「新・若さま同心徳川竜之助 3 薄毛の秋」 収束した謎の先のペーソス
芸者が寝ている間に丸刈りにされる、干してあった大量の洗濯物が盗まれる、飼い犬が屋根の上に載せられていた――押しつけられた珍妙な事件の解決のため、奔走する竜之助。しかしそんな中、大店で押し込み事件が発生、犯人は人質を取って逃走する。果たして一連の事件の背後にあるものは…?
時間軸を戻して、語られざる冒険を描く「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズもはや第三作目。
新シリーズの方は、一冊に複数の短編が収録されるのではなく、一つの長編の中で、同時多発的に起きる事件を並行して描くスタイルとなっており、これまで以上にミステリ面に力を入れていると感じられますが、それは本作も同様であります。
南町奉行所に次々と持ち込まれる珍事件――置屋で寝ていた四人の芸者が丸刈りにされ、髪が消えた事件。長屋や商家で干されていた洗濯物が一夜にして大量に盗まれた事件。とある料亭の飼い犬が、梯子をかける場所もないのに店の屋根の上に載せられている事件…
どの辺りが事件が判断に困るような珍事件とくれば、いつの間にかこの手の事件の担当になってしまった竜之助の出番。――というより先輩同心たちに対応を押しつけられた竜之助は、江戸の町を奔走する羽目になります。
と、その一方で発生する本筋の(?)事件は、経営に苦しむ剣術道場の男たち三人が、大店に押し入り、三千両の大金を奪うというもの。実は店の二人の用心棒は、押し込んだ男たちとはグル。人質を取った上、周到な脱出計画により、押し込みは成功するやに思われたのですが…
用心棒のうち一人はもう一人に斬られ、さらに人質の中に、店に呼ばれた芸者に扮していた竜之助の許嫁の美羽姫が紛れ込んでいたため、事件は思わぬ方向に進んでいくこととなります。
タイトルとなっている「薄毛の秋」には、複数の意味が込められていると思われますが、おそらくその最たるものは、この三人+一人の犯人グループたちのことでしょう。
何しろ犯人グループの多くは、年齢的にも人生の盛りを過ぎ、その髪もめっきり薄くなってしまった状態。おまけに内容的にも(押し込みをするくらいですから)下り坂人生…
何とも身につまされるところですが、この辺りは作者の最も得意とするところ。犯罪に手を染めたものを単なる悪人として描くのではなく、ペーソスを(そして一片のユーモアも)交えて描く、ある種弱者の視点からの物語が、ここにはあります。
もちろん、本作はこうした側面だけで終わるものではありません。店から脱出した犯人グループは舟を使って江戸に張り巡らされた水路を逃走、奉行所もこれを舟で追跡して、カーチェイスならぬ舟チェイスが繰り広げられるのが何とも楽しい。
しかも、そのチェイスの驚くべき結果から、物語に散りばめられた数々の謎が集束していく様は、時代ミステリとして見ても、なかなかに楽しめます。
正直なところ、ミステリ面においては前作「化物の村」がかなり腰砕けに終わったため、少々心配していたのですが、それは杞憂。
少々(いやかなり?)強引なトリックではありますし、クライマックスでの犯人が饒舌なのは好みが分かれるかもしれません。しかしトリッキーな謎を全て回収した上で、強敵との決闘、そしてどこかもの悲しい結末と、本作のラストには、この「新・若さま同心徳川竜之助」シリーズの魅力が凝縮されていることは間違いないのであります。
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