生かせ、とイマイチ盛り上がらないアドバイスを。
 大臧の方も、死ぬ運命ならば仕方ないが師匠の遺言を果たせないのは残念だとサバサバした表情であります(ここで師匠が大臧の着物を縫っていたと衝撃の事実が。奥さん殺しちゃったしね…)。

 と、ここで聖母に問われるまま、自分の身の上を語る大臧ですが、実の父の形見だという玉を見せられて驚いたのは聖母。
 それもそのはず、その玉は、かつて白艶燭だった頃の自分が、愛する霍飛騰にねだって生まれたばかりの我が子に与えたもの…するとこの大臧は!? と大ショックを受けることになります。
 が、驚いたのはこちらも同じ、まさか大臧が我が子だとは気付いていなかったとは…すると今まで世話を焼きまくっていたのは、単なるオカン属性ゆえだったのか。

 それはさておき、身も世もなく悲しみ悩むのはもちろん聖母。既に亡き者と諦めていた自分の息子が突然現れた上に、もう一人の息子と武林の覇権を賭けて命懸けの決闘に臨むのですから…(しかも自分の策が原因で)

 一方、その白艶燭の父である白三空の方も、王巓が可愛い孫の宝玉を決闘に引きずり出したとおかんむり。宝玉に武術を学ばせなかったのも、危険な目に遭わせたくなかったからだ…と、ここでも意外な人間性をアピール。そもそも、一連の陰謀も、自分や孫が平和な暮らしを送るためでしたなあ。
 その場を慌てて取り繕った王巓は、大臧にとどめを刺すのは別の人間にやらせますよ、と人の心を操るという「迷心蠱」(もはや何でもありだな…)を取り出します。
 なんか猛烈に悪い予感がしてきたのう…と思っていたら、やはり王巓は迷心蠱を自分の娘の珠児に!

 さて、あちこちで事態が急展開していることも知らず、思い詰めた奔月はリストカットを敢行。危うくトンだ鬱展開になるところでしたが、ここで宝玉たちが種明かし。よかったあーとなりますが、いやそれを素直に喜んで良いものか。というか宝玉はもう少し罪の意識を感じるべきではありますまいか。
 まあ終わり良ければ…ということで、早速二人の祝言が挙げられることになりましたが、翌日は宝玉と大臧との決戦。宝玉は花嫁を置いて、赤い花婿の衣装のまま、剣法の特訓に余念がありません。
(しかしこの展開、宝玉が自宮しないか心配になりますね。仇討ちとか言ってるし、使う技も「君子剣」だし)

 そんなベタなネタはともかく、その様をじっと見下ろしていたのは聖母。彼女は、宝玉の目に向けて、何やら液体をポタリと落とすのですが…
 その頃、白水営では、大臧・木郎・脱塵の三人が(聖母の部屋に上がり込んで)壮行会。明日の決闘には勝つ自信がないと意外なことを言い出す大臧は、戻ってきた聖母から、今回の宝玉と珠児の婚礼が、彼の心を乱すための策だったと告げられます。

 そういえば赤鬆道士も心が乱れて破れたが、今回は俺の番か…と変なところで冷静な大臧ですが、聖母に今夜が宝玉と珠児の祝言と聞かされて、いきなり刀を引っ掴んで飛びだそうとしたのには大爆笑いたしました。
 しかし聖母は何故か、珠児は清い身のままだと断言。さらに今度は宝玉が動揺するだろうと語り、大臧には宝玉の命を奪わないよう、約束させるのでありました。

 間違いなく、宝玉の目に落ちた液体がその種かとは思いますが、さてその効果は、というところで、今回も引っ張って次回に続きます。


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2013.02.12

「名探偵クマグスの冒険」 虚構の謎で描く知の巨人の現実

 先日はイギリスの名探偵が日本で活躍する作品を紹介いたしましたが、今度は日本の有名人がイギリスに乗り込んで探偵として活躍する作品を紹介しましょう。「知の巨人」「歩く百科事典」と呼ばれた博覧強記の怪人・南方熊楠――彼が留学先のロンドンで遭遇する怪事件の数々を描いた快作です。

 博物学者、民俗学者等々、数々の分野で独創的な業績と、その奇矯な言動で知られた南方熊楠。明治19年(1886年)から明治33年(1900年)まで、長期にわたり海外に留学・遊学していた彼は、その後半をロンドンで過ごしていました。
 本作はその熊楠のロンドン時代を舞台に、彼のその(自称)「黄色い脳髄」をフル回転させ、博覧強記と直感を武器に、様々な怪事件を解決していく…という趣向の連作短編集であります。

 もっとも、名探偵といっても、彼が実際に探偵業を始めるわけでは、もちろんありません。時に小遣い稼ぎのために、時に研究旅行のついでに、時に否応なしに巻き込まれて、彼は様々な事件に首を突っ込み、アマチュア探偵として活動することになります。
 そして、全6編からなる彼の活躍がまた実に興味深い。

「ノーブルの男爵夫人」…日本軍の秘密兵器開発に携わる者たちの奇怪な死の秘密
「ムカデクジラの精」…伝説の怪獣/海獣「ムカデクジラ」伝説の残る地に出没する妖精の謎
「巨人兵の柩」…古代の棺から発見された鉛で封印された巨人の行方
「清国の自動人形」…ロンドンで誘拐された孫文の行方と、彼が残した秘密文書探し
「妖精の鎖」…レイラインを提唱した研究者の家に残る秘宝伝説の謎と殺人事件
「妖草マンドレイク」…ロンドンで相次ぐ中国人ばかりを狙った猟奇殺人犯の秘密

 いずれも一筋縄ではいかない怪奇な、奇怪な事件の数々。
 繁栄と退廃が背中合わせで存在していたヴィクトリア王朝期のロンドン、あるいはケルトの神話と伝説が息づく北方の地ならではの事件であります。

 そしてそのどれもが、熊楠が遺した研究や、当時のロンドンの記録とリンクして成立しているのに、また驚かされます。
 たとえばムカデクジラについては、古来から西洋に伝わるこの怪物を、大和本草に登場する存在と関連づけた文章を遺しています。また、集中、一番フィクションとしか思えない孫文誘拐事件との関わりも、(実際に救出に参加したかはともかく)彼がロンドンで亡命中の孫文と知り合い、親交を深めたのもまた事実なのであります。

 本作の面白く、そして恐るべき点は、まさにこのロンドン時代の熊楠にまつわる「史実」(ある種の伝説も含めて)と、当時のイギリス、当時のロンドンの「現実」を縦横無尽に絡み合わせて、一つの巨大な「虚構」を生み出している点でしょう。
 本作に登場する、作者が創作したとしか思えない人物が実は実在の人物である、などというのは序の口(というより、冷静に考えれば熊楠自身、およそ現実離れしたキャラではあります)。本作について調べれば調べるほど、本作がどれほどの綿密な考証の上に組み立てられているか思い知らされる――そしてもちろんそれは全く不快ではないのですが――作品であります。

