「道草ハヤテ」 コミカルで、しかしシビアな珍道中
陸奥国折笠藩のお家騒動で活躍し、藩主・三代川正春を助けた野生児ハヤテと狼の尾ナシ。お家騒動の末に出家することとなった正春の弟・徳念を連れて折笠藩に帰る旅に出たハヤテだが、持ち前のお人好しが災いして(?)次から次へと騒動に巻き込まれることに…道草続きのハヤテたちの旅の行方は?
「山彦ハヤテ」で大活躍した愛すべき野生児・ハヤテが帰ってきました。
陸奥折笠藩の山中で一人暮らしていたのが、偶然山で行き倒れていた青年、実は若き藩主の三代川正春を助けたことから、狼の尾ナシをお供に引き連れて大暴れすることとなったハヤテ。
前作が折笠から江戸に行く物語であったとすれば、本作はそこから帰る物語。前作で心ならずも兄と対立した末、僧籍に入ることとなった正春の弟・徳念(そしてもちろん尾ナシ)を連れて、江戸から折笠に帰るハヤテなのですが…
もちろん、その旅が何ごともなく終わるわけがありません。行く先々で二人と一匹(+α)は思わぬ騒動に巻き込まれることになるのでありました。
というわけで、本作は以下の全三話から構成される連作短編集であります。
幕府の放牧地に迷い込んだハヤテたちが、巨大な外国馬・オランダさまのために村八分となった母娘のために活躍する姿と、尾ナシの恋を描く「嫌われ尾ナシ」
徳念に一目惚れして旅についてきた博徒の親分の娘・お熊に、ハヤテが一目惚れしてしまったことから始まる騒動「逃げろ徳念」
狐の嫁入りを邪魔してしまった二人が狐たちの国に入り込んで、土地・株バブルなど、どこかで見たような狂騒を目撃する「狐の嫁入り」
この通り、ロードノベルの形を取りながらもバラエティに富んだ内容ですが、基本ラインは前作同様、作者お得意の(ベタな下ネタ込みの)コミカルな、しかしシビアな物語。
米村圭伍は――コメディ風味の味付けや、歴史の裏を描く伝奇性というオブラートはあるものの――実は社会から外れた(外された)人々を描くかなり重い話も少なくない作家であることは、ファンであればよくご存じでしょう。
本作の最初の二話に登場するのも、将軍家のお馬様を逃がした(という濡れ衣で)村八分にされる母娘や、やくざの子として後ろ指をさされてきた娘など、重い現実を背負った(背負わされた)人々であります。
(人間ばかりではなく、「嫌われ尾ナシ」では、狼の一家のカーストの最下層に位置し、一生その地位に甘んじなければならない雌狼・片眉の姿が描かれます)
本作は、前作同様伝奇性がほとんどないこともあり、生の現実の苦さを突きつけられてグッと息が詰まる部分はあるのですが、しかしお話としては、ハヤテのバイタリティと、徳念の世間知らず故の純粋さが事件を解決していく形となり、読後感は決して悪くありません。
さて、その一方で、最後の「狐の嫁入り」は、いささか趣が異なります。
狐たちに恨まれて狐の国、その名も喜連川ならぬ黄常川藩に紛れ込んでしまった二人が目撃するのは、無駄にしか思えない箱モノ作りのバラマキ公共工事や土地・株バブル、汚職を働いてもみそぎで復帰する役人や心神喪失で無罪にされる人殺し等々…
寓話を意図していることは明白ではありますが、別の意味で生の現実の姿が露骨すぎて、少々、いや大いに鼻白むものがあります。
しかし、このエピソードの雑誌初出は約4年前。単行本化が遅れていたら、一周回って…などと言うのは野暮の極みかもしれませんが、しかし偶然は時として思わぬ味わいを生み出すものだと、おかしなところで感心してしまった次第。
と、珍道中の中で様々な現実の姿を描いた本作ですが、実は結局、まだハヤテと徳念は国元に辿り着いておりません。
それもあっての本作のタイトルかとは思いますが、やはり二人が国元にたどり着くまでの姿を、いやその先も見てみたい物語であることは間違いありません。
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