 正直なところ、ミステリとしてはかなりあっさり目の味付けであり、その点を期待して読むと、いささか肩すかしに感じる点はあるかもしれません(個人的には、「清国の自動人形」で描かれた「暗号」が秀逸に感じましたが)。
 その意味では本作は、謎や事件といった虚構を味付けに、熊楠という、巨大で、奇怪な現実を巧みに料理してみせた作品と言うべきかもしれません。
 何しろ、解き明かす謎以上に、彼自身が謎と驚きの固まりのような存在なのですから。

 そして、まだまだ語られていない彼の謎は存在するはず。わずか6編で終わってしまうのが勿体ない――ぜひ、続編を読んでみたい作品の一つであります。

「名探偵クマグスの冒険」(東郷隆 静山社文庫) Amazon
名探偵クマグスの冒険 (静山社文庫)

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2013.02.11

「江戸天魔録 春と神」第1巻 襲来、天魔天一坊

 二丁拳銃を相棒に無頼の生活を送る少年・神寄。彼には、父にはめられた醜い首輪によって周囲から鬼子と忌み嫌われてきた過去があった。母を捨てた父への復讐のため、江戸に足を踏み入れた神寄を襲う謎の妖魔「天一坊」。その超常の力に追い詰められた神寄の前に、乙春と名乗る剣士が現れた…

 このブログ的には「あっけら貫刃帖」の作者として記憶に残る小林ゆきの最新作は、(再び)徳川吉宗の時代を舞台とした伝奇活劇であります。

 本作の主人公は、幼い頃から、奇怪な目のようなものが浮かぶ首輪をつけて育てられた少年・神寄。
 決して外れぬその首輪のためもあってか周囲からは鬼子と呼ばれ、母も失った彼は、今は二丁拳銃を頼りに諸国を放浪する無頼の渡世を送っております。

 そんな神寄の目的は、彼に首輪をはめ、そして母を捨てた父への復讐。かつて母が江戸城に上がっていたことだけを頼りに、江戸を訪れた神寄ですが――
 彼の前に現れたのは、翼を持った奇怪な怪物。刀も銃も効かぬ不死身の肉体を持ち、彼の首輪を狙うその怪物に神寄が手も足も出ず追い詰められた時、現れたのは、首輪と同じ簪紋を首に浮かべた謎の男・乙春。

 常人離れした力を発揮した乙春は、刀一本で怪物を粉砕、自分は神寄を守る者だと告げるのですが…


 と、少年が拳銃をぶっ放し、西洋の天使とも悪魔ともつかぬ妖魔が暴れ回り、謎の剣士が哄笑しながら妖魔を叩き斬る…ノリ的には伝奇時代劇というより、時代ファンタジーといった印象の本作。
 個人的には苦手なタイプの作品ではありますが、しかしそれでもおっ、と思わされるのは、神寄を襲う謎の妖魔(たち)が、「天一坊」と呼ばれている点であります。

 天一坊とくれば、言うまでもなく徳川吉宗の御落胤と称して世間を騒がせ、獄門となった人物。落胤としての真偽なども含めて、この時代を描いた作品ではしばしば題材となるキャラクターです(さらに言えば、「あっけら貫刃帖」のラストで登場が予告された存在でもあります)。
 その天一坊を、古くから江戸を狙う謎の妖魔たちの名として設定するというのは、実にそそられるではありませんか。

 正直なところ、この第1巻の時点ではキャラ設定にも物語にも謎の部分が多すぎて、なかなか判断のし難い作品ではあります。神寄と乙春のキャラクターも、現時点では魅力的とは思えません。
 それでも、(おそらくは)主人公の味方として小川笙船が登場するなど、意外な輝きを見せる本作からは、まだ目を離せそうにありません。

 プロローグを過ぎて、物語が本格的に動き出すであろう次の巻を待ちたいと思います。

「江戸天魔録 春と神」第1巻(小林ゆき 講談社ライバルKC) Amazon
江戸天魔録 春と神(1) (ライバルKC)


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 「あっけら貫刃帖」 もったいない時代活劇?

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2013.02.10

「禿鷹の要塞」 たった一日の籠城戦に込めた想い

 秀吉軍に対して立ち上がった義僧兵軍に同行を許されず、名ばかりの遊撃任務を与えられた元信は、偶然にかつての仲間と出会い、彼らが根城とする漢城近くの幸州山に案内される。そこで朝鮮の士気を鼓舞することを目的に、たった一日の籠城戦を発案する元信。それが後世に残る籠城戦の始まりだった…

 影武者徳川家康は韓人なり、というとてつもない設定の「徳川家康(トクチョンカガン)」で活躍(?)した朝鮮僧兵・元信が帰ってきました。「徳川家康」では捕らえられて日本に連行され、家康の影武者となった元信ですが、本作はそれ以前の物語。すなわちプリクウェル(前日譚)に当たる物語ですが、妖術秘剣相打つ伝奇大作であった「徳川家康」に対し、本作は伝奇要素ほぼなしの歴史群像劇とも言うべき作品となっています。

 文禄元年、朝鮮の首都・漢城を制圧した秀吉軍。それに対する義僧兵軍に置いていかれ、遊撃隊という(半ば厄介払い的な)任務を与えられた元信。
 しかし、彼に与えられたのは、師からの全権委任状と、たった二人の弟弟子のみ(すぐ後にもう一人加わりますが…)。それでも自分にできることをするべく、修行の地である山を下った元信ですが――

 本作の主人公たる元信は、決して武勇に優れた豪傑でも、知略に富んだ名軍師でもありません。それどころか作中の弟弟子たちの言を借りれば「地味なオッサン」、古参ということで惟政の近くに仕えているものの、周囲からはむしろ言えば嘲笑の対象となっているような人物なのであります。
 しかしその彼の存在が、一個の雪玉が巨大な雪崩を引き起こすかのように、大きなうねりを引き起こしていくことになるのです。

 下山早々、僧侶になる前の盗賊仲間・李舜臣(勿論あの名将とは同名異人)と出会った元信は、彼らの根城が漢城近くの幸州山と知り、とんでもない作戦をひらめきます。
 …どうみても単なる小山であり、戦略的価値にも乏しいこの山に立て籠もり、日本軍と戦えないか? もちろん長期戦は不可能ですが、攻める方もこのような場所に長々とかかずらっていられるはずもない。たった一日籠城戦を凌げば、日本軍は撤退するはず。
 しかしそれでも勝ちは勝ち、小さな一勝でも、敗戦続きの朝鮮にとっては大きな希望となるのではないか――

 もちろんこれはあくまでも元信の妄想めいた思い込みではあります。しかし彼が、そして彼のたった三人の仲間が(なかば勢いで)動き出した時…その熱意が人々を動かし、思わぬ大きな力を生み出すこととなります。

 本作の前半部分では、元信たちが、この籠城戦のための戦力集めに奔走する姿が、時にコミカルなタッチで描かれます。
 地味なオッサンをはじめとして、およそ戦いには役に立ちそうにない面子が、それぞれの特技を生かして人々の心を引きつけていく。その姿は、お約束的ではありますが、なかなかに感動的であり、一歩一歩目標に近づいていく様には心躍らされるものがあります。

 しかしついに正規軍をも引っ張り出したとはいえ、軍内部の足の引っ張り合いもあってその数は乏しく、山城に籠もったのは軍民合わせて五千名。それに対する日本軍はその六倍の三万名――さらに、平壌での戦いに敗れて雪辱に燃え、そしてそれ以上に歪んだ宗教的使命感に燃える小西行長が、様々な非道な罠をもって山城に迫ります。

 本作の後半では、ついに始まった籠城戦の中、日本軍の猛攻を前に、一人、また一人と元信の仲間たちが倒れ、壮絶に散っていく姿が描かれることとなります。
 彼らが散っていく様は、それまで生き生きと、コミカルにすら彼らの姿が描かれていただけに辛いもの。そして一進一退、いや二歩進んで三歩下がるような戦闘の様は、まさに一読巻を措く能わず。この辺りは、さすがに作者の地力と言うべきでありましょう。


 そして、私が本作を読みながら思い出していたのは、作者のデビュー作である「高麗秘帖」であります。
 もちろん、舞台や、小西行長が大きな役割を果たす(もっとも、その性格は正反対ですが)といった表面的な共通点はあります。
 しかしそれ以上に私に強い印象を与えたのは、両作で描かれる、名もなき人々の強い想い――己の愛するもの、大事なものを守らんとするその想いであります。

 舞台が文禄・慶長の役、それも朝鮮側が主人公で日本側が敵ということで、二の足を踏む方もいるかもしれません。
 しかし、この強い想いは、国を問わず同じであるはず。そんな人間の根源的な想いの表れを描ききった――本作は、そんな作品なのであります。


「禿鷹の要塞」(荒山徹 実業之日本社) Amazon
禿鷹の要塞


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2013.02.09

「青葉耀く」上巻 波瀾だらけの学園生活の行方は?

 生まれてこの方、僻村に暮らしてきた大月寅之助と矢島小太郎。虚弱体質だが秀才の小太郎と、力自慢だが勉強はからっきしの寅之助は、ともに城下町に出来たばかりの藩校への入学を許されて親元を離れることになる。そんな彼らの前に、何故か二人の出生を探る二人組の美少女・鈴と京が現れるのだが…

 最近は伝奇テイストは控えめなものの、相変わらず、ユーモラスで、しかし時にピリッと辛い時代小説を発表し続けている米村圭伍が、さる藩の藩校を舞台に描く青春活劇(?)です。

 舞台となるのは出雲国千歳藩(作者の「ひやめし冬馬四季綴」にちらりと登場する藩であります)、主人公となるのは、大月寅之助と矢島小太郎の二人の少年であります。

 父が郷蔵の差配役だったため、城下町から遠く離れた僻村で暮らしてきた二人は、寅之助は腕自慢のガキ大将、小太郎は虚弱体質の秀才と全く正反対ながら、しかし生まれた時から兄弟同然に育ってきた間柄。
 本作は、出来たばかりの藩校・敬恩館に通うこととなった二人が、そこで繰り広げるユーモラスでちょっとほろ苦い騒動を描くお話かな? と思いきや、物語は意外な方向に展開していくこととなります。

 紆余曲折(家老の子ばかり良いものを食ってその分貧しいものを食わされるとか、寅之助がしょっちゅう授業をサボって小太郎に絞られるとか)を経つつも、何とか学園生活を送っていた二人の少年の前に現れた二人の美少女。
 一人は、藩校の仮寮の持ち主である呉服屋の鳴海屋の娘・お鈴。もう一人は、町道場のマドンナで弓の名手・夏巻京。この二人が、寅之助と小太郎に何やら興味を抱いているようなのですが…

 と、ここで(シモネタを絡めた)恋愛話に行くかと思えばさにあらず。
 実はお鈴と京は、陰謀に巻き込まれて命を奪われた藩主の娘・双葉姫の学友。姫に生き別れの弟――すなわち藩主の御落胤!――がいることを知った二人は、姫の遺志を果たすため、「河童組」なる秘密結社(?)を結成、弟君を探していたのです。
 そう、本作の中心となるのは、実にこの藩主の御落胤探しなのであります。


 体質的には姫と瓜二つ(?)の小太郎なのか、母親が奥勤めだった寅之助なのか、はたまた全く別の第三者なのか…
 その謎に挑むのがいわば少女探偵とも言える河童組のヒロイン二人なのですが、話を大いに面白くしているのは、何と言っても、そもそも寅之助と小太郎自身が、御落胤の存在を知らず、河童組の二人も自分たちが誰を探しているのかを伏せている点でありましょう。

 姫が暗殺されるほどの陰謀が進行している藩内。そこで御落胤、それも男子が新たに現れたならばどうなるか。
 そしてそもそも何故御落胤がその身分を伏せて育てられたか、それを考えれば、彼女たちの行動の理由もわかりますが、しかし聡いと言ってもまだ十代の女の子の考え。色々なところで穴があるのが、また話をややこしくしてくれるのです。

 そしてもう一つ面白いのは、この騒動の舞台が――出入りは結構自由とはいえ――藩校、学校という一種の閉鎖環境である点でしょう。
 基本的に物語が展開していくのは藩校の中、すなわち敵も味方も同じ場所で顔をつきあわせることとなるわけであります。
 そこに先に述べた、「誰を探しているかを言うことができない、本人たちも自分たちが対象であることを知らない人探し」が絡んでくるのですからややこしくなるのは必定ではありませんか。

 この上巻のラストでは、城下に出てきた寅之助の父が、我が子(?)と河童組の二人を前に、いよいよ重い口を開くという、何とも気を持たせる場面で終わるのですが、はてさて真実はどこにあるのか、そして四人の少年少女の友情と恋の行方は…
 というわけで、早々に下巻も読まなければ気になって仕方がないのであります。


「青葉耀く」上巻(米村圭伍 幻冬舎) Amazon
青葉耀く 敬恩館風雲録(上)

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2013.02.08

「ホック氏の異郷の冒険」 名探偵、明治の日本に現る

 陸奥宗光と親しい開業医・榎元信は、ある晩突然陸奥に呼び出される。陸奥が密かに進めていた英国との極秘交渉文書が奪われたというのだ。元信は、日本を訪れていた英国の探偵、S・H――サミュエル・ホック氏とともに探索に乗り出す。連続殺人、謎の暗号…錯綜する謎に挑むホック氏の推理は。

 「シャーロック」が地上波でも放送され、最近またシャーロック・ホームズ人気が高まっているように感じられるのは、時代伝奇だけでなくホームズものも好きな私にとっても嬉しい限り。
 さて、好きなもの同士を組み合わせて一緒に楽しみたいというのは自然な人情ではないかと思いますが、ホームズと時代(伝奇)ものを組み合わせた作品が実は存在します。それが本作「ホック氏の異郷の冒険」――あのホームズが明治の日本を訪れ、日英にまたがる大事件を解決していた、というユニークな作品であります。

 ホームズもののパスティーシュでは、ワトスンの未発表草稿が発見された、という形式が一種の定番ですが、本作もそれを踏襲した形式。本作は、ワトスン役を務める日本人医師・榎元信が残した手記を、その子孫が公開した、というスタイルを取っています。

 華族会館、かつての鹿鳴館から何者かに奪われたという極秘文書――宗光がかねてから進めている日英間の極秘交渉に関するというその文書、存在することすら秘さなくてはならないその文書の探索に白羽の矢を立てられたのが元信は、英国側の協力者として、一人の英国人と引き合わされます。
 長身痩躯の全身これ知性でできているような人物こそは、ちょうど日本に到着したばかりのサミュエル・ホック氏。英国高官ともつながりを持ち、そしてかつて幾多の怪事件を解決したというホック氏の存在は、宗光にとって渡りに船とも言うべきものだったのですが――

 と、言うまでもなく、このホック氏こそは、本文中で明示はされていないものの、明らかにかのシャーロック・ホームズその人。犯罪界のナポレオンと呼ばれる人物との死闘の末、スイスはライヘンバッハの滝から落ちて死んだと思われていたホームズは、死を装って世界各地を放浪していた…
 という「最後の事件」から「空き家の冒険」までの間の、いわゆる「大空白時代」については、ホームズ読者であればよくご存じかと思いますが、本作はその時期に、ホームズが日本を訪れていたという見事なifを描いているのです(ホームズと名乗らないのは、著作剣ゆえでしょうか)。

 本作では、そのホームズ=ホック氏の推理手法からコスチューム、口癖(まあ、この辺りは厳密には後世の創作のようなものですが、お約束)、さらには過去に扱った事件への言及まで、ホームズ読者であればニヤニヤさせられっぱなしの描写が続出いたします。

 さらに、そのホック氏の目を通じて描かれる明治時代の日本の姿というのがまた興味深い。政治や社会、文化風俗に至るまで、淡々としかし丹念に、ホック氏の目を通じて描かれるそれは、我々にとっても一つの異郷である明治時代の姿を、ありありと浮かび上がらせてくれるのです。


 しかし本作の真に優れた点は、単にホームズ+日本、という取り合わせの妙のみで驚かせるだけでなく、そこに日本を舞台としたホームズものでなければ成立しないトリックを構築してみせた点でしょう。

 その推理で、たちまち華族会館から文書を奪った実行犯を特定してみせたホック氏。しかし実行犯たちは東京の闇の中に姿を消し、そして彼らが何処かに隠したと思しき文書も行方不明のまま――
 そこにロシア大使館の間諜、民権派とは口ばかりの不良浪士たちが絡み、犯人と書類の激しい争奪戦が繰り広げられていくこととなります。そしてその中で謎の女による殺人事件が連続し、さらに書類の在処を示す、文字とも図ともつかぬ不思議な暗号が発見されるのですが――

 ミステリとしての本作の中核を成すのは、この殺人事件の犯人探しと、書類の在処の暗号解読の二つ。そしてそれこそが、さしものホック氏をも苦しめる巨大な謎なのであります。
 その詳細についてはもちろん伏せさせていただきますが、前者は、なるほど日本という国ならではのトリック。確かに日本を訪れたホック氏ではちと荷が重い…と思わされるものであり、日本を舞台とした時代ミステリならではの趣向と言えるでしょう。

 しかし後者は、これは時代と場所を超えて、なるほどホック氏では解けない、ホック氏だからこそ解けないトリック。
 実は暗号の謎自体はさまで難しいものではなく、私でも早々に気づけたものではあるのですが、しかしそれにホック氏が気づかないということに、明確かつ見事な理由があることに、ただただ唸らされました。

 時代ミステリとしての興趣だけでなく、ホームズという存在に、ある意味大胆かつ見事な挑戦状を叩きつけた本作は、日本推理作家協会賞を受賞したのもむべなるかな、と言うべきでしょう。


 ホームズもののパスティーシュとして、明治の日本を描いた時代ミステリとして(真犯人の正体にはただただ驚嘆! おそらくこの人物をこういう扱いで描いた作品はこれのみではありますまいか)、そしてその両者を兼ね備えた作品として、希有な本作。
 ホームズファンの方にこそ読んでいただきたい快作であります。


「ホック氏の異郷の冒険」(加納一朗 双葉文庫) Amazon
ホック氏の異郷の冒険―日本推理作家協会賞受賞作全集〈44〉 (双葉文庫)

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2013.02.07

「蝶獣戯譚Ⅱ」第3巻 嘘だらけの世界の中の真を映すもの

 吉原の太夫とはぐれ忍び狩りの狩人の二つの顔を持つ女・於蝶の戦いを描く「蝶獣戯譚Ⅱ」の待ちに待った続巻であります。
 於蝶たちの宿敵であるはぐれ忍びの首魁・一眞とキリシタン宣教師・金鍔次兵衛による吉原侵攻に対し、捕らわれの身となった於蝶は…

 日本のキリシタンにとっては最大の怨敵ともいうべき転び伴天連・沢野忠庵ことクリストファ・フェレイラを追って江戸に現れた金鍔次兵衛。
 催眠術とも言える奇怪な瞳術を操る次兵衛は、於蝶のかつての恋人であり、今は最大の敵となった一眞と手を組み、大胆にも江戸でその勢力を増していくこととなります。

 これに挑んだ於蝶は、しかし吉原内のキリシタン女郎、そして何よりもはぐれ忍び狩りでは相棒とも言うべき男・磊蔵の裏切りに遭い、一転囚われの身に…

 と、いう展開で終わった前巻に続くこの巻は、吉原攻防編の後編とも言うべき内容です。
 於蝶を人質に、吉原の主・庄司甚右衛門と忠庵の二人を呼びだした一眞は、その隙に配下を使って吉原制圧を計画。囚われの於蝶に逆転の目はあるのか、磊蔵は本当に裏切ってしまったのか? いきなりクライマックスであります。

 前の巻では、とにかく於蝶が追い込まれていくばかりで、読んでいて胃が痛くなるような展開の連続でありましたが、この巻では彼女が一転攻勢。
 ようやくこれまでの溜飲を下げてくれるとともに、ついに前線に登場した甚右衛門や忠庵が、それぞれのキャラクターを生かして、それぞれの宿敵とも言うべき相手を追いつめていく展開は、大いに盛り上がります。
(そしてその中で描かれる一眞の出自は、いつか必ず使われるであろうと思っていた題材をここに投入してきたか、と思わずニンマリ)


 しかし、これまでに溜めてきたものが大爆発するようなアクションの連続の中でも、やはりこちらを惹きつけて離さないのは、於蝶をはじめとする登場人物たちの瞳、目であります。
 太夫としての――いわば人間としての於蝶の瞳と、狩人としての於蝶の瞳。同じ人物でありながら、中身だけが変わったような彼女の心の在り様を、その瞳は明確に映し出します。

 そしてそれは同時に、彼女の心の動き、変転をも描き出します。たとえ狩人として凶刃を振るっている時であったとしても、彼女の心に迷いがある時――その瞳は何よりも雄弁に、その想いを映し出すのですから。

 そしてそれは於蝶だけではありません。甚右衛門が、磊蔵が、忠庵が…狩人として背教者として、心の底を見せずに振る舞う彼らが、ほんの一瞬だけ見せる心のゆらぎを、本作は描き出しているのです。

 この巻において、甚右衛門は語ります。忍びは刃で心を殺す者、はぐれ忍びは半端に心を持ってしまった者だと――
 しかし、心を殺したはずの者の中にも、心のかけらが顔を覗かせることがあります。目は心の鏡、という言葉の通りに、その者の目の中に…

 それは、今回の物語のエピローグで描かれた忠庵の姿のように、あるいは絶望的なことなのかもしれません。
 しかし嘘が真を塗り潰す世界、そうしなければ生きていけない世界――それは、忍びの世界であり、吉原という世界でもあります――にあっても、その嘘の中に真が顔を覗かせることがあるというのは、ある種の希望なのではありますまいか。

 この吉原攻防編を通じて、そんな想いを抱いた次第であります。

「蝶獣戯譚Ⅱ」第3巻(ながてゆか リイド社SPコミックス) Amazon
蝶獣戯譚II 3 (SPコミックス)


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2013.02.06

「浣花洗剣録」第19集 正派・邪派頂上決戦…が修羅場に!?

 いよいよ物語の折り返し地点も目前の「浣花洗剣録」。正派の盟主を巡る戦い、そして正派と邪派の戦いが盛り上がる中で、成り行きから主人公近辺でとんでもない事態が発生することに…というわけで、盛りだくさんなので今回は1回分、第19集のみの紹介といたします。

 晴空大師の遺体に残された傷跡を調べ、傷跡が――すなわち武当派の技が致命傷ではないと推理する金祖揚。この方は、本当に酒が入っていない時は頭脳明晰、頼りになる人物であります。さらに遺体を調べた金祖揚は、内蔵がズタズタになっていたことから、100年も前に武林を騒がした「七サツ琴音」なる絶技によってこの傷がもたらされたと推理するのですが…

 もちろん我々はそれが白三空の技だと知っていますが、王巓はそれを白水聖母の技だと断定、脳筋の晴天大師はただ一人、白水聖母の元に仇討ちに向かってしまいます。
 と、晴天が宝剣・赤霄を手にしていたことから、なし崩し的に始まる呼延大臧vs晴天の一戦。前から感じていたことですが、晴天の役者さんは本当に動ける方のようで、非常に迫力のある少林寺拳法vs日本(?)剣法の対決を楽しませていただいたのですが…

 しかし、そこで炸裂した燕返しにより、あっけなく晴天は死亡。色々と面白いキャラだっただけに、惜しい人を亡くしました。
 そして赤霄は駆けつけた王巓がどさくさに紛れてゲット。白水聖母は、お前が盟主となったら私と勝負しろと挑発、他の武林の好漢の目のあるところで逃げるわけにもいかず、王巓はこれを飲む羽目となります。

 さて、何だかんだで再開された武林大会ですが、王巓は邪派との全面抗争という非常事態をいいことに、自分が盟主に就くことを宣言。不利に働くかと思われた母・王大娘殺しも、娘の珠児が大臧と愛し合っていることも、私はまさに「大義親を滅す」の気持ちで頑張っておりますよ! とばかりに自分のアピール材料に使い、武林の脳筋連中を巧みに丸め込んでしまうのでした。

 が、そこに正面から乗り込んできたのは白水聖母以下、大臧・木郎神君・脱塵郡主・火魔人ら、五行教の面々。聖母は先の約束を楯に、王巓との対決を要求、自分の方は代理として(宝剣と珠児を前にして黙っちゃいられない)大臧を出すのですが――
 実力的には(おそらく)大したことのない王巓、絶体絶命!? かと思いきや、ここで名乗りでたのはなんと方宝玉。自分の祖父・白三空を殺した(と信じている)大臧を前に、仇討ちを宣言いたします。

 さすがに自分の息子の宝玉を倒すのはまずいと思ったか、自分が出てこいと(大臧は養子扱いなのでOKなのだそうです)言いつのる聖母に対して、王巓は何と珠児を宝玉に嫁がせる宣言! こ、こう来たか…
 宝玉は仇討ちできるならと、後ろで奔月が大ショックを受けているのにも気付かず、二つ返事でこれに応諾。さすが陳家洛さんは違いますなあ(それは別のドラマ)…というのはともかく、祝言のために、試合は一端水入り、数日後に再戦となるのでした。

 …しかしこれに当然収まらないのは奔月。その怒りの矛先が向かったのは、さっぱり役に立たないオヤジの候風ですが、この方は「武林は辛いことばかりだから海に出よう」と現実逃避発言。本当にダメだ…
 そして珠児の元を訪れた宝玉は、大臧を愛しているという珠児を翻心させようとしますが、もちろん珠児がこれに応じるわけもない。さらに、白雲観にいる間も君のことをずっと心配していた――この辺り、純粋に幼なじみとしての感情だとは思いますが――と言葉をかけていたところに奔月が!!!!
 奔月は宝玉に一発ビンタを食らわせて泣きながら飛び出してしまい、いやはや見事な修羅場展開であります。

 さすがに堪えたか、宝玉は王巓・候風・金祖揚の前で、珠児とは結婚できない宣言。候風と金祖揚もこれを後押ししますが、王巓は「娘との結婚は大臧を同様させるためのフェイク。宣言したから撤回できないが、実際には奔月と結婚すればイイよ」と、本気でダメな大人発言を繰り出しますが…みんなそれで納得するなよ。

 それはさておき、既に燕返しを見切った金祖揚から太刀筋を見せてもらった上で、戒日密功と君子剣を融合させれば勝てると助言を受ける宝玉。
 一方、大臧は聖母から、お前の燕返しは意表を突く技(確かに、あれは驚く)、散々披露した後では、宝玉には効かないと語るのですが…

 これは新必殺技フラグか!? というところで次回に続きます。


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 「浣花洗剣録」第5集/第6集 入り乱れる6人の因縁
 「浣花洗剣録」第7集/第8集 決戦前夜、引き寄せ合う男と女!
 「浣花洗剣録」第9集/第10集 盟主の最期と新たな波瀾
 「浣花洗剣録」第11集/第12集 もう一つの逃避行と黒幕の影
 「浣花洗剣録」第13集/第14集 激突、青木堡対白水宮
 「浣花洗剣録」第15集/第16集 大会前夜、風雲少林寺!
 「浣花洗剣録」第17集/第18集 激突、少林寺拳法vs武当派剣術!

関連サイト
 公式サイト

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2013.02.05

「かおばな憑依帖」 個性満点、しかし説得力は…

 暴漢に襲われた田沼龍助(後の意次)を助けた美青年剣士、実は猛母に頭の上がらない桜井右京は、それが縁で龍助の姉・美也と出会い、恋に落ちる。しかし吉宗を恨む尾張藩の怨霊が、江戸の町に毒をばらまき、美也もその犠牲者に。実は隠密だった田沼家の命で、怨霊に命懸けの戦いを挑む右京だが…

 昨年の第24回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞は時代伝奇小説、ということで大いに気になっておりました「かおばな憑依帖」であります。

 物語の舞台となるのは八代将軍吉宗の時代。本作の主人公・桜井右京は、一刀流道場の跡継ぎにして役者のような色男…といういかにも時代劇ヒーロー的なキャラクター――ではあるのですが、若さを持て余しているのと厳しすぎる母への反発から放蕩に明け暮れ、それでまた母に怒られて頭が上がらない、というちょっとしまらない青年であります。

 そんな彼が、浅草寺で気触れの暴漢から救った少年は、吉宗の側近・田沼意行の嫡男・龍助(後の意次!)。龍助やその供の柾木信吾と親しくなった右京は、その縁で、盲目ながら美しい龍助の姉・美也と出会い、たちまちのうちに恋に落ちるのですが…

 もちろん、町道場の息子と田沼家の姫では身分が違いすぎる。しかし二人の仲を許すという意行は、その代わりに左京にある任務を命じます。
 吉宗の将軍就任に至るまでの暗闘で破れ、命を落とした尾張吉通。怨霊と化した彼は、吉宗を将軍位から引きずり下ろすべく、暗躍を続けていたのであります。
 実は忍びとして吉宗の下で汚れ仕事を引き受けていた意行は、捨て駒として右京を怨霊にぶつけようとしていたのでした。

 美也との結婚以上に、こんな大秘事を告げられては今更逃げるわけもいかず、引き受けることとなった右京。しかしその矢先、美也がいた小石川養生所が尾張のテロに遭い、彼女は明日をも知れぬ状態に。既に己の命を捨てる覚悟を決めた右京は、彼女の仇を討つべく、怨霊と対峙するのですが――


 と、ここまででまだ物語は半ば。ここから先は、意外な展開の連続。何しろ、尾張方の吉宗追い落としの切り札というのが、なんとバイオテロなのですから驚かされます。
 江戸時代にバイオテロ!? と訝しく思われる向きもあるかと思いますが、これが、なるほど、こういうやり方があったか、という手段。これで江戸を危機に陥れる展開には感心でありますし、怨霊というものが平気で登場する世界で、こうした「科学的」アイデアを用いるのも心憎いところではあります。

 そして、その陰謀に巻き込まれたキャラクターたちがまた個性的。右京をはじめ、その母の茅野に、美也と龍助姉弟、田沼家に献身的に仕える信吾に若き日の青木昆陽。そして将軍吉宗と、その母で吉宗を守るため自ら怨霊と化した浄円院、さらに喋る○○や××、果てはあの剣豪まで…

 クライマックスでは、右京をはじめとする主人公チームが怨霊に最後の決戦を挑むことになるのですが、いやはや、ここまで個性的なメンバーは本当に見たことがない、と驚かされてばかりでありました。


 が――残念ながら、それと作品自体の完成度、特に時代伝奇小説としての完成度は別、と言わざるを得ません。

 はっきり言えば、本作で描かれる「意外な真実」に、説得力がない。いや、説得しようとしていない。
 「尾張吉通が怨霊と化していた」「田沼家は吉宗に仕える隠密だった」…こうした本作ならではの意外な裏面史が、登場人物の口から語られるのみで説明され、それに対する理屈、裏付けといったものが描かれることがないのであります。

 時代伝奇の面白さというのは、単に意外な真実という「結果」を提示するに留まらず、史実から乖離したそれを説得力を与え、真実たらしめる理屈という「過程」にあるのではないか――私は常々そう考えています。
 そして過程をなくした時、結果は説得力と魅力を失い単なる設定の羅列に過ぎなくなってしまう、とも。

 本作の場合、史実に即した部分、考証的部分はなかなか丁寧に描かれており、その点は好感が持てるのですが…


 キャラクター、物語ともに魅力的(特にとんでもないオチには大笑いさせていただきました)であるだけに、何とも時代伝奇としての根本の欠如が口惜しい…それが正直な気持ちなのであります。


「かおばな憑依帖」(三國青葉 新潮社) Amazon
かおばな憑依帖

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2013.02.04

「道草ハヤテ」 コミカルで、しかしシビアな珍道中

 陸奥国折笠藩のお家騒動で活躍し、藩主・三代川正春を助けた野生児ハヤテと狼の尾ナシ。お家騒動の末に出家することとなった正春の弟・徳念を連れて折笠藩に帰る旅に出たハヤテだが、持ち前のお人好しが災いして(?)次から次へと騒動に巻き込まれることに…道草続きのハヤテたちの旅の行方は?

 「山彦ハヤテ」で大活躍した愛すべき野生児・ハヤテが帰ってきました。
 陸奥折笠藩の山中で一人暮らしていたのが、偶然山で行き倒れていた青年、実は若き藩主の三代川正春を助けたことから、狼の尾ナシをお供に引き連れて大暴れすることとなったハヤテ。

 前作が折笠から江戸に行く物語であったとすれば、本作はそこから帰る物語。前作で心ならずも兄と対立した末、僧籍に入ることとなった正春の弟・徳念(そしてもちろん尾ナシ)を連れて、江戸から折笠に帰るハヤテなのですが…
 もちろん、その旅が何ごともなく終わるわけがありません。行く先々で二人と一匹(+α)は思わぬ騒動に巻き込まれることになるのでありました。

 というわけで、本作は以下の全三話から構成される連作短編集であります。
 幕府の放牧地に迷い込んだハヤテたちが、巨大な外国馬・オランダさまのために村八分となった母娘のために活躍する姿と、尾ナシの恋を描く「嫌われ尾ナシ」
 徳念に一目惚れして旅についてきた博徒の親分の娘・お熊に、ハヤテが一目惚れしてしまったことから始まる騒動「逃げろ徳念」
 狐の嫁入りを邪魔してしまった二人が狐たちの国に入り込んで、土地・株バブルなど、どこかで見たような狂騒を目撃する「狐の嫁入り」

 この通り、ロードノベルの形を取りながらもバラエティに富んだ内容ですが、基本ラインは前作同様、作者お得意の(ベタな下ネタ込みの)コミカルな、しかしシビアな物語。
 米村圭伍は――コメディ風味の味付けや、歴史の裏を描く伝奇性というオブラートはあるものの――実は社会から外れた(外された)人々を描くかなり重い話も少なくない作家であることは、ファンであればよくご存じでしょう。

 本作の最初の二話に登場するのも、将軍家のお馬様を逃がした(という濡れ衣で)村八分にされる母娘や、やくざの子として後ろ指をさされてきた娘など、重い現実を背負った(背負わされた)人々であります。
(人間ばかりではなく、「嫌われ尾ナシ」では、狼の一家のカーストの最下層に位置し、一生その地位に甘んじなければならない雌狼・片眉の姿が描かれます)

 本作は、前作同様伝奇性がほとんどないこともあり、生の現実の苦さを突きつけられてグッと息が詰まる部分はあるのですが、しかしお話としては、ハヤテのバイタリティと、徳念の世間知らず故の純粋さが事件を解決していく形となり、読後感は決して悪くありません。


 さて、その一方で、最後の「狐の嫁入り」は、いささか趣が異なります。

 狐たちに恨まれて狐の国、その名も喜連川ならぬ黄常川藩に紛れ込んでしまった二人が目撃するのは、無駄にしか思えない箱モノ作りのバラマキ公共工事や土地・株バブル、汚職を働いてもみそぎで復帰する役人や心神喪失で無罪にされる人殺し等々…

 寓話を意図していることは明白ではありますが、別の意味で生の現実の姿が露骨すぎて、少々、いや大いに鼻白むものがあります。
 しかし、このエピソードの雑誌初出は約4年前。単行本化が遅れていたら、一周回って…などと言うのは野暮の極みかもしれませんが、しかし偶然は時として思わぬ味わいを生み出すものだと、おかしなところで感心してしまった次第。


 と、珍道中の中で様々な現実の姿を描いた本作ですが、実は結局、まだハヤテと徳念は国元に辿り着いておりません。
 それもあっての本作のタイトルかとは思いますが、やはり二人が国元にたどり着くまでの姿を、いやその先も見てみたい物語であることは間違いありません。


「道草ハヤテ」(米村圭伍 新潮文庫) Amazon
道草ハヤテ (新潮文庫)


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2013.02.03

「新・水滸伝」第4巻 好漢たちのレジスタンス…?

 現代中国でリライトされた水滸伝である「水滸新伝」の邦訳「新・水滸伝」、全5巻のうち、第4巻であります。この巻の中心となるのは、何と言っても約半分を占める対遼戦。前の巻で発端が描かれた遼との戦いの中、好漢たちがそれぞれの戦いを繰り広げることとなるのですが…

 まず初めに原典との違いを列挙しましょう。

・董平と呼延灼は義兄弟の若き将軍。それぞれ対遼戦で活躍するが、童貫に陥れられて窮地に陥り、やがて梁山泊に走る
・燕青・穆春・郁保四は北方で紅巾軍を結成、董平と協力して遼と戦う。その他、石秀・鮑旭・樊瑞がそれぞれレジスタンスに
・焦挺は侯健・時遷の兄弟弟子として大活躍。独自にレジスタンスしたほか、呼延灼とともに童貫の暗殺を狙う
・オリジナル女性好漢として軍人の娘の李飛瓊が登場。凌振とともに籠城戦を繰り広げ、救援に来た呼延灼と恋に落ちる
・宣賛は禁軍の良識派として奔走するが、やはり裏切りにあって窮地に陥ったところを蔡慶・蔡福の桃花山組に助けられる
・関勝はカク思文・単廷珪・魏定国と共に地元の軍を率いて遼と対決。後に宣賛と凌振を加えて梁山泊を攻め、連環馬作戦を展開(この辺りは原典の呼延灼の役回り)
・石秀は遼と戦った後、路銀を時遷に盗まれて楊雄と出会い、以下ほぼ原作と同じ
・祝家荘戦は原典と流れはほぼ同じだが、李応の姪として李飛瓊が参戦。扈三娘は董平と恋に落ちて結婚(!)
・登州組は徐州組に変更。孫立・孫新は鄒淵・鄒潤に変更

 物語的には、前半は先に述べたオリジナルの対遼戦、後半は原典のエピソードをベースにした内容となっています。

 双鎗将董平が、皇帝の御前試合で遼将との腕比べに勝利したことを引き金に起きた遼の侵攻。腐敗した正規軍が瞬く間に撃ち破られていく中、董平や呼延灼ら若き武将たち、そして燕青や鮑旭、樊瑞ら江湖の好漢たちが、独自に遼へのレジスタンスを展開していくこととなります。

 対遼戦は、原典でも百八星が集結し、招安を受けた後のエピソードとして存在しますが、本作で描かれるのは、そちらとは全く別の内容。
 原典の方は、フルメンバーの梁山泊軍がほとんど無双状態で遼に完勝するという史実とはかけ離れた展開ですが、本作の方は梁山泊に入る前の、各地に拠っている好漢たちが、それぞれの立場から抗戦するというシチュエーションはなかなか魅力的であります。

 ――が、結局展開される内容は、これまでの本作と同様。好漢たちはあくまでも正しく貧しい者の味方で、敵となる連中はいずれもゲスで人間のクズばかり。
 これまで好漢たちの敵は腐った金持ちと役人たちでしたが、今回はその代わりに…いやそこに加えて(登場する役人は国を売るような連中ばかりなので)腐った遼国人になったというだけ。こういう言い方はしたくありませんが、異民族である分、安心して殺せる相手が増えた、という印象であります。

 そしてこの前半と原典ベースの後半を繋ぐのが石秀。前半、遼へのレジスタンスとして活躍した石秀は、時遷に金を盗まれて(というのもすごい展開ですが)柴売りをしている時に楊雄と出会うという展開となります。

 しかし、スケールは大きい対遼戦の後に、個人レベルの不義密通話というのは、正直バランスが取れていない印象があります。
 しかし、後者の方がキャラクター造形、物語展開ともによくできているのが何とも皮肉に感じられます。

 そしてそれが、ある意味本作全体を象徴しているように感じられるのであります。
 少なくとも、魅力的なヒーローには魅力的…とは言わないまでも、書き割りではない悪役が必要、というのは間違いないと、何度目かの確認をした次第です。


「新・水滸伝」第4巻(今戸榮一編訳 光栄) Amazon


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2013.02.02

「魔界転生 地獄篇・第二歌」 転生衆の猛威と殺人剣の行方

 今から約15年前に発表された幻のオリジナルビデオアニメ版「魔界転生」の第2巻、地獄変第二歌の紹介であります。
 島原の乱を舞台とし、全編ほぼオリジナルであった第一歌に対し、今回は比較的原作に沿った内容ではあるのですが――

 第一歌での死闘が嘘のように穏やかな日々を柳生の里で送る柳生十兵衛。門弟たちや、賑やかなお縫・弥太郎姉弟、しとやかなお雛たちと、それなりに楽しく暮らす十兵衛の脳裏には、しかしこれまで送ってきた血塗られた人生の記憶が…

 一方、江戸の由井正雪の屋敷では、僧形の巨漢が乙女を弄んだ後に引き裂くという惨劇が繰り広げられ、屋敷を探っていた柳生の忍びたちは、一人の怪剣士の奇っ怪な技により、一人を残して全滅。
 その忍びの報告を聞いた柳生宗矩も、病に冒されて余命幾ばくもない状態となっておりました。

 そして十兵衛が沢庵和尚のもとを訪れて島原での天草四郎との対決の模様を語っていた頃、江戸ではその四郎が魔界転生により奇怪な再誕を遂げ、それを言祝ぐように、四郎と三人の転生衆は夏祭りの場を襲い、たちまちのうちに屍の山を築きあげて――


 という第二歌の展開・シチュエーション自体は、冒頭で述べたとおり、原作とある程度合致したものとなっています。
 柳生で弟子たちとともにのんびりと暮らす十兵衛(そしてそこに紀州頼宣の命で娘を連れにやってくる関口弥太郎)、江戸で暗躍する正雪とそれを探る宗矩等々…

 その意味では、十兵衛が面白忍者たちとともに島原城に突入して、凄まじいサイキック能力を発揮する四郎と激突する第一歌に比べると、おとなしめの内容に思えるかもしれません。

 確かに、十兵衛のアクションもほとんどないのですが、その代わりに(?)大暴れするのは今回から登場する三人の転生衆――宝蔵院胤舜・荒木又右衛門・田宮坊太郎。
 ビジュアル的には比較的真っ当なデザインながら、その行動はまさに魔人。彼らが一片の容赦もなく弱き者たちにその規格外の力を振るい、次々と犠牲者を増やしていく描写、原作のイメージを踏まえつつもアニメらしいパワーアップの仕方ではないかと感じます。
(ちなみにビジュアルといい女性に襲いかかるところといい鎌ホークブーメランといい、胤舜には「獣兵衛忍風帖」の香りが…)

 と、その中でもパワーアップしすぎた感のあるのが荒木又右衛門。演じるのが若本規夫という時点で既に危険な香りですが、初登場シーンから、血の臭いに餓えるあまり、自分自身の手にグサグサと刃を突き立てているという狂人ぶりであります。
 そして正雪屋敷に潜入した忍びたちを追った又右衛門は、彼らの思わぬ反撃を受けてその身に無数の刃を突き立てられるのですが――その身からこぼれた腸が、忍びたちに襲いかかる!

 この辺り、若本規夫の怪演あり、まさかの忍法足三本(と劇中で呼ばれるわけではもちろんありませんが)あり、BGMが「ジャイアントロボ 地球が静止する日」で十傑衆が梁山泊を襲撃するシーンの流用だったりとある意味最高の盛り上がりで、OVA「魔界転生」屈指の名シーンというのは言い過ぎかもしれませんが、まず最もインパクトのあるシーンでありましょう。


 ここにラストで転生する天草四郎、そしておそらくは柳生宗矩と宮本武蔵が加わる(如雲斎は…)敵の陣容に、いかに十兵衛が立ち向かうのか!? …という期待は、もはやかなうことはありますまい。

 本作ならではのド派手なアクションと、豪快なストーリーのアレンジはもちろん惜しいのですが、個人的には原作とは大きく異なるキャラクター造形の十兵衛の想いの行方が、何よりも気になるのです。
 己の剣の道に踏み込むあまり、結果として殺人剣を振るうこととなった十兵衛が、その極地とも言うべき転生衆と戦う中で何を想うのか――それはおそらく、剣豪という滅び行く者たちがいかに生きるべきか、生きるべきであったのか、という問いかけへの答えにもなったであろうと思われるだけに、残念でならないのです。


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2013.02.01

「佐助を討て」 悪夢の猿と名もなき者たちの叫び

 豊臣家を滅ぼした徳川家康は、しかし大坂夏の陣で自分の首を危うくした猿飛佐助の存在に怯え、その抹殺を厳命する。伊賀組に属する青年忍び・壬生ノ数馬は、佐助包囲網に参加するも瞬く間に包囲網は壊滅、何もできぬまま生き残る羽目となった。幾多の犠牲を払いながら佐助を追う伊賀組と数馬だが…

 猿飛佐助といえば、真田十勇士の筆頭として、主君の真田幸村同様、いつの時代も変わらぬ人気者であります。小説や漫画などに登場する時も、ほとんど全ての場合、善玉ヒーロー的扱いとなるのですが…
 しかし本作における佐助は、その実に珍しい例外。悪役、というより敵役――それも極めて強大な――であり、本作はタイトルの通り、その佐助を討つために奔走する人々の姿を描いた物語なのです。

 時は1615年、大坂の陣の直後。既に天下に敵なしとなったはずの家康は、しかし大坂の陣で幸村とともに己を襲い、そして何処かへ消え去った猿飛佐助の存在に怯える毎日。家康のいる駿府を守る伊賀組(藤林党)は、総力を挙げて佐助の行方を追い、ついに彼の住処を包囲することに成功します。
 しかし佐助の反撃により、一瞬のうちに、ごくわずかな生き残りを残して包囲網は壊滅。佐助は再び、闇の中へ――

 本作の第一章のタイトルは「悪夢の猿」。この悪夢は、佐助の陰に怯える家康にとってのものですが、しかし佐助の持つ力は、彼と実際に対峙する伊賀組にとってもまさしく悪夢そのものなのであります。
 そして本作の主人公となる若き忍び・壬生ノ数馬も、その悪夢に捕らわれた一人。仲間たちを失い、さらに佐助の周囲を探索していた祖父も惨殺され(包囲網に加わっていた数馬の前に祖父の首が降ってくるシーンはちょっとしたホラー)、それでも家康の厳命の下、佐助を追って闇の中を這いずることとなるのです。

 そんな数馬の視点から描かれる本作は、佐助や、才蔵など他の生き残りの十勇士が超人的な力を見せるのと対照的に、あくまでも「普通の」忍びたちのリアルな姿を浮き彫りにします。
 常人を超えた能力を持ちつつも、あくまでもそれは人間の域においての話。超人的な力を持つ相手にはただ蹴散らされるしかない――そして、それでも任務を捨てるしかない――忍びたちの姿は、どこか司馬遼太郎の忍者もの的味わいを感じさせます。


 そのせいばかりではないかと思いますが――特に、雑誌連載の短編連作というスタイルの影響が大きいとは思いますが――本作はどこか体温が低く、有り体に言えば地味な印象が強くあります。
 また、登場人物が多いわりに個性に乏しいキャラクターが多く、特に前半は名前と顔が一致しにくいというのも、正直なところではあります。
 もちろんこれらは、「普通の」忍びを描く故のことであるかと思いますが、派手な忍者同士の激突を期待した向きには、残念に感じられたかもしれません。

 それでも私が本作に惹かれるのは、終盤で描かれる大活劇や、その先に待つ伝奇的展開もさることながら、歴史に名を残した者を守るために歴史になお残した者たちと戦った、名もない忍びたち――今思えば、先に述べた忍びたちの個性の乏しさも計算の上なのでしょう――の姿に、ある種の共感を覚えるからであります。


 権力に押され、武力・暴力に圧せられ――心身ともに深い傷を負いながらも、なおも生き抜き戦おうとする者たち。怒り・悲しみ・願い・誇り・希望…彼らの様々な想いを込めた叫びこそが「佐助を討て」というタイトルに込められたものであり、そしてそれがこちらの心を打つのであります。

 そしてもう一つ、強大な者たちですら押し流される歴史の奔流にも屈しない、名もない人々のしたたかさというものも…


「佐助を討て」(犬飼六岐 文藝春秋) Amazon
佐助を討て

